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2011年6月 6日 (月)

良寛詩

憶ふ円通に在りし時、恒に吾が道の孤なるを嘆ぜしを、柴を運んでは(がんだれに龍)公を懐ひ、うす(石にふるどり)を踏んでは老蘆を思ふ。
玉島の円通寺僧堂にあって良寛はまったくの孤独であった、なれあいなくらしいことをせずただこれ道を求める、たきぎを運んでは馬祖道一の弟子ほう 公を思い、臼を踏んでは六祖禅師を思う、そりゃ人真似したって二束三文なんですが、古人かくの如くしてと鷲みたいにさぼったりふしだらすることがなかった んです。この道どんなに智慧犀利だろうが通身をもってする以外にないんです、ただもうこれまっしぐらのほかにないんです、余禄とかうまくいっただからなん てことないです。
入室敢えて後るるに非ず、朝参常にと徒に先んず、一たび席を散じてより、悠々たり三十年。
入室は独参です師家に直談判です、独参と提唱これが接心の手段の二つですか、ただ坐ってりゃ行くはずがあれこれ取り扱う、どうしたっても自分を もってする、師家はそれを取り外す、尋常の手段じゃないんですか、邪師は付け足し正師は奪い去る、もとこれ仏自縄自縛の縄をほどきおわれば仏です、でな きゃいくら印可底だろうが三日天下です。朝参は師家が挙し、学人が応ずる形ながらくそんなふうにやってたです、一たび席を散じてより、大ひまが開いたんで す、用なしになったとは、師家にも自分にも用なしになったんです、全宇宙まったくわがものにして悠々たり三十年。
山海中州を隔て、消息人の伝ふるなし、恩に感じて竟ひに涙あり、之を寄す水せん(さんずいに屍の死ではなく子と丹)かん(暖の日ではなくさんずい)。
一所不定住で托鉢して歩く、まーるで糸の切れたたこです、この事の特徴は西欧流と違って記述する用がないんです、ほんものそのものが歩く、常に答 えのまっただなか、どっか外れりゃ外れのまんま真、背けばぶったくてめえ痛い目見るっきゃないんですかあっはっは、正法眼蔵に涙を流す、恩に感じてついに 涙を流す、人とのつながりはこれっきりです、僧道の対大古法はわんさかよったくるがきどもです、しかもついに生涯をまっとうする、ものすごいやっちゃな良 寛は、一休も舌を巻く。之を寄すせんかんたり、水のゆくりなきさまをせんかんという、坐ってごらんなさい機せい電の如く眼流星に似たりという人間本来、水 せんかんという大宇宙にぽっかりは比類なき醍醐味です。

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