歌紀行

2007年3月23日 (金)

うたきこう

  人力車

羽化せむはおほひかげなむふきの露夏を舞ひ行け雷門ぞ

 大好物のふきを摘ったら、十三もさなぎがつく、ふきごと挿しておいたら、羽化しておおひかげになった。美しい蝶。
 走り梅雨がそのまま梅雨になって、どうした、たらあり鼻水が出る。風邪を引いた。
 鼻ぴったあその苦しいったら。熱もなしの三日、治さにゃならん、東京へ行くんだ。浅草は雷門。

孟宗に虎の尾さへも雨うたれ行くも帰るも花のみずきぞ

 超ミニおねえちゃんと人力車に乗るんだ。男冥利に尽きるって、
「ちょっと寒いけど、履かなくっちゃ女がすたるっていうもんです。」
 頼もしいことを云った、まりーなちゃんというメル友だ。弟子のいとこの美緒ちゃんが、あたし彼氏いるからって、紹介してくれた、蕎麦屋へ勤めていて、通勤の電車からメールして来る、
「ゴールデンウィークのエキシビジョンしたら、掌が蕎麦になった。」
 とか、
「アパート引っ越そう、干せるベランダあって、いいにおいのふっかふか蒲団。」
「ねこのナナちゃん実家に置いて来た、今日は会いに行く日。」
 という、ふっかふかメール。なんいもしない彼氏追い出したら、淋しくって、吐きそうになったって。

七十のわが青春のメル友やまりーなちゃんは蕎麦屋へ勤め

 寮の同窓会があった。
 五十年振りに、なつかしんで佐藤が連絡して来た、わしのようなあばずれほうけも先輩は先輩だってさ、
「いやなつかしい。」
 でもって同寮会をしよう、親分の石塚先輩を云いだしっぺにして、佐藤が世話人、
「おれから云い出しといて申し訳ない、検査入院したらやっぱり手術だ。」
 石塚先輩がいう、大腸にポリープができた、秋に延期しようと、九州から宮島が云った、どうせみんな明日はわからん、やろうぜと名古屋の川村が云った。

玉杯にあひ別れては山へなり月は同じかふきの葉の露

 その日はおねえちゃんと人力車乗る、やろうと坊主、佐藤は辟易、
「あのう、和尚のメール家内に見せたら、とんだ生臭坊主、顔が見たいもんですって、あんたがたも不良老年で、よったくって何をなさるんですかって。」
「顔見せたるから、奥方もぜひどうぞ。」
 でもって、
「女の子にはゼニ出すさ、わし国民年金、おまえら高額所得者援助しろ。」
 と云った。
 乗りかかった舟です、
「気に入った子一人分の宿泊代を。」
 という、
「げすめ、まあこの際しょうがないか。」
 今日五月二十五日、K525はアイネクライネナッハトムジークですって、
「小林秀雄は当時のインテリゲンチャをくすぐったまでで、彼のもーつあるとをモーツアルトが読んだら大笑い。」
 といった。くそめが、
「小林秀雄が消えて、文壇そのものがなくなったんだ、文化もさ、由来モーツアルトを聞くなんてえやつを、わしはまるっきり信用しねえのさ。衣ばっかりてんぷら。」
 いやさ同寮会よろしく。
 なんせ出世しないで出家したでな。

かたかごのむらさきにほふ春なれや越し国中に吹く風のとき

 美緒ちゃんとまりーなちゃんが考えて、
「浅草で人力車乗って、電気ブラン発祥の神谷バーでお昼、仲店冷やかして、水上バスに乗って花屋敷。」
 お年寄りプランかな。
 美緒ちゃん、恵美子ちゃんも由紀ちゃんも愛ちゃんに明美ちゃにりえぞうむしにはいろーちゃんに、院生の弟子にロシア文学に、上野駅しのばず口集合、十時半。
 てんまくさん夫妻が来るっていった。
 冥土の土産だ、浅草見物。
 だってポンコツじっさ、妄想がしわたかって歩く、ぎゃーお同窓会ての生類哀れみの令か。
「東大さんからかってみたい、車持ってくから、次の日は熱海でも行くか。」
 明美ちゃんは大張り切り。新年、オカマバーの翌日、横浜そごうに田中一村展を見て、中華街で昼飯食べて、それから熱海へ行った。
 雪降って明美ちゃん車立ち往生。一月十七日だった。

しかすがに今月今夜をふる雪のにほひ起こせば梅の咲くらむ

 鼻風邪治る、さつきの剪定をした、七割方終えて、どうしようか、やっぱり行こうってドライブに出て行った。
 中越は地滑り地帯の、山のてっぺんまで田んぼになったりして、道がつく。
 白い花は、あんにんごにはないかだに。
 小千谷の真人という村には、むじな退治の伝説。小出からまたぎが来て、薪五百束して、村中総出でいぶり出したが、親分は穴を掘って佐渡へ逃れたという。鼻みずがたらーり出た、くしゃみしてそいつがひどくなる、熱もある。
 帰って来て寝込んだ、明日一日余裕がある、なんとしよう、やっぱり年かな。

花筏越しの真人があしびきの山たず行けば浦島が子ぞ

 よれよれ脱いで、新品の作務衣に出かけた。薬で鼻水はなんとか納まる、しのばず口は一番はしっこ、なんでそこにした三十分早かった。
 てんまくさんが来る、彼は新宿に住んでいる。
「今女房あそこで飯食っているから。」
 洒落たコーヒー朝食の店を。
 八十キロだあ美緒ちゃんが来た、金髪、
「これまりーなちゃん。」
 黒いミニスカートにあんよがにょっきり、
「うふふっ。」
 なんかいい子だ、会うのは初めて、
「今日はあ。」
 うわ別賓さま、はいろーちゃんにりえぞーむし、派手だあ、せがれの大学の同級生だった、何年ぶりだろ、
「わかります、入江です。」
「あたし国見。」
 嫁にと思ったのにさあ、
「いい女になったなあ、強烈。」
 ときめくっていう、女の子四人もよったくりゃあ、ぱあっと花。
 セルフサービスのコーヒーを女房どの、引き受けて、
「いや恐縮。」
 美緒ちゃんはどでん平気。
「バア。」
「うわ。」
 サングラスして、洒落のめした明美ちゃん、つなぎ着てのべつ幕なし南京ピエロが、
「どうお、決めて来るって云ったでしょあたし。」
「うんすげえ。」
 スタイルいい。
 弟子が来て、ロシア文学が来て、知らぬ同士紹介してもって、いざ出発。
「先生。」
 女二人、かつての教え子だった、雨降るからって、こうもりの差し入れ、木綿かすりの折り畳み傘、
「すげえシック。」
 座禅しようと思っております、よろしくと云った。
 
しのばずの花は蓮すか咲きにほひ極楽とんぼが冥土の土産

 渋谷からの地下鉄に乗って浅草へついた。なつかしいようなお初のような、梅雨に入って雨ばっかりが、わしは晴れ男で、雨女だというまりーなちゃんをしのいだ。
 道ぱたに人力車がいた。ぴっかぴかの車輪と赤いケットと、股引きに法被の人、
「歴史コースと今様コースとありますが。」
 歴史コースかな、超ミニのまりーなちゃんと乗った、挽くのも女の子、
「いいのかなあ二人さ。」
「どんと任せといて。」
 軽く挽くのは、恐竜の平衡感覚てんかな。
 停めては案内する。
 浅草の観音さまはこんなくらいで、漁師の網にかかって、だから何とかで、お寺と神社と仲良く隣り合わせのまっ赤でもって、さくらのころはえーと芭蕉の句、鐘は上野か浅草か。
 田楽を人力車で食べる。
 雷門は松下孝之助が寄付して、それが風神雷神いるんだけど雷門。
 てんまくさん夫妻と行きちがう。はいろーちゃんりえぞーむしは大はしゃぎ。明美ちゃんは食べものだっていうロシア文学と、弟子は八十キロ美緒ちゃんと憮然。
 仲店をぶらついた。屋台で凍り水を食べ。おみくじ引いたら、りえぞーむしとまりーなちゃんが大吉。
 そりゃもう申し分なし。
 坊主は凶と出た。

御神籤は凶と出でなむ坊守りが鐘は上野か花は浅草

 バーの草分け神谷バーでお昼になった。むかし風シチューといっしょに、電気ブランを飲んだ。
 はあてどっかしびれるんかな。
 土曜は満員。
 それから水上バスに乗った。
 花を歌うには夏の真っ盛り。ホームレスの青いテントの行列、川の水を汲んで、まさか飲むってわけでは。
 宇宙戦艦大和風、ダイアモンドカットみたいな船とすれ違う、
「あれに乗りたい。」
 だってさ。
 花屋敷へ行くのはすっかり忘れた。
 お台場からUターン、銀座へ出て松屋へ寄る。弟子の姉がいた。どう使うんかようもわからんバッグを、かあちゃんの土産に買った。

神谷なむむかしシチューにお台場の宇宙戦艦トマトが行くぞ

 てんまくさん夫妻に別れて、本郷の東大前を総勢八人、わんさか歩いて行って、鳳明館別館という、鉄門を過ぎてはすかいに入る。
 佐藤と中村がいた。
 よく見ないと誰かわらん、年寄った風格というか、中村のぎっちり握手。
 花粉症らしい、なんのってしのばずの蓮ってうっふ、シャッツを替え薬を飲んだ。昭和三十年の旅館にクーラーとっつけた、なつかしいというには、そうなあつげ義春風でもなく。
 ドッペリ仲間の浅井と同室だった。川村が来た、まだどっかで教授商売やっている、大物らしい、好意満面なんだけれど、しゃべりだすと疲れる。
 飯田は社長業を先年辞めたという、白面の美男子が、でっぷり太ってご貫禄、アッハッハだれかわからなかった。わしを大嫌いな一級下で秀才、歌舞伎に入れ揚げているんだそうの、佐藤と同年だ。
 伊東というロボット博士と、土居というなんの博士か、いやこれは欠席したか。
 浅草ご一行さまは、汗だくでもって風呂へ入った、
「美緒ちゃんいっしょ風呂入ろうか。」
「やだよう。」
 男湯はトルコ風呂で、女湯は和風風呂だってさ。
 温泉ならよかった。
 宴会だ、男女交互に並んで、うん首尾ように。
「頭取というのはいやな顔している。」
「うんそうだ、たいてい社長よりもな。」
 とか、
「まだ生徒いじめてるんか。」
「どうかな。」
「薬事審議会っての、給料貰うほかになんか役に立ってるんか。」
「あるっていう役に立つな。」
 なんせ弾んで来た。
 坊主がど真ん中は恐れ入る。みんなわしの弟子だとさ、
(ゼニ出したでさ。)
 院生の二人分に、女の子はあて何人だ。よう心得て働くぜ。
 車を置きに行った明美ちゃんが来て、愛ちゃんが来て、爆発的に盛り上がる。先に帰る川村を、総員お見送りなと。
 坊主には関わりのない話ども。

彩るは夏のあしたの蚊帳にしや四半世紀を回り灯籠

 りえぞうむしっておしりが大きいから、仇名した、なんとも美しい、強そうだなお酒にほんのり。
「いい婿さんさがしてやってくれ。」
「うん択り取り見取り。」
 はいろうちゃんは酒も行けるが、話も行ける。家畜人ヤフーだ、O嬢の物語だの。
 美緒ちゃんは同じ苗字の吉井と意気投合。愛ちゃんは佐藤とキリスト教談義、盛り上がろうと思ったら鼻水たらーり、こいつはどうにもならん、わしは引き上げた。
 浅井と二つ床が敷いてある。一つににはいこんで、薬を飲みティッシュをおいて、ぴったりつまって口で苦しい呼吸して寝ていた。
 戸が開いた。
 浴衣姿の明美ちゃん、
「ほら。」
 下はすっぽろりん、
「浴衣んときはいつもこう。」
 なんという美しい体、
「和尚さんとこへ行ってもいいかって聞いたら、どうぞだってさ。」
 ぎゃお。

坊主かも夏はむくげの日送りが浴衣に羽織る雪女にぞ

 夜が明けて明美ちゃんはいず、行ってみると宴会場に、佐藤浅井ら四人と明美ちゃん、ウイスキーがあって飲めという、なに一晩中やっていたって、
「年考えろよ。」
「飲んだら徹夜ってのよくあるよ。」
 浅井が云った。何を聞かれたんか忘れた、応じておいて、
「よせよ、仏教教談義なんてさ。」
 といったら、
「いやずっとおまえのこと話していたんだ。」
 みんなえらい目に会った。
 浅井はどっぺり仲間だったし、竹中のような秀才がさぼって土木へ行って、かえって大成功だったなと。飯田は勉強しねえとああなるってんで、勉強したし、伊東の同年はなんせわしを軽蔑した。
 あとで明美ちゃんが聞かせてくれた。わしがモーツアルトに熱中したら、みんなモーツアルトを聞かないようにした、なんせ対決するのしんどい、駆け出し時代のビートたけしだ、いやなやつだったぜとか。
「和尚のまわりにはいい面したのいる、そりゃいい仕事しているのさ。」
 浅井が云った。
「妄想かきだ、悟ってるなんて云えねえ。」
 ロボット博士の伊東が云った、
「うんまあさ。」
 酒を飲むと面付きも若くなる、なあるほど同窓会。
 飯田は心得て、浅井の肩を持つ、
「信ずるということなんかなあ。」
 佐藤が云う、人間の思想性と、
「アッハッハ、もとものはこのとおり、人間さまの信じようが信じまいがな。」
 はーい演説、
「こないだテレビで複雑怪奇な面したキリスト教牧師でてさ、そいつが最後には100%信ずるこったといった、ばかいうな100%信ずるって=忘れるこった、ものはすべてそいつで成り立ってるのにさ、山川草木も猫踏んじゃったもさ、牧師どの10%も信じたこたねえだろ、信は不信の始まりってな、共産党もキリスト教の成れの果て、つまりは歴史の証明するところ。」
 バツが悪くなって止めた。浅井と佐藤と、
「ふーん。」
 と云う、飯田は社長さま、
「妄想かいてちゃ悟っていねえ。」
 と、伊東、
「妄を除かず真を求めず、これができないんさ、妄想は止めようとする、必ず真実を求めずにはいられない。」
 へえ、さすがに一言で効いた。

なんに我れ伝家の宝刀引っこ抜き八つ手の葉っぱか鼻水たらーり

 朝飯を食って、また盛り上がって、明美ちゃんが四方八方、でもって東大見学に行った。
 昨夜のうちにみな帰って、美緒ちゃんにまりーなちゃんに明美ちゃん愛ちゃん、浅井と佐藤が付き合った。
 四つの新築あるいは修復工事中。
 独文科のアーケードへ行ってみた、むかしと変わらない。浅井が云った、大学のドイツ語がなくなるそうだ、哲学はPR業とか放送局とか、けっこう就職あるんだとさ。
 わしは十日ほども学校へ顔出さなかったから、
「赤門てわかりますか。」
 佐藤のジョーク。
 母校ずらない。
 図書館にも、いや食堂には行ったか、うす汚い三四郎池があった。
「漱石かあ、あんなつまんねえ小説なかったがなあ。」
 浅井が云った。
「猫と坊ちゃんだけって、まああれ小説じゃねえしな。」
「うん。」
 工学部理学部、医学部は向こう、道をはさんで病院で、農学部はあっちで、
「でっけえみーんな税金、東大にしよっか。」
 未緒ちゃん云った、大験は取ってある、予備校行ってさって。生活保護のぐうたらが、賢い子だけど。
 御殿下グラウンドは、中学生が使う。
「なんだあれ、サッカーでもねえな。」
 といって新式スポーツをする。そういえばキャンバスは庭木の手入れもせず、新築中の建物がにょきっと立つ。
 月桂樹があったがな。
 立身出世の権化カイゼル髭の胸像が二つ、
「だれだっけあれ。」
 浅井と佐藤が一つあてとっつく、明美ちゃんがデジカメに撮る、赤門前には人頼みして撮って貰う。
 それからぶらぶら歩いて行った。

ローリエを取りて欲しいと云ひし女将つとにも逝けば世界さはがし

 昼飯に上野で鮨食って、残ったのは美緒ちゃんとまりーなちゃん、
 鶴見の総持寺に弟子がいる、美緒ちゃんのいとこだ、差し入れを買って見舞いに行く。
 本山は二十年ぶりになるか、道順を忘れてタクシーに乗った。
 十両時代の北の海をモデルにしたという仁王門を過ぎ、正面玄関知客寮へ来た。リックから出した絡子をかけ、受付に添菜料差し出して、明慧お兄ちゃんを呼び出して貰った。
 目向けたわけでもないのに、あほか、役寮が気圧されてら。
 弟子が来た、ちょっと青白いか、
「禁足が解けたところです、よかった。」
 という、その頭を美緒ちゃんがかっぱじく、
「どうだやってっか。」
 だってさ。
 恐れ多くも本山の修行僧をアッハッハ。
 差し入れわたして、あとはわしが案内する。
「嘘でなく八百人も入る太祖堂。」
 仏殿、長い回廊を、
「ここは勅使門、宮中からのお使いが通る。」 大黒様があって典座寮、曲がって行くと禅師さまの紫雲台。 庭のこっちは後堂寮に放光堂。
 お兄ちゃんのいる禅堂。
 あっち行くと裕次郎の墓ある。
 駅のスナックで冷たいものを飲んだ。
「アイスクリーム食べれなかったね。」
 そうだったな。

青夏やまりーなちゃんにアイスクリーム花は蓮すか彼氏はいたか

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2007年3月22日 (木)

うたきこう

 ふきの下3
 もう釣りは堪能した、ネイティブ最後の谷へ入った、フライフィッシャーの冥利に尽きる、さあ出発といって、
「もう一回挑戦しようぜ、女どもどっか追っ払ってさ。」
「ハイそうします。」
 三太郎はイエスマンになった、昨日は面白かったそうの、でもこいつほっときゃにしん御殿に入っちまう、鉱山の廃虚に、野辺地に、恐れ山の寺坊は三五00円なと。
 江差追分の、
「さぞや歌捨磯谷まで。」
 そこしか覚えてねえんだ、難しい尺八、越天楽と同じだってさ。
 信濃追分の、
「浅間山から鬼や尻出して、鎌でかっ切るような屁こいた。」
「それ知ってる、鬼押し出しにあった。」
 という、三太郎旅ずれしてる。
 そんじゃどこ泊まる。
 明日は札幌だ。いっちゃんに会うことなってる、いっちゃんというのは、年上の弟子で、弁護士大学教授やの偉い人だったけど、お先に遷化した。その二番娘で結婚して札幌にいる。
 ナースしていた、薬を送ってくれる。
 そう云えば薬箱忘れた、たらっと鼻水出たけどなんとか、
「越しの寒梅に万寿にお土産。」
 ニセコ泊まろう。
 千歳行って牧場でチーズ作るって美代ちゃん云う、
「それ予約制です、だめかなきっと。」
 と弟子。
 常山溪がいいか、積丹岬行くって由紀ちゃん。
 ニセコに決まった。出発。
「まっすぐニセコ行くのと、いわな釣り行くのと別れる。」
 ひぐまに食われる前に、写真撮ろう、全員は一枚きり。美代ちゃん車に五人。あとで見ると皿に乗っけたソーセージ、
「なんだこれ。」
 車が鏡になって、みんなの顔。
「いわな釣ってさ、なんたっけな、人生き埋めんなったトンネルある、開通したっていう、そこ行こう。」
 三太郎に云った。
「生き埋め。」
 開通第一号の生き埋めんなりゃ、高額保証金出る、じゃあそうしましょう。女どもは弟子連れて行った。
 何かと役に立つ。
 由紀ちゃんは、
「行こうか云ったけどやっぱこわいって。」
 と三太郎、
「なにわしがこわいって。」
 海岸沿いへ出る。
 函館から同じ風景、磯っぱたに寒村があって、それがときに賑わってまた磯っぱた。
 変わらねえってのがいいな。
 さいの河原に人気なく、
 風に嘆くは芹の花、
 ふーらり舞うか谷内烏、
 島影消えて淋しいばかり。

知るや君にしんは失せて北海のせめて歌捨磯谷まで

 第一の川はやまめがいた。小さいのが飛びっつく、でっかいの見たって三太郎、あてにならん、たしかにいましたって。先客が一人行く、いい加減で引き揚げた。
 いわなの川あるって、どうもいない、車が草に滑って往生した、三太郎押して苦労して脱出。
 次は堰があって釣れぬ、魚道もない。
 トンネルが続く、
「どこかなあ生き埋めんとこは。」
 巨岩奇岩絶好の磯に、だーれも釣ってない、
「密猟禁止。」
 という看板はうにやあわびだ、鮭しか廻って来ないってさ。
 本命の一、すんばらしい川が海へ差し入れる、ようしって停車したら、
「釣り禁止。」
 の赤い看板。
 トンネルにトンネルが押し続く、改修トンネルが三つ四つあって、慰霊碑が建つ。
 開通一号の保険金にはならず。
 六人死んだってんで何百億。ふいー人の命は地球より重い。
 大本命のがあった、入ろうとしたら、
「二キロ先は行き止まり、この川でやまべを釣ってはいけません。」
 と書いてある、
「やまべなんか釣らない。」
 二キロ先へ行ったらゲートが開いていた、ダムの上で閉まる、
「ようし歩け三太郎、すんげえ川だぜこれ。」 ウエザー履いて竿持って歩いて行った、一キロも歩いた、すんげえ高巻き、
「だめだ、そういやゲートんとこ下りる道あったぜ。」
 引き返す。
 紐がぶら下がって伝い下りる。どん深淵がある、絶好の川、
「こういうとこで釣ってみたかったんだ。」
 尺ものいわなって、なーんも釣れぬ。遡って行っても、かすっともかすらない。
 人の足跡がいっぱい。
「わんさと押しかけてさ、とうとう駄目にしちまったんだ。」
 北海道中と云ったらいいか、だのにまだって、そりゃてめえっちのこった。流れん中で糞ひって、どうれ肥やし。
「気分いいぞおまえもやれ。」
「遠慮しときます。」
 おれ下流にいたのにって、そうかい。引き揚げた。
 ゲートとこにパトカーがいる、こっちの車調べてるんか、新潟ナンバーを。
「かくれろ。」
 藪かげへ隠れて、
「でもさ管轄違いじゃねえか。」
 Uターンして行く。

