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2007年11月

2007年11月28日 (水)

へきがんろく

頌・一片虚凝にして謂情を絶す。(心を擬すれば即ち違ひ、念を動ずれば即ち隔たる。仏眼も也覩れども見えず。)人天此れより生を見る。(須菩提好し三十棒を与ふるに。這の老漢用ひて什麼か作ん。設使須菩提も也倒退三千里。)蚌玄兎を含む深々たる意。(也須らく是れ当人にして始めて得べし。什麼の意か有らん。何ぞ須ひん更に深々たる意を用ふることを。)曾て禅家に与へて戦争を作さしむ。(干戈已に息んで天下太平。還って会す麼。打って云く、闍黎多少をか喫し得たる。)

只這の一片、虚明にして凝寂なり。天上に去って討ぬることを消ひず、必ずしも別人に向かって求めざれ。自然に常光現前す、是の処壁立千仞なり。謂情とは則ち是れ言謂情塵を絶するなりと。どうですか、どこまで行っても、なんにもないと云い張り、だからどうの悟りだの仏だの云々する、未だ出家せず、どうしても他と比較上のなにがなし、なにしろそういうことを去って下さい、如来現ずと云い、天上の神様だのまったく論外、清澄を志し、般若の智恵を思う、あっちへとっつきこっとへ貼りつく、それじゃまったくの俗物です、よくよく反省して下さい。壁立万仞、まるっきり取り付く島もないんです、はいこれあなた、一箇ただ正にこれ。(心を擬すれば則ち違い、心は一つなんです、心を擬することの不可能、念を動ずれば、こうあるべきともはやないものを追うんです、隔たるんです、これ基本わざ、ただの手つかずなんですよ、仏眼もまた見えず。早くこれを知る、参禅のいろはです。)人天此れより空生を知る、済々として坐すんです、ようやくに坐が坐になる。わたくしという現象はこれ、あっはっはまったくわたくしなしにより。(釈迦十大弟子中、解空第一須菩提、善吉または空生と訳す。たとい須菩提なりと知る三十棒、かすっともかすらないときに大自在ですよ。)蚌玄兎を含む深々たる意。(はまぐりが兎を含む、深々たるとは微妙なんです、二二んが四たとい実も蓋もないんですが、深々。たったこれっきりを生涯生き尽くして、使い切れずってことある。深々と云うほどに狭まる、おのれ知るっきゃないおのれのこと、あっはっは。)曾て禅家に与えて戦争を作さしむ。(たとい禅門というて、なにしろこれあることを知り、どうしてもこれを求める、戦争ですよ、他の諸宗思想の戦争とは比べものにならない、徹底底抜けです。でもって干戈已に止んで天下太平。でもってなにほどか喫し得たる、元の木阿弥なんですよ。喫し得りゃ使えず。これが大変なんですよ。出家前と変わらず、眼横鼻直にして他に瞞ぜられず。)

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2007年11月27日 (火)

へきがんろく

第九十則 智門般若

本則・挙す、僧、智門に問ふ、如何なるか是れ般若の体。(通身影像無し。天下の人の舌頭を坐断す。体を用ひて什麼か作ん。)門云く、蚌明月を含む。(光万象を呑むことは則ち且らく止く、棒頭正眼の事如何。曲直を蔵さず。雪上に霜を加ふ又一重。)僧云く、如何なるか是れ般若の用。(倒退三千里。用を要して什麼か作ん。)門云く、兎子懐胎。(嶮。苦瓠は根に連なって苦く、甜瓜は蔕に徹して甜し。光影の中に向かって活計を作す。智門のか窟を出でず。若し箇の出で来る有らば、且らく道へ、是れ般若の体か是れ般若の用か。且らく要す土上に泥を加ふることを。)

智門光祚、雪竇の師。蚌明月を含む、兎子懐胎。すべて中秋の意を含むと。蚌ははまぐり、月の兎です、雲門会下の尊宿、一句にすべからく三句を含むべし、函蓋乾坤の句、随波逐浪の句、截断衆流の句と、さあてどうなりますか。如何なるか是れ般若の体。(通身影像無し、パーラミーター般若波羅蜜多、般若の智恵というんでしょう、彼岸にわたること、彼岸にわたり切った、身心脱落です、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、元の木阿弥です、なんにもないんですよ。おまけに天下の人の舌頭を坐断す、常識の至るに非ず、むしろ思慮を入れんや、だれかれ思想宗教等まったく届かんです、歴史哲学科学他つくりものはこわれものです。故は如何と、体を用いて何かせん、このどあほうがってなもんです。)門云く、蚌明月を含む、なんでさってね、海中にあって口をあんぐり、渾身口に似て虚空にかかるですか、月をそっくり飲み込んだ、めでたしってね。良寛和尚月を仰いで忘我と云ったら、できもしないことを云うなってさ、やりもしないことの不可能を説く、どうですか蚌明月を含む、面白いですね、妄想百般みな般若の智恵。(光万象を含むことはさておく、棒頭正眼の事如何、まずやってみろっていうんです、飲み込んでから吐き出せ、でないと役に立たんぞ、ニヒルじゃさっぱりです、これと知って、ようやくに是、曲直にしてやられんもとこれ大丈夫、雪の辺に霜を加える底、これなんぞ、雪だけじゃ雪にならん底はたしてありや。)僧云く、如何なるか是れ般若の用、まーるで決まり文句、隠元風御詠歌ですかあつまらん。(さがれってんです、そりゃそう云いたくなる、まじめにやれってね、用をもちいて何かせん、般若これ即ち用ですか。あっはっは。)門云く、兎子懐胎、兎が子供を孕んだ、冬雪のまっただ中なんですがね。(嶮。難問ですか、それともゆゆしい、重大事ですか。にがうりは根っこから苦く、あまうりは蔕ってのは、維管束のこったかな、ずいまで甘いってんですか。他に向かってするこれ用です、てめえなければ用きり、他の心根に植えつける、孕ませる月光、あっはっは光影の中に向かって活計をなす、智門のか窟を免れず、とりこにしちまうぜって云うんです。ともあれ箇の出で来るあれば、般若の体か般若の用かと聞くによし、しばらくは泥中に土塊を洗うべし、正令全提です、てめえさらけだして口だけになり終わること、さあて三種ありましたか。)

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へきがんろく

頌・遍身是。(四肢八節。未だ是れ衲僧極則の処にあらず。)通身是。(頂門上半辺有り。猶ほ窩窟裏に在り。瞎。)拈じ来って猶ほ十万里に較れり。(放過せば則ち不可。何ぞ止十万里のみならん。)翅を展べて鵬騰す六合の雲。(些子の境界。将に謂へり奇特と。点。)風に博って鼓蕩す四溟の水。(些子の塵埃。将に謂へり天下の人汝を奈何ともせず。過。)是れ何の埃垓ぞ兮忽ちに生ず。(重ねて禅人の為に注脚を下す。斬。拈卻して那裏にか著けん。)那箇の毫釐ぞ兮未だ止まざる。(別別。吹き散じ了れり。截。)君見ずや、(又恁麼にし去る。)網珠範を垂れて影重重。(大小の雪竇這箇の去就を作す。可惜許。旧に依って葛藤を打す。)棒頭の手眼何よりか起こる。(咄。賊過ぎて後弓を張る。汝を放すこと得ず。尽大地の人気を出す処無し。放得せば又須らく棒を喫すべし。又打って咄して云く、且らく道へ山僧が是か、雪竇底が是か。)咄。(三喝四喝の後作麼生。)

遍身是。(四肢八節、この体ですか、あまねくという体を思う、感じ取ることがすでに過ちなんです、そういう感覚器官はないし、たとい目をつぶるとなんにもない、なんにもないを見ていたら駄目です、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法。実際に知る、たしかに生まれつきこのとおりを、ほんとうに知るのはけっこううたいへんですか、坐っても坐っても遍くという、あるいはどっかがある、お釣りが来るんです、すると浄羅羅灑灑落落とは行かぬ、自分の無い醍醐味、これを知ってはじめて坐です、でなかったら絵に描いた餅。)通身是。(頂門上半辺在りと、通身といういまだ残る、なをか窟裏に有り、それに囚われるんです、かすっともかすらない、そやつが失せる、一柱坐って一瞬過ってもいいです、知らないを知り得る、花のように、月のようにおのれを知らない、花開き月に照りわたるんです。)拈じ来たって猶ほ十万里に較れり、(そりゃどこまで行っても遠くて遠し、つまりはなにかしらこの世に未練があるんです、色がある。駄目です。)翅を展べて鵬騰す六合の雲、わずかに六根六識を去る、鵬のごとく騰奔して龍を食らい、雷電を放ちという、これ知識もってすれば、まったくいくじなし、こそっともせんです、みんな仲良く平和にという真っ赤な嘘です。(まさに思えり奇特と、ほんの些子に較れり。)風に博へ鼓蕩す四溟の水、東西南北四溟でいいです、宇宙だの乾坤だの線に引き、面に作るものなし、よってもって元気ですか、歓喜ですか、うをーうれしいってやつ、如来無心です、学者坊主どもの夢にだも見ぬやつ。(塵あくたの一箇、だってさ、天下の人いかんともせずのあなたがあります、わしはこの道の第一人者ってこと知ってますよ、これを継いで行かにゃもったいない、仏道は滅びる、ええはいこれ塵芥。)是れ何の芥垓ぞ兮忽ちに生ず。(重ねて禅人のために注脚を下す、もういっぺん云ったんです、どあほ。)那箇の毫釐ぞ兮未だ止まざる。(跡継ぎができたらさっさとおさらばしようと思ってます。)君見ずや、(まるっきり見えないはずが。)網珠範を垂れて影重重。(天網快快粗にして漏らさずなどいう、天帝の網ですか、珠の如きこれ範を垂れる、仏教のほんとうを示すによって噂ばっかり、まあさろくなことにならん、外人座禅のてーんで一神教みたいに滞る、早く一片なりとも伝えろってな、十万年思うよ、猿の月影を追う、どうしようもないぜ。)棒頭の手眼何よりか起こる。咄。(はーいはい。)


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へきがんろく

第八十九則 雲巌大悲手眼

本則・挙す、雲巌、道吾に問ふ、大悲菩薩、許多の手眼を用ひて、什麼か作ん。(当時好し本分の草料を与ふるに。汝尋常走上走下して什麼をか作す。闍黎問うて什麼か作ん。)吾云く、人の夜半に背手して枕子を模るが如し。(何ぞ本分の草料を用ひざる。一盲群盲を引く。)巌云く、吾会せり。(錯を将て錯に就く。一般の人を賺殺す。同坑に異土無し。未だ免ず、鋒を傷り手を犯すことを。)吾云く、汝作麼生か会す。(何ぞ更に問ふことを労せん。也問過せんことを要す。好し一拶を与ふるに。)巌云く、遍身是れ手眼。(什麼の交渉か有らん。鬼窟裏に活計を作す。泥裏に土塊を洗ふ。)吾云く、道ふことは即ち太だ道ふ、只八成を道ひ得たり。(同坑に異土無し。奴は婢を見て慇懃。癩児伴を引く。)巌云く、師兄作麼生。(人の処分を取らば争か得ん。也好し一拶を与ふるに。)吾云く、通身是れ手眼。(鰕跳れども斗を出でず。汝が眼晴を換卻し舌頭を移卻す。還って十成なることを得るや也未だしや。たー父に多ーを喚んで爺と作す。)

雲巌、道吾ともに薬山の嗣。大悲菩薩、許多の手眼を用いて、なにかせん。千手観音ですか、大悲そこばくの手眼有り、諸人還って有りや也無や。百丈云く、一切の語言文字、倶に皆宛転して自己に帰すと。(当時好し本分の草料を与ふるに、劈背に便ち棒ぜば、後にそこばくの葛藤有ることを見るを免れんと、ぶんなぐれってわけです、即ち他のために道理を説く、よってもって走上走下す、これさ問うてなにをしようというんだ。たいて人の問うる、てめえの物差しにあてがって是非です、あほらしいんです、本分の草料を与うれば、朕に対するは誰そ、達磨云く、不識。知らないという、朕も知らず。知らないから聞くって云うのにさ、あっはっは知らないが答え。)吾云く、人の夜半に背手して枕をさぐるが如し。(一盲群盲を引く、世の道徳宗教の類これ、あるいは政治もいでおろぎーも同じ、思想の酒に酔っ払いの、殺し文句の世界、そうじゃない、取り付く島もなす、壁立万仞。)巌云く、吾会せり。(錯をもって錯に就くですか、はたしてってわけです、てめえそうならずに、そうあるべきなんです、たいていこれの区別が付かない、俗人俗物です。同じ穴のむじな、あるべきを云う、すなわちほこさきを傷り手を犯すんです、ではどうしたらいい、ほんとうに帰家穏坐する以外なく、これ実際。)吾云く、汝作麼生か会す。(なんぞ更に問ふことを労せんとさ、一拶を与える、一掌するに同じ。)巌云く、遍見是れ手眼。(なんのこった、意趣あるんかってやつ、泥裏に土塊を洗う、殺し文句に納得ですか、死ぬまでやっとれってね。)吾云く、道ふことは云い得たり、八成だっていうんです。これ笑っちまう。たいてい参禅どこまで行っても八成、もうちょっと、明日はきっとと云って、二三十年やってます、そうですよ、なんとかして下さい、人が手を下すわけにゃ行かんです。(奴は婢を見て慇懃、癩児伴を引く、同病相哀れむやってたら駄目ですよ、禅門なんてもとありっこないんです。仏に仏教なし。)師兄作麼生。(人の処分を取ろうたってそうは問屋が下ろさぬ、だれがどうやったからって、たいてい邪魔になるっきり。打つ。)吾云く、通身是れ手眼。(鰕、巨大な海老ですか、跳ね飛んでも北斗七星には届かず、どんなに理屈重ねたって届かない、頭ん中身と通身ですか、まったく別ことをやっているんです、あまねくという、そうじゃない直指人身です、見性成仏です、百聞は一見にしかず。十成という、向こうからこっちを見るんですか、変だようという、これ十成の実感ですか、あっはっはまさか。た父に多も、爺も父のことなんです。)

