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2011年6月

2011年6月27日 (月)

良寛詩

じん(くさかんむりに任)せん(くさかんむりに丹)歳云(ここ)に暮れ、こう(日に天)粛霜を降らす、千山木葉落ち、万径人の行く少なし。
じんせん歳月の長引くさまですとさ、ようやくここに年は暮れ、天空は霜を降らす、千山枯れ落ちて、万径人の行く少なし。
永夜乾葉を焼き、時に風雨の声を聴く、首を回らして往事を憶へば、都べて是れ夢一場。
焚くほどは風がもてくる落ち葉かなですか、乾いた葉っぱを燃やして暖を取る、そりゃ夜は永いですか、時に風雨の声を聴く、思んみるに往事一場の 夢、ほとんどまったく思い出さないんです、いえ良寛は真正直のやることはたしかにやって来たんでしょう、わしはひとりよがりはた迷惑ばっかりで、ついでな んにも思い起こさないんです、棺桶に入ってすっからかん、ははきぎに影というものなかりけりってねわっはっは、月に詠じて雲に忘我することは、一瞬一草命 なんです、100%生きることはあるいは死ぬることと同じ。

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良寛詩

孤拙と疎傭と、我れは出世の機に非ず、一鉢到る処に携へ、布嚢也相宜し。
一人きりですか、自分の判断をのみ尊重するんですか、あるいはどうしようもなく一人花開くんです、生まれつき疎遠です、天才性能というそりゃ生き 残るための必死の努力ですが、疎傭ものうしと、世の中ついに出外れてあっはっは云うことなし、我れは出世の機に非ず、虎を描いて猫にもならず、元の木阿弥 栄蔵生と、いつんころからこう自覚するんですか、人また一鉢携えて至る所にという、他まったくなしを知る、布嚢とこれっきり。
時に寺門の側らに来たり、偶たま児童と期す、生涯何の似る処ぞ、謄謄且らく時を過ごす。
世界に冠たる良寛禅師、乞食坊主がなすことがきどもと現を抜かす、生涯誰にも似ず、ゆにーくなことは天上天下唯我独尊、ぬーっと棒杭のように現れ て、まったく他なしは哲学も思想も宗教もいいことしいもなーんにもなし、これぞただの人。破れ衣万歳です、人類史すなわち良寛です、わしはそう云ってはば からんです、なあ一休さん。

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良寛詩

宇内其の人有り、永劫阿誰か難ぜん、堂に升って面を見ず、人を雇うて言語伝う。
天下宇宙に一箇ありははーいあなたもそうです、もと生まれ着いていえ生まれる以前からまさしくっていうのに、気がつかない、仏に会いながら仏を見 ず、如来来る如しを自ら判断せず、人を雇うて言語伝うと、噂の話をして良寛はこうだだからどうだという、どうしようもこうしようもない罰当たりですか、お とといおいで。
空をねん(てへんに占)じて山がく(叡に土)となし、石を畳んで波潤と作す、時有って康か(行のあいだに嬰の女ではなくふるどり)に出で、手を伸ばして一銭を乞ふ。
言語ではなく実際にやってみりゃ面白いです、空が山岳になり波が石畳ですあっはっは、でもって一時街中へ出て銭を乞う、面白いです、サルトルとかニイチェとかだれかれ夢にも見ぬ現実です。

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良寛詩

本色は行脚の僧、あに(山のしたに豆)悠々として存すべけんや、瓶を携えて本師を辞し、特特として郷州を出ず。
本職でいいんですか本来は行脚の僧です、悠々としてなんかいられない、瓶は清瓶といって中国雲水の持ち物、口や手を注ぐ水が入っている、我が国に あっては不用ですか、清瓶を携えてが行脚の本筋ってことです、本師は出雲崎光照寺玄乗破了和尚、玉島円通寺国仙和尚の化縁に会い、郷里をあとにする。まさ に不惜身命の修行であったこと、いくつかの事例が記されている、さぼっていりゃわしみたいに遅くなるばっかりです、命を預けることこれ。
朝に孤峰の頂を極め、暮れに玄海の流を絶つ、一言若し契はずんば、此生誓うて休せず。
孤峰頂上に一庵を結びと、天下の納子の舌頭を断ずと、仕上がった人を送り出す語です、唯一人です、だからどうのの卒業論文じゃないんです、比較を 絶することこれ。一言若し契はずんばとは、自らに聞けということです、ちらとも未だしあればそれは未だしです、是とするまでは今生休もうったって休むわけ にゃいかんです、どかんと大ひまが開いてはーいそれ以後を参禅というんです。

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良寛詩

古仏の経を持すと雖も、祖師の禅に参ずるにものう(りっしんべんに頼)し、衣は実に風霜に朽ち、食はわずかに路辺に乞ふ。
古仏の経はお釈迦さんや道元禅師の言葉です、これは持っているけれども祖師の禅に参ずるにものうし、ここまでくりゃたいしたもんです、中途半端 じゃ反対こと云います、お経は知らんけれども仏祖の禅に参ずると、どうですかよくよく看てとって下さい。参じ尽きてただこれまったくの禅ですか、しかも 日々新たにというなーんにもなしです、お経はあるいは涙を流すに足るんです、良寛これ良寛、道元禅師以来わずかに数人ですか、仏仏に単伝してよこしまなき 時は自受用三昧これを標準とすと、うまく行く行かないのからをすっかり落として下さい、これっこっきり百千万劫です。衣は実に風霜に朽ち、食はわずかに路 辺に乞うと、生活のしがらみなきにしくはなし、まったくんさようやくにして気が付くとは情けなや、一箇まさにあるだけで十二分からです、いらんものはみん な捨てちまうんですよ、でもまっさきに自分この身心を捨てるんです。
月に対しては月を詠じ、雲を看てはここに還るを忘る、一たび法舎を出でしより、錯って箇の風顛と為る。
まったく文字通りこう暮らしているんです、物の見事としか云いようがない。わっはっは爪の垢を煎じて飲みますか、行く行くは我れも良寛ですか、いいえ良寛のほかにだれあって行き着くところはないんです。

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良寛詩

誰が家か飯を喫せざらん、何為れぞ自ら知らざる、伊(ただ)余此の語を出す、時人皆相わら(口に山虫)ふ。
どこの家の飯食ったか食わなかったかそんなこと知らんというのです、出されりゃ食って出されなきゃ食わんだけのこと、ただもうそれだけって云うと、人みなあざ笑う。坊主のありようただこれだけ。飯なきゃ死ぬっきりです。
爾(なんじ)も与(とも)に我が語をわら(口に山虫)ふ、如かず退いて之を思はんには、之を思ひて若し休まずんば、必ずわら(口に山虫)ふべき時有らん。
なんだお前も笑うではないか、なーるほど一歩さがって思うには、思いかえりみてなをも止まずは、そりゃ必ず大笑いする時あらんと、あっはっは面白 いっちゃ面白いけんども、なにが面白いのかなんで笑うのかじき忘れちまう。奇妙きてれつですか、どだい托鉢乞食して歩く、わっはっはものみな一切笑うべ きってさ。

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良寛詩

孟夏ぼう(くさかんむりに亡)種の節、錫を杖いて独り往還す、野老忽ち我れを見、我れを率いて共に歓を成す。
初夏六月のころですとさ、錫杖をついて一人往還す、野老百姓じっさが見て、来いよと引っ張って行く、歓談しばしですか。
芦はい(くさかんむりに発)聊か席を為し、桐葉以て盤に充つ、野酌数行の後、陶然畦を枕として眠る。
六月になりゃ蚊もぶよも食うんだけどな、あしのむしろを敷いて、桐の葉っぱを皿にして、のっぱらに酒を酌み交わす、陶然酔っ払って畦を枕に眠った というのです。良寛と酔っ払うとは百万人のうちたった一人、なんという幸せか。そうは思わんですか、もっとも今様の人良寛の噂を知って良寛を知らず、ただ これ贔屓の引き倒しですか。

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良寛詩

托鉢して此の地に来たる、涼秋八月の夜、園疎にして栗刺見れ、天寒うして蝉声収まる。
托鉢してここへやって来たというのです、五合庵に帰りついてもそりゃ同じです、涼秋八月の夜、もう九月になったんですか、お粗末な庭園には栗のいがが見え、天上はもう寒くなって蝉の声が止む。
我が性嗜なむ所無く、起坐思ひ悠々たり、八軸の法華経、巻叙す胡床の辺り。
我が性たしなむところなくは、坐っていてかすっともかすらないんです、他の詩人文人等には真似のできないところです、良寛音楽栗のいがであり蝉の 声であり、天地はるかに通達する、趣向あり思想ありではわだかまる、起坐思い悠々たりとは、自分を観察しないんです、観察しようとする自分がないんです、 仏仏に単伝して邪まなきときは自受用三昧これを標準とすと、古来これのできるものな何人もいなかったです、よくよく看るがいいです。

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良寛詩

終日煙村を望み、展転乞食して之く、日は落ちて山路遠く、烈風髭を絶たんと欲す。
一日中村村を廻るんですか、遠鉢といってこれがまあしんどいことは、日は落ちて山の中、おまけにひげをむしるような強風です、あっはっは泣きっ面。
のう(ころもへんに内)衣半ばけむり(火に因)の如く、木鉢古りて更に奇なり、未だいとは(がんだれに口月犬)ず飢寒の苦、古来多く斯くの如し。
墨染めもおんぼろぼうぼうですか、鉢の子お釈迦さまの頭蓋をかたどったという応量器です、禿ちょろけてようもわからんふう、空威張りして未だいと わず飢えと寒さとというわけです、あっはっはどうもこうもならんで古来多くかくの如しと云っているわけです。たいして托鉢もしないわしのようなんでも身に 覚えがあります、今はだが禅宗滅んで托鉢はそういう商売があるっきりです、仏道というたった一つの光明がふっ消える。

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良寛詩

荒村に乞食し了って、帰り来る緑岩の辺り、夕陽西峰に隠れ、淡月前川を照らす。
貧乏村を托鉢しおわって、緑岩の辺に帰り来る、夕日は西の山の峰に隠れ、淡い月が前の川を照らす。
足を洗って石上に上り、香を焚いて此に禅に安んず、我れ又僧伽子、あに(山に豆)空しく流年を渡らんや。
足を洗って岩の上に坐す、おれも僧の仲間だ、一生不離叢林です、空しく歳月を費やすべからず、一人きりの良寛世の中仏の世界の一員です、一寸の光 陰空しく渡らず、世間人のいう孤独だの自由だのいうただこれお茶を濁すだけの、なんのいわれもないです、妄想まるけの見るも無惨です、脱するチャンスあれ ば無為にせずと、一生に一度もないんです。

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良寛詩

終日乞食し罷る、帰り来たって蓬扉をおお(俺のイでなくてへん)ふ、炉には葉を帯ぶる柴を焼いて、静に寒山詩を読む。
一日托鉢して、帰ってきて貧乏屋敷の戸を閉める、葉っぱのついた柴を焚いて、一人寒山詩を読む、寒山拾得二人交歓し山の上の岩に詩を書く。
西風微雨を吹き、颯々として茅茨にそそ(さんずいに麗)ぐ、時に隻脚を伸ばして臥し、何をか思い又何をか疑わん。
のっこり足を伸ばして寝て、何を思うこともなく何を疑うこともなし、浮世のこと知れるに悲しい、淋しいばかりですか、出家世捨て人自ら進んでとい うことはなく、ただ凝れどうしようもこうしようもないんです、そうしてもって思うなく疑うなく手足等閑です、よろしくよく良寛に出会うて下さい。

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良寛詩

しん(日に辰)朝杖錫を持し、乞食して市てん(廓の中のへんを墨)に入る、市てんちゅう(田に寿)昔に非ず、池台半ば変遷。
朝っぱらから錫杖をついて街に托鉢する、街は昔のようではなかった、池の辺が様変わりする。
面は払う霜夜の風、嚢は重し老夫の肩、行きて旧遊の地を過ぐれば、松柏寒煙に閉ず。
夜来霜を置く、その風に面つき涼しいんですか、行鉢は老いた肩に重く、むかし遊ぶ地を行けば、松に柏に寒いもやに閉ざす。
年置いた感慨がしみじみ出ています、現つです、現を抜かして甘い夢をむさぼればなをまた無惨ですか、はーい。

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良寛詩

維(これ)時八月の朔、托鉢して市廓に入る、千門平旦に開き、万戸炊煙斜めなり。
八月の一日托鉢して街路に行く、家並みは夜明けを向かえ、戸戸炊事の煙が上がる。
宿雨道路を淨め、秋風金環を揺かす、遅遅として食を乞ひ行けば、法界廓として無辺。
夜来の雨が路を淨め、秋風に垣根が揺れる、一戸あて托鉢して行くと、ものみな廓然としてはてなし。
自分というものなくてものみなあるんです、ただこれこれ。金環は植え込み門扉の様子ですか、廓然無聖不識これ。

