弁道話

2008年3月 6日 (木)

弁道話

それ仏法を国中に弘通すること、王敕をまつべしといへども、ふたたび霊山の遺屬をおもへば、いま百万億刹に現出せる王公相将、みなともにかたじけなく仏敕をうけて、夙生に仏法を護持する素懐をわすれず、生来せるものなり。その化をしくさかひ、いずれのところか仏国土にあらざらん。このゆえに仏祖の道を流通せん、かならずしもところをえらび、縁をまつべきにあらず。ただけふをはじめとおもはんや。しかあればすなはち、これをあつめて、仏法をねがはん哲匠、あはせて道をとぶらひ雲遊ひょう(サンズイに苹)寄せん参学の真流にのこす。ときに、
寛嘉辛卯中秋日    入宋伝法沙門道元記

いずれのところにか仏国土にあらざらん、我が釈迦牟尼仏の声と姿と、たとい邪教ありよこしまあり、思想あり無味乾燥ありいいかげんだとも、もとこれ仏の家如来そのものに現じているのです、御開山道元禅師がこれを証してかくのごとくに掌しているんです、他なんにもいらんです、済々として勤しみ、他なくに如来の王道です、生涯これあり、喜びの歓喜のまた尽きるなし、破衣を被ぶりたとい青巌白石も、まさにまったく生まれ本来です、不染汗もって他に誇るべし、おのがじしです、道はこのとおりに開けております。父母未生前の消息。

| | コメント (0)

2008年3月 5日 (水)

弁道話

さきの問答往来し、賓主相交することみだりがはし。いくばくか、はななきそらに、はなをなさしむ。しかあれども、このくに坐禅弁道におきて、いまだその宗旨つたはれず、しらんとこころざさんもの、かなしむべし。このゆえに、いささか異域の見聞をあつめ、明師の真訣をしるしとどめて、参学のねがはんにきこえんとす。このほか叢林の規範、寺院の格式、いましめすにいとまあらず、又草草にすべからず。
おほよそ我朝は、龍海の伊東にところして雲煙はるかなれども、欽明・用明の前後より、秋方の仏法東暫する、これすなはち人のさいはいなり。しかあるを、名相事縁しげくみだれて、修行のところにわずらふ。いまは破衣綴盂を生涯として、青巌白石のほとりに茅をむすんで端坐修練するに、仏向上の事たちまちにあらはれて、一生参学の大事、すみやかに究竟するものなり。これすなはち龍牙の誡敕なり、雛足の遺風なり。その坐禅の儀則は、すぎぬる嘉祿のころ撰集せし普勧坐禅儀に依行すべし。

はななきそらにはなをさしはさむ、空華というんですか、うっふっふ妄想のことを云ったりする、人天眼華堆と良寛詩にもある、堆うずたかしと、これにとらわれるか否かですか、仏と凡くらとまったく区別はないんです、とらわれ糞詰まりするか、しゃしゃらくらく安楽の法門かの違い、そりゃもう一瞬に楽なほうがいいです、その宗旨というて大それたことはないんです、自分に関係がないと知る、自分について取り扱わない、こんな手間ひまいらんことはない、はいそのまんま、すなわち生死を明きらむる、死ぬとは手つかずなんです。かすっともからないで坐る、これ仏向上事、そんな阿呆なことでいいんか、身も蓋もない、もっとゆゆしいことが、我と我が身心の参究という、あっはっはいらんことしない、わかりますか、死ぬということ、死人に口なし心なし投げうっておしまい。叢林の規則寺院の格式という、なおざりにはしないんですか、集団であっても個人であってもです、けものも虫けら草木に至るまで、てまえかってのなおざりなんかないです。ただし規則に格式が一人歩きしたら嘘になる、嘘とはったりばかりの坊主ども。欽明は仏教伝来の538年ですか、用明は聖徳太子のころです、名相事縁しげくとは、噂ばっかり形の世界、仏のありようという本来がお留守になった、近似値かえって遠くて遠しです。今の世ますますでたらめですか、本来を求める人にとって、実にたいへんな時代です、今ここに正師に出会うています、ではその他のことはいらんです。他は一切かえりみずに、正身端坐して、仏向上事たちまちにあらわれることを願って下さい、一生参学の大事すみやかに究竟するものなりと、たったこれだけです、一つこと。これ普勧坐禅儀に記してあります、これに継ぎ足しする形で、正法眼蔵があります、恁麼の事を得んと欲せば急に恁麼の事を務めよ、非思量底いかんが思量せんと。

| | コメント (0)