隠り水の神威かしこみ美はしきやまべにあらむ虹立てる見ゆ
  
 女どもは弟子して洞爺湖へ行った、洞爺湖でなにしてんだ、もうニセコへ着いた、
「洞爺湖釣れっか。」
「さあ。」
 ケイタイが繋がった。ニセコのホテル昆布村というところ、もうあと行くよりないか。大地川の河口に、ウエザー着たのが並んで鮭を釣っていた、
「自衛隊だ戦争。」
 釣り人は大嫌いって、またてめえを棚に上げ。
 後尻別川の辺りを長万別方向へ走る、鮭の大網でいっぱい、支流があった、最後の挑戦、
「すこうし時間あります。」
 いい川が、生活排水が入る。
 対岸にぴくっと跳ねて、ハリ葦の根っこにひっかかる、ウエザー着てなかった、ぷっつん切れた。
 羊蹄山が真っ正面、富士山の五合目からそっくり。彼が男なら、ニセコアンヌプリはそりゃもう美人。昆布温泉という、場違いな名前んとこへ行く。
 ニセコいこいの村森林公園。
「女どもの趣味だあ。」
 池あり、遊具あり野鳥の林あり、
 じっさ気に入りそうだからって云われ。
 洞爺湖で何した、昼食食べた。遊覧ヘリ乗ろうとしたら、一人五000円で止めた。
「釣んねえし、混浴温泉ねえし一日端折って帰る。」
 わし云ったらブーイング。
 無理ごもっとも、かあちゃんが恋しいんだろ。
 洞爺湖で、
 ランチは望羊亭、由紀ちゃんハンバークじゃがいもの冷たいスープ、ブレンドコーヒーって、美代ちゃん記す。弟子と美代ちゃんカレーdeドリア、手作りチーズケーキ。近くの牧場でソフトクリームを頬張る、手作りナチュラルチーズは買わない、ひぐまといっしょに写真を撮る、200円て150円しか入れなかった、きっと50円でも撮れたとか。

 明日はいっちゃんに会いに札幌行って、小樽行ってフェリー乗ろう。フェリー朝の十時に出て翌日早朝五時に着く、明日一日遊べるから。
「いっちゃんから問い合せ来た、三度も。」
 弟子云った。
 ケイタイしたが出ない、
「明日午前中は寝てるって云った。」
 そうけえ。
 夕食、またビール飲んで、じゃがいもが絶品、
「なんで昆布温泉ていうんだ。」
 ウエイトレスに聞いたら、ちょっと待ってねって調べて来た。
「昆布市が開かれたからだっていう説と、いろいろあるそうです。」
「ふーん、もう一つ聞きたいんだけど。」
「はいなんでしょう。」
「あなたのお名前。」
 佃煮旨い。うにとしいたけだって、美代ちゃん書く。
 カラオケに押しかけた。
 由紀ちゃんの歌すごい、飯食えるぜってぶったまげ。弟子の胴間声けっこう歌う、美代ちゃんも三太郎も盛り上がる。
 わしは引き上げた。

羊蹄の響みも行けや若人や星も歌はむでいだらぼうの

 いっちゃんのケイタイは沈黙、家の方は留守電になっている、何度掛けてもだめだ、旦那吹きでものの手術するっていってたし、
「いいや、札幌無事通過してどっか行こう。」
 真夜中走るんなら、サロマ湖も稚内も行けるぞ、ヌタクカムウシュッペ大雪山はどうだ、由紀ちゃんが積丹半島だって、
「積丹半島か、そんじゃこう回って小樽港。」
 どうも変な、
「積丹岬って小樽の南ですが。」
 三太郎、
「へえそうか。」
 いっちゃんから電話が来た、運転していた、
「運転してます。」
「しょうがねえ通過って云っとけ、二人おねえちゃんに絞られてミイラなった、三人めはとっても無理だって。」
 弟子そのまんま云う、
「酒送るから。」
 ニセコを廻る、ニセヌプリ、ニトヌプリ冬期間通行止め、ヌプリってなんだ。
「ええなに。」
 眺望のいい道を海沿いに出た。
 そう云えば昨日も海沿い来て、汀に立ったってことない、
「海浸るどっか付けろ。」
 三太郎に云ったら、じきに右折する、
「そうじゃねえ、魚港じゃねえったら。」
 停まった、駐車場がある、
「にしん御殿見学。」
 泊村。
「へえ。」
 そう云えば昨日にしん御殿あって入ってみた、西日当たって、だいぶしけたが贅沢な建物。
 ここは観光用に改築してある、なぜかほっとした、
「こんなんじゃない、昨日見たのあれがいいんです、小樽行きゃずーんと本物あるし。」
 三太郎演説。
 にしん御殿、主の住む母屋あり、女どものつなぎあり、労働者の棟あり、お倉に加工工場と、今のマンモス商社に較べりゃそりゃまあ。
 美しい着物や箪笥や鏡台かんざし。薬研があった。壺や器の宝物、なにやかやあった。どーんと板の間トイレに、道具類山と積んで、立派なタイムスリップ。お倉には帳簿がぎっしり。
 祝言のお座敷だって、
「おうい来いよう。」
 美代ちゃんと由紀ちゃん呼んで、重婚いや三重婚だ。由紀ちゃん、商談中の人形にとっくり持っておしゃく、写真はこれが一番。
 どっちも立入り禁止。
「農家の二、三男飯さえ食えりゃいいって、ただで扱き使って、そりゃ御殿出来らあな。」
 多額納税の勲章とか。
 出たら、魚が上がっている。美代ちゃん臭いって、漁港の臭い。
「なんだろうあの魚。」

北海に何をし見なむ積丹の夕映え沈むにしん御殿も
乙女らが装ひこらし手鏡の空ろ鳴りせむ二十一世紀も

 海に足を浸けた。砂のない石だらけの浜だった、透かし見ると小魚が泳ぐ。ちかというけっこう旨い魚、さびきすりゃ釣れっか。
 昆布がいい匂い。
 虫食い、穴だらけに打ち上げて。
 トンネルをくぐり寒村を行き、同じい奇岩絶壁。
 神威岬という、
「なんだあこっから歩くのけ。」
「えーと、積丹はもう一つ向こうです。」
 ではそっち行こう。由紀ちゃんご所望だ、腹へった昼飯食おう、寿司屋の看板ある、うににあわびに取れたて、
「岬はかむいの方絶景だそうです。」
 と三太郎。
 そういうことは早く云え、寿司屋に入る。
 ごってり魚介うにいくら。
 もしや小樽行って食べりゃよかった。
 漁師の素人鮨、どんぶり物も今一か。
 うんまい貝の付け合わせ。
 ぶっとばされそうなおねえちゃん。
 積丹岬へ来た。
 登って行く。
 楽して行けそうなトンネルがある、人一人やっとの真っ暗け、
「浜辺へ下りるんだそうです。
 登って行くよりゃねーやうんさこら、
「三太郎押してくれ。」
 押されて楽ちんかな、なんせ妊娠十カ月の腹。
 百メートルのし上がるって風の、
 新潟と同じごそっと柏が生え。
 松があり、ブッシュやつたや芹に、紫のなんの花か、下は波の洗う磯っぱた。
 「積丹岬だあ。」
「うんナイス。」
 由岐ちゃんの大阪弁のボケ冴える、わしの前では歌わないしさ、ふん。
 展望台には烏。人間いっぱい。
「あれ東京の烏、はしぶとと違うんだぜ。」
 だれも聞いてない。
 トンネルくぐったら涼風。
 はるか下の海へは行かなかった。

 積丹岬ってでっかいのにもう一つ岬。由紀ちゃんのおおジェルソミーナに、大阪弁の唇。美代ちゃんのおしりに、止まった蝶。
 柏の木があった、冬枯れの柏にお地蔵さん、子供が溺れ死んだ、越後の海。
 おーい、ここからロシアへ行けるんか。
 何億ひしめいて、あっちも生きてるのが大変だ、舞い行く落ち葉。
 行き当りばったりの、知らぬが仏って。そこの兄んちゃん、うっはあ雲は同じ積丹岬。
 あれは都忘れ、なんていい色なんだ。
 とやこうこの烏。
 
へに立てば積丹岬の柏木の人を恋ふらむ海なも淡し
 
 二台の車行きちがい、わしは超能力あるんだ、ここと云ったら向こうから来る。小樽は越中屋という所へ泊まった、一番の老舗旅館だという、三太郎が見て歩き、
「旧館があってさ、純日本風の、ステンドグラスなんか填めて外人専用、もっともあれ前はつながってたけど、今別個で人手にわたって、ー 」
 料理もいいらしいんだけど、街へ出る。小樽は運河と鮨とガラス工芸というぐらいで、フロントのかあちゃん、
「行ってらっしゃいませ。」
 はーい。ガラス工芸があった、何軒もあった、路上喫茶があった、海鮮屋敷だやら、そりゃもう鮨屋洋食屋、
「日本銀行小樽支店、ルネッサンス風だってさ。」
 珍しいの見学。
 人力車があった、赤いケットにむかしスタイルの車夫、美代ちゃんとすんでに二人乗り、なんで乗らなかったんだ。
 がらくた屋敷があった、我が垂涎のルパン車がでーんと座る。うへえなんでもあるぜ、三軒つなぎの石造倉庫。お土産げレトロ手拭い買って、
「あのトイレって売れるのけ。」
 レジの女の子に聞いた。
「ちょっと値が張るんでそうは売れません。」
 なんせ魂消た、ほんものトイレの隣に商品、ここでしないで下さいって書いてある。これは傑作。
 鮨食っちゃった、親切ですてきなイタリア料理って案内したら、スペイン料理海猫亭ってのに入っちまった。これも有名ブランド、
「そりゃもうスペインの赤。」
 註文したらない。
 ポルトガルのって、それもこくがなかった、どうしてワイン遅れてるんだ、日本人味知って、たいてい値段通りになった。
 一五00円も出しゃけっこういけるってえのに。
 由紀ちゃんちゃっかりビールを註文。
 弟子と美代ちゃん九月生まれ、ハッピバースデイ乾杯。
 なんのかんのってより、また五品取って別の五品取って、ケーキ取って、
「ばんざーい。」
 旅の終わり。
 アルバイトのウエイトレスからかって、女性恐怖症の数学博士紹介してやる、ぜひお願いします、うわーコーヒー旨い、そうです、じっさのだけ頃合計って出したんです。
 ありがとう、函館と小樽とさ、もうどっちもすてき、女ども大喜びでよかった。
 美代ちゃんが出家しようって、
「いいよ女の子の頭剃るのやだったけど、引き受けっか。」
 人ごとは平気って覚悟いるぜ。
「そんじゃ同じかな。」
「そんなんどうってことない。」
 由紀ちゃん云った。
「あたしもするうち出家する。」
 うん引き受けるさ。
 庵寺そこらじゅう開いてるし。尼僧堂っていう、いじめだけっていうどうもないの、ネグレクトする方法だ。小浜の発心寺はまだ尼僧受入れてるかな。
 女の子の頭剃るなんてうーん、はいはーい分かりました。

小樽なる波ももゆらにともしびの明かし浮き世と若人の行く
十六夜の萩にしあらむ越中屋まどろめばかも我が女達

 にしん御殿はだれかさんに悪いけどパスした、宿へ帰ってから小樽の街を二人でぶらつこうっと思って眠いから止めた、フェリーのレストランでラーメンを食い逃げしちゃった、あー神様、こら仏様だっていうのに。快適フェリー生活、狭いけどキレイな部屋、高い高いフルーチェのようなデザートに茄子の煮びたし卵どうふで850円、トランプしたお弟子さんババ行くとあっていうからすぐわかる。キョーフノミソシル、アクノジュウジカネコノオンネン。チャイルドルームで五人いっしょくたにボールの投げ会い、世間冷たい視線キャハハ。美代ちゃん戸棚の中に隠れる、見つかって助かったって。デッキで強風に吹かれて、和尚さま上着のポケットからお札が飛んで行く。
 旅のノートにはこう書いてあった。

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うたきこう

 どうやら雨が上がる、蔦温泉を出た、
 わし晴れ男なんだと云ったら、由紀ちゃん私雨女ですと云った。晴れ男が勝った、ようし思いを遂げて、そういう関係ないほう長続きする、うんそうだって返す、なんせこの子賢い。
 下北だ、野辺地で釣ろう、あのなんにもない藪原だーい好き、心の故郷。そうですって三太郎が云う。あのまっ平ら川だれも釣らんできっと。六ヶ所温泉で泊っか。陸奥だ、川内川っていい川ある、青淵にやまめがいて、きのこ出る公園、いいとこだあキャンプしよう。意気投合したら、美代ちゃんが地図にへんてこなものを発見、
「津軽にサンタクロースの館ってある、これってさ。」
 そっち行くとそのう、
「となかいって本物見たかったの。」
 由紀ちゃん恐れ山へ行こうっていう、では折衷案、青森の喫茶店だ。世界の五つ星あるっていうぜ行こう。喫茶店やりたい美代ちゃんいっぺんに賛成。
 それから野辺地行ってさ、雨の上がる八甲田山の森へ。

蔦屋にぞ我が思へらくはいにしへゆ言の葉疎き奥の細道 
八郎の何ぞ住まへり長雨のもやへる辺り行き過ぎてけれ

 蔦沼は釣れるんだけど、変な鱒いるんだっていうぜ、だけど雨で駄目だ、紅葉には未だの十和田ゴールドラインを廻る、谷内温泉というまた車が何台も。
 地獄沼には、三太郎泳げ、いえ止めときます、紫に、金色になんの花か咲く。
 きべりたては、くじゃくちょう。
 酸ケ湯は有名な混浴温泉。
 朝湯だ入ろう、九時までは女湯だってさ詐欺だ。
「あたし入って来よう。」
 由紀ちゃん入る、待ちぼうけ食って、一抜けたって、その気になってたんに美代ちゃん、東北随一木造のさでっかいの。入ろうという三太郎を無視して、湯上がり由紀ちゃんと出発。

酸ケ湯とふしるべは何に染め出ずる山を廻らひ妹に恋ふれば
酸ケ湯とふしるべは何に萌え出ずる山を廻らひ妻に恋ふれば

 ちょっと早すぎたか、あと十分で十時、
「キョーレツ喫茶店あるはずだぜ。」
 混雑の市内を行く。
 青森新聞の記者っての知ってたがなあ、じゃ電話してって泥縄。官庁街へ出たり朝市へつっ込んだり、
「いいおねえちゃんいる、」
「振り返るな。」
「青森ファッションだあれ。」
「え。」
「すてきなばあさ。」
 車ぶっつけそう、
「そうだ青函連絡船の港行け。」
 連絡船は廃止になったけど、フェリーが往復する、喫茶店になったり、美代ちゃん納得とかあるはず。剣道の三太郎いっぺんに案内する。
 浜っ風が吹く。
 はぜとちんけなかれい釣っていた。
 あった、メモリアルシップ洞爺丸。
 台風で沈んだんじゃなかったか。
 どうだいいだろ、
「十一時からだそうです。」
 フェリー出るとこは向こうです。そっちへ行ってみた。売店はあったが、レストランは十一時から、
「めんどくせえフェリーん乗っちまえ。」
 じっさ仕切る、
「何時間かかる。」
 中学の修学旅行んとき、青函連絡船は、朝に乗って夕方着いた、九時間かなあ。
 海峡へ出たら、ぐうっと上がってどーんと沈む、ぐわその塩梅よかったことは、
「三時間五0分です、もうじき出るのあるって。」
 世の中進んだ、ようし乗ったあって下北半島ふっ飛んだ。
 フェリーけっこう快適だぜ、美代ちゃんも満足って、弁当買っときゃよかった、長距離フェリーとは違う。ごろ寝部屋にトラック運ちゃん、鯖にうで蛸弁当かっ広げてビールひっかけている、学生の一群は幕の内弁当。
「カップヌードルの無人ボックスしかねえです。」
 まあじゅーすも売ってらあな、セルフさーびす、しゃあないそれでもってごろ寝。
 由紀ちゃんが酔いどめの薬服む。
 外はどうっと風が吹いて、たしかに早い、
「仏ケ浦が見えるぞ。」
 削り取られたような崖っぷちを行く、奇岩絶壁は、だが見えなかった。
 三人分の空気枕があって、そこに頭のっけて両手に花、右に美代ちゃん左に由紀ちゃん、数学博士と同じだなあわしも。
「船酔いってさ、歌ったり踊ったりしゃべくったりしてりゃだいじょぶ。」
「そうしよ。」
 と云って、揺れもしない。
「ほらあの子たち学生だな、いっちこっちいいおしり。」
「どれ。」
 美代ちゃん沽券に関わる、いいおしりしてんだから、でっかいおしりの子振り返った、
「うわ違う止めた。」
「かわいい顔してるわ。」
 とうても可愛い顔。

ここをかも仏ケ浦とふ舟の寄る我れは届かじ波の辺なる
波のもの過ぎしは思はじ吾妹子や空ろ木の辺にかまめ寄せたる
吾妹子と二人松がへ住みよしの陸奥の国なむ遠々に見ゆ
吹き寄せて野辺地ケ浦の帆立貝我が行く方はありやなしや

 函館は年間二五0万人もの観光都市、港へ着いたとたん、らっしゃいませじゃなく、とにかく観光案内で宿取れ、ビジネスホテルでいいぞ、素泊まりで名物行こう、じっさまた仕切って、弟子と三太郎頑張る。
 ホテル函館山ヴェイカンシイだった。そっちだ車二台山へ登る。
「ほらあそこ行くおっさん、三五00円でって云ったけど止めた。」
 受けりゃいいのにって、
「止めた、なんかあぶな。」
 客外して歩く後ろすがた。おかまみたい。
 百万ドルの夜景に行くロープウエイの傍らだった。
 荷下ろして、一休みもせずに出発。
 美代ちゃんも降参、高田屋嘉兵衛の立派なおしり眺めながら下る。
 あったお倉喫茶店。
 入って行くと、なつかしコーヒーの香りして、美人マダムが客あしらい、
「どうぞお二階へ。」
 一見の客追っ払うぞ、喫茶店博士のわしを知らんか。
 連れはいそいそ二階へ上がる。
 コーヒーとチーズ菓子と、
「どうだお寺のお倉喫茶店にすっか。」
「うんしよう、しよう。」
 歴代雲水と娘の大荷物にマンガ、そいつらなんとかして。
 黄表紙本の展示があった、読めるんかな、世話物だあなこれは、一服して港へ行く。
 賑わっている。
 赤煉瓦金森亭に夕食ってことにして、周りへ散る。
 女の子のショッピングは付き合い切れん、通りっぱたのベンチで大欠伸。
啄木のえにしも知らで夕暮れて石を拾はむはぐれ烏も
啄木の問へるはなんぞ法華なむ知らぬ火村に舞ひ散る落ち葉
ここをかも悲しと云はむ砂山の何を捨てあへ我が根無し草
   
 美代ちゃんと由紀ちゃんが上着を買ってくれた、それを着てさっそうと金森亭に入る、むかし舟会社だったという、見事な赤煉瓦。
 まりもを買ったんだ、天然記念物の、うれしかったと由紀ちゃん。サンタクロースに会った、とつぜんでびっくり、いっしょに写真撮ったと美代ちゃん。
 えっへとにかく。
 まずワインを注文、地物いらんスペインのにすっかたらぜんぜん来ない、冷えてないって、
「どうした。」
 ウエイターびびる、やっと来た グラスついで乾杯。
「きえまずいぞこれ。」
 高い。
 料理、絵に出てんの五品もって来い、老眼でメニューようわからん。けっこういける、魚介も肉もサラダも旨い。取り合って食べる、食べ終わったら別の五品註文、
「田舎もんのオーダーでさ、すまんね。」
 やくざと間違えてびびった連中も和む、
「人数多すぎる、アルバイトだってもさ、ちったデズニーランド見習え。」
 みんな必死こいてとか、いい加減云って、豪華な夕食になった、フルコースより断然安い、腹いっぱい。
 南米ワインの方うまい、また来ようってタクシーへ、
「五人だけどさ、なんとか乗せてくんねえ。」
「いいすよ、見っからんようします。」
 後ろ席四人押し込んで、由紀ちゃんすっぽり隠れて、
「ホテル函館山。」
「じゃすぐそこ。」
 ロープウエイ着けようっていう、函館の夜景見る、この人数ならタクシーの方安いと運ちゃん。そうしてくれって、夜の函館山登って行く。観光客は、大型バスがつけて何百人延々、
「夜景どうってことねえなあ、飛行機ん乗ってソウル空港の方いいで。」
 憎まれ口。
 でも灯火を工夫するらしい。なんかほろりとする。
 運ちゃんライトアップの夜景案内、教会や公会堂や、おっほう記念撮影しようって、ドア開けたら後続車とニアミス。
 わしらやくざってこと知らねえな、ばっきゃろめ。
 
悲しさは百万ドルの函館のしかも見えむ烏賊釣り明かり
 函館はご存じ朝市定食、うに丼かに丼いくら丼三つ組み合わせ丼、お粥食ってる人間にはきつう。
 紀宮さまお忍びでお出ましという、密かに撮った写真に、spが写っている。すんばらしい女sp、一分の隙もないってキャー惚れた。なんでこう物々しいお忍び、三カ月前から、当日はもうくったくたって、店の人云った。