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へきがんろく

頌・盲聾いんー病だれに音ー唖。(已に言前に在り。三竅倶に明らかなり。已に一段と做し了れり。)杳として機宜を絶す。(什麼の処に向かってか模索せん。還って計較を做し得てん麼。什麼の交渉か有らん。)天上天下。(正理自由。我も也恁麼。)笑ふに堪へたり悲しむに堪へたり。(箇の什麼をか笑ひ、箇の什麼をか悲しまん。半明半暗。)離婁正色を弁ぜず。(瞎漢。巧匠蹤を留めず。端的瞎す。)師曠豈に玄糸を識らんや。(聾漢。大功は賞を立せず。端的聾す。)争でか如かん虚窓の下に独坐じ。(須らく是れ恁麼にして始めて得べし。鬼窟裏に向かって活計を作すこと莫れ。一時に漆桶を打破す。)葉落ち花開く自ずから時あり。(即今什麼の時節ぞ。切に無事の会を作すことを得ざれ。今日も也朝より暮に至り、明日も也朝より暮に至る。)復云く、還って会すや也無や。(重説偈言。)無孔の鉄鎚。(自領出去。惜しむ可し放過することを。便ち打つ。)

盲唖聾いんは唖に同じ、杳として機宜を絶す。盲で唖で聾です、見えず聞こえず云えず、ほんとうに悟ってごらんなさい、永えにこの中に住すということあって、唖聾盲でも闊達自在なんです、だれに何をせねばならんてことなく行ける。あるいは、一言云うと已に損なわれることを知る、錯をもって錯につく所以ですか、わずかに自知することは、たとい仏教の根幹です、杳として機宜を絶することあって、はじめて一丁前です、朝打三千暮打八百、つとめて坐って下さい、しゃらくらくはたとい坐だけがもたらすんです。(已に言前にあり、自証明白、三種の病三竅もなにせんや、已に一段と做し得たり、他なくにこうある、唯一無二を知る、天上天下唯我独尊は、自分が自分の帰ったんです、利己心というよこしまがはるかに失せる、無心ですよ、どんなにすばらしいか各々宜しく。)天上天下。(我というもの失せる時節、失せたと云っているそやつが失せるんです。正理自由はたった一つ。なかなか。)笑うに堪えたり悲しむに堪えたり。(箇の何をか笑い、何をか悲しむ、他になーんもないんですよ、花鳥風月情堕を絶す、おっちでつんぼでめくらです。)離婁正色を弁ぜず。離婁は黄帝の時の人なり、その目はなはだ明きらかなり、黄帝赤水に珠を沈む、離婁に探させたが見つからず、象罔これを見つけると、象罔至る時光燦燗、離婁行く処波滔天と、どんなに尽くしても、未だ正色を弁ぜずという、手放せばもとものみな、唖聾盲という、刀折れ箭尽きるんです、(巧跡を留めず、そりゃあなんでもそうです、自然にさらりと行く、どんなに苦労しても跡を見せぬ、もとはじめっからに解決、端的瞎す、これ。自然に脱落、元の木阿弥、記述の必要なく、記述かえって損なう。)師曠豈に玄糸を知らんや、(師曠は周の人、よく五音六律を別かち、山を隔てて蟻の闘ふを聞くと、そんな人物でもなを玄旨を知らずと。聾せざるかえって聾底の人、盲ざるかえって盲底の人、世の中のことは知恵を用いて、手段を尽くす、点と線の戦争支配ですか、住民はもとここに住まう、手つかずのまっ平らです。)いかでか如かん虚窓の下に独坐し、(自分をまったく明け渡すんです、死ぬとはほんとうに死ぬ、だからといって、仏教だ悟りの窩窟に陥らぬ、いっぺんに開く他ないんです。)葉落ち花開く、また云く、かえって会すや。(重説偈言、お経が終わって偈に移る時の語、駄目おし、聞かんと要すやってやつ。会すや、我と我が身に問うて下さい、なんにもないのがなにを会す、赤貧洗うが如しも、貧さえさえ知らぬ。唖聾盲。)無孔の鉄鎚。(そのまんま行くんです、無事の会とはまるっきり別です、宗門の醜さじゃないんです、まあさこれ世間一般のほうがなを清潔。)

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へきがんろく

第八十八則 玄沙の三種病

本則・挙す、玄沙衆に示して云く、諸方の老宿、尽く道ふ接物利生と。(分に随って箇の舗席を聞く。家の豊倹に随う。)忽ち三種の病人来るに遇はば、作麼生か接せん。(草を打っては只蛇の驚かんことを要す。山僧直に得たり目とうー目に登ーし口こー口に去ーすることを。倒退三千里せんことを管取せよ。)患盲の者、拈鎚竪払、他又見ず。(端的瞎す。是れ則ち接物利生。未だ必ずしも見ざるにあらざること在り。)患聾の者、語言三昧、他又聞かず。(端的聾す。是れ則ち接物利生。未だ必ずしも聾せざること在り。是れ那箇か未だ聞かざること在り。)患唖の者、伊をして説かしむるも、又説き得ず。(端的唖す。是れ則ち接物利生。未だ必ずしも唖せざること在り。是れ那箇か未だ説かざること在り。)且らく作麼生か接せん。若し此の人を接し得ずんば、仏法霊験無からん。(誠なるかな是の言、山僧手を拱して帰降せん。已に接し了れり。便ち打つ。)僧、雲門に請益す。(也諸方共に知らんことを要す。著。)雲門云く、汝礼拝著せよ。(風行けば草偃す。咄。)僧礼拝して起つ。(這の僧柱杖子を拗折す。)雲門柱杖を以てつー手へんに至ーく。僧退後す。門云く、汝是れ患盲にあらず。(端的瞎す。這の僧患盲と道ふこと莫んば好し。)復た近前来と喚ぶ。僧近前す。(第二杓の悪水澆ぐ。観音来也。当時好し一喝を与ふるに。)門云く、汝是れ患聾にあらず。(端的聾す。這の僧患聾と道ふ莫んば好し。)門乃ち云うく、還って会す麼。(何ぞ本分の草料を与へざる。当時好し声を作すこと莫からんには。)僧云く、不会。(両重の公案。蒼天蒼天。)門云く、汝是れ患唖にあらず。(端的唖す。口はー口に巴ーは地。這の僧唖と道ふこと莫くんば好し。)僧此に於て省あり。(賊過ぎて後弓を張る。什麼の碗をか討ねん。)

玄沙師備は雪峰の嗣。諸方の老僧ことごとく道ふ、接物利生と。触れるものみなを生かす、これ仏ですか、(分に随って箇の舗席を開く、舗席は店です、分に応じて店を開く、各人精一杯もまあそういうこと、人々分乗豊、家の豊倹によるんですか、どこまで開けているかによるんですか。)忽ち三種の病人来るに遇ば、作麼生。めくらおしつんぼです、さあどうするって云うんです。(草を打って、常識の草を打ったら妄想の蛇を驚かす、山僧は目がでんぐりかえって、口がどっかへ行っちまうだけ、さあどうするって、どうもならんですか、猫をなでると猫が活き活き、つつぜん蘇るふう、これ兄弟子雪溪老漢の特異技、あいつの飼うスピッツに手を咬まれた、こんちくしょうめ。)患盲の者、拈鎚竪払、拈ずる、鎚で叩く、指を竪てる、払子で払う、他また見えず、せっかく手段を尽くそうが見えないってんです、(端的喝す、まったのどめくら、まさに接物利生、てめえを示すんですか、そうよ、ちらとも見る、悟る、仏はどうの、そんなこと夢にも知らぬ、花一輪あるいは石ころこれ完全。)患聾の者、たとい立て板に水も聞こえない。(端的聾す、なんにも聞こえない、これまさに半端のない接物利生。法を聞く、かえって瑕をつける。)患唖の者、伊をして説かしむる、また説き得ず、聞法も説法も不可能。(端的唖す、まるっきり物云わぬ、接物利生。空の雲に似て過り去る、他まったく云うことなし。とつぜんとんでもない現象です。)しばらく作麼生か接せん、若し彼らを接し得ずんば、仏法霊験無からん。なんのいったい仏法かというんです。(まことなるかなこの言、手をこまねいて帰降せん、すでに接し終わる、なあなあですかあっはっは、便ち打つ。さあ行けってなもんです、切る。女性は直に得るんです、猫と同じってあっはっは、すると先ず人が寄って来るんですか、だれかれ説得する、どっかお釣りが来て、口幅ったいことをしたという、言外に説得しろと示す、云はんでもいいんだよってね、なかなか。)僧、雲門に請益す、雲門にこの話をして、どうかと聞く、玄沙と同参ですか。(一所にとどまらず。)雲門云く、汝礼拝著せよ。著という置き字ですか、(風行けば草のべふす、玄沙を受けるよりなく、咄。)僧礼拝して起つ。(この僧柱杖を折る、唯々諾々ですか。)雲門柱杖を以てつく。僧退後す。門云く、汝是れ患盲にあらず。(どめくら、めくらと云うこと莫んばよし、云えばどっか見える、役立たずってね。)また近前来と喚ぶ、僧近前す。こっちへ来いと云う、よって行く。(二杓めの悪水注ぐ。観音来や、通身失せてがーんと響け、一喝を与えるにしくはなし。)門云く、汝是れ患聾にあらず。(つんぼがつんぼだからっていう、なければよし、なんせこれやってるんです、他になーんもないっていうのに、はあっとも気が付かず、だって未だしと、言い訳ばかりしている、しょうもないったら。なんだいったい。)門乃ち云く、還って会すや。(なんで是って云わないんだ、まったく会せず、まさにそれ。声も作さずってさ。)僧云く、不会。(だからそういうこと、悲しいかな。)門云く、汝是れ患唖にあらず。(端的唖す、口はは地、おしゃべりおっぱじめそう、うふ。)僧此に於て省す。(賊過ぎて後弓を張る。雲門に一掌を与え得ず、何の碗をか討ねん、お碗にころっと入っている、雲門のお碗、いえさ玄沙のお碗あっはっは。)

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頌・尽大地是れ薬。(誰をして的を弁ぜしめん。沙を撒して土を撒す。高処に架し著せよ。)古今何ぞ太だ錯る。(言中に響有り。一筆に勾下す。咄。)門を閉じて車を造らず。(大小の雪竇衆の為に力を竭す。禍私門より出ず。坦蕩として一糸毫を掛けず。阿誰か閑工夫有らん。鬼窟裏に向かって活計を作す。)途に通ずれば自ら寥廓たり。(脚下便ち草に入る。馬に上って路を見る。手に信せて拈じ来る、妨げず奇特なることを。)錯錯。(双嶮空によって飛ぶ。一箭双ちょうー周に鳥ーを落す。)鼻孔遼天も亦穿卻す。(頭落ちぬ。打って云く、穿卻了也。)

尽大地是れ薬。(誰をして的を弁ぜしめん、どうしても悟るというんでしょう、悟り終わって悟りなし、もとこの通り、世間一般があるきりでしょう、出家前とまったく同じ、どこがいったい悟ったか、初心これ、禅宗というものたといまったく無し、まずはこれを以て弁じて下さい、世尊という、世の中を救うんです、砂を撒き土を撒きする、いいえその他にまったくないんです、世尊金欄のお袈裟を伝える他に箇の何をか伝えんと、不思議そうに聞く、二十年参じ尽くして後になんです、教えてくれ、どうしたらいい、ノーハウを聞く、なんにもないと云っているのに、他に何かあると思っている、ぶんなぐる、これと示すには卻って迷う、どうもこうもない、どうもこうもないそれ、はあっと気がつくによし。架高処著なんぞないんです。)古今はなはだ錯る。(まったくにその通り、花や鳥を見るがいい、どこにいったい何をどうする必要がある、自分に首を突っ込んで歩いている滑稽、壁立万仞とは、てめえがてめえになるってだけ、恐怖の独立独歩ですか、雀の子に笑われるよ。)門を閉じて車を造らず=雪竇云く、汝が為に一線を通ず。汝若し門を閉じて車を造り、門を出でて轍に合すれば、箇の甚の事をか済さん。我が這裏門を閉じて也車を造らず。門を出ずれば自ずから寥廓たり。他這裏に略些子を露して人をして見せしむ。無字の公案から始まって碧巌禄まで何十年、はい卒業証書ってね、これなんにもならんです、なんにもならんを知ればいい、あっはっは大権威になっちまうですか、契中車を造ること八百軸、法輪を転ずるには、なにかしらないと具合悪いですか、名人でないと不可能ですか、てめえがてめえの達者って、はあて生まれついてのてめえでが、無理難題あっはっは。閉じているところを開けばいい、箇の何をか伝えると、不思議そうに聞く、門を出ずれば自然に寥廓たり、自分という参禅相手が消える、するとしゃしゃらくらくですか、筆舌に尽くせぬ本来です、醍醐味というよりもとこれ。倒折刹竿著。薬病まったく納まる、不可分です。もって錯錯、錯を以て錯につくしか、人に接するなきを知る、仏教と他の宗教の、月とすっぽんを知って下さい、仏のほかに人をも万物も救い得るものはないんです。鼻孔遼天もまた穿卻す、かつがつに微涼を生ず。あっはっはそういったとこ。

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第八十七則 雲門薬病相治す

本則・挙す、雲門衆に示して云く、薬病相治す。(一合相不可得。)尽大地是れ薬。(苦瓠は根に連なって苦し。一辺に擺向す。)那箇か是れ自己。(甜瓜は蔕に徹して甜し。那裏よりか這の消息を得来る。)

