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2010年1月

2010年1月14日 (木)

良寛詩

孟冬是れ十月、夙に起きて翆しん(山のしたに今)を下る、奔木ことごと(感の心なし)くさい(てへんに崔)残し、渓潤げき(門に莫)として音無し。
孟冬初冬ですか、冬になって山を下りて行くと、雑木が折れしだえ、水枯れの谷間にまったく音がしない。音楽や絵画の秀逸と同じように詩を作る、これは生き生きとして面白いんです、伝統の成句を踏まえて発明する、ただもうやみくも勝手放題の現代詩、俳句や歌のでたらめとは違うんです。
首を回らして南山を望めば、松柏正に森森たり、此の揺落の時に方って、独り歳寒の心を保つ。ああ(口に差)吾れ胡為する者ぞ、之に対して一に長吟するのみ。
こうべを回らして南山を見れば、松杉ですか常緑樹がしんしん、落ち葉のゆれおちるときです、たった一人歳寒の心を保つ、ただもう年の暮れですか、いったいおれはなんなんだい、一言もなしああと長吟です、あっはっは正直真正面。

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良寛詩

八月涼気至る、鴻雁正に南に飛ぶ、我も亦衣鉢を理めて、得々として翆微を下る。
八月は旧暦ですか秋になって清爽の気です、鴻雁まあさかりがねが南に飛ぶ、われもまた得々として衣鉢をおさめて、翆微山ん中を下る、葉あていきさつようもわからんけど、五合庵を下るってわけでもないんだが。
野菊清香を発し、山川秀奇多し、人生金石に非ず、物に随って意自ら移る。
野菊という菊はもっとも種類が多いらしい、菊の香や奈良には古き仏達と芭蕉にもある、山川秀逸ですかなかなかどうして、人の生きるは金石にあらず、だのに金石にしてオリンピックで金メダルですか、自分の能力を発揮することは、ただもうこれこれ秋には秋春には春のみずみずしさです、うっふっふいい訳梨の気用なし人生です。
誰か能く一隅を守らん、ごつ(一にあしをふたつ)ごつとして鬢糸を垂る。
片隅を照らすものこれ国宝なりとは最澄の言葉、秀才が得々として仏を語るんでなしに、どんぐりの背比べのいちばん馬鹿でめちゃくちゃでまるでなっていないのがいちばん偉いがよし。自分というものかくあるべしではない、これ坐禅しかないんです、坐らずにいると必ず三百代言偉くなるばっかりです、ごつごつとして箇の坐状を守る、ただこれ日々に新たにして鬢糸を垂れとは白髪になることです、金石でない人生をまっとうして下さい。一人光明なれば四方を照らす、みんな仲良く平和にというてめえ弁護のお題目じゃないんです、いてもたってもいられぬほどが正解。安楽の法門に安楽椅子なし。

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良寛詩

陽春二月の時、桃李花参差たり、高き者は館閣を覆ひ、卑き者は庭い(韓の巾へん)に当たる。
二月陽春、桃や李の花ですか、高いものは館や仏閣を覆ひ、低いものは庭やとばりにかかる。すももはあんまり聞かない、桃李という中国の成句によった。
色は初春の艶を奪ひ、香は暮雲に入りて飛ぶ、れん(夫夫のしたに車)を駐めて公子酔ひ、袂を連ねて佳人之く。
春の艶をみんな奪ういきおい、香りは夕暮れの雲に飛ぶ、れんは人の牽く車ですとさ、公子小公子ってのあったけどこれは百姓じゃない官吏というより、さまちゃんですか、佳人は美しい女、桃の香りの春はかくの如し、はーいはい。
一夕狂風発し、満城雪となって飛ぶ。
狂い風が吹いて雪が降る、そりゃそういうことがあったんです。別に文無し坊主のひがみじゃないです、あっはっは。

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良寛詩

neoneoneoneoneo
行人我れを顧みて咲ひ、何に因ってか其れ斯くの如きと、頭を低れて伊に応へず、道ひ得ても也た何ぞ似ん。
行きかかる人が笑って、なんでまあこんなあほうなことをするんだ、大の大人がってわけです、頭をたれて答えず、たとい云いえてもまた何に似ると、鯨取るなの十字軍に人は笑わない、或いはその理由を聞けば明確に答えるんですか、でも子供と遊ぶ良寛と、空騒ぎの十字軍となんという差異ですか、同じ人間のやってうことですか、人生さんざんな目に会ってきて、わしはそりゃすべて身から出たさびですが、良寛のこれを見るにつけ涙滂沱です、世の中にこういうことがあったんだと絶句します。みんな仲良く平和にという校長が坊主やっていて、わしは顰蹙を買ったですが、ことなかれ主義の、中学のよたもんのせいで新任の声楽の先生が声を駄目にした、この校長連中が卒業するまでじっと我慢の子。先生と坊主にはろくなものがいないの二乗ですか、しかもしだにえらくなっちまう、なんでかなあまったく、あんちょこな理由ずけがあるからです、シーシェパードと同じひとりよがり。
箇中の意を知らんと要むるも、元来祇だ這這のみ。
理由とは箸でつまんで捨てるが如き、共産主義も差別問題も天皇陛下万歳も十字軍も魔女裁判もです、みんな人をやってけやすい簡単明瞭らしい看板です、どうしようもないです、サイレントマジョリティがごく少数でも、とかく身心の痛むやつはだまっちまう、するとまあ世の中不都合です。良寛だと労働もしねーやつが、なに漢詩だとむかしことば使ってなんだと、あっはっは西行はくずだっていう国語の先生いたっけな。

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良寛詩

neoneoneoneoneo
青陽二月の初、物色やや(梢ののぎへん)新鮮、此の時鉢う[(干のしたに皿)を持し、得々として市てん(纏の糸へんなし)に遊ぶ。
二月やや物が色ずいて、鉢の子をかかげて、とくとくとして市てん街中に遊ぶんです。
児童忽ち我を見、欣然相将ひて来る、我を要す寺門の前、我を携へて歩み遅遅たり。
わっと子供らに取り囲まれて、お寺の門前にのそのそやって来る、
う(干に皿)を白石上に放ち、嚢を緑樹の枝に掛け、此に百草を闘はし、此に毬子を打つ。
石の上に鉢の子を置き、頭陀袋は木の枝に掛け、草相撲を取り、まりをつく。
我打てばかれ(さんずいに巨に木)且つ歌ひ、我歌へば彼之を打つ、打ち去り又打ち来り、時刻の移るを知らず。
おれが毬つきゃ、だれか歌い、でれかつきゃおれが歌う、まりつき歌い、時の移るのを知らず。

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2010年1月 8日 (金)

良寛詩

人生一百年、汎として水上のひん(くさかんむりに頻)の若し、波に随って虚しく東西し、浪を逐ふて休辰無し。
人生百年ですか、たいていたしかにそんなふうになりました、汎として茫洋だだっぴろくって水上のみずくさの如しと、波にしたがって右往左往し、波を追うて一日として休むひまなし。どうですか60、70までも生きりゃまずはこれそう思うでしょう、成功者だ東大出っでいっち頭がいいんだ、第一人者はおれだなど云って、ふと気が付くと汎として空しく東西するみずくさです。するとなーるほどと気がつけばいいです、大ひまが開いて虚空に浮かぶ露の玉の如し、たったの一日100%いいや200%暮らし尽くしたという無上楽ですよ。
牟尼の高貴を辞せしは、他の沈りん(倫のにんべんでなくさんずい)を度せんが為なり、在世八十年、説法五十春。経を留めて永世に遺し、今に到って梁津たり。
牟尼釈迦牟尼仏です、王であるべき生涯を擲つ、高貴を捨てて他の沈りん浮きぬ沈みぬの六道輪廻を免れさせる、他を救うにはまずもって自分を救うこと、自救不了ならばそりゃなんにもならんです、たとい他の為にしたろうが自分の為だけなんです。経というお経とは自分を救い他を救う姿です、坊主みたいお経を読めばもういいんなお布施だ偉いんだなど空威張りとは関係がないです。世の中に坊主と学校の先生にはろくなものがいないとは、すべてが嘘だからです、嘘ばっかりが嘘と気が付かない、最低最悪です。人格の不成立ですか、しかも次第に偉くなるというおまけつき。良寛にしてはじめて仏恩に報いるんですか、是。梁津は渡し場のこと。

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2010年1月 5日 (火)