2008年3月 4日 (火)

弁道話

とていはく、西天および神丹国は、人もとより質直なり、中華のしからしむるによりて、仏法を教化うるにいとはやく会入す。我朝は、むかしより人に仁智すくなくして、正種つもりがたし、番夷のしからしむる、うらみざらんや。又このくにの出家人は、大国の在家人にもおとれり。挙世おろかにして、心量狭少なり、ふかく有為の功を執して事相の善をこのむ。かくのごとくのやから、たとひ坐禅すといふとも、たちまちに仏法を証得せんや。」しめしていはく、いふがごとし、わがくにの人、いまだ仁智あまねからず、人また迂曲なり。たとひ正直の法をしめすとも、甘露かへりて毒となりぬべし、名利にはおもむきやすく、惑執とらけがたし。しかはあれども仏法に証入すること、かならずしも人天の世智をもて出世の舟航とするにはあらず。仏在世にも、てまりによりて四果を証し、袈裟をかけて大道をあきらめし、ともに愚暗のやから、癡狂の畜類なり。ただし正信のたすくるところ、まどひをはなるるみちあり。また癡老の比丘黙坐せしをみて、設斎の信女さとりをひらきし、これ智によらず、文によらず、ことばをまたず、かたりをまたず、ただしこれ正信にたすけられたり。また釈教の三千界にひろまること、わずかに二千余年の前後なり。刹土のしなじななる、かならずしも仁智のくににあらず。人またかならずしも利知聡明のみあらんや。しかあれども如来の正法、もとより不思議の大功徳力をそなへて、ときいたればその刹土にひろまる。人まさに正信修行すれば、利鈍をわかずひとしく得道するなり。わが朝は、仁智のくににあらず、人に知解おろかなりとして、仏法を会すべからずとおもふことなかれ。いはんや人みな般若の正種ゆたかなり。ただ承当することまれに、受用することいまだしきならじ。」

たとい正直の法を示すとも、甘露かへりて毒となりぬべし、今もむかしもこれまったく変りないですか。せっかく法を説いても、一00に一人ですか、あるいは受け入れぬか、曲解して我田引水ですか、あるいは無能に支離滅裂、まるで糠に釘ですか。どうにもこうにもならんところがあるのは、観念が多すぎるんですか、観念倒れは、自分が何を云っているのか、云ったことの意味が何か、責任さへ取れない。おむつを取り替えて貰って、母親の悪口をいう子供ですか、新成人風他愛なさです。こんなんでは仏法もなんもないです。しかれども如来の正法、もとより不思議の大功徳力をそなへて、ときいたればと、彼が刹土にひろまることを願うです。たしかにたとい心のいい加減めちゃくちゃも、一つしゃきっとすりゃ、急転直下です、思想の内容利人鈍者によらず、もとこのとおりに自然法界に行なわれている。正信修行とは、これに帰家穏坐したいという、もとに返っていたいという、本来心による、たとい今の世の不都合、滅多矢鱈も、仏によってのみ救われるんです、もとっも端的な方法です。いわんや他の手段、色あいを仮れば、迷いの上の迷い、新興宗教他の宗教の、騒々しく不幸のどん底です。一箇半箇、光明になって下さい、徒党を組む必要はさらにないんです、お釈迦さま以前、お釈迦さま以後もまったく同じ、人間とは邪教世迷いごと、時世による流行りすたりの思想です。万人の中に一人、これを免れていることをもって、社会の健全です、いいや自分というもとあるがようの、大満足清々比類なき、道元禅師今にかくかくこれを示す。

| | コメント (0)

2008年3月 3日 (月)

弁道話

とふていはく、乾唐の古今をきくに、あるひは、たけのこえをききて道をさとり、あるひははなのいろをみてこころをあきらむるものあり。いはんや釈迦大師は明星をみしとき道を証し、阿難尊者は、刹竿のたふれふしところに法をあきらめしのみならず、六代よりのち、一言半句のしたに心地をあきらむるものおほし。かれら、かならずしもかつて坐禅弁道せるもののみならんや。」しめしていはく、古今に見色明心し、聞声悟道せし当人、ともに弁道に擬議量なく、直下に第二人なきことをしるべし。

