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2011年7月 4日 (月)

良寛詩

古を問えば古すでに無く、今を思へば今も亦然り、展転としてしょう(足に従)跡無し、誰れか愚又誰れか賢なる。
いにしへを問えばいにしへすでになく、今を思えば今もまたしかり、三心不可得です、禅問答ではなく実にかくの如しを知る、大河ドラマという一億総 白痴番組ですか、戦争はいかんみんな仲良く平和にですか、戦争はトヨタバッシングの国アメリカが仕組んだことだなと、恨みつらみの宗教は執念深いわっはっ は、因果必然という中にありながら人の捉える能はず、それをいいことはいいだからという、賢者ほど愚者の道理ですか、展転としてしょう跡なしはもって単へ に身を委ねるほかはなく、これを知るすなわち仏道です。
縁に随って時日を消し、己れを保って終焉を待つ、飄として我れ此の地に来る、首を回らせば二十年。
そりゃあることみんな他との関わりです、人事自然事おなじく苦楽喜怒哀楽たとい深刻このうえなしも、信長ではないが人生五十年難波のことは夢のま た夢、沢庵禅師は一年三百六十五日夢と、これ真実であればあるほどに夢なんです、100%そのものであるときに反省しないんです、幼児の記憶なきはこれ、 時日を消しとそのように生きて下さい、どこからなんでやって来たかわからんのです、そうしてまあ年月日数えれば二十年また五十年です、死ぬまで生きるんで すとさ。

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