へきがんろく

2007年12月27日 (木)

へきがんろく

頌・不平を平らげんことを要す。(細なることひー虫に比ーふー虫に孚ーの若し。大丈夫の漢須らく是れ恁麼なるべし。)大巧は拙の若し。(声色を動ぜず。身を蔵し影を露す。)或は指或は掌。(看よ。果然として這箇不是。)天に寄って雪を照す。(斬。覩著すれば即ち瞎す。)大治も兮磨ろうー龍の下に石ーし下ず。(更にかー假のにんべんでなく火ー練を用ひて什麼か作ん。干渉能く求ること莫し。)良工も兮払拭して未だ缺まず。(人能く行ずること莫し。直鐃干将出で来るとも也倒退三千。)別別。(咄。什麼の別処か有らん。讃嘆するに分有り。)珊瑚枝枝月をとう著す。(三更月落ちて影寒潭を照す。且らく道へ、什麼の処に向ってか去る。直に得たり天下太平なることを。酔後郎当として人を愁殺す。)

不平という、強の弱を凌ぐを見て、剣を飛ばして強の首を刎ねるの故事、平らかでないのを平らげる、不平不満わずかにあれば、拘泥して円かには行かぬ、たとい不平あり云いたいことありとも、円相、云いたいこと云い、怒りありとも、見るには見えず。ものみなおのれの腹の中ってこったですか、あっはっは。(ひふは大なる蟻ですってさ、大丈夫男一匹すべからく是れ恁麼。空じ切って身心脱落、でなきゃあただの不平不満。収まり切れないってことは、細には無間に入り、大には方処を絶す、おのれが本来を知らぬ。)大巧は拙のごとし。老子にあり、大道は屈の如く、大巧は拙の如く、大弁は訥の如しと、はーいまったくその通りです。(立て板に水しない、能弁は信用ならぬ、身を蔵し影をあらわすふう、てめえこうあるっていう、大切はこれ、どう喋ろうが、なんにも云わずがことは同じ。)或いは指し或いは掌する、(見よ、果然として這箇不是、さっぱりわからんとさ、あっはっは。)天によって雪を照らす。(莫耶の剣天にあって雪を照らすと、雪を見るに雪を知らず、月を仰ぐに月を見ず、もし吹毛の剣にあらざれば、鈍して貧す、生きたって生きた覚えもあらず、生まれ変わり死に変わりする、徒労の百生。)大治もまた磨ろうしえず。(大治の剣まろうせず。ないものは壊れず、傷つかず、無心これ。ただ如来のみあり、現ずれば衆生所遊楽、諸天撃天鼓、滅すれば、令其生渇仰、因其心恋慕。)良工も兮払拭してまたやまず、(どのような巧が作ったとて、切磋琢磨なんです、ついに未だ届かず、(人能く行ずるなし、修行とはただこれ、おのれのはかりごとを一切止めて、投げ与え捨て、不安ならそのどん底へ、得意ならぶち抜け。干将莫耶の剣の使い手ですか、使い手いらんのです。)別別。(ただこれ別々、賛嘆するに分あり、雪は雪月は月。)珊瑚枝枝月をとう著す。まずもってこれを得て下さい、坐る実感ですよ、実にこのようにある、無覚の覚、自閉症じゃ月も照らさないんです、了解。(月落ちて影寒潭を照す、そりゃまったくそうです、ただこうあるっきり、なにをどうせなけりゃならんてことないんです、しっかも日々新たにです、朝に坐し夕に坐す。天下太平っていう、まさに南閻浮地獄の如く、修羅の如く、しかも天下太平、酔っ払って管を巻くんですか、はいこれ説法。)
万こくー角に斗ー舟に盈てて手に任せて牽く。卻って一粒に因って甕蛇を呑む。百転の旧公案を拈提して、時の人の幾眼沙を撒卻す。

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第一百則 巴陵吹毛の剣

本則・挙す、僧、巴陵に問ふ、如何なるか是れ吹毛の剣。(斬。嶮。)陵云く、珊瑚枝枝月をとうーてへんに党ー著す。(光万象を呑む。四海九州。)

