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2011年6月 6日 (月)

良寛詩

我れ多く求むる人を見るに、蚕の自ら纏ふに異ならず、渾べて銭財を愛しむが為に、心身暫らくも間ならず。
求める人求道の人100人中100人あるいは99人までがこれです、知識悟り仏らしさ仏教なるものを蚕のように身に纏いつける、銭金を愛するよう にして一寸休まずに刻苦精励ですか、あっはっはそれじゃひまあかぬ、間すなわち仏の露われる、学者仏教はじめっから別物です、師家禅師店を開き出世のため のゆえにですか、これが世の中っちゃそれまでですが、一人風穴開ける良寛が大切です、でなきゃ真っ暗闇。
年々性質を損し、歳々魯玩を益す、一朝黄泉に赴く時、半箇も己れの分に非ず。
年取るにしたがいもって生まれたよさを損なうんですか、そうしてもっていよいよ馬鹿になる、何年か前に同寮会をやったらつくずくそう思ったです、 エリートだおれはこの道に一番いっち頭がいいんだといってぼけている、どうにもこうにも取り返しのつかぬほどへんてこれんが笑ったり飯食ったりする、世の 中の生贄だなあと思い哀れに見えたんですが、いっしょにいると疲れる、自分がらくたぽんこつだとちらとも気が付けば間があくんですか。黄泉に赴くとき半箇 もおのれにあらず、そりゃあ哀れなこってす。
他人は快楽を受くるも、姓名杳として聞こえず、是れらの諸ち(痴の知ではなく疑)子、太殺(はなはだ)哀憐すべし。
他人の快楽ですか、比較検討のないおのれの楽しさというのを知らず、それじゃもとっかなんにもならない、たとい死んじまったらそれっきり、流行作 家みたいに生きている間から忘れられたり、でもいったいこりゃ何を云っているんだかわっはっは、はなはだ哀れむべき、人生たとい百年一瞬でも本当本来を得 る、でなきゃまるっきり無意味です。

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