釈尊明星一見の事は、仏教の根幹をなすというより、仏教そのものです、迦葉拈華微笑、阿難倒折刹竿著と受け継いで今に至る、だからといってそうい知識を並べ立てて、何がどうというのは、ただの妄想です、さすがに道元禅師は、直下に第二人なきことをしるべしと云う、てめえでやってみろ、その他に言及もまったくに届かぬ、その他は嘘だと云ったのです。香厳和尚、一を聞けば十を知る、何を云うても答えがある、ではなんにもならぬというので、師が、おまえの父母の生まれる以前のおまえの眉毛如何と問うた。さあわからなくなった、これしきのことわからないでは、到底僧はやっていられぬといって、じいごになって掃除や雑用をしていた。ほうきで庭を掃いておった、たまたま石を掃き飛ばして、それが竹に当たって音を立てるにより、忽然大悟す。無心というんでしょう、自分を無にするところから始まるんです、おのれ用なきものと、僧という天下第一と思うそれを捨てた、そうしてただもう掃いておった、次第忘我です、忘我から石の竹にあたる、機縁に触れてはあっと一念起こるんです、我と有情と同時成仏です。釈尊だろうが、たった今のぼんくらだろうがまったく同じです、それを花を見て、露柱に対してなど、新聞記事みたいこと云ったって、なんにもならんです、卻って百害あって一利なし、ただおのれの辺に証拠するこれ。もと行なわれている父母未生以前。

| | コメント (0)

2008年3月 2日 (日)

弁道話

とふうていはく、あるがいはく、仏法には即身是仏のむねを了達しぬるがごときは、くちに経典を誦せず、身に仏道を行ぜざれども、あへて仏法にかけたるところなし。ただ仏法はもとより自己にありとしる、これを得道の全円とす、このほかさらに佗人にかひてもとむべきにあらず。いはんや坐禅弁道をわずらはしくせんや。」しめしていはく、このことばもともはかなし。もしなんじがいふがごとくならば。こころあらんもの、たれかこのむねををしへんに、しることなからん。しるべし、仏法はまさに自他の見をやめて学するなり。もし自己即仏としるをもて、得道とせば、釈尊むかし化道にわずらはじ。しばらく古徳の妙則をもてこれを証すべし。むかし則公監院といふ僧、法眼禅師の会中にありしに、法眼禅師問ふていはく、則監寺なんじわが会にありていくばくのときぞ。則公のいはく、われ師の会にはんべりてすでに三年をへたり。禅師のいはく、なんじはこれ後生なり、なんぞつねにわれに仏法をとはざる。則公がいはく、それがし和尚をあざむくべからず。かつて青峰禅師のところにありしとき、仏法におきて安楽のところを了達せり。禅師のいはく、なんじいかなることばによりてか、いることをえし。則公がいはく、それがしかつて青峰にとひき、いかなるかこれ学人の自己なる。青峰のいはく、丙丁童子来求火。法眼のいはく、よきことばなり、ただしおそらくはなんじ会せざらんことを。則公がいはく、丙丁は火に属す、火をもてさらに火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたりと会せり。禅師のいはく、まことにしりぬ、なんじ会せざりけり。仏法もしかくのごとくならば、けふまでにつたはれじ。ここに則公躁悶してすなはちたちぬ。中路にいたりておもひき、禅師はこれ天下の善知識、又五百人の大導師なり、わが非をいさむる、さだめて長処あらん。禅師のみもとにかへりて、懺悔礼謝してとふていはく、いかなるかこれ学人の自己なる。禅師のいはく、丙丁童子来求火と。則公このことばのしたに、おほきに仏法をさとりき。あきらかにしりぬ、自己即仏の領解をもて、仏法をしれりといふにはあらずといふことを。もし自己即仏の領解を仏法とせば、禅師さきのことばをもてみちびかじ。又しかのごとくいましむべからず。ただまさにはじめ善知識をみんより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禅弁道して、一知半解を心にとどむることなかれ。仏法の妙術、それむなしからじ。

悟ったという人、悟りのなきことを知る、おのれなにほどかになったという、まったくの余計事、花も月も雲もてんから思はず、人間だけがてめえ何者かに見做す、いらんお節介です、達磨の不識廓然無聖これ、首くくる縄もなし年の暮れ、すべからく赤貧洗うがごとくせよと、もと無所得なんです、それゆえ初心も二、三十年の老参も同じ、発露白仏至心帰依なんです、これ仏のありよう仏教です。朝打三千暮打八百という、朝に晩に坐ってほかに用事なければ坐る、ほかにわしらの生活はないです、日々に新たに、まったく生まれ変わるごとく坐って下さい、安楽の法修証一如、たとい人間これ以外の命はないんです、世界宇宙ぜんたいです、天上天下唯我独尊です、七歩歩んで上下四維指さして、あるいはもっぱら祈ることこれ。老師が覚王山師家になって、初の僧堂接心に提唱が弁道話であった、らごらどもが坐っておった、求めることのない寺院の子弟です、丙丁童子来求火、老師の一声に、単から一尺跳び上がった。おじいちゃん涙流していたぜ、維那役の雪溪老師がそう云っていた、愛知学院の教授どもがきてなんのというのへ、そういう児戯に類することはしておらんといった、ふええおじいちゃんはとわしらは笑った、半年で瓦解した、あれはなつかしい思い出。妙法これ、なにが妙法かおわかりか、まさに妙術これ。