巴陵は雲門の嗣。雲門大師、一句の中に於て、自然に三句を具す。函蓋乾坤の句、截断衆流の句、随波逐浪の句と、我は愛す韶陽新定の機、一生人の為に釘を抜き楔を抜くことをと。函蓋乾坤という、ぴったりですか、天地有情の中他なしです、まさにこれ。截断衆流は、世の中情識を断ずる、夢を覚ますんです、でなきゃ仏教は始まらんですか、すべての宗教は通ずるところ一なりなど云って、みんな仲良く世界平和の、まあさお布施稼ぎの夢を破る、現つを抜かすなってね。髄波逐浪は、そのいい加減でたらめに則って、どかんと落とす、自ずからに知る、急転直下そうかと思い当たる、あるいはあると思っていたのがない、はあっと我に返るんです、直指人身見性成仏。雲門下に三尊宿あり、吹毛の剣に答えて、ともに了と云う。巴陵のみ答えて、珊瑚枝枝月をとう著すと。吹毛の剣、ばくやの剣ともいう、毛を吹きつけると切れる、斬、嶮とさ。なにがどうったってもとまるっきり切れているのです。般若波羅蜜多という、彼岸に渡るという梵語パーラミーターをそのまんま漢字にしたんです、般若の知慧とは、彼岸に渡っていることこれなんです、了とはまさにこれ、俗流の知慧を働かせるなと、習い覚えのなにがしかではない。一を聞いて十を知るよりはもと始めからです、目から鼻へ抜けるよりは、目鼻なし。珊瑚枝枝月をとう著す。とうはひかえの意だそうです、まあとっつけるほどに、珊瑚に月ですかあって、異様な思いをするんですか、そうではない、坐ってみて下さい、なーんにもないそっくりものみなを、これがまるっきり無形容を、珊瑚の枝々に月をと云ったです、珊瑚まあ透明ですか、しゃしゃらくらくなんていう、清澄というだに汚れです、仏という実感です、無覚の覚です、千万異化身釈迦牟尼仏、千手観音のまた光万象を呑む、四海九州です、人というものの本来これ、わずかに現じて下さい、三千世界あるいは人生の意味他になし、人類の歴史はまったくにただこれ。一箇半箇これを知るによし。

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頌・一国の師も亦強ひて名づく。(何ぞ必ずしも空花水月のみならん。風過ぎて樹頭揺く。)南陽独り許す嘉声を振ふことを。(過然として要津を坐断す。千箇万箇の中、一箇半箇を得難し。)大唐扶け得たり真の天子。(可憐生。接得して何の用を作すにか堪へん。瞎衲僧を接得して、什麼の事ゐか済さん。)曾て毘盧頂上を踏んで行かしむ。(一切の人、何ぞ恁麼にし去らざる。直に得たり天上天下。上座作麼生か踏まん。)鉄鎚撃砕す黄金の骨。(平生を暢快す。已に言前に在り。)天地の間更に何物ぞ。(茫茫たる四海知音少なり。全身担荷す。沙を撒し土を撒す。)三千刹海夜沈沈。(高く眼を著けよ。封彊を把定す。汝鬼窟裏に入り去らんことを待つ那。)知らず誰か蒼龍窟に入る。(三十棒一棒も也少くことを得じ。拈了也。還って会す麼。諸人の鼻孔雪竇に穿ち了らる。錯って自己清浄法身と認むこと莫れ。)