雲門云く、薬病相治す。尽大地是れ薬。那箇か是れ自己と。諸人還って出身の処有り麼。二六時中、壁立万仞なることを管取せよ。徳山の棒雨点の如く、臨済の喝雷奔に似たることは即ち且らく致く。釈迦は自ずから釈迦、弥勒は自ずから弥勒、未だ落処を知らざる者は、往往に喚んで薬病相投ずるの会を作し去る。世尊四十九年、三百余会、機に応じて教を説く。皆是れ病に応じて薬を与ふ。蜜果をもって苦胡蘆に換ふるが如くに相似たり。評唱のこれ、まさに云い尽くすんです。薬病相治すと、もと不可分のものであった、我れを立てるによって内と外に分裂、色と云い空と云い、尽大地と云い、自己と云うんでしょう、一合相不可得、分かれなきゃならんのがこの世の定めですか、男女に別れて互いに求め合うなど、西洋哲学の発展ですか、こちゃ記述に拠らんのです、記述は近似値、ついになんにもならんです、自然と人間の合体という、なんのこったってわけです、生まれ本来に帰るより、父母未生前、初めにわざありきじゃない、言葉もなんもないです、まさに立ち返っているよりなく。壁立万仞取り付く島もなく。参禅とは即ちこれ、棒喝も余計なお世話の老婆心切、役立たず。尽大地これ薬、良薬は口に苦しですか、べえと吐き出してしまう、噛むだけでもこりゃたまらん、仏教といって三百代言は、つまりはこの故にです、尽大地を味わいたくない、みんな仲良く平和にといって、てめえの屁の臭いを嗅いでいたいんです、みんなで渡れば恐くないといって、尽大地を破壊する。那箇かこれ自己、たった一つこれあり、雲門孤俊、自ら代わって云くの、あっはっはどこまで行ったってたった一人、多勢に無勢の孤軍奮闘は、ですが唯一無二の風穴です。他はこれどうしようもこうしようもないですか、薬病のなんたるかをさえ知らない。甘瓜は甘い、苦瓜は苦い、どこからこの消息を得来ると、はいたったのこれに参ずるによし、もと脚跟下。いいえすべてがあるんですよ。


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へきがんろく

頌・自照孤明を列す。(森羅万象。賓主交参す。鼻孔を裂転す。瞎漢什麼をか作す。)君が為に一線を通ず。(何ぞ止一線のみならん。十日並照す。一線道を放つことは即ち得たり。)花謝して樹に影無し。(葛藤を打せば什麼の了期か有らん。什麼の処に向かってか模索せん。黒漆桶裏に黒汁を盛る。)看る時誰か見ざる。(瞎。総に扶籬模壁す可からず。両瞎三瞎。)見不見。(両頭倶に坐断す。瞎。)倒に牛に騎って兮仏殿に入る。(三門に中って合掌す。我に話頭を還し来れ。打って云く、什麼の処に向かって去るや。雪竇也只鬼窟裏に向かって活計を作す。還って会す麼。半夜日頭出で、日午に三更を打す。)

自照孤明もと一箇自知する以外になく、他にひけらかし、仏道かくの如く、おれのようにこれくらいになるとなど云うことなし、もと生々流転ですか、生まれついてこううある、いいえおのれという没義道を免れ出て、ようやく如来を見る、かつてこれ未だし。自照孤明を列す、すなわち座禅が座禅になったんです、日々新たにの生活です、一箇本来人、宇宙破れほうけて従いつく。(森羅万象、賓主交参す。鼻孔裂けて転じ、人間という格好していないんですか、神さまが人間の姿する独善妄想のどめくら、光明という瞎漢、いいえ光明のかけらもなし、あっはっは真っ黒けですか。)君が為に一線を通ず、別に何も云う必要がないんです、大空に雲が流れる、こりゃ風景ってば水爆落っこちたようなものすごさ、わずかに自知する無き、銀碗に雪を盛り、明月に鷺を蔵す、混ずる時んば処を知るんです、用いて諸苦を抜く方法。(一線にこだわったって埒開かん、一線道を放って已にまったく失せる。)花謝して樹に影無し、無影樹下の合同船、彼岸に棹差す法の櫂。これが仏教なんです、よらば大樹の影といううそれがない、思想もなく宗教もなく、男女の別国の別、国連だのアメリカだのなーんにもない、まったく頼り甲斐がないんです。どうしたらいいのノウハウがない、だれかれ乗り合わせて彼岸に行く。彼岸の花咲いて、ふりかえると船も櫂もないんです、波しぶきの痕もない。(葛藤を打し妄想を滅するという、そういう方法じゃないんです、打し滅しするそやつに用事があるんです、模索不著をもって手放し、黒漆桶裏に黒汁を盛る、なーんていう意識なし、白日に曝す、すでになーんにもなし。明暗おのおの相対して、比するに前後の歩みの如しと、なーんかこれ言い種。)看る時誰か見ざる、ほっとけ仏。(そりゃつまらんです、明暗もし有りというなら勝手にやらせとけ、どあほ。)見不見。(悟り悪いよ。葛藤窟裏。)さかしまに牛に騎って仏殿に入る。そりゃまた大事件。(雲門はたしかもうちょっとましな漢。)

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第八十六則 雲門廚庫三門

本則・挙す、雲門垂語して云く、人々尽く光明の有る在り。(黒漆桶。)看る時見えず暗昏昏。(看る時瞎す。)作麼生か是れ諸人の光明。(山は是れ山、水は是れ水。漆桶裏に黒汁を洗ふ。)自ら代って云く、廚庫三門。(老婆心切。葛藤を打して什麼か作ん。)又云く、好事も無きには如かず。(自ら知んぬ一半に較ることを。猶ほ些子に較れり。)

雲門室中に垂語して人を接す。汝等諸人の脚跟下に、各々一段の光明有り。今古に輝騰してはるかに見知を絶す。然も光明なりと雖も、あたかも問著するに到って又会せず、豈に是れ暗昏昏地なるにあらずや。香林おち代語を問ふ。門云く、廚庫三門。又云く、好事も無きには如かずと。人は誰にだって各々一段の光明あり、光明です、今古に照らしてかくあるべき、こうなろうという、にもまして光明です、誰あってそりゃそういううことです。よくなろう、一段の光明、これ黒漆桶だってさ、あっはっはまさにその通り、得てもってたとい上には上がある、一段の光明と願う者、まっ黒けのうるし桶、漆桶底をぶち破ること仏道、光明が欲しいんです、自縄自縛のいぶっせえから抜け出したい、がんじがらめを解き放たれて大自在を得たい、光明に向かって邁進ですか、そりゃまったくそのとおりです、しかもおいそれとは行かぬ、一段あってまた一段、六十二段も有りなんて云う、あっはっは。ではたとい六十二の光明上り詰めたらどうなる、自ら代って云く、廚庫三門、庫裏と三門、お寺の構造をもって当てている、お寺は人間の五体に作る、ただこれってんです。山門を三門とまたいう、空門無相門無作門また施無畏門、えーとさ何門であったか忘れた、適当な三種をあてがう、お寺があって自分がないんですか、面白いです。光明というんでしょう、インドの今様聖人みたいに、光明ラディニーシだの有り難がって邪道外道です、看る時見えず暗昏昏、昏迷妄想なんです、彼の弟子は日本にもけっこういますが、電車に乗っていたら、前の席の婆さんが跪拝した、光明比類なきなどいう、当時わしがいたら窓から蹴り出してやったがと云うと、きょとんとしている、その醜悪にちらとも気がつかぬ、どうしようもない連中ですか、山はこれ山、水はこれ水、ものみなかくの如くあるのに、漆桶裏に黒水を洗う、妄想我利の汚い手に触れ回すしか知らない、これを免れ出るための光明ですか、では光明も暗黒です、光明という葦の髄から天井を覗くんです、闇夜が明けるとただの風景、廚庫三門です、時に老婆心切あり、葛藤を打して何せんと、葛藤もこれ白日の下。また好事も無きには及かずと、これよくよく味わって下さい、好事ただの一半で、好き事あれば嫌なことあり、どちらもこれおのれを過るのみ、作麼生か是れ諸人の光明と、ちらとも省みるにいいですかあっはっは、見る時見えず、見るときどあほう、まあそういったこってす。


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頌・之を見て取らざれば。(蹉過了也。已に是れ千里万里。)之を思ふこと千里。(悔ゆらくは当初を慎まざりしことを。蒼天蒼天。)好箇斑斑。(闍黎自領出去。争奈せん未だ用ゆることを解せざること在ることを。)爪牙未だ備らず。(只恐らくは用処明かならざらんことを。爪牙の備はらんを待って汝に向かって道はん。)君見ずや。大雄山下に忽ち相逢ふ。(状有れば状を攀じ、条無ければ例を攀ず。)落落たる声光皆地に振ふ。(這の大虫卻って恁麼にし去る。猶ほ些子に較れり。幾箇の男児か是れ丈夫。)大丈夫見るや也無や。(老婆心切。若し眼を開くを解せば同生同死せん。雪竇葛藤を打す。)虎尾を収め兮虎鬚を埒ず。(忽然として突出せば如何が収めん。天下の衲僧を収めて這裏に在り。忽ちに箇の出で来る有らば便ち一拶を与へん。若し収むること無くんば汝に放す三十棒。汝を転じて気を吐かしむ。喝。打って云く、何ぞ這の老漢と道はざる。)

之を見て取らざれば、之を思うこと千里、如来現ずるとき如来、如来現ぜざれば渇仰す、思うこと千万里、しかも届かずという、これ人生であり、世の中というか歴史なんです、如来寿量品偈にあるとおりです、その他のものはない、これを知りこれを思い、ますます道にいそしんで下さい、如来は自ずからに現ず、もと無心もと来たる如しとしてこうある、帰りなんいざ田園まさに荒れんとす、もとのありように立ち返る、たったこれだけです、おおよそ死ぬことのできる人、必ずできます、一箇は一箇、ただこれ、これを用いえて妙。ではこの則はどうなっている、虎を描いて猫にもならずですか、まさに虎声をなす、(蹉過了也、もう間違ってるというんです、すでにこれ千万里。わしは弟子に云う、うぐいすでも蛙の声でもいい、鳴いてみなってね、ほんとうに鳴けたら、なにほどかの喜び、これおのずから知るんです、物まねらしいふうじゃ駄目です、うおうというと全世界うおうと、わずかに自分です、水の中にあって水にあるように、自知の夢中があるんです、幽霊という、まったくに殺伐を免れるんです、他の点検を許さんです。)之を思うこと千里。(恐らくは当初を慎まざりしことを、たとい仏教百般も臨の棒喝も、見習い士官じゃだめです、わずかにおのれはどうだ、自分はそれで満足するのかと省みる、お釈迦さまの参禅方法です、なにをやっても初めの疑問が氷解しなかった、刀折れ矢尽きるんです、だれしもこれしかないです、初発心によって決まるというが如し。悲しいかなそっぽを向いてって人、わんさか。)好箇斑斑、おうさせっかく虎の紋柄ってね。(闍黎自領出去、これだあという思い込みの他なしっていう、そりゃ他の思い込みとえらい違いにしても、未だ用いえず、ちらともおのれあったらおしまい、響きなしなんです。蛙のかあと鳴く他なし、なぜに人間だけ。)牙爪未だ備らず。(悔しいが手も足も出ないってことありますよ、自閉症を開く。)大雄山下に忽ち相逢ふ。落落たる声光皆地に振ふ。百丈一日黄檗に問ふ、什麼の処よりか来る。檗云く、山下に菌子を採り来る。丈云く、還って大虫を見る麼。檗便ち虎声を作す。丈腰下に於て、斧を取って斫る勢を作す。檗約住して便ち掌す。丈晩に到って上堂して云く、大雄山下に一の虎有り。汝等諸人出入に切に須らく好く看るべし。老僧今日親しく一口に遭ふと。どうですかこれ、物まねしたってなーんもならんです、公案を並べ立ててお茶を濁す、わかったような気になる、そうじゃない、うっふこりゃ命幾つあっても足りないよ、虎の鬚撫でるんです。(状有れば状を攀じ、状無ければ例を攀ず。仏はかくあるべしという、まあさ状という、例もまったく同じ、黄檗の大虫。公案を尽くすとはかすっともかすらないんです、かすらない卒業したってことをはるかに忘れるんです、すると使えます。)落落たる声光地に振ふ、生半可だと地に振るわない、死んで死んで死にきって未だなほってことあります。(眼を開くことまっぱじめ、同生同死底。そんなやついるんかって、あっはっは。)大丈夫見るや也無や、虎尾を収め兮虎鬚を埒ず。(ちゃんと収めて下さい、百丈と黄檗と、大丈夫あい逢ふ、天地鳴動してまったく収まる、仏教というただこれ。百万だらの能書きじゃないんです、人というものがこれを成す、そうです、なんたってたいへんなことです。)

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へきがんろく

第八十五則 桐峰庵主虎声を作す

本則・挙す、僧、桐峰庵主の処に到って便ち問ふ、這裏忽ち大虫に逢はん時、又作麼生。(作家影を弄する漢。草窩裏一箇半箇。)庵主ち虎声を作す。(錯を将って錯に就く。卻って牙爪有り。同生同死。言を承けては須らく宗を会すべし。)僧便ち怕るる勢を作す。(両箇泥団を弄するの漢。機を見て作す。似たることは也似たり、是なることは則ち未だ是ならず。)庵主呵呵大笑す。(猶ほ些子に較れり。笑中に刀有り。亦能く放。亦能く収。)僧云く、這の老賊。(也須らく識破すべし。敗也。両箇都べて放行す。)庵主云く、老僧を争奈何せん。(劈耳に便ち掌せん。惜しむ可し放過することを。雪上に霜を加ふ又一重。)僧休し去る。(恁麼に休し去る。二り倶に了ぜず。蒼天蒼天。)雪竇云く、是は則ち是。両箇の賊、只耳を掩うて鈴を偸むことを解す。言猶ほ耳に在り。他の雪竇の点検に遭ふ。且らく道へ、当時作麼生か点検を免れ得べき。天下の衲僧も到らじ。)

