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2011年8月

2011年8月 8日 (月)

良寛詩

伊(これ)余疏傭の者、食を乞ふて此の地に遊ぶ、逢著すにょう(門に市)市の裡、一笑共に悠々たり。
わしはものごとにまったくうとく、名前を背負って歩く茗荷の如くですか、乞食してにぎやかな街を行く、破顔一笑悠々たり。弟子の一人が托鉢して歩 いていたら、どっかのばあさまが、ちったあ寄進して、お前様もそんなことしていないで、早く正業につけと云った。托鉢ということが世の中から消えた、死出 虫稼業の賎業坊主が、葬儀屋にこき使われる時代が来た。
春夜友人と月に歩す
藤ろう(月に龍)春夜の月、手を携へて歩すること遅遅たり、忽ち人語に響き、水禽翼を打って飛ぶ。
外灯だの町灯りだのまったくないころ、よくこんなことがあった、今でも蒲原田んぼは天地とおりかわず鳴く、ちったあエコすりゃむかしの天然が戻る のにさ、川からダム撤廃が先かな、多摩川が復活第一号、日本人から川が消えて心も失せ、相撲取りの野球賭博かな、四股名もでたらめになってさ、天皇の場所 じゃないや。

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良寛詩

由之と酒を飲み楽甚し
兄弟相逢ふ処、共に是れ白眉を垂る、且らく太平の世を喜び、日々酔ふて痴の如し。
由之は良寛の弟、どうしようもない昼行灯の兄は出家して、弟に家督を押し付け、たといあれこれあるたって共に眉毛白髪になって、太平の世を喜び、 昨日も今日も飲んでは阿呆のように酔っ払い。お互いに議論しだからどうのというろくでもない談義じゃないんです、生きるとは何早く答えの中にどっぷり漬 け。
有願老人の説法を聞く
狗肉を割かんと欲して、当に楊に羊頭を掛くるなり、借問す臭を逐ふ者、優々卒ひに休々たり。
犬の肉を羊だと云って売る、世の中のことまさにこれです、みんな仲良く平和にもいきなりミサイルぶっぱなすのもたいてい同じですか、つまらんので す。この老人ちっとは苦労したんですか、悟ったというやつをひっぺがして、仏本来をかくの如くと、説くよりは見本を示すよりなく、酒臭くない上物の酒をと いったって、発酵せにゃ酒にならんです、曹洞宗道元禅師の無二の法門、悟るということを知らない、さらに坐禅を忌み嫌う連中のごんずい塊、これじゃ話の外 です。臭を去るには優々ついに休休たり、悟跡の休かつを長長出ならしむ、良寛のほかにだれ一人いなかったでしょう。

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良寛詩

医正藤江に代って人に答ふ
総て世用に疎きが為に、能く終身の間を得たり、艾をひね(てへんに門)って酒銭に供し、棋を囲んで残年を送る。
今の世世用に疎いんじゃじきにホームレスですか、わっはっは数の論理ではなく数の倫理だけがまかりとおる、すると坊主組合みたいに自閉症ごんずい 塊で、食えなくなってようやく反省する、能く終身の間を得たりと、自分に立ち返るゆとりがなきゃ、そりゃなんのために生まれたのかわからん、もぐさをひ ねって酒銭にして、碁を囲んで残年を過ごす、年金貰ったらちったあ人の暮らしすりゃいい、人に戻るのはひょっとして並大抵のこっちゃなく、朝打三千暮打八 百ですか、人間らしい批評の鋭さなど云ってる分には遠くて遠し。
京に行く人を送る
相逢ふて未だ幾許ならず、錫を飛ばして翆微を下る、山川是れより遠く、涙は洗ふ林下の扉。
日常もんみな詩の言葉になっているんだな、良寛音楽たといみんな仲良く平和にのまだるっこしさなし、モーツアルトの鋼に似て水のように切れる、たった一人生きて行くことを学ぶには遅いといったって、学ぶほかはなし、はい。