至人に名なしと、呼んで国師となすも、またこれ強いて名づく。(何ぞ必ずしも空花水月のみならん、名づけて空花水月、あるいは平らかにして急転直下、名づけるさへ知らずと、だが風過ぎてのち樹頭動く、世間噂によるんでしょう、だからどうだの世界。)南陽独り許す嘉声を振ふことを。嘉声善き名声、南陽は住所ですってさ、南陽の慧忠国師。(はたして要津を坐断す、ほんとうにこれを得ているんです、千人万人の中の、一人半分です。そこそこやっている、同じようなことを云う、しかも遠くて遠し、いえほんの一坐、卻って届かず。)大唐扶け得たり真の天子、国が理想に収まる時、タイでは国王が仏陀に会いに赴く八世紀ですか、日本では北条執権のころ、歴史というものを、まさに他にはなしと見る、わずかにがらくたを免れる一瞬です。記事なし。(可哀想なというんですか、接得して無駄っ骨、何の役にも立たん、そうなんです、卒業すりゃまさに糠に釘、ようやく一箇半箇。どめくら坊主を接得しても、はあて同じ糠に釘ですか。)曾て毘盧頂上を踏んで行かしむ。お釈迦さまを踏んで行け。(一切の人まさに他なく、仏教とはまさに他なく、直に得たり天上天下、おまえなんでそうならん。)鉄鎚撃砕す黄金の骨。清浄法身と願い省みる、くそっ骨を撃砕す。(平生をあまねく、ゆくりなくです、他にはないこと、あっはっはこれ仏教以前なんです。どうか早く得て下さい、もとっここれ。)天地の間更に何物ぞ。(物心ついてよりのお仕着せです、そいつ脱いで済々。茫茫たる四海です、まるっきり知音なし、全身もてこれ、担うて重たいんですか、あっはっは砂を撒き土を撒く。)三千刹海夜沈沈。(高く眼を著けよたって、眼なし耳なし、ただこうあって封彊、おれの領分だってさ云う甲斐もなし、仏教はこうだ、座禅問答公案なんてしないんです、問いあればあるとき答えあり、はあてな我が領土に限界なし、主なし。)知らず誰か蒼龍窟に入る。(しかも茫茫たるもなし、朝打三千暮打八百、日々新たにするなくって、なんの生活。拈了也、卻って会すや。諸人の鼻を明かす一般、歩歩清風起こる、おのれは知らず。)

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第九十九則 肅宗十身調御

本則・挙す、肅宗帝、忠国師に問ふ、如何なるか是れ十身調御。(作家の君主大唐の天子。也合に恁麼なることを知るべし。頭上の捲輪冠、脚下の無憂履。)国師云く、檀越毘盧頂上を踏んで行け。(須弥那畔手を把って共に行く。猶ほ這箇の有る在り。)帝云く、寡人不会。(何ぞ領話せざる。可惜許。好採分布せず。帝ならば当時便ち喝せん。更に会することを用ひて什麼か作ん。)国師云く、自己清浄法身と認むること莫れ。(然も葛藤すと雖も卻って出身の処有り。酔後郎当として人を愁殺す。)

肅宗は唐七代、皇太子のころから忠国師に参ず、南陽の慧忠国師、六祖の嗣、如何なるか是れ十身調御。十身とは、一無著仏、二願仏、三業報仏、四住持仏、語涅般仏、六法界仏、七心仏、八三昧仏、九性仏、十如意仏。まあ適当に見て下さい、完全無欠を云うたですか、調御丈夫とは、如来十号の一。すべてが備わっている仏、そりゃどうのようなものかと問う。(天子としてなさにこれを問う、理想の人間像ですか、仏という完全無欠、頭上の冠、捲はいきおい大勇、天子の冠ですか、また憂いなき履き物、どうしたら立派な天子になれるか。)国師云く、檀越、大檀家ですか、天子を指す、毘盧頂上を越えて行け、なにかまあわんこたない、びるしゃな仏の頭上を越えて行けてなもんです、奈良の大仏のてっぺんを越えてと、あっはっはこりゃいいわ。(須弥那畔、須弥山とその周辺、おうよそ全世界です、共に手をとって行く、しかもこのような問答ありってわけです。)帝云く、寡人は天子自らを指す、不会、ようもわからんが。(なんでわからん、惜しむべし、好彩よきいろどりですか、虹のように輝くおもむき、もって帝ならばすなわち喝す、わからんとはなにごと。)国師云く、自己清浄法身と認むること莫れ。清浄法身、すばらしい清らかなと、自分を省みることをしない、そんな必要なし、でたらめありのまんまでいい、というよりも、なりふりかまわず、どんと行け、仏を越えて行くのにとやこう要らないんです、即成就仏身、省みるに自己なし、まったくに省みなければ仏、いいですかただこれを知る為の参禅修行、わかりますか、いえまったくわかる必要がないんです、ましてや帝王、あっはっはましてやぼんくら。たとい碧巌禄百則も形無し。(しかも葛藤すと雖も出身の処有り、はいこれ人間です、人間の如来は人間に同ぜるが如し、一生という酔っ払いですか、わっはっは殺し文句の一つや二つって、ふざけるなって云うの。)