| | コメント (0)

2008年3月 1日 (土)

弁道話

とふていはく、この行は、いま末代悪世にも修行せば証をうべしや。」しめしていはく、教家に名相をこととせるに、なほ大乗実教には、正・像・末法をわくことなし、修すればみな得道すといふ。いはんやこの単伝の正法には、入法出身、おなじく自家の財珍を愛用するなり。証の得否は、修せんものおのずからしらんこと、用水の人の、冷暖をみずからわきまふるがごとし。

教学家はなんのかの云うだろうが、本当に実にこれをなす人には、正法像法末法などない、修すればみな得道すというんです、時代や教養や老若男女の別なし、デカタンスもニヒルもないんです。そういう思想趣味、または生悪是非判断などを容れる器の問題ですか、人そのものの生まれ本来、あるいは生まれる以前に帰るんです。たといこの世がどうあろうと、この世は如来の夢の一つ、たまたまこの世の姿をして現れる、はかなくもなく、たとい重きこと宇宙三つ分ぐらいですか、まあそんな心意気がよさそうです。他のことは知らぬ、むしろまったく自分=世間というものに手つかず、不染汗をもってのゆえに、ようやく仏です、たとえようにない無自覚の覚、箇の無体験です。はじめっから末代悪世のしおりを免れているんです、できると知ったらまっしぐらです、一つぶち抜いて下さい、死ぬことができる人は、だれあってできます。水を使えば冷暖おのずからに知るという、これ仏のすべて。

| | コメント (0)

2008年2月29日 (金)

弁道話

ちかごろ大宋に憑相公といふありき、祖道に長ぜりし大官なり。のちに詩をつくりてみずからをいふにいはく、公事之余喜坐禅、少曾将脇到牀眠、雖然現出宰官相、長老之名四海伝。これは官務にひまなかりし身なれども、仏道にこころざしふかければ、得道せるなり。佗をもてわれをかへりみ、むかしをもていまをかがみるべし。大宋国には、いまのよの国主・大臣・士俗・男女、ともに心を祖道にとどめずといふことなし。武門・文家、いずれも参禅学道をこころざせり。こころざすもの、かならず心地を開明することおほし。これ世務の仏法をさまたげざる、おのずからしられたり。国家に真実の仏法弘通すれば、諸仏諸天ひまなく衛護するがゆえに、王化太平なり。聖化太平なれば仏法そのちからをうるものなり。又釈尊の在世には、逆人邪見みちをえき、祖師の会下には、猟者樵翁さとりをひらく、いはんやそのほかの人をや。ただ正師の教道をたずぬべし。

公事の余に坐禅をこのむ、曾て脇をもって牀に到って眠ることまれなり、しかも現に宰官の相に出ずといえども、長老の名は四海に伝ふ。この漢詩はこう訓む、坐禅をしながら禅架というものがあって、それによって眠ったんでしょう、しかも宰相の激務は立派に果たした、そうして長老とは第一人者です、これを得、至りえ帰り来たって大衆を率いて、まさににあたる。たいしたものです。ひところ共産主義かぶれの、政治をいうものがあった、支配的であったんですか、思考停止みたいなそれに、かえって反論し難く、差別用語や部落問題と同じ、まともなことが引っ込んだです。いわく、一人坐ってひとりよがりが、政治のこと経済も他がこともなおざりにする、もってのほかだ、唾棄すべきという。政治はどうするのだという、政治はなきがよろしくと、必要悪だとこれたれしも本来思うところです。国王が如来に会いに行く、八00年ごろのタイの政治、あるいは執権北条氏の、為政者がほとんど仏陀であった鎌倉時代、理想はこれだと思うです。天皇陛下の終戦の詔勅は、山本玄峰老師が原案を呈したと聞こえる。国師という、常に政治という嘘いつわりの以前にある、それには道元禅師のように、幕府の紫衣を下賜するを蹴って、純粋にこれを行ずることが必要です。人間は弱いものです、一つことを守るには他一切をなげうって顧みぬ心が必要です、そうしてはじめて、たとい宰相にさえこれを示すんです。すなわち広大の慈門、たとい猟者樵翁さとりをひらく、いわんやその他の人をや、自分というあれこれいきさつにはなんの関係もないんです、応無所住而生其心、はいまっぱじめっからこれです。

| | コメント (0)

2008年2月28日 (木)

弁道話

とていはく、この坐禅をつとめん人、さらに真言止観の行をかね修せん、さまたげあるべからずや。」しめしていはく、在宋のとき、宗師に真訣をききしちなみに、西天東地の古今に、仏印を正伝せし諸祖、いずれもいまだしかのごときの行をかね修すときかずといひき。まことに一事をこととせざれば、一智に達することなし。

真言止観の行という、どこか中途半端なんです、行をみとめ行ずるおのれをみとめ、結果を期待する等は、仏とは云わず。たとえばラジニーシの法という、有心なんです、立派なもの光明をもってす、なほ遠くて遠し、百害あって一利なしです、ヨガによる、そういう身心を観察する是非善悪は、また仏とは無関係です。行は兼ね備わったとて、自分は一つです、たった一つの自分を知る、すなわち忘我です、これをもってなにをどうしようという、そのおのれなし。

とふていはく、この行は在俗の男女もつとむべしや、ひとり出家人のみ修するか。」しめしていはく、祖師のいはく、仏法を会すること、男女貴賤をえらぶべからずときこゆ。
とふていはく、出家人は、諸縁すみやかにはなれて、坐禅弁道にさはりなし。在俗の繁務は、いかにしてか一向に修行して無為の仏道にかなはん。」しめしていはく、おほよそ仏祖あはれみのあまり、広大の慈門をひらきおけり、これ一切衆生を証入せしめんがためなり、人天たれかいらざらんものや。ここをもて、むかしいまをたずぬるに、その証これおほし。しばらく代宗・順宗の、帝位にして万機いとしげかりし、坐禅弁道して仏祖の大道を会通す。李相国・防相国、ともに補佐の臣位にはんべりて、一天の股肱たりし、坐禅弁道して、仏祖の大道に証入す。ただこれこころざしのありなしによるべし、身の在家出家にはかかはらじ。又ふかくことの殊劣をわきまふる人、おのずから信ずることあり。いはんや世務は仏法をさゆとおもへるものは、ただ世中に仏法なしとのみしりて、仏中に世法なきことをいまだしらざるなり。

世中に仏法なしと知りて、仏中に世法なきことを知らざこと、出家すみやかに世法を捨て仏に帰依する、仏の中に世法なしと知る、あらゆることが仏です、一つの欠けるもなし、生まれついての、生まれる以前からのこれが道理です。参禅弁道は、もし繁務ならば、常に真正面になすこと、脇見運転をしない、どんな煩雑も疲れを知らぬ如くする、一00%ですか、やりっぱなすんです。あるいは雑踏の駅頭もっとも坐禅に適すると、電車に乗ろうとしたら、動きにつれて身が動く、なんだこりゃといっているうちに乗りそくねたなど、身心失せる様があります。なりふりかまわず、なんでもありありです、妄想は世の中です、歯の中の舌のように、時には噛みつかれたろうが、自由無げの自分があります、および自分ごとまるっきり用無しです、これを得るこころざしさえあれば、出家不出家老若男女の別なく必ず成就できます、もとよりこの中にある他なしです。深くことの殊劣をわきまえ人、あるいはかえって長くかかるかも知れませんが、これがことの本質です、なにをどう考えたって仏法以外にないんです、モーツアルトもニイチェもピカソだろうが、仏に帰る以外には閉塞です。これを知るたった一人でもいいです、世界を救うんです、たった一つの風穴、なにさ道元禅師あり、お釈迦さまありです。この世界なんてまあ、世の中という務めってだけでか。

| | コメント (0)

2008年2月27日 (水)

弁道話

とふていはく、この坐禅をもはらせん人、かならず戒律を厳浄すべしや。」しめしていはく、持戒梵行は、すなはち禅門の規矩なり、仏祖の家風なり、いまだ戒をうけず、又戒を破れるもの、その分なきにあらず。