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良寛詩

海津氏宅即事
田家風雨の後、り(竹かんむりに離)菊僅かに枝を存す、少婦濁酒を持し、稚子のう(衣んへんに内)衣を牽く。
秋長けて菊も残菊ですか、風雨過ぎて即事、法要かなんかあったんですか、小女がにごり酒を持って来て、稚児が衣をひきずってという、なんかやっぱりそっくり詩になってます。
慈善上人二仙老人問はる
余の家は国上の麓、門を開けば翆微に対す、若し寂寞を厭はずんば、頻りに叩け林下の扉。
慈善上人とか二仙老人とかそこそこに名を売った人物ですか、五合庵を訪問、はいよわしんとこは国上山の麓、門を開けば茂みばっかり、もし寂寞を厭 わずんば、しきりに扉を叩けですってさ、ぶんなぐって坐らせるかって、そういう甲斐のないことするからわしんとこ人がよっつかねーな。

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良寛詩

竹丘老人
故旧信(まこと)に忘れ難し、田家聊か錫を寄す、緑樹煙雨の中、燃えんと欲す赤芍薬。
竹丘老人は西蒲原郡竹ヶ原村の人海津間兵衛。むかしからの付き合い因縁まことに忘れ難し、田んぼの家に錫杖を置く、青葉茂って雨にけむる、赤い芍薬が花開こうとしている。
夏日青林の裏、高臥して共に詩を賦す、君が家遠からず、晩際涼に乗じて帰れ。
今度は五合庵で二人で詩を作った、竹ヶ鼻村まではほんの十五六町、暮れ方の涼風に乗って帰れという。

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良寛詩

天放老人
千峰凍雲合し、万径人跡絶えたり、毎日只面壁、時に聞く窓にそそ(さんずいに麗)ぐの雪。
達磨さん面壁九載に慧可大師の風景のような、天放老人は西蒲原郡粟生津村の儒者鈴木隆造。このように坐ること物真似やつとめてではできないんで す。ただこれ坐るしかないことを知って坐る、なにもかも擲って坐ると、坐のほうから答えてくれます、自ずからなるというその自ずからなるが消えうせる、無 為の真人面門に現ずるんです、智慧愚痴般若に通ずと。
贈鈴木陳造
草庵風雪の裡、一たび投ず相思の詩、知らず何を以てか報いん、翰を含んで所思には(りっしんべんに鬼)ず。
五合庵の風雪ですか、鈴木陳造は隆造の弟です、相思の詩に投ずとありますから親交があったんでしょう、なにをもってか報いんと思えば思うほどに、あれやこれやして恥かしいばかりだというわけです、はい。

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良寛詩

暁に左一を送る
依稀たる藤羅の月、君を送って翆微を下る、今より朝又夕、寥寥柴扉をおほ(俺のてへん)はん。
左一はたった一人の良寛の弟子、いいところまで行っていたのに先に逝く。藤がからまりはびこる間から仰ぐ月ですか、参禅に来る左一を日ごとに送り 出す、茂み行く林に見送り、寥寥として人っけないんです、草木が扉を覆うばかり。仏仏に単伝してよこしまなきときは、自受用三昧これを標準とすと、ただも うたったこれっきりが良寛師弟にあったんです、惜しいかなすんでに絶えてしまった。
ああ(口干と呼)一居士、我れに参ずる二十年、其中の消息子、別人の伝を許さず。
左一居士参ずること二十年、ようやくに箇の消息をなす、只管の消息といわれるものです、まるっきり手つかず、ただの坐禅です、二十年いえわしなんか三十年してやっと入り口に立つ、別人の伝を許さず、聞いたふうなことがまったく失せるんです、すなわち一箇これ。

