« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »

2011年6月 6日 (月)

良寛詩

人心各同じからず、面の相違有るが如し、倶に一般の見に執して、到る処是非を逞しゅうす。
これがすなわちまったく世の中です、せっかく良寛が指摘してもなんら変わらんですか、お釈迦さまが2000年もまえに人のありよう、仏かくの如し と示しても、さっぱりなんもようならんですか、いいえ一人二人自覚することができたです、今も本当本来を見ることができます、正法に値う今日の我らを願う べしという、わずかにたったこれだけです、自然大地宇宙200%是です、よきかなよきかな一箇半分寒山拾得です、まさに四ゆい蘇るんです、これは先の詩の 不足分ですか、うっふ付け足したんです。以下同じ。
我れに似れば非も是となし、我れに異なれば是も非となす、唯己れの是とする所を是とし、何の他の非とする所なるを知らん。
是非は始めより己れに在り、道は固より斯くの如くならず、竿を以て海底を極めんとす、祇だ覚る一場のち(痴の知ではなく疑)たることを。
自分を用なしにすること、これ参禅です、死んで死んで死に切って思いのままにするわざぞよき。ようやく地球ものみなのお仲間入りです、どこにてめえに首突っ込んで歩く無様がありますか、捨身施虎これ仏教の枢要。

|

« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »