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2010年1月 3日 (日)

良寛詩

祇だ口腹の為の故に、日夜精神を費やす、奔走して積聚に苦しみ、固く閉ざして隣に分つ無し。
こりゃ世人みなのことを云ってるんですが、良寛托鉢行も同じです、ただ口腹の為の故になんです、世界平和のためにとかユニセフとかいいことしいなんて微塵もないです、強いて云えば焚くほどは風がもてくる落ち葉かなですか、貪ることがない、自分にもなし他人のにもなし、布施であり貪りをひっこぬく。でもこれ只管打坐です、ただ行う無所得無心の行です。ある二宮金次郎ばりの謹厳実直家が、うちは額に汗しないものにはびた一文やらぬといって、良寛も門前払いです、それをばんたびぬうっと鉢の子を差し出す、うっふっふ避けて通るなんてこともなかったらしい、共産党のように思想思い込みは残酷です、結果ろくなことにはならんのは現実を無視するからです。ぬうっと鉢の子、これに応ずるすべがありますか、あのうちは創価学会ですのでといっては門前払い食らったことがあったな、多いときは十軒に一軒とかあっはっは、そりゃ引き下がるほかないです。日夜精神を費やすことなしと、奔走して積聚に苦しむ愚かしさから解放されている、人の暮らしの本来に帰る如くです、隣はなにをする人ぞと、まずは秋風にでも聞きますか。
其のちょう(蒙のくさかんむりなし)間に埋もれるに方っては、一箇も身に随はず、他人快楽を受けて、姓名杳として聞こえず。此れを念へば実に哀れむべし、勉めん哉三界の人。
ちょう間はお墓ですか、なんにも持って行くことはできないよ、たといピラミッドを築いたとて墓荒しの手中に入るばかり、どうにか埋もれていても今度は学者という新手の盗人に洗いざらいやられる、あほくさミイラになってからになおさら恥晒し。皮肉といえば良寛なんにも持たずはなんにも残さずは、書いたものが残ったんですか、いえさいよいよ有名人です、日本はおろか世界中に知られています、ゲーテは消えても良寛は残ります。でもまあそれもせいぜい一万年ほど。

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