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2011年7月 4日 (月)

良寛詩

迷と悟とは相依って成り、理と事とは是れ一般、竟日無字の経、終夜不修の禅。
迷いあれば悟りあり、これを迷悟中の人という、理非をただし事を設けてどうにもこうにもの死ぬまでやってるんですか、諸法の仏法なる時節、すなは ち迷悟あり、修行あり、生あり死あり、諸仏あり衆生あり。万法ともにわれにあらざる時節、まどひなくさとりなく、諸仏なく、生なく滅なし。無字の経なんで す、字を書くさへ何を書いているかさっぱりわからんのです、大灯国師の梅渓は見事な達筆に見えますが、大灯の他の書またがんぜない子供のような、なんでこ のお方がと不思議に思っていたですが、無字の経これ、人間が消えちまっているんです、不修の禅に到るまで十八年間乞食ですか、不修の禅これのできた人ほん とうに数えるほどしかいません、なにがなし手をつけて大火聚の如しやっています、まさに良寛さにあらず。
鶯は囀る垂楊の岸、犬は吠ゆ夜月の村、更に法の情に当たる無し、那んぞ心の伝ふべき有らん。
ねん華微笑我に正法眼蔵涅槃妙心の要術あり、迦葉に付嘱すと、まったくまさに良寛に伝わったです、今にこれを伝える術あり、なんぞ心の伝ふべきあらん、聞いたからには必ず用いて下さい、無為の真人面門に現ず、智慧愚痴般若の通ず。

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