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良寛詩

天気やや(梢ののぎへん)和調、錫を飛ばして春遊を作す、渓かん(潤の王でなく月)水けん(絹のさんずい)けん、山林鳥しゅう(口に秋)たり。
天気はまず穏やかにして、錫杖を飛ばして春にたわむれ遊ぶ、谷間の水せんかん、山林に鳥はさえずりやまず。
或いは僧侶に伴って行き、復た友人に投じて休す、生涯何に似る所ぞ、汎たる彼の繋がざる舟。
坊主のあとについて行ったり、友人に出会って話し込んだり、わしの生涯はだれにも似ず、もやい綱を解かれた舟にょうに大海を漂う。
糸の切れた凧のように托鉢してついには明の国まで行こうとした良寛、人に似せて生活するのを世間という、似せるものなきを出世間という、ハーイまったくそりゃそのとおりです。

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良寛詩

天気やや(梢ののぎへん)和調、錫を鳴らして東城に入る、青青たり園中の柳、へん(さんずいに乏)へんたり池上のぼう(くさかんむりにさんずい平)
ぼうは浮き草
鉢は香る摩詰の飯、意は擲つ難陀の栄、事に従ふ迦葉の跡、遅遅として乞食して行く。
摩詰はお釈迦さまの弟子、居士であったか道にいそしむ人のはしくれの心つもりですか喫茶喫飯これ、お経は阿難尊者とわしはとってもそんな博識大知 識じゃないけれども、迦葉尊者の末裔だというんです、仏弟子で迦葉の跡を慕わぬものなし、大迦葉われらすべての第一座です、のこのこ乞食して行くんです、 まずもってわしはなんにもならずの、そうさなあただのあほ。

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良寛詩

春風やや(梢ののぎへん)和調、錫を鳴らして東城に入る、青青たり園中の柳、へん(さんずいに乏)へんたり池上のひょう(くさかんむりにさんずいに平)
春風に和するにはまだ少しばかりっていうんですか、錫を鳴らして鈴を振るんですか錫杖を突くんですか、托鉢行です、城下の東に入る、柳は青々として、池にはうきぐさがただよいつく。
鉢には香る千家の飯、心には擲つ万乗の栄、古仏の跡を追慕して、次第に乞食して行く。
米も銭も千家の香りですか、心はたった一つです、たった一つは自らを知らず、栄誉という衣は着ない、古仏の跡を追慕して一人托鉢して歩く、らしいものだからおれはと顧みない時如何、独立独歩とはすなわち知らず。

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良寛詩

昨日城市に出でて、乞食す西又東、力極まって道の永きを覚え、肩は痩せて嚢の重きを知る。
昨日街へ出て西に東に托鉢して歩く、踏ん張りもきかずやけくたびれて、行鉢がずっしりと重かった。一斗入る行鉢を二つ背負ってというのが屈強の雲 水のならわしだったが、そりゃどだい米一斗でいいかげんよろける、ゼニだけ繰れりゃありがたいってそうもいかない、わっはっは道っぱてで立ち往生しちまっ たこともあったな。
ちゅう(躊の足ではなく田)昔の黄金の屋は、今蓬こう(くさかんむりに高)に任す、行きて行楽の地に到れば、松柏晩風に叫ぶ。
ちゅう昔むかし黄金の屋立派な家屋敷ですか、良寛の因縁といえば家柄からして数あるわけだが、良寛のあとは弟が継いだんですか、わしはうろ覚え又 聞きでわからんです、今は草ぼうぼうになっている、行楽の地とはかつてみなして遊び楽しんだんですか、松柏晩風に叫ぶとは、ぞっとまあ効果的です、良寛音 楽なかなかのものです、いたずらな風景ではなく乞食して行く本来心、実に足音が響くんです。

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良寛詩

昨日城市に出でて、乞食す西又東、肩痩せて嚢の重きを覚え、単衣霜の濃きを知る。
ご城下へ出て托鉢する、乞食こつじきと読む、西へ東へ、肩は痩せて嚢鉢重く、墨染めに霜がずっしり来る。若いたって米托鉢はどえらく重くって参ったが、どだい托鉢乞食は重労働だった、二時間もするとやけくたびれ、一村始めると一軒残さずというのがきまり。
旧友何処へか去れる、新知相逢ふ少なし、行きて行楽の地に到れば、松柏悲風多し。
年寄るに従いだれかれ死に別れ、新しい人に出会うのが疎ましくなる、そりゃ良寛だろうがだれあって同じですか、仲間うち同じに年老いて、松柏悲風 多し、いいやつから先に死ぬ、非法相次ぐ一人ぼっち。自分という形影相見るが如く、死んだのちの自分のようにものみな一切です、これを知りかれを知る、し かも淋しいんです、月山でミイラになりますかあっはっは。

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良寛詩

冥冥たり茫種の節、のう(衣へんに内)衣冷ややかにして乾かず、軒は蓬こう(くさかんむりに高)の没するに任せ、かき(状の犬を薔のくさかんむりなし)は藤ら(羅の四ではなくくさかんむり)の穿つに従う。
冥はどんより暗いんですか茫種は六月です、衣を干しても乾かず、軒は草ぼうぼう、垣根には藤やかつらが跋扈する。そりゃ山ん中は絶えず戦んと自然に負けてしまうです、お寺だって山寺は忙しない思いをする。良寛みたいにあんまり喜んでもいられんなあ。
口有れども宛たかも椎の如く、心無うして長く門を閉ず、終日堵を環らすの室、孤坐して思いしょう(ぎょうにんべんに又に羽)然。
椎のように押し黙って、無心というより心を使わずですか門を閉ざす、あっはっはどうしようもないんですな、堵は方一丈を板とし五板を堵とするとあ る、部屋のすがたです、坐って破れ法会、破家散家という、坐るに仏に出会わぬ人はどうしても纏め上げるんです、自ら運んでよきものを得る、そうじゃないん です、ぶっこわれ投げ与える方向です、どうにもこうにも千変万化のまんまついに用なしですよ。

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良寛詩

日落ちて群動息み、我れも亦柴扉をおお(俺のイでなくてへん)ふ、蟋蟀声ようや(のぎへんに肖)く幽かに、草木色漸く衰ふ。
日が落ちて夜になる、毎日のことながら思えばこれ大事件ですか、赤提灯に酒を飲みに行く、俺もそうだがおまえもそうでだからなどお茶を濁すか、テ レビを見るか、一億総評論家にお宅にと、やたら犯罪に走る六十代と、世の中良寛独居を見直すにいいんですか、花や雲や鳥やけものと生活と上っ調子はないん です。
夜長うして数(しばしば)香を継ぎ、肌寒うして更に衣を重ぬ、勉めん哉同参の客、光陰実に移り易し。
一柱は4、50分、線香一本分です、ただもう坐るんです、悟り終わってようやく修行の緒に就くんです、悟跡の休けつを長長出ならしむ、良寛の生活の根幹です。

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良寛詩

孤峰独宿の夜、雨雪思ひ悄然たり、玄猿山椒に響き、冷かん(燗のさんずい)潺湲を閉ざす。
孤峰頂上に一庵を結びですか、天下の人如何ともし難しとある、満員電車の中にあってもそりゃ同じです、どこで坐禅をすりゃもっとも端的好都合かっ ていう答えはおのれ自身です。雨まじり雪降って悄然、猿の鳴く山ですか、谷水は流れの音を閉ざす、雪溶けはどうどうでしょうがね。
窓前灯火凝り、床頭硯水乾く、徹夜こう(耳に火)として寝られず、毫(ふで)を吹いて聊か篇を為す。
あっはっは良寛の実存主義ですか、もっともピカソには空間がない、ただもう筆の穂先の跡が命です、良寛はちゃーんと両足で立って歩いています、良寛には跡継ぎがある、道は開けています、西欧実存主義はどんずまりの堕地獄です、もはや終わって久しく。

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良寛詩

玄冬十一月、雨雪正に霏霏たり、千山同じく一色、万径人の行く稀なり。
冬になるんです、雨が雪にかわって霏霏として降る、千山いっしょく、どこもだれも通らない、まあこういったふうです。
昔遊総て夢と作り、草門深く扉をおお(俺のてへん)ふ、幾夜こつ(木に骨)とん(木に出)を焼き、静に古人の詩を読む。
こっとんはほだ、たきぎです、雪降ってまさにこんなふうです、一人っきりが壷中天地ですか、いいや天地そのものなんです、放逸にして不善をなすと はまったく別です、人間の強さを知るにいいです、文化とはこれです右往左往の流行じゃないです、わっはっはいまさら云うてもどうしようもないか。

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良寛詩

一路万木の裏、千山杳霞の間、秋に先って葉すでに落ち、雨らずして巌常に暗し。
良寛無玄琴かくの如くにという、どうもこれたしかに山へ行くとこんなことあるな、一人できのこ取りに行くときは見知らぬ山だと迷わぬようにするのがたいへん、楽しいっていうときのこを取る楽しみと、林の森閑、一人っきりのなんだろうなよろずものみな。
籠を持ちて木耳を采り、瓶を携えて石泉を汲む、迷路の子に非ざるよりは、能く此の間に到る無けん。
とにかく飯を食ってたれかれ仲間があるってことですか、良寛の仲間というと子供らのほかにだれかいたんですか、書の仲間と仏の仲間と、そりゃとつぜんそういう仲間がいるにはいた、草花木石とたいして変わることもなし。

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良寛詩

粛粛として天気清く、哀哀として鴻雁飛ぶ、草草として日西に傾き、せき(さんずいに折)せきとして風衣を吹く。
秋のすっきり哀哀草草良寛の詩人たる面目躍如ですか。見るほうもすっきりかん。
漫々玄夜永く、浩々白露滋し、我れも亦此より去って、寥々柴扉をおお(俺のてへん)はん。
ここより去ってという、去っても去らずとも同じ様子がおかしい、幻住というんですか、真如これ。

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良寛詩

寥々として春すでに暮れ、寂寂として長く門を閉ざす、天に参じて藤竹暗く、階を没して薬草繁し。
長い春の日が暮れる、門を閉ざしてはだれも来ず、藤に竹が天に参ずるほどに暗く、きざはしを埋めて蓬莱ですか。うははものすざまじいって感じです。
鉢嚢長く壁に柱かり、香炉更に煙無し、瀟しゃ(さんずいに麗)たる物外の境、終宵杜けん(口にしたに回、鳥)啼く。
病気で寝ているんだな、そうするともうまるっきり見捨てられてどうもこうもならんですか、物外の境瀟洒たり、自分なくしてものみなあるんです、仏 のありようは単純でもまさにそのようには極めて難です、良寛すなわち極めて難、人知れずこそ。とけんてなんだっけ忘れちゃった、かささぎじゃなくってー

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良寛詩

千峰一草堂、終身粗布の衣、生ずるに任す口辺のぼく(僕のイではなく酉)、払うにものう(りっしんべんに頼)し頭上の灰。
千峰または天地乾坤ですか一草堂、死ぬまでおんぼろ衣をまとい、口への字に坐ってりゃ白黴が生えるまんま、頭上の灰を払うにものうし白髪ぼうぼうですかあっはっは、良寛は所作万事きしんとしていて頭も剃っていたんでしょう、四九日ごとに剃るんです。
すでに花を衒むの鳥無し、何ぞ鏡に当たるの台有らん、心流俗を逐ふ無く、人のがい(鎧の金をとってはんたいがわに犬)痴と呼ぶに任す。
悟りを得て天下取ったころはわっはっは目電光機間髪を入れずはわっはっはアポルローンのように花です、やっぱり鏡なんか見なかったんでしょうが、 直に知るにはこれなんの取りえもなし、死体と同じこれわが宗旨なりですか。流行を追う世間とはかけはなれた存在です、存在自体が欠落しているんです、人呼 んで馬鹿となすそりゃしょうがないです。

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2011年6月20日 (月)

良寛詩

寒夜空斎の裡、香煙時すでに遷る、戸外竹千竿、床上書幾篇。
寒い夜です、読書人の書斎ですか、いいや線香を点して坐るんです、一柱は4、50分。竹林のもと、書物何冊か、わしみたい持つはしからなくしちまっても4,5冊あるってのはなんでかな。
月出でて半窓白く、虫鳴いて四隣禅かなり、箇中何限の意ぞ、相対して言葉無し。
月が出て窓白く、虫鳴いて静かなり、箇中何限の意ぞ、ただこうあるんです、時間も広がりもなきにあらず、ただこうある面白いんですよ、汝これ彼にあらず、彼まさにこれ汝、相対して言葉なしの宝鏡三昧です、不可思議劫。

