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2010年1月 1日 (金)

良寛詩

富貴吾事に非ず、神仙期す可からず、腹を満たせば志願足る、虚名用ひて何為るものぞ。
どうですかこの通りに絶句してこの通りにする人良寛のほかにだーれもいないです、富貴わがことにあらず、神仙期すべからず、はいただの人これ、只管打坐を標榜しながらただの人にならない、くわせものごまかし嘘とはったりですか、腹を満たせば志願足る、坐禅とはまさのこれです、真正直にまさにこれです、ほかになんにもない、なーんにもない人です。虚名用いて何するものぞ。かくの如くかくの如くあるんです。
一鉢到る処に携へ、布嚢也た相宜しく、時に寺門の側に来たりて、会またま児童と期す、生涯何の似る所ぞ、騰騰として且らく時を過ごす。
鉢の子ひとつ持して到るところに行き、布嚢という頭陀袋ですか胴鉢ですか、米を入れる袋です、これらが暮らしのすべてです、そうして門前に子らと遊ぶ、ただかくの如くあって、だれの真似もしないという、独創などいう糸の付いたたこじゃないです、まるっきり良寛そのものです、追随する者もなし、良寛を云う人もっとも良寛に遠いんです、見るも汚らわしいやからですか、騰騰任運にまかす、なにをどうしなきゃならんという、あるいはそういうものまで任せきりです、できますか。

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