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良寛詩

左一大丈夫、惜しい哉識る人稀なり、唯我れに贈るのげ(喝の口でなくイ)あり、一たび読んで一に衣をうるほ(さんずいに占)す。
左一は越後与板三輪氏、良寛唯一の法弟とある、贈られた詩げがあった、一たび読めば一たび衣を濡らす、涙流れるんです、良寛の詩も言行一致です、涙流れるとはこれ。
苦思す有願子、平生狂顛の如し、一たび逝波を逐ひしより、今に六七年。
有願は南蒲原郡大島村田沢氏、良寛の法友。きちがいみたいだった、死んでから六七年たつ、さあどういうふうに思いますか、そこらへん坊主のどうしよーもないのとはそりゃ別です。

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良寛詩

有懐四首
鵬斉てき(イに周)党の士、何に由ってか此の地に来る、昨日にょう(門がまえに市)市の裡、手を携えて笑かい(日に台)かい。
亀田鵬斉は江戸の儒学者、文化六年良寛五十二歳の時に五合庵を訪れた。この珍客を忘れて月を仰いで突っ立つ良寛。にょうしは賑やかな町です、二人手を携えて行き、笑かいかい。
大忍俊利の士、屡しば話る僧舎の中、一たび京洛に別れしより、消息杳として通ぜず。
越後尼瀬小黒氏、矢島村慶福寺にありと、良寛と親交があったという、孤俊という大道をもっぱらにする人、一たび京洛に別れしより、杳として通ぜず。詩というものの本来を思うんです、環境妄想いくらごちゃごちゃ云ってもはじまらない。

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良寛詩

我れ此の地に来たってより、知らず幾青黄、藤は老樹に纏はりて暗く、渓陰修竹長し。
我れこの地に来たってより、庵を結んでからです、いったい幾つの夏と秋とを迎えたか、藤は老樹にまつわりついて暗く、谷間には竹が生い茂る。
烏藤夜雨に爛れ、袈裟風霜に老ゆ、寥寥朝又夕、誰が為にか石床を払はん。
まあさ白髪三千丈式の嫌いなきにしもあらずったって、五言絶句で並べたてりゃまあたいていこうなる、烏藤は杖です、外にたてかけてあれば雨にくた びれる、お袈裟はそりゃ着て歩くんだし風霜に色あせるんです、石床たれがためにか払わん、これ実感としてこんなふうです、自分というまったく番外ですか、 とつぜんものみな親切。

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良寛詩

吾が師東土に来る、是れ少々の縁に斐ず、梁に遊んで寮遇せず、魏に行くも魏誰れか憐れまん。
達磨さんが東土に来た、祖師西来です、これ少々の縁に非ず、はじめて真実を知るんです、近似値多数決じゃないんです、梁の武帝これを追い払う、魏 に赴くもだれかれまたそっぽ向くんです。今の宗門が100年200年達磨さんに毒を盛り、道元禅師に後ろ足で泥をかけですか、はあてお布施も乏しくなって 慌てふためいてまだ気がつかない、こりゃもうどうもこうもならんな、坐禅を忘れた禅宗なんてそりゃなんにもならんです、嘘とはったりやくざの集団ですか。
直ちに嵩峰の頂に上り、一坐九年を経たり、番にこう(日に広)達の士に接し、慧命茲より伝ふ。
嵩山少林寺に至って面壁九年、ようやく大祖慧可大師を得て仏の命脈が伝わった、今に至る。伝わらなけりゃこりゃそれっきりです、はーいまだ伝わっ てないです、滅びたらわっハッハこりゃやっぱりどーにもならんわ。それらしく智慧を絞り聞いたふうの演説もまるっきり役立たず、ほんにどーにもこーにもで す。

