歌冬
二連禅歌=冬
夕されば雪しの降るにこの鳥やうれたく鳴きて蒲原に過ぐ
坊主姿して町をうろつくというのも抵抗があったが、お寺に雪が降ってじとっとしているのも存分。なんせもんもん、わっはっは、今は坊主頭も気にならんとさ、なあ烏。
いついつか雪はしの降れこの鳥や恋痛み鳴きて橋か越ゆらむ
八海に雪ふりしくと聞きしかど過ぎし軒辺は時雨あへたる
湯沢へ行っていた弟子がいいとこへ案内するといって、六日町から水無川を遡る、上流は豊かな水の、本当にいいところ、すばらしい紅葉と雪の八海山と。
八海の奥の井紅葉閑けしや水無川に雪はふりしく
あしびきの奥の井紅葉清やけしや水無しの瀬に初音雪降る
八海の滝と雪とを見渡せば六十男なんに枯れさぶあらむ
真っ青な淵にいわながぽっかり浮かぶ、シーズンオフの道を押しわたって絶景、紅葉まにまに雪が降る、そうして滝と。
水無しの奥の井紅葉かそけしやしが一握の初初雪と
米山の鳴る神起こししのひ降れ廻らふ月に追はれてぞ来し
米山のぴっからしゃんから降り荒らび半らふ月に追はれてぞ来し
米山さんの半分は真っ黒けに曇って、雨がはらつく、半分は月が出てもって、直江津から一時間ハイウェイを通って帰る、海にはたこふねを見た日であった。
米山のぴっからしゃんから降り荒れて沖つ見えむ白波明かり
米山の鳴る神起こししのひ降れ雲いを裂きて沖つ白波
吾妹子や初音の雪はおくしがのぶなの平らに道ふたぎける
奥志賀林道は十月二十六日には閉ざす、寸前に行ってみたら雪が降っていた、スノーを履かずともどうやら通れたが、枯れ落ちたぶなは深閑。
吾妹子や初音の雪はおくしがのぶなの平らに月は廻らへ
枯れあしに月さし出でてなにゆえか河を越ゆらむ雪は降りつつ
獅子座流星雨を見よう、当日新潟県は時雨れる、ようし富士山五合目か、三保ノ松原へと云って、弟子どもと車をぶっ飛ばす、テントにシュラーフして一晩中を、ー
芦の辺に雪はしのふれ夕月の過ぎにし妹を忘らえぬかも
吾妹子が面隠みすなる雲間ゆも見裂ける月に追はれてぞ来し
弟はアルツハイマーになって死んだ、最後の旅に戸隠を選んだ、とんでもない旅だった、わしは逃げ出した、二人少年の日の思い出は。
鵜の川の月に宿借る柳生のしじにも雪は降りしかむとす
戸隠の大杉なへに忘らえて思ひ起こさば一の鳥居も
一の鳥居までが、歩いて蝶を採りに行く道程だった、きべりたてはやえるたてはや、すじぼそやまきちょうや、兄弟二人の一生を忘れえぬ。
若くしや過ぎにし夏をしのふるは大座ケ法師と夕月夜かも
夕月をしなのの河に言問はむなんに山越え群らつの鳥も
草津温泉に行って、かあちゃんと二人人力車に乗って、うーん大サービス、でもって白根山から奥志賀へ抜け、ちえぐうすか寝ている、千曲川が信濃河になる。
おぼろ月千曲の川に言問はむ春はしだるる神代桜
松本のひったくさった舞へや鳶我が行くかたは駿河の海ぞ
姥捨の駅にほうとうを食うか、止めとくといって食わなかった、親父が木曾の向こう、山口村出身で、がきのころ食わせられた、ほんにあずきとかぼちゃ、うどんだけならいいのにって思い。
伝へ聞く姥捨て山を谷内烏舞ふらむ方に吹雪かもとき
うつせみの命長らへ仰ぎ見むこれや忍野とめぐらひも行け
三島は裾野市のとなりに、お寺を持った弟子が、どっかなおそうとすると、富士山噴火してからに、地震のあとにと云われ、あっはっは弱ったって。そういえば斜めの道斜めに歩いて。
うつせみの命を惜しみめぐらへば忍野見えむ沖つ白波
松原に流らふ星を迎へては二十一世紀を我れは知らずも
明け方四時がピークだと云って、三保ノ松原にテントを張って寝た、四時に起き出すと、まわりじゅうびっしり人、うわあといってその割りにはさっぱりの流星。これは外れの年だった。