臨済下四庵主あり、大梅、白雲、虎溪、桐峰なり、庵主とは大寺名刹に住まぬ人。忽ち大虫に逢はん時、又作麼生。大虫は虎です、そもさん、どうしますかという、架空はないんです、たとい現実。(作家影を弄するの漢、学者仏教を猿の月影を追うと云う、一休の真似して寺を追ん出され、こうあってこうあるべきのなにがしか持ったら、そりゃ役に立たぬ、別人にも勘破了です、草裏の漢という、常識情堕、つまらんのです。たとい情識も作家なれば、独立独歩、良寛の歌にはほとんど独創はないという、なにさ良寛の行動も抜きん出た処なんかないです、しかもユニーク他の追随を許さないです、虎と云えばうをーと吠えますか。)庵主便ち虎声を作す。(錯をもって錯につく、過ちをもって過ちにつく、虎に会うと云えば、うをーと吠える、卻って牙爪有り、だからゆえにの能書き吹っ飛ぶんですか、同生同死です、こうなくっちゃ仏じゃない、無心あらわれ、言を承けては須らく宗を会すべし、自ら規矩を律すること莫れ、参同契にあります、開けっぴろげ、てめえのことなんかこれっぱじもない、自閉症人間じゃない、取り付く島もないんです。)僧便ち怕るる勢を作す。(二人泥団子をこねくるうっはっは、機を見てなす、これはこうあるべきあったら敗壊。似たることは則ち似て、是なることは未だ是ならず、ちいっともおもしろくないっていうんです。食えない餅。)庵主呵呵大笑す、あっはっはあって大笑い。(なんのけれん味もなく笑って下さい、面白いことは面白いよ、なほ些子にあたれり、笑中に刀あり、まるっきり突き放し、すっぽりとすべて収める。人間本来事は人間を忘れ。)僧云く、這の老賊。(また須らく識破すべし、省みるんですか、敗北です、二人放行、なおざりにした。どっかにこういうもんだという合意ですかあ。)庵主云く、老僧をいかんせん。(劈耳に便ち掌せん、云いも終わらずひっぱたく、残念見逃したかってんです、雪の辺に霜を置く、さあてどっちが一重。ばちん納まるですか。)僧休し去る。(黙っちゃってんですか、二人ともに了ぜず、悲しいかな。はあてなぜですか、了ってないんですか、せっかく賊が賊にならず、うっふ。)雪竇云く、是は則ち是、両箇の悪賊。只耳を掩うて鈴を偸むことを解かす。鐘を盗んで走ったら、からんがらん鳴る、こりゃいかんてんでてめえの耳を掩うて逃げたという、わっはっは、はあてこんなんですか。自閉症何故に。(他の雪竇の点検に遭ふ、当時も点検を免れ得ぬはず、天下の衲僧たるものどうした。)

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へきがんろく

頌・咄這の維摩老。(他を咄して什麼かせん。朝打三千暮打八百。咄し得るとも事を済さじ。好し三十棒を与ふるに。)生を悲しんで空しく懊悩す。(他を悲しんで什麼か作ん。自金剛王宝剣有り。他の閑事の為に無明を長ず。労して功無し。)疾に毘耶離に臥す。(誰に因ってか致し得たる。一切の人を帯累す。)全身太だ枯槁す。(病むことは則ち且らく置く、什麼としてか口扁担に似たる。飯も也喫し得ず、喘ぐことも也喘ぎ得じ。)七仏の祖師来る。(客来らば須らく看るべし、賊来るらば須らく打すべし。群を成し隊を作す。也須らく是れ作家にして始めて得べし。)一室且つ頻りに掃ふ。(猶ほ這箇の有る在り。元来鬼窟裏に在って活計を作す。)不二門を請問す。(若し説く可き有りとも他に説き了らる。打して云く、闍黎に和して也尋ぬれども見えず。)当時便ち靠倒す。(蒼天蒼天。什麼と道ふぞ。)靠倒せず。(死中に活を得り。猶ほ気息の有る在り。)金毛の獅子討ぬるに処なし。(咄。還って見る麼。蒼天蒼天。)

梵語には維摩詰と云い、此には無垢称と云い、亦浄名と云う。乃ち過去の金粟如来なり。見ずや僧、雲居の簡和尚に問ふ、既に是れ金粟如来、什麼としてか卻って釈迦如来の会中に於て聴法する。簡云く、他人我を争はずと。大解脱の人は、成仏不成仏に拘らず。若し他修行して、務めて仏道を成ずと道はば、うたた没交渉。たとえば円覚経に云ふが如し、輪廻の心を以て、輪廻の見を生じて、如来の大寂界に入らんとせば、終に至ること能はず。つまり金粟如来とは、金という仏を見解して粟の如くですか、わっはっはわしはこんな言葉知らんは。無垢称といい、浄名というからには、至心に信じて仏に帰依するんでしょう、しかも見解をもってこれに接する、百年河清を待つ、自らもって云々するその内容じゃないんです、云々する自らの問題なんです、おれはこうあってこうある、だからというそいつを捨てるんです、たといいいことしいも二束三文。まずもってこれを知らなきゃ、仏道は始まらんです、知らぬはおのればかりなり、あるいは他には見え見え、単純な利己心に拘泥する。故に咄這の維摩老。(他を咄してなにかせん、朝打三千暮打八百、屈託あるというんでしょう、坐するついで、身心失せてなんにもないはずが、清々省みるなき日送りが、どっかひっかかるんです、生きているということは葛藤そのものですか、思い上がりよこしまにする、ちらともあれば坐がよくない、まずもって撲落して、すなわち捨てて省みるなし、黄昏坐のほうがなぜかすんなり行く、咄し得るとも事をなさじ、好し三十棒を与ふるにと、はいこれがわしの参禅ですよ。すべては坐の本来本当、無自覚の覚ですか、その醍醐味によるんです、でなかったらとうに投げ出しています、これをのみ生活。)生を悲しんで空しく懊悩す。(他を悲しんでなにをかなす、ニヒルなどは問題外、せっかくの生を抛つ。俗人また生を悲しんで空しく懊悩むす、だから仏教仏の道ですか、大寂静の門に聴法する、自ずから金剛王宝剣あり、なほ証せずんば露はれず、他の閑事の為に無明を長ず、あっはっは労して益なし、まあそういうこったです。)疾に毘耶離に臥す、びやりは維摩詰の居所、(その室計るに方丈と、病を得て痩せ枯れて臥す、なんかそうらしい、若し本来事を得れば、たといアポルローンのように得意満面。だれによってか致し来る、だれのせいだっていうんです、お釈迦さまや良寛和尚のせいだってね、いえ自分のせいです。一切の人を帯累す、でもって罪科弥天、みだりに法を説くなかれ、かれこれ法に非ず。色は身を斫るの斧なり。)全身なはだ枯槁す、槁は木が枯れる、(止むことはしばらく置く、なんとしてか口へんたん、天秤棒でし、への字に結んでいるんだ、飯も食えんし喘ぐこともできん。維摩無語です。無語ならまだましっていう、くっちゃべるっきりないIN人ですか。わっはっは最低、人間以前だな。)七仏の祖来る。文殊のことですとさ。(客来れば須らく看るべし、賊来れば須らく打つべし、ちゃーんとしてなきゃ、賊と客の区別も付かない、いたずらにてめえ習い覚えの仏説を振り回すだけ、他の一神教と大同小異、目くそ鼻くそです。作家という、我が前に道なし、我があとに道はできるといった、高村弘太郎なぞ及びも付かないんです、すべての書は読まれたり肉は悲しといった詩人も、まったく無関係、妄想と無位の真人とごっちゃにしないで下さい。)一室且つ頻りに掃ふ、方丈の内皆処有を除去して、只一榻を留め、文殊の至るを待って、不二法門を請問すと。自分という一室を掃除して、仏を待つ、そうじゃないんです、きれいに払うその自分を捨てるんです、無心心なし、如来来る如し。猶ほ這箇の有る在りです、鬼窟裏に在って活計をなす。なにをどうやったってそういうことになる、自閉症。)不二門という、(若し説くべきありとも他に説き了らる、みんな人の云ったことばかり、打して云く、おまえに和して尋ぬれども見えず、おまえさんはどこに行ったんだ。)当時靠倒す。(蒼天悲しいかな、靠倒もたれかかって倒れるんですか、文殊教に入れ揚げるってわけ。)靠倒せず。そんなことはないよ。(死中に活を得ることありや、あれまだ気息あり。断崖に突き落とされて、起き上がる。)金毛の獅子尋ねるに処無し、文殊が見えないんです、はじめて得ること多少。(かえって見る麼、蒼天蒼天。一箇こうある、ただそれっきり、悲しいかな。四の五の云ってりゃ、悲しいという空気にも触れ得ず。)

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第八十四則 維摩不二法門

本則・挙す、維摩詰文殊師利に問ふ、(這の漢はなはだ合閙一場。口を合取せよ。)何等ら是れ菩薩入不二法門。(知って故らに犯す。)文殊日く、我が意の如くんば、(什麼と道ふぞ。直に得たり分疎不下なることを。担枷過状。髻を把って衙に投ず。)一切の法に於て、(什麼を呼んでか一切の法と作ん。)無言無説、(什麼と道ふぞ。)無示無識、(別人を瞞ずることは即ち得たり。)諸の問答を離る。(什麼と道ふぞ。)是を入不二法門と為す。(入ることを用ひて什麼か作ん。許多の葛藤を用ひて什麼か作ん。)是に於て文殊師利、維摩詰に問ふ、我等各自に説き已る。仁者当に説くべし、何等か是れ菩薩入不二法門。(這の一靠道ふこと莫れ金粟如来と。設使三世の諸仏も也口を開くこと得ず。倒まに鎗頭を転じ来れり。一人を刺殺す。箭に中ることは還って人を射る時に似たり。)雪竇云く、維摩什麼とか道ひし。(咄。万箭心に攅る。他に替って道理を説く。)復云く、勘破了也。(但当時のみに非ず。即今の也恁麼。雪竇也是れ賊過ぎて後弓を張る。然も衆の為に力をつくすと雖も、争奈せん禍の私門より出ることを。且く道へ、雪竇還って落処を見得する麼。夢にも也未だ夢見ず。什麼の勘破とか説かん。嶮。金毛の獅子也模索不著。)

維摩詰、諸大菩薩をして、各不二法門を説くかしむ。時に三十二の菩薩、皆二見の有為無為、真俗二諦を以て、合して一見と為して、不二法門と為す。後に文殊に問ふ、文殊云く、我が意の如くんば、一切の法に於て、無言無説、無示無識、諸の問答を離る、是を入不二法門と為すと。けだし三十二人は言を以て言を遣り、文殊は無言を以て言を遣るが為に、一時に掃蕩して総に要せず、是を入不二法門と名付く。入不二法門品。殊に知らず、霊亀尾を曳く、跡を払えば痕を成すことをと。まあそういったこってす。(這の漢はなはだ合閙一場、うるさったい、口を結んでおれ。)何等か是れ菩薩入不二法門。(知ってことさらに犯す、はなはだ厄介ですか、それとも間が抜けていますか。不二法門とは、もとこのとおりあるものを、悟入できない、こうも説きああも説きするんです、ついに尽きたら、云うことなし、忘れ去って後に、存分に使えってわけです。)文殊日く、我が意の如くんば、(なんと云うぞ、意の如くんばなどいう面白くないんです、もとまっただ中です、ただ。わざわざ首枷填めて、罪人かくの如しと、もとどり取って、衙、官衙に投げ入れる、あっはっはやってませんか、これ。虎の威を仮る狐、諸の宗教みなこれ、害はなはだし、鯨食うなってね、因果必然をめくらまし。)一切の法に於て、(なにを喚んでか、一切とせん、一切というわく、乾坤というわな。)無言無説、(云うているぜ。)無示無識、(別人を瞞ずることは即ち得たり、示し識る人を騙すんですか、殺し文句の世界は、宗教人と詐欺師です。)諸の問答を離る。(なんと云うぞ。)是を入不二法門と為す。(入るも出るもないのにさ、そこばくの葛藤は省みるあり、省みるそのもの離れず。)是に於て文殊維摩に問ふ、我等各自に説きおわる、文殊で三十三ですか、仁者まさに説くべし、何等かこれ菩薩入不二法門。(這の一靠、靠はたがう、もたれかかるの意、文殊が維摩にあずけた、云うことなかれ金粟如来、金も粟も如来のうち、うっはっは止めとけってさ。たとい三世の諸仏も云はじ、鎗をさかしまに転ず、一人を刺殺す。箭に中るときはかえって人を射るに似たり、文殊ですか維摩ですか、あなかが射貫かれて、ではどうします。さあ道へ。)雪竇云く、維摩什麼とか道ひし。まあさ、こう聞きたいところだけれど、一応お経としちゃ、終わってるんですか。ありがたやのなんまんだぶつ。(咄。万箭心にあつまる、他に替って道理を説く。維摩のこってすか、人が悪いよ。)また云く、勘破了也。(はい勘破了とて、お経は完結、はあてね。金毛の獅子也模索不著、なんにもわからなくなって、はーいわしは野たれ死に。)

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頌・南山の雲。(乾坤覩ること莫し。刀斫れども入らず。)北山の雨。(点滴も施さず。半ばは河南半ばは河北。)四七二三面り相覩る。(幾処にか覓むるに見えず。傍人を帯塁す。露柱灯籠を掛く。)新羅国裏曾て上堂。(東湧西没。東行西行の利を見ず。那裏よりか這の消息を得来る。)大唐国裏未だ鼓を打せず。(遅一刻。我に話頭を還し来れ。先行到らず末後太だ過ぎたり。)苦中の楽。(阿誰をしてか知らしめん。)楽中の苦。(両重の公案。誰をしてか挙せしめん。苦は便ち苦、楽は便ち楽、那裏にか両頭三面有り来る。)誰か道ふ黄金糞土の如しと。(具眼の者弁ぜよ。試みに払拭して看よ。阿刺刺。且く道へ、是れ古仏か露柱か。)

南山の雲北山の雨、まさにこれっこっきりです、因果必然を見るんですか、ほととぎすまたも鳴かめや、卯の花月夜、人はほんの喜怒哀楽に生きるんですか、いつだって人を忘れて、乾坤なく、斫れども刀入らず、仏教というこれっぱかしもなくって、石ころ投げりゃ地に落ち。四七西天に二十七祖、二三東土の六代、面はまのあたりする、個々別々たってなーんも違わないのです、(求めるに見えず、求道心のない坊主、あっはっはナンセンスというより、心理学上の問題ですか、求めてついに見えず、これ仏、面と向かわぬ連中がとっつく、噂に翻弄されるんです、露柱は灯籠を掛けるんですか、片隅を照らすものこれ国宝ですか、露柱はつゆ知らず、南山の雲北山の雨です、竹藪の風、水辺の月、いいえさ人の趣味にはよらんです。)大唐国に鼓を打てば、新羅国に手拍子、まあさ新羅がはしっこですか、新羅国裏曾て上堂。(東湧西没、念起念滅、那裏よりか這の消息を得来る、だからそれゆえにというほどに嘘です、ないものに惑わされる、心労です、たといあるものだけを知る、これ雲門の法。)大唐国裏未だ鼓を打たず、これを雲門の法、まるっきりだから抜き、できますか、でたらめ、時候の挨拶じゃないんですよ、必ず響きあり、人を救い得て妙なんです、我れは愛す承陽新定の機、未だ鼓を打たず、新羅に上堂。(ちっとわしにもバトンをわたしてくれって、わはは一昨日おいで。)苦中の楽、楽中の苦、仕方ない両重の公案だとさ、たわごとでなけりゃ幸い、(両頭三面て、千手観音ですか、ようも知らんで。)誰か道ふ、黄金糞土の如しと。禅月云く、山高く海深うして人測らず。古往今来転た青碧。浅近軽浮与に交はること莫れ、地卑うして只荊棘を生ずることを解す。誰か道ふ黄金糞土の如しと。張耳陳余消息を断ふ。航路難。張耳と陳余は吻頸の友であったが、後国により権を争って豹虎の如しと。(生活をして下さい、仏教をふりかざすのは、そりゃ他の諸宗と同じ、だから故にを断って、ほんらいのありようです、こりゃまあこの詩の如く、わっはっはどうにもこうにも。自分というもの一切無うして、かつかつに生き。生きるというんですか、鼻息かすかに通じ、乾坤無く。)


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第八十三則 雲門古仏露柱

本則・挙す、雲門衆に示して云く、古仏と露柱と相交る。是れ第幾機ぞ。(三千里外没交渉。七花八裂。)自ら代って云く、(東家人死すれば西家の人哀を助く。一合相不可得。)南山に雲を起こし、(乾坤覩ること莫し。刀斫れども入らず。)北山に雨を下す。(点滴も施さず。半ばは河南半ばは河北。)

露柱明道尼というお寺付きの庵主さまがいた、法のことはなんにも知らぬが、お経を読む間はほんに悟っていた、かつてはこういう人がいた、いまわのきわに弟子にしてくれという、よしと思って次に行ったときはもう、わけがわからなかった、悔いが残る。露柱を見て悟ったという人数ある、露柱になり終わる、古い仏と露柱と相交る。是れ第幾機ぞ、既に仏法の幾段階ではない、物の見事に終わっている、自分と云うよこしまが失せてものみな。とやこうと云ってたやつが、悟ったという驚天動地、大事件である、まずは大騒ぎをする、ではそやつを払拭して下さい。(三千里外没交渉、おらあ知らんよっていうんです、知っている分が役立たず、七花八裂、めっちゃくちゃですか、けれんも残らんです。)自ら代って云く、あんまり取り付く島もなかったんですか。(東家の人が死ぬと、西家の人が哀号と泣いてやるんですか、まあそういったところです、自閉症のまねごとうっふっふ。)南山に雲を起こし、(乾坤見ることなし、宇宙という三界という、もとそんなものないんです、刀でぶった切ったってどうもならん、大自在底とはこれ、人は観念に拠る、仏は無心です、行きて帰らぬ心。)北山に雨を下す、わずかに手拍子。(取り付く島もなし=あなたです、あっちとこっちってさ。)

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へきがんろく

頌・問曾て知らず、(東西弁ぜず。物を弄して名を知らず、帽を買うに頭を相す。)答還って会せず。(南北分たず。髑髏を喚卻す。江南江北。)月冷かに風高し。(何似生。今日正当這の時節。天下の人眼有って曾て見ず、耳有って曾て聞かず。)古巌寒檜。(雨ふらざる時更に好し。無孔の笛子氈拍板に撞著す。)笑ふに堪へたり路に達道の人に逢うて、(也須らく是れ親しく這裏に到って始めて得べし。我に柱杖子を還し来れ。群を無し隊を作し恁麼に来る。)語黙を将って対せざることを。(什麼の処に向かってか大龍を見ん。箇の什麼を将ってか他に対して好からん。)手に白玉の鞭を把って、(一より七に至るまで拗折し了れり。)驪珠尽く撃砕す。(後人に留与して看せしむ。可惜許。)撃砕せずんば、(一著を放過す。又恁麼にし去る。)瑕類を増さん。(泥団を弄して什麼か作ん。転た見る郎当たるうことを。過犯弥天。)国に憲章あり。(法を識る者は懼る。朝打三千、暮打八百。)三千条の罪。(只一半を道ひ得ること在り。八万四千、無量劫来、無間の業に堕すれども、也未だ一半を還し得ざること在らん。)

問既に宗有り、答亦同じ処なりと、これは卻って不恁麼、問曾て知らず、答還って会せずと。わかりますかこれ、なおさらにぴったり来るところ、ぴったりというのは、あるいは取り付く島もないんです。(東西弁ぜず、だからどうの云わない、況んや全体遙に塵芥を出ずと、水の中にあって渇を求める、物を弄して名を知らず、水を掬すれば月掌に有り、花を拈ずれば香衣に満つ、帽子を買うのに頭を整える愚、仏法といってたがを填める。)答還って会せず、(南北分たず、ノウハウを知らないんです、髑髏を換卻す、換骨奪胎というけれど、まるっきりそれどころではない、こっちが向こうになっちゃうとは、無自覚の覚です、天地逆さまに行く如く。)月冷やかに風高し、(何に似るかなんにも似ないんです、想像を絶する風景、ものすごいんですか、けもの一匹いないんですか、正当恁麼の時、ちに絶え果てる時節、眼無うして見、耳のうして聞く。)古巌寒檜。(雨ふらざる時更に好し、まざまざと見るんじゃなくそのものこっきり他なしですっよ、涙無しの時節、後大いに泣くによし、笑うによし三十棒。無孔の笛氈拍子板に撞著せず。)笑うに堪えたり路に達道の人に逢ふて、語黙をもって対せざることをという公案。(さあどうしますか、公案もってどうこうなど、たとい趙州、百歳の老翁と雖も我れに劣る者は、これに示し、三歳の幼児と雖も我れより勝る者は、これに師事しという、おまえもそうかおれもなというなあなあ事件はないんです、色身敗壊、如何なるか是れ堅固法身、山花開いて錦に似、澗水たたえて藍の如しと、云い終わる前に即ち打つ。)語黙をもって対せざることを。(いずれの処に向かってか大龍を見ん、そうですよ、箇の何をもってか他に好からん、先ずは知らんのです。200%も更に及ばず。)手の白玉を把って、わっはっはこんにゃく問答ですか、(一より七に至るまで拗折し来る、地獄餓鬼修羅畜生人間天上如来、すべてぶち破る、それではなんにもならないではないか、いったいおれはどこへ行くと、そう思うひまさえないんです、すれば多少の取りえ。)驪龍の珠、摩尼宝珠如来蔵裏親しく収覧すと、危険を犯して大利を得るという、荘子のたとえのはるか彼方、いえまったくただこうあるんです、坐が坐になり終わる季節、早くこれを得て下さい、他にはなく。撃砕すと、ものみな木端微塵にして始めて得るんです、(まずはこれを得る、他に見せしむるによし。)撃砕せずんば瑕類を増さん、摩尼宝珠の瑕類ですか、そりゃまたご苦労さん。(泥団を弄して何かせん、転た見る郎当たることを、手つかず汚れずなんです、過犯弥天、法界有象無象のまるっきりそのまんま、あほらしいそんなもの知らんです。因にわしの妄想に敵うやつは珍中の珍。)国に憲章有り、三千条の罪。(因果必然というんです、朝打三千暮打八百、どうにもこうにもってやつを実感=坐禅ですか、無間の業に堕すれども、まだ一半。)


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へきがんろく

第八十二則 大龍堅固法身

本則・挙す、僧、大龍に問ふ、色身敗壊、如何なるか是れ堅固法身。(話両楔と作。分開するも也好し。)龍云く、山花開いて錦に似、澗水湛へて藍の如し。(無孔の笛子氈拍板に撞著す。渾崘擘けども破れず。人は陳州より来って、卻って許州に往き去る。)

大龍智洪は徳山下四世、因に僧問ふ、色身敗壊、如何なるか是れ堅固法身。色身敗壊、家国破れる、破家散宅という、身心がまったくなくなってしまう、無眼耳鼻舌身意です、もとまったくないものを有ると思い込む、これを色身です、修行とは元に帰る、本来本当を知るんです、無心です、無身です、これを知る不退転の決意を、法身堅固と云うんですか、法の身と弁える、他にはなしと知る、ついにこれを得る、色身ぶっこわれる、堅固法身はどこへ行ったか、ようやく堅固法身になるんです、ものみなぜんたいですか、わずかになんにもないんですか、無心無い心は、無い身心は傷つかず、こぼたれずこれを金剛不壊です、ますます坐って下さい、あとさきなく坐る、坐ったらそれっきりです、これを真僧という、意識はあってもなくってもいいですよ、達磨面壁九歳また何するものぞ。(両けつー木に厥ー二かけら、法身と色身の二かけらの話ですか、まあそれもよしっていうんです、この僧、一担の莽鹵を担って、一担の鶻突に換ふと、てめえわけのわからんやつを、同じくわけのわからんに換う、実際でなけりゃ、そりゃお話にならん、どううしっようもないんです。)龍云く、山花開いて錦に似、澗水湛へて藍の如し、これ法身堅固の内容です、我という身心無うしてものみなです、雪舟の筆がよく現わしています、いいえさ、自分で見てください、人のありようは食えない、人も我もまったく同じ、我が釈迦牟尼仏の声と姿と、てめえで食うよりないんです。(無孔の笛子、音のない笛、氈拍板、音のない拍子板、まあそういったわけです、渾崘山つんざけども破れずと、妄想一般人の風景とは同じはずが、まるっきり違うんです、人は陳州より来って、許州に往来き去る、白雲去来してですか、人も人事もただ去来するばかり。半日もぶっつずけに坐ってごらん、このまあ悟り生半可の連中、この世界からまったく外れて下さい。)


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へきがんろく

頌・麈中の麈。(高く眼を著けて看よ。頭をささげ角を戴き去れり。)君看取せよ。(何似生。第二頭に走る。射んと要せば便ち射よ。看て什麼か作ん。)一箭を下す。(中れり。須らく知るべし薬山好手なることを。)走ること三歩。(活発発地。只三歩を得たり、死し了ること多時。)五歩にして若し活せば、(什麼をか作ん。跳ること百歩。忽ち箇の死中に活を得ること有らん時如何。)群を成して虎を趁はん。(二人倶に並べ照す。須らく他の与に倒退して始めて得べし。天下の衲僧他に出頭を放す。也只草窩裏に在り。)正眼従来猟人に付す。(争奈せん薬山未だ肯て這の話を承当せざることを。薬山は則ち故に是、雪竇又作麼生。也薬山が事に干らず。也雪竇が事に干らず、也山僧が事に干らず、也上座が事に干らず。)雪竇高声に云く、箭を看よ。(一状に領過す。也須らく他の与に倒退して始めて得べし。打って云く、已に汝が咽喉を塞卻し了れり。)

麈中の麈と、あるいは主中の主と、世の中第一人者たるは、就中たいへんです、血の汗流せ涙を拭くな、巨人の星をつかむまでですか、ろくでもない漫画作家に振り回されていないで、ただこれてめえの第一人者になればいいんです、難しいことはない、妄想世界一般、群を成したとい竜虎あるいは鳳凰あろうが、わずかにおのれというう、心という掌の辺、死ぬことできればだれにも成る、生きることできればだれにもできる、わかりますか、とやこうのこっちゃないんです。(高く眼を著けて看よ、世の中のことはもうし飽きた、つまらんとねうっふっふ、歴史も哲学も虫けら一匹救えない、なんだこりゃっていううんです、なにさ、おれはこの世に不要だっていうだけ、ひょっと離れて見る、あるいは自殺願望ですか、だったら生きながら死ぬ工夫。頭をささげ角を戴き了れり、なに大仰なことはいらんです、なりふりかまわず。)君看取せよ。(何に似る、おれはこうだと云えば第二頭に走るんです、似ることは誰にも似ない、すると箭を射るさへ知らず、坐ったら坐そのものなんです、おのれを省みない、観察しない工夫。)一箭を下す。(中れりと、すなわち時の立つのを忘れるんです、あとさきなく坐る、まずもってこれを得る、薬山何するものぞ。)走ること三歩。(昏散先ず撲落することをと、坐に入る三歩ですか、気息ありゃあこれを整える、定に入る、なに妄想百般念起念滅。(活発発地、オールマイティですよ200%生き、この僧全力をもって倒れ伏し、走る、なにその三倍も定に入りゃいいんです。死んだり生きたり多時やって下さい、そうしながらに忘我なんです、さあいったいだれが坐ってますか、如来来たる如し、去れる如し。)五歩にして若し活せば、(大活現成という、どうですかこれ大騒ぎですか、ではまずやって見て下さい、わずかに箇の済々を得る。)群を成して虎を趁はん、なんかうるさったいね。(二人倶に並べ照す、薬山と僧をですか、そりゃ仏教を学ぶかくの如しなんですが、一箇また他の出頭をゆるす、大いに下世話に似たりってね、あれこれ斟酌も必要とさ。)正眼従来猟人に似たり、獲物を射る猟師に似ているっていうんです、自分という群鹿割拠して先ずはその麈を射貫く、獲物のほうが猟師の過ぎ行くを見るなと、うっふっふうなにしろやって下さい。だれかれてめえこっきりだよ、でもってだれかれまったく同じ。)雪竇高声に云く、箭を看よ。(はいそういうこと、まったく一状に領過す。狙い狙って箭も刀も折れ尽きて、はじめておのれなし。宵の明星を見る。)

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へきがんろく

第八十一則 薬山麈中の麈

本則・挙す、僧、薬山に問ふ、平田浅草、麈鹿群を成す。如何が麈中の麈を射得せん。(髻を把って衙に投ず。頭をかかげ角を帯びて出で来る。脳後に箭を抜く。)山云く、箭を看よ。(就身打劫。下坡に走らずんば、快便逢ひ難し。著。)僧身を放って便ち倒る。(灼然として同じからず。一死更に更活せず。精魂を弄する漢。)山云く、侍者這の死漢をひき出せ。(令に拠って行ず。更勘するに労せず。前箭は猶ほ軽く後箭は深し。)僧便ち走る。(棺木裏に瞳眼す。死中に活を得たり。猶ほ気息の有る在り。)山云く、泥団を弄する漢、什麼の限りかあらん。(可惜許。放過することを。令に拠って行ず。雪上に霜を加ふ。)雪竇拈じて云く、三歩には活すと雖も、五歩には須らく死すべし。(一手擡一手搦。直饒走ること百歩するも、也須らく喪身失命すべし。復云くう、箭を看よ。且く道へ、雪竇の意什麼の処にか落在す。若し是れ同死同生せば、薬山直に得ん眼とうー目に登ーし口こー口に去ーすることを。一向に無孔の鉄鎚に似たらば何の用を作すにか堪へん。)

麈は鹿の中の王様、角を研いで群鹿を守る、虎も近寄り難しと、ことに射難しという、これを借事問または弁主問という、平田浅草別に深い山ではないっていうんです、そこいらにこうある、麈鹿群れを成す、如何が麈中の麈を射得せん、そりゃ相当に坐っています、なんら特別のもののないことは知れる、しかもこれを得、これを放ちすこと番たびです、どうしても未だしです、入頭の辺量に逍遥すといえども幾んど出身の活路を虧闕すと、しかも存分に熟成しているんですか、そやつがどうにももう一歩。うっふっふ三歩には活動すと雖も、五歩には須らく死すべしってなふうですか。(髻を把って衙に投ず、衙は官衙、罪を申し出て自首するんです、うんまあそうなりゃしめたもんなんですが、ちっと芝居がかっていますか、どうだと云わんばかり、あっはっはあほか。)山云く、箭を看よ、大物を狙っているやつ、そいつだよって示すには、間髪を入れずです、能書きト書きしたって、たいていなんにもならんです、対峙を双眠すという、もと自分自身に帰る他に落着する処はないんです、あっはっはそれがなかなか。(就身打劫は、身によりそってする。まさにまあそういったふう、箭を看よ、下坡に走らずんば、快便逢ひ難し、坡は堤、てめえの堤を走り下りる、直下にはあっと気がつくこと、でなきゃ快便はうんこじゃなくってさ、いやそれでもいいんだがさ、渡し船に間に合わぬってこったです。渡し船たとい薬山ですか。)僧身を放って便ち倒る。箭になったんですか。(灼然として同じからず、てめえぶん投げりゃ死ぬって、未だ箭を見ず、外からじゃなんにもならぬ、精魂を弄してついにそれの尽き果てるとき、自然成です。)山云く、侍者這の死漢をひき出せ、わっはっは死んだつもりのさ、就身打劫も食えねえったら、(令に拠って行ず、発明のところなんざないのさ、労せずただ。しかも、箭を看よよりずんと奥深く刺さる。)僧便ち走る。死んでないってかがはは。(棺木裏に目をみはる、死中に活を得たり、活路を開くには、死に切ってないんです、気息のある在り、こういう思いを番たびするんでしょう、わずかに自分=箭を知る、そうです、なんにも得ないんですよ、大鹿群を率いて自然。納得行くも行かぬもないんです、悲しいほどにさ。)山云く、泥団を弄する漢、てめえいいかわるいかやっている、ばかったれ、なんの限りかあらん、いつまでもやっとれ。(惜しいかなっていうんです、それじゃいつまでもやっているっきりないよ。令に拠って行ずることは、雪上に霜を加えるだけ、自ずからを待つしかない、隔靴掻痒ですか。)雪竇拈じて云く、三歩には活すと雖も、突っ走って三歩には、出身の活路ですか、五歩行くと旧来の死人、そいつはなぜ。(一手擡一手搦、たとい走ること百歩すれどもと、どうにもこうにもです、箭を看よ、箭が箭を見るんです、なんにもないとは、雪竇の意も消えるんです、目をこーんなにして口すぼめ、そりゃ云うことない、赤ん坊のたたわわ、何の用をなすにか堪えん。)


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へきがんろく

頌・六識無功一問を伸ぶ。(眼有って盲の如く耳有って聾の如し。明鏡台に当り明珠掌に在り。一句に道尽す。)作家曾て共に来端を弁ず。(何ぞ必ずしもせん。也箇の緇素を弁ぜんことを要す。唯証して乃ち知る。)茫茫たる急水を打す。(始終一貫。過也。什麼と道ふぞ。)落処停らず誰か看ることを解せん。(看ば即ち瞎す。過也。灘下に接取せよ。)

六識功無くです、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、元の木阿弥こうあって元の木阿弥大用現前です、功と数える、どこまで行こうが尽くさず、この平地から一問を伸ぶ、これ仏教です、あるときこありあるときこうある、ついに無心に返る、如何なるか是れ道、道は籬の外に在り、狗子に仏性有りや、云く無、そうしてまた云く有と、功なく仏なく六識六塵まったくに付くなし、まさにこれを知る。(眼あって盲の如く耳有って聾の如し、眼無うして知り耳無うして現前です、もとかくの如しは、明鏡また台にあらず、菩提本樹にあらず、形影あい見るが如く、一句に道尽す、なにさ朝打三千暮打八百、毎日坐って下さい、俳句は行きて返る心の味という、これは行きて返らぬ無心です、そうさなあ万物宇宙を恋人ですか、せっかく口説く勢いがないとねずみ一匹、あっはっは油断大敵、大安心これ。)作家は趙州と投子と、来端はまるっきり云い得るんです、仏以外になし、ほかただもう曖昧の我田引水、無始劫来過ちのもと、有耶無耶世界からどうぞ一歩踏み出して下さい、はじめて人生、(これ選仏場なりと知って、緇素を弁ず、よしあし黒白の判断が付くんです、よくよく看て取って下さい、ただし証せずんば露われず。)茫茫たる急水、はーいさ、まったく知らんのです、知っている分が嘘です、いやらしいですかはっはっは、醜悪、師家と雖ど卻って堕地獄。(終始一貫すればかえって過つ、何と云うべき、さあどうです、云うてみりゃいい。(落処停まらず誰か看ることを得ん。行って帰らぬ無心、口説くには結果を知らず、(見りゃ瞎漢、死人ですよ。灘下に接取もはあて余計ごと。ついに知らんのです。)

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第八十則 趙州初生の孩子

本則・挙す、僧、趙州に問ふ、初生の孩子還って六識を具するや也無しや。(閃電の機。什麼の初生の孩子とか説かん。)趙州云く、急水上に毬子を打す。(過也。俊鷂趁へども及ばず。也験過せんことを要す。)僧復投子に問ふ、急水上に毬子を打すと、意旨如何。(也是れ作家同じく験過す。還って会す麼。過也。)子云く、念念不停流。(葛藤を打するの漢。)

六識は眼耳鼻舌身識を前五識とし、意識を六識とす。八識は第七末那識=能く去って世間一切の影事を執持して、人をして煩悩して自由自在ならしむと。大八識阿頼耶識=一切善悪の種子を含蔵すと。これ人の意識のありようまさにかくの如く、仏教のたとえというより、かくの如く行なわれていることを知るによく、心理学だろうが別に尽くさず、これを用いるにしたがい不便です、滞り醜悪、百害あって一利なしですか、心理分析や一覧表じゃないんです、科学という観察被観察の無益を知って下さい。この故にこの僧殊更に聞く、初生の孩子、生まれたての赤ん坊です、かえって六識を具するやまた無しや。(八識を了じ終わるんですか、なんのとらわれもないんです、つうと云えばかあ、元の木阿弥これ、機という大機大用そのもの、塵芥なし他なしになって閃電です、これをもってん什麼の初生の孩子とか説かん、生まれたての赤ん坊に返れという、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、面倒な言い種いらんです、まずはこれを知って下さい、本来のありようこれ、通幻寂霊禅師、路傍の石に生爪を剥がし、痛いことは痛い、どこが痛いか解からない、玉露宙に浮かぶ、命の向こうっかわに行っちまったようです、赤ん坊に返って、八識の由来を知る、仏教の始まりです、みなこれここに到って始めて得るんです、しゃしゃらくらくという、清澄の万倍これ、筆舌に尽くし難し、まさに命を知る、浮き世に生まれて200%ですか、生まれ本来=生まれる以前、なんという歓喜済々ですか。)趙州云く、急水上に毬子を打す。急流に毬をなげる、意識としてまったく滞るなしを云う、自然とはこれ。(はやぶさが追っても及ばずとさ、験してみりゃいいです、でなきゃ意味ないです。)僧また投子に問ふ、急水上に毬子を打すと、意旨如何、どういうこったと云うんです。(こやつちゃーんと知ってたな、もっともどこまでやったか、さあてわからん。)子云く、念念不停流。念というもととどまらず、そいつを停めようとするから不都合、あらゆる一切の苦厄を生ず、苦しみ悩みのこれが原因です、念念不停流に任せ切ることをしてごらんなさい、坐禅の根本です、容易なこっちゃできないです、(葛藤を打する漢、こやつができればボーディサットバ修菩薩行、そうそう初関を透るんですよ、さあおやり下さい。)

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へきがんろく

頌・投子投子。(灼然。天下這の実頭の老漢無し。人家の男女を教壊す。)機輪阻無し。(什麼の他を奈何ともする処か有らん。也些子有り。)一を放って二を得たり。(汝が眼晴を換卻す。什麼の処にか投子を見ん。)彼に同じく此に同じ。(恁麼に来るも也棒を喫し、不恁麼に来るも也棒を喫す。闍黎他に替るも、便ち打たん。)燐むべし限りなき潮を弄するの人。(叢林の中一箇半箇を放出す。這の両箇の漢を放出す。天下の衲僧恁麼に去らんことを要す。)畢竟還って潮中に落ちて死す。(可惜許。争奈せん這の圏簣を出で得ざることを。愁人愁人に向かって説くこと莫れ。)忽然として活せば、(禅床震動。山僧を驚殺して、也倒退三千ならしむ。)百川倒流して閙かつー活のまんなかに耳ーかつたらん。(嶮。徒に佇思するに労す。山僧敢て口を開かず、投子老漢也須らく是れ柱杖を拗折して始めて得べし。)

投子尋常道ふ、汝総に道ふ、投子実頭なりと。忽然として山を下ること三歩せんに、人有りって汝に問ふうて、如何なか是れ投子実頭の処と道はば、汝作麼生か抵対せんと。見ずや僧問ふう、如何なるか是れ仏。投子云く、仏。如何なるか是れ道。投子云く、道。如何なるか是れ禅。云く、禅。また問ふ、月未だ円ならざる時如何。投子云く、三箇四箇を呑卻す。円なる後如何。七箇八箇を吐卻すと。投子かくの如くとは如何、こりゃものすごい、舌を巻いてわずかに投子投子と、こんな師家と倶に有る、他何をか云わんや、ぶった切られて死す。(灼然、真っ赤っかです、天下箇の実頭の老漢なし、かつてもまさに無し、今の世さらに皆無、もって人家の男女を教壊す、人あり家ありのぬるま湯ですか、どうしようもないです、首くうくる縄もなし年の暮れ、ちったあ爪の垢。)機輪阻てなし、だれがどうだから、道の進捗を思慮ってなどいう紆余曲折ないんです、もとまったく紆余局曲折なし。(些子有り、ちったあ効き目ありってね、どうです、効いたか。)一を放って二を得たり、是と応じて、相手の臓物屈託をさらけだす、もはや元へ復さず、痛烈一回に知る。(いずれの処にか投子を見ん、ぶち抜くとはこれ。)彼に同じく此に同じ、細言そ語も驢となしえてんやも、まったく同じ、臭い懐総まくり、払い切るんです。(投子にもの云う、てめえのことをさらけ出すだけなんです、醜悪もってする、棒を喫す、その醜悪をしゃっ面に貼り付け。)あわれむべし限りなき潮を弄するの人、潮ですか、とくふつ碗鳴声すること莫れ、一頭の驢と作し得てんやと、噂の問題、仏の話題ですか、もとそんなものないんです、投子便ち打つ、投子投子と、雪竇ならずも舌を巻く所以、(叢林にあって一箇半箇を放出す、うさんくさいのを追い出す、湊泊し難し、さあやって下さい、真正面ついに投子を見ず。)畢竟かえって潮中に落ちて死す、噂の中に溺れ死ぬ連中ばかりが、うっふ。(惜しいかなって云うんです、けんきはわな、わなにはまらずに死ぬんなら、大往生。てめえの仕掛けた罠ですか、そりゃあ本望ってね。)忽然として活せば、大死一番です。(禅床震動、わしを驚殺して、倒退三千ならしむ、はいまさにかくの如く。)百川倒流して閙かつかつたらん、いっぺんに世界中の音声です、かつは流水の声、閙はさわがしい。おっちでつんぼが人間満足に返るさま。(嶮。だからさ佇思することなかれ、行けったら行けばいい、投子柱杖を折って始めて得べし、ものみな叩く要なし、さあて仏とは何か、糠に釘ですか、だったら道へ。)

