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2011年6月11日 (土)

良寛詩

聞道は須べからく耳を洗ふべし、不からざれば即ち道持し難し、耳を洗ふ其れ如何、見知を存する莫れ。
道を聞く、仏を知るには耳を洗え、でなくば道はそっぽ向く、だらしなしの仏などありようもなし、耳を洗うとは他所ことじゃない、許由の清を洗えと いうのだ、見を持つなかれこれ洗耳の根本、なにはこうあるべきだからという、人間騒々しく地球破壊の因はただこれ、100億シーシェパードの紅衛兵の、ど うですかまさにこりゃどうもこうもならんです。
知見わずかに存する有れば、道と相離支す、我れに似れば非も是と為し、我れに異なれば是も非となす。
宗教の思想の主義主張の哲学の、これを払拭してようやく地球宇宙のお仲間入りです、どんずまり空中分解もおいそれとはいかんですか、悲惨無惨の世の中。
是非始めより己に在り、道其れ是くの如くならず、水を以て石頭を没す、祇だ覚る一場のち(痴の知を疑)たることを。
自分というもの我れという根無し草を去るんです、ほかに道につくすべはなし、石頭を水中に没するわっはっは水に帰るんですか、そりゃおもしろい、石頭粉砕したっても石ですか、悟ってみれば一場のまあ恥ずかしいかぎりのさ。

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