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2009年11月17日 (火)

良寛詩

師は盛んに宗称を唱へ、資は随って之に和す、師資互ひに膠漆し、死を守って敢へて移らず。
師と資、これを助けるもの弟子信者ですか、新興宗教まさにこんな具合、旧宗教もそりゃたいてい同じ、宗派を作り数を増やしいい暮らしをし政治に参与する、それには宗称を唱え、もとなんにもない仏教をあるあるといって言いふらすんです、言葉の尾ひれにくっついて人数の右往左往、百害あって一利なしの、いわゆる宗教です、若しこれを卒業したら、人類も地球もんみなのお仲間入りが出来ます、平和を唱えて戦争、だれかれ説得して喧嘩喧騒、こんなもんが他にあるはずもなし、その心情説話たるや死に体です、燃えないごみの日に出すしかないどーしようもなし。坐ればわずかに宗称を免れる、膠漆にかわうるしですか、さらりと免れ去ること。
法にして若し宗を立つ可くんば、古聖たれか為さざらん、人々共に宗を立つ、ああ(口に差)我れいずくにか適帰せん。
法というもとまったくないんです、強いて云えば物理法則ですか、物理学は観察者を別の置くのでどうしても近似値です、もとこの我れがありよう記述に拠らんです、これを知る古聖すなわちお釈迦さまです、だれあってお釈迦さまです、良寛も道元さんもお釈迦さまと同じになる、記述じゃない身心もって証拠するんです、百人いれば百人宗を立つ、いよいよもってうるさったいのは、すでにしてみんな物真似です、きまってどこかに定規があると思い込む、花も鳥も雲もそんなふうではまったくないんです、良寛さんが一人っきり子供らと遊ぶしかないのはこれですか、ああ我いずくにか適帰せん、子供らへの対大古法はそりゃとんでもない現実です、よくまあ生涯。

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