天人の舞ひ舞ひ帰る羽衣のよしや浮き世と忘らへ行かな
竹やぶのしましく夜半を目覚むれば満ち満つ月に廻らひ行かな
年寄ったら夜中に目が覚める、きんたまに白髪も生える、どうしようかって、空元気の歌でもこさえてもって、はあて棺桶まっしぐら。
風吹けばいさよふ月と覚しきやこは竹林の賑やかにこそ
わたつみの夕かぎろへる見まく欲り和島が辺り雨にそほ降る
寺泊赤泊間フェリーに、つばめが十一巣をかけていた、いわつばめだ、往復して子育てする、うっかり頭の辺にぴちゃ。新しい船になってからはどうなった。ありゃ高速舟だ。
出舟にはなんに鳴きあへかもめ鳥佐渡は四十九里波枕
柏崎夕波荒れてみずとりのかよりかくより雪降るはいつ
わしは字がへたくそで、この歌を短冊に書いて、しくじって紙貼って書いて、また書いて、そうしたら貰って行った人がいた、変です剥げたといって、持って来る。
いやひこのおのれ神さひみこあいさ羽交ひ寄せあひ雪降るはいつ
今町も雪にしの降れ山茶花の人を恋ふらむ暮れあへ行かな
ピアノ弾きの幸ちゃんが、山上進津軽三味線とミニセッションしたによってと、青森の民謡酒場まで会いに行った。すると有名になってもう出ないという。てやんでえと云って帰って来たら、彼はお寺のために作曲してくれた。音痴のわしじゃもったいなく。
あしたには雪になるとふ山茶花のじょんがら聞かめ津軽恋歌
田の末に生ふる柔草凍しみて降りにし雪に朝夕わたる
田んぼの溝の辺り凍って、水が澄み切って流れる、どじょうやたにしのむかしの川、なつかしいっていうのかな、飲ん兵衛やわけのわからん親父や、なんせものすごいのや、ー
田の末に生ふる柔草凍しみて降りにし雪に夕かぎろへぬ
玉垂れの残んの柿に初々の雪はふりしく我が門とへに
甘柿は甘百、渋柿は八珍、むかしはきっと宝物であったに違いない、葉は鮮やかな紅葉して、実に美しく、すっかり散りしくと、対照的な二本の、いいかっこうをして。
天つ鳥つひばみ来寄せわが門の残んの柿に雪降りまがふ
初初に降る雪なれば越し人の我れも門とに走り出でてむ
いい文句だあ、これって歌でもねえしなんだって、檀家の親父が云った。歌ってのはこういうもんだって、御自作を示す人もいた、そういうんなら苦労しねえって、まあさ。
いにしへゆかく生ひなるや二もとの柿の木の辺に雪はふりしく
二十一世紀雪はしのふる谷内烏残んの柿をつひばみ食はせ
生涯かけて二つのものを完成したぞ、法を継ぐことと、文芸復興だ。むかしばなしと歌をこさえた、どんなもんだいって、あっはっはみんなそっぽを向いてさ、親不孝傍迷惑。
半生をたはけ過ごして冬至なむ柚子の温湯に浸れる我れは
六十なむ芦辺を枯れて信濃河鳴き交はしつつ白鳥わたる
数十羽鳴きわたると、あたりがぱあっと明るくなる。なんで白鳥だ、増えすぎだ鍋にする、食いであるぞうって、やまとたけるの魂をさ。
酔ひいたもしのふる雪を大面村残んの柿にわたらひ行かな
年のうちに降りにし雪の消え残り松の梢に白雲わたる
万葉にそっくり同じようなのがあって、実景として強烈にこの通りに見えて、歌にした。年の瀬に正月が来たような。松とぽっかり雲。
今町は雪にしのふる年の瀬も地蔵の門に花を参らせ
吾妹子や五十嵐の背をかもしかの住まへる郷ぞ雪はふりしく
平地なのにかもしかが四百頭からいて、天然記念物になっている。ひめさゆりは、笹の葉っぱみたいのへ淡いピンクの花が咲く、見たら忘れられない。大雪の五十嵐川の周りに咲く。
姫小百合ゆりあへすらむ笠掘の鳴る神わたり雪は降れども
シュ−ベルト冬の旅なむいやひこのもがり吹雪の舞ふらむ烏