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良寛詩

幽棲の地を占めてより、知らず幾冬春、菜はれい(くさかんむりに黎)かく(くさかんむりに雨ふるとり)是れ、米は自ら比隣に乞ふ。
幽棲の地ですか、世間からほとんどまったく姿を消すんです、そのような衒いや振りじゃないんです、世間真っ只中にあったとてまったくの一人きりで すか、だれも理解しないです、だったらシンプルに五合庵が便利です、良寛してやったりふんわしは魚釣り女好きうまいもの食いの後を引いてどうしようもな さ。でもってぶつくさ文句百万だらですか、あかざと豆の若菜を食って米は乞食して、いやはやもうつくずくそのとおり他にはなし痛感。
偏へに人事の少なきを喜び、未だ林下の貧を厭はず、帰来殊に疎傭、坐臥屈伸に任す。
良寛の立ち居振る舞い実にきしんとしてたです、いわゆる自由人文化人のふしだら、だらしなさなぞこれっから先もなかったです。こりゃほんとうに そーです、てめえのゆとりひまなんてものないのは、もとっこてめえがないからです。坐臥屈伸に任すさへこれ仏、一生不離叢林は一木一草に至るまでみんな仲 間なんです、悟っただからなんて余計ことはないんです。

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良寛詩

瞑目す千しょう(山に章)の夕、人間万慮空し、寂寂蒲団によ(イに奇)り、寥寥虚窓に対す。
万山千谷の夕ですか、目を半眼に閉じて坐るんです、人間万慮空しとはまさに実感です、難波のことは夢のまた夢と信長ならずとも人類史無駄っことで す、蒲団は坐禅の単です、如来と地球宇宙と等価です、人類社会のけちくさいのはもってお笑い草です、独楽を回せばくるくる廻るってさきゃっはっは、一人遊 びぞ我は勝れるの良寛禅師。だれかれ人知を尽くしたとい大通知勝もいいことしいのなんまんだ、ちらとも抜け出なけりゃそーさな孤独にうちひしがれとは情け なや、仏をなんだと思っているんかなあほくさ、壁立万尋取り付く島もなしとは、自分というそのものなんです。
香は消えて玄夜永く、衣は単にして白露膿やかなり、定より起って庭際を歩めば、月は上る最高峰。
定というのは忘我の周辺ですか、忘我すればなし、覚えれば定も妄想もまったく同じです、うまくいったうまくいかないじゃない、ものさしそのものです、だれあって即今。月は上るわっはっは最高峰ですとさ。

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良寛詩

可憐なる好丈夫、間居好んで詩を題す、古風は漢魏に擬し、近体は唐を師とす。
かわいい人という揶揄ではなくに、すっきりいい男なんですか、詩をなすことは大丈夫の以て為すところ、古風は漢や魏に習い、新体は唐様式ですってさ、わしぜんぜんくわしくないからわからんです。李白はいいですなあいやそーゆーこっちゃなく。
斐然として章を為し、之に加ふるに新奇を以てすれども、心中の物を写さずんば、多しと雖も復た何をか為さん。
あやがあって美しい上にもってして新規の工夫がある、そりゃ申し分がないんですけど、心中の物を写すなければ、自分の生死です、心とはそういう こってす、考える葦の生長点ですか、ものまね思いつきばっかりのアートという、今様生まれたと思ったらもうすたれ、いらんものいくら作ったってどうしよも ないんですか、多しといえどもまた何をかなさん、必要これ実際これ、維新の志士の歌がとつぜん歌として蘇るのはなぜか。飾りじゃなくてぶった切ることので きる刀。

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良寛詩

我れ世間の人を見るに、個々例へば斯くの若し、凡言取次に出て、行を顧れば全く参差たり。
世間の人を見れば、個々だれかれたとえばこんなふうだ、凡夫の言い草次第こうなりああなってです、でもって行いを顧みるに参差高低ありひとしからざるは、付和雷同あっちこっちですか。
当に言行相背くべく、禍咎誰にか帰せん、是の時しきり(イに乃)に切歯するも、咄嗟八刻遅し。
言行不一致ですか、世間事まさにこれなんですが、これに気がつかない、いいことしい正しいんだと思い込んだり、言い聞かせたり。ほんに時たま不一 致を知る、だれのせいだといって歯噛みしても、とっさの間を八刻遅い、つまりこれが歴史ですか、戦争の反省なんていってまるっきり無反省を、どっかでだれ か気がついても100年遅いんですか、なんかいつでもそんなことばっかりやっている。坊主死んでから葬式しろと云ったら坊主追ん出されですか、生臭坊主は 世間から追ん出され、わっはっは葬儀屋は坊主雇わないってさ。