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良寛詩

静夜虚窓の下、打坐のう(衣へんに内)衣を擁す、臍と鼻孔と対し、耳は肩頭に当たって垂る。
墨染めを着て面壁です、普勧坐禅儀にある通りに坐るんです、お釈迦さまの会下他に専らにすることはないです、ものまねしたってどうもこうもならんです、自分を忘れ去ってはじめて可、坐禅が坐禅になりおわる季節。
窓白うして月始めて出で、雨渇んで滴猶を滋し、怜れむべし此れ時の意、寥々只自知す。
まわりの風景も心のありようも千変万化そのまんまです、顧みてとやこうしなければまるっきりないんです、寥々というただこれ、自知するを知らず。

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良寛詩

静夜草庵の裏、独奏ず歿絃琴、調べは孤雲に入りて絶え、声は流水に和して深し。
夜草の庵に、独り絃のない琴を奏でる、陶淵明に拠る、調べは雲に入り、声は流水に和す。
自分という余計ものを去って天地宇宙の間は、まさにそういう観念事を離れるんです、歿絃事を奏するが如くに。
洋々渓谷に盈ち、飄々山林を度る、耳聾漢に非ざるよりは、誰か聞かん希声の音。
谷に満ち、山をわたる、実感して下さい、聾桟敷にしか席のない今様人間、良寛独居を知るには遠いんですか、希れなる声を聞け、音も聞こえず目も見えずまっくらやみにものまねうわごと=歌人詩人芸術家の現在です。

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良寛詩

家住深林の裏、年々碧羅長ず、更に人事の促す無く、時に采樵の歌を聴く。
住む家は深い林のうちにあり、年ごとにつたが生い茂る、人ごと疎くさらに親しい人もなく、時に木を樵る人の歌声を聞く。
まあそんなふうな環境かな、今は分水が流れているから道っぱた、いやさ良寛五合庵の観光地な、屋久島によったくって雲水どもが修行するらしいが、草茫々もこっちの比じゃないみたい、目の開いた人いなけりゃそりゃわけわからんはな。
陽に当たってのう(衣へんに内)衣を補い、月に対して伽陀を読む、為に報ず途に当たるの子、意を得るは多きに在らず。
日向ぼっこして墨染めをつくろい、月明かりに祖録を読むんですか、げじゅを見る、道にいそしむ子らに云をう、これを得るのにはあれこれいらん、たった一つことでいい、ただもうまっしぐら。つに得てついに失いなんにもならずは乞食坊主、わっはっはすっからかんの元の木阿弥。

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良寛詩

蘆は孤峰に在りと雖も、身は浮雲の如く然り、江村風月の夕、孤錫静かに門を叩く。
蘆は庵ですか、人里離れたそうさなあたいていが孤立無援の住居ですか、そりゃ満員電車の中だって同じことです、身は浮き雲の如くある、仏という自 分来し方行く末をまったく離れたものです、妄想常識の人には想像も付かないんです、身心脱落底はたとい浮雲の如くですかあっはっは。江村風月の夜、そうさ なあ天下った神さまのようにとでも云っておきますか、静に門を叩くことあり。
人間心事淡く、床頭茶煙濃やかなり、従他(さもあらばあれ)秋夜永し、燭をき(前に刀)る南窓の前。
人間の心ごとですか淡くというんです、今の世の中の反対です、みんな仲良く平和にといっちゃ借金800兆を越え、差別だ身障者だといっちゃただも うこれ犯罪大国ですか、どこかおかしいと気が付く人の一人二人いたって、数多いだけが美学のまあさいったいこりゃなんだ、茶煙こまやかなり、たった一人全 世界全宇宙を知る、人に見せるふりじゃないんです、良寛断崖絶壁、さもあらばあれ秋夜永し、詩作るには灯りが必要ですか、蝋燭の芯を切るんです、あっはっ は。

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良寛詩

我れ此の中に住してより、知らず幾箇の時、困来たれば足を伸ばして眠り、健なれば則履を著けて行く。
我れこの中に住してより、五合庵ですか、こじんまりかたかつ暮らせるほどのところを天地宇宙の中心とする、比類なきあっけらかんです、なまじのお 寺だと上を見下を見うっふっふ出世街道です、坊主がどうしようもないのは良寛のころとてたいてい同じです、病気になら足を伸ばして寝る、健康なれば草鞋を 履いて出て行く。でもさ良寛は実にきしんとした人でした、放逸わがままだらしがないってことなんか微塵もなかったです。
従他(さもあらばあれ)世人の讃、任爾(さもあらばあれ)世人のわらい(口に山一虫)、父母所生の身、縁に随って須らく自らよろこ(りっしんべんに合)ぶべし。
人がどう誉めようが笑おうが、そりゃ世間の口に蓋はできないです、とにかく父母がこさえたこの身だ、縁に従いこれを自ら喜ぶべし。出家して行い清 ましてだからおれはなどじきどこかへ吹っ飛んでしまうです、あるのは世間に曝されるだけ、比較応答も直きに身を切る斧です、切られては失う、ついになんに もないの身心です、ないものは痛まない傷つかない、金剛不壊です、謄謄天運に任すには坐る以外答えはないんです、なーんにもないを知る、知るものなしを自 由自在。

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良寛詩

襤褸又襤褸、襤褸是れ生涯、食はわず(裁)かに路辺に取り、家は実にこう(くさかんむりに高)莱に委す。
ぼろまたぼろのおんぼろけこれ我が生涯、食うものはわずかに路っぱたに求め、家はよもぎの草ぼうぼうにまかす。うはっはとっても詩なんてものじゃねーやな、笑える。
月を看て終夜嘯き、花に迷うて言に帰らず、一たび保社を出でしより、錯って箇のど(奴のしたに馬)たい(馬へんに台)となる。
月を見て終夜うそぶき、月を仰いで遠来の客をほったらかした良寛、花に迷い帰る道を忘れと、一たび人間社会を出外れてより、保社お互い様の世の中 ですか、箇のどたいはロバのようなにぶいもの、かくのごとしというのです。だれあって世間どっ外れりゃこうなる、たといホームレスも心ふっきれずはやたら 苦しくさもしいばかり。

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良寛詩

生涯身を立つるにものう(りっしんべんに頼)く、謄謄天真に任す、嚢中三升の米、炉辺一束の薪。
生涯身を立てるにものうし、なにものかになって生計を立てあるいは世のため人のためになろうとする、そうしたことがとうとう出来なかったというわ けです、人が人としてあるとはどういうことですか、おぎゃあと生まれた赤ん坊のまんまでいることは不可能、だったら何をどうするんですか。とうとうとして 天真に任す、一人病んで見てくれる人もなく二ヶ月を過ごす、あっはっはどんな気持ちですか、けものと同じに暮らすんですか、嚢中三升の米、炉辺一束の薪 と、良寛は末永く人類の故郷たるべき。
誰れか問はん迷悟の跡、何ぞ知らん名利の塵、夜雨草庵の裡、双脚等閑に伸ばす。
悟跡の休かつと長長出ならしむ、迷悟中の人たるを脱する久しく、露堂々ですか、草の庵に夜来の雨が降る、両足つんだしてぼっかり。

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良寛詩

訪子陽先生墓
古墓何れの処か是れ、春日草せん(くさかんむりに千)せん、伊昔狭河の側、子を慕ふて苦(ねんごろ)に往還す。
古いお墓はいったいどこにあるのか、春日めったやたらに草が生える、むかし西川の辺り、先生を慕い毎日往復したが。
旧友漸く零落し、市朝幾たびか変遷す、一世真に夢の如し、首を回らせば三十年。
いっしょに学んだ連中はどうなったか、町の様子もいくたびか変わる、まことに一世夢の如し、いつのまにか三十年をふる。

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良寛詩

誰か憐む此の生涯、柴門山椒に寄る、蓬こう(くさかんむりに高)三径を失し、しょう(土に薔のくさかんむるなし)壁一瓢を余す。
だれか憐れむこの生涯、柴の門には山椒が生え、仙人の歩くような道はすでにかき消えて、まがきには瓢箪が一つぶら下がる。
渓を隔てて伐木を聞き、杖に伏して清朝を過ごす、幽鳥更に鳴いて過ぎ、余の寂寥を慰むるに似たり。
谷の向こうから木を伐る音が聞こえてくる、杖をかかえて伏せっている清朝です、かすかに鳥が鳴いて過ぎ行く、わしの寂寥を慰めるものこれ。
ちったあ病気もよくなったんですか、寂寥かえって見にしみわたるんですか。

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良寛詩

蒼顔鏡を照らさず、白髪やや(のぎへんに肖)ねが(糸に官)はんと欲す、唇は乾いて頻りにしょう(醤の酉ではなく水)を思ひ、身垢ずいて空しく盥がんと欲す。
蒼い顔は鏡にものうく映るんですか、白髪があっちこっち増える、唇はかさかさになって夏みかんみたいな水っけのものを思う、垢だらけの体を行水して濯ごうとは願うんだけど。いやはやこりゃ病こうこうです。
寒熱早々別れ、血脈混混として乱る、仄かに聞く採樵の話、二月すでに半ばを減ずと。
熱が出て下がってまた出て下がって、脈は早くなったりおそくなったり乱れっぱなし、樵夫どもの話が聞こえてきた、二月ももう半ばを過ぎたという、 よっぽど頑丈な人だったんかな、死線をさまようようなこともいくたびあったに違いないが、そうしてもって詩に書くしか存在価値がない、これも究極の実存主 義ですか、あっはっはそりゃまあお笑いじゃないってこったかな、はい。

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良寛詩

病中の作三首
独臥す草庵の裡、終日人の診る無し、鉢嚢永く壁に掛かり、烏藤全く塵に委す。
一人っきりで寝ているんです、鉢の子も頭陀袋も壁にかかったまんま、烏藤は杖ですか、ほこりをかむって転げている。
夢は去って山野に翔けり、魂は帰って城いん(門がまえに韻)に遊ぶ、は(こざとへんに百)上の童子、急に依って我れのいた(至に秦)るを待たん。
夢は枯野を駆けめぐるんですか、魂は町に帰りちて遊ぶ、は上は街路ですか、がきどもがわしを待っているだろうなというんです、子らと遊ぶ春日は暮れずともよしと、空しく春の日差しですか。

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良寛詩

二僧有り経の優劣を論じ往復時を移す因ってげ(喝の口をイ)有り
仏説十二部、部部皆淳真、東風夜来の雨、林林是れ鮮新。
十二分経という、長行説、重じゅ(公に頁)説、授記説、無問自説、因縁説、ひ(壁の石を言)喩説、本事説、本生説、方広説、未曾有説、論議説だと さ、修行もしないひま人がわんさかいたってこと。はいみな淳真です、それそのものは東風吹いて夜来の雨に、林は露を浴びて新鮮です、まさにかくの如し。
何れの経か生を度せざらん、何れの枝か春を帯びざらん、此の中の意を識収して、強いて疎親を論ずる莫れ。
一句透れば了るんです、他に参じようがないんです、なんのための経か、生を度すためです、お経に通暁するこっちゃないです、本末転倒しない、本末転倒は利害得失から来ること、厳に戒むるべきです。お経は失せても仏は不変です、仏仏に伝え残すほかに道はないです。

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良寛詩

頑愚信(まこと)に比無し、草木以て隣を為す、問ふにものう(りしんべんに頼)し迷悟の岐、自ら笑ふ老朽の身。
頑かなに愚かなことはまことに比類なし、草木の隣人ですか、わっはっはそりゃ愉快です、茂ったら茂ったっきりというのか、人の浮世は迷いあり悟り あり時流によって右往左往です、ちっとはらしくしたいったって面倒くさものうしです、老い朽ちて行く身を自ら笑う、わっはっはこれ今のわしと同じだあな。 どうもこうもならんわ。
脛をかか(寒のてんてんではなく衣)げてかん(門がめに月)に水を渉り、嚢を携へて行く行く春に歩す、聊か此の生を保つ可し、敢へて世塵をいとふべきに非ず。
脛をたくしあげて水間を渉り、頭陀袋を下げて行く行く春を歩く、まあもう少し生きていようさ、別段世塵を嫌うにあらずと、はーいそういうこってす。

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良寛詩

曹渓の道に参じてより、千峰深く門を閉ざす、藤は老樹を纏うて暗く、雲は幽石を埋めて寒し。
曹渓の道とは六祖大鑑慧能禅師のお寺を曹渓山という以来この道を指す。参じてより、千峰深く閉ざす、藤が老木にまといつき、鬱蒼と茂るんですか、 雲は奇岩絶壁を覆いする、人跡堪えて奥深いありさま、なーにただの日送りです、平明まるっきりまったくのほかなしを、人に伝えようとするとどうにもこうに もです、日々新たにして跡絶えるさまが、千峰深く閉ざすんですか。
烏藤夜雨に朽ち、袈裟暁えん(火に因)に老いたり、人の消息を問ふ無し、年々又年々。
杖は夜の雨に朽ち、袈裟は暁の明るみにおんぼろけになる、人が我が消息を問うこともなし、我れもまたニュースだの世界どうだの人の消息を問うな し、年々また年々。良寛和尚そのものです。悟りを得たといって開き直るお師家さまとかそこらへんの印可底困ったさんとはそりゃ無縁の世界です。

