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2009年11月25日 (水)

良寛詩

昔は常に歓言に接せしが、今は亡と存と為れり、三界何ぞ茫々たる、六趣実に論じ難し。
むかしは常に楽しい喜びの会話があったのに、今は死んだ人と生き残った人になった、三界は欲界色界無色会ですとさ、浮世あの世のすべてですか、六趣は六道に同じ地獄餓鬼修羅畜生人間天上です、実に論じ難とは実際です、どうしようもこうしようもない現実は、ただもう目の当たりする以外にないです、これを知るを仏という悟りというんです、三界なんぞ茫々たる、取り付く島もないんです、自分とはこれ坐禅とはすなわちこれです。
之を釈てて道路に就き、錫を振って人煙を望む、青松道をさしはさんで直く、宮観雲中に連なる。
釈という字を捨てるに当てる、ものを知るつまびらかにするとはまさに捨てることです、自我が関わればどんずまりおしまいです。錫杖はこれを引いて托鉢する、たった一つ糧のたのみであり人と付き合うことだった、青松をたばさんで道直くとはまさに実感です、だれがなにしてどうした政治が文学がという、あるいはまったく脇目も振らず、宮観ものみやぐらのような高い建物ですか、雲中につらなると貧富の差なにがなし、鉢の子の一椀ですか、一生不離叢林観音様ですか。

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