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良寛詩

時に大悲閣に登り、目を極めて雲煙を望む、松柏千齢の外、清風万古伝ふ。
大悲閣は国上寺の阿弥陀堂ですとさ、国上寺は持統天皇の700年に建立といって、越後では三番目に古いんですか、そのうち真言宗になって、阿弥陀 堂というのははてよーもわからんです、高いんでしょう、大悲閣というのが良寛の詩心に働いたんですか、そりゃま五合庵よりだいぶ高所です。雲煙を望む、西 山連峰のパラボラアンテナが見えるなあ、松柏千年の外ですか、清風万古伝えとは、まさに常套句です、人間の感情を発明開発するにはたとい芭蕉の大才がいり ます、現代俳句だの歌だの妄想ひとりよがりでは、そりゃ詩歌には遠く及ばないです、いじましい面つきの歌人俳人、紅衛兵がバジリスクになって突っ走る滅法 界。
四序鳥相和し、冷泉長く潺湲たり、誰れか能く塵累を出でて、逍遥する壁山の嶺。
四序は四つの季節です、小鳥がさえずり、泉が涌いてという、たしかに国上寺の庭はそんなふうです、能く塵累を出てってのはお寺の姿ほぼそんなふう だったって坊主の心情どうなんですか、坊主と先生にゃろくなもんがいないっていう世間通り相場は不変、観念知識の切り売りと、お経がゼニになるっていうで たらめと、いやはや。

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良寛詩

槃特の痴になら(イに交に枚の木なし)ふに非ず、何ぞ知らん文殊の賢、騰騰大路を走る、ごつ(一にル)ごつ破筵に座す。
はんとくは馬鹿でもって自分の名前も覚えないので背中に名前を書いて貼っておいたという、茗荷の由来物忘れ草。人の噂だけ走って良寛の茗荷です か、だれも良寛を見ず、知らず。なんぞ知らん文殊の智慧、用事はないんですよ、無心心がないんです、なんにもないゆえの七通発達です、一を聞けば十を知る よりもとものみなです、目から鼻へ抜けるより目鼻なし。人大路を行くよりなく、どこへどう転げたって天地200%です、ごつごつとして坐すことたった一つ これをのみ。
月に対して長夜嘯き、雨を聴いて終日眠る、吾生何に似たる所ぞ、はん(貶のさんずい)たる彼の中流の船。
まあ揚子江に浮かんだ船の如くですか、月を仰いで忘我、雨的声また天地、ものの形容ではなく実に実際にそうであったんです、自分という垣根が崩壊してはじめて良寛が生まれるんです、世人のおもんばかりのまったく届かぬ所です。

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良寛詩

寒冬十一月、晩に垂んなんとして雪霏霏たり、初めは呉塩の散るかと疑ひ、半ばは柳じょ(如に糸)の飛ぶに似たり。
まあ今なら十二月ですか、初雪の風情です、晩になんなんとして雪霏霏たり、よくまあこんな漢字が生き残っていたなあ、ひひとして雪降る、テレビコマーシャルのせいかな、はじまは塩の散るように降り、やがて柳の穂綿のように舞い飛ぶ。
竹に酒ひで静に響きを伝へ、松に著いて偏へに奇たり、未だ書巻に臨むに堪へず、暗に催す幽人の詩。
竹にそそいで静に響きを伝え、松にふりつもってひとえに奇たり、この語を他に置き換えるのは難です、松が雪を冠って人間になったってえふうですか わっはっは、未だ書巻に臨むに堪えず、古人の詩を見るに到らず、幽も霊ももとはといえば達磨さんの心象ですか、身心ともに無きありさま、良寛の詩でもって よろしく。