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良寛詩

夢中問答
乞食して市朝に到る、路に旧識の翁に逢ふ、我れに問ふ師胡為(なんす)れぞ、彼の白雲の峰に住むやと。
托鉢して朝の町に行く、知り合いの老人に会う、老人我れに問う、どうして白雲去来の峰に住むかと。
我れ問ふ子胡為れぞ、此の紅塵の中に老いるやと、答えんと欲して二人ながら道はず、夢は破る五夜の鐘。
我れ彼に問ふ、どうして紅塵のちまたに老いるやと、二人ながら答えようとして云わず、五夜四時の鐘の音に夢は破れ。
むかし中国の詩、詩経国風の詩のようなもっと以前のもののような、なんとも云えずなつかしい。

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2011年6月19日 (日)

良寛詩


西天に別れてより、知らず幾箇の春、素は(くさかんむりに白包)湛露に香ばしく、翆蓋円池を覆ふ。
西天インド天竺夕の空極楽浄土ですか、もうどのくらいたったのかわからない、白い穢れを知らぬ花は露をたたえて芳しく、葉は茂って円い池を覆う。
香は清しらん(木に監)を払うの風、韻は冷なり水を出ずるの姿、前山日すでに落ち、幽賞言に未だ帰らず。
らんは柵や囲いのことですか、天地世間を吹き払う香風、蓮水を出るとき如何荷葉、水中にあるとき如何、蓮。五百生野狐身を脱す蓮す花思んみれば夕 映えすらむ。韻は冷なりです、いいことしいのシーシェパードじゃないです、お騒がせしないんです。日は暮れてなを味わいつくすこと能はず、よくよく看て 取って下さい。

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良寛詩

破れたる木椀に題す
良しん(日に辰)行くゆく逍遥し、衣をかか(寒のてんてんを衣)げて東皐(こう)を歩す、杖を以て幽こう(竹かんむりに皇)を挑げ、谷に下って清泉にすす(陶のこざとへんをさんずい)ぐ。
この詩は原田じゃく(昔鳥)斉の題良寛法師破木椀の詩、何処に此器を得ん、云く竹林に拾ひ来る、是れ寒拾の物に非ず、必ず陶倫の盃たる可し。に答えたもの。
いい朝に行くゆく逍遥す、衣をかかげて曲がりくねった深い沢を歩く、杖をもっておくぶかい竹やぶを別けて、谷に下って清泉にすすぐ。
香を焚いて朝粥を盛り、羹を和えて夕餐に充つ、文彩全ったからずと雖も、良(まこと)に知る出処の高きことを。
香を焚いて朝のおかゆを盛り、あつものを和えて夕飯にする、文彩剥げ落ちてはいるが、まことに知る出処の高きことを。

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良寛詩

こつ(竹かんむりに勿)
瓦礫と為す可からず、たれ(熟のてんてんなし)か珠玉の比を取らん、依稀たり麟龍の角、彷彿たり青象の鼻。
こつという師家の手にする如意と同じいもの、こいつでごんとやられると頭かち割られるかな。瓦礫となすべからず、法のない坊主が持てば石ころ、猿芝居金襴のお袈裟の手にする珠玉の類ですかお笑いです。さも似たり麒麟や龍の角、聖象の鼻あっはっははーいごもっとも。
秋夜法話に陪し、春昼坐睡に伴う、塵を払うの用無しと雖も、亦道意を佐するに足る。
秋夜法話する手にあり、春昼坐睡する掌にあり、払子とちがって塵を払うことはできないが、道を助けるに足る、老師はこつでもって見台を敲いてこれじゃとやった、ほらもうじき叩くぞかち、なあとか云って聞いていたな。

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良寛詩

我れに柱杖子有り、知らず何れの代より伝ふ、皮膚長く消え落ち、唯真実の存する有り。
柱(てへんに主)杖子有りは、すべてこれを用いる主人公です、他の追随を許さないんです、我れに柱杖子ありと云い切れるのはなまなかのこっちゃな いです、自分というものを捨て去るただこれだけ、学んで我が物とするはただの物真似です、死んで死んで死にきって思いのままにするわざぞよき。どこかに色 気のあるうちは使い物にならんですか、皮膚長く消落し、ただ真実のみ存す。良寛の詩これ。
曾経深浅を試み、幾回か剣難を喫す、如今東壁によ(告のしたに非)り、等閑流年を度る。
深浅のあるうちはだめです、参じ尽くすことはぶち抜いてなほ日々新、すなわち昨日のことはないんです、いくたび突き落とされて蒼龍窟に堕す、もう どうにもこうにもになることは、顧みるに我れなく顧みる我なしです、あっはっは基本わざですか。壁によっかっかって良寛と呼ばれてへーんな顔して見る、あ んれおれだったかってなもんの、してはその日送りの何十年、楽しいかってほかに人の生活なんてものないんです。

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良寛詩

夏夜二三更、竹露柴扉に滴たる、西舎臼を打ち罷んで、三径宿草滋し。
夏の夜更けて、竹の露が柴の戸にしたたる、西の家で臼をつき止んで、石臼を回すんでしょう、三径とは隠者の庭ですとさ、草ぼうぼうなわけですか。
蛙声遠く還た近く、蛍火低く且つ飛ぶ、さ(うかんむりに状の犬を吾)めて言(ここ)に寝ぬる能はず、杖を撫でて思ひ凄其。
蛙が鳴いて遠く近く、蛍がしばらく低く飛ぶ、目が覚めたら寝られない、杖をなでて思いすさまじい、すさまじいってことどう思いますか、もといいこ となんかさっぱりないんです、頼りなくたった一人放り出されたただの人、赤ん坊に毛の生えた大人ですか。音楽は自分で奏でるよりなく、楽器は蛙声や竹露や 蛍や夏夜です、聞くものなし称える手なし。ただずばっとものみなわずかに出でて。

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良寛詩

秋日伴侶無し、策を杖いて独り彷徨す、山空しくしてしゅ(くさかんむりに朱)ゆ(黄)赤く、江寒うしてけん(くさかんむりに兼)か(くさかんむりに仮の旧字体)黄なり。
秋の日をつれあいなし、杖をついて一人さまよう、山は空しくしてぐみの実赤く、河は寒々として芦が黄色く枯れ。
橋を渡る他橋に非ず、堂に升る亦此の堂、何ぞ意はん凄風の暮、寂莫涙裳をうるほ(さんずいに占)す。
橋を渡るに他の橋にあらず、馬を度し驢を度すの意というほどのものはなく、二つ三つ橋を渡ろうがたったこの橋、孤独というには孤独ですが、たった これだけという目の当たりなんです、向こうもこっちもないんです。堂もまたしかり、孤俊全宇宙全世界一人っきりなんです、つとめてそうしたわけではないん です、他にまったくどうしようもなかったんです、すさまじい秋の暮れですか、涙もすそをうるをす、清々あい整うさまです、涙するんですよ。

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良寛詩

秋夜夜正に長いし、軽寒わがしとね(くさかんむりに因)を侵す、すでに耳順の歳に近し、誰れか憐む幽独の身。
秋の夜長です、ほんに長いなあというんです、寒さが寝床を侵す感じです、耳順は六十ですとさ、寒さ身にしむ年寄りです、てめえかってのかけはなれた独り暮らしですか、そりゃだれも憐れみゃしないってさアッハッハ、いやさどーにもこーにも。
雨や(喝の口なしに欠)んで滴たり漸く細く、虫啼いて声愈いよ頻りなり、覚めて言(ここ)に寝ぬる能はず、枕を側てて清しん(日に辰)に到る。
雨がやんで雨んだれがとだえがちになる、啼きすだく虫の音がしげしく、目が覚めたらもう寝られない、枕を引き寄せてわしみたいにそのまんま坐禅でもしますか、清しん明け方を迎えるのです。まあそんなぐらい、独り暮らしに別格もなにもないんですよ。

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良寛詩

秋気何ぞしょう(粛のくさかんむり)索たる、門を出ずればやや(科の斗ではなく肖)寒し、孤村煙霧の裡、帰人野橋の辺。
秋深まって物淋しく、外へ出ると風がやや寒い、一村霧に煙る、帰って行く人が橋の付近に、
老鴉古木に聚り、斜雁通天に没す、唯し(糸に留)衣の僧有り、立ち尽くす暮江の前。
烏どもが古木に群がり、かりがねが連なって天に消える、ただ一人墨染めの衣を着た僧が、暮れ行く河の辺に立ち尽くす。こうして風景の一点になることが傍観され、あるいはおのれからというにはおのれまったく失せる。詩作とは奇妙なものですか。

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良寛詩

覚めて言(ここ)に寝ぬる能はず、杖を曳ひて柴扉を出ず、陰虫古せい(石に切)二鳴き、落葉寒枝を辞す。
目が覚めたら寝られない、杖をとって柴の戸を開けて出る、石畳の下に秋の虫が鳴いて、枯れ枯れの枝から葉っぱが落ちる。
渓ふか(うかんむりに遂)うして水声遠く、山高うして月色遅し、沈吟時すでに久しく、白露我が衣をうるほ(雨かんむりにさんずいに占)す。
谷ふかく音もなく水が流れ、山高く月はとっくに傾き、ものみな寝静まってすでに久しく、朝露がわしの衣をうるをす。

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2011年6月11日 (土)

良寛詩

索索たる五合庵、室は懸けい(馨の香を石)の如く然り、戸外杉千株、壁上げ(喝の口をイ)数編。
索索たる淋しいなんにもないさま、五合庵です、大正時代に建て直したそっくりさんが今もあります、ほんになんにもないです。室は懸けいの如くとは中国の左伝という書にある、空しいありさまだそうです。外は杉林で、壁にはげじゅ数編、禅語をかかげるんですか。
釜中時に塵在り、甑裏更に煙無し、唯東村のそう(由に又)あり、時に敲く月下の門。
釜んなかにちりがたまる、かまどには煙が立たず、時に東村に男があって、月明かりに戸を叩く、あっはっはすっからかんです、たいていだれとも付き 合わないのは、付き合ったって埒もないんです、世間話も常識ごともないです、付き合いは疲れるばかりですか、がきどもと遊んでいる、ようやく口を聞けるん ですか。銀椀に雪を盛り、名月に鷺を蔵す、類して等しからず、混ずる時んば処を知る。

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良寛詩

痛ましひ哉三界の客、知らず何れの日にか休せん、往還す六趣の岐、出没す四生の流れ。
見るに見かねる痛ましさ、ニュースもまた業苦の世界です、三界の客人みなのことです、六趣四生に輪転すと、地獄餓鬼修羅畜生人間天上の盥回し、四生とは胎生卵生湿生化生の四つですとさ。
君と云ひ臣と云ふ、皆是れ過去の讐、妻と為り子と為る、なに(喝の口なし)に由ってか幽囚を出ん。
君臣妻子生まれ変わり死に変わりしての因縁によりますか、どこからどう始まっているかなんぞわからない、そのとらわれの憂き目を離れる手立てがない、実にこれを痛感するによってお釈迦さまの出家得道があったんです。
たとひ(糸に従)輪王の位を得ようとも、竟ひに陶家の牛とならん、痛ましひ哉三界の客、何れの日にか是れかつ(喝の口でなく欠)頭。
転輪聖王という須弥四州を統括する王さま、陶家どっかそこらの陶さんちの牛となるってことですか、痛ましいかないずれの日か休かつせん、ぽっかり大ひまが開くんです、生まれついての本来、舌頭たたわわとして定まらずにっこり。百花開くんです。
通夜熟つら思惟し、涙流れて収むる能はず。
観念ではなくまさにこれがありさま、よくよく見て取って下さい。

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良寛詩

夜夢都べて是れ妄、一の持論すべき無し、其の夢中の時に当たって、苑として目前に在り。
夢はそりゃ妄想、もって論ずるべきなし、夢をもって持論するわっはっはシーシェパードですか、イエスキリストさまですか、そりゃどうしようもない です、夢中の時に当たって、苑として目前にありの時持論しないんです、するとそっくり夢が真実です。わっはっは一年365日夢、実際であればあるほどに 夢。
夢を以て今日を推すに、今日亦復然り。
これが本来我らが姿です、七転八倒悲痛無惨の繰り返しが、難波のことは夢のまた夢と。面白いんですよ。

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良寛詩

黄鳥何ぞ関関たる、麗日正に遅遅たり、端坐す高台の上、春心自ずから放しひままならず。
うぐいすがあっちこっち鳴いている、うららかなまさにこれ春の長い日より、しばらく坐っておったが、なんだかどうも浮かれて泳ぎ出す。
禅坊主はこうあるべきっていうたがなんぞないってさ。
彼の嚢と錫とを探って、飄飄道に随って行く。
そうれみたことかってわけで、頭陀袋と杖をとって、あてもなくさまよい出る。うぐいすに鳴いて花になって風になって、春夏秋冬ですか。

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良寛詩

仏は是れ自心の作、道亦有為に非ず、爾に報ず能く信受して、外頭に傍ふて之くこと勿れ。
仏はただこれ自らの心です、道も有為のものではない、どうしようこうしようという名利また我利のためではない、なんじに報ずと、よく信受してとい う、法を聞くと意見を陳べるしか知らないひと情けないです、知識の足しにすしか知らないとは、こりゃもうどうしようもないです。外頭にそうてとはたとい仏 も見たり聞いたりしかない、自らの心にそっぽを向くきり、それじゃなんにもなりゃせんです。
ながえ(車に舟)を北にして而して越に向ふも、早晩到着の時あらんや。北に向って南に行こうとする、地球一周すりゃいいですかわっはっは、損なら まあそうやってりゃいいったってうるさったいかぎり。仏の痛棒を食らってもなんだかんだの解釈、てめえの腐れ腹肥すばかり、みっともないです。

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良寛詩

越中二月の時、桃李花参差、高き者館閣を照らし、低き者人衣を払ふ。
二月は旧暦だからきっと春のまっさかり、桃にすももに咲いて、てかの高いのは館や仏閣を照らし、低いものは人の衣を払う。
一夕狂風起こり、飄々雪と為って飛ぶ。
越後の春はとつぜん嵐になって吹雪いて、めっちゃんこってことよくある、梅は強い桜は無惨。でもこれまさに春の風物。

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良寛詩

た(塾の土なし)れか謂ふ名は実の賓と、斯の言古より伝ふ、唯名の実に非ざるを知って、実の根なkを省みず。
名実ともに備わるという、名は実の客でさると、古来そう云い習わして来た、だが名は実にあらざることを死って、実の根無し草を知らず。このことほんとうに知れば印可底です。人間以外みんな知っています。
名実相関せず、縁に随って須らく自ら怜(さと)るべし。
坐る以外にまったくないんです。

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良寛詩

伊れ昔棲遅の処、孤錫偶たま独り行く、かき(状の犬を薔のくさかんむりなし)はくず(禿に頁)る孤兎の径、井は空し修竹の旁ら。
棲遅のところ、隠棲ですか、むかしだれか浮世を離れて住んだんですか、たまたま錫杖を突いて一人行くと、くずれた垣根は兎の通り道になって、竹が生い伸びて空井戸があった。
蛛は網す読書の窓、塵は埋む坐禅のとこ(状の犬でなく木)、秋草階を没して乱れ、寒きょう(恐の心でなく虫)人に向って鳴く。
読書をした窓辺にはくもの巣が張って、坐禅をした床は塵が埋ずむ、秋草が乱れ生い茂ってきざはしを覆い、こうろぎがさむざむと鳴いて人を迎える。
彷徨去るに忍びず、凄其夕陽に対す。
さまよい歩いて去るにしのびず、凄愴のありさま夕陽に対す。一人坐していた読書人の跡、人知れず朽ち果て。

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良寛詩

群賢高会の日、いつ(てへんに口耳)譲坐すでに定まる、長慶と劉孟と、辣評す古人の詠。
賢者ども集まっててっぺん会議です、だれがトップになるかいっする、一礼してあい譲る、すでに決まっていたのを、長慶白楽天と劉孟が古人の詠むところを評唱する。
卓子は長慶を是とし、杜公は劉孟を是とす、四人交ごも相詰り、日夕まで一定せず。
卓子は長慶に杜公は劉孟に加担して、四人けんけんがくがく、日の暮れるまで定まらず。
卓子色を正して云ふ、子何すれぞ劉孟に党すと、杜公勃然として云ふ、子は長慶に党するに非ずやと。
まあさかくの如く、
かつ(門に蓋のくさかんむりなし)坐声を失して笑う、今に到って話柄たり。
一座の人声を失して笑う、話柄は語り草、こういうことがあったんだそうでわしは知らず、仏門にはあらず。でもまあお笑い種にするだけよし。モーツアルトかバッハか、ふんなもん論争の意味なしってさ。

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良寛詩

聞道は須べからく耳を洗ふべし、不からざれば即ち道持し難し、耳を洗ふ其れ如何、見知を存する莫れ。
道を聞く、仏を知るには耳を洗え、でなくば道はそっぽ向く、だらしなしの仏などありようもなし、耳を洗うとは他所ことじゃない、許由の清を洗えと いうのだ、見を持つなかれこれ洗耳の根本、なにはこうあるべきだからという、人間騒々しく地球破壊の因はただこれ、100億シーシェパードの紅衛兵の、ど うですかまさにこりゃどうもこうもならんです。
知見わずかに存する有れば、道と相離支す、我れに似れば非も是と為し、我れに異なれば是も非となす。
宗教の思想の主義主張の哲学の、これを払拭してようやく地球宇宙のお仲間入りです、どんずまり空中分解もおいそれとはいかんですか、悲惨無惨の世の中。
是非始めより己に在り、道其れ是くの如くならず、水を以て石頭を没す、祇だ覚る一場のち(痴の知を疑)たることを。
自分というもの我れという根無し草を去るんです、ほかに道につくすべはなし、石頭を水中に没するわっはっは水に帰るんですか、そりゃおもしろい、石頭粉砕したっても石ですか、悟ってみれば一場のまあ恥ずかしいかぎりのさ。

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良寛詩

宅辺苦竹有り、冷冷数千竿、じゅん(竹かんむりに伊のイなし)は迸って全く路を遮り、梢は高く斜めに天を払ふ。
家のまわりに真竹の林があって、れいれいとして数千本に及ぶ、たけのこが生えとおり路をさえぎる、梢は高くななめに天を払う。
霜を経て精神を培かひ、けむり(火に因)を隔てて転たた幽間、宜しく松柏の列に在るべし、何ぞ桃李の妍に比せん。
霜を置くにしたがいしなやかに強くですか、精神を培いは効いている、桐霞また煙りでいいんですか、まことにもって幽玄に見える、松柏は中国風で双方ともに常緑樹です、桃李も日本なら梅桜ですか、まことにもって男っぽく、女へんじゃあないってわけです。
竿直にして節弥よいよ高く、心虚にして根愈よいよ堅し、愛す爾が貞清の質を、千秋希ひねがはくは遷る莫れ。
まっすぐで節高く、心虚にしてとは空ろですか、根は堅固に張る、まさにこれ男子の欣快たるもの、無心堅固仏のありようですか、清潔たるを愛する、いつまでも他所へ移らずにおってくれというんです、はい。

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良寛詩

茲に太多生有り、自ら聡明を衒うを好む、何ぞ必ずしも旧貫に由らむ、事事皆改め成す。
ここに大風、大威張りの人があった、自らの聡明を吹聴し、習慣に頼るだけではなく、新機軸を発揮し物を改める。
山海の美を鼎立して、宅は当時の栄を極む、門前車騎溢れ、か(暇の日ではなくしんにゅう)び(爾にしんにゅう)其の名を伝ふ、
山海の美を鼎立とは珊瑚や石やの庭園門構えですか、当時の栄を極め、門前市をなすほどの来客です、遠近にその名を轟かせた。
未だ十八年に過ぎざるに、家破れて荊棘生ず。
たった十八年に家傾いて、いばらやえむぐらが生える。まあさそういうこったかな、今も昔もそりゃ同じ。

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良寛詩

策を杖ついて且らく独り行き、行きて北山のほとり(こざとへんに垂)に至る、松柏千年の外、竟日悲風吹く。
杖をとってしばらく行く、行いて北山の辺に来た、松や柏が千年を茂る外、一日中悲痛な風が吹く。
下に陳死の人有り、長夜何の期する所ぞ、狐狸幽草に隠れ、し(氏に鳥)きょう(号に鳥)寒枝に啼く。
下に死なんとする人があった、長い夜をみとるだけが、狐や狸は草むら深くひそみ、寒い枝にふころうが啼く。
千秋万歳の後、何誰か茲に帰せざらん、彷徨去るに忍びず、凄其涙衣をうるを(さんずいに占)す。
何年何十年ののちに、ここに帰って来るだれがあろうか、さまよい歩いて去るにしのびず、ただもうこれ涙衣をひたす。へーイご足労さま。

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良寛詩

有知は其の源に達し、逍遥且らく時を過ごす、知愚両つながら取らずして、始めて有道の児と称すべし。
知有るものは源に達し、原因を究明するんですか、でもってしばらく逍遥徘徊するわけです、因果のみなもとまたそのみなもとって要するに便宜格好で すか、どうぞご勝手にというべき、有道の人は知にも属せず無知にも属せず、知はこれ妄覚無知はただもうろくでもないんですか、人のありよう野の花にもおよ ばずと。

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良寛詩

昨日の是とする所、今日亦復た非なり、今日の是とする所、いずくんぞ昨非に非ざるを知らん。
昨日是としたところ、今日は是にあらず、今日是とするところ、昨日は是であったか非であったかそんなんわからんです、坐婁とはたいていそういうことです、日々新たにしてまったくの無反省は、非思い上がりかつと一瞬消える、あとかたなしなんです。
是非定端無く、得失預かじめ期し難し、愚者は其の柱に膠す、何ぞ之れ参差たらざらん
是非善悪時と所により、人により見方により定型お決まりってことないんです、おろかな人は膠にように拘泥して動きが取れない、もと不規則であり浮き草のようでありする、とりとめもないとは目前すべてなんですか。

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良寛詩

珊瑚南海に生じ、紫芝北山に秀ず、物固より然る所有り、古来今年に非ず。
珊瑚は南の海に生まれ、霊芝は北の山に抜きん出る、物もとより個々のありよういわれがある、かつてはまた今ではなく、珊瑚も紫芝も傑出珍奇のものですか。万人中の一。
伊昔少壮の時、錫を飛ばして千里に遊ぶ、頗る古老の門を叩いて、周旋凡そ幾秋ぞ。
むかし血気盛んであったころは、錫杖一本に千里のみちのりを遊化した、あっちこっちに先達の門を叩き、道にいそしむこと幾春秋。
そりゃほんとうに行雲流水糸の切れた凧して、清の国まで行こうとしたらしいです。
期する所は弘通に在り、誰れか惜しまん浮おう(さんずいに区)の身、歳我れと共ならず、己んぬ復た何をか陳べん。
仏を修し仏を敷衍することこれたった一つ、宿なしのあぶくみたいな境遇をなんとも思わなかった、だが年にゃ勝てず、やんぬるかな何をか云わんや。
帰り来る絶けん(山に献)の下、蕨を采って昏辰に供す。
人里はなれた山中ですか、しょうがない帰ってきて庵を結び、わらびをとって朝夕食っているってことです。

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良寛詩

此の曲緯ならずと道はん、合ひ難し下里の音、之れを空宅の内に棄つ、惜しい哉徒爾たり。
この曲は一般向きじゃなかった、流行歌みたいなわけにゃゆかぬ、誰も聞かずと空き家ん中に捨てた、惜しいかな空しく終わる。
夜月幾たびか戸に臨み、春風数ばしば枝を抽く、鐘子と延陵と、ちょう(しんにゅうに召)ちょう期す可からず。
モーツアルトかと思ったら良寛詩だった、欝然たる大木全世界に根を張ってさ一曲を奏で万曲を奏でして、だーれも聞かず、名月いくたびか戸を叩き、 春風しばしば茂みをゆすりする、自然が耳を傾けるほかには、鐘子と延陵という音楽の達人も互いにかけはなれた存在、人の耳目を労する能はず。

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良寛詩

欝たる彼の梧桐樹、生を托す崑崙の陰、上枝は雲日をさえぎ(石に疑)り、下根は千尋に盤(わだかま)る。
欝然うっそうと茂るんですかかの梧桐樹、そういう大木の伝えです、崑崙山の北にあった、上枝は雲をまた日をさえぎり、根は千尋にわだかまる、とんでもなくでっかいんです。
曾て衛人の顧を労し、伐られて龍唇琴と作る、一たび弾けば浩音を発し、さつ(立に風)さつとして山林に振るふ。
だもんで国を守るにしたってたいへんだ、なんとかせにゃならんとて、とうとう伐採されて龍舌琴となった、琴を作ったんです。ひとたび弾けば天地にとおる音を発して、山林みなうちふるえる。

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良寛詩

佳人相呼喚し、遅日江泊に戯る、長袖日に映じて鮮やかに、垂帯風を逐ふて靡く。
きれいどころがよったくって、遅日は春ですとさ、川岸の町に遊ぶ、長い袖が日に映じて鮮やかに、だらりの帯が風になびく、やーれやれ。
金くん(金に川)柔臂をめぐ(糸に堯)り、たい(王に代)まい(王に昌)双耳を飾る、花を折って行客に調し、翆を拾ふて公子に遺る。
腕輪がただむきをめぐり、耳飾が両耳を飾る、花を手折って客に売り、柳をとって公達に送る、
はいなーこりゃむかしからのお祭りかな、分水ができてから花魁道中てのあるけど、きんきらきんに着飾った女たちが花に柳を配って歩く。
一顧千金を擲ち、片言城市を傾く、粉黛は暫時の仮のみ、容華終りを保つに非ず。
ちらとウインクすりゃ千金、ぺらと口聞きゃ城市を傾けってなもんお、坊主浮かれほうけてあとついて歩くって、なにお化粧はいっときだって、剥がれりゃただのぶす、いやさ60が80まで芸者ってなかなかなもんだけど、えーえっへん。
歳暮胡んの待つ所かある、首を掻いて凄風に立つ。
良寛坊主めひがみつら。よくまあ色んな華美な台詞知ってるもんだな。

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良寛詩

伊れ昔東家の女、桑を采る青郊のほとり(こざとへんに垂)、金せん(金に川)銀だ(乃のしたに木)をきざ(金に婁)み、素手桑をひ(てへんに反)く。
これは昔のこった、東の家に女があって、村はずれの畑に桑の葉をとる、金のうでわに銀のかんざししてまっしろい手に桑をもぐ、
清歌哀韻を凝らし、顧面光輝を生ず、耕す者は其のすき(米に呂)をやす(綴の糸でなく車)め、息ふ者は頓に帰るを忘る。
清らかに哀しく歌い、光輝くばかりの面を向ける、耕す人は鋤を廉め、休む人は帰るのを忘れ。
今白髪の婆と為り、ご(寝のこっちがわを吾)び(寝のこっちがわを未)慨きなげ(諮の言なし)くのみ。
今は白髪の婆さになって、寝ても醒めても嘆いてぶつくさ。

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良寛詩

余が郷に一女有り、ちょう(歯に召)年容姿美なり、東り(竹かんむりに離)の人朝たに約し、西隣の客夕に期す。
おらが郷に一人の女あり、ちょう年七八歳のころからみめうるわしかった、東村の人がいっしょになろうといえば、西村の男もつばをつける。
時有りて伝ふるに言を以てし、時有りておく(貝に台)るに資を以てす、是の如くにして歳霜を経れども、志斉しくして与に移らず。
あるときは言葉をもってし、あるときは物をもってし、そうして何年か過ぎて、いずれ劣らずという。
此れに許せば彼に可からず、彼に従へば此れ又非なり、意を決して深遠に赴き、哀しひ哉徒璽と為りぬ。
東にすりゃ西よからず、西にすりゃ東にそむく、とうとう意を決して深い淵に身を投げて、哀しいかな帰らぬ人となった。
万葉のころからある葛飾の真間の手古奈とそっくり同じことが、良寛の郷にもあった。人間の尊厳地に落ちてしまった今の世とは違う。

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良寛詩

行き行きて田舎に到る、田舎秋水のほとり(さんずいに眉)、寒天晩に向っては(雨かんむりに斉)れ、烏雀林にかけ(皇に羽)って飛ぶ。
托鉢して行ったんでしょうほんにど田舎に来た、秋水のほとりは与板かどっかの川べりですか、寒い空です夕方になって晴れ渡る、烏や雀がねぐらを求めて林に飛ぶ。
老農言(ここ)に帰り来たり、我れを見る旧知の若し、童を呼んで濁酒を酌み、黍を蒸して更に之れを勧む、師淡薄を厭はずば、数(しば)し言(ここ)に茅茨を訪へと。
老嚢じっさが野良から帰って来た、良寛を見るに旧知の如くと、子供を呼んでどぶろくを持ってこいといって、そいつを酌んですすめる、黍を蒸して肴にして、師坊んさまこんな粗末なもんでよかったら、わしのあばら家へちいっと寄っていけと云う。

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良寛詩

美有れば則醜有り、是有れば又非有り、知愚之依り因り、迷悟互ひに相為す。
美醜というんでしょう、そんなものもとまったくないんです、どうですか生まれついての美醜是非無関係の世界を心行く味わってみませんか、そりゃ単 純で絵の描けないですか、そんなことないです、雪舟は最高傑作です、キリスト教に犯されないルネッサンスがあったらそれこそすばらしいです、知愚これより 起こり、迷悟たがいに展転ですか、人間の世の中不要の天然自然そりゃまったく知愚迷悟によらんです、活計これ。
古来其れ然りと為す、何ぞ必ずしも今斯くの如くならん、之を棄てて彼れを取らんと欲す、唯一場のち(痴の知を疑にする)たるを覚る。
むかしっから知愚迷悟如何とやってきた、今必ずしもです世間しきたりはしきたり本来出入り自由のはずです、これを捨て彼を取りは時所位ですか、 いったんは此岸から彼岸へわたる、するとまあ何やってきたんだという、一場の茶番劇すなわちわが来し方人生だったってね、とんだ恥かき。
若し箇中の妙を言へば、誰れか諸法の移るに関せん。
箇中の妙を知るもっとも大切、いい訳能書きじゃちっとも面白くないんです、もの食うには食うしかなく、坐っていて妙筆舌に尽くし難し、諸法ものみなの蝶番じゃないんです、もとまったくものみな。廓然無聖不識。

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良寛詩

独り高堂の上に坐して、鬱陶として心康き無し、馬を馳せて遠く行き過ぎ、高きに上ってか(暇の日なしにしんにゅう)荒を望む。
独り高堂に坐してどうにもこうにもというお粗末、ないものが見りゃ一目瞭然、だれかそんな偉僧を見たんでしょう、鬱陶しい心のうちです、心は一つ きりだのに、心が心を取り扱う不可能事です、そりゃどうもこうもならんです、いわく馬を馳せて遠くに行き、木に登ってあっちこっちをのぞむ、まさに人々そ ういうこったです、ただいたずらに精神を費やす。
回ひょう(大に火火に風)地を動かして起こり、白日忽ちに西に傾く、長江白波を涌かせ、こう(日に広)野渺として彊りなし。
回ひょう竜巻が地を動かして起こり、お日さまは急に西に傾く、長江白波を絶て荒野がぎりなし、妄想あっはっはまったくかくの如し、まあさ。
玄猿ちゅう(イに寿)侶に嘯き、哀鴻南に向って翔ける、百憂眉端にあつ(てへんに覧)まり、万感中腸に結ぼる。
真っ黒い猿が仲間を呼んでうそぶき、わめき叫んで雁が南に飛ぶ、百憂い眉にあつまり、万感断腸の思い、どうですか坐ってそんなことありますか、 多々あるという人これを救って下さい、すなわち全世界を救うんです、自分を押さえ込んで禅はこうあらねばならぬというふうに坐れば、かえってまったくの自 救不了。
帰らんと欲して故路を失す、歳暮何の成す所ぞ。坐ってもなんにもならないです、かっこうつける坐禅、人に見せる坐禅しかない坊主ども、沢木興道禅これです、はーい一目瞭然いえさまったく苦るしかろうがさ。

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良寛詩

盤陀たる石上に坐し、支い(臣に頁)雲煙を眺む、雲煙千万重なり、宝塔日に映じて懸かる。
盤陀石のわだかまりて平らかならざるさまって、平らじゃないと坐れんな、支い顎に手をやって雲煙を眺める、雲煙千万かさなるっていうんだからもの すごいんかな、ちっと白髪三千丈、詩の面白さ一人悦に入ってるところがいいかあっはっはモーツアルトな、宝塔とは五重塔のような、雲の中から日に照らされ てにょっきり。
下に龍王の泉あり、以て心顔を洗ふべし、上に千年の松有り、清風竟日伝ふ。国上山は持統天皇の代に建てられた県内三番目かの古いお寺、どだい箱庭 みたい風景をかくの如く、外人どもと30年前に尋ねたら、泉の傍らの木に連中よじのぼって、これと住持のに怒られて、それから酒天童子の絵巻物を見せても らった、酒天童子は付近の岩穴に棲んでいたという伝説。
誰か能く世累を超えて、茲に来たって盤桓を共にせん。
盤桓すすみがたし行きつ戻りつする、自然と一体化することきわめて難、死んで死んで死にきって思いのままにするわざぞよき、ひとり良寛のほかに寡聞にしてわしは知らず。

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良寛詩

流年暫らくも止まらず、人生は長くも寄するが若し、昨は紅顔の子たり、今は変じて魑魅となる。
年は流れて一瞬もとどまらず、人生という流れの中に長らく寄りつく岸のようにも見える、だが昨日は紅顔の美少年、今日は化け物に変じてってわけです。いやはやまったく。
一朝病床に纏はれば、親族漸やく捨て離る、乖張応に日有るべく、ろう(口に婁)ら(口に羅)施すに地無し。
いったん病気にとりつかれると、親族ようやく疎し、まあさたいてい見放すんです、乖張弓が反対に反り返る、思うことなすことあっちこっちですか、ろうら多言わずらわしきこと、ぶつくさ文句百万だらです、あっはっは今も昔もまったく同じこったですか。
前路尚ほ未だ覚らず、後事誰をして委ねん。
まるっきり悟りが悪い、やがて死ぬ景色も見えず蝉の声ならまだしも、ぼろくずにしがみついて臭い穢い、でもっておれの後をどうしたらいいかと要らん心配ですか、うっふ百人が百人。あるいは悟ったといっちゃ物真似のこりゃ死んでも死にきれんですか。

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良寛詩

四月朱明の節、飄々としてのう(ころもへんに内)衣を著る、水に臨んで楊柳暗く、岸を隔てて桃李飛ぶ。
朱明とは夏のこと、柳に楊とやなぎとポプラみたいのかな中国には多種あるらしいけど、とにかく漢詩だからあちゃらかもの、暗いというのは茂みなす ことか、明るいって云いたいところだが、桃もすももももものうちってのh早口言葉だが、すももはこのあたりほとんど見かけぬ、中国では桜より李の花、どっ ちかというと春の風情ですか。ひょうひょうとして墨染めおんぼろ衣を着て~
行く行く野草を摘み、徐徐に柴扉を叩く、胡蝶南園に舞ひ、奈花東り(竹かんむりに離)をめぐ(堯にしんにゅう)る。
草摘みですか、わしらががきのころは春になると親子して出かけたな、のびろなずなたんぽぽにらせりとときとか。おもむろに柴の扉を叩く、知り合いを尋ねたんですか、ちょうが飛んで菜の花が咲いて。
意閑にして白日永し、地僻にして趣き自ずから奇なり、我が性逸興多し、句を拾ふて自ら詩を成す。
ぼっかり閑で日が長い、ど田舎だもんでなにをどうしなならんていうこともない、どだい変わり者だからまっぱじめから出外れ、仕方ない詩でもひねくるしかないかとさ、はーい。

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2011年6月 6日 (月)

良寛詩

過去はすでに過ぎ去り、未来はなを未だ来たらず、現在また住せず、展転相ひ依る無し。
過去心不可得、むかしこうだったからという、こうだったという不可、だからという糠に釘です、三心不可得は仏教の専売特許ですか、それほど他宗あ るいは思想哲学世の常識は間違ってます、大河ドラマ一億白痴化現象ですか、歴史というだれも知らんのです、強いて云えばホーマーとか平家物語の嘘八百が真 実ですか、歴史学者ほど文章のなっちゃないのいないってわっはっは、無責任云ったら権威さまから叱声を食う、大学文科っての税金無駄使いってだけがさ。展 転あひよるなし、すなわちこれ人間です、心身かくの如し。
許多の閑名字、竟日強ひて自ら為す、旧時の見を存する勿れ、新条の知を逐ふ勿れ。
マスコミのこと云ってるんですか、つまりはその他大勢一般大衆です、許多の閑名字とは、人の思うこと話すことみなこれなんです、あることないこと 閑名字です、終日強いてこれをなす、雲を見る月を仰ぐ筆舌に尽くし難いことこれ生活です、徒に名付けて点と線の無内容どうにもこうにも。
懇懇偏に参窮し、之に参し復之を窮め、窮め窮めて無窮に到り、始めて知る従前の非なりしことを。
常識の夢を破ることは並大抵じゃないんです、痴人に夢を説くなかれと、学校の先生に仏を説くことはそりゃもう容易なこっちゃないです、窮め尽くしてついに得ずということ、ようやく餓鬼から脱して人間です、人間のたがを外すと仏です。

