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2011年6月27日 (月)

良寛詩

古仏の経を持すと雖も、祖師の禅に参ずるにものう(りっしんべんに頼)し、衣は実に風霜に朽ち、食はわずかに路辺に乞ふ。
古仏の経はお釈迦さんや道元禅師の言葉です、これは持っているけれども祖師の禅に参ずるにものうし、ここまでくりゃたいしたもんです、中途半端 じゃ反対こと云います、お経は知らんけれども仏祖の禅に参ずると、どうですかよくよく看てとって下さい。参じ尽きてただこれまったくの禅ですか、しかも 日々新たにというなーんにもなしです、お経はあるいは涙を流すに足るんです、良寛これ良寛、道元禅師以来わずかに数人ですか、仏仏に単伝してよこしまなき 時は自受用三昧これを標準とすと、うまく行く行かないのからをすっかり落として下さい、これっこっきり百千万劫です。衣は実に風霜に朽ち、食はわずかに路 辺に乞うと、生活のしがらみなきにしくはなし、まったくんさようやくにして気が付くとは情けなや、一箇まさにあるだけで十二分からです、いらんものはみん な捨てちまうんですよ、でもまっさきに自分この身心を捨てるんです。
月に対しては月を詠じ、雲を看てはここに還るを忘る、一たび法舎を出でしより、錯って箇の風顛と為る。
まったく文字通りこう暮らしているんです、物の見事としか云いようがない。わっはっは爪の垢を煎じて飲みますか、行く行くは我れも良寛ですか、いいえ良寛のほかにだれあって行き着くところはないんです。

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