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良寛詩

到る所意にかな(りっしんべんに灰のしたに一)はず、帰り去る窮巷の辺、昼は狂児の欺くを忍び、夜は隣家の喧きに任す。
わっはっはそりゃやりきれんなあ、良寛ならずとも日々またそういうこったですが、良寛世間事疎くあるいは意にかなわぬこと生死の堺ですか、ご詠歌 教師のくされこんにゃくに酢かけたようなんに会い、宗門嘘八百も埒開かぬことついにかくの如しと、むかついて腹下しして帰ってきたら、俳句という575の でたらめ三百代言が待ち受けてさんざくた、いったい自分痛まぬ詩歌なんてありえない、何百でもこさえてただもうど穢いだけ、日本人を悪くする元凶だってえ のに~いやはや下痢治らんぜ。
居室実に白を生じ、寒炉長く煙無し、已みぬ復た何をか道はむ、万事皆因縁。
自分の生きるいわれがまったくないんですか、命をかけさんざ苦労のはてがまったく甲斐もなし、托鉢如法も大法仏祖と肩を並べて行くも実にせんない、やみぬまた何をか道はん、がっくりこいて具合まで悪くなる、万事皆因縁と良寛の救い。

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良寛詩

公の門暫らく錫を住む、正に是れ暮春の時、遊峰花を尋ねて去り、好鳥簾に傍うて飛ぶ。
公の門ですか、外へ出りゃ公の門ですか、それとも乞食坊主にゃ身に余るなんとかですかあっはっは、春の暮れです、春宵価一刻千金よりやや早めなんですか、峰に花あり軒に鳥の行くあり、そりゃもう満腔の春。
詩有りて知己に報い、心無うしてえき(亦に大)棋に対す、生涯何の似る所ぞ、縁に従って且らくち(痴の知でなく疑)を養う。
詩を作って知己に献ずる、大丈夫のたしなみですか、無心に碁の相手をする、まあだいたいそんなのはいないな、勝ってなんとか負けてどうとか、生涯誰にも似ず、古今また似たるものなし、縁にしたがいしばらく阿呆面かいて過ごすっていうんです、あっはっはまさしくこれ良寛。

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良寛詩

欲無ければ一切足り、求むる有りて万事窮す、淡采餓を癒す可く、のう(衣へんに内)衣聊か身に纏ふ。
ただちに小欲すら修むべしと、遺教経にある、仏仏に単伝してよこしまなきときは自受用三昧これを標準とすと、ちらともさわりあるときは欲ありで す、これを捨てるもとものみなです、恥を知ること、我欲を捨てること参禅の二大要素です、それをなおざりにしててめえをひけらかすことだけの野狐禅です か、悟ったさん困ったさん、初心ただこれです、なんのための求道か、発心か、よくよく日々もて新たにして下さい。良寛まさにこの詩の示すほどの日常です、 一箇こうあるたったこれだけです。人も花鳥も月もものみなもみなこれです。欲をかくだけいらんお節介です。
独り往きてび(鹿に木)鹿を伴とし、高歌して村童に和す、耳を洗ふ癌がん(山に口三つ)下の水、意に可なり嶺上の松。
鹿どもと行き、がいどもと遊びする、山清水に耳をそそぎ、嶺の松をわが意とする、よく効いている対句ですが、嘘じゃない実際にこうであったです、詩の真骨頂これ。