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良寛詩

第一他に参ぜんことを要せば、先ず須べからく其の致を約すべし、致を約す之れを如何、我が見彼れの旨に異なれば、
人に参ずることは、仲たがいしないまずもって一致を見るべし、でなきゃそるあどうしようもない、でも一致するということは、あんまり容易ではない、我が意見彼の趣旨に合わずと、
暫らく我が所見を棄てて、偏へに彼れの旨に参ずべし、既に彼れの旨に契了らば、是に於ひて静に理会せよ。
まずもって自分を捨てて彼に従う、彼れの趣旨に契い終わったら、そのときに静に思んみればよし、面倒くさいこったがしゃば世間まずはそういうこったですか、まるっきり相手を見なければ問題はないんです。花知らず蝶知らず、知らずして帝の則に契う、仏の交流はこれです。
何れか短何れか長、誰か非誰か是なると、短を去って長に就き、非を去って是に従ひ。
転次是くの如く去らば、進んで仏智に契ふべし。
新婚夫婦にはなむけの言葉を老師は見を持つなかれと云った、見解の相違という時所位です、あるとき長あるとき短あるとき是あるとき非です、しかも 個人の意見趣旨なぞありっこないんです、云ってみりゃ虎の威を仮る狐ですか、物差しのあてがいっこです。良寛の近所付き合い世の中すなわちかくの如し。自 閉症につける薬ってあっはっは是是。

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良寛詩

白馬基を建てしより、知らず幾箇の春、仏法云に東に漸み、金文刹塵に遍し。
二僧仏像経巻を白馬に載せて洛陽に来たので白馬寺を建てる、後漢明帝永平十年。金文は経巻刹塵は国土。知らず幾箇の春、国中に広まったわけです。
経を講じ科を分つ、代其の人無きにあらず、吾が師之れ胡為(なんすれ)ぞ、ちょう(しんにゅうに召)ちょうとして真檀にいたれ(至に蓁)る。
お経を講釈して言葉と意味あいの上のことは科を分つ、なんのかんのと人間というのはもっとも大好きな連中で、だが達磨さんが伝えなければ、どうし たってわからなかったです。未知のものを求める、必ず云々原因結果です、求めてやまぬという百年河清を待つっきりの。ちょう遠いありさま、真檀は中国。
仏心印を提持して、直下に人をして了ぜしむ、盛んなる哉普通の歳、是れ少々に通ずるに非ず。
達磨大姉梁の武帝にあいあうは普通年間、盛んなるかな追っ払われて毒殺されそくなって面壁九歳、直下に人を了ず、これ少々の道にあらず、大道無門、もとまっただなかを示す。他のこっちゃないんです。

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良寛詩

徒に他の珍宝を数へて、日夜精神を費やす、真を取れば真は却って妄、妄を了ずれば妄は即ち真たり。
だれがどう悟った、盤珪禅師はどうした云々、そりゃ枚挙にいとまがないです、だからどうのおれはなどやってるうちは坐禅にならないです、杜撰とは なにごと錯を以て錯に就く如何など、知ったかぶり知識して、てめえいったいなんになる、ただもう真正直に問う他になく、答えも問いも直に忘れるんです、も とっこ元の木阿弥、身に付くものなんかなんにもないです、徒に精神を費やし論文を書くんですか、一切捨てて下さい、捨てねば見えないです、妄想もと自分の 独創なんかないです、真を求めず妄を除かず、了じおわって下さい。
真妄は両名の言のみ、取捨いずれに因って存せん、は(回のみぎなし)耐たり舷に刻する者、千古空しく紛うん(糸に云)。
真も妄も言い草だけのこと、取捨はあるいは時と所による、真妄に振り回されている人せっかく仏だ悟ったと云いながらそりゃなんにもならんです、結 局は我欲と欲求不満の人。はたいたりは耐え難い意、気の毒で見ていられないっていうんです、舷に刻する、剣を舟に落として舷に刻みめを入れる、愚かしいお かしなことのたとえ、まあさてめえ坐っているのにだからどうだでかしたの刻印したって、そりゃどうもならんです、千古空しくあっちこっちです、わずらわし いだけ。

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良寛詩

古仏の教法を留めしは、人をして自ら知らしめんが為なり、如し人自ら了知せば、古仏何の施す所あらんや。
古仏仏祖師方が道を伝えたのは、人が自らに知るためなりと、仏道を習うというは自己を習うなり、自己を習うというは自己を忘れるなり、他宗邪教で はこれから間違うんです、自ら知るのではなく押し着せして余計物にしてしまう、一器の水を一滴余さず一器に移す底のやっかいごとです、大迦葉ねん(てへん に占)華微笑とは無縁です、しかもこれを知る、一人じゃとうてい不可能です、お釈迦さまが身をもって示さなければ、七転八倒ついに別物です。しかもお釈迦 さまを見習うこととは違います。
有智ははるか(しんにゅうに向)に玄会して、頓に象外の人と為れり、愚者は故さらに拘束して、文に因って疎親を分かつ。
実智慧ほんとうの智慧です、はたしてこれでいいのかと回向返照するんです、自分という問題以外にありえない、般若の智慧とはぱーらみーたー彼岸に 渡っていることです、いたずらに思考認識しないんです、頓知という頓に無生を了ずるんです。学者猿の月影を追う、自分を棚の上にのせて仏教なんてありえな いです、それにも気が付かぬ愚かしさ、あるいは禅師師家悟ったさんもたいていこの類です、仏教なんぞありえないんです、腰掛を蹴倒して、赤裸々に浮世を歩 いて行って下さい、悲しく辛いことばっかりです、悲しい辛いがよろしくよく導いてくれます。良寛の無一物まさにこれ。

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良寛詩

我れ多く求むる人を見るに、蚕の自ら纏ふに異ならず、渾べて銭財を愛しむが為に、心身暫らくも間ならず。
求める人求道の人100人中100人あるいは99人までがこれです、知識悟り仏らしさ仏教なるものを蚕のように身に纏いつける、銭金を愛するよう にして一寸休まずに刻苦精励ですか、あっはっはそれじゃひまあかぬ、間すなわち仏の露われる、学者仏教はじめっから別物です、師家禅師店を開き出世のため のゆえにですか、これが世の中っちゃそれまでですが、一人風穴開ける良寛が大切です、でなきゃ真っ暗闇。
年々性質を損し、歳々魯玩を益す、一朝黄泉に赴く時、半箇も己れの分に非ず。
年取るにしたがいもって生まれたよさを損なうんですか、そうしてもっていよいよ馬鹿になる、何年か前に同寮会をやったらつくずくそう思ったです、 エリートだおれはこの道に一番いっち頭がいいんだといってぼけている、どうにもこうにも取り返しのつかぬほどへんてこれんが笑ったり飯食ったりする、世の 中の生贄だなあと思い哀れに見えたんですが、いっしょにいると疲れる、自分がらくたぽんこつだとちらとも気が付けば間があくんですか。黄泉に赴くとき半箇 もおのれにあらず、そりゃあ哀れなこってす。
他人は快楽を受くるも、姓名杳として聞こえず、是れらの諸ち(痴の知ではなく疑)子、太殺(はなはだ)哀憐すべし。
他人の快楽ですか、比較検討のないおのれの楽しさというのを知らず、それじゃもとっかなんにもならない、たとい死んじまったらそれっきり、流行作 家みたいに生きている間から忘れられたり、でもいったいこりゃ何を云っているんだかわっはっは、はなはだ哀れむべき、人生たとい百年一瞬でも本当本来を得 る、でなきゃまるっきり無意味です。

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良寛詩

我れ行脚の僧を見るに、都べて是れ可怜生、三刹地を踏まずんば、のう(ころもへんに内)僧の名を汚すと謂へり。
行脚僧を見るにかわいいもんだ、哀れだっていうわけです、かっこうつけて托鉢行脚して、一に師を求めというが、なにしろ三刹、永平寺能登の総持寺 もうひとつ加賀の大乗寺ですか、これを問うことなければ一人前とはいえぬというわけで、どいつもこいつもぞろぞろ。今は曹洞宗門僧そのものが絶え果てて、 そりゃ行脚も托鉢もないです。
所以(ゆえ)に本師を辞し、茫々策を杖いて行く、一夏此の地に住し、三冬彼の郷に到る。
とにかく名のある師を見つけて一夏、いちげという三ヶ月の修行期間です、そやつを曲がりなりにも過ごし、三冬てめえの寺へ帰っておっちゃんしてい る、かっこうつけはすでに良寛の時代からかくの如し、法を求めるんじゃなし、世間通用する坊主になるための、まあさなんだかわけがわからん。
徒に師の口頭を采り、之を以て平生に充つ、相逢ふて一問を裁せば、旧に依って可怜生。
師の口真似をして世間わたりをするわけです、大小無数の悟ったさん困ったさんはその上に我田引水ですか、今の意識の退廃とあいまって目くそ鼻くそ どころじゃないんです、一問発するまえにそっぽむくよりないんですが、可怜生ってかわいいもんだというには、見るもおぞましく。旧によってと、どこ切って も死んで腐っている、悟ったと云っては生きるの止めるんですか、あほくさ。

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良寛詩

苦を以て苦を捨てんと欲す、之に因って長くちゅ(糸に周)びゅう(膠の月でなく糸)す、譬へば清秋の夜、月華中流に浮かぶ。
苦しいから苦しみをなんとかしようとする、よってもってすったもんだ七転八倒です、ちゅりゅうもつれあうこと長くなるだけ、人の心をなんとかしようとするのは他にないんです、処理の仕方を知らない、秋夜空のまんなかに月が輝く、
び(けものへんに爾)こう(けものへんに候)之れを探らんと欲して、相率いて水中に投ずるが如し、苦しい哉三界の子、知らず何れの日にか休せん。
びこう猿がこれを探ろうとして、水中に映った月影をもてあそぶ、学者仏教を云う譬えですか、真実に触れることができない、水に映った影を追うだけ です、心というたった一つきりは見えない、苦しいうまいのなんだのいう残像ですか、もはやないものを是非善悪する、おろかしいというよりそうやっている心 は何かということです。苦には苦をいやますばかり、苦しいかな三界の子、どうやっても六道輪廻を抜け出すことができない、七歩歩んで天上天下唯我独尊と生 まれついているのにです。いずれの日にか休せん。
遥夜つらつら思惟すれば、涙下りて収まること能はず。
お釈迦さまの思いはまさにこれです。

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良寛詩

我れ世間の人を見るに、総て愛欲の為にはか(竹かんむりに寿)る、之を求めて得ざる有れば、心身更に憂愁す。
世間愛欲のためにすと、そのほかのことがまるっきりない、つまりこれ閉塞社会です、自殺の多いのはこのためですか、以前は少なくとも愛欲あるいは 自我のためのほかになにかるはずという常識があった、歌も俳句も妄想我欲のまんま突っ走るバジリスク、どこにもほうっと息つくところがない、なんたら情け なさ。
たと(糸へんに従)ひ其の欲する所をほしいまま(次のしたに心)にするも、終に是れ幾春秋ぞ、一たび天堂の楽を受けて、十たび地獄の囚となる。
いいこともわるいことも永続きはしないですか、得意絶頂の次には奈落の底、もって六道輪廻たらいまわしです、おぎゃあと生まれて七歩歩いて天上天 下唯我独尊、これ如来仏です。坐って天堂の楽を受けってこと十二分にありますよ、および七転八倒地獄極楽餓鬼畜生、なーにさかすっともかすらないこと請け 合い。

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良寛詩

因果に三世有り、影の其身に随ふが如し、但だ業の軽重をお(珍の王でなく走)ふて、遅速の報均しからず。
善悪の報に三時あり、一者順現報受、二者順次報受、三者順後次受と因果の道理を示すんですか、因果忘じて空しからんが如きは諸仏の出生あるべから ず、祖師の西来あるべからずと、今の人法を得るのに難きは因果忘じてぬかにくぎだからですか、付和雷同の多数決じゃたいていどうもなんにもならんです、わ しはよっぽど前世のいて徳を積んだとみえて今生のでたらめはた迷惑もなぜか大目に見て貰えた、でも次の世さんざくたーってな、そうさなあわしに許されてい るのはあるいはこの世のものすべて返上ですか、死んで死んで死にきって行くよりないです。
君に勧む能く信受して、外道の倫を学ぶ勿れ。
仏教とは何かというと強いて云えば因果必然ということですか、それ以外にはまったくないんです、因果必然を知る、手つかずで行くだけです、真正面真面目これ。

