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2011年6月11日 (土)

良寛詩

痛ましひ哉三界の客、知らず何れの日にか休せん、往還す六趣の岐、出没す四生の流れ。
見るに見かねる痛ましさ、ニュースもまた業苦の世界です、三界の客人みなのことです、六趣四生に輪転すと、地獄餓鬼修羅畜生人間天上の盥回し、四生とは胎生卵生湿生化生の四つですとさ。
君と云ひ臣と云ふ、皆是れ過去の讐、妻と為り子と為る、なに(喝の口なし)に由ってか幽囚を出ん。
君臣妻子生まれ変わり死に変わりしての因縁によりますか、どこからどう始まっているかなんぞわからない、そのとらわれの憂き目を離れる手立てがない、実にこれを痛感するによってお釈迦さまの出家得道があったんです。
たとひ(糸に従)輪王の位を得ようとも、竟ひに陶家の牛とならん、痛ましひ哉三界の客、何れの日にか是れかつ(喝の口でなく欠)頭。
転輪聖王という須弥四州を統括する王さま、陶家どっかそこらの陶さんちの牛となるってことですか、痛ましいかないずれの日か休かつせん、ぽっかり大ひまが開くんです、生まれついての本来、舌頭たたわわとして定まらずにっこり。百花開くんです。
通夜熟つら思惟し、涙流れて収むる能はず。
観念ではなくまさにこれがありさま、よくよく見て取って下さい。

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