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へきがんろく

第七十九則 投子一切仏声

本則・挙す、僧、投子に問ふ、一切声は是れ仏声と。是なりや否や。(也虎鬚を撫ずることを解す。晴天霹靂を轟かす。自尿臭きを覚えず。)投子云く、是。(一般の人をれんー貝に兼ー殺す。身を売りて汝に与へ了れり。一辺に拈放す。是れ什麼の心行ぞ。)僧云く、和尚とくー尺に豚の月なしー沸碗鳴声すること莫れ。(只錐頭の利を見て、鑿頭の方を見ず。什麼と道ふぞ。果然として敗缺を納る。)投子便ち打つ。(著。好打。放過せば則ち不可。)又問ふ、そー鹿三つー言及び細語、皆第一義に帰すと、是なりや否や。(第二回虎鬚を撫ず。臓を抱いて屈と叫んで什麼か作ん。東西南北、猶ほ影響の有る在り。)投子云く、是。(又是れ身を売りて汝に与へ了れり。陥虎の機。也是れ什麼の心行ぞ。)僧云く、和尚を喚んで一頭の驢と作し得てん麼。(只錐頭の利を見て、鑿頭の方を見ず。逆水の波有りと雖も、只是れ頭上に角無し。血を含んで人にそそぐ。)投子便ち打つ。(著。放過す可からず。好打。柱杖未だ折るに到らず、什麼に因ってか便ち休し去る。)

投子山大同、青原下三世。一切声はこれ仏声と、そ言及び細語皆第一義に帰す=涅般経に出ずと、声という声は仏の声であると、ただこう知って本当には知らぬ、それじゃなんにもならぬ、釈迦牟尼仏の声と姿とと知れるときに、一切ものみな無音に消えて、正に成仏とも云わず、かつて省みるなし、涙することわずかにあり。是非のらち外です。是なりや否やと聞く、すでにしてそ言、敗北。(虎の鬚をなでる、知らぬが仏ですかあっはっは。知ってなずるはかつて未だし。青天の霹靂を轟かす、うっふっふそりゃまたご苦労さん、自分の小便臭さを弁えずとさ、打つによし。)投子云く、是と、そうだよと云って、わなを仕掛けるんですか、是であるから是と、わなにはまるのは向こうの勝手、是にあらずの分をひっかかる。(一般の人をれん殺す、乗り合いバスの全員を馬鹿にした、是というすべからく是、知らぬまんまの三百代言を量産ですか、まあさ。身を売りて汝に与え了れり、さあどうするっていうんです、虎がおっかぶさった、寸毫の隙なし、命ないんです。)僧云く、とく沸は下痢のびちびち、碗鳴はお碗に熱湯を注ぐとじゅうじゅう鳴る、仏声という乙にすましやがって、かくの如くをなんとするってんです、はい、とく沸碗鳴声という代わりにぶっ叩いた、(錐の頭だけを見て、鑿の頭を見ず、のこぎりの談というのがある、我のこぎりの山、汝のこぎりの谷、どこまで行ってもらちあかんというのへ、我はさにあらずとだけ。敵をやっつける気鋭という、そんなものが仏教じゃないんです、敗缺これ。)投子便ち打つ、(根本に出直せという、壁立万仞です、わかりますか、うっふわかったら三十棒。)又問ふ、そー鹿が三つで騒々しいんですか、言、細語愚にも付かぬ2チャンネル語ですか、たいてい意味をなさんです、蚊の泣くようなぴいぴい声、第一義廓然無聖ですか、これが他にはなく、是なりや否や。(二回虎の鬚をなでる、どあほ。臓物を抱いて屈託です、人間みなこれをやっている、坐って姿勢をまっすぐにして矯正も、わがものと身心をよこしまにするあれば、不自然屈託です、仏に帰す、彼岸にわたって下さい、ぱーらみーたー。東西南北、猶ほ影響の有る在りでは不都合。)投子云く、是。(また身を売って与え了る、陥虎の機、心行なしほど恐ろしいんです、間髪を入れず。)僧云く、和尚を喚んで驢となし得てんや、そんじゃ馬鹿と呼んでもいいんかいって、うっふっふこの僧けっこう面白いや、馬鹿顔ぬうっと差し出そうか。(逆水の波、帰り打ちするには頭上に角なし、虎退治には龍だってのにさ。血を含んで人にそそぐ、太公望云く、風に因って火を吹く、力を用いること多少。血を含んで人にそそぐ、先ずその口汚れと。まあさ、はいご苦労さんてこと。意図ありゃおしまいなんですよ、見え見え。)投子すなわち打つ。(よく見よという、こは何事か、放過すべからず、まさにもって悟るによし。だがこれ未だ決着つかず、打ってのち如何、タレントの記者会見じゃないんだよってさ。)

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へきがんろく

頌・了事の衲僧一箇を消す。(現に一箇有り。朝打三千暮打八百。金剛圏を跳出す。一箇も也消得せず。)長連床上脚を展べて臥す。(果然として是れ箇のかつー目に去皿ー睡の漢。劫を論じて禅を論ぜず。)夢中曾て説く円通を悟ると。(早く是かつ睡更に夢を説く。卻って汝に許す夢に見ることを。寐語して什麼か作ん。)香水洗ひ来るも驀面に唾せん。(咄。土上に泥を加ふ又一重。浄地上に来って痾する莫れ。)

了事の衲僧一箇を消す。悟った悟り終わったということがあるのでしょう、忘我という、自分まったく失せる無自覚の覚です、箇の無体験です、それをどうして消し去るのか、理屈に合わない。あっはっは御名御辞です。ところがどっこい了事の衲僧一箇を消す。悟り終わって悟りなしを知る、就中容易なこっちゃないです。どうしても悟った、かくあるべしとやる、完全に消し去って始めて完全。もう一度やりゃあいいんですと老師が云った、まあさもう百回もやってみますか、初心に帰るとは元の木阿弥です、なんの変哲もない、そうですよ、でなきゃ納らんのです、大自在これ。いえそりゃあ悟らんば駄目です、横滑りはない、くそ坊主ども、学者一般の常識じゃないんです。(現に一箇有り、はい無心だろうと有心だろうと、現に一箇有り、朝打三千暮打八百、どうも暁天坐のほうがよろしいですか、わしは朝一時間半坐り夕一時間だで、そうなるのか、夕がまるっきりての多いで、暮打八百か、悟っても一箇を消しても同じに坐す、ますます坐す、それ以外ないんです、自分を打つ他にはなく。消し得ることありや、消し得れば知らず、知らずは役立たず、うっふ。)長連床上に脚を展べ臥す、大の字なりにのーんとやるんですか、赤ん坊の200%ですよ、帰家穏坐とはこれ、人もとの古巣に於て落着、うっふ身も蓋もないんです。(なんていう、元の木阿弥、どめくら惰眠の漢、睡眠の因縁をもって一生を空しく過ごすなかれって云うではないか、長く修行したからってだけの、禅和子。)夢中曾て説く円通を悟ると、水因を悟ると夢のまた夢、かつて悟る、次にはもうなく、仏という仏知らず、花は花を知らず、悟るという無用の長物、ではいったい何か、夢を見ていないんです、百年夢は正にこれ。(寝言云ってるんじゃないの、他更にまったくなし。)香水洗い来るも驀面に唾せん。そりゃほんとうに坐れると云うことが有るんです、しかも日々新たなんですか、幽霊といい微妙という、人の本来他なしです、でもって驀面に唾せん、だからという不可、持ったらおしまい無常迅速。(咄、土上に泥を加え、だから持ったらおしまい、朝打三千暮打八百、雪上に霜、錦上ににしき、はてなそんなやつあっちこっちあったな、どあほ。)

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第七十八則 開士水因を悟る

本則・挙す、古十六の開士あり。(群を成し隊を作す什麼の用処か有らん。這の一隊不喞溜の漢。)浴僧の時に於て、例に随って浴に入る。(露柱に撞著す。漆桶什麼をか作す。)忽ちに水因を悟る。(悪水驀頭に澆ぐ。)諸禅徳、作麼生か他の妙触宣明、(更に別人の事に干らず。作麼生か他を会せん。撲落他物に非ず。)成仏子住と道ふことを会せん。(天下の衲僧這裏に到って模索不著。両頭三面にして什麼か作ん。)也須らく七穿八穴にして始めて得べし。(一棒一条の痕。山僧に辜負すること莫くんば好し。撞著かつー石に蓋ー著。還って曾て徳山、臨済を見る麼。)

楞厳会上に、楞厳呪というお経があって梵語そのまんなみ今も読む、わかんなくなると真言だといって、梵語にする真言天台の名残りか、ばったばら菩薩、十六の開士と、開けた人、すなわち羅漢果を得て修菩薩行の人です、各々梵行を修ず。すなわち各々所証の円通法門を説く、これまた二十五円通の一なりとさ、他に向かって説くこと梵行ですか、他に向かうことできれば、成仏に近しと、どうですかこれ。因みに浴僧の時、例に随って浴に入って、忽ちに水因を悟る。云く、既に塵も洗わず、亦体をも洗わずと。且らく道へ、箇の何をか洗う。若し会得し去らば、中間安然として、所有無きことを得ん。身心脱落、自分というものがまったく失せ切るんです、水因だろうが空因だろうが、嘘八百の三百代言だろうが、一物に固執してどうもならずは、則現仏身意です、おのれ失せれば、着物だけぽっかり浮かぶんですか、じきにそやつも見えぬ、(群をなし隊をなし、なんの用いるところ有らん、不喞りゅうは口に留です、このばかったれっていうんです。わっはっはシンクロニシティですか、そりゃそういうことあるよ、人間同士です、元の木阿弥宇宙の一物。)開浴という、作法にしたがって入浴する。(露柱明道さんという尼僧がいたな、いい人ですんでに悟る、いえお経の最中にはまったく悟っていた。真っ裸の柱、古来これを見て悟るもの多し、漆桶のあると思うだけを知る、わずかに皮袋破れほうけ。)諸仏子、みなさんどうですか他の妙触宣明、触れるに所なし、明白この上なし、(更に別人の事にあずからず、あっはっはまったくです、不可能事。わずかに自知するによく、これ仏教の根幹。撲落、漆桶という思い込み、無明黒闇という目隠しを外す、ぶん撲るより仕方ないとこあります、それにしがみついているんです、ひっぺがす。てめえだけで精一杯、虎に食われろって、みんなで食われりゃ恐くないですか、うっふふ。)成仏子住、仏子と成って住むんですか、仏になったよ、仏というものを始めて知るんです、さあ諸仏子どうか一献、これのうしては参禅も公案もないんですよ。開けわたして下さい、仏というなんにもないものが動き出す。(なにをたわごとこいて、天下の衲僧模索不著、取り付く島もないすなわち仏、模索不著すなわちあなた。だのに両頭三面水因だの空因だの、七面六臂の観音さまやってどうするんだ、もとこれ、なんにもしなくっても、なにをしようがこれ。)也須らく七穿八穴にして始めて得べし、ようやく始まりですよ、ほんとうの自由を得てください、葛藤これ仏、四苦八苦みな肥やしになるんです、生活とはすなわちこれ、虫ピンにとめた標本じゃないんです。(一棒一条の痕のまったく付かない修行です。撞著かつ、石のぶっつかる音、著臨済徳山を見るや、見えるほどじゃ未だし。)

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頌・超談の禅客問偏に多しと。(箇箇出で来って便ち這般の見解を作す。麻の如く粟に似たり。)縫罅被離たり見る麼。(已に言前に在り。開也。自尿臭きことを覚えず。)餬餅しゅくー祝に土ーし来れども猶ほ住まず。(木けんー木へんに患ー子を将って汝が眼晴に換卻し了れり。)今に至って天下ごうー言へんに肴ー訛あり。(箇の円相を描きて云く、是れ恁麼に会すること莫し麼。人の言語を咬まば甚の了期か有らん。大地茫茫として人を愁殺す。便ち打つ。)

