ゆめをとふ人に
ねてもゆめをきても夢の世中を
ゆめとしらねはゆめはさめけり
寝ても夢起きても夢の世の中を夢と知らねば夢は覚めけり
どういうことかわかりますか、人生五十年難波のことは夢のまた夢と、死ぬ時には人生もまた夢ですか。生きながらの平常心一年三百六十五日夢ですか、では夢が覚めたらいったい何ものなんですか。女子中学生が父親を刺したという、夢であればよかったと痛烈に思うんですか、刺している即夢なんですか、現実であればあるほど夢という、どうぞお答え下さい。
あまた人をつかふに
心得しみちにつかへはつかふ人の
あやまることはつねになきなり
イチロ−にバッテイングをやらせればあやまることはないかというに、三割超えているあれほとんどあやまりがないんです、人力人知の究極みたいな所があります。たいていの仕事はもっと平常です、適材適所に人を使えばよし、仏の道は常に100%いえ200%当たるんですよ、一目瞭然木人まさに歌い石女立って舞う、むしろ思慮を入れんやとこれ、ものみな思いの他の事実です。
もののふの道をたしなむ人に
いきしにをのかれはてすはもののふの
みちもかならすあやまるとしれ
生き死にを逃れはてずは武士の
道も必ず過ると知れ
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれとはこれもののふの道、はがくれですか、老師を剣道七段が切ろうとして切れなかった、隙がないというんです、老師の云く、なに切りゃ切れるんですとさ、あっはっは。
とせいをくるしむ人に
世の中はふくべのしりになまずのを
をすがごとくにわたるべらなり
瓢箪鯰です、瓢箪に鯰を捕えるようにするがよかろうという、各人どういうことかお考え下さい。今の人西欧式の論文等却って至らず隙だらけ、人為のものは届かずを知るによし、関係ないんですか、もっとも精確な論文は芭蕉の俳句、もっとも正当な評論は兼好法師のつれつれ草ですか、ともに人間としてのぎりぎりをさらに一歩超えて、優しく弁えがあります、あっはっは、仏として舌を巻いてばっかりはいられんです。
仏道ありかたしといふ人に
ものことに心とむなととくのりの
法にこころをとむる人かな
物事に心留むなと解く法の
法に心を留むる人かな
はいこの公案を透過して下さい、わずかに自由の分があります。たとい坐はここからに始まりですか、仏仏を知らず、長長出させて下さい。
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