朝げには賑ひすらむ函館のかまめ鳴くさへ物悲しかも

 女どもは堪能した、こっちの番だ三太郎川を捜せ、釣れる川だぞ、
「いいんですかおれの案内で。」
「しゃあないおまえと心中する。」
 海岸沿いに車をぶっとばす、ちきしょうめ出掛けにすんだはずが、そんなもなもう少し我慢たって、茂辺地という所、男爵芋記念館というのがあった。トイレがある、
「見学だあ。」
 川田男爵と云う人の、日本最古の蒸気自動車とか、みんな突っ立ってるきり、しかたないソフトクリームを買った。
 男爵芋のソフト変わった味する。
 由紀ちゃんぺろりやったっきり。
 トラピスト修道院へ行く。
 すぐ近くにあった。日本最古のカソリック修道院。ビスケットだの黒ビールだ、自給自足の、いや小学校で習ったっけか。
 早朝を見学者の行列、バスが何台もつく。 林苑を行き、坂の向こうに塔が立つ、ふえ息切れ、
「修道院て聞いたことあっけど。」
 と三太郎、
「そうさ、西欧の歴史と文化の一翼は修道院が担うといってもいい、一0世紀一一世紀のころからだ、えーとあれなんて云ったかな、モーツアルトが入ったというフリーメイソンも元はと云えばー 」
 ふうはあ、
「日本には修行道場がない、選仏場はなくなった、作らんけりゃならん、こんな邪教じゃなくって。」
 どうしたって、
「三太郎も出家するなら、ー 」
 ふうはあ、
「祇園精舎ですか。」
「ちゃんと法を継げ、でないと同じ目くそ鼻くそだ。」
 扉が閉まっていて、見学は予約女人禁制と書いてあった、引き揚げた。
 あてになるやつの一人や二人。
 時流には拠らぬ、一箇あれば叢林、吹きさらしのもまったく収まる。
 絶学無為の閑道人。

 どこでも行け、わしはいわな釣ると云ったら、始めはみんなついて来た。橋のたもとに停めて、ウェザー着て入ると先客がいた、
「あめますいる、フライじゃだめかな、どばみみず。」
「そうかフライっきゃない。」
 別れる谷へ行く。
 釣れたいわな、リリースして感激ひとしお、
「釣れたなあ。」
 大物いそうになく引き返したら、美代ちゃん車でお寝んね、三太郎は木の枝にえらさし通して、
「釣れたほら、フライで初めて釣った。」
 という、はやだった。
 由紀ちゃんは川原で遊んでたし、弟子は橋の上からのぞき込んで、
「こーんなのいたで五0cmぐらいの、だから釣ってみようかと思って。」
 という、なるほどどばみみずの、
「ふーんまあ釣れねえなあ。」

コロンボックルおどろ神威をふきの下流らふ雲はまぼろしの魚
魚に似てコロンボックルふきの下醜き我れは流転三界

 女どもは追っ払った、これぞ本命と三太郎の云う沢へ入った。
 入れ食い、まんまるうやまめ。
 フライ長すぎて釣り逃がす、狭い谷だった、
「こんちくしょうめ。」
 のろまはいわながいい、やまめは食ったやつを吐き出す。足下にばしゃっがた大物、深場へ入ってもう出て来ない、
「ふう。」
 弟子は車に仮眠、
「三疋釣ったけどさあ。」
 と三太郎、
「おい持ってこうぜ、あんな太ったやまめいない。」
「だって尺物以下リリースって。」
「今日はお祭りだ、多少頂いてさ。」
 次の谷へ向かう。
 けっこう遠い。北海道の林道、馬鹿にしたらめに会う、なんしろ走った。
 薫製機ぶっこわれたって、弟子が云った。焼き付けすりゃ治るって、未必の故意か、手間食う仕事だった、あいつめ。
 あった。
 とんでもない川が。
 素人の三太郎が入れ食いの、こんなの処女地っていうんか、何十年前の土田舎。
 何匹釣った、帰ろうか。
 ハリいたどりにひっかかって、外そうとしたら、びんと跳ねて指に刺さった。かえしまで入る。
 手術しなけりゃ取れんというやつ、かえしのないハリ使わず罰当たった、ぎゅうねじくり回して外す。
 もう夕方の四時だった。
 なにせ凱旋。
 引き返すべきだった、川が何本あったって、必死に運転。どえれえ道だ、はてなあひぐまのうんち。
 国道へ出たのは七時を回る。
 ケイタイが通じた。松前の鉄口旅館だという、弟子が予約しておいた。
 八時近く。
「どうなの釣れた。」
 美代ちゃんと由紀ちゃん、
「釣れた。」
 林道一00キロ走ってさ、ひぐまがのっそり、きたきつね化かす、わしは大手術してハリ引っこ抜いて、いたどりだあ、うんでもって三太郎にも釣らせてやった、
「申し訳ないす。」
 三太郎心得てやがる。
 旅館も待っていてくれて、風呂へ入って、みんないっしょに晩飯。
 ビールきゅっとやって、ぐわあ人心地。
 女どもは、道の駅もんじゅでねぎとろ丼を食べて、三時には旅館へ入った。
 ここはむかし松前藩のさ、砲台があって、帆船開王丸が停泊する、
「そうかあれ三角のイルミネーション。」
 夜目に見える、飾るなら真剣にやれって、青少年研修のメモリアルシップだった。
 鉄口というのは、内地からのメモリアルネームだってさ。
 にしんのぬたとか美味い。
 美代ちゃんの腰のあたりくすぐった、
「キャハハハ。」
 だれも泊まってない。
 由紀ちゃんは逃げ足が早い、追いかけっこ、捕まえたって、ー
 でもじきバタンきゅう。若い連中はトランプしたり十二時まで。
 釣ったいわなを、板前どの塩焼きにして、朝のお膳。
「すげえ記念撮影。」
 色紙敷いてパゼリくわえて人数分。
 窓を開けると快晴。
 古い港にいわつばめが舞う。

寄せ返し波のしぶきか松前の砲台跡に舞ふいはつばめ

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うたきこう

   ふきの下   1

 なんたって旅に行きたい、忙しいお盆が過ぎたら、東北は奥の細道、北海道へわたっていわな釣り、コロンボックルふきの下で大いわな、ばさら坊主が脳天気な計画を立てた。ぜにがない、ワゴン車に乗って、ぎゅうぎゅう詰め込んで、拝み倒してお姉ちゃん二人と、がきの発想萩と月。
 沢庵石のさ、おっかさ云いくるめるには、弟子と三太郎を連れ、下北半島大間越えは、なぜか車二台になった。年金貰ったしな。
 
門前は刈らずてありて萩代やけだし今夕は寝待ちの月か

 どういうこっちゃ、鼻水たらあり風邪を引いたか、激痛口内炎、
「おっかさの恨みつらみ。」
 年だあなって、耳鼻科旦那のいたれりつくせりで、どうにか治って出発。
 満載の薬箱を貼るおんぱっくすも容れて、玄関に忘れ。
 女の子行くと云ったら、その数学理解できるのは、世界に五人だけという博士どの、口をあんぐり、
「規則違反だ。」
 という。
「婿どん候補ナンバー1、運転要員どうだ。」
「学期始まるからだめだ。」
 さぼっちまえ。奨学金六百万返さにゃならん。二人に聞いた。
「美代ちゃん、彼気に入ったか三食昼寝付き。」
「遠慮しときます。」
「由紀ちゃんどうだ、そりゃどっちだってもいいで。」
「だめよあの人、面と向かってブスだの、云いたい放題云ってアフタケアーない、女の人に嫌われる。」
 あんないい男ないのに。花粉症じゃなくって女アレルギー、過敏症だ。
 九月はひま坊主。
 美代ちゃんは福島、常四の車持って来て、由紀ちゃんは神戸、オートマの免許取り立て、
「ひぐまに食われる要員です。」
 だれか食われてる間に逃げて、あとでお経を読む。
 かんしゃく玉にライター持って来た。
 テントシュラーフ自炊用具に、フライフィッシング五式に、どでかいアイスボックス、わしの車は人間が食み出した。
 夕方七時に出て、くるくる寿司で晩飯。
 ろくなもんない うなぎいかあじうにとか、美代ちゃん記す。
 中条から国道七号線へ。
 美代ちゃんはどーんと加速。こっちはオフロード車。
 キーンと追い風して、見ずてんで陸送トラックが追い抜く。
 義経伝説の鼠ケ関。
 温海町は山形県だ。
 そうして象潟。
 象潟や雨に西施が合歓の花。
 道の駅に仮眠する。
「松島は恨むが如く象潟は笑うが如くという、それって景色いいとこかな。」
 学生の三太郎が聞く、
「知らねえのけ、芭蕉のあと隆起して、田圃ん中に松島あるで、お笑いさ。」
「笑うが如くって。」
 鳥海山のふもとを行き、海っぱたはまた絶景。
 でも夜は真っ暗け。
 じっさはせっかちで、ろくすっぽ休みもせず。
 夏油温泉や乳頭温泉とか、混浴もあるっていうのに。

キーンとさ空音をはかり鼠ケ関ねむの花なむその道の駅

 秋田市内で道に迷う、三太郎は運転免許がない、そうとは知らずろくでなし雇ったあって、そやつが優秀なナビゲーター、あっちへ行きこっちへ行き、すんなり抜け出して四五号線を田沢湖へ。

明け烏ここはもいずこ出羽の関早稲の田浦を下弦の月も

 武家屋敷の角館も早朝人っ気なし。
 辰子姫像のある田沢湖に、ものはためしのフライフィッシング、ぴくっと反応するのがいる、
「はやだ。」
 掃除の人がにっこり、
「魚なんにもいねえのさ。」
 と云った。酸性の強い玉川のせい。
 キャンプ場があってむしろ敷いて朝食。
 持って来たパンとソーセージやハム、野菜トマトにマヨネーズ、洋辛子つけてホットドックやサンドイッチ作って食べる。弟子がご自慢のコーヒーを煎れる。いやもう豪華な朝食。

清うして魚は住まじや玉川のむしろに敷ける朝げ楽しも

 乳頭温泉か八幡平か、泊まるのは後生掛け温泉か、それとも河童の出る遠野へ、宮沢賢治がいい、そのうどっかで釣れねえか。船頭が多い、決まりかけるとわしが首をかしげ。
 宮沢賢治は、がきのころから暗唱する、だから花巻には行かない、イーハートーボは心の宝だとかさ。
 行こうと云って、美代ちゃんの車に乗った。シートがいい、美代ちゃんは弟子と交代した、もうぱっちりだって云った。
 ふいと微睡んで元気を取り戻す、美代ちゃんの、
「だめっ。」 
 坊主と心中したくないって、
「田沢湖は、辰子姫を坊主がどうのって。」
「そんなこと関係ないの。」
 川があった。
 弟子の先行車無事通過、釣りにはそっぽ向く。きのこは取る。
 きのこの仲間だあいつは。
 玉川温泉という、酸性泉がたれっぱなしにする。日本の破砕帯第二号というのか、有数の鉱床でえーとなんてったかな、このへんにしかない石の名前、
「支流捜せば釣れる。」
 玉川を魚の住む川になんて看板が立つ。じゃ釣れっこないか。
 車乗り換えた。
 由紀ちゃんと代わって、わしが釣り車運転して、三太郎が地図とにらめっこ、ダムの上流に別の沢があった。
「女どもは先へ行け、後生掛け温泉かなあ、予約して待ってろ。」
 きくいもが咲いてすすきに赤とんぼ。
 いい川だ。
 さっぱり釣れず。
 三太郎がでっかいの見たという。釣り荒れして、これじゃ新潟と同じ。げっそり引き返す。
 
玉川の石を拾ひて蒼天や人を恋ふらむ初秋の風

 とりかぶとが咲いていた。どれったら通りすぎて、あれは野路菊。
 禿山に煙が吹いて、すざまじい臭いがして、じきに玉川温泉とある。
 新旧玉川温泉車でいっぱい。
 田舎の一軒宿、じっさ向き温泉ねえかって、満杯の後生掛け温泉へ来た。
 美代ちゃんの車がない。
 ケイタイが通じて、八幡平温泉郷へ行ったと云う、あとを追う。
 向こうに見える山っ原が八幡平か。
 いやそのど真ん中を行く。
 青森ひばにだけ樺と笹と。
 威風堂々の、まあこれが八幡平。
 遠い山なみもいいし、りんどうや棘のないあざみや、みなまた亜高山帯の花に賑わう。

山へなり月は同じぞ恋ほしくは八幡平の雲井にも聞け

 大温泉郷であった、でっかいホテルやリゾートから有名宿、うわいったいなんだ、おらの行くとこじゃねえってじっさ。
 ケイタイが通じた、
「なにどこ、どうしたって。」
 美代ちゃん車はまって動けない、助けてくれって、
「路肩ぬかるみか。」
 行く。
 それがわからない。
 碁盤の目のような高原ホテル村。
 右往左往して、由岐ちゃんが手を振る。
 どうしたらこうなる、人の家の芝はがして乗り上げる。
 どうもならん。
「JAF呼ぼうか。」
 四人でトップ持ち上げて、バックへ入れたらど-んと外れた。
「こんなん崩したら弁償だあ。」
 けっこうえぐれ、だーれもいない。
 なら行く。
 マフラー外れてる、弟子と三太郎でもってそやつ押し込んだ。

八幔平いずこ廻らへ吾妹子が後生掛けなむ吹上げすらむ

 ガソリンスタンドで教わった昼食亭。
 和尚さま牛タン丼、
 由紀ちゃんオムライス、トマトケチャップにマスタード入り、おいしかったってさ、
 私マナールカレー、トマト入りっぽいインド風って代ちゃん記す、
 弟子ミートスパゲッティ、
 三太郎奇食パオ、バナナ付きうどんもあり、けっこうトロピカル。
 宿に入る三時までには間がある、谷川を捜す、
「お年だってのに疲れないんかしら、眠くないの。」
「眠い疲れる運転危険。」
 だっても釣らにゃなんねえ、水の濁る川へ出た。
 由紀ちゃんもウエザー履いて、きゃわいいったら練習、ほんに魚一尾いない。
 そりゃまあそうだな。
 山葡萄があった、えびという、取りに入ったら、やぶ下うんちだらけ。
 トイレこさえとけ。
 吹き上がる温泉、その上流を水が澄む。
 ハリひっかけて中止。
 地熱染めという店があって、美代ちゃん車付属喫茶店に寄る、
 こっちは通過。
 えびは落ちたのを食べるといい、だれも知らんだろうな、手はじかんでもう寒い朝、そいつが甘いんだ。

草枕旅の浮き寝をえび蔦の甘うもありて物をこそ思へ

 宿へ着いたら寝た。若い四人はテニスをしに行った。ルールもわからないって、行って面倒見ようかと、いやもう寝た。温泉に入って寝て、飯食って酒飲んで寝て、はーいあしたの朝はすっきり。
 日記に書いてある、
 1このまま解散、2旅を続ける、3どっちかのお姉ちゃんとしけこむ、4わしだけ電車に乗って帰る、5その他。
 帰ろうと思った。美代ちゃんも帰りたいって、はてな、朝起きたらけろっと忘れ。
 夕飯は、茄子の田楽とししとうがおいしかった。
 若い連中は夜更かしした。
 茄子の揚げ田楽にししとうの素揚げ、きりたんぽ、鍋はひない鶏ではなく、えーとなんだっけ、刺身酢の物とり肉松茸もどきって、美代ちゃん記す。
 朝はバイキングでクロワッサン。
 おかゆを和尚さま誉めたって、由岐ちゃんお薦めスパゲッティサラダ、コーヒーに和尚さまバター入れたぎゃあって、書いてある。
 とうがらし梅茶、口内炎ぶりかえしそう。
 ハイツ八幡平、松やぶなの林にきのこが出るってさ。
「テニス付きあおうか。」
「いい、球どこ飛ぶかわかんねえ。」
 そんなら出発。

賢さのイーハートーボへ敷かむにはなほも淋しえその花筵

 西根八幡平からJR花環線に沿って、津軽街道を行く。
 三太郎のナビゲーターは信用をえた。高校で剣道二段を取った、地図を見てさっと示す、へええたいしたもんだイナゴの小便と云って、金魚の小便いけしゃあしゃあ。蝉の小便きにかかる、わしのおやじギャグはあと艶笑小話なと、ぜーんぜん受けない。
「戦前の話かなあアメリカに相当のさ大物主があって、うけ皿破れちゃう、牛や馬ってこったが、是非一度人間くの一に思いを遂げてみたい。日本にすまたという技あるを知って、万里の波頭を越えてやって来た。でどうなりましたって、吉原というところで首尾よう、さすがふじやま芸者の国です、奥に畳が敷いてありました。」
 男の子も女の子も首かしげる、これ宿で話したんだけど。
 クイズ、以下にふりがなして下さい、二戸、田頭、安代、安比、田山、小屋の沢。にのへ、でんどう、あしろ、あっぴ、田山はたやまでした。
 小屋の沢と小屋の畑という地名があった、鹿角は秋田県で、かずのと読む、大湯ストーンサークルという縄文遺跡がある。
 UFOが飛ぶってよ。
 そこから十和田湖行こうってこと。
 わしが仕切ると云って、青荷ランプの宿、垂涎の混浴は満員で断られた、テレビで見た十和田の老舗蔦屋旅館にした、
「それって本売ってる。」
「違う、クラシックな名物宿。」
 道は高速道路に平行する。
 ラッシュでも車四台。
 三太郎が鉱山の跡へ行こうと云った、
「金はねえしさ、後片づけもせずそのまんまなってる。」
 すげえんだという、なら行こう花輪鉱山、
「行ってみたわけではねえけど。」
 なんだそりゃ。
 いえそういうのあるんです。

小屋の畑小屋の沢なむあしびきの去に行く雲の春いや遠み
  
 花輪鉱山を通り越して橋がある、格好の川だ、
「そこへむしろ敷いてコーヒーでも煎れろ、食うもんもあらな。」
 といって、温泉煎餅出す。ウエザー履いて橋の下へ。
 せっかくフライ振っても、めだか一匹釣れん。
 お姉ちゃんたちは鉱山を見に行って、
「わかんなかった。」
 と引き返す。弟子の煎れたコーヒーを飲んだ。
 とりかぶとが咲いていた。
 手折って来ると、
「うわあ寄るな。」
 とさ。
 鉱山跡へ引き返す。
 建物一つと坑道の入り口と、水を貯めたプールを円形に囲って、へんてこな機械がでん座る。デズニーランドにあったっけか、え-と何掘った、
「ボーキサイトだな。」
「金だ。」
 そうだなきっと。
 由紀ちゃんすすき野原へ、
「残念でした。」
 ふーんそりゃ残念。
 道は山越えに鹿角へ入る。冬は閉鎖の峠。

鹿角には青葉をさへや花の輪のやまたず行かな雪を消えなば
 
 大湯環状列石は、半径九0mほどのストーンサークルが二つあって、三000年前縄文時代後期のものだという。人を埋葬した祭場であり、部落ごとに祭る四本柱と六本柱の屋根があり、けものわながあり、これは生け贄用かその他あって、それはもう親切に、秋田弁丸出しの、田口亮子さんというボランティアに説明して貰った。
 たいていそっくり忘れた。
 亮子さんからかって写真撮って、
「これがバウバブの木。」
 と云って植え込みの欅。
 発掘された石器や土器を見て、オカリナを売っていた。
 由紀ちゃんが買った。
 ピアノ弾きで、歌わせるとやっぱりプロだ。
 隣座ってオカリナ吹くと、すんでに車乗り上げる。
「練習するから。」
 といってピーフー。
 フェデリコ・フェリーニ監督の道に出て来る、
「おおジェルソミーナ。」
 そっくりで、
「ようしいっしょ大道芸やろう、能無しアンソニイクインになって。」
 なんにもしねえでえ、マリオネッタやれ。
「うんしよう。」
「おお、これで食い外れなし。」
 美代ちゃんは小野の小町の末裔。
 いっしょ礼文島わたって、バブルの頃来てくれりゃ五00万出すって寺あった、そこへ行って隠れキリシタンやろう。
 世の中むずかしいんだ。
 田口亮子ちゃんに教わったホテルで昼飯といってうっかりパス、ブーイング。
 中華山水亭というのがあった。和尚美代ちゃん山水ラーメン、挽肉ざー菜入り辛口、弟子三太郎揚げ焼きそばしょっぱい、麺がしけってる、由紀ちゃん冷麺四川風、辛口。
 量も値段も一・五倍って書いてある。
 UFOにラーメンのっけて 縄文のおおむかしへ飛ばす。
 そいつが返って来た、光のドップラー効果で、ラーメンは光輪になって、鹿はぴいっと鳴いて、だからりんごが真っ赤になった。とかさ。

 大湯川を遡り、発荷峠を越えて十和田湖へ、展望台があって湖を一望、
「遊覧船に乗ろう。」
 という。
 美代ちゃん由紀ちゃん弟子遊覧船、三太郎とわしはどっかでカパチェッポ。
 そこら迷路抜け出して、キャンプ場に入って釣る。フライは届かぬ、海釣り用のでっかいルアーを飛ばした、わかさぎが跳ねて、なんかいるにはいる。
「ブラックバス追って来たがなあ。」
 と三太郎。
 そんじゃ十和田湖もおしまいだ。
 ブラックバス放す、日本人の面汚し、どうしようもねえ、もとっこ面ねえってさ。
 待ち合わせて、美代ちゃん車と合流、
「釣れた? 」
「船面白かった? 」
 どっちも浮かぬ顔って、まあさ面白かった。
 写真撮って島があって水が碧くって、これっくらいの魚泳いでいたって。弟子と由紀ちゃんと、わしに裏は花色木綿、赤いシャッツ買ってくれた。
 ひっかけて奥入瀬川を行く。
 勇気いるぜ人が避けて通る。
 さしもの水量だ、
「生物採取禁止って、釣ったらだめか。」
「そりゃだめ。」
「そうかねえ。」
 雨が降って来た。
 降りしきるのを蔦温泉へ。風情あるって、よっぽど風情の蔦温泉。
 由紀ちゃんがオカリナ吹く、
「ひええ。」
 車ごと死ぬ。