良寛詩

一たび出家してより、しょう(足に従)跡雲えん(火に因)に寄す、或は樵漁と混じ、又児童と共に歓しむ。
出家して親兄弟娑婆世間を捨てるんです、浮世との荒波に揉まれずあるというには、どうしても悟ることが必要だ、悟ったからといって開き直る世間人ではなく、我と有情と同時成道です、いったん人間をまぬがれる、元の木阿弥です、でなけりゃ出家の蓑笠付けた化けの皮です。なにをやったっててめえのためでしかない、けちでどすぐろい死出虫稼業の嘘八百です。ましてや行雲流水雲煙に寄せる清々自在には遠くて遠い。樵の仲間に入っていたのは六祖禅師ですか、漁師をしていたというのはでれであったか忘れた、魚籠観音の化身というのもある、不殺生戒を云々するなら真正面に対決して下さい、いたずらに擲たないんです、あるいは鯨食うなの具、あるいは草食主義というもっとも悟りに疎い連中ですか、不可は行う自分が不可なんです、本末転倒しちゃだめです、いいのわるいのでは子供がそっぽ向くです、たいてい女の子も総好かんしますがなあっはっは。
王侯何ぞ栄とするに足らん、神仙亦願ふところに非ず、偶ふ所便なれば即ち休す、何ぞ必ずしも丘山を嵩とばん。波に乗じて日に新に化し、優遊年を窮む可し。
坐るには王侯なんぞ栄とするに足らんと坐って下さい、中途半端にどっかつながっていりゃ坐にならんです、いわんや全体はるかに塵埃を絶す、自分なくなってすべてです、事は単純まっぱじめっから答えのど真ん中なのに、なぜか本当にやった人皆無なんです、なぜですかよくよく顧みて下さい。あるいは超能力だの仏教だのなんだの企む、彼岸にわたることをせんでいちゃついている、大小無数の悟ったさん困ったさんなど。会うところ便なればすなわち休すと、なんぞ必ずしも丘山を尊ばず、はいなあこれ人間以外みんあこんなふうで幸せに生きてますよ、わたしは貝になりたいと云って宿借りしないんです。波に乗じて日に新たに化し、はいこれ坐禅そのものですよ、滞ったら命おしまい、日に新たに化すとはだからおれどうなったよくなったごとしないんです、昨日のおのれはまったくない、今日という開き直らない、年を極まりなし、優遊わっはっはまったくの不細工、楽しいっていうこと無窮なんともかんとも筆舌によらんです。

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良寛詩

一たび出家してより、任運日子を消す、昨日は青山に住し、今朝は城市に遊ぶ。
任運日子を消す、まるっきりその日暮らしです、一日一日跡なしの暮らし、青山お墓のことを云うんですがこれはただの山間、城市という対句になって賑やかな人間ですか、どこをどう選り好みってこっちゃないです、必要あればおもむくあるいは不必要に現れたりする。
のう(ころもへんに内)衣百余結、一鉢知りぬ幾載ぞ、錫によ(にんべんに奇)って清夜に吟じ、席を舗ひて日裡に眠る、誰か道ふ数に入らずと、伊れ余が身即ち是れ。
墨染め破れて繕うこと百余箇所うっはっはおんぼろです、臨済などひところこれを衒って大修行底など云ったですが、良寛にそんな贅沢はないです、鉢の子たった一つに幾載ですか、わしの出家したころは法具をこさえる職人もまだ生きていて、衣もしっかりしていた、よっぽど着てもすっとすりゃちゃんと畳む、鉢の子も頑丈でよく使えたし、またよくできていた。今になって宗門仏教のぶの字もなけりゃ、坊主堕地獄でしたがい職人も消え、どうしようもない衣に一年も使えばぶっこわれる応量器です。駄目になりゃまたすべて駄目ですか。肝心要が腐れりゃ日本人よって立つなし。錫杖をついて吟じ、むしろを敷いて寝る。だれか云う数に入らずと、説法もなし立派な門構えもなし門弟もなし、乞食坊主がそりゃまったく数に入らんです、今だってそりゃまったく同じなんみもならんです。かれ余が身即ちこれ=仏教の真髄です、他にはまったくないんです、仏一箇の露堂々です。お釈迦さま道元禅師、他宗では一遍上人ですか、ほんとうにこれを体現した人いくらもないんです。

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2010年1月 3日 (日)

