« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »

2011年6月11日 (土)

良寛詩

珊瑚南海に生じ、紫芝北山に秀ず、物固より然る所有り、古来今年に非ず。
珊瑚は南の海に生まれ、霊芝は北の山に抜きん出る、物もとより個々のありよういわれがある、かつてはまた今ではなく、珊瑚も紫芝も傑出珍奇のものですか。万人中の一。
伊昔少壮の時、錫を飛ばして千里に遊ぶ、頗る古老の門を叩いて、周旋凡そ幾秋ぞ。
むかし血気盛んであったころは、錫杖一本に千里のみちのりを遊化した、あっちこっちに先達の門を叩き、道にいそしむこと幾春秋。
そりゃほんとうに行雲流水糸の切れた凧して、清の国まで行こうとしたらしいです。
期する所は弘通に在り、誰れか惜しまん浮おう(さんずいに区)の身、歳我れと共ならず、己んぬ復た何をか陳べん。
仏を修し仏を敷衍することこれたった一つ、宿なしのあぶくみたいな境遇をなんとも思わなかった、だが年にゃ勝てず、やんぬるかな何をか云わんや。
帰り来る絶けん(山に献)の下、蕨を采って昏辰に供す。
人里はなれた山中ですか、しょうがない帰ってきて庵を結び、わらびをとって朝夕食っているってことです。

|

« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »