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2009年11月23日 (月)

良寛詩

子は東都の東に去り、我れは西海の藩に到る、西海は我が郷に非ず、誰れか能く長く滞らん。
東都の東に去り、江戸に赴いたんですか、西海の藩は備中玉島の円通寺です、今も残っているそうです、観光資源ですか、曹洞宗の修行場は観光だけです、本山という仏教のぶの字もなく、格好をつけてらしくの坊主造りのほかなく、淋しい悲しい事件です。禅堂はいたずらにして静けさや涙すなるは出家せぬ尼、尼僧堂のほうがでたらめ破れほっかいですか。西海は我が郷に非ず、誰かよく長く滞まらんと、良寛は托鉢して歩き、清の国までも行くつもりだったらしいです、わしの弟子もぶち抜いた後、托鉢して沖縄までも行こうとて、開門岳から年頭挨拶してきたのをようやく呼び返した、天地あまねく故郷を知る、これ仏。
去去旧りょ(門に呂)に向ひ、杳杳雲端を凌ぐ、聊か一把の茅を得て、居を九上の嶺に占む。
去り去りて九りょ、故郷に向い、ようようとして、わけもわからず雲端をしのぐ、雲をかきわける底の雲水行ですか、九上山の五合庵は大正時代に模して作ったのがあり、今は御多分に漏れずの観光開発です、時に人を案内する、売店でたこあしのから揚げを買ってむしゃむしゃ食い歩き。

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コメント

おはようござぃ。

>九上山の五合庵

「九上山」→「国上山」(くがみやま)ねっ。
ネオちゃん、漢字訂正よろしく。
くがみやまのこくじょうじのごごうあん。

投稿: とり | 2009年11月24日 (火) 09時01分

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