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2008年3月

2008年3月 7日 (金)

2008年2月 接心提唱

2008年2月の接心にて、宝鏡三昧の提唱です。

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2008年3月 6日 (木)

弁道話

それ仏法を国中に弘通すること、王敕をまつべしといへども、ふたたび霊山の遺屬をおもへば、いま百万億刹に現出せる王公相将、みなともにかたじけなく仏敕をうけて、夙生に仏法を護持する素懐をわすれず、生来せるものなり。その化をしくさかひ、いずれのところか仏国土にあらざらん。このゆえに仏祖の道を流通せん、かならずしもところをえらび、縁をまつべきにあらず。ただけふをはじめとおもはんや。しかあればすなはち、これをあつめて、仏法をねがはん哲匠、あはせて道をとぶらひ雲遊ひょう(サンズイに苹)寄せん参学の真流にのこす。ときに、
寛嘉辛卯中秋日    入宋伝法沙門道元記

いずれのところにか仏国土にあらざらん、我が釈迦牟尼仏の声と姿と、たとい邪教ありよこしまあり、思想あり無味乾燥ありいいかげんだとも、もとこれ仏の家如来そのものに現じているのです、御開山道元禅師がこれを証してかくのごとくに掌しているんです、他なんにもいらんです、済々として勤しみ、他なくに如来の王道です、生涯これあり、喜びの歓喜のまた尽きるなし、破衣を被ぶりたとい青巌白石も、まさにまったく生まれ本来です、不染汗もって他に誇るべし、おのがじしです、道はこのとおりに開けております。父母未生前の消息。

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2008年3月 5日 (水)

弁道話

さきの問答往来し、賓主相交することみだりがはし。いくばくか、はななきそらに、はなをなさしむ。しかあれども、このくに坐禅弁道におきて、いまだその宗旨つたはれず、しらんとこころざさんもの、かなしむべし。このゆえに、いささか異域の見聞をあつめ、明師の真訣をしるしとどめて、参学のねがはんにきこえんとす。このほか叢林の規範、寺院の格式、いましめすにいとまあらず、又草草にすべからず。
おほよそ我朝は、龍海の伊東にところして雲煙はるかなれども、欽明・用明の前後より、秋方の仏法東暫する、これすなはち人のさいはいなり。しかあるを、名相事縁しげくみだれて、修行のところにわずらふ。いまは破衣綴盂を生涯として、青巌白石のほとりに茅をむすんで端坐修練するに、仏向上の事たちまちにあらはれて、一生参学の大事、すみやかに究竟するものなり。これすなはち龍牙の誡敕なり、雛足の遺風なり。その坐禅の儀則は、すぎぬる嘉祿のころ撰集せし普勧坐禅儀に依行すべし。

はななきそらにはなをさしはさむ、空華というんですか、うっふっふ妄想のことを云ったりする、人天眼華堆と良寛詩にもある、堆うずたかしと、これにとらわれるか否かですか、仏と凡くらとまったく区別はないんです、とらわれ糞詰まりするか、しゃしゃらくらく安楽の法門かの違い、そりゃもう一瞬に楽なほうがいいです、その宗旨というて大それたことはないんです、自分に関係がないと知る、自分について取り扱わない、こんな手間ひまいらんことはない、はいそのまんま、すなわち生死を明きらむる、死ぬとは手つかずなんです。かすっともからないで坐る、これ仏向上事、そんな阿呆なことでいいんか、身も蓋もない、もっとゆゆしいことが、我と我が身心の参究という、あっはっはいらんことしない、わかりますか、死ぬということ、死人に口なし心なし投げうっておしまい。叢林の規則寺院の格式という、なおざりにはしないんですか、集団であっても個人であってもです、けものも虫けら草木に至るまで、てまえかってのなおざりなんかないです。ただし規則に格式が一人歩きしたら嘘になる、嘘とはったりばかりの坊主ども。欽明は仏教伝来の538年ですか、用明は聖徳太子のころです、名相事縁しげくとは、噂ばっかり形の世界、仏のありようという本来がお留守になった、近似値かえって遠くて遠しです。今の世ますますでたらめですか、本来を求める人にとって、実にたいへんな時代です、今ここに正師に出会うています、ではその他のことはいらんです。他は一切かえりみずに、正身端坐して、仏向上事たちまちにあらわれることを願って下さい、一生参学の大事すみやかに究竟するものなりと、たったこれだけです、一つこと。これ普勧坐禅儀に記してあります、これに継ぎ足しする形で、正法眼蔵があります、恁麼の事を得んと欲せば急に恁麼の事を務めよ、非思量底いかんが思量せんと。