冬の旅としゃれてドライブ、半日回れば田んぼから磯っぱた、三条市をかすめて、五十嵐小文治の下田村、守門の辺りまで行く、いえさ順不同。
妹らがり通へる道は牛の尾のもがり吹雪の呼びあへも行け
ここもまた過ぎがてにせむ二尾松うしを寄せなむそのかきの殻
積丹岬にも柏の木があった、どこか人なつかしい感じの、如何なるか祖師西来の意、云く庭前の柏樹子は、かしわではなく松の仲間というがようも知らぬ。
妹らがり通へる道は今もありしその冬枯れの柏樹がもと
三つ柳風にぬぐはれ一里塚しのびがてせむ春の如くに
三つ柳の人からお地蔵さんの額を頼まれて、大苦労して書いて、うんまずまずと思ったら、彫る人がへたくそでてんで駄目、なんだこりゃあって目くそ鼻くそをののしる。
牛首がいにしへ雪を踏み分けて何を求めむ鹿熊川波
白鳥の忘れ隠もして梓弓春を廻らへ時過ぎにけり
五十嵐神社はあるが、館跡はない、明暗寺という虚無僧寺が、明治維新とともに全焼して、その墓地が残っている、檀家であった人の過去帳を見た。風鈴の頌がある。
小文治の古き都は牛の尾のなんにおのれが時雨わびつつ
弓勢は幻にして蒲原のはざうら田井に雪は降りつつ
牛の尾牛首という地名がある、どういういわれか知らない、この辺りだけではない、鹿熊というのも二つあった、山はなんといっても、守門と粟が岳。その向こうは魚沼。
五十嵐の落ち行く夕にあはケ岳呼び交しつつ白鳥わたる
神からか神さびおはす大杉のわたらふ雲の年たちかはる
杉やけやきがあっちこっちに残っている、行ってみるとなかなかの代物、赤谷のけやきは坂上田村麻呂のお手植えだという、蓮華寺の大杉は樹齢八百年、小木の城に行く道は地震で陥没した、南北朝時代からの巨木。
滝の門のどうめきあへる大杉の流らふ雲の年たちかはる
どん底の左卜全と云はむかな他力本願雪降りしきり
正月映画に黒沢明のどん底をやっていた、わしは初めて見た、むかしの作物はめりはりが利いて、そうかなあって納得、でもさ門徒って申し訳ばっかり、これ仏教って云えるのかと。
お社はなんじゃもんじゃの巨木なむ我れもまうでぬ雪降りしきり
七草の春のあしたを降る雪はほがら降りしけ弟が門も
弟がアルツハイマーになって、どん底っちゃあんなどん底なかった、すべてはわしのせいだし、阿呆な嫁くっつけたのもわしで、いやさどうにもこうにも。
鬼木なる橋を越えてもしましくは雪にしの降る月読み木立
しましくは吹き止みぬるに大面村雪のしの路があり通ひける
豪雪の記憶は鮮明に残る、そりゃまあ必死こいて生きた、去年はもうないってこった、へたな約束事は忘れるってのが雪国。明日は明日の雪
いやひこのおのれ神さび息だえて松のしのだふ物音もせで
山の井の松を裂けつつ降る雪の鳴る神起こしまたもしの降る
松の張り裂ける音のほかには、なんにも聞こえない、雪はしの降る、恐ろしさはそりゃもうなんていうか、雪下ろしでなく雪掘り。
しましくに星は見裂けれ田の末の松の梢が雪わびさぶる
月影にわたらひ行くか大面村雪降り止まね松は裂けるに
雪下ろしして振り返ると同じだけ積もっていたり、そりゃ新雪は嵩が張るけど、だってもうんざり、絶景は屋根の上からさ、わっはっは、笑うしかなかったり。
大面村松はも見えずしのひ降れ雲井の方にあかねさしこも
かつかつもおのれ軒辺はかき下ろし鳴る神わたりしのひ雪降る
本堂は銅版にし、庫裡は屋込みがきつく、えらいしんどかったけど、ようやくに直した。雪下ろしには蜜柑がうまい。紅茶にウイスキー入れたのも、なにしろがんばったな長年。
暮れはてておのれ軒辺はかき下ろし酒を食らへば死にはてにけり
いついつか我れも越人鳴る神のしのふる雪は耐ゆるには耐え