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良寛詩

善を作す者は升進し、悪を造す者は沈りん(倫のさんずい)す、升沈早に待つあり、因循辰を過ごす莫れ。
いいことをすれば浮かび、わるいことをすれば沈む、浮世はつまりそうできている、善悪は人みな知る、あるいは思い込みであったり、みんな仲良く平 和にが善で一億玉砕が悪で、はてないいことしいのわしとしては何をどうすべきか、ふわーい欠伸、いえさ升沈つとに待つあり、つまり手続あり忍耐あり、頭な でたり胸をなでおろしたりするんですか、因循時を過ごすなかれ、しきたりにとらわれてとやこうするなってわけです、はーい。
苦しいかな後来子、愚は富み賢は貧なるを見よ、善悪の報い無しと謂ふは、箇は是れ極ち(痴の知でなく疑)の人のみ。
頭のいいやつがゼニをもうけ、わしみたいうすらばかはなけなし使うしかなくってこったかな、善悪の報いはどうもこれ痛いほど知って、たってもどう しようもないです、すなわちこれ極痴の人、ほんにさあやんぬるかな。あっちこっちぶつかるだけが能で、世の中逆さにやってきたかなえっへっへ。

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良寛詩

此の生何に似たる所ぞ、騰騰且らく縁に任す、笑ふに堪へたり嘆くに堪へたり、俗に非ず沙門にも非ず。
自分とはいったい何かまるっきりなーんにもないとはないというものもないんです、これ実感です、生なんに似たるかと先入観念をすべて離れて見るこ とができますか、知らぬもっとも親切というなんらの答えもなく、とうとうしばらく縁に任すすなわちご名答ですか、あっはっは笑うにたえたり嘆くにたえた り、坊主にもあらず俗にもあらず、まあこりゃ云うこたねーわな。
しょう(瀟のさんずいなし)しょうたる春雨の裡、庭梅未だ筵を照らさず、終朝炉を囲んで坐し、相対して也言無し。
手を背にして法帖を探り、薄さか云に幽間に供す。
しくしく春の雨ですか、梅はまだほんのちらほら、炉辺に坐って、妄想にも明白にも無対ですか、なんかとりとめがないんですかね、背なに手をやってお経の本を取り出す、かき開いていーえただそれっきり。

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良寛詩

人心各同じからず、面の相違有るが如し、倶に一般の見に執して、到る処是非を逞しゅうす。
これがすなわちまったく世の中です、せっかく良寛が指摘してもなんら変わらんですか、お釈迦さまが2000年もまえに人のありよう、仏かくの如し と示しても、さっぱりなんもようならんですか、いいえ一人二人自覚することができたです、今も本当本来を見ることができます、正法に値う今日の我らを願う べしという、わずかにたったこれだけです、自然大地宇宙200%是です、よきかなよきかな一箇半分寒山拾得です、まさに四ゆい蘇るんです、これは先の詩の 不足分ですか、うっふ付け足したんです。以下同じ。
我れに似れば非も是となし、我れに異なれば是も非となす、唯己れの是とする所を是とし、何の他の非とする所なるを知らん。
是非は始めより己れに在り、道は固より斯くの如くならず、竿を以て海底を極めんとす、祇だ覚る一場のち(痴の知ではなく疑)たることを。
自分を用なしにすること、これ参禅です、死んで死んで死に切って思いのままにするわざぞよき。ようやく地球ものみなのお仲間入りです、どこにてめえに首突っ込んで歩く無様がありますか、捨身施虎これ仏教の枢要。

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良寛詩

夫れ人の世に在るは、草木の参差たるが如し、共に一種の見に執して、到る所に是非す。
人がこの世にあるのは、参差高低不同なるを云うと、大小無数の草ですか、見解の相違てめえの考えに終始して、いたるところ是非す、あっはっは淋し く騒々しくなんともこりゃどうしようもないです。宗教だの思想だの国だのとなるとこりゃもうみなさまご存知の通りのはずが~もっともみんな不都合を知って どうにもならないでいる、仏がこれの処理の方法を示したのです、思想分別にはよらん、思想分別を容れる器の問題ですか、みんな仲良く平和にではない、元の 木阿弥和の問題です。
我れに似れば非も是となし、我れに異なれば是も非となす、唯己の是とする所を是とし、何ぞ他の非とする所なるを知らん。
中国共産党とか金正日とか、わっはっは一神教の成れの果てですか、十字軍にシーシェパードを見れば、もしやてめえのやってることがどっかそんなふうではないのかって、しばらく反省するにいいです、人間ほっときゃたいてこうなるってことですよ、なぜか。
是非は始めより己に因る、道は固より斯くの如くならず、こう(山のしたに高)を以って海底を極めんとす、祇だ悟る一場のち(痴の知を疑にする)なることを。
おのれイコール是非ですか、おろかなやつほど偉くなっちまうのは坊主組合見てるとほんにそう思うな、てめえはえらいんだってのがアプリオリにある んですかわっはっは人間のくずだ。頭のいいほどにてめえ弁護という、ただもうだらしのない事なかれ主義、ほっときゃ人みなお役人先生ですか、ふわー欠伸。 道はもとよりかくのごとくあらず。大反省ですよ、我昔所造諸悪業、皆由無始貪じん(口に真)ち(痴の知ではなく疑)従身口意所生、一切我今皆懺悔、道を知 るとはまさにこれを以てする、なにをしていたんだおれはという痛恨の反省です、腹かっさいて死なにゃ追いつかんほどのです、参禅の入り口これ。こう(山に 高)とは船に棹差すの棹です。自分という思い込みのたが外れてそりゃもう底なしです。

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良寛詩

記得す壮年の時、資生太はだ艱難、唯衣食の為の故に、貧里空しく往還す。
壮年の時を覚えている、資生持って生まれた資質ですか、良寛の担うものですかもとなーんにもないというこりゃどうにもこうにもです、長い間浮世を さまよう思いがあります、大資あんちょこには売れないんですか、あっはっはましてやこの道庄屋の馬鹿息子が昼行灯にのしをつけた、なにやったってとっぱず れもいいとこのうっふっふ、でもってただもう暮らしのために貧里往還です、わしは坊主お寺にしがみついて、こりゃまた敵視と侮蔑と四面楚歌ってなもんのの うのうとその日暮らし、好き勝手しちゃあったら三宝を毀損する、どーしよーもねえだめ男、今良寛に出会ってなさら駄目男わっはっは。
路に有識の人に逢ふ、我が為に委悉に説く、却ひて衣内の宝を見るに、今に現に前に在り。
路に有識の人に会えば、ぶんなぐってえらひっぱがせってのが無門間にあったな、有識じゃなくって達道の人だった、こりゃほんに有識者テレビとかに 出るやつ、良寛さんおまえはなにしてるんだ早く正業に就けってなもんの、云われてふりかえりみるとなんとまあ、宝はもとっこうちにそとに溢れ却っていた、 ばかなこったなにをいまさらってんです。ただ使えばいい、けっこうこれ何十年もかかるんです、不思議なこったです、すっかり垣根が取れてより雌伏何十年、 そうさなあいよいよっていう弟子もいるぞーがんばれ。
是より自ら貿易して、到る処恣に周旋す。
そうそうまるっきりそれなんです、満ち欠けなし満ち欠けそれそのもの、ようやく箇の自由を得るんです、すると良寛のほかに良寛なく、お釈迦さま道 元禅師を継ぐ唯一人、自分をなにものかと見做す必要がないんです、悟ったさん困ったさんとはちがうんですよ、そういうくず芥じゃないんです。

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良寛詩

我が生何処より来たり、去って何処にか之く、独り蓬窓の下に坐して、ごつ(一にル)ごつ静に尋思す。
何処より来たり、去って何処へ行く、ほんとうにこれそう思うです、あるいは奇妙奇天烈な思いを馳せるんですか、あっはっはなんだったんだろうなあ おれはって、なんで大騒ぎをしてなんにもならずは、もとっこ浮世に生まれるいわれなく、さっぱり生まれてなんかいないというへんてこ、若しこれ坐として習 うあればこういう思いも起こらないです、見習い士官を止めて戦艦の提督になるんですか、いいえ蓬窓の下に坐って、独り尋ねるってだけです、全宇宙これに従 うんですか。
尋思するも始めを知らず、いずくんぞ(正に烏のしただけ)能く其の終を知らん、現在亦復た然り、展転総て是れ空。
坐ってまさしくこうなんです、坐禅教科書みたいに無始無終、三心不可得というこったです、観念知識として知ることは二束三文です、なんの足しにも ならん邪魔です、実際に追尋ることはただもうまったくの展転ですか、みずとりの行くも帰るも跡絶えてされども法は忘れざりけりと、ただこうあるっきりのか すっともかすらず、昨日の我と今日の我とまるっきり別。
空中且らく我れ有り、況や是と非と有らんや、些子を容るるを知らず、縁に随って且に収容。
悟出し悟入する、たんびにまるっきり別をかえって知らず、面白いんですよ得失是非の埒外です、坐らなけりゃそりゃ三百代言ただもういたずらに偉く なるっきりです、馬鹿に付ける薬ですか、坐ると内容です満足不満足の際がないんです、縁に従って収容という、もとまったくに無用の長物です。

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良寛詩

憶ふ円通に在りし時、恒に吾が道の孤なるを嘆ぜしを、柴を運んでは(がんだれに龍)公を懐ひ、うす(石にふるどり)を踏んでは老蘆を思ふ。
玉島の円通寺僧堂にあって良寛はまったくの孤独であった、なれあいなくらしいことをせずただこれ道を求める、たきぎを運んでは馬祖道一の弟子ほう 公を思い、臼を踏んでは六祖禅師を思う、そりゃ人真似したって二束三文なんですが、古人かくの如くしてと鷲みたいにさぼったりふしだらすることがなかった んです。この道どんなに智慧犀利だろうが通身をもってする以外にないんです、ただもうこれまっしぐらのほかにないんです、余禄とかうまくいっただからなん てことないです。
入室敢えて後るるに非ず、朝参常にと徒に先んず、一たび席を散じてより、悠々たり三十年。
入室は独参です師家に直談判です、独参と提唱これが接心の手段の二つですか、ただ坐ってりゃ行くはずがあれこれ取り扱う、どうしたっても自分を もってする、師家はそれを取り外す、尋常の手段じゃないんですか、邪師は付け足し正師は奪い去る、もとこれ仏自縄自縛の縄をほどきおわれば仏です、でな きゃいくら印可底だろうが三日天下です。朝参は師家が挙し、学人が応ずる形ながらくそんなふうにやってたです、一たび席を散じてより、大ひまが開いたんで す、用なしになったとは、師家にも自分にも用なしになったんです、全宇宙まったくわがものにして悠々たり三十年。
山海中州を隔て、消息人の伝ふるなし、恩に感じて竟ひに涙あり、之を寄す水せん(さんずいに屍の死ではなく子と丹)かん(暖の日ではなくさんずい)。
一所不定住で托鉢して歩く、まーるで糸の切れたたこです、この事の特徴は西欧流と違って記述する用がないんです、ほんものそのものが歩く、常に答 えのまっただなか、どっか外れりゃ外れのまんま真、背けばぶったくてめえ痛い目見るっきゃないんですかあっはっは、正法眼蔵に涙を流す、恩に感じてついに 涙を流す、人とのつながりはこれっきりです、僧道の対大古法はわんさかよったくるがきどもです、しかもついに生涯をまっとうする、ものすごいやっちゃな良 寛は、一休も舌を巻く。之を寄すせんかんたり、水のゆくりなきさまをせんかんという、坐ってごらんなさい機せい電の如く眼流星に似たりという人間本来、水 せんかんという大宇宙にぽっかりは比類なき醍醐味です。

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良寛詩

仲冬十一月、清暁雲霧収まる、旭日青しょう(山に章)に上り、輝光高楼を射る。
冬のど真ん中、こっちは大雪だけど海岸沿いは強風、雪が吹っ飛んで行ってあんまり積もらない、佐渡があるから降らないってこったか、暁が澄み切っ て雲も霧もなし、青しょうとは青い山並みですか、向こうは西山こっちは東山、高楼というあのころそんなんあったか、やっぱり高楼と云わんとさまにならない か。
稚子門こん(門に困)に戯むれ、烏じゃく(昔に鳥)えん(担のてへんではなく木)頭に騒ぐ、炉には安息香を焼き、端座して好仇を思ふ。
門こんは門のしきいたって雲門の故事でもあるまいし五合庵は引き戸しかない、子供がやっぱりたわむれていたのか、烏雀、かささぎってのもしゃこ鳴 いてと禅語にある如し、えん頭は軒です、安息香えーとやすものの杉でできた線香だなきっと、香炉に焚いて一柱です、好仇とは妄想ですか、出たまんまにする これがふつうの人にはできない、ただの仇になっちまうから涅槃に入れない。
杖を持していずくにか行かんと欲す、首を回らして思ひ悠々。
さあてどこへ行こうかな、あっちにしようかこっちかのんびり。

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