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良寛詩

我れ講経の人を見るに、雄弁流水の如し、五時と八教と、説き得て太はだ比無し。
法師弁じ立てる、立て板に水ですか、今は情けない坊主がお経の文句も弁えずに喚き散らすんですか、みっともないったら醜悪、五時は釈迦一代の説法 を華厳、阿含、方等、般若、法華涅槃の五時に分類、八教は同じく釈迦一代を分類、頓、漸、秘密、不定数の四教と、蔵、通、別、縁教の四教とだとさ、わしは ぐうたら不勉強出始めてそんなもんあるのを知った、説き得てはなはだ比類なく、大学の先生にゃなれるかな、東大教授さまぐーわ付き合いたくねえ連中は、坊 主と遜色なしかな。
自ら称して有識と為し、諸人皆是と為せども、却って本来の事を問へば、一箇も使ふ能はず。
まったく滑稽です、他はいざ知らず仏教ではこういうことが起こるんです、膨大な知識認識を背負って、ばあさまの一問にぐうの音も出ない、じゃなんのための仏かという、本来事いろはのいがなっちゃないんです、愚かです名利わずかに消えれば翻然として気が付くんです。

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良寛詩

其の人此に有り、好んで無用の貨を集む、惟自身の快を取りて、従他(さもあらばあれ)妻子の罹(うれひ)。
こんな人がここにいますよ、無用の物ばっかり集めて、てめえばっかり悦に入って、妻子のことなどは二の次三の次。
客来れば俄かに之を羅(つら)ね、宛として陶家の児の如し、将に謂ふ好箇手と、傍人のわら(口に山一虫)ひを免れず。
客が来りゃあそやつを並べ立てて、瀬戸物屋が人形を陳列して喜んでいるように、いやはやたいしたもんなんだけれど、人はみんな笑うんです、どことなく無用の長物良寛和尚ですか、一人悦になんか入ってないですがね、あっはっは傍人の笑いを免れず、乃至妻子もなく。

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良寛詩

此に一か(果に頁)の珠有り、終古人の委する無し、色は玄黄と異なり、形は方円の比に非らず。
一か明珠ついに人の捨てるなし、摩尼宝珠如来蔵裡親しく収覧すと、もとこのようにありこのようにある、色は未だ定まる以前とも云わず、形は方円の比較を絶する。
輪王常に鎮護し、親友かい(しんにゅうに解)ごう(しんにゅうに后)して指さす、人有り如し相問はば、為に報へん祇だ這れ是れと。
輪王転輪聖王須弥四州を統領する、王位につくときは七つ宝を転じて一切を感服するがゆえにとある、六道輪廻を抜け出でて七歩めの仏如来たるをもっ て一切感服ですか、すなわち転輪王です、この一か珠親友かいごうして指差す、はいたったこれだけが親友の証です、おまえとおれなんです、ほかは偽物嘘と はったりです。みんな仲良く平和にとか幸せや宗教のいいかげんさとは別個。人有りもし問はば、ために答えんただこれこれと。良寛と親友になって下さい、人 に委ねてはいかんです。

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良寛詩

何ぞ俗の孤薄なる、之れを思へば亦憐れむ可し、義を是として潜かに身を抽き、利を聞けば頭を競うて走る。
俗の軽薄ですか、今様日本俗の一点張りです、金正日よりも恐ろしい俗に反せば一瞬も生きて行けないほどです、大東亜戦争の時は鬼畜米英で戦争に負 けると人の命は地球より重いで、たまに孤独の人あれば却って孤独の軽率ですか、うっふっふどーもこーもないです。之れを思えば憐れむべし、義を是とし転ば ぬ先の杖ですか、いえさ差別用語だ共産主義だ、あんちょこに他を説得しうるものこそ危険です、杉を植えろ殖産事業の結果笑うに耐えたりですか、たとい五体 満足杖不用、転んでもただでは起きんです。現実とは答えのないものです、知らないもっとも親切です、これにそっぽを向く、ろくなことはないんです、利に 走って知らん振り、うっはっは人の現実これ。
世を挙げて険ぎ(山に戯)に赴き、人のせん(再の一なし)顔を希ふ無し、君に勧む早く事を終へて、帰って南畝の田を耕せ。
険ぎ危うくけわしき貌だとさ、そいつのぼけと退屈すると今様人間ですか、どやつもこやつも人間の格好してないんですか、そりゃ政治も頓挫します、 付和雷同みんな仲良く幸せのほかに、孔子の弟子n顔回ですか、ちったあ骨のあるのを探せってわけです。さっさと定年退職して、田んぼ耕せですか、帰りなん いざ田園まさに荒れんとすじゃなくって、娑婆の世おさらばして、南の畝です、頓に無生を了じて下さい、人間を離れてはじめて人間です、世を外れてほんとう に世の中です、はーい良寛和尚。

