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2007年10月

2007年10月15日 (月)

へきがんろく

頌・呼ぶことは即ち易く、(天下の人総に疑著す。臭肉蝿を引き来る。天下の衲僧総に落処を知らず。)遺ることは即ち難し。(妨げず剿絶することを。海上の明公秀。)互換の機鋒子細に看よ。(一出一入、二倶に作家。一条の柱杖両人扶る。且らく道へ阿誰が辺にか在る。)劫石固うし来るも猶ほ壊すべし。(袖裏の金鎚如何が弁取せん。千聖不伝。)滄溟深き処も立てば須らく乾くべし。(什麼の処に向かってか按排せん。棒頭に眼有り。独り許す他親しく得ることを。)烏臼老烏臼老。(可惜許。這の老漢好悪を知らず。)幾何般ぞ。(也是れ箇の端無き漢。百千万里。)他に杓柄を与ふ太だ端なし。(已に言前に在り。ほとんど方に蔡州を打破すべし。好し三十棒を与ふるに。且らく道へ過什麼の処にか在る。)

呼ぶことは即ち易く、遺ることは即ち難し、蛇を呼ぶことはたやすく、これをやることは難し、あっはっはまあそんな具合ですか、仏教入門はたやすく、仏教を卒業することは、極めて難ですか、定州の法道這裏と如何と呼んで、即ち打つ。同じなら定州のもとへ帰れという、どっこいさようですかと引き下がらない、こりゃ猛毒の蛇、世の常瞎睡漢にあらず、目を開いたまんま眠っている、そうさなあたいていの人これ、棒頭に眼有り、草草に人を打つことなかれと。(天下の人総に疑著す、なんだろうっていうんです、仏教といううたいてい反対こと、常識の夢を破るんですか、臭肉蝿を引き寄せる、ちいっとそやつが行き過ぎた、烏臼の痛棒天下の衲僧落処を知らず、頭撫でられて大安心ってわけに行かぬ。)遺ることは即ち難し。(妨げず剿絶することを、ほんとうにすっからかんになれってんです、仏教の首枷をもってしゃば世間をおさらばしたら、次には首枷外して自由になりゃいい、海上の明公秀は蜃気楼ですか、自分というこやつも架空なれば、それを免れる仏法というのも蜃気楼なんです。すべてはてめえが作る。)互換の機、子細に看よ。(ここにまったく免れ出たただの人二人、こんなのは珍中の珍です、よく見よという、一出一入、一本に柱杖をもってす両人、他にないんかったってこれをもって十二分ですか、消得恁麼、かすっとも残らないんです、まずこんなこたないんです、老師は是こっちは不是、でもってまたって具合です、面白くない。)劫石固うし来るも猶ほ壊すべし、一劫はそうねえ四国くらいの大岩を、五百年に一度天人が舞い降りて衣にこする、でもってその大岩がなくなるまでっていんです、劫石これ。固いっていうのはこの僧ですか、烏臼ですか、わっはっは虚空が固いですか、だったらなんにも無くならない、てめえを持ったらそいつが失せる、どんなにかたくなだろうが無常の風です、吹き曝されるんです、仏だってまったく同じ。(袖に隠し持つ金鎚、千聖不伝はそりゃそんなものまるっきりないからです、ないもの金剛不壊=仏法です。)滄溟深き処も立てば乾くと、深浅卻って如何、これ無反省、いいやさ糠に釘ですか、悟ったら是か悟らずんば不是か、さあ面と向かって対決です、ことはそれから。(いずれの処に向かってか按排せん、按配そのもの、棒頭の眼おのれ知らず。)烏臼老、たいしたもんだこんなやつ滅多にいないおってね、うっふ。(惜しいかな、この老漢好悪を知らず、はいこれです。のべたん人間になれってこと。)幾何般ぞ、天下に何人あるか、(千万七通八達、なにをどうすりゃっていう、人間もとノウハウなし。)いやはや相手に棒を渡しちまうぞ、とんでもねえったら真似してみな。(ほとんど合に蔡州を打破す、方言に死して弔わず、また命を糸に掛けるが如くとさ、すでに言前にあり、逃げるな、物まねしようがしまいが三十棒。)

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2007年10月14日 (日)

へきがんろく

本則・挙す、僧、定州和尚の会裏より来たって烏臼に到る。烏臼問ふ、定州の法道、這裏と何似。(言中に響有り。深浅を弁ぜんことを要す。深竿影草。はなはだ人を瞞ず。)僧云く、別ならず。(死漢の中に活底有り。一箇半箇。鉄楔子と一般。実地に踏著す。)臼云く、若し別ならずんば、更に彼の中に転じ去れといって便ち打つ。(灼然。正令当行。)僧云く、棒頭に眼あり、草草に人を打つことを得ざれ。(也是れ這の作家にして始めて得ん。卻って是れ獅子児。)臼云く、今日一箇を打著といって、也又打つこと三下す。(什麼の一箇とか説かん、千箇万箇。)僧便ち出で去る。(元来是れ屋裏の人。只屈を受くることを得たり。只是れ機を見て作。)臼云く、屈棒元来人の喫する有る在り。(唖子苦瓜を喫す。放去又収来。点得し囘り来たらしむるとも何の用を作すにか堪へん。)僧身を転じて云く、争奈んせん杓柄、和尚の手裏に在ることを。(依前