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2009年11月17日 (火)

良寛詩

今自り熟らつら思量して、汝が其の度を改む可し、勉めよや後世子、自らク(りっしんべんに貝貝ふるとり)怖を遺すこと莫れ。
つらつら思量してという、坐るっていうことはこれなんです、けいげあるかすっとも触れるところへ目をやる、落ちるときに知るんです、いいですか汝がその度を改むべしと、どこまで行っても思い上がりを度すんです、自己改変とか壊滅です、ないはずの自分がどうしてもある、なぜかということです、勉めるしかないんです、おれはこうだからと開き直ったらもうおしまい、すっからかんです、く怖おそれる危ぶむという=人間ですか、すなわちく怖を残すことなかれと、く怖にうち任せるほかなし=生きているということですよ、坐の醍醐味はすなわちこの辺にあるんです、こうあるべきたとい大安心の問題じゃないんですよ。
風俗年々に薄く、朝野歳々に衰ふ、人心時々に危ふく、祖道日々に微かなり。
いつの世にもまさに人はこういう感慨を持つ、つまりはまさにこういうことなんでしょう、現代なぞ日本語も失われ、毎日犯罪の巣窟ですか、人心あるいはまったくまともではなく、サイレントマジョリティというその根底から軽薄ですか、あっはっは祖道日々にかそかなりと、なにさ道元禅師の法を守っていりゃ他のこといらんです、たとい地球滅亡もただ地球滅亡ってだけのことです、仏もとなんにもなしが損なわれることはないです。

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