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2008年3月 4日 (火)

弁道話

とていはく、西天および神丹国は、人もとより質直なり、中華のしからしむるによりて、仏法を教化うるにいとはやく会入す。我朝は、むかしより人に仁智すくなくして、正種つもりがたし、番夷のしからしむる、うらみざらんや。又このくにの出家人は、大国の在家人にもおとれり。挙世おろかにして、心量狭少なり、ふかく有為の功を執して事相の善をこのむ。かくのごとくのやから、たとひ坐禅すといふとも、たちまちに仏法を証得せんや。」しめしていはく、いふがごとし、わがくにの人、いまだ仁智あまねからず、人また迂曲なり。たとひ正直の法をしめすとも、甘露かへりて毒となりぬべし、名利にはおもむきやすく、惑執とらけがたし。しかはあれども仏法に証入すること、かならずしも人天の世智をもて出世の舟航とするにはあらず。仏在世にも、てまりによりて四果を証し、袈裟をかけて大道をあきらめし、ともに愚暗のやから、癡狂の畜類なり。ただし正信のたすくるところ、まどひをはなるるみちあり。また癡老の比丘黙坐せしをみて、設斎の信女さとりをひらきし、これ智によらず、文によらず、ことばをまたず、かたりをまたず、ただしこれ正信にたすけられたり。また釈教の三千界にひろまること、わずかに二千余年の前後なり。刹土のしなじななる、かならずしも仁智のくににあらず。人またかならずしも利知聡明のみあらんや。しかあれども如来の正法、もとより不思議の大功徳力をそなへて、ときいたればその刹土にひろまる。人まさに正信修行すれば、利鈍をわかずひとしく得道するなり。わが朝は、仁智のくににあらず、人に知解おろかなりとして、仏法を会すべからずとおもふことなかれ。いはんや人みな般若の正種ゆたかなり。ただ承当することまれに、受用することいまだしきならじ。」

たとい正直の法を示すとも、甘露かへりて毒となりぬべし、今もむかしもこれまったく変りないですか。せっかく法を説いても、一00に一人ですか、あるいは受け入れぬか、曲解して我田引水ですか、あるいは無能に支離滅裂、まるで糠に釘ですか。どうにもこうにもならんところがあるのは、観念が多すぎるんですか、観念倒れは、自分が何を云っているのか、云ったことの意味が何か、責任さへ取れない。おむつを取り替えて貰って、母親の悪口をいう子供ですか、新成人風他愛なさです。こんなんでは仏法もなんもないです。しかれども如来の正法、もとより不思議の大功徳力をそなへて、ときいたればと、彼が刹土にひろまることを願うです。たしかにたとい心のいい加減めちゃくちゃも、一つしゃきっとすりゃ、急転直下です、思想の内容利人鈍者によらず、もとこのとおりに自然法界に行なわれている。正信修行とは、これに帰家穏坐したいという、もとに返っていたいという、本来心による、たとい今の世の不都合、滅多矢鱈も、仏によってのみ救われるんです、もとっも端的な方法です。いわんや他の手段、色あいを仮れば、迷いの上の迷い、新興宗教他の宗教の、騒々しく不幸のどん底です。一箇半箇、光明になって下さい、徒党を組む必要はさらにないんです、お釈迦さま以前、お釈迦さま以後もまったく同じ、人間とは邪教世迷いごと、時世による流行りすたりの思想です。万人の中に一人、これを免れていることをもって、社会の健全です、いいや自分というもとあるがようの、大満足清々比類なき、道元禅師今にかくかくこれを示す。