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良寛詩

虫鳴いて正によう(瓔の王ではなく口)々、煙火四隣を弁ず、城中の夜に似ず、せき(析に斤にノ)を撃って辰を報ず。
虫が鳴いてようようという、永く尾を引くさまですか、すずむしの次はこおろぎ、火を燃やす煙ばかりが隣有りというんですか、城中町の中の夜のよう ではない、せきというかいしゃくというんですが拍子木と同じ、これを打って時を知らせる、叢林のありようですか。一人住まいの五合庵には不用。
柴を焚いて永しなへの夕を終え、農談箇亦無し、寄語す名教の士、じ(玄玄)来淳をうす(さんずいに堯)うする勿れ。
柴を焚いてとこしなえの夕ですか、まあそんなふうです、百姓一人ぽっつりというありさま、仏祖の語録を見るが如く、こうしてこうあってせっかくの大ひまを空しいものにしてはいかんと、なんかあんまりぴったり行かない詩ですか。

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良寛詩

十方仏土中、一乗以て即と為す、明々にして異法無し、何をか失し何をか得ん。
十方仏土中、仏の世の中全宇宙なんです、仏でないものはないんです、まずもってこれを知る、いいえはじめからこれを知っていることに気が付くんで す。思想だの諸宗教だの科学だの経済だのあれやこれやあったってみな仏です、だったら一乗です、たった一つ他なしを知る、明々白々です、でなかったらやる 気起こせんです、取捨選択によらない、何を失し何を得るということではないんです、いわんや仏説を説く仏教らしいものもない、そんなものあるはずがないん です。
得ると雖も新条に非ず、失う時誰が辺に匿る、君衣裡の珠を見よ、必定那んの色をか作す。
新しいものを得るんじゃないんです、新宗教新思想じゃなしに、自分というこのものになんの目新しいものなし、もとこのとおりは、出家以前も出家以 後もなし、あるいは世の中まったく世の中なんです、こりゃだめだしくじったという痛恨も全宇宙痛恨です、すべからく明に投じて行くべし、もとこれ隠れよう もないんです。摩尼宝珠如来蔵裡親しく収攬すと、にごりに染まぬ露の玉はいあなたです、森羅万象を映し出すだけです、自分の趣味趣向じゃないんです。

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良寛詩

心水何ぞ澄澄たる、之を望めども端を見ず、一念わずかに瞥起すれば、万像其の前に堆かし。
心という見えないんです、濁りなき心の水に澄む月は波も砕けて光とぞなると、一瞬見えるようでいて千変万化、もし境地ありとすれば破滅転覆です、 之を望めども端を見ず、まったくにこれ坐禅のありようです、一念わずかに起こって念起念滅を取り上げると、万像そのまえに堆積うずたかしです。心というも のを知って下さい、知らぬ正解ですが、知らぬというけいげーこだわりじゃないんですよ。
之に執して以て有と為し、之に乗じて永く還らず、苦しい哉狂酔子、竟に十纏に纏らる。
思想宗教まあさもっともこれです、有とする常識ものみなこれです、まちがいのもとたるを人は知らない、流転三界六道輪廻盥回しです、永くかえら ず、どうかして抜け出したいと思う、仏道ことはじめです、仏道という別の自縄自縛=有じゃないんです、共産主義のあきれた姿を見て引き返すべきです、人皆 金正日を実感するにいいです。十纏がんじがらめのはた迷惑もまあさ。不こ酒戒思想の酒に酔っ払って狂人ですか。檻とトランキライザーにわっはっは電気 ショック。

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