無門関
芭蕉しゅ(柱の木のかわりにてへん)杖
芭蕉和尚衆に示して云く、汝に柱杖子有らば、我汝に柱杖子を予えん。汝に柱杖子無くんば、我汝が柱杖子を奪はん。
無門日く、扶けては断橋の水を過ぎ、伴なっては無月の村に帰る。若し喚んで柱杖と作さば、地獄に入ること箭の如くならん。
じゅn日く、
諸方の深と浅と、都て掌握の中に在り。
天をささえ並びに地をささえて、随処に宗風を振るふ。
芭蕉慧清は新羅の人、い(さんずいに為)仰衆三世南塔光湧に継ぐ。あるものに与えないものから奪う、これ常套手段といって、どっちからもきりきり奪うんです、もんちは悟ったという、では女の子を口説いてみろといった、口説けない、徒らにするんじゃない、真正面から当たれそうしたら無一文に気がつく。あるいは悟ったという、捨てるべきおのれが見つかったに過ぎない、さあ坐れといったらそれっきりになった。ふうりんさんはなんにつけても薀蓄を傾ける、それのみが自分の存在価値と思い込む、ではそいつを奪え、根拠を失えば虚空、ようやく楽に坐れる、安楽の法門の入り口のはず、でもってやっぱりそれっきり。あっはっは世の中中途半端が多いんですか、わしの力不足ですか、容易なこっちゃないんです、ちらっともひきはがれたらますますもって食らいつけ、でないとなんにもならんです、柱杖子を天地宇宙、もとのありのまんまに返す。命投げ出して始めて得るほどに。
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