和井内のもがり吹けるにこの我れやいついつ湖はまぼろしの魚
梓弓春は春にし奥入瀬のどうめきあへる満つ満つしかも

 蔦温泉のファサードは、大正八年建立の二階建て、
「トイレ洗面は共同になってますが。」
 そこしか開いていなかった。いやもうご立派の襖あり欄間ありが、右に傾ぎ斜めにうねってり、それでいて戸障子がぴったり、あっはあ腕のいい大工がいる。
「見ろ、あれがタイムトンネルだ。」
 亜空間によじれる。
「千と千尋の。」
「だなあ。」
 みんな大喜びする。
 桂月という文人がいたそうで、へたな書や俳句がある。青荷のランプの湯にも歌人がいた。つまらない歌があった。
 文壇なんて知らん、いびつでがらくたの山は、俳句歳時記を見る如く。
 今は潰え去って、売らんかなとコマーシャル。
 とりかぶとが咲いていた。色が染んで、
「強烈毒ありそう。」
 だれかに一服盛ろうぜ、いえ止めときますと三太郎。
 賢治にうずのしゅげはあっても、とりかぶとはない。岩手でなくって青森か
 風呂は木造の天井の高い、檜材で補修してあったり、結構な代物。十時過ぎは女湯になる。
 ややこしいことしなくたって。
 時代の風潮には勝てぬからとさ、胸とか自信ないって、由岐ちゃん云った。
 出腹もがにまたも男は可。じきに逆転したりさ。
 みちのくの温泉に何思う。一に天下国家を論じ、浮き世の傷を癒すによし。赤ん坊のたたわわする、初々しい女よし、紅葉よし。
 身勝手な俳句。
 屁のようなものまね不可。
 とりかぶとのようにさ。
 毒食えば皿まで。

とりかぶと色に出でけれ蔦屋なむいにしへ秋を奥入瀬の川

 すぐ寝てしまったが若い連中は十二時ころまで起きている、美代ちゃんの記録欠落、何食べたか忘れた。由紀ちゃんはどこへ行っても素敵って云う、外交辞令でもないらしい。
 部屋三つあって真ん中あけて、襖越しの男女別、夜這いに行こうかってさ、じっさなんせ物が押っ立って困った。

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うたきこう

松之山
   
 フェユトン時代(ヘルマンヘッセ・ガラス玉演技)三00年のフェユトンとは文芸欄のことだと浅井が云った、大学時代どっぺり仲間の彼はドイツ文学者だ、小林秀雄の天才をもってしても批評である、つまり文芸欄だ、すべてを尽くしてもって、肉は悲しいかどうか、もはや新しい切片はない。
「成長点のない考える葦さ。」
 という、デズニイランド仕様のあっかましさ、要するにエレガンスを欠く。
「へーい。」
 浅井は飲ん兵衛で、社会人になったら、
「故郷の山のさ、あの雲がなあ。」
 といって酒を飲む、ヘルマンヘッセが空しく書架に並ぶ、そのうち横着になった。
 おまえの歌では、
花は花月はむかしの月ながら見るもののものになりにけるかな
 というのがいい。
 そりゃ至道無難の歌だ。わしのじゃない、そうかな、でもっておれが坐ってもなんにもならん。
「そのなんにもならんのが空。」
 他に何かあると思う、それを捨てる。いやさ、同窓会に伝家の宝刀てな、ー
 浅井と、わしらより二級下であった竹中、卒業は彼のほうが先だったが、を乗せてドライブに行った。坊主の庭を案内する。
 竹中は是非にといって参禅した。
 理科頭は、たいてい満足すべき自分を眺め暮らす。まあそういうこった。
 わしと違って二人とも絵に描いたような秀才だった。旺文社の模擬試験というのがあって、わしが八00番台だったものを、浅井は七番竹中は四番であった。
 日本の頭脳ともいうべき彼らを、浅井はドッペリ仲間になって、一生を棒に振り、竹中はそこへしか行けないという土木へ行った。
(申し開きができんあいつには。)
 と思っていたら、定年になって電話が来た。
「おなつかしいです、竹中一彦です云々。」
 はてなあそんなやついたか、適当に返していたら、
「恥ずかしながらすけかんです。」
 と云った。けっこうな美男子を、すけかんと仇名したんだ、土木へ入ったのがゼネコン日本で大当たり、ろくすっぽ勉強せずが親分にはもってこいの、世の中なにがどうなるか。
 竹中は特大や特殊免許も持っていたが、運転手お抱えの、
「車に乗るから足腰弱る。」
 という。
「運転するから飯おごれ。」
 いいよ、
「松之山温泉に、大正時代にできた木造三階建てのシックな宿あるよ、三十年前に行ったら九官鳥がいた。」
 国道八号線から、梅雨晴れの小国を行く、雪深いふんどし町は、とんでもない山路になる、とんでもないのが好きで案内する、こんぺいの千谷沢町を過ぎ、濁りの入った渋海川を遡る。
 いい川だ。
 腕白どもの川ってもうないか。釣り人もいない。還暦を過ぎたらもとっこ腕白、スカートめくりより魚取りがさ、雪のにおいがして不意に花が咲く。なんの花か。
「アッハッハぶっこわれて、人生無意味ってことは。」
 だれかれ、なんにも変わってないのさ。
 赤谷の大けやきという標がある、案内した。坂上田村麻呂がお手植えと、八方に茂って今なを衰えぬ。新緑はまた格別。

赤谷の田村麻呂なむ大けやき千代に八千代にしのふる雪も
わくらばとともに廻らへ大けやき二十一世紀を新芽吹かふに

 松之山に新道ができてうっかりそっちへ行った。おふくろの味という店があった、どうせわしは烏の行水、温泉より昼飯だといって立ち寄った。山菜のてんぷらは、たらの芽ふきのとう桑の葉と、
「うどの葉っぱがうまいんだ。」
 浅井は主張する、現代人は食い物にはうるさい。たらの芽より柔らかくという。やまおがらを食わせてやろう、緑そのものを食うんだぞ、わしも乗る。
 竹中は声がでかい、だれがどうした、彼がこうしたと、三人に共通の話題を処かまわず、身にしみついた号令一下というやつ、すかっと腹が減る。
 畑にごんぼうっぱが植わる、
「ごんぼうっぱってなんだ。」
「よもぎの代わりだ、よもぎよりうまい。」
 浅井はよもぎに固執する。
 笹団子をお土産にと思ったら、売ってない。新緑はどっか頼りないような。

田を植えて松之山なむ道の瀬に持たせやりたや笹団子をし
松代の渋海川なむ百合あへの思ひ起こせば年はふりにき

 雪ひだに削られる山へ、
「あれへ登ろう、たしか尾根伝いに行けた。」
 不確かな案内人が云う。
 たしかなドライブコースがあった。
「秋に来てさ、かまわねえから行ったら、雪んなって死ぬとこだったぜ。」
 菖蒲平という、牛の見えない牧場があった、向こうに、キューピットバレイなるスキー場がある。菖蒲は咲かず、赤いえんつつじと黄色い色変わりが咲く。
「キューピットバレイか似合わねえ名前だなあ。」
 さすがにスキー場は閉じていた。いい道が登って行く。
 学名たにうつぎというずくなしの花が咲く、浅井が感動した。下ではとっくに散って、これはなを蕾の。こしの花ともいうべきとわしは云う、淡いピンクのいちめんに。
 残雪がはばむ。
 四駆に入れて何度かクリアーしたが、立ち往生。雪が溶けて踏ん張りが利かぬ。そろうりバックで引き返す。
 写真を撮った。
 ほととぎすが鳴き、鶯が鳴く。真似してもずがさえずる。
 浅井はやせわらびを取った。

ずくなしの花の門に吾妹子が松之山なむ舞ひ行くは鷹
ずくなしの花の門に吾妹子が松之山なむかもしかの行く
萌え立つは久しく春のえんつつじ松之山なむ鳴くほととぎす

 黒姫山は三つある、戸隠に一つ青海川に一つ、それから松之山の差し向かい、これも人気があって登山客が絶えない。ツーリングの石塚先輩は松之山に一泊して、黒姫山の裾鵜川にそって柏崎に出たという、ようしそれを辿ってみようか。
 谷をわたりずくなしの花、
「いいとこだあ。」
 と、浅井が歓声を上げる、ぽっかり切れて空の雲。
「あれ。」
 だいぶ行ったのにキューピッドバレイの矢印がある、
「これもと来た道だ。」
 土地勘のいい竹中、そう云えばたしかに。
 どうやら抜けてメイン道路という、ガソリンスタンドがあった、土建屋竹中にスタンドのおっさん低姿勢。身に付いた貫禄っていうのかな。なつかしいような昭和三十年代、なんでも屋のある町。がらんとして誰もいない。
 だいぶ来たのにキューピットバレイの矢印、鬼門だといって行く。
 工事中迂回もある、安塚村大島村は地滑り地帯。
 黒姫はそう、
「見えるはずだがな、そこら。」

妹が家も継ぎて見ましを大島の茂み門は清やにあり越せ
うばたまの黒姫吾子が面隠みにこれや八村田を植え終はる

 石塚先輩はサイクリングツアーと別れて柏崎へ、海沿いに走って、弥彦に一泊お寺へやって来た、携帯用のパソコンに写真を入れ記事を書く。
 わしと浅井がドッペったときに、じゃおれも仲間にはいる、一年遊んで寮歌集を作るといった。ああ玉杯にから年二つあて何百と、歌詞がまたやたら長い。ほんとうに作って、今はもう貴重品になった。八面六臂の活躍だった。
 碁を打たされた。負けて四子になった。竹中も負けた。浅井は強かったが、今はもうやらぬ、テレビの碁を、見ているうちに眠っちまうといった、
「理科頭なあ、能細胞が一列に並んでるきりのさ。」
「どいつも変わらねえ。」
 まあそういったわけだ、
「得意技滅びねえようにって、なんか先鋭化する。」
 老化現象な。
 川村は計測というところへ行って、大学教授になった。
 計測はコンピューターの草分けだそうだ。一オクターブ高い声を出す、二つ向こう部屋からもわかった。
「あいつ薬餌審議会だってえから、つまりどういうこった。」
 首を傾げる石塚先輩は、五十のときに会社を辞めた、それっきり郷里の蜜柑畑をいじくっている。
「会社暮らしはそぐわねえ。」
 而化けだなど云っていたが、大会社も役人も同じだ。五十でトップを極めるというのか、その上のあるかないか。
 来れなかった神野は子会社の社長をやっている、わしと浅井の真似だけはしたくないといって彼は勉強した。わしにはひどい目にあった、断わり状が、むかしの言い種とそっくりなのが面白い。
「じゃいったい世の中なんだったんだ。」
 とて、むかしと同じにやっつけた。
 アッハッハあいつもいい加減だった。女性恐怖症?のわしに、千人切りだといって、あのおねえちゃん、こっちのおばさんがと吹聴して、そいつをまあ本気にする。
 急坂を下って行く、キューピットバレイの矢印。
「ひええなんだこりゃ。」
 道も老化現象か。

松之山キューピットバレイというならくずくなし咲くか底無しの天

 先輩を自転車ごとワゴンへ乗せて引っ張り回した。与板を行くと西山林道がある、お寺のあるこっちを東山、向こうを西山。
 小木の城祉という西山最高峰は、南北朝時代の砦あとで、珍しい巨木の林。本丸跡は電波搭になっていた。
 八方を見渡す。
 佐渡が見える。
 また蓮華寺という瀟洒な道がつく。
 先輩は三0分で来た。
 長岡の八方台にも行った。
 信濃河から蒲原平野を一望。殿様が国見をしたという峠には、江戸中期のお地蔵さまのレリーフが立つ。
 栃尾から会津へ抜ける道の、河合継之介が落ち延びて行く。栃尾へ入るとけっこう複雑が、じきにやって来た。
 地図を手に冴えている。アッハッハ浅井やわしじゃたいてい迷う。

問ひ行きし荻の城祉は南北朝茂みむすなる巨木の林
兄と我が思へる人もおはしませ鷲に舞ふかや佐渡が島見ゆ
兄と我が思へる人もおはしませ巨木に沈む佐渡が島山

 岩原ワインの工場を見学しようか、いやいい、竹中は土建屋のくせに一滴も飲めぬ、親父はもっとひどかった、郷里へ帰るとあのせがれかという、酒と聞いてぽおっと赤くなるほどに。
 飲ん兵衛の浅井は、貴腐ワインを持って来ることがあって、蘊蓄を傾ける、
「けちな浅井におごらせて今度は料亭でぱあっと。」
 と云って、そいつがなまなか。女がいるとぴたっと脇にとっつくくせにさ。
「これはドイツ人のワインにおける趣向の一つの到達点であって、日照時間の絶対的不足を云々。」
 黴をつけて甘味を増し、十一月氷点下に凍てつかせて水分を抜く、それを一粒一粒選り取ってこさえると、まあそういうこと。
 ぶんどって隠しておいたら、三日めには味が変わった。
「そういうことしちゃいかん。」
 浅井の云わく、
「開けたら乾杯してみんなで一杯ずつ。」
 という貴重品。
 海辺へ行こうか、柿崎方面かなあ、運転手は一服しなくっちゃ、どっかでコーヒー飲もうといったが、店がない、
「変だなあ黒姫山は。」
 ぐるっと回って行くと、鵜川の上流。
 綾子舞いという、角兵衛獅子の先祖のような舞いがあって、出雲の阿国がといっては突っ走る。黒姫ではない米山が見えた。

米山のぴっからしゃんから出雲崎舞ふは烏か早稲の田浦か
米山のぴっからしゃんから早稲を刈り綾子舞ひなむ月踊り出で

「そうだ吉川町だ、同僚の実家があった。」
 浅井が云った、村には交通信号一つしかないんだ、それがおれんちの前にあるといって威張っていた、行ってみようという。よし行ってみようといって、丸滝温泉という赤い矢印があった。
「温泉だ、入って行こうぜ。」
 一服してさ、なんなら泊まって行こうと竹中。
 谷川を遡る、だいぶ行ったと思ったらあと一0キロとある、
「うへえしょうがねえなあ。」
「秘湯だってへーえ。」
 辿り着いたら、本日定休日だとさ。
 週三の営業、そういうことは矢印んとこ書いとけ。
 とっちゃんばあちゃんやって来て、賄いするやつ。
 戻るのも面倒だ、どっかへ抜けるさといって、急坂を登って行った、深い山中になる、これはと思ったらスキー場があった、急ごしらえのなんとかリゾート、峠を越えたら新品の二車線道路になった。とっつきに廃屋が五軒、
「こういうのはたいしたことない、メーター二十万。」
 税金使いはよく知っている竹中が云った。
「だってなぜ道路なんだ。」
「そういうことは云わんのさ。」
 鵜川の上流であった。
 もとへ戻っちまった。雨がぽっつり当たる。
 吉川町行けばよかったと浅井。
「海っぱたへ出ると思ったんだ。」

 お寺を仮りてミニ同寮会だという、石塚先輩がプリントアウトした寮歌集は、
「ああ玉杯に花受けて。」
 から始まって、おまけにたいてい十何番まである。先輩はそれを残らず暗記する。
「こないだ寮歌の集まりあって歌ったけどさ、どうもな。」
 という。ようしそんなら歌ってやれ、坊主音痴だけどお経節、わしは幾つも知らない。北帰行も寮歌であったし、聞け万国の労働者というのもそうだった、春爛漫の花の色や、あっちこっちの校歌になったのもある。
 箕作秋吉の、
「若紫に夜は溶けて。」
 というのは傑作だ。
 青春の香りそのもの、河童とかいうボート部のは、琵琶湖周遊歌よりいい、三高逍遙歌や北大寮歌なぞ、そりゃ二三はこれからも残って行く。
「全部なんて、そりゃ無理だよう石塚さん。」
 浅井がいった。
 歴史に消える。
 今でも涙するのはと浅井、
「運るもの時とは呼びて、
 罌栗のごと砂子の如く、
 人の住む星は転びつ。
 人の住む星は転びつ。」
 という昭和十七年記念祭寮歌、学徒動員の、そうなあ今の日本をまで見通すような悲痛。
 みなで歌って涙ににじむ。

松之山久しく我は悲しみの何を訴へ時過ぎにけり

 川村は入学試験のとき、小便をしたくなった、ええしちまえといって漏らした、
「帰ってからみるとほんのちょっとしか、出ていねえんだぜ。」
 と云った。浅井は三日間遅刻した、だって起きられねえんだもんと云った。わしはけしごむなくって、三日間となりのやつから借りた、そいつは落っこちた。はた迷惑の始まり。
 川村は今も学生をいじめる。
「乳離れしてねえの多いな、到来品の酒いっぱいある、飲みてえやつは飲めって、見せてやってさ、さぼりたいやつはさぼれ。だがな人の話聞かんで、出席日数だけってのは止せって云ったんだ。」
 母親が匿名で投書する、
「酒を飲めっていった、さぼってもいいっていったっていうんだぜ。」
 頭禿げたが、むかしのように高音に笑う。
 浅井は辞書の編纂をするらしい。
 前日川村を長岡駅に送りがてら、石塚先輩の走り下った八方台へ行った。
 ふうらり来るかも知れん、よろしくと云った。
 その朝先輩は自転車に乗って去った。

田を植えて国見せむとや大殿が履いたる太刀は信濃川波
青葉してお地蔵さまのレリーフは江戸のむかしに笑まへるらしも

 道を一つ手前で曲がったらしい、柏崎インターへ入るつもりが、いつのまにか高柳から松代へ行く、
「黒姫に呼び戻された。」
 えらいこった、日が暮れる。
 振り出しに戻った、赤谷の十二社に大けやき。なにしろ疲れた、一休みしようと云ったら、月湯女温泉というのがある、
 変な名前だなあって、食堂があった、
「そうだ、ここまむしの姿焼き食わせる。」
 わしは思い出した。弟子が、よせばいいのに試し食いして、首を傾げる、
「なにがまむしだ。」
 食ってみろというのを、だれも食わなかった。和紙を売っていた、高価な短冊を買って書きそぼくった。
 二階にある温泉に入った。
 風呂のような。
 竹中は若い体をする。もうおったたねえさという浅井も健康だ。
 田舎坊主だけがほてい腹の。
「車がわりいのさ。」
 という。
 車なけりゃ田舎はどうもならん。
 小川におしどりがいた。琵琶湖辺のとは違うが、つがいに棲む。
 そこで飯を食った。
 竹中は査察が入らんうちに、会社辞めたんだと云った。
 タイには長かった。あの暑い国で汗を拭いたことがなかった、拭いてくれるんだという。使用人はちゃんと使わんきゃならんという、王族相手に裁判して、とうとう勝ったという、
「いいかげんな国さ、あっは金は戻らんかったがな。」
 酒も飲まずの胴間声。
 浅井は今もドイツへ行く、そっちこっち浅井先生の、息のかかったのいてなと、彼の腰巾着の数学博士が云った。
 官費では一回も行かなかった。
「失業中の男いてな、飯食わせてさドライブに連れてって貰う。」
 いいよう、町も美しいけど森や湖の辺りなぞ。
 一生趣味の人間だな。
「もうこの世でモーツアルト聞けるのわしだけかな。」
 といって、失笑を買ったわしを、
「そうだなあ。」
 と浅井だけが頷いた。ドッペリ仲間というわけか。
「今日はえらい面白かった。」
 浅井は本気で云った。
 竹中は二年後に死ぬ。若い体でかえって進行が早かった。切ないことだった。

月湯女と名を珍しみ宿るには芦辺を深み鴛鴦やたぐえる
夏もやひたぐへる鴛鴦を見まく欲りかつてはすなる君はあらずて

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うたきこう

  おかま歌


 世田谷のぼろ市を見て、新宿で新年宴会して、二次会はおかまバーへという。ぼろ市は寛永年間から続いた名所名物、十二月と一月年二度の開催、歌舞伎町はロスアンゼルスと並び世界二大おかま街だそうの、冥土の土産にさ。
 切符も買えんもうろくじっさの一人旅は、そりゃ心配だと云われて、
「うっさい、おねえちゃんどもが待ってる。」
 とか大奮発、例によってトンネルを抜けると快晴。高崎あたり、富士山がくっきり見えた。

しましくは雪ふりしきり関越や初春を迎へむはぐれ雲の行く
富士の嶺に何を仰がむ六十男が初春を迎えむ空の明るさ

 半世紀ぶりといってもいい新宿であった、風月堂はもうない、柳影はどこへ行った。
 文無しであったな、微苦笑もどおっと空っ風、変わらぬはこれか、一同の待ち合わせにどうにか滑り込み。

新宿の柳かげとぞ空っ風何十万をかき別け行かな

 世田谷のぼろ市は、由紀ちゃん未緒ちゃんの計画、貧乏人の代表どもが、でもそいつにわしが乗ったんかな。
 わんさか混んでいて、吹きっ晒しのくっきり晴れ。
 下水たれっぱなしみたいに、むしろ敷いてさ、甘酒とあんころ餅食ったか。猫の筆だってんで、いいとこなしみてえおっさんに高い筆買わされ。わしの同窓生の朝倉が行方不明。あいつはのろまでもって。
 立派にこさえた代官屋敷があった。植え込みには梅や椿が咲いて、

寛永のぼろ市となむ見よや君つらつら椿代官屋敷 
  
 大学院へ行っている弟子のアパートというより、三人で借りるおんぼろ下宿があって、ぼろ市でやきとりに缶ビール買って、そこへみんなでしけこむ、時間つぶしだ、
「泥棒の逃げ道になったことある、かぎも掛けてねえしさあ。」
 という。
 誇らしげに見せた本棚は、けっこう満載。 回りは高級住宅街、ベンツやポルシェだの金ぴか。わっはっはなーるほどってわけで。
 朝倉は一人喫茶店。
 てんまくさんは新宿に住む、その口聞きで車屋別館に新年宴会。南口であったか駅前の、西も東もあっち向いてほい。四階に行く、すっかり準備がしてあった。

