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2009年11月17日 (火)

良寛詩

彼の大唐の盛んなる、斯の時より美なるはなし、衆を領し徒を匡し、箇箇法中の獅たり。
六祖禅師からいよいよ盛んに興る、もっとも美しい時であるという、衆を領し徒を匡す、まことにその通り、世の中の規範となることは、皇帝も補佐する官もまさにこれによる、箇箇法中の獅たりというのは、今もお寺には阿吽の獅子があって、そのまあ猛烈比類なきことは坊主というろくでもなしの、これが原本だとは到底思えぬほどに、猿芝居の法戦識やお布施あつめの得度式とはまったく無縁です、タイには七八世紀ごろの、国王が仏陀に会いに行くしきたりがあって、あるいは日本の鎌倉時代、執権が法を具現する、理想社会というのはまさにこれを云うんです、今の中国共産党は一神教のカリカチュアですか、どうにもこうにもがらくたです、はた迷惑お騒がせてめえの保身のためのほかにはなんにも出来ない、しかもそれを知らないんですか、最低です。
頓漸機を逗むと雖も、南北未だ岐を分たず、此の有宋の末に及んで、白璧肇て疵を生ず。
六祖と神秀上座の南北あい別れですか、頓に無生を知ることは自分を省みること不可能です、自分を省みて次第これをよくして行こうという愚かを知る、南北未だ岐を分たずとは、たとい頓悟するもついにこれを得る、朝打参禅暮打八百です、いわば毎日壊変です、これなくしてはただの人にならんです、日々思い上がりを撲滅して下さい、ついにものを得ずです。宋末に於いてようやく玉に疵ですか、いや歴史は何云おうがちゃーんとわしまで伝わったんです、それでいいです。

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