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2008年3月 3日 (月)

弁道話

とふていはく、乾唐の古今をきくに、あるひは、たけのこえをききて道をさとり、あるひははなのいろをみてこころをあきらむるものあり。いはんや釈迦大師は明星をみしとき道を証し、阿難尊者は、刹竿のたふれふしところに法をあきらめしのみならず、六代よりのち、一言半句のしたに心地をあきらむるものおほし。かれら、かならずしもかつて坐禅弁道せるもののみならんや。」しめしていはく、古今に見色明心し、聞声悟道せし当人、ともに弁道に擬議量なく、直下に第二人なきことをしるべし。

釈尊明星一見の事は、仏教の根幹をなすというより、仏教そのものです、迦葉拈華微笑、阿難倒折刹竿著と受け継いで今に至る、だからといってそうい知識を並べ立てて、何がどうというのは、ただの妄想です、さすがに道元禅師は、直下に第二人なきことをしるべしと云う、てめえでやってみろ、その他に言及もまったくに届かぬ、その他は嘘だと云ったのです。香厳和尚、一を聞けば十を知る、何を云うても答えがある、ではなんにもならぬというので、師が、おまえの父母の生まれる以前のおまえの眉毛如何と問うた。さあわからなくなった、これしきのことわからないでは、到底僧はやっていられぬといって、じいごになって掃除や雑用をしていた。ほうきで庭を掃いておった、たまたま石を掃き飛ばして、それが竹に当たって音を立てるにより、忽然大悟す。無心というんでしょう、自分を無にするところから始まるんです、おのれ用なきものと、僧という天下第一と思うそれを捨てた、そうしてただもう掃いておった、次第忘我です、忘我から石の竹にあたる、機縁に触れてはあっと一念起こるんです、我と有情と同時成仏です。釈尊だろうが、たった今のぼんくらだろうがまったく同じです、それを花を見て、露柱に対してなど、新聞記事みたいこと云ったって、なんにもならんです、卻って百害あって一利なし、ただおのれの辺に証拠するこれ。もと行なわれている父母未生以前。

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2008年3月 2日 (日)

弁道話

とふうていはく、あるがいはく、仏法には即身是仏のむねを了達しぬるがごときは、くちに経典を誦せず、身に仏道を行ぜざれども、あへて仏法にかけたるところなし。ただ仏法はもとより自己にありとしる、これを得道の全円とす、このほかさらに佗人にかひてもとむべきにあらず。いはんや坐禅弁道をわずらはしくせんや。」しめしていはく、このことばもともはかなし。もしなんじがいふがごとくならば。こころあらんもの、たれかこのむねををしへんに、しることなからん。しるべし、仏法はまさに自他の見をやめて学するなり。もし自己即仏としるをもて、得道とせば、釈尊むかし化道にわずらはじ。しばらく古徳の妙則をもてこれを証すべし。むかし則公監院といふ僧、法眼禅師の会中にありしに、法眼禅師問ふていはく、則監寺なんじわが会にありていくばくのときぞ。則公のいはく、われ師の会にはんべりてすでに三年をへたり。禅師のいはく、なんじはこれ後生なり、なんぞつねにわれに仏法をとはざる。則公がいはく、それがし和尚をあざむくべからず。かつて青峰禅師のところにありしとき、仏法におきて安楽のところを了達せり。禅師のいはく、なんじいかなることばによりてか、いることをえし。則公がいはく、それがしかつて青峰にとひき、いかなるかこれ学人の自己なる。青峰のいはく、丙丁童子来求火。法眼のいはく、よきことばなり、ただしおそらくはなんじ会せざらんことを。則公がいはく、丙丁は火に属す、火をもてさらに火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたりと会せり。禅師のいはく、まことにしりぬ、なんじ会せざりけり。仏法もしかくのごとくならば、けふまでにつたはれじ。ここに則公躁悶してすなはちたちぬ。中路にいたりておもひき、禅師はこれ天下の善知識、又五百人の大導師なり、わが非をいさむる、さだめて長処あらん。禅師のみもとにかへりて、懺悔礼謝してとふていはく、いかなるかこれ学人の自己なる。禅師のいはく、丙丁童子来求火と。則公このことばのしたに、おほきに仏法をさとりき。あきらかにしりぬ、自己即仏の領解をもて、仏法をしれりといふにはあらずといふことを。もし自己即仏の領解を仏法とせば、禅師さきのことばをもてみちびかじ。又しかのごとくいましむべからず。ただまさにはじめ善知識をみんより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禅弁道して、一知半解を心にとどむることなかれ。仏法の妙術、それむなしからじ。