車屋の別館とはに悦こべや乞食坊主も梅が初枝を

 tomotomoというおかまバーへ、オーナーが新潟県人で、貸し切りの別時間設けて、同郷の生臭坊主ご一行さまを迎え。
 ショウとストリップで勇名、おっぱじまった。大音量にどんだばすっちゃん、
「おれ帰る。」
 といって朝倉が立つ。なら出資ぐれえして行けってのに間抜け。
 映画館行っても大音響で、そりゃわしら旧世代には。
「お金かかってんのよ、おっぱい一つ一五0万、日本じゃ手術できないし、保険ないしさ。」
 アメリカがあっこで、タイが、
「二週間にいっぺんホルモン打たなきゃなんないんだし。」
 真っ赤なドレス着たでっかいのが、まさか趣味かなあ、
「さわってみて。」
 といっておっぱい出す、
「ふーんなーんも変わらんなあ。」
「でしょ」
「うん、わしおふくろの以来始めておっぱい触ってみた。」
 げらげら。
「こういうの横に切るんじゃないん、縦に八つに裂いて埋め込む。」
 親指立てて講釈、
「でないと感じない。」
 うんごもっとも。
 すこぶるつき美人もいる、背の高いフィリピン系は言葉がわからない。
 tomotomoを紹介した明美ちゃんが、花電車ての、あんなんあたしできないわ、たいてい指でって云った。
「ばななちょん切れるか。」
 聞いたら、
「あたしできるわよ。」
 となりの、
「そうかけつあつ高いな。」
 げらげら。
 なんせショウと踊りの連中、わしのほうがたいこもちか。
 おなべちゃんもいた。
「おれんのがさ、あるときこーんなぐれいになった夢見て、」
 決意したんだという、唯一女であるはずがその、ー
 ストリップが始まった。
 女よりもよっぽど完全無欠。
 ふえーすげえな、前をはだける。
「ない。」
 取っちゃったんか、あとで明美ちゃんに聞いたら、
「なにさ、後ろへガムテープで貼りつけとくの。」
 と云った。
 風呂で試してみたけど、どうもそうは行かない。
 あんなに美しいのに興奮しない、なぜだ、先入主があるからか。
 美緒ちゃん由岐ちゃ美代ちゃん、ぎゃあわあ女ども大興奮。
「あたしたちだって負けちゃいられないわ。」
 出てからも喚いている。
 こういうのおこげちゃん。

歌舞伎にはさらで勝れるニュウハーフ田舎坊主をお出迎へ
歌舞伎なむおかまばあとふネオン街華やかにして空洞がよき

 風鈴さんがネットで調べた、安かろう悪かろうホテルに、女どもぶうぶう、なんせ寒くってようも寝れん、野良猫がのっそり。
「ホテルなんかいらない、新宿は夜明けまでやってんの。」
 明美ちゃんが云った。
 翌日は横浜そごうに、田中一村展を見に行った。
 奄美に逝った孤高の絵描き。
 朝飯食って、湘南ライナーに乗る。
 由岐ちゃんと美緒ちゃん。満員電車に突っ立って、おかまばーのあけすけな話、
「うわ仲間と思われるぜ、知らん顔しよ。」
 と美代ちゃんとわし。
 横浜はかあちゃんの里。

浜っ子の妻とし我れや浮き根草あした見えむ沖つ白波

 田中一村は最後の三十枚に立ち尽くす、筆をもってする、極楽浄土。

これをまた三千世界一村の涙あふれて極楽浄土
ふだらくや大海さへも底抜けのあだんに咲ける奄美が島へ

 由岐ちゃんと美緒ちゃんは、中国ばあさの大道売りにひっかかる、
「あんなんに吸いつかれたら、どうでも。」
 と云ってると買わない、さすが貧乏人、じゃなくってオバタリアン?
 中華街で食べる、長年の夢がかなう。そこらぶらついた。由岐ちゃんが手相を見てもらう。
 空いている隣に座った。
「もう七十だしさ、人生終わっちまったんけど。」
 といって、手差し出したら、中年の女占い師、
「九十までは生きられます、こんないい手相は見たことない、人が寄って来ます、本業もまた、志すところのものはみな完成し、お墓を大切にして云々。」
 そりゃ坊主だでお墓大切に、ー
 元気になって来る、
「あの彼女できっかな。」
「奥さんいるんでしょ。」
 うわ怒られた。幸せを売る商売な。
 教養あるご婦人がいっぱいつきますといった、
「教養あるって、こいつらかあ。」

初春やこれは華僑の朱に明かき門柱となりて年忘れせむ
あれもまた花でありしか深山木の六十を過ぎて初に知れりとは

「どうする熱海行くか、一万円出せあと援助交際。」
 たら行こうという。
 東海道線、わしは裕次郎と同じ湘南ボーイだ。大磯で生まれ藤沢育ち。
 江の島で泳ぎを覚えたのに、戦争で疎開。 大船に観音さんが立っていた、なに座ってるんだって。

戦なむ過ぎし思ひを大船の観音さまは座しておはすか

 由岐ちゃんが用事ができて帰る、明美ちゃんが中二の、まんまる太った娘とやってきた、
「熱海はあたしの庭よ。案内してやる、うっふ評判わりーんだけどさ。」
 といって、でっかいランクル運転。
 海を見晴らす宿。
 わしは何十年ぶりだろう。

熱海には夕廻らへる半世紀何を思はむ海なも淡し

 貸し切り風呂がある。
「なんで入ってやらないのさ、あたしは娘いっから。」
 とかいって、明美ちゃん焚き付ける、
「おう入るべえよ、老人介護だあ。」
 美代ちゃんと未緒ちゃんが入ってくれた、なんせおかまちゃんに対抗意識、
「触ったら警察呼ぶ。」
 なんのかんのこわいこと云って、八十キロの美緒ちゃん、にっと笑って素敵、美代ちゃん後ろ向きになったら、丸ごと。

今をかも笑みみ怒りみはねかずら観世音南無付けし紐解く

 翌日は一月十七日であった。雪がふって、それも大雪。
 さすが今月今夜の貫一お宮。
 年に一回の観光熱海大イベントはすべて中止。
 明美ちゃんの案内で名所を尋ね、弘法大師が悟りを開いた所とか、二代目お宮の松、七つ七湯、熱海は雪の梅園。
 そりゃけっこうな案内だったんだけど、梅園は満開だしさ、そのあと明美ちゃんが帰れない。
 スノウを履いていない。
 どうにか帰ったってあとで聞いた。

しかすがに大師修行の湯けむりやお宮の松は二代目にして
熱海には七つ七湯を廻らひに降り降る雪の梅がへを行く
紅梅に雪はふりつつ白梅に雪はふりつつ七十の初春
津和野にはつらつら椿熱海には梅が初枝を永しなへして
たが子らを梅が初枝と思ほへや熱海の雪にあひ別れなむ

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2007年3月21日 (水)

うたきこう

 西国巡礼  

年老ひて見まく欲りせむ西国や防府の花の散らまく惜しも

 旅に出た。山口県防府市には先輩がいた。二級下のもう一人は、非常な秀才であったが夭逝した。去年先輩が四十年ぶりに訪ねてくれた。これはその返礼に行く。併せて駒場寮の同窓会であった、六人のうち五人までは来る。
 若いのとぽんこつに乗って行く、物見遊山だ。わしは大阪から向こうは行ったことがない。
 一人欠けて、美代ちゃん由紀ちゃんと弟子という、おねえちゃんしてお祭り騒ぎ、冥土の土産ってわけか、美代ちゃんは福島の子で、神戸の由紀ちゃんとは、有馬温泉で落ち合う。四月十三日が先輩の誕生日であった。十日早朝に出た。ハイウエイに乗って新潟県は長い、直江津からトンネルを二十六も抜けて、親知らずは海上に、またトンネルで富山に入る。

越中はトンネルを抜け二十六花に迎えむ雪のつぎねふ

 白馬はまっしろに聳え、そうしてまた立山連峰の山並み、川沿いのその辺りの花はようやく咲き出す。

恋しくば花にも問へなわたつみの海に差し入れ白馬の春

 トンネルで頭変になってわしは休憩、
「あたしやってみようかしら。」
 運転美代ちゃんに代わったら、
「高速道路二度め。」 
 といって追い抜きぶっ飛ばす。
「ひーえ。」
 気がついたらガス欠赤ランプ。
 リッター10キロ、あと100キロ大丈夫だと弟子がいう、なんなら試してみるかってそんな勇気ない、次のパーキングエリア待てず、小松で下りてガソリンスタンド。
 花がけっこうに咲いて、勧進帳で有名な安宅の関。いえ松井の家というのがある。大リーガーになった年、ではまずそっちから、看板ヤンキースのバット振るのへ記念撮影。
 安宅神社は見事な松の、朱い袴の巫女さんに案内されて、本日の第一号。右の耳から入って左へ抜ける。弁慶のお守りを買った。交通安全だとさ。
 海辺へ抜ける。
 イラクの戦争は終わったんだって、いやーな思いのそれ、旅に忘れて。

尋ね入る安宅の関を花にしやこは弁慶のお守りにして

 鯖江には満開の西山公園に花見して、団子ならぬ御幣餅を食った。幼稚園の遠足といっしょに動物園に行く。丹頂鶴がいた、手を出すとふうっと嘴、強そうだぜ。本物は初めて見た。孫悟空のモデルになった猿がいた。
 あとは弟子が運転して、新潟県を過ぎると早い。130キロで追い抜いて行く、でないと眠るからって、こっちが覚める。
 花の大津にはランチを食って、そりゃもうお上りさんで、四時には有馬温泉に着いた。
 古泉閣という、広大な敷地を持つ高級旅館の、これは若者向けのロッジだった。
 由紀ちゃんはピアノを弾きに来る、
 一度精進料理を食べてみたかったんだって。和風の食堂へ。

 弟子の記録、
1さつまいもと豆腐の練りものの裏漉しに味付け、これに野菜を混ぜて食べる。
2茶そば。
3菜の花。ぜんまい、やつがしら。5黒豆。6空豆。生麩、こごめの酢味噌。ゆり根姫竹。9鍋。
10てんぷら、白醤油におろしでもって、たらのめ、豆腐、かぼちゃ、筍。
11筍ご飯。12オレンジのデザート。
 うーんさてねってとこ。

 総勢六名が、二十六女の子が間際に男こさえてドタキャンした。
「またですか。」
 というやつで、もう一人東北にはいっしょに行った三太郎が、これは大学院受かって、入学金払ったら文無しで止めた。
 神戸の由紀ちゃんが来て、総勢四人揃った。
 うぐいすが鳴いて、由紀ちゃんと鳴き真似。
「おっほお肌の曲がり角。」
「和尚さまはすっきりしたみたい。」
 ビールを飲んで由紀ちゃん若返る。
 もう一組相席は、どっか坊主の新婚旅行、うわかしこまっていたのが、一夜明けると手取りあって仲良さそうって、もう尻の下に敷かれてるぜあいつ、
「いいなあたしも新婚旅行。」
 と由紀ちゃん、だったら年貢の納め時、お見合いいったい何回目だ、親父が企てるたんび断る。もう承知しろ、男なんて土台ろくなんいねえんだったら。

播磨なる鳴くやうぐひすひねもすに花はも散らへ妹は嫁がじ

 朝出に由紀ちゃんアルバイトのたこ焼き屋があった。いじめられっ子で親の資産みんな兄に行っちまって、その兄の土地借りてたこ焼き屋する。ぜんぜん流行らない。いい場所にあんだけどな、そうかなあ、
「かわいそうな人なんです。」
「首締められるぞ、いっしょに死のうってんでさ。」
 五十を過ぎて独り者。
 この日は安芸の宮島へ一泊。
 倉敷寄ろう倉敷美術館、玉島の円通寺だ、良寛の修行寺。パスされて、くそうめ教養のねえ連中だぜ。
 なにしろあなご飯食おう、わしはテレビで見た、宮島名物と云って走った。
 中国道は山また山を、いちめんのやまざくら、あれはむらさきつつじか、こぶしもある、くっきりと美しく。
 広島には、ゆったり流れるいい河があって、あんなところで魚を釣ってなと。途中休憩だけのパーキングエリアへ、野良猫が二疋いて、つがいになって可愛い、兄弟かな。
 ままかりを買った。
 だれも食わん。
 昼飯を二時まで我慢して、安芸の宮島の船付き場へ。
「はーいこっち」
 駐車料金1000円、泊まりなら2日分2000円、客慣れしている、ぱくっとふんだくられて船に乗った。
 なんてえ山だらけの島。どんとけわしいぜ、小雨が降って登山は無理。ロープウエイがある。
 鹿に取っ付かれた。うっかり餌をやった、ぞぞうっと五、六頭。動物と共存てえのはかなりダイナミックだぜ。
 あなご飯はさっぱりだった。
 名物になんとやらって。
「店悪かったかなあ。」
「どうでしょ。」
 まっくれえばあさ、はぶそう茶運んで来たがな。
 厳島神社は日本三景が。
 海の大鳥居は補修工事中、巫女さまみたい朱い、そりゃ広大な海岸屋敷。
 でっかい賽銭箱?
 どこがいったい世界遺産、そんなこと云ったら嫌われる。神さまだぞ。
「工夫があるんだって。」
 午前中広陵高校の優勝奉納拝があったという。
 見損なった。
 教科書に出て来る清盛像、おほっ。
 なんたって沢山見た。
 平家納経は三巻の展示があった、観音経なんとか品、長年坊主のさ、声を上げて読めた、感動。
 すばらしい文字、三人三様に書く真剣、あんな字、逆立ちしたってもう追っつかん。
(松井が大リーグ入りってだけの世の中。)
 いつまでもとっついていた。
 資料館に棟方志向の、
「月夜の宮島」
 という絵があって、どんと目に入る。
 なんでだろう、小品が、ー
 行き当りばったりの宿、
「海側のお部屋満員ですが。」
「山側でいいや。」
 どうせ曇ってるしさ、朝日には早起きしてって、錦水館という、いや乙な味つけるぜ、すれっからし観光業もさすが関西って、次のようなお品書き、

はじめに苺ワイン。
初皿一、雪花 三つ葉 
  一、筍木の芽和え 
  一、すけ子(たらこ) 
  一、流れ子、ぼんぼり空豆、鳥菜種巻
お椀 季節の吸い物
刺身
穴子好鍋 穴子のしゃぶしゃぶ
口取り 胡麻掛牛
陶板焼 さわらの味噌焼き
温物三台一、野菜煮
  一、野菜天婦羅
  一、茶碗蒸
釜炊きご飯 じゃこ山椒 浅利時雨煮 赤出汁(蟹)香の物
べつばら 苺、バナナのムース

 売店があった。かあちゃんに印伝のがま口を買った。二つ買って負けろったら、お国の為の消費税は負けられねえってさ、うっふう、がま口みてえに笑って押し切られ。なんで印伝だ、山梨県の名産じゃなかったっけ、鹿、そういえばあいつらぶっ殺して、食って皮にして?。

寄せ返し阿鼻叫喚の浮き世なむ花の嵐をうたかたの宮
波のもに花は散らへれ平家なるそは納経の真面目ぞ

 次の日は萩へ、旅の一点豪華北門屋敷というところへ泊まる、白壁瓦屋根の塀を廻らせて、広大敷地、そりゃもうわしら如きお呼びじゃねえって。
 立派なお庭に花が咲いて、仲居のばあさ踊りか弓でもやってんのかな、どしっと決まってる。部屋よし調度よし。はてなあブーゲンビリアの鉢植えに、アテナイの胸像に、あれは牛に引かれてヨーロッパかな。
 朝食は禅堂の大伽藍。
 皇太子殿下お泊まりの、一泊七万円の部屋あったぜ。
 真っ先に松陰神社へ行った。
 部屋二つきりの松下村塾や、幽閉されていた家なと移転されて建つ。
 こころゆく見学した。
 神社所蔵の松陰書筆の展示があった。
 だれといってさ、わしなつかしいのは吉田松陰様筆頭さな、第一あのへたくそな字わしと同じふうだ。
 涙流れて弱った。
 人を活かす天才、おのれを顧みず人の為にして、国の為だけにして親の恩より親心、三十で獄死しちまった。
「残ったなあ、虎の皮のふんどし。」
 明治維新の力になった。
 いやはやたいしたもんさ。
 自殺系サイトに爪の垢煎じて売っぱらおうか。
 爪の垢ねえから松脂でいいや。

 昼食は畔亭という、むかし網元の豪邸であったという、蓬莱山みたい石庭のお屋敷で食った。城下町の細道を行ったらそこへ出た、高杉晋作家の裏だった。旦那どの付き合ってくれた。素人臭くておもしろい、婿どんだけど苗字は変えんとか、そういやかあちゃんの方がすっきりとか美人とかさ。
 つる桔梗に花韮にと、南国の花植え。新潟ナンバーお上りさんは、たいてい親切にされたっけな。
 ドイツのマイスターが焼いたパンのセット
 お刺身つき小萩弁当 
 チリワイン
 安くてうまいこと知ってるなあ。
 北門屋敷の赤い自転車に乗って見学。家老屋敷に、菊屋という商家に、買わなかった萩焼き店のかあちやん、萩弁使ってくれて面白かったんけどな。
 萩焼きのお土産買えって電話、
「そんなのわかんねえ、一00円の買ってうん一0万てさ。」
「あたしは一00円のでいいから、太田さんとこには少しはましなの。」
 ちえかあちゃんのも買うんか、蟇口買ったてのにって、骨董屋に四0万というのあった、いいけんど気に食わねえ、親父じっとこっちを伺う、通の振りしたっけか。
 旅館の売店で買った
「これはなになに先生のそのお弟子の。」
「先生なんてろくなもんいねえ。」
 かあちゃんそっくりの茶碗も買って送った。
 北門屋敷のご馳走
 ほたての卵とじに生麩と長芋
 ほたるいかの沖漬け
 もずくにオクラのたたきと梅肉
 子持ち昆布
 鮑
 百合根の豆腐
 お刺身
 蟹グラタン
 ひらめの薄造り
 鯛の桜蒸し

 国民年金がそんな贅沢いいんかって、味はひょっとして安芸の宮島?
 瀟洒な城下町萩、歴史的大物いっぱい、つぶれそうなお寺いっぱい。

松陰の露に消えたる獄門の二十一世紀をなに変らずや
いにしへゆ朝日射しこも松や松涙溢れて過ぎがてにせむ

 笠島に原生椿を見た、まだ咲いていた。一株が数十本に別れて、2万六千株の森林を作る、来てよかったというまた一つ。
 八百比丘尼が担って行ったんだ。
 青森は野辺地までさ。
 椿の花を。
 野良猫がいた。北海道の原生林にもいたな。由紀ちゃんが餌をやる。
 かさご釣りがいた。
 南国の海は緑色。

こしみちゆ我が問ひ来ればちはやぶる神の御代より笠島椿

 秋吉台を見て防府に行く。肝心の鍾乳洞はなんだかあんまりって、新婚さんが手つないで歩いて行く、シンボルマーク写真の方がいいのか。
「腕組んでハイカラに行け。」
 といって、美代ちゃんと腕組んでみたけど、なれないと様にならんぜ。
 それよりカルスト台地が面白かった、トルコ人ががんがん音楽かけて売ってるアイスクリーム買って、
「へえうめえ。」
 という、むかし単純アイスクリーム。トリフ捜したって犬や豚でなし、きのこ取り名人の弟子も、土中は無理。
 むかしは大森林だったか石灰岩の曠野。山焼きしたらわらびが出る。ちんけなのだれか摘っていた。
 弟子め、デジカメ落として使用不能、と思ったら今度はケイタイを落とす。
 聞こえてもこっちの声が伝わらぬ。
 まだ通じたときに、前の旅の三太郎が掛けて来たのに、
「うんそう。」
 てめえ返事して切る、
「なんだ、あいつ追っかけて来たかったんじゃねえか。」
「そうよう。」
 女の子に回すぐらいすりゃいいのに。
 きのこ人間だ。
 鍾乳洞で由岐ちゃん口説いてた。

名にしおふる鍾乳洞の恋人ぞトリュフを捜す犬にしわれは

 メインイベントの防府市に着いた。
 今日は先輩の誕生日、女の子二人に花束買わせて乗り込んだ。みかん畑のてっぺんが住宅、S字クランクよりもっと狭い道の、塀が押し迫る。
 どうにか着けた。
 一人欠席一人はもう他界していたし、五人集まる、二年間で二十人ほどにはなるのだが、駒場寮祭、寮デコに三等賞を取った仲間が集まる。気の合った同士が部屋を作って万歳。いい先輩であった人が、十年ほど前に他界する。隣部屋が一人。
 大学教授だ、社長OBだのいうのが岩本先輩の命令一下、風呂焚きから蒲団運びからして働く。わしらも掘れたての筍を料理した、南国の筍はうまかった。飯には持参のこしひかりを炊いた。
 先輩は寮歌気違いで、
「ああ玉杯に花受けて」
 から年に二つあてある、全部でいったいどのくらいになる、おまけに三高から北大の寮歌弥からあわせ、歌詞も十何番まであるのをそっくり、そいつをまたインプットして、伴奏を合成音にこさえて、延々披露に及ぶ。
 アッハッハ、ぶっこわれもここまで来ると見上げたもんだ。
 せっかくピアノ弾きの由紀ちゃん連れてったのに、じっさどもとビールのお相手。
 ナポレオンをやった。
 寮で毎日のようにしてたやつ。わあわあと駒場チャイルド。もうろく分過激になったりして。
 でも十二時前には寝たか。
 先輩の庭には古墳がある。
 蜜柑畑の中に石を組んだ洞穴という、なんとも不思議な感じ。
 彼は奥さんがなくなって、せがれ三人東京へ出て、もう何年も一人暮らしをする。
 楽しかったと、帰ったらメールが入っていた。
 わしも含めてよう老けた。
(美代ちゃんがいやだっていうわけだぜ、くそうめ。)
 薪風呂は文化的で、ソーラーシステムにどんどん水を足す。
 由紀ちゃん風呂上がりをニアミス、うわいい女。
 キャアワア、こういうの年には関係ねえけどな。
 安芸の宮島で、黒猫のだっこちゃんパタリロみたい顔したの売る、二人に色違い買ってやろうって云ったら、美代ちゃんはそんならこれといって、印伝の小銭入れを取る、気さくな由紀ちゃんは押しつけのくろねこを抱いて、
「こうお、あたしの恋人。」
 という。だれあって切ないことはあったんさ。由紀ちゃんは親父に呼ばれて帰って行く、またお見合いだ。
 石原慎太郎親父で反抗するなんてとっても無理、云いなりお見合いしては断って来た、
「一回けっこういいのあったんだけど、見たら目やにしてたから止めた。」
 いったい何回やったんだ。
 幼いから男の子ぶっとばして、兄貴ぶっとばしてって、親にそっぽ向いて。
 岩本ファイルにはむかしの写真があった。
 寮時代の幾葉か。
 老けるきりで変わっちゃいないんだが、はてな、
(だれだいったいこれは。)
 出家して頭剃ったからー

