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2011年6月 6日 (月)

良寛詩

我れ行脚の僧を見るに、都べて是れ可怜生、三刹地を踏まずんば、のう(ころもへんに内)僧の名を汚すと謂へり。
行脚僧を見るにかわいいもんだ、哀れだっていうわけです、かっこうつけて托鉢行脚して、一に師を求めというが、なにしろ三刹、永平寺能登の総持寺 もうひとつ加賀の大乗寺ですか、これを問うことなければ一人前とはいえぬというわけで、どいつもこいつもぞろぞろ。今は曹洞宗門僧そのものが絶え果てて、 そりゃ行脚も托鉢もないです。
所以(ゆえ)に本師を辞し、茫々策を杖いて行く、一夏此の地に住し、三冬彼の郷に到る。
とにかく名のある師を見つけて一夏、いちげという三ヶ月の修行期間です、そやつを曲がりなりにも過ごし、三冬てめえの寺へ帰っておっちゃんしてい る、かっこうつけはすでに良寛の時代からかくの如し、法を求めるんじゃなし、世間通用する坊主になるための、まあさなんだかわけがわからん。
徒に師の口頭を采り、之を以て平生に充つ、相逢ふて一問を裁せば、旧に依って可怜生。
師の口真似をして世間わたりをするわけです、大小無数の悟ったさん困ったさんはその上に我田引水ですか、今の意識の退廃とあいまって目くそ鼻くそ どころじゃないんです、一問発するまえにそっぽむくよりないんですが、可怜生ってかわいいもんだというには、見るもおぞましく。旧によってと、どこ切って も死んで腐っている、悟ったと云っては生きるの止めるんですか、あほくさ。

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