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頌・禅家流、(漆桶。一状に領過す。)軽薄を愛す。(也些子有り。仏を呵し祖を罵る麻の如く粟に似たり。)満肚参じ来って用ふることを著ず。(只宜しく用処有るべし。方木円孔に逗せず。闍黎他と同参。)悲しむに堪へたり笑ふに堪へたり天平老。(天下の衲僧跳不出。旁人の眉を攅むることを怕れず。也人の鈍悶することを得たり。)卻って謂ふ当初悔らくは行脚せしことを。(未だ行脚せざる已前に錯り了れり。草鞋を踏破して何の用を作すにか堪へん。一筆に勾下す。)錯錯。(是れ什麼ぞ。雪竇已に錯って名言を下し了れり。)西院の清風頓に銷鑠す。(西院什麼の処にか在る。何似生。道ふ莫れ西院と、三世の諸仏、天下の老和尚も、亦須らく倒退三千して始めて得べし。斯に於て会得せば、汝に許す天下に横行することを。)復云く、忽ち箇の衲僧あって出でて錯と云はん。(一状に領過す。猶ほ些子に較れり。)雪竇が錯は天平が錯に何以ぞ。(西院又出世。款に拠って案に結す。総に没交渉。且らく道へ、畢竟して如何。打って云く、錯。)

禅家流軽薄を愛す、満肚参じ来って用ふることを著ず。まあそういったわけです、禅をなし多少のことを会得して、これをもってひけらかす、軽薄を愛するわけです、どうしようもないのばっかり、たといお釈迦さまが出ても、ああでもないこうでもないとあげつらう、馬鹿に付ける薬なしですか。肚は腹です、たといはらばた曝け出して、是非善悪ひっくり返しての参禅も、なを自閉症、用いること与はず、よくよく反省して下さい、てめえに首突っ込んで歩く不格好です。(仏を呵し祖先を罵るもの、麻の如く粟に似る、わんさかわいわいいて、お淋しい限りですか。)悲しむに堪えたり笑うに堪えたり天平老。(天下の衲僧跳不出。手のつけようがないですか、眉を顰ても知らん顔、やいの云うては徒に他を苦しめる、鈍悶ねえよく云うぜ。あっはっは。)卻って云う、当初悔ゆらくは行脚せしことを。まあさ。(行脚する以前に錯。草鞋を踏み破って何かせん、向こう意気ばかりの世界ですか、それとも決め込み人形ですか、どっちみち余計こと、いえさ自分という架空、手をつけりゃ過ち、つけずんばなんにもならぬ。)錯錯。(これなんぞ、雪竇錯って名言を垂れる、あいよこんころもちいいやって、猫じゃあるまいし。)西院の清風頓に銷鑠。銷はとろかし、鑠は消す。錯とはまさにこれ。跡形もなく。(西院いずれの処にかある。すべからく倒退三千して得べし、どうだこうだと云う、必ず腰掛けるんです、坐るとはすなわち倒退三千、昨日は今日にあらず、まったく至らず。めちゃくちゃのだめとな。)忽ち出でて錯と云はん。(ちらっともさ。)雪竇が錯は天平が錯といずれぞ。(わっはっは、そいつはご苦労さん。決まり文句になっちゃった、一昨日おいで。咄。)

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第九十八則 天平の両錯

本則・挙す、天平和尚行脚の時西院に参ず。常に云く、道ふこと莫れ仏法を会すと、箇の挙話の人を覓むるに也無しと。(漏逗少なからず。這の漢是んることは則ち是、争奈せん霊亀尾を曳くことを。)一日西院遙に見て召して云く、従いーさんずいにけものへんに奇ー。(鐃鈎塔索し了れり。)平頭を挙ぐ。(著。両頭の公案。)西院云く、錯。(也須らく是れかー瑕の王ではなく火ー過して始めて得るべし。劈腹刳心。三要印開して朱点窄し。未だ擬議を容れざるに主賓分る。)平行くこと三両歩。(已に是れ半前落後。這の漢泥裏に土塊を洗ふ。)西院又云く、錯。(劈腹刳心。人皆喚んで両重の公案と作す。殊に知らず水を入るるに似、金を金に博ふるが如きことを。)平近前す。(依前として落処を知らず。展転して模索不著。)西院云く、適来の這の両錯、是れ西院が錯か、是れ上座が錯か。(前箭は猶ほ軽く後箭は深し。)平云く、従いが錯。(錯って驢鞍橋を認めて、喚んで爺の下顎と作す。恁麼の衲僧に似ば、千箇万箇を打殺すとも、什麼の罪か有らん。)西院云く、錯。(雪上に霜を加ふ。)平休し去る。(錯って定盤星をも認む。果然として落処を知らず。軒に知んぬ汝が鼻孔別人の手裏に在ることを。)西院云く、且らく這裏に在って夏を過し、上座と共に這の両錯を商量せんことを待て。(西院尋常背梁硬きこと鉄に似たり、当時何ぞ追ひ将って出し去らざる。)平当時便ち行く。(也衲僧に似たり。似たることは則ち似たり。是なることは則ち未だ是ならず。)後に住院して衆に示に謂って云く、(貧児旧債を思ふ。也須らく是れ点過すべし。)我当初行脚の時、業風に吹かれて、思明長老の処に到る。両錯を連下せられ、更に我を留めて夏を過ごして、我と共に商量せんことを待たしむ、我恁麼の時錯と道はず、我が発足して南方に向って去りし時、早く知んぬ錯と道ひ了ることをと。(這の両錯を争奈何せん。千錯万錯。争奈せん没交渉。転た見る郎党として人を愁殺すことを。)

