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2011年6月 6日 (月)

良寛詩

因果に三世有り、影の其身に随ふが如し、但だ業の軽重をお(珍の王でなく走)ふて、遅速の報均しからず。
善悪の報に三時あり、一者順現報受、二者順次報受、三者順後次受と因果の道理を示すんですか、因果忘じて空しからんが如きは諸仏の出生あるべから ず、祖師の西来あるべからずと、今の人法を得るのに難きは因果忘じてぬかにくぎだからですか、付和雷同の多数決じゃたいていどうもなんにもならんです、わ しはよっぽど前世のいて徳を積んだとみえて今生のでたらめはた迷惑もなぜか大目に見て貰えた、でも次の世さんざくたーってな、そうさなあわしに許されてい るのはあるいはこの世のものすべて返上ですか、死んで死んで死にきって行くよりないです。
君に勧む能く信受して、外道の倫を学ぶ勿れ。
仏教とは何かというと強いて云えば因果必然ということですか、それ以外にはまったくないんです、因果必然を知る、手つかずで行くだけです、真正面真面目これ。

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