玉杯に酌み交しては半世紀初たけのこを防府に食らひ
古墳付き蜜柑畑を受けつげばわが先輩はやもめに暮らす

 雨のふるさと裸足で歩く。
 由紀ちゃんは念願の山頭火を見学して神戸へ帰る。
 わしらは津和野から須佐湾へ向かった。
 昨日の逆戻りコースだ。あと二泊して新潟へ帰る。
 森欧外はぜんぜん好きになれんし、安野光雅も嫌いだ。津和野は少女趣味みたい商売熱心、でっかく太りすぎの鯉が小流に泳ぐ。
 骨董屋に四0万円の小箪笥があった、すんげえ金具ついている、お寺にもっと大きい半箪笥二つあって、一さお十五万でこないだリフレッシュした、金具は新品、二つともつけるからだれか娘貰ってくれ。
 伝説の宝庫島根県。
 須佐男の命の須佐湾は今売出し中、わしはこうゆうの気に入ったんけど悪評さくさく。
 高山の磁石岩は磁力ないし、ホルンフェルスという岩屏風は背低い、でも鬱蒼あっけらかんとしてなんていうんだろ、三日も釣りして過ごすにいいぜ。
 イタリア料理店の看板、捜し捜し行ったら定休日だとさ。
 おかげて雪舟庭園見るの忘れた。
 腹へった。
 浜通りのレストランに入ったら、思いもかけずおいしい。うまい、行けるったら親父が出て蘊蓄。大阪へ出て修行したんだって。
 沖は渺朦、
「舟でもねえしあれはなんだ。」
「見えない。」
 ほんにいったいありゃなんだ、なんしろ突っ走って五時過ぎ、温泉津温泉ーゆのうづ温泉に、すべり込みセーフで飯にありつけた。
 角を生やしたおっさんの像がある、浅原才市妙好人とある。
「あれまるちゃんが云ってた才市という人。」
 弟子がいった、ヤフー掲示板で知り合ったまるちゃん、なんまんだぶつの人だ。
如来の御姿姿こそかかるあさましきわたしのすがたなりなみあむだぶつなみあむだぶつ
 とあり、また、
角のあるのは私の心、
合掌させるは仏さま、
鬼が仏に抱かれて、
心柔き角も折れ、
火の車の因作っても、
咸消されて其の上に、
歓喜心にみちみちる、
嬉愧し今ここに、
蓮の台が待っている。
 と記す。
 浄土真宗って云い訳教みたいが、旧知に会う如くする。
 てめんことは知らないってだけが。
 宿のばあさが傑作だった。
 下駄作ってた人でといって、角の云われを正確に云う。
 恋わずらいで喉がおかしいんだってさ。
「いっひっひいうんめえ米さ。」
 こしひかりって、お化けみたいふうっと出るのがいい
 北門屋敷より上かな。

 温泉津温泉山県屋のお品書き
鯛の吸い物、
姫竹筍の糠漬け、
手長えび、
はまぼうふう、もずく、
お刺身(鯛と鰤)
鯛の塩焼き、
鍋(蛤)茶碗蒸し、
あまだいの中華風炊き合わせ、
夏みかん皮砂糖漬け、きゅうり。

 米もうまかったが料理もなかなか。
 弟子がそこら散歩といって出て行く、
「気利かしたんだぜあいつ。」
 美代ちゃんとこ行ったら、
「きーっ。」
 追っ払われた、かあちゃんになんていうの、弟子とぐるかって、そんなこと知るか、ふう面白くねえの。

恋わずらひいっひっひいとて温泉津の角ぞ生ひたる婆さま椿
すさのをの命はいずこうしを寄せ八百比丘尼なむ椿花うさ

 古色蒼然松の参道を行くと、出雲大社はでっかいものすごい、本物ったらこんなにまっちょうものはない、ぜんぶ偽物ったら古代の壮大なイベント。
 団体のあとくっついて行って、ただで案内して貰う、四つ手を打って参拝とか、二人十分にご縁のあるように215円のお賽銭だとか。
 本殿のきざはしに、青い紋柄着た神主の人形が五つ、
「人形でねえったら、脱いだ沓揃えてある。」
「そうかなあ、だってこそっともしねえぜ。」
 ほんに半日やってんのかな、
 神さまって神有月の他ご出張だが。
 その前庭は石かけを敷いて、踏んで歩くとご利益、はてな百万円かなあ定価表貼ってない。
「ここで式挙げられるんなら、もう一度結婚する。」
 美代ちゃんが云った。
 荘厳を絵に描いたような式場。ばついち美代ちゃん小野の小町の末裔だってさ。
 由紀ちゃんにケイタイ、美代ちゃんにけんつく食らったってた云ったら、
「かわいそう。」
 だってさ。
「かわいそうなんだぜオロン、いっしょに下北半島へ行こう。」
 恐れ山へ行くことになっていた。
「うん行こう。」
 明るうい声。
 オミクジ引いたら東へ行けというのを、北へ行って、日の御岬方面を回って、地図にはある道がない、海っぱた山ん中ぐるぐる、また出雲大社へ帰って来た。
 昨夜の行ない、ううわしじゃない美代ちゃんだあ罰あたった。

万づ代に伝へまつれる日の本の大社なむ松のまかり道
三界を花の春辺といやひこの浮き世廻らひまうでぬは今

 二時間ロスして、出来立てのハイウェイがあった。
 乗り入れたら真っ正面に富士山。
 いやそんなわけない。
 伯耆富士という、こちら側からはまったく富士山の。大空にどーんと鳥取大山。
 なんたって来た甲斐があった、冥土の土産の筆頭だ。
 雪ひだが燦然。
 鳥取砂丘はつまらなかった、海岸砂丘か、なんでこれが砂丘で、らくだまで用意せにゃならん、もうさっぱりって、歩くのしんどいもんで、文句云って引き上げた。
 昼食を食った。

はぐれ雲尽きなむものぞ今生は伯耆の大山を目かひに見ゆ

 また花の満開になって但馬から丹後へ、急峻な山を廻って行く、このあたりの桜もいい。なにしろ走って天の橋立には六時。湖岸のホテルに聞いたら泊めるという、晩飯は隣のレストランで。
 きしょーめ、最後だってんでフルコースおごって、ワインがぶがぶ。エスカルゴ初めて食った、うまかった。ど田舎者は親切にして貰って喋って、由岐ちゃんにケイタイして、ちがうお見合いは明日だって。
 満月であった。
 月光の天の橋立を歩こう、うんそうしよういい気分だあ、酔っ払って寝ちまった
 早朝知恩院文殊堂という、文殊さまを祭る立派なお堂にお参りして、メス記号みたいな知恵の輪があって、天の橋立の松林を歩く。
「海上禅叢」
 という額がかかる、落款が読めない、いい字であった。
「一声の江に横たふやほととぎす。」
 というのは、なんとまあ江を琵琶湖だと思っていた。1・2キロ先に句碑がある、遠いので行かなかった。自転車を借りればよかった。
 橋の辺から魚釣っちゃいかん、バイク乗り入れちゃいかん、貝取ったらだめ、しちゃいかんばっかりんとこ、そのわりには薄汚く。
 いざなぎの命が昼寝していたら、天の梯子が倒れてこうなったんだとさ。
 日本三景はあと松島だけになった。
 なにさ、そのうち南極の氷が解けて、お寺だって安芸の宮島になる。

能無しの酔ふても行かむ松影や今宵満月天の橋立

 朝飯食って股のぞきの山へ行く、
「車700円だよ、一日停めたっていいよ、うちの店でお土産3000円買ったらただにする。」
 そりゃ大昔から万ずゼニカネの、ばあさに駐車料金払って、次はケーブルに払って売店の100円望遠鏡は割愛、股のぞきすると、それが不思議に宙に浮かび上がる。
「へーえ天の橋立。」
 玉露宙に浮かんで、身心失せりゃ雪舟ののなつかしさ。
 団体客がまくしたてる、こりゃ何弁だわからんと思ったら中国人だ、うるさいったってあれサーズうつったかな。
 あとはなんしろすっ飛ばして帰って来た。
 冥土の土産の花の旅。先輩の防府は散っていたが、越中富山に咲いて、満開は金沢、山また山の中国道はやまざくら、そうして帰って来たら、雪の立山連峰を背に桜が迎える、新潟は花盛り、一本きりの桜も咲いていた四天王門。
 
田の末ゆつばくろどもとこの我れを花に迎えむ四天王門

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うたきこう

 風月堂

 もう大昔のことだ。新宿の風月堂はLP盤の所蔵量日本一、嘘かほんとかNHKが借りに来たという。大好きな魔笛が三つもあって、聴くのはカラヤンの初演物だったが、あの名盤ブタペストのハイドンセットもあったし、20番からのウイーンコンツェルトハウスもあった。たまにはバッハも聞き、オウジャパニーズボーイなんていうジョンケージも聞いた。コーヒー一杯五十円、銀座の風月堂の姉妹店で上等なお菓子がついた。
 詩人絵描きの卵がよったくって、ひまつぶしや議論や、色目を使ったり、かくしもった酒瓶空にしたりして、
「風月堂に来てる間は売れない。」
 といわれ、壁には新進絵描きの順番待ちの展示があった。戦後〜三十年代のサロンといえば唯一サロンと云える。
 役目は終えたといって閉店した時に、文芸春秋に特集を組んだそうなが、それは読んでいない。学校をさぼって入り浸っていた。親不孝のシンボル、傍迷惑。ウエイトレスはチャーミングで美人揃い、女優の卵だったり、青春は美わしどっ汚し、らちもない辛いなつかしい思いがする。
 歌にしてみようと思う、きっと失敗する、なんとかなったら今も同じ餓鬼んたれ、青春追悼ははてどうなるか。
 新宿にも柳があった、風月堂の大きな窓ガラスの辺に。季節もなく、頭でっかちやっていたが、たしかに夏だ。爽やかな日和はどこへ行った、蒸し暑い東京は地獄。

窓枠はモンドリアンの柳影内なる我と外なる風と

 モンドリアンはカンディンスキーと違って、彼の格子組を自然から抽出する、東洋の思想のように、そうだ、しめっている、ナイフを突き刺すと鮮血がほとばしる。聖人のように振る舞う、天才はない、後を継げという、でもやっぱりヨーロッパの袋小路。青春のノートには大略そのように書く、たいていはせりふを三倍も使って。

 美しい少女がいた、追いかけて行った、声をかけた、雑踏の中。美しい少女がいた、抱き上げて、おしっこさせたらな興奮する、清楚と色っけのど真ん中。みにくい少女がいた、乳房の辺に手をー
「新緑の毒素は野に満てり」
 という、高村光太郎の詩。
 ぎりしゃっていう感じの子にギリシャって仇名をつけたら、大柄な色白の美人をローマとつけ、それがトイレでもってすんでにニアミス。圧倒的といおうか、呼吸困難で口をぱくぱく、人妻であった。
「だいじょぶさ彼女別居中だぜ。」
 だれかいった。でも女というのは、はあて、ローマ彫刻のように、なぜか取り付く島もない。小柄だがナイスプロポーションの子がいて、どうしてあんなにと眺め暮らすうちに、
「あいつとやっちゃってさあ。」
 と浪人生がいった。親のゼニ使って飲んだくれている、なにか悲しいところがあって憎めない。

いつき宮まては椎いの強ひてもや問へりし妹は我を待つらむか
椎いにも日はくれなひに言問はむ妹が返しを待つには待たじ

 でも草々はたった一人の、いいや二人の少女になる、知っていたお互いに、言葉もかけず、なんにもならず終わって、そうして一生尾を引く。

月かげの海底を穿つゆらのまも妹が言問ひ思ひかてつも
うつせみのしましく音は聞こえずや寝も寝らへやも夏を明け行く 

 一人ほっつき歩く青春。

しのばずの花は蓮すと吾妹子が麻の衣に吹く風のよき

 ゼニがなくなって、三日も食わずに寝ていたら、枕にしていたぶ厚い本がある、古本屋に持ち込んで、昼飯とコーヒー一杯。学校もだが、まともなことはせずの食うや食わず、

猿酒を汲み交はしつつ天に舞へ三日も物は食はずてあらな

 哲学というにはだらしなく、役にも立たず、あっちやこっち刺し違え。
 ピカソは手切れ金に絵を一枚という、それでもお釣りが来るっていう、涎も出ねえとか、モジリアニーはモデルを睨み付ける、女嫌いの贅沢屋だの、ルノアールはおしりにおっぱい大好き人間、囚れのフォートリエは売れたとたんに幸せ、ビュッフェのほうがずっと正直だ、でもあいつもゆるんで—
 絵描きはあんまりいわず、詩人は自分の担ぐのしかいわず。
 云うやつはなんにもならず。
 でもって貧相だ。
 三流国日本だ、そうさ独創性がない、虹みたい塗ったくる、あいつもまねっこと、渦みたいの半かけ曇って、そいつもまねっこと、へたっくのくせに、もうアレだけ描いとれとか、壁の展示絵にレッテル貼って。

酔ひどれやアルゴー船の櫂をとり手足を鍛へのピカソといふぞ

 青いなめらかな壁、愛を誓い平和を願う、じきに空気が不足して、アルルカンの罪と罰が始まる。卵の殻をぶち破る、外にも空気はない、実存のための凄まじい戦い、その真っ只中に筆を置く。
 とんでもないピカソ。
 あいつの標準は人間喜劇、アフリカもブーズーの神もない、伝統のヨーロッパに、かびくさいアカンサスの葉っぱ。
 狂ったニイチェと同じ常識家。
 裏返しの百眼男、狂わなかった怪物、つまりは最大の、なにさ女の陰に隠れ惚けて。

蘇れ腐乱死体の干っからび死海の水をモジリアーニは

 モーツアルトの目ん玉に、ぞっと生女どもを見すえる、ものみな行き過ぎて、肉は悲し。

 ルネッサンスの伝統の静物画、雪舟の山水長巻、いやレンブラントの光陰でもいい、どうしてそうは行かぬ。神さまがいないという、地平が失せたという、本来人の自在を知らぬ、という、見れども飽かぬと、そうさ他にあるか。

極彩の時は永らへハーデスの衣を脱ぐは明日かセザンヌ

 線が引けない、無音、失われた時を求めて、色彩はプリズムの目を、だれかれみんな後ろ向きに歩く。

尻尾が生え墓を暴ひてシャガールのなほなつかしき愛の形を
腐れてはなほはらわたを憎悪し金蝿たかるルオーの大空
声聞は原子崩壊のモネならん終ひに残んの青と紅
吾妹子は日の神にしてなきがらの炎にあらん偽せルノアール
大戦の破滅を知るやクレーなほ女性的なるそのボルの雲

 小説家と詩人の卵と、どっちも年上で、小説家のほうは古本屋をして、禅寺に部屋を持ち、バーの女と、あれは激しい女だよとそっと耳うちして恋愛し、店にやとった女の子の、女になって行く姿を見守る、気風の良さというのか、男を張って。
 詩人は、早稲田に受かった、その足でラーメンの屋台を引く。詩人はそうあるべきという、ふうてん生活、大真面目であり、詩は達者であった。
 不思議な気がした、小説家は小説を、詩人は詩をという、その他にない、どうしてだ。
 三人で、夏でさえ五度という(温度計があった)峠を越えて、鬼怒川へ入る。かに湯へ泊まる。ついたらぜにが底を突いて、仕方がない出世払いだとかに湯の主人が云った。ももんがーをポケットに入れて東京へ遊びに来る人。
 板囲いに節穴が開いて女湯が見える。小説家と二人で覗いて、向こうもわきゃあ云って、詩人がなんたることだと怒り出す。
 二人とのつき合いは楽しかった、無惨な世の中のエアーポケット。

 カフカを論じマラルメを論じニイチェを論じゴッホを論じ、小林秀雄でありTSエリオットであり、ヴァレリーであり、芭蕉にモーツアルトにゲーテにシェークスピア、ギリシャ悲劇に能狂言、どうして能のせりふは、言葉をあのように蘇らせるのに、結果をただもう仏教に突っ込む。なぜだ、つまりは日本人てこんなものか。
 どこかに言葉の通用する、心の行き通う世界が残っていた。良さというものであった。共産系の不可知論なんでも反対社会党から、そっくりでたらめ赤軍派、どうにもこうにも夢の島。
 創加学会が暴威をふるっていた。

それはもう夫人の扇をマラルメの双賽一擲咽喉癌
ニイチェ泥ベートーベンなむとっつけて人は何処へ大和大道を

 ゴッホ展を見に行った、絵ではない、それは恐ろしいもの、メジューサの首だ、光も氷って涙も沸騰してと見据える目。金縛りに会って汗だく。。

ゴッホなむ神は示して極彩のキャンバスまでを磔刑にせむ
 
 小林秀雄はゴッホと刺し違え、ゴッホはそうさ人類と刺し違え。
 人類は滅びるのさ。向こう一00年詩も音楽も芸術もない、文芸復興はありうるか、フェユトン時代三00年、ヘッセのガラス玉演戯は。

菊の華の精とはなりしモ−ツアルトその塞外をなんの慰め 

 バイブルはマルドーローの歌であったか。でもなんでもモーツアルト、死んでもいいとしがみついて、無惨に破れほうけの、他人の一生まで台無し

見つけしは行きて帰れる心にて 

 草の伸び行く春野を、こっちはただの聞く耳頭巾、悪魔の発明という、そりゃ人をたぶらかすための。

 ほとほと死にき手斧取られて

 恐ろしさ優しさ、美というもののメカニック、音楽の独露身。とつぜん何もかも失せる、轟然たる砂漠を、三日立ちつくし、スフィンクスと取り引きを、耳鳴りに白髪。

松影に烏も鳴くか行く秋のいつかな我は死にはてなんに
華厳なる滝に投ぜしパパゲーノなほ鳥刺しがむくろもなしや

 魔笛はカラヤンがよかった、そのまあミーハー即物がぴったり、エーリッヒクンツのパパゲーノが絶品。さすがに柳生十兵衛生みの親、五味康介が認めた。三十年もして捜しに行ったらなかった。カラヤンの別もの、初演が断末魔のため息とすれば、お墓にはいったゾンビーの踊り。

白鳥のこしの日浦をま悲しみ枯れしくなへに雪は降りつつ

   尾瀬の花旅

 アルバイトのお金が入ってどっかへ行こう。あとのことはいい、山歩きがいい、さあ行こうといって、詩人は行方不明、小説家は不在、論敵も、取り巻きも現れず、風月堂の大ガラス、柳かげの待ち合わせは、弟と腰巾着の英也しか来なかった。
 しょうがねえなあ、まあいい行こう、尾瀬がいいと弟がいった。電発でダムになっちまう、今のうちだと云う。なんでもいい、そこへ行こうといって、夜行列車に乗った。
 弟はフル装備の、登山靴を履いてどでかいのを背負い、たいしたもんだと云って、腰巾着の英也と、わけのわからん格好して、どうだといってポケット瓶を取り出す、二人してたいして飲めない酒を飲む。

青春の何を苦しえ酔っぱらひ夜行列車はカザルスの鳥

(だれ彼ひどい目にあったが、腰巾着と弟はさんざくた、借金は踏み倒し、青春をひっかき回し。)

 夜中に沼田の駅について、明けを待って山行のバスに乗る。満席であった列車が空になる、みんな尾瀬へ、
「ちええなんてえこった、せっかくなけなしゼニはたいて— 」
 東京と同じだといって弟がぼやく。とにかく下りよう。一歩踏み出すと、沼田の濃厚な夜気にくうらり。  

しかすがに霧らひこもして上毛の武尊の山を我れは聞かずも

 寝静まる夜を総勢砂塵を巻いて突っ走る、蛍光灯の明かりがはすっぱに、
「こりゃなんだ。」
「バスの順番取りだな。」
 にひーと英也が笑う、いつもそんなふうに笑う、
「そうかそんじゃこっちも。」
 といってのっそり歩く。頭上は満天の星、絹の布にちりばめるという、古代ギリシャ人の形容に似て、たとえようもなく美しく。
 とつぜんその一片が墜落。

上毛の天夜星群裂けとほり我れは妹を思ほゆ置きてしくれば

 帰ったら必ず会おう、言葉も掛けようと云って身を立て直す、背骨がぎりっと音を立ててきしむ。
 バスの八百何番という札を取った、しまいかと思ったら、夜行はもう一列車来た。
 なにしろ大騒ぎ、いざこざがあったり、だれも人っことは考えず。なんだあこいつは、明け方を待って、駅のベンチに眠る。