天平従い、清溪進の嗣、雪峰下五世。西院思明、実濤の嗣、臨済下三世。天平行脚して西院に参ず、うるさいわい、なんかもう悟ったというんでしょう、箇の挙話の人、ほんとうの人を求めるに、だあれもいないと云った風です。(いやはやたいへんなもんです、いいことはいいんですか、だが霊亀尾を引く、大法を得たというんでしょう、悟り終わって悟りなしを知らぬ、未だ落処を知らず、法臭粉粉ですかあっはっは。)一日西院はるかに見て召して、云く、従い。名を呼んだんです。(鐃鈎塔索し了る、鎖鎌でがんじがらめにする。そっぽ向けない。)平頭を挙ぐ。(向かうか、逃げるか、どうするかって両重の公案ですか、はあてね。)西院云く、錯。錯って間違いですよ。錯(あやま)ってと読む、特別の意味ないです。(炉をくぐって始めて得べし、聞いたふうな「はいよ。」じゃなんにもならん、でもって炉失せた時如何、腹かっ裂いて心をえぐり出す、はいご苦労さん。三要うっふっふ貪嗔痴でいいですよ、印開して朱点すぼし、開くんです、自閉症を抜け出ること、はーい人みな自閉症です、あれだめこれいかんの徒。開き終わってはあてどうなったか、ついに覚えず。)平行くこと三歩。(已にこれ半前落後、覚束ないんですよ、おのれを顧みるんげすか、泥裏に土塊を洗う、そうですよあなたいつもこれです。)西印云く、錯。(はらわた曝け出すんですか、人喚んで両重の公案となす、錯をもって錯につく、方便力の故にですか、仏の正解という、胡来れば胡現じというやつ、さあどうです、両頭の答え如何、水を水に入れるに似、金を金にかえる如き、どうですかこれ、他になんの手段もないことを学んで下さい、魚行いて魚に似たり、水自ずから澄む。真理にある人真理を知らずってえ蛇足をさ。)平近前す。(いぜんとして落処を知らず。展転して模索不著、めまぐるしくやるんです、ふわーってなんにもわからなくなれば、もとこれ。自分という錯がそっくり失せる。)適来の錯、西院の錯か、汝が錯か。(今度のほうがぐさっと来た、まちっとは効け。)平云く、従いが錯。(こりゃだめだ、驢鞍橋というのは、足んないせがれが、戦死した父の骨を収めに行って、鞍の一部を間違えて持ち帰ったという故事。まったくの情解なんです、おれのほうが過ったと、そんなんじゃ千人万人ぶっ殺したってもさ、なんの罪にもならん、うるさったいだけ。)西院云く、錯。(蛇足ですか。)平休し去る。(こうあるべきだ、だのにとやる、たいていこれです、こうあるべきだが失せれば、もとこれ。落ち着くものなし、人に鼻つらとって、引き回されている。)西院云く、しばらくここで夏、四月から七月半までの修行期間です、を過ごして、おまえとわしでもってこの両錯をよくよく見ようと云う、喝してぶったたくのと違うんですか。(背骨が鉄のように硬い人、なんでまた追い出さなかった、思明、宝濤に問ふ、化城を踏破し来る時如何。濤云く、利剣死漢を斬らず。明云く、斬。濤便ち打つ。思明十囘斬と道ふ。濤十囘打って云く、這の漢、甚の死急を著てか、箇の死屍をもって、他の痛棒に抵すると、遂に喝出す。あっはっはなにしろ臨澄下の御尊宿。)平すなはち行く。(也衲僧に似たり、れっきとした坊主のようだってんですか、なぜに。)後に住院して、衆に謂うて云く、(貧乏人がむかしの借金を思う、いやまあごもっとも。)我そのかみ行脚の時、業風に吹かれて、思明長老の処に到る云々、発足して南方に向かい去るとき、早く知んぬ錯と道ひ了ることを。(這の両錯をいかんせん、どう扱ったらいいんだ、千錯万錯没交渉。そうさ、浪花節じゃないんだぜってな、早く知るこれ両錯。)