最近になってようやく、屋根の構造や、家の作りを豪雪に合わせる、何百年同じのなにしろ上って雪下ろし、馬鹿みたいってば馬鹿みたいって、なんかまあいわれでもあったんかな。
越人が代々を住まへれ鳴る神のしのふる雪は耐ゆるには耐え
田上なる松の尾上に降りこもせ雲井を裂きて月の押し照る
昭和十二年竹の高地というところに、人がいるらしいと聞いて、役人が赴くと、おかしな格好したのが飛び出して、源氏は滅んだかと喚いたそうな、はあてほんとかな。
平家らがいにしへ人を吹き荒れて松の尾上を月押しわたる
磐の坂雪は降りつつ山茶花のにほへる如く君や訪のへ
冬の間はだれも来なかった、氷柱が二メートルにもなってぶら下がり、そこらじゅう兎の運動会、堂屋根のてっぺんまでも足跡。月光に孕むという兎。
妹が家も押し照る月を見まく欲り松浦ケ崎に雪は降りつつ
夕ざればもがり吹くらむ山の端のなんの一枝か色めきいたる
なんの木か春めいて見える、そういう色をしているんだって図鑑にあった、二月も三月も冬まっただ中、どうしようもなくさ。
いやひこの蒲原田井を吹き荒れていずこへ行かむこの迷ひ鳥
古寺の豪雪しのふ松がへも夕を見裂ける星のむたあれな
松の辺にはずっしり雪が載って、その向こうに雲の切れ間、星が瞬く、いえたしかに春の星。
古寺の豪雪しのふ松がへも見裂ける星は春めくあらむ
田上行く一つ灯がみをつくし降り降る雪は春にしあらむ
月のお経に来いという、さっぱり行かなかった、どうもわしは神経過敏というか、いらんこと云ったりするんだし、雲水が来て雲水任せ、雪降りゃなをさら。
河上の十軒田井に吹き荒れて何に淋しえ群らつの鳥は
広神のいにしへ人は万ず代にい行き通ひて春を祝ほげ
雪の少ない年にトンネルを抜けて行ってみた、広神村から入広瀬。三十回も雪下ろしをするという、むかしは交通途絶、豪雪の中の別天地だった、雪が少なければわしらんとこと変りないか。
谷内烏舞ひ舞ひ行きて川を越え広神の背に雪は降りつつ
あぶるまの橋を過ぎればちはやぶる神の御代より雪は降りつつ
信濃河芦辺を枯れて白鳥のあひ別れつつしの降る雪ぞ
冬期間通行止めという道があって、それはブルを出して除雪せにゃならんし、六軒部落のためにけっこうな道つけてってのも方々にある、ゼニ誰が払うかって、まあさ。
守門なる吹き荒れけむに河の面のなんの鳥かもたはぶれ遊ぶ
大橋の吹き荒れけむに行けるなく信濃河もがあひ別れ行く
二月には接心があって、弟子どもの同窓会を兼ねる、おいゼニ出せ、はいよとかいって、寺泊まで行って、あんこうを買って来て、うっふう冬はこれにかぎるとか。
本所なる吹き降りせむに行き通ひ言足らばずてつらつら椿
見附道を雁木わたらへしましくに守門はこもせ雪はふりしく
雁木が残っている町はもうないのかも知れぬ、町ごとそっくりの雪よけ、買い物にはすこぶる便利な、でも雪下ろしは毎日だし、なんせ天井は平らで。
古寺の松の梢ゆこの夕押し照る月に消ぬべく雪は
大面村寄せあふ軒の梅が枝のくしくも雪は消ぬべくあらむ
梅が呼吸する、だから軒下べったりの雪も溶ける、春はもうすぐという、そうしたら、松食い虫にやられた松が倒れ。
古寺のいつかな降れる雪の辺に松は倒れむ押し照る月も
み雪降るこしみちのくを別け出でて忍野の梅の初々咲くを
弟子が縁あったお寺に婿養子に入る、出家とラゴラ寺院子弟とは、水と油でそりゃもうどうもならんけど、愚の如く魯の如く、まずは六十になるまでってさ。
おぼろ月いつかおのれも春なれや忍野の梅の初に咲けるを
トンネルを我れや六十に抜け出でて空ろ燃ゆらむこはなんの花
大清水トンネルという、これができる前は山越えに延々行く、こないだ久しぶりに通ったら、ハイウェイを使わぬ陸送が行く、猿がいた。