超談の禅客問偏へに多し、まったくだそういうことがある、なんでそうなる、超仏越祖を狙い超仏越祖を得るんですか、そうしたら問偏へに多し、ああだこうだの道理百般うるさったいばかり、花も月もなーんも云わぬというのにさ、これただ自知す、たった今死んだって過不足ないんです、そうだよって云うんです、もっと生きたいと云ったりする、面白いからなんです、理屈言い訳が不必要だからです、如来来たる如しのただの人、無心に遊ぶんです。あっはは餬餅これ。(箇箇出で来って這般の見解をなす、こういうことが一切落ちて始めて仏法です、無心という広大無辺です、たとい提唱もまったく自信がない、こんなんどうしたら解かるんだって毎度思う、なんでまあって、いやはや麻の如く粟に似たりも、目を向こうへやるともうない、また明日なんでおれはってなもんです。)縫罅は縫い目の綻び、被離はその様子、見解を披露するはしから、おんぼろけ綻びるさま、云うはしからどうしようもないんです、知らぬはてめえばかりなりって、あっはっは達磨の不識と一般ですか、どこまで行っても我欲とてめえこっきりのしゃば人間、そうですよぞっと振り返るによし、仏を目指していったい何を、ただの利己心を。(已に言前にあり、なにをどう云ったろうが、縫い繕おうが駄目は駄目なんです、てめえ開けているか否かです。てめえの小便臭さをてめえだけ知らず。しゃば人ですよ。)餬餅しゅくし来る、祝土はふさぐんです、その口へ餬餅を突っ込んでまったくにふさぐ、わっはっはなを止まずとさ。(木けんすはもくろじ、黒い木ノ実、てめえ眼晴のその目ん玉に貼りつけろ、いやさ貼りついてるわけで。)今に至って天下ごう訛あり。雲門餬餅の超談の禅客旧に倍してというふうですか、禅問答という、禅らしいことは、提唱録あり解説あり、2チャンネル人も新興宗教も、そこらへん超能力だ、なんのへちまだという輩が、わんさかと弄ぶ、みーんな解かったようなことを云う、そんなことしたってなーんもならんといったって、物云えば足る、ひけらかして終わりという、ただもうあほらしさ。この事は、自分というたった一個をほんとうに知る、大安心のためだけにあるんです、いろはのいです。(箇の円相を描きて云く、是れ恁麼に会すること莫し麼。恁麼に会するはまだまし、恁麼も知らずて喧噪、恁麼を会して、ただもう騒々しい、人の言語を食まばなんの了期かあらん、はいただこれ。そうさなあまったくいやになっちまうぜ、打ったって甲斐なし。)

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第七十七則 雲門餬餅

本則・挙す、僧雲門に問ふ、如何なるか是れ超仏越祖の談。(開。旱地の忽雷。拶。)門云く、餬餅。(舌上の顎を柱ふ。過也。)

超仏越祖の談という、仏を求め祖師方に参じ尽くしてのちの問です、でなかったらまったく意味をなさないです。仏を超えるとはどういうことか、仏の中にあって仏を超える無意味ですか。仏とはお釈迦さまですか、お釈迦さまを超えることなんかできないという。自分の中にお釈迦さまというときに、毒にも薬にもならない、はいそうですか、だからと云ってとやこうする。そういう人また多少、そうじゃない坐れ、横滑りじゃない、我と我が身心に問い来れといっても、まるっきりこそともしない。あるいはお釈迦さまという伝説の偉大をひっかぶって、にっちもさっちもならない、というより微動だにしない。双方ともになんにもならんです。如来さまだの新興宗教、云う甲斐もなし。こりゃ問題外の傍迷惑。人類というのは、他の一神教もあいまって、なんというまあ迷妄に生き、地球滅亡に勤しむのかと、呆れて思う、なにか他にやり方ないのかってね。信ずれば救われる、弱り目にたたり目の他に、何かないのかという。わっはっは、どうにもこうにも。どうですか、花鳥風月如来ならざるはなし、人間以外みな真っ当です。雪月花と云えば、きれいな美しいというような、また別ものを借りる、がんじがらめの自縄自縛、この紐たったの一本にする、仏という、仏祖師という一本です、信不信のらち外に求める、するともとっこ紐は一本であったことに気がつく、一本なら切れる、がんじがらめがずんでんばらり、ほうっと体倍にも膨れ上がって、そうかと云うんです。仏教とはこれ、仏とはおのれとぜんたい。如何なるか是れ超仏越祖の談。(ついにこの問いを発するんです、開けるんです、青天の霹靂です、思いの他の事実にどかんと当る、三日耳を聾するんです、わずかに薄皮一枚はがれるんですか、始めて挨拶、だれに向かってですか、天地人、日月星辰山川草木、おのれにです。はーい自閉症終わり、おうというとものみなおうと応えるんです。生きたっていうやつ。)門云く、餬餅。餬餅とは皮に胡麻のはいった中国饅頭ですとさ、雪月花というよりも、雲に水というよりもずばっと来ますか、うんこだめって答えもあったかな、麻三斤、解打鼓。(舌上のあぎとを柱ふ、むうっとうなっちまうんですか、過いずれにありや。餬餅になったおのれが見えて消える、うっふうはい蛇足。)

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頌・機を尽くさば瞎と成らず。(只一半を道ひ得たり。也他を験し過せんことを要す。言猶ほ耳に在り。)牛頭を按じて草を喫せしむ。(失銭遭罪。半は河南半は河北。殊に知らず鋒を傷り手を犯すことを。)四七二三の諸祖師。(条有れば条を攀ず。先聖を帯累す。只一人を帯累するのみにあらず。)宝器持し来って過咎と成る。(尽大地の人手を換へて胸を槌つ。我に柱杖を還し来れ。山僧を帯累して也出頭不得ならしむ。)過咎深し。(はなはだ深し。天下の衲僧跳不出。且らく道へ、深きこと多少ぞ。)尋ぬるに処無し。(汝が脚跟下に在り。模索不著。)天上人間同じく陸沈す。(天下の衲僧一坑に埋卻す。還って活底の有り麼。一著を放過す。蒼天蒼天。)

機を尽くすとはこれなにごと、機というものあれば取り出してこい、見てやろうぞと、機あるうちは機なし、機によって瞎、居眠りしている、機を尽くし終われば、目が覚めるか、ただの人の日送りはただこれ千変万化、機という、隠さずに、晦まさずにただ露われるんです、あるときは瞎あるときは明白、これかって省みるなし。機を尽くさば瞎と成らず。(ただ一半を道ひ得たり、もう一半如何。言猶ほ耳にあっちゃとらわれ、他を験すとは我れ以外に目を向けるんです、あるいはかつて未だ出来ず。)牛頭を按じて草を喫せしむ。(大智度論にありという、人霊前に供物をするを見て、傍の人云う、牛頭を按じて草を喫せしと。其の人云う、牛頭豈に草を喫せんや。答えて云う、霊豈に供物を喫せんやと。牛頭地獄のお使いですか、死んだ人を連れに来る。大死一番だてんで死んでいる、死んだのに草を食わせるどあほ。未だ観念のとりこなんです、そこへ仏教草に肥え太らせる、痩せ細るっきりです。飯を喫しおわるという自縄自縛に縄を与える。牛頭没し馬頭囘る、曹溪鏡裏塵埃を絶す。失銭遭罪、むかし銭をなくしたってんで罪に問われることがあった、泣き面に蜂ですか、というよりここは老婆心切の罪ですか、半は河南半は河北、どっから来た、飯を喫したか、理屈抜きの現実です、鋒を破らず、手を犯さず、死に至る病に後押しなら、完全無欠にです。)四七二三の諸祖師、四七二十八祖は西天、二三は達磨さんから六祖まで、(条あれば条を攀ず、まさにまずはそうするんです、得便宜あり落便宜あり、必死こいて仏教です、どうしても知りたい、どうしても何かあると思う、ついにっは先聖を帯累す、一人半分のみにあらず。)宝器持し来たって過咎となる。(下劣あれば宝器珍卸、驚異あれば狸奴白狐、どうしようもないんですよ、仏という金科玉条、尽大地の人手を換えて胸を打つ、なんともかんとも悲しいかなですか、わっはっはおれに柱杖子をよこせ、帯累してもって出頭不得にしてやるぞ、もう一押しぼかっと破れて。)過咎深し。(はなはだ深い、いやまったくさ、でどんなに深いんだい、ちょいと云ってみろ、首を突っ込んだらなんにもなし、はあてな。)尋ぬるに処なし。(心を求めるに不可得、われ汝が心を救い得たり、もとなんにもないんです。)天上人間陸沈す、大災害あってめちゃんこになる、人陸沈さるといいますが、なに人陸沈読んで字の如し。(まずもって是非善悪乃至仏教を捨てる、容易なこっちゃないんです、人陸沈さる、さあやってごらんなさい、蒼天蒼天、はじめて外気に触れるんです。)

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第七十六則 丹霞飯を喫すや未だしや

本則・挙す、丹霞、僧に問ふ、甚れの処よりか来る。(正に是れ総に来処没くんばある可からず。来処を知らんと要するに也難らず。)僧云く、山下より来る。(草鞋を著けて汝が肘裏に入って過ぐ。只是れ会せず。言中に響き有り。諳含し来る。知んぬ他は是れ黄か是れ緑か。)霞云く、飯を喫し了るや未だしや。(第二杓の悪水澆ぐ。何ぞ必ずしも定盤星のみならん。端的を知らんことを要す。)僧云く、飯を喫し了る。(果然として箇の露柱に撞著す。卻って旁人に鼻孔を穿卻せらる。元来是れ箇の無孔の鉄鎚。)霞云く、飯を将ち来って汝に与へて喫せしむる底の人、還って眼を具する麼。(然も是れ勢によって人を欺くと雖も、也是れ款に拠って案に結す。当時好し禅床を掀倒するに。端無くして什麼か作ん。)僧無語。(果然として走ることを得ず。這の僧若し是れ作家ならあば他に向かって道はん、和尚の眼と一般と。)長慶保福に問いふ、飯を将って人に与へて喫せしむ。恩を報ずるに分あり。什麼としてか眼を具せざる。(也只一半を道ひ得たり。通身是偏身是。一刀両断。一手擡一手搦。)福云く、施者受者、二倶に瞎漢。(令に拠って行ず。一句に道ひ尽くす。其の人に遇ふこと罕なり。)長慶云く、其の機を尽くし来らんに、還って瞎と成らんや否や。(甚の好悪をか識らん。猶ほ自ら未だ肯はず。什麼の碗をか討ねん。)福云く、我を瞎すと道ひ得てん麼。(両箇倶に是れ草裏の漢。竜頭蛇尾。当時他の其の機を尽くし来らんに、還って瞎と成らんや否やと道はんを待って、只他に向かって瞎と道はん。也只一半を道ひ得たり。一等に是れ作家、什麼として前村にいたらず、後店に迭らざる。)

丹霞の天然禅師はいずれの人なるか知らず。長安に入って科挙の試験を受けようとした、宿に白光満ると夢に見る、占いの云うには、解空のしるしなりと。禅客云く、選官は何ぞ選仏の及かん、江西に馬大師出世す、是れ選仏の場なりと。直きに江西に赴く、わずかに馬大師を見て、頭巾をとって托ぐ。馬大師顧みて云く、我汝が師にあらず、南嶽の石頭に問い去れと。南嶽に到って之に投ず。衆に随って作務すること三年、一日盆に水を盛り、浄頭して師の前に立つ。即ち石頭ために説戒し、剃髪す。霞耳をおおうて出ず。再び馬祖に謁するに、僧堂に入って聖僧(如来像)の首にまたがる。大衆驚愕す、馬祖云く、我が子天然と、よって天然と名ずく。丹霞僧に問う、いずれの処よりか来たる。(まさにこれだれあって来処なくんばあらずと、来処を忘れ、我を知らず、又難からず。)僧云く、山下より来る。これ山下ってやって来たってんですか、い山とか洞山でなく、すると飯を喫し終わって、満腹用無しですか。(草鞋をつけててめえ勝手に歩き回る、作家はというらく、独立独歩人ですか、ただこれ会せず、語に響きなし、これはかくあると諳んじて、響きありですか、こやつ黄色か青か、真っ赤な偽物か、交通信号じゃなくってもう一問。)霞云く、飯を喫し了るや未だしや。(第二杓の悪水、死んじまうほどの猛毒をぶっかける、何ぞ必ずしも、いらんお節介の、仏教辺によらず。ただこれ。)僧云く、飯を喫し了る。(はたして箇の露柱に撞著す、悟ったんだというそれを見ている自分がある。敵の云うのにおうむ返しは、てめえにとっつかまっている証拠。元来箇の無孔の迭鎚です、丹霞をぶんなぐるですか、響きとこれ。まあししたっていこんなんです、だからおれはの能書き、死人。)霞云く、飯をもち来って汝に与へて喫せしむる底の人、還って眼を具すや。本来人か否か、眼を具せばなをこれあり、眼を具せざれば、ごうが杜撰、さあどうだと云うのです。(能書き、あるいは勢いによって人を欺くとも、たとい何を云おうがです、もと罪状認否が面に書いてある、てめえがてめえに尻尾捉まれ、でなくば丹霞の禅床をひっくり返せ。端なくして、むうと黙ってちゃなんにもならぬ、自閉症です、あっはっは人みなこれ。忘我のみ端的。)僧無語。(つなげる駒走ることを得ず。和尚の眼と一般と、また答案問答をさ。)長慶保福は雪峰下、常に古人の公案を挙して商量す。飯をもって人に与えて喫せしむ。恩を報ずるに分あり。なんとしてか眼を具せざる。(ただ一半を道ひ出たり。飯を喫するはこれ、絵に描いた餅にあらず、仏仏に単伝して、まさに分に応じてこれが大恩を報ず、たとい通身是も偏身是も、一刀両断、必ずや手段あり、もう一枚脱するによし。)福云く、施者受者、二人ともに瞎漢、どめくらだって云うんです、(これまさに仏法ですか、一句に云い尽くすことは、他の三百代言には不可能、でもさ、相手長慶でもなくば、ちらとも通用しないよ。どあほ。)長慶云く、其の機を尽くし来たらんに、還って瞎とならんや否や。(初心にまったく帰って、惜しいかな好悪を知らずと、これ世間の人ただ首を傾げるばかり。なほ自ら未だ肯はず、なんの碗をか尋ねん、はたしてこれ是か、うっふう因みにわしのこと云われたかと思った。肯うものなきこれなんぞ。)福云く、我を瞎すると道ひ得てんや。そうけえ、おれをど阿呆だと云いたいんか。(二人まさにこれ草草の漢。竜頭蛇尾だ、話に発展性がないよもうちょっとわしを喜ばせておくれ。)

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