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頌・明珠掌に在り、(上霄漢に通り、下黄泉に徹す。什麼と道ふぞ。四辺ごうー言に肴ー訛八面玲瓏。)功ある者は賞す。(多少か分明なる。他に随ひ去る。忽ちに若し功無き時作麼生か賞せん。)胡漢来らず。(内外消息を絶す。猶ほ些子に較れり。)全く伎倆無し。展転して没交渉。什麼の処に向ってか模索せん。漆桶を打破し来れ相見せん。)伎倆既に無し。(休し去り歇し去る。阿誰か恁麼に道ふ。)波旬途を失す。(勘破了也。這の外道魔王、蹤跡を尋ぬるに見えず。)瞿曇瞿曇。(仏眼も覩れども見えず。咄。)我を識るや也無や。(咄。勘破了也。)復云く、勘破了也。(一棒一条の痕。已に言前に在り。)

一果明珠、摩尼宝珠、あっはっは玉なんかどこにもないってばさ、ぼやーっとして曖昧模糊ですか、人という支離滅裂、囚われて何仕出かすか分からない、剣呑剣呑、わずかに仏一人仏を掌す、これ摩尼宝珠、如来蔵裏親しく収覧す。(上霄漢、銀河ですか、下黄泉、十万億土ですか、つうり地球とか宇宙といった限界がないんです、わずかに坐るこれ実感です、常住坐臥この中に在り、なんと道ふぞ、四辺ごう訛八面玲瓏、以方便力をもっての故に、これ一果明珠。)功ある者は賞す。はーい然様ですか、そりゃご苦労さん。(多少か分明なる、ちったあ分別する処あるんです、だれか物云うことあれば、直下にする。他にしたがい去る他にないんです、自分をなにものかに見做すことなく、これ仏教の基本です、ないものはないんです、そやつがまあじきにあっちゃって踏ん反り返る、まったくに不可。忽ちに若し功無きとき作麼生か賞せん、はいこのように坐って下さい、雪を担うて井に埋む。ようやくにこれ応無所住而生其心。)胡漢来らず、胡来たれば胡現じ、漢来れば漢現じ、胡という蛮人塞外ですか、漢という君子宜しきですか、坐って下さい、真を求めず妄を除かず、念起念滅のまんまにする、これができたら、自分失せるんです、脱落身心底は、胡来れば胡現じ、漢来れば漢現ずんです、はあて胡漢来らずとさ、さあどうします、初心初めて接する底。(内外消息を断つ、どこにもいないんですよ、わかりますか、驚天動地あり、没交渉あり。)全く伎倆無し、慧能もと伎倆無し、これを確かめたとて卻って役立たず、更に二、三十年。(展転して没交渉、いずれの処に向ってか模索せん、朝打三千暮打八百、見て上げますよ、持って来て下さい。)技倆既に無し。(休し去り歇し去るこれ、聖胎長養などいう聞いたふうなことないんです、阿誰かいんもに道う、取り付く島の更になく。)波旬道を失す。はい取り付く島なし。(勘破了也。どうだいっていうんです、わかるか。あとを見えず、這の外道魔王、あなたのうちにあったと思える波旬です、もとまるっきりなしですよ。)瞿曇はお釈迦さんです。(仏眼も覩れども見えず、咄。)我を識るや也無や。(せっかくまあそんなとこか、こやつ。)復云く、勘破了也。(あっはっは苦労したってかい、どあほ。)いいえさ、お釈迦さんになって下さい、それだけ。