ぶっこはれタイムマシーンに乗りて来ていつを貧しき恐竜の世ぞ

 二人はまだ寝ていた。山清水にわななきふれて目が覚める。一面の星空であった、そいつが闇に食われる。
 山がせり上がる、
「どうなっているんだ。」
 雨雲だった、すっぽり覆う、雷が鳴ってはらつく。
 ふうっと晴れた。

一千の宿れる辺り明け行けば上毛の野に鳴る神わたる

 まだ寝ていたり、宿を取ったり、一晩中起きている者。女だけのパーティがあった、とりわけ美しい子を中心にする、
「オリンピック代表はあなた、でもなんで代表。」
 失敗したらぱっくり食おうか、といったような危うい。
 木造トイレは穴が開いている。
 見たこともない背ろ姿。
 けだるい。
 やるせない。
(カタストローフを待つような。)
 なぜか「女の密室を描くドガ」という言葉が浮かぶ。
 入れ代わりまた入って来て、外に二人示し会わせて待ちもうけ。
 えい、どうでもしろと出て行く。
 リーダー格がえっと叫んでそっぽを向いた。 手を洗う。

上毛のおぼろ月夜と人見てむなんにおのれがカタストローフぞ

 透明な夜が一瞬かきくもって朝が来た、柳が姿を現わす。十何台めか、満員バスに荷物を叩き込んで出発。

鳥の鳴く何もなふして沼田夜は柳影とぞ明け行きにけり

 みなまた寝入る、明け方はすばらしかった。くず屋根の家がぬっと現れる、桑畠に光の矢が届いて、上毛の山てんに朝日が射す、モーツアルトもバッハも顔負けの大奏楽。そうさたしかにこやつは日本の夜明け。

十七年かくの如くに明け行くかしが敗戦の藁屋根の屋 
八百万神の戦と知りぬべし桑の畑に陽はも射しこも

 林には栗の花が咲き、川辺には藤が咲き、幾つ村々を、片品川に遡ってバスは行く。
 尾瀬は花の田代と云い、神の田代と古くから知られ、なぜか牛と云うと荒れるだそうの。

栗の花の咲き満ちつつに梅雨に入ることはな言はじ神の田代ぞ
草枕旅行く我れはあらたへの藤の浦廻ゆ片品の川
   
 バスを下りて、ぶなの林に別け入る、さしてのこともないのに息切れして、日々の生活を反省、とつぜん涼しい風が吹いて、夏をなをあら芽吹く木々。

未だ見ぬ妹に恋ほつつあら芽吹く尾瀬の田代の風の清やけさ

 ひばの大木が真っ黒に茂って、ぶ厚い万年雪。三人てんでに寝ころがって、歓声を上げる、太古の息吹のような、なんなんだこれは。

うつせみの身を伏しまろび大杉の万ず代かけて物をこそ思へ

 金色のみずきんばいに雪とみずばしょう。

神から神の田代を大杉のしのふる雪に人は踏み入れ
百伝ふ磐れはあれどふりしける雪の辺べの花にしあらめ

 残雪とみずばしょうとひばの大森林、湖には燧の峰がさかしまに。
 夢や現つや、その足で燧に登るはずが、ここで一泊しようと、東電小屋に泊る。
 浮島があり、白骨化したひばの巨木、鮒のようなもっと大きな魚がじっと動かぬ。

人はいさ何を求めむ梓弓春に浮かれて行方知らずも
白骨と化すらんものは青春の巨木にあらんあららぎの木よ
降る雪は如何にぞあらむ湖の底なる魚と眺めやりつつ
わたり鳥しのぎわたらへここをかも流転三界尾瀬の田代ぞ

 ホッキョカケタカ時鳥に目覚め、深山を明け行く。よう晴れた。
 みずばしょうの咲く浮島の前に、女二人、声をかけて、無理矢理とっつく、
「ちいっとあれ、まあいいか。」

今をかも花の田代は杖を取り丈の白髪にわたらひ行かな

 杖をこさえてやろう、いらない。
 ひばの森を抜け、息が上がって、突っ走ってはおい休もう、そんなんじゃ着かないよと弟。
 これは女たちをがっしりエスコートして、残雪を踏み分行く。群鳥が鳴行く。一所開けて湖が見える。
 
昨日にか萌ゆる浮島うたかたのたが客人か舟に棹さす

 燧は雪、昼飯を食って登って行く、ガスがかかる、晴れて真っ青な空。くわーい死んでもいいやといって、雪に見上げ。
 長い雪渓があった。足スキーして一気に下る。英也が真似して滑って来て崖へ、そいつをすんでに受けとめる。さんざくたの目に会わせて、為にしたのはこれっきり。

神さびてひうちの山を降りこもせ晴れやる間をも命なりけれ
神さびてひうちの山を雪霧らひ過ぎにしことはな思ひそね

 登りはあはあ息せいて、下りはほうと走って行く、ぶなの林の新緑。
 弟は女たちと慎重に下る。
 長蔵小屋であった。もうたいてい満員の、まだ山小屋と呼ぶにふさわしく、てんや銀狐の毛皮を何枚か売っていた。

長蔵の万ず浮き世を住みなしてあら萌え出ずる満つ満つしかも

 女の子の一人はすっかり弟が気に入って、どうだいいっしょ泊まろうぜ、兄が無責任にいったら、とろけそうな笑顔の、もう一方が慌てる、弟はまともだって、あとの二人へーんな人、もうどうでも次の小屋まで行くといって、連れを引っ立てて歩き出す。 
 悪いことしたたって、夕日を仰いで、ひえー嘆息。見りゃ健脚のようだし、ほっとしたのが弟だったり。
 風呂へ入って飯を食って、酒も飲まずに歌う。荒城の月に菜の花畑にって、隣パーティーの女たちが笑ってのぞく。

芽吹かへるぶなの林も花にしや手振り歌はむ鳥刺しアリヤ

 三丈の滝を見てから、尾瀬ケ原を歩く。
 滝まで三十分、豊かな水量が常舐の滝というまっしぐらに流れて行って、大落下三丈の滝。
 ものすごいったら。
 鎖を取って滝壷へ下りた。昨夜の女たちが、
「きーわー。」
 見守る中、さっそうと下りるはずを、手がふるえる。
 ただしぶきに濡れて。

ふるへつつ鎖を取れば満つ満つし青葉若葉は三丈の滝

 花の田代といわれる尾瀬が原を、人っ子一人出会わさず。たった一人釣りをしていた。さまざまな花を見た。名を知るのは、ながばのもうせんごけというのだけ。満喫するといっそ記憶が失せる。夕方川をわたる。楊の並木があった、大小のいわなが行く。

万億年花の田代ゆ巡礼の思ひ起こせば魚の行くらむ
至仏なる峰いを見えず夕されば柳影とぞ風吹きわたる
千秋のもがり吹けるを待つらむか神の田代を見れど飽かぬかも
しましくに押し照る月は万雪の神の田代を人見てむかも

 至仏小屋に一泊して、一日もう余計に過ごしたから、明日は山を下りる他になく。全天またたかぬ星、手を伸ばすと届きそうだ。

至仏とふ流転三界知るや君なほ天降らはぬ星の如くに

 花は至仏のほうが有名だという。ざぜんそうやえんれいそう、ちんぐるま、みやまおだまき、世の中にこんなものがあるんだなと云っていたら、女子大生の四人組が行く。
 花より団子、大慌てに呼びかけたら、返事がない。
 リーダーは美人で、姿も申し分がないのに、うっすら口髭が生える、むらさきにおう処女のひげ。

しずやしずしずのおだまき繰り返し長日乙女と我があひ見しや  

 あとになり先になり、菖蒲平らを過ぎ、ぶなの林を行き、あとの三人話したくってむずむず。美人はかたくなに沈黙、ひげをまじまじ見ちまった。
 かってにからかい笑わせ。夢中に楽しく。

恋ほしくば菖蒲ににほふ吾妹子がむかしを今になすよしもがな

 一生忘れられぬむらさきの。

あら芽吹くぶなの林を美はしき三千世界年ふりてなほ

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2007年3月20日 (火)

うたきこう

  津軽恋歌

じょんがらの響み恋ふらむ枯れ尾花しのひし行けば津軽は吹雪

 じっさはもう寝るといって、一寝入りしたらたたき起こされた。告げだ。そりゃどうしようもないわ。支度して下りて行くと、まだみんな飲んでいた、接心の打ち上げだ、恒例になっていた。僧服を見て、
「お葬式ができたの、そんじゃだめ。」
 と、美緒ちゃん。
「そうな、明日はお通夜明後日は葬式。」
 冬の青森温泉行は、都合して接心明けの九日から十二日になった。じっさ垂涎のランプの宿を予約、
「ーーーー。」
「とにかく行ってくら。」
 昨日まで大雪の、どうやら溶ける雪道を走る、あれちょっと酔っ払い運転か、ビール一本ぐれえは飲んで寝たぞ、えらいこっちゃがあとの祭り。
 枕経を読んで帰って来た。
 風鈴さんがおれ代わりに行くといった、由紀ちゃんがいやだ絶対に行くといった、らっきょう和尚が、おれは法事あって残念だといった。てんやわんや。
 未緒ちゃん由岐ちゃん風鈴どの、この初春は歌舞伎町へ行った仲。
「わし青森のお寺に呼ばれて予定組んであっからって云って来た、えーとてっちゃんお通夜、末寺かたんぎょうさ導師にして。」
 じっさ云った。
「ふーん、じゃてめえで頼んでくれ。」
 せがれのてっちゃん憮然。
 末寺はだめで、弟子のたんぎょうさに頼む。
「うわやったあ行ける、ばんざい。」
 由紀ちゃん。
 ばさら坊主というんだ、いい年こいてわっはっは。途中拾って行く美代ちゃんは、子供インフルエンザで39度の熱が出た、行こう行こう、あたしマスクかけて行くからっていう。
 大雪が降ったし、東北道はどうなる。
 一人三万円の旅費なんだ、あとはじっさの援助交際、新幹線なんか乗ってらんねえ。
 じゃーん朝発ちだあ。
 雪の津軽へ温泉とおねえちゃん、葬式ほったらかしてモーツアルトだあって、がきと同じ。
 
青荷なるランプの宿をま悲しみしくしく問ふる雪はも深み

 早暁五時、ラッセル車が反対車線に雪を残す、どかんがんがん40キロで激突、慌てて向こうへ、
「どうもならんかったか。」
 なんしろひでえ。
 三日も大雪が降って、どうやら溶ける。
 ハイウェイは大丈夫、待ち合わせは磐悌熱海IC、二時間というのは無理か。
 美代ちゃん由紀ちゃんは旅行仲間、新参の弟子と、彼がいとこの未緒ちゃんと。
 会津磐悌山あたりは圧雪。
 吹雪模様。
 たいてい覚悟していた。そろうり行ってなんとかクリアー。
 磐悌熱海、出口の駐車場に、美代ちゃんを拾う、八時半だ。
 東北道へ。
 黒石インターから二十分、道の駅、
「虹の湖。」
 で、待ち合わせ、送迎バスは二時三時四時あとはない。
 いい天気になった。
 宮城県境で飯を食った、北方ラーメンだの、なんとかうどん、名物カルビにジュース買って、
「あれ。」
 車のカバーがずり落ちる。ガソリンスタンドに寄った。ひんまがって取り外す他はなく、
「そうかやっぱりな。」
 きっと新亡者が取っ付いている。
 女ども三人でくっちゃべる、新宿で新年宴会、二次会オカマバー以来調子ずいて、そいつ紹介した明美ちゃんの、どうもあけすけなんが未緒ちゃんに伝染したか、いえ他の二人も年増ねえちゃんであって、
「うへえメル友かえよう、もっと初心なんにさ。」
 翌日横浜そごうに田中一村展を見て、中華街で昼飯食って熱海一泊。行き当たりばったりのそやつ。
 貸し切り風呂ってのがあって、ー
 夏行った青荷温泉、ランプの宿には七つも風呂あって、混浴、
(いっひいあいつら、ー )
 あっというまに過ぎる。
 男三人で北海道まで行ったときは、やけに長かったが、
「やっぱおねえちゃんだあ。」
 でも、こっちの立場ねえ。
 ちった景色でも見ろってんだ、無教養人が、すけべじっさ何云ってるの、いやわしは宮沢賢治。

白鳥の舞ふをかそけし枯れ尾花イーハートーボは雪にい寝やる

 青森へ分枝したとたん吹雪になって圧雪。
「さすがだあこりゃ。」
 命あっての、120キロで大型バスが追い抜く。
 吹雪いて晴れて、ほとんど通らない、雪掻いて道路族の食い物か。
 黒石インターは吹雪。
 カーナビがあってよかった。路肩もなけりゃ標識も見えぬ。
 前の車にとっつく。
「来たあにじの湖。」
 雪。大小のかまくらこさえて、観光客歓迎。
 おでんを売っていた。津軽味噌だれのおでん。
 トイレ行って来い、みなして食おう。
 デジカメに撮って、もう送迎バスが待っていた。
 客は十人ほどいたか。
 二メートルの雪を曲がりくねって急坂。
 対向車てずうっと戻ったり、雪掻きに十分も待って、山のてっぺんへ来た。
「雪上車に乗ってみたい人はどうぞ。」
 装甲車みたいのに乗り込んだ。
「新雪はどうもー。」
 といって、さっぱり進まない、西も東もないのを一周。
 初体験。
 やらせでなかったら恐怖。狐の足跡があった、熊がよったくるという木があったり。

我が聞くは死の行軍の八甲田万分の一が雪の辺なる

 ついた、もう一度と思った青荷の湯、二カ月先まで満杯という、予約が取れた。
 だがどっか違っていた。
 離れの一つ屋敷みたい所だった、みんな大喜びしたが、龍神の湯というのだけ混浴で、あとは別々。
(ちえそういうこと。)
 凶悪犯でも取っ捕まえてりゃいいんだ、警察は。
 くそったれ。
 女どもわあきゃあ。
 氷柱のっきり、雪のかけ橋、華のように凍るガラス窓。
 未緒ちゃんが、売店を冷やかして、
「お邪魔しました。」
 と云ったら、
「ほんとうに邪魔でした。」
 と云われた。
(へえ、ほんにそんなこと云ったんか。)
 ぎゃはっ爆発的お冠り。
 頭へ来たっても、女ってのは喋りまくる。下がかりにおっぱじまって、食堂へ入ってもやっている、じっさ火に油。
「ランプなんてもな、いやな思い出ばっかり。」
 という、娘二人と来た老人がいた、由紀ちゃん未緒ちゃんといっしょ風呂入った、拝ませて貰ったって、けえわしにサービスを間違えやがった。
 信心家で、瀬戸内寂聴を尊敬、こっちの騒ぎ見て、変な顔して座を立って行く。
 そういえば、坊主頭に会釈する女もいた。
 らしくせんけりゃ、はーい。
 一人だけ混浴風呂へ入って来た。男か女かうすぐらくってようもわからん、さすがランプの宿。
 精進料理にいわなの姿焼き。
 温泉はよかったって女どもが云った。
 夜更けまで騒ぐ。
 朝一番のバスで出て、民謡酒場に津軽三味線の山上進を待つはずが、都合で一日伸びた。今日はどこへ行こうか、青森なら高速へ乗る、弘前へ行くなら、
「おいおめえ宿賃払ったか。」
「いいえ。」
 未必の故意だあ。
 電話かけて貰って、バスの運転手に払う。
 無線飲食ラジオだって、一度やってみよう、おねえちゃんども卒業して、ホームレスになったら、うん理想は高くさ。

円空仏氷の華に咲き満ちて乙女を三人ランプの宿ぞ
今宵かもだれそかいます湯のけぶり空の空なる雪女

 津軽は西も東も雪、
「座敷わらしの他になに出っかな。」
「美人から先に東京へ出るっていうの、秋田の話だっけか。」
 かもしかが出て困るってさ。
 ガソリン入れに寄ったら、左かわ後部タイヤがちょっとという、どっかで見て貰った方がいい、なぜみてくんねえんだ、とにかく弘前へ。
 市庁舎の前に弘前城公園があった。
 雪洞祭りをやっているという、よし見に行こう、ぐるっと回って追っ払われて、市役所の駐車場へ停めた。
「いいんかなあここで。」
「うん観光客さまだ。」
 交差点を渡りお掘りをわたって、ぼんぼりのでっかいやぐらが立つ。
 粋な黒い大門。
 桜並木だ。
 春はすんばらしいぞ。
 ボランティアのおばさんが、ほうきを手に雪洞の新雪を払う、津軽美人だなあも、
「いっしょ写真入ってくれ。」
「いいけんどもその手はなせ。」
 肩組んだら外せって。
 武者絵や女絵が貼ってある。
「夜くりゃいいんだ。」
「さみいんだろうがさ。」
 何百というぼんぼり。
 本丸跡に写真を撮って貰って、撮ってやって、雪にすべって転ぶ、お祭り広場には屋台が並ぶ。馬そりがある、馬が待ち呆け。滑り台があった。
 タイヤチューブで美代ちゃん滑る。
 由紀ちゃん未緒ちゃんワンカップ持って、おでんのくし握る、
「これさ昼飯食うんだっていうのに。」
 だってえへへ。
 重要文化財石家住宅というのがあった。人の住んでいる古い酒屋だ。ワンカップ手にのっこり、
「ひええやってらんねや。」
「いいですよ、どうぞ。」
 井戸があったり、縄で縛った大仰な仕掛けや、とっくりや大道具。
「そんじゃ飯を食いにさ。」
 ねぷた村へ。
 弟子の彼女は青森だ明日は案内する。
 未緒ちゃんは彼氏いるし、ピアノ弾きの由紀ちゃんは結婚した。美代ちゃんは小六の子いる。
 美緒ちゃんはどた靴履いて、そりゃすっ転ぶ。
 シングルマザーの美代ちゃん、うふうもうかび生えてるって、じっさからかいやがって。

弘前の百万灯にとぶらはめ人の住まへる雪はも深み
行きずりの我もとぶらへ雪灯籠津軽女が情けを深み
年ふりてここに問はなむ花吹雪人は津軽を永のへの春

 青森はねぶた、弘前はねぷた館の一番奥へ、津軽三味線が始まる。法被を着た若い女の子、去年コンクールに優勝したんだって。
 へーえって弾き終わって、女どもが手習い。
 津軽三味線という、ようもわからん。
 大旦那の奥さま青森出身で、山上進長岡公演には、打ち上げに乾杯の音頭、たんび聞かされて。
「たいしたもんだあ世界の山上。」
 誉めてさ、ずいぶんよくなった。
 モーツアルトのほうがいい。
 高橋竹山の等身大の写真があった。
 絶句する。
 日本史の額縁に入れて飾っておけ。
 津軽三味線は、残り香ともいうべき。そうさなあ頂上。
 ねぷたは見ものだった。
 すんばらしい。なんで雪にやらねえんだ。夏なんだってえ、魔物みてえど迫力。
 独楽やこけしをこさえていた。
 金魚ねぷた。
 こぎん刺しというのがあった。
「すげえこいつ。」
 高えなあ。作務衣があった、女物かあちゃんにお土産、五万円うーん清水の舞台。
 着てみねえとわかんねえかなって、見ると五万じゃねえ十五万だ、売り子呼んどいて逃げた。
「和尚は着る物とんちんかん。」
 明美ちゃんが云った。
 生まれて初めて選ぼう。
 作務着きて、こぎん刺しのバッグ担いで、歌舞伎町オカマバーじゃなくって、東京さ行こうぜぶつぶつ。
 ねぷた太鼓をひっぱたく。
 スナックで、どっかいい宿ねえかって聞いたら、
「嶽温泉山の屋。」
 というの教えた。
 予約して、駐車場行くと貼紙してある。
 むずかしいこと書いてある、
 うわずるっと発車して、
「あそこ行く、すてきな可愛い建物。」
「二こぶ駱駝。」
 ぐるっと回って行った。
 明治から大正ロマンの、ハイカラな建物が一カ所に集る。外人教師の館とか、一時は喫茶店であった図書館とか。
 ピアノがあった。
 由紀ちゃん弾く。
 シルクハットを箱から引っ張り出して、わあきゃあかぶって写真に撮る。
 カーナビに嶽温泉を入れると、そいつが津軽弁バージョンの案内で、
「そこ曲がって右だ。」
 って、堂々たる津軽富士、雪の頂きは見えぬ。
「津軽人てあるなあ、あのかあちゃんさ、目のあたり。」
 そういえばそうかも。
 旅ってなんだろうって、糸の切れた凧、あっちへふうらり、女どもはこっち向いてホイ、少しは色付けたら。

ねぷた絵は阿鼻叫喚の地獄絵の歌へや舞へや炎熱の夏
孕み女の腹かっ裂いて歌へや舞えや豊年満作
前世はバイオリン弾きとふ由紀ちゃんのシルクハットにドイツぶりせむ
門付けて我も行かめやじょんがらの津軽の郷に雪降りしきり
門付けてじょんがら行かめ花の春
吹雪散るかや鳴る神わたる