トンネルを我れや六十に行き帰りしくしく降れる雪にしあらむ
振り返り白馬となむ虹かかりそのハイウェイに雪は降りつつ
オリンピックで急造した高速道路、姥捨に一休みしたら、放れ烏が、雪降る中を、石を落っことしては拾って、一人遊びしている。
ハイウェイの駅と云ふらむ吹き降りのなんにたはぶれ姥捨て烏
田口にはいさよふ月を関山の雪降り荒らび越しの真人は
田口は妙高高原になったのかな、女流プロの尚司和子さんから、お呼びがかかって、高原ホテルで駒場寮の同窓会、さすがプロでだれも勝てなかった。あらうまいわねえ、負けそとか云って、ぽんと打つ。
田口にはふりしく雪を関山の紅葉にせかれ谷川の水
紅の春を迷はむこの鳥やオホ−ツクより吹き荒れけむに
のごまという、北海道へ行く鳥がお寺へ迷い込む、喉が鮮紅色。なむねこという猛烈猫がいて、ぱくっと食っちまったが、もうこのときは他界していた。
唐松は堂を破りしきつつきのつがひにあらむ春の燭台
めでたくは松はも見えず松代の長寿無窮ぞこれや寒茸
松代も有数の地滑り地帯で、むかし行き倒れを人身御供に建てたという、そうそう行き倒れなんかない、ふんどしの汚いやつからという、うっふう嫁なしはきつい。松がないのに松代。
松代の春はきはまり二メ−トルの氷柱し欠きて子らとし遊ぶ
随喜すはシュミオナ−トのケルビ−ノ絶えて久しき声をしぞ聞く
ショルツの魔笛をまずまずと思っていたら、最近1950年代のフィガロを手に入れる、すばらしい、なんともはや涙流しながらカーステでもってドライブ。
いつかなに尻に敷かれてその亭主一朝逝けば嘆かふ妻ぞ
オホ−ツク氷の海の豊けさを知らずも我れは半世紀をへ
科学者の云うことは三年ごとに変るといって、恐竜なんぞ三日たったら別の説。坊主社会も変るか、なんせだれもよっつかぬ、お寺と葬式だけ、長年の化けの皮剥がれてさ。
クリオネの舞へるを悲しオホ−ツク流転三界春をたけなは
美はしきは命なりけれシベリアの極寒立ち馬蒼天蒼天
白鳥の茂み日浦を過ぎがてに見ずて来にけり夕町軽井
松之山に行く二車線道路ができて、トンネルをくぐって冬でも楽々行ける、雪の辺に婿投げとか、声楽家が酒飲んで温泉入って死んだとか、きのこを十三種も食わせるなと。
松之山雪をも月の押し分けてまふらまふらに遂道を抜け
たが子らかそにみまかりし冬枯れの柏樹が下地蔵菩薩も
たが子らかそにみまかりし冬枯れの柏樹が下雪はうちよせ
佐渡の最高峰は金北山で、海を越えて真っ白に見えるのはどんでん山ではない、そう云われてでもどんでん山、お地蔵さまの真向かいにさ。
雪降れば何をし見なむかもめ鳥夕波荒れてどんでんの山
三界に身をも横たへ信濃河なほも残んの枯れ葦のむた
雪の原野ーいえ田んぼなんだけど、雪降れば原野を、信濃河が蛇行して行く、絶句するばかり、似合うのは白鳥か、いえわしもよそ者。
枯れあしや流転三界雪は降り呼び交しつつ白鳥わたる
白鳥の列なり行くか信濃河夕の入り陽の触れあふ如く
角田なむ寄せあへすらむ波の辺もふりふる雪は春にぞあらむ
渡り鳥の群れが、雪の荒海をわたって行く、春とはこういうことなんだと、突っ立って見送る、何百という群れの、一度そういう日に出会った。
梓弓春海なもを雪は降れ呼び交しつつかりがねわたる
かりがねの越しの田浦をま悲しみ降り降る雪は信濃河の辺
新宿の風月堂には柳影があって、文無し座って空を見上げていた、何十年たってとつぜん思い起こす、人をなつかしむには、こっちが変り過ぎって、時効かな。
白鳥の忘れ隠もしてわたらへや枯れぬ芦辺に降れるは雪か
雪消えに会はなむ鳥か河を越え尾崎の田井に鳴きわたらへる