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第九十七則 金剛経罪業消滅

本則・挙す、金剛経に云く、若し人の為に軽賎せられんに、(一線道を放つ。また且つ何ぞ妨げん。)是の人先世の罪業あって、(驢駝馬載。)応に悪道に堕すべきに、(陥堕し了れり。)今世の人に軽賎せらるるを以ての故に、(本を酬いて末に及ぼす。只忍受することを得たり。)先世の罪業、(什麼の処に向ってか模索せん。穀を種えて豆苗を生ぜず。)則ち為に消滅すと。(雪上に霜を加ふ又一重。湯の氷を消すが如し。)

どうですかこれ、前生に罪業あって、地獄へ落ちるべき処を、善力強きが為に落ちず、今の世に人に軽んじ賎しめられる、それをもって罪業消滅と云う。むべなるかなですか。痛切にこれを思うでか、あるいは人に軽賎せられて、忍受すべき料ですか、恨みつらみ云わない為のなにほどかですか。真をなのに、軽蔑されないがしろにされる、必死の忠義がかえって宮刑なと、あるいは世の中は、逆らわず棹さして生き延びる手段、あっはっはするとまあ面白くないってこと。だれも彼も不満、不平たらたらだったら、でもって糞詰まり。金剛経はおく、応無処住而生其心と、身心脱落底を知る、則ち人の軽んずる、貶めるとやこう云う、命に別状なければ、はいよそうですかでたいてい終わる。つまりは本来のありように背く、よこしまな生活の酬いを払わされる、まあそういったわけですか。人の為にしおうとする、罪業消滅は、自分を顧みない故にまさに消滅、たとい軽賎も雲散霧消。(一線道を放つ、又何ぞ妨げん。生まれ変わり死に変わりして、仏を求める、人これ以外にはなしと知る、はーいまったくそのほかのことはないんです。)是の人先世の罪業あって、(驢馬に積むほど重いやつをさ。)まさに悪道に堕すべきに、地獄の責めを受けるべきだったのに、(そう思うだに地獄ですか、身心に科あるを地獄と云う、身心に科なきを極楽という、身心なきを仏という、棺桶に入ると同じ、しかりこれ我が宗旨なり。)今世の人に軽賎せられるを以ての故に、(本を用いて末に及ぼす、自業自得だれに恨みもないよ、ただ忍受すべきですか、人無きにし去れ。)先世の罪業、(模索不著ですがねってさ、米蒔いて豆の畑を作る、うっふ。)則ち為に消滅すと。(なんでさあ、雪上に霜を加えるまた一重、よかったねえって云われて、湯をぶうっかけて氷を溶かす。おめでたい話。)お経に霊験ありっていう人、今の世も同じですか、ただそっぽを向いているだけ、坊主の不甲斐なさ、かえって世のため人のためですか、わっはっは。

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2007年12月15日 (土)

へきがんろく

頌・木仏火を渡らず。(焼却し了れり。唯我能く知る。)常に思ふ破竈堕。(東行西行何の不可か有らん。癩児伴を牽く。)杖子忽ちに撃著す。(山僧が手裏に在り。山僧人を用ひず。阿誰が手裏に無き。)方に知んぬ我に辜負することを。(汝に似て相似たり。模索不著ならば什麼の用処か有らん。蒼天蒼天。三十年後始めて得ん。寧ろ永劫に沈淪す可くとも、諸聖の解脱を求めじ。若し箇裏に向かって薦得するも、未だ辜負することを免れず。作麼生か辜負せざることを得去らん。柱杖子未だ免れず別人の手裏に在ことを。)

