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2011年7月 4日 (月)

良寛詩

我れ昔静慮を学び、微微として気息を調ふ、此くの如くにして星霜を経、殆ど寝食を忘れんとするに至る。
玉島の円通寺国仙和尚の会下にあって不惜身命の歳月です、微微として気息をととのえという、数息観隋息観などあって、一から十まで数えることを繰 り返す、どうにかして忘我を得たいというなまなかじゃ行かんです、寝食を忘れてかかってあっというまに星霜を経るんです、理屈は簡単です、仏のありようた だこれ、仏教を知って仏教を擲つ不惜身命です、悟ったさん困ったさんとはまるっきり別の世界です。
縦ひ安閑の処を得たりとも、蓋し修行の力に縁る、争でか如かん無作に達して、一得即永得せんには。
大ひまが開くという、たしかに到り得帰り来たって別事無し、柳は緑花は紅と、却って猟師の過ぎるのを見ると、狙う自分と狙われる自分が一つになっ て消えるんです、かくの如くほかなしと知ってこれ、朝打三千暮打八百です。こっちのほうの歳月が長いんですか、わしで言えばグーたらどーしようもなしが よっぽど長かったです。無作に達して一得永得、そうかなすべきことなんにもなかったんだと知る、他を説得するに他無し人なんかいねーやと如くに、坐って大 火聚をしないんです、まったくの手つかずです、かつかつに仏を見るんですか、仏祖を継ぐんですか、はいどうぞ。

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