 雪の岩木山嶽温泉山の屋は、またぎ料理。
村田銃を担いだ絵があったり、囲炉裏を切ったり。
 女どもが歓声を上げる。
 湯の花で有名な温泉。
 雪の壁にはぼんぼり。
 うわあ風情だってさ。
 三品のうち好きなのを選べる。熊の肉鹿の刺身に、はたはた鍋。
 自慢はまたぎ飯、舞いたけを入れて珍味。
 未緒ちゃん由紀ちゃんは酒豪で、ご馳走を平らげて、今度は席を変えて飲む。
 じっさ寝たら、未緒ちゃんにたたき起こされた。
「度生心てなんだ。」
「そんなもん知らねえ。」
「由紀ちゃんが云ってたけど、禅宗坊さんは人を救おうとしないって。」
「へえそうかい。」
「どうやって救うんだ。」
「ほうらこうやって。」
 そこの柱を撫でると、そうかあって云う。
 由紀ちゃんもいた、すっきりしたあって、美緒ちゃん行く。
 不思議な子だった。
 誉める代わりに、サービスして行けったら、じっさはお金出してヘルスだとさ。
 その夜もめったくさ。
 ケイタイごっこする。
 院生の弟子が、得度のゼニ立替えで、腎臓売って払え。弟子二人たまたま売って、和尚さまに支払え、なにおめえ買うのか、おなべちゃんだめ。
 美代ちゃん口説く学生に、しつこいぞてめえ焼き入れたるなと。
 てっちゃんいい男、美緒ちゃん彼氏に、
「好きな男できたから。」
 とかけて、ケイタイ切られた。
 慌てこくって留守電、
「受けねらってたんだからさ、愛してる。」
 猫撫で声。
 大笑い。
 だって、追い出されたら行くとこないもーん。
 朝飯半分で、美緒ちゃんばたんきゅう、宿の人も大笑い。
 こぎん刺しの背負いバック買った。
 りんごのドレッシングとりんごの醤油と。
 けちで上手な買い物は由紀ちゃん。
 貧乏暮らし長かったってさ。
 日本海に出よう。
 山麓を回って鰺ヶ沢へ。
 二時には弟子の彼女と落ち合う。
 樹海の中の絶景をすんでに大事故。
 雪が凍っていた。

舞ひ立つは津軽乙女ぞ冬なればなんのもがりかしのひ吹けるに
黄金の酒を酌まむか湯の華の我れは舞茸パパゲーノぞ

 荒れおさまった海へ出た。
 道の駅鰺ヶ沢。
 鱈ときんめの粕漬をうちへ送る。
 舞の海の出身地だった。
 立派な記念館が建つ。
 向こうの丘にホテルがある。そっちへ行った。海の見えるロビーでコーヒーを飲む。
 売店で知恵の輪買ったら、丸太ん棒削ったきりの、えっへえこりゃなんだ。
 ずっと下って行って、千畳敷という海岸。
 ほっけを釣る。
 海苔を取るばあさの話を聞いた。
 滝が氷柱になって凍っていた。
 山越えは剣呑で、鰺ヶ沢から青森へ。
 雪もないのにみな四0キロで走る。追い抜いたってまた四0キロの、あきらめた。
 じきに凍るんだな。
 弟子の彼女と合流した。
 アルガという名物海鮮市場へ。
 取れたていっぱい。
 蟹ありたらこあり刺身あり、どーんと魚の大小バライアティ。
 おたふくみていな見たこともないはぜ、昆布に漬物。
 うにかにいくら丼三色丼、豪華な昼を食べた。
 民謡酒場へ行って、山上進の三味線を聞く。
 二次会をどうしようか。
 青森オカマバー行こうって、女どもおこげちゃん。
 明美ちゃんにケイタイしてみた。
 青森は一見さんぼられるからって、弘前の店紹介して来た。
「別に義理ないから、行かなくたっていいよ。」
 という。そりゃ青森へ来ちゃったし、明美ちゃんに蟹といくら送った。
 弟子は彼女はデイト。
 わしらはそこら探索。
 雪の青森市内を歩く。西も東もようわからん、
「このみちはいつかきたみち。」
 吹雪に歌って、仰山ある空っぽタクシーををつかまえた。
「一見さんだ、どっか案内してくれ、せいぜいこのくらいでな。」
 はいよってんで、三内丸山へ行き半分は時間切れ、ねぶた会館はパスし、だってもあっちやこっち、しまいアスパムという三角の巨大建物でさいなら。
 なんでもある観光会館、てっぺんの回転喫茶店へ。
 絶景かな、吹雪の港から、八甲田山のスキー場、賑やかな繁華街の灯。
 うわきゃあ歓声を上げて、ケーキを食べ、ワインを、コーヒーを飲み時間までいた。
「ガラス吹きさせるとこあったんだって。」
「知らぬ存ぜぬだったなあ。」
 吹雪を民謡酒場坂久へ。
 生きるとは地獄だって、津軽人はようも知る、ねぶたを見に来ようって、お盆の夏には坊主だめ。

滝さへに凍れるものか鰺ヶ沢ほっけ釣るらむ海苔を摘むらむ
三内に日は入りはててもがり笛
なんに燃えたる縄文館
じょんがらのなんにし我れは物語り津軽恋しや雪は降りつつ
たまゆらのワインに酔ふてアスパムや吹雪に暮れる海なも灯
 
 弟子が予約を取っていて、七時さか久に合流。
 田酒という地酒、ほやだうにだ、取れたての烏賊刺し、かんぱちの甲焼き、大間で上がったくろまぐろ。
 この烏賊吸いつくきゃあ。
 旅の終着乾杯。
 ピアノ弾きの由紀ちゃんは、お寺の独演会に、山上進と二人セッション。
 けっこうなもんだったけど。
 若いのが三味線弾いて、ちいっとかたいビンカラって音して、笛を吹き太鼓をひっぱたき、店中総出でやっている。
 由紀ちゃん美代ちゃん未緒ちゃん、引っ張り出されて太鼓打って、あとすけべそうな親父と踊って。
 笛吹かせろったら、だめだって、
「山上進さんは。」
 聞いたら、
「今はもう有名になったから、お店には出ないだべ。」
 とおかみ。
 看板に偽りありって、隣の二人連れは、東京から来たんだそうの、
「まそういうこったか。」
 縁が切れたあってもんの、ひとしきりして坂久を出た。
 青森一やすいといって、ハイパーホテルに予約、
「いやよそんなの、あたしにだって選ぶ権利あるんでしょ。」
 いいもの好きの美代ちゃん。
 新宿のホテルがそりゃひどかったし、廃虚みたい、野良猫がのっそり。
 風鈴さんのせいだ。
 美代ちゃんご満悦、こりゃは勉強のたまもの。
 ハイパーホテルはすてき。
 第一ホテルと第二があった。弟子は彼女と歩いて行く、由岐ちゃん取り残され。
 切れそうになって、
「へえそうだったですか。」
 てなもんの弟子は福相。彼女の案内でバーへ行った。
 グランドピアノのぐっと小型のあって、由紀ちゃん弾けやって、猿回ししちゃった。
 バーテンぼそぼそ。
 ロートレックのころの絵描きがどうの、津軽にはギターのバッハ弾きがいて。由紀ちゃん怒ってる。
 そのギターのバッハなんじゃこりゃ。信仰というものを知らんのか。うんじゃあとて先に引き上げた。
 一寝入りしたら、どんどん、
「あした何時に起きるの。」
 美代ちゃんに起こされた。
「うーん七時。」
 はなっからいすかのはしの食い違い。三たび四たび、とうとうあんないい子を抱けずじまい。
 しゃあないいつだって生まれついでさ、こっ恥ずかしいって、モーツアルトもくそもねえわな、とうに死んで。

じょんがらの津軽三味線大太鼓飲めや歌へや雪に寝ねやれ
吹き溜まりバーとは云はむ底なしやロートレックの風にしも聞け

 さあ帰ろう、美緒ちゃんは友達に会うっていう、
「新幹線に乗ってけ、これ援助。」
 なにしろどいつも文無しだあ、いくらか渡して青森駅へ。
 その方が車も楽だ、なんせ八十キロだ。
 美緒ちゃんは駅に突っ立って、泣いてたんだって。
 楽しかったんだって。
 あとは今日中に帰りゃいい。
「大旦那奥さんが、姉のやってる店によってけって云った、忘れてた。」
 弟子はカーナビに入れる。
「まだやってねえだろ。」
 ぐうるり回って来て、時間前。
 もう一回まわったらあたしもちょっと切れるって、美代ちゃん。
 九時過ぎハイウェイに入った。
 雪は消えて上天気、
「他わかんねえで、中尊寺はどうだ。」
「そうしよう任せる。」
 行ったきりなんだからって、由紀ちゃんぶつぶつ。じっさ反省なし。
 見渡すかぎり雪の中、
「中尊寺で昼飯だあ。」
 ぶっとばせって、カーナビの到着時間が次第短縮されて、びかっ取締装置をさけて、120キロに下げて。
 追い抜くやつがいる。
 中尊寺はICを下りて五分、なんせ観光目玉ってわけだ。。
 北上川から衣川が別れる。
 弁慶の立ち往生。
 花のころがいいか。
 中尊寺は天台宗だから、比叡山と同じ、大小の宿坊が建つ。
 金色堂。
 うわあ坂道だれか押してくれえ。
 月曜芭蕉記念館はお休み。
=五月雨の降り残してや光堂=
 教養のねえさっさと行く。
 弟子は信心で、たんびに手合わせ。
 あてずっぽうには、タイのエメラルド寺院風、美しいお堂があって、そうして藤原三代が眠るって。
 とんとむかしの表紙にした幔撞が、三つともあった。
 国宝だ。
「ふーんこれに導かれて来たんか。」
 なと。
 由紀ちゃんは南部鉄瓶を買った、貧乏暮らしにおさらばか、
「鉄瓶でお茶沸かせば、アルツハイマーならないって。」
 弟子と結婚した、最後の旅行だ。
 由紀ちゃん代わって、磐悌熱海まで。ひえーぶっ飛ばして五時半近く。
 女どもを下ろす。
 由紀ちゃんは美代ちゃんに、郡山駅まで送って貰う。
「これあたしたちからの、バレンタインのチョコと奥さんへのお土産。」
 といって、
「あれこれなに。」
 別に袋一つ。
 それがお土産で、渡されたのはわしが買ったこぎん刺し。
 うっふうしてやられ。
 車がおかしい。
 パーキングエリアで空気圧を調整した。
 帰ってから見たら、空気口が破損、バンパーもひびがはいっていた。
 雪に激突は新亡者通せんぼ、いやちがうぜ、無事に帰って来れたのは、守ってくれたおかげ。
 どっかおかしかったけど。
 混浴温泉はぱあになる、山上進にはすっぽかされ、それからえーと。
 明日は初七日だ。
 忘れたころに、弟子が書き付け持ってきた。
 立替えといたって、あの。

弁慶が仁王立ちせむ衣川花の吹雪に訪のへや君
恋ほしくば津軽女の花しぐれこぎん刺しとふこれな忘れそ

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うたきこう

  津軽釣歌

 秋になったら旅に出よう、津軽へ行って北海道へわたって、鱒も釣ろうきのこも取ってと云ったら、そんなひまはないとお寺の小林のほかには矢島、

津軽には食す国おはせ吾妹子や追良瀬川の風の清やけさ

 十和田湖からは奥入瀬川と白神山中からは追良瀬川と、どちらもおいらせ。ぽんこつをフェリーに乗せて、秋田の矢島と土崎港で待ち合わせ。ごーがらん一晩中エンジン音と雑魚寝。

ぶっこわれタイムマシーンの仮眠みや思ひ起こせば波の辺なる

 矢島は四日しか付き合えんという、北海道は小林と二人きりか仕方ねえなあ、24時間営業で飯を買って飲み物を買って、まずは矢島の運転で出発。
 彼は磯っぱたで足を切った、ムール貝みたいの踏んづけたそうの、抜糸がまだ、
「昨日だったんだぜ、医者が忘れてどっか遊び行った。」
 八郎潟で鯉釣りのほうがいいという、べったり座ってさ。これは八郎潟の残骸といおうか、田んぼの真ん中に大沼、米余りがわかっていて干拓した、ゼネコン日本の草分けかな。

八郎のいにしへ知るや群雀早稲の田浦は刈らむとすらむ

 能代市の風の松原は、美保の松原と天橋立と日本三大松原だという、いうだけのことはある。 どっしり見事な松が何千、いや何万本。トイレ水道のある公園でもって、朝飯食って用足して、
「こういうところは夕方おねえちゃんとさ。」
「能代美人な。」
「美人から先に東京へ出る。」
「かもしか出るってよ。」
 目が青いんだぜ、日本人とちがう、秋田犬のDNAがヨーロッパ種だって、つまりロシア人かな、キリストの墓ってのもどっかあったぜ。

能代なる風さへ白き松原の辺にも廻らへ妹が袖振る

 川へ入った、まだ紅葉には早い山の林。やまめを釣り逃がし、よくみたら針がかけていた。おしょろこまのような、黄色いいわなを釣る。まだネイティブがいるんだ、川ごとに違うんだリリース。このあたりはもう白神山中か、

白神の社の旗しろ吹き立てば別れ来ぬべし妹をかも思ほゆ

 白神十二湖の絶景、三百年前の火山の噴火でできた、原生林の中に大小三十あまりの。三つ四つは見たか、巨大岩魚いとうを養殖する池があった。青池はほんに青く、たしかに魚がいたんだと小林が云った。森の遊歩道を歩く。

白神の十二の玉と聞こえしは津軽乙女が命を碧き
吾妹子や青き水底に住まへりし伝へはぶなの空洞にも聞け

 夕陽で有名な温泉は人でいっぱい、止めたあといって、なんかあった五能線わきの、そう白神温泉という、名前だけは立派な、ー
 かあちゃんカラオケやってて出て来ない、
「なんだってね、泊まるってか、ああいいよ。」
 てなもんの、客はなく。食って飲んで、そいつがけっこうなご馳走で、三人うちの麻雀をやった。うわあ電車だって、五能線が軒先を通る。

白神の夕の下しろ吹き荒れて二十一世紀を我は知らずも
白神の夕の下しろ吹き荒れて湯舟にひたる蛸の八足

  追良瀬川は十三湖へ出る、長い流域をベテランのカヤック、カヌーというのかようも知らん、冒険家が挑戦して、助けてくれえと泣きわめいたとか。けわしい上 流と激しいその水。釣り人の夢は、釣り荒れてやまめが一匹。さけますの禁漁区があった。車が何台もいた、ずんと歩くらしい。

追良瀬に鱒を釣らむと夢に見え今うつせみの瀑のしぶきぞ

 殿様が難儀をした峠大間越えから、車力村へ入る。昼食は貝味噌定食という、よっぽどのご馳走かと思ったら、帆立てのでっかい貝殻の辺に、卵ご飯と煮干しが一本。ひえーといって、なんぼでも飯が食えるから不思議、

潮騒を荷ふてわたる平らには車力村なむ貝味噌の飯

 十三港の十三湖は、中世に大地震があって、一夜にして滅んだという日本のアトランティス、推定安藤氏館あとと立て札があって、発掘跡と思しきものがわずかに残る。
 しじみが取れる、でっかいしじみ。
「ちがうったら、ジパングのさあ黄金王国があって、世界中と取り引きして、逆転海流でもってこっちが中心、表日本だあ、ムー帝国と通じて、サブマリンがあってUFOがあって、美しいお姫さまが。」
 演説したって二人聞かず、

しじみ貝夢に見えむ波のものなほ黄金のよしやあし草

 小泊村竜泊温泉、日本海の夕陽の見えるという、残念ながら雨。島が見える、大小二つ、道路マップにはない。
「あいつら夜中に迫って来るぞ。」
 こわいといって、働きもんのかあちゃんに聞いたら、
「あれが大島と小島、天気よけりゃ青苗地区さ見える、こないだ津波あった、そう、ここらへんテレビも北海道。」
 と云った。
 珍味食べて一杯飲んで、トイレ行ったら、となりへ来たおっさん、
「定めし名のあるお坊さんでしょう。」
 と云った、へーえそういうもんすかね。
 翌る朝かあちゃんうっすら紅さして。

草枕旅をはてなむ大島の流れ寄せぬか夕陽が沈む

 雨は上がったが霧と風と、木や草っぱがぶっとんで、道は竜飛岬の展望台へ、ふわっと晴れてどえらい絶景、真下には北海道、
 何百という蛾が落ちていた、逃げもしない烏。

来てみればいにしへ竜の天飛ぶや人も草木もうちなびき見ゆ
見よや君凡百の蛾の散らへるは竜飛岬に生けるしるしぞ

 岬には青函トンネルの記念館や、自衛隊に測候所に民間ホテルに、すべて取っ払ったらすてきな岬。
 日本三大潮流という渦潮。
 豪勢な見ものだった。
 なでしこに似てそうではない、われもこうのような白いのや、エーデルワイスみたいのや、まつむしそうでもなくと、固有種かも知れないお花畑。
 それを引っこ抜くばあさ、
「そんなん植えたってさ、つかねえから。」
 よしなよって、日本人へんだしな。

珍しく咲ける花草いくへありし竜飛岬を渦潮巻ける
身のたけは丈の白髪になんなんに魚釣り暮らせ竜飛岬に

 味噌垂れのおでんを売っている、そいつをみんなで食いながら三厩町へ

味噌垂れのおでんを食らひ三厩の西部劇とぞうそぶき歩く

 津軽半島からのフェリーはだれも乗らんで廃止になったってさ。
 矢島はあと一日の、
「いいよおれ五能線で帰る。」
「どっか行きたいとこあっか。」
「酸ケ湯まだ行ったことねえ。」
 じゃ行こうとて、今別町から鉄道沿いに入る。雨が降って山深くなって、濁り水ではフライは効かない、矢島がみみずと竿と買った、どうやら使い道なし。
 でっかいとんび、いやあれはわしだなぞいって、しばらくは晴れる、蟹田というところへ。

しかすがに霧らひも行くか岬なむ舞ひけむものはこは大鷲の
いついつか雨は降りつつ大平の蟹の田んぼと横這ひ行かな

 左折して海へ、瀬辺地郷沢橋内真部と下って、いや上って行くのか、池田せいさんは青森の人、先年つれあいをなくした、
「みやこぞやよひのくもむらさきに。」
 と、北大寮歌を、主人の好きな歌だったといって、涙流す。

仰ぎ見し陸奥の国なむ二つ松池田せいさの家はもいずこ

 では人並みに観光しようといって、まずは八甲田山のロープウェイに乗る、1500円日本一値段も高いんとちがうか、紅葉と青森ひばとふーわり霧が。てっぺんはもう八甲田の七つ池。

鳴りとよみ飛天になりて染め出ずるぶなを廻らへさ霧らひにけり
七つ池月を呑まむは八郎の夕にしあらめ笹をも茂み

 有名な酸ケ湯へ入った、真ん中にあっち女湯こっち男湯と記すきりのでっかい木造風呂、かあちゃん若い娘けっこう入ってるぞ、ひーうわ絶景の、強烈おしり向こう向いてちらっと、
「オリンピックよりよっぽどいいや。」
 とか、もと本来のこれ清々。

哀しさは今する妹が奥の井の風呂にぞあらむ染め出でにけれ
悲しさは今する妹が奥の井の風呂にぞあらむ萌え出でにけれ

 酸ケ湯を出たら、指一本立ててヒッチハイクの子、
「きったねえ車だけどいいか。」
「ソーユーコトカマイマセン。」
 シニエちゃんというドイツ娘だった。
「酸ケ湯入って来たか。」
「ハイッテナイ。」
 十和田湖畔へ送って行った、そこでビバークするんだという、でっかいザック背負って、北海道の山を七つも上った、八甲田も登った、しまいは富士山へという、元気いっぱいの二十四歳、
「富士山で飛行機ヒッチハイクすっか。」
「ソレデキマセン。」

金髪のメーツヘンとぞ物語り十和田を廻りなんぞ雨降る
舞茸のメールヘンなむ美はし女やぶなに乾杯あひ別れなむ

 シニエちゃんはお寺へ寄って行く、帰ったと思ったらいっときして、玄関にお菓子がある、お礼に買って来たらしい、歩いて行ったんか、
「そんなかたいことしてお嫁に行けんぞ。」
 といって、しばらくメル友していた。
 その晩矢島は、抜糸の糸を引っこ抜く、
「あっちー。」
 パン一になって奮闘。
 流行らないユースホステルに泊まった。
「ようしおれ田沢湖案内する、岩手もさ、じきだぞ。」
 という、彼は秋田へ来て二年。
 翌日は晴れて、爽やかな風が吹いて、あっちこっちりんごのなる道を、大館鹿角のストーンサークル見学。
 相当大規模な同じようなのが二つあって、小屋が四つ五つ建って、
「UFOが出るとこへ作ったんだぞ。」
 なんてさ、がせねた。

鹿角にはタイムマシ-ンを荘厳のりんごは赤く秋風の早き
UFOのいにしへ今を恋わたり二十一世紀を縄文の世ぞ

 田沢湖を一周、矢島が伝説を話す、
「うんでもって、水飲んで竜になってお姫さま争ってさ、なんとかって坊主がやきもちやいて、あれおれ買った本忘れて来た。」
 ヌードの像どっか立ってるんだがなって、
「松があって、そんで。」
 通り過ぎたか。
 そこらへん松林できのこ取り、小林は名人だった、
「あいつきのこの親類だで。」
 少しは取った。
 矢島は買った竿とみみずで釣り出す、玉川の酸性水が入って魚はいない。

龍人のなんの伝へと田沢湖や松の影だに言問ひ忘れ

 角館の武家屋敷を見る、粋な黒塀見越しの松って、お古い歌いやさお富、現実は映画のセットよりもくすんでたけ低く、でもどっかシックな感じ。

吾妹子が小さ刀をしずやしずむかしを今につらつら椿

 もうわしらも帰ろう、村上の黒岩んとこでいっぱいやろうか、きのこも取ったし、じゃわしも行こう、帰り四時間、間に合うといって矢島、スーパーでねぎと牛肉買って。
「すきやきだあ。」
 土崎港へついたら、抜糸に脱いだずぼんを、ユースホステルに置き忘れ、車のキイもアパートの鍵もない、
「しょうがねえ。」
「うん。」
 管理人呼んでアパートを開けてもらい、ここでお別れ、
 ずぼんなど盗むやついねーからって。

萩代や名月ならむ出羽の郷と二人をのみと別れ来にけり

 四時間をぶっ飛ばした、国道七号線、むかしのように一00キロてわけにはいかんが、なんせ仲秋の名月だ、スーパーのスナックとコーヒーでもってさ、三面川はすすきさんさん。

満月やすすきなびかふ河のものたが住まへるか同行二人

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