なんていうんだろあれ、大きな鳥なのにおとなしくって、百舌鳥に追われてどこへ、えながやかしらだかとか群れ鳥も、雪の消えぬまに来て。
この鳥や百舌鳥に追はれて篠崎の雪の木末に何を見むとや
田安川夕荒れ吹雪止みぬれば帰らふ鳥の姿さへ見ず
地吹雪というのは二月、ホワイトアウト、車を止めたら追突、どうしたらいいっていう一瞬。吹き溜まりを歩いて川へはまって、押し流されて、すんでにってやつとか。
いやひこのあらぬ吹雪を止みぬれば田辺に安らふ社の木立も
恋ほしくばなぎさわたらへ鷺つ鳥風に問へるはしが雪のむた
鷺が飛んで来る、雪消えに水たまりができていたり、ごいさぎがよたって、助けを求めたり、ぽこんと穴が開いて、何か顔を出したり、りすのつがいがぶら下がったり。
君見ずやしの降る雪の木の間よもなんのものかやたはぶれ遊ぶ
群らふ鷺降り降る雪はしかすがに霧らひこもしてよしが平行く
きさらぎじゃなくって、たいてい弥生なんだが、春めいてしかも雪は毎日降る。彼岸法要のための雪のけが、まずは大仕事だった、今はブルがいっぺんに寄せる。
吾子どもがへなれもありて降る雪のあはあは行かめこれの日長を
きさらぎのまふらまふらに降りしけば押し照る月は堂のしとみも
ゴムボートを持ってかさご釣りに行く、きつねめばるというんだが、沖のテトラポットに渡る、資源保護だといって中学生がうるさい、でもまあ入れ食い。
鷺の森廻らふ月の久しくに妹が家辺り継ぎて見ましを
五十嵐の遠のへ村に降る雪のしましく止めばあり通ひける
吉ケ平は全村引っ越して、笠掘は空家が目立つ、二三年もすりゃ雪でぺっちゃんこ、そう云えば、山へ行けばどこもかしこもそんなふう、生まれ育った故郷をさ。
夕されば粟がみ山にあかねさし春を待つらむ家路淋しも
代々をしも住みなしけむや春さらば雪崩やうたむ笠掘の郷
下田村の一番奥のお寺は時宗だという、檀家仏教だで、まあ何宗だって同じこったが、浄土宗のお寺があって、先生をしていた跡取りが駆落ちして、つぶれ同然だとかさ。
きつつきの穿てるあたり降り降りてまふら淋しも軒伝ひ行く
人面はたれぞ刻まむ豪雪の久しく行くか月読み木立
大面村に一本足りない人面村は、ひとづらと読む、そりゃもう豪雪地帯のど真ん中、冬を始めて通って見た、今はもうちゃんと除雪してある、しっくりといい感じの。
人面は我れも刻まむふる雪のしましく行くか月読み木立
年寄るはなんに淋しえしらたまの酒を酌みては月に一献
六十過ぎてやっと晩酌の味を覚えた、赤ワインが老人病にいいという、キリストさまの血だってさと云って飲んでたら、くせになった、2ちゃんねるの人が送ってくれたりする。
氷柱にはもがり吹けるに束の間も月さし出でてこれに一献
この鳥や雪はも雨にしのふるを蒲原田井と眺めやりつつ
ヤフー掲示板で流行らかして、いっときは四位になった、2ちゃんねる荒らししたり、わっはっは年甲斐もなくにさ。出合系サイトやって、弟子どもに差し止め食らった。
蒲原のはざうら田辺の烏だに久しく春は告げなむものを
浜千鳥足掻くみぎはを寄せ返し恋ふらむ郷に雪は降りつつ
海外旅行はニュージーランドへ行きオーストラリアへ行きタイへ行き、もうこれでおしまいかな、あとは棺桶へまっしぐら、でもなにしろいてもたってもいられない春。
風吹けば散らへる雪のむたにしてあはあは行かめこれの日長を
つひばむは浮き世の花をうその鳥たれぞ追ふらむ雪はしの降る
うそという鳥が花のつぼみを啄む、雀も花の蜜を吸う、めじろと違って花までむしる、うそは赤い大きな鳥。
つひばむは浮き世の花をうその鳥風ぞ追ふらむ春や追ふらむ
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