木仏火を渡らず、おのれ形あるを破壊せずんば、なんとしてか得すと、これ参禅の根本です、ある人梵鐘の鳴るを聞いて、身心失い去る、ようやくに立って行って師家に挙す、師家魂消て、大見性だ大見性だという、これをもって兄弟子に問うと、あなたはそういうことを云っているから駄目なんですよと、どうですかこれ。兄弟子雪溪老漢、焼却し終われり、ただ能く我知ると、いったい箇の何をか知る。破竈堕は五祖弘忍の嗣安国の弟子、嵩山の破竈堕和尚と、姓字を称せず。一日徒を領して山間に入る、廟ありはなはだ霊たり。中に竈一個あり、遠近祭祀して止まず、物命を烹殺すること多し。師廟中に入り、柱杖をもって竈を叩くこと三下して云く、汝もとせんー土に専ー土合成す、霊何れよりか来り、聖何より起こって、恁麼に物命を烹殺すと云って、又撃つこと三下。竈乃ち自ら傾破堕落す。須臾にして一人の青衣峨冠なる有って、忽念として師の前に立って礼拝して云く、我は乃ち竈神なり、久しく業報を受く。今日師の無生の法を説くことを蒙って、已に此の処を脱して、生じて天中に在り、特に来って謝を致す。師日く、汝が本有の性なり、吾が強いて言ふに非ず。神再び拝して没す。侍者日く、それがし等、久しく和尚に参すれども、未だ指示を蒙らず、竈神何の徑旨を得てか、便ち天に生ず。師日く、我只伊に向って道ふ、汝本せん土合成す、霊何れよりか来り、聖何れより起こると。侍僧倶に対無し。師云く、会す麼。僧云く、不会。師云く、礼拝著せよ。僧礼拝す。師云く、破也破也、堕也堕也と。侍者忽然として大悟す。後に僧有り、安国師に挙す、師嘆じて云く、此の子物我一如なることを会し尽くすと。竈神此を悟ることは則ち故に是。其の僧乃ち五蘊の成身、亦破也堕也と云えば、二人倶に開悟す。且らく四大五蘊と、せん瓦泥土と、是れ同じか別か。雪竇、常に思う破竈堕。(東行西行何の不可有らん、あっちへ行こうがこっちへ行こうが同じ、どやつもなんとかしてくれってふうのさ。)杖子忽ちに撃著す。(頓に無生を知る、まさにこれ破家散宅。この手にある杖、人を用いず、だれかれではない、撃著木端微塵です。なにさてめえと思い込む皮一枚。)方に知んぬ我に辜負することを。(てめえというんでしょう、すでに負け、師、お釈迦さまと仰ぐ、重たいんですか、罪を背負ったまんまですか。汝に似て相似たり、心を求めるに心無し、自分という模索不著です、なんの用処かあらん。蒼天蒼天、悲しいかな、三十年後にはじめて得ん。あっはっははーいまったくにさ、寧ろ永劫に沈淪す可くとも、諸聖の解脱を求めじ。はい両方とも消えてなくなるんです。でもさたといこれを得るとも、辜負するものあり、たいていまあそういうこったです、日々まったく新たにですよ、柱杖子未だ免れず別人の手裏に在ることを、朝打三千暮打八百、さてもたんびに解脱するですか。)

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2007年12月13日 (木)

へきがんろく

頌・泥仏水を渡らず。(鼻孔を浸燗す。風無きに浪を起こす。)神光天地を照らす。(他の什麼の事にか干らん。兎を見て鷹を放つ。)雪に立つて如し未だ休せずんば、(一人虚を伝ふれば万人実と伝ふ。錯を将って錯に就く。阿誰か曾て汝を見来る。)何人か雕偽せざらん。(寺に入って額を看る。二六時中走上走下す是れ什麼ぞ。闍黎便ち是。)

泥仏水を渡らず、さあどういうことか、鼻孔を浸燗す、どうにもこうにもです、まったくどうにもならん、手つかずを一歩進めて下さい、さても泥仏水を渡る時如何。神光慧可大師、雪中に立って達磨大師に、腕を切って差し出す。他のなんの事にか干からん、兎を見て鷹を放つ、聖書を引いて三百代言の世の中に、たった一つこれをのみ、神光以て示す、奇跡とはまさに他なく。泥仏水を渡らず、雪に立って未だ休せずんば、心を求むるに不可得と、我れ汝を安心せしむと、一人虚を伝えれば、万人実と伝ふ、あると云うから、あるあると思って来た、なんにもなかったという、心無きを以て無心、来たる如くをもって如来。過ちをもって過ちにつく、方便といい救いと云う、未だ曾てお釈迦さまを見たものなし、よくよく見よ、何人か雕偽せざらん。雕は彫に同じ、模倣し似せるんです、錯をもって錯に就く、さあできますか、ちらともあればそれに拠る。人を金縛りですよ。寺に入って額を見る、こうあらねばならぬと云っては、二六時中走りまわる、これなんぞ、はあてそのものずばり、よしよしってね、直きに休むんですか。

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