« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »

2009年11月17日 (火)

良寛詩

頭を聚めて大語を打き、因循旦暮を度る、外面は殊勝を逞しゅうして、外の田野のおう(区に女)を迷はす。
こりゃまあたいて坊主のありようです、今は大語するもなくただよったくって嘘八百のなんせえ反吐のなすりあいですか、みっともないといったらお寺に生まれたから説教で、親父が偉くっててめえもじきふんぞり返って、なんせいお布施稼業は殊勝な面して、じじばばのご機嫌を取り結ぶ、たしかに一定の人間がいる、信心深いというのもどっか化石化して、世の中の出外れみたい問題にならんですか、そーして物真似振りをもってありがたや、類は友を呼ぶ。でもなあこれ張子の虎はなんにもならんです、血の一滴もなく人を見殺しにして、ただもう無関心残酷です。若しや坊主の真似なんぞしないんですよ。
謂ふ我好箇手と、呼嘆何れの日にか醒めん、たとい乳虎の隊に入るとも、名利の道を践むこと勿れ。
ちらとも齧ってどんなもんだいと云う、たとい坊主なりとも無数の悟ったさん困ったさん、こりゃまたどうしようもないです、バットならホームランを打つ、刀なら首ちょん切る、かすっともかすらないのにおれはとふんぞり返り、首ちょん切られてもさっぱり気が付かない、いやはやこんなのばっかり、ああ何時の日にか醒めんです。乳虎の隊とは危険極まりないこと、孤俊イチローたった一人っきりです、これは名利のわざですが、仏はちらとも名利あってはまったく不成立です、名利色の道を捨てることから坐禅は始まるんです、どうしてうまく行かぬか、どこかに欲望があるからです。

|

« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 良寛詩 | トップページ | 良寛詩 »