悟ったという人、悟りのなきことを知る、おのれなにほどかになったという、まったくの余計事、花も月も雲もてんから思はず、人間だけがてめえ何者かに見做す、いらんお節介です、達磨の不識廓然無聖これ、首くくる縄もなし年の暮れ、すべからく赤貧洗うがごとくせよと、もと無所得なんです、それゆえ初心も二、三十年の老参も同じ、発露白仏至心帰依なんです、これ仏のありよう仏教です。朝打三千暮打八百という、朝に晩に坐ってほかに用事なければ坐る、ほかにわしらの生活はないです、日々に新たに、まったく生まれ変わるごとく坐って下さい、安楽の法修証一如、たとい人間これ以外の命はないんです、世界宇宙ぜんたいです、天上天下唯我独尊です、七歩歩んで上下四維指さして、あるいはもっぱら祈ることこれ。老師が覚王山師家になって、初の僧堂接心に提唱が弁道話であった、らごらどもが坐っておった、求めることのない寺院の子弟です、丙丁童子来求火、老師の一声に、単から一尺跳び上がった。おじいちゃん涙流していたぜ、維那役の雪溪老師がそう云っていた、愛知学院の教授どもがきてなんのというのへ、そういう児戯に類することはしておらんといった、ふええおじいちゃんはとわしらは笑った、半年で瓦解した、あれはなつかしい思い出。妙法これ、なにが妙法かおわかりか、まさに妙術これ。

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2008年3月 1日 (土)

弁道話

とふていはく、この行は、いま末代悪世にも修行せば証をうべしや。」しめしていはく、教家に名相をこととせるに、なほ大乗実教には、正・像・末法をわくことなし、修すればみな得道すといふ。いはんやこの単伝の正法には、入法出身、おなじく自家の財珍を愛用するなり。証の得否は、修せんものおのずからしらんこと、用水の人の、冷暖をみずからわきまふるがごとし。

教学家はなんのかの云うだろうが、本当に実にこれをなす人には、正法像法末法などない、修すればみな得道すというんです、時代や教養や老若男女の別なし、デカタンスもニヒルもないんです。そういう思想趣味、または生悪是非判断などを容れる器の問題ですか、人そのものの生まれ本来、あるいは生まれる以前に帰るんです。たといこの世がどうあろうと、この世は如来の夢の一つ、たまたまこの世の姿をして現れる、はかなくもなく、たとい重きこと宇宙三つ分ぐらいですか、まあそんな心意気がよさそうです。他のことは知らぬ、むしろまったく自分=世間というものに手つかず、不染汗をもってのゆえに、ようやく仏です、たとえようにない無自覚の覚、箇の無体験です。はじめっから末代悪世のしおりを免れているんです、できると知ったらまっしぐらです、一つぶち抜いて下さい、死ぬことができる人は、だれあってできます。水を使えば冷暖おのずからに知るという、これ仏のすべて。

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