戒律に厳しいという、もとよりこれ戒に住む、す、戒を第一安穏功徳の諸住所となすと、この事を求めるのに、ふしだらであったりいいかげんは、そりゃ届かぬです、邪念麼妄想は落処を知らず、短刀をもっていた雲水を追い出し、その単の土を三尺掘って捨てたという道元禅師は、そういう趣味や潔癖症ではない、親切のゆえにです、道の親切因果無人です。肉食妻帯して我欲のままにという、道の障りになれば不可、しかもなをかつ求道の心よもに長ずと、欲望というものが欲望としてある、しかも免れている、坐すにしたがい知る、まるっきりの手付かず、自分という合切袋に用無しなんです、するとこれが教え導くんです。如来としてある、たまたま人間世間であった、たった今人間世間の皮を脱いだ、出たり入ったりでもいいです、肉食妻帯も親類家族も、億劫年の外ということがあります、するとこれが真実です、生活でありものみなのありようです。花や鳥も如来、雲も月も無心にして親切、取り付く島もないおのがじしです。われら破戒坊主の集団だ、たとい世間が望むからといって、居直ってごんずいかたまりの嘘とはったりじゃどうもならん、破戒が破戒ならぬ工夫です、もとかくの如くなんです。でも欲望のとりこじゃ、そりゃ仏教の旗印を下ろすべきです、死出虫稼業だけです。駒沢の学生が参禅に来て、こう聞いた、十重禁戒というのがある、第一不殺生戒、第二不偸盗戒、第三不邪淫戒、つまり殺すなかれ、盗むなかれ犯すなかれ、嘘をつくなかれ、怒るなかれ以下十戒です。盗むなかれ、犯すなかれ等はやってやれないことはない、だが第一不殺生戒、殺すなかれは到底不可能だ、たとい大腸菌だって命だ、もしこれを守るんなら一瞬も生きて行けない、できないことを示してお釈迦さまは嘘を付いたのか、教授に聞いたら、妄りに殺すなかれ、盗むなかれと云った、おれはそんなんじゃ納得できないと。わしは仏戒を示してよく見ろと云った、これはもとっからこうあるんだ、人間の作ったものじゃないと、言下に彼の体倍にも膨れ上がる、そうだといって悟ることはしばらく悟って帰って行った。だれしも出家には仏戒を授かる、まっしんに当たってこれをクリアーしなけりゃ嘘になる、人を救うどころか病理学の対象物みたいな坊主ども、いくらごまかしたって心は知る。すなはちこれ禅門の規矩なり、仏祖の家風なり、いまだ戒を知らず、又戒を破れるもの、戒の中にある以外にないんです、ここをよく見て下さい。

| | コメント (0)

2008年2月26日 (火)

弁道話

身心一如のむねは、仏法のつねの談ずるところなり。しかあるになんぞ、この身の生滅せんとき、心ひとり身をはなれて生滅せざらん。もし一如なるときあり、一如ならぬときあらば、仏法おのずから虚妄にありぬべし。又生死はのぞくべき法とおもへるは、仏法をいとふつみとなる、つつしまざらんや。しるべし、仏法に心性大総相の法門といふは、一大法界をこめて、性相をわかず、生滅をいふことなし。菩提涅般におよぶまで、心性にあらざるなし。一切諸法、万象森羅、ともにただこれ一心にして、こめずかねざることなし。このもろもろの法門、みな平等一心なり、あへて異違なしと談ずる、これすなはち仏家の心性をしれる様子なり。しかあるを、この一法に身と心とを分別し、生死と涅般とをわくことあらんや。すでに仏子なり、外道の見をかたる狂人のしたのひびきを、みみにふることなかれ。

もし一如なるときあり、一如ならぬときあらば、仏法おのから虚妄にありぬべしと、よくよくこれを知る、道元禅師ただお一人、法を伝え授ける、よくよく見て取って下さい。一言一音解脱の道、とっかかりひっかかりあるものは、自ずから離れるんです、宇宙法界一切に身心を置き放つことは、宇宙法界と身心が同死同生なんです。我失われて真相は、なんという救いですか、若しこれを知る、生死そのものです、涅般という大歓喜、渓声山色我が釈迦牟尼仏の声と姿と、涅般会の説法に、我たとい滅するとも、なに変わらずとある、人間というよこしまが一時かき曇る、空想裏に有無の論をなす、覚めて晴れ渡る、千江水あり千江の月、菩提涅般にいたるまで、一切諸法森羅万象ただこれ一心にして、もろもろの法門みな平等なり、打てば響く、世界中にたった一人だって、永遠に大満足はこれを無心という。道元禅師のみよく一人尊す。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