良寛詩

祇だ口腹の為の故に、日夜精神を費やす、奔走して積聚に苦しみ、固く閉ざして隣に分つ無し。
こりゃ世人みなのことを云ってるんですが、良寛托鉢行も同じです、ただ口腹の為の故になんです、世界平和のためにとかユニセフとかいいことしいなんて微塵もないです、強いて云えば焚くほどは風がもてくる落ち葉かなですか、貪ることがない、自分にもなし他人のにもなし、布施であり貪りをひっこぬく。でもこれ只管打坐です、ただ行う無所得無心の行です。ある二宮金次郎ばりの謹厳実直家が、うちは額に汗しないものにはびた一文やらぬといって、良寛も門前払いです、それをばんたびぬうっと鉢の子を差し出す、うっふっふ避けて通るなんてこともなかったらしい、共産党のように思想思い込みは残酷です、結果ろくなことにはならんのは現実を無視するからです。ぬうっと鉢の子、これに応ずるすべがありますか、あのうちは創価学会ですのでといっては門前払い食らったことがあったな、多いときは十軒に一軒とかあっはっは、そりゃ引き下がるほかないです。日夜精神を費やすことなしと、奔走して積聚に苦しむ愚かしさから解放されている、人の暮らしの本来に帰る如くです、隣はなにをする人ぞと、まずは秋風にでも聞きますか。
其のちょう(蒙のくさかんむりなし)間に埋もれるに方っては、一箇も身に随はず、他人快楽を受けて、姓名杳として聞こえず。此れを念へば実に哀れむべし、勉めん哉三界の人。
ちょう間はお墓ですか、なんにも持って行くことはできないよ、たといピラミッドを築いたとて墓荒しの手中に入るばかり、どうにか埋もれていても今度は学者という新手の盗人に洗いざらいやられる、あほくさミイラになってからになおさら恥晒し。皮肉といえば良寛なんにも持たずはなんにも残さずは、書いたものが残ったんですか、いえさいよいよ有名人です、日本はおろか世界中に知られています、ゲーテは消えても良寛は残ります。でもまあそれもせいぜい一万年ほど。

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良寛詩

neoneoneoneoneo
一たび出家してより、幾箇の春なるかを知らず、一納と一鉢と、騰騰此身を送る、
出家して幾春秋ですか、数えることもせずの着たきり雀の墨染めと鉢の子と、足の向くままにまかせて行雲流水です、はいこれ雲水って云います、悟り終わって弟子にそういうのいた、行方知れずの開聞岳から年頭の挨拶と粋がって電話してきたので、とっつかまって用事あるから帰ってこいったらしぶすぶ帰ってきた、沖縄まで行くつもりだったらしい、この弟子帰ってきてからも時に托鉢して、そうしたらどっかのばあさんにとっつかまって説教された、おまえさんもそういうことしてないで正業につけとさ、托鉢行はにせ坊主の商売になって久しく、宗門は仏教のぶの字もなく、しばらくは在家仏教しかないですか、どうにかかつかつつないで行くこったですか。
昨日は山林に住み、今日は城いん(門に西土)に遊ぶ、人生一百年、汎として秋水のひん(くさかんむりに頻)の如し。
山や草木があるとがきのように若返って、城いん賑やかな町へ出るとうろちょろきょろきょろ、じきにゼニ使ってしまう、生まれ着いてのドアほうはこりゃもうどうしようもなく、いえさ良寛は生活万端実にきしんとしてたです、わいはぐーたらすけべでもとっこ元の木阿弥、汎として秋水の浮き草の如しと、はーはいそりゃもう取り付く島もないです、でもやっぱり死ぬまでは生きなきゃなんねーか、せいぜい身の不始末はしねえよ−に。

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2010年1月 1日 (金)

良寛詩

富貴吾事に非ず、神仙期す可からず、腹を満たせば志願足る、虚名用ひて何為るものぞ。
どうですかこの通りに絶句してこの通りにする人良寛のほかにだーれもいないです、富貴わがことにあらず、神仙期すべからず、はいただの人これ、只管打坐を標榜しながらただの人にならない、くわせものごまかし嘘とはったりですか、腹を満たせば志願足る、坐禅とはまさのこれです、真正直にまさにこれです、ほかになんにもない、なーんにもない人です。虚名用いて何するものぞ。かくの如くかくの如くあるんです。
一鉢到る処に携へ、布嚢也た相宜しく、時に寺門の側に来たりて、会またま児童と期す、生涯何の似る所ぞ、騰騰として且らく時を過ごす。
鉢の子ひとつ持して到るところに行き、布嚢という頭陀袋ですか胴鉢ですか、米を入れる袋です、これらが暮らしのすべてです、そうして門前に子らと遊ぶ、ただかくの如くあって、だれの真似もしないという、独創などいう糸の付いたたこじゃないです、まるっきり良寛そのものです、追随する者もなし、良寛を云う人もっとも良寛に遠いんです、見るも汚らわしいやからですか、騰騰任運にまかす、なにをどうしなきゃならんという、あるいはそういうものまで任せきりです、できますか。

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