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2009年11月28日 (土)

良寛詩

呼鳴復た何をか道はん、錫を飛ばして独り帰る来る。
ああまた何をか云はん、何を云っても届かない、届かないものこれ、錫杖をついて一人行く、帰るというしばらく帰る所ありと思う。
夫れ人の世に在る、汎として水上のひん(くさかんむりに頻)の如し、誰か心を其の際に容れん、縁有り因無きに非ず。
人間がこの世の中にあることは、広範偏在なきですか、水上の浮き草の如くです、浮世というんですか、それをだからどうの点と線を結んで最短距離して、滑稽ともなんと大真面目のなんのかの、袖刷りあうも縁という、因果必然という、もとこうあるんです、因果を辿ってもそりゃかいないとは云わんが、かきよごし尻切れとんぼの、科学というお釣りが来るのを、そりゃどーしようもないんです。
錫を振りて親故に別れ、手を挙げて城いん(門に切)を謝す、納衣聊か破れしを補ひ、一鉢知りぬ幾春なることを。
良寛托鉢行のいわれですか、たしかに身を養うことは城いん、街なか世の中に謝すんです、額に汗して働かぬものには一文もやらぬと、追い返す門にさえぬーっと鉢の子をつきだす、謝すこと満腔宇宙の如くして、一切因縁を絶つほどにかつがつ生き伸びるんです、わしのようなぐうたらどうしようもなしが、まったくつくずくそう思います、良寛正解です、一鉢知りぬ幾春を、すずめといっしょに托鉢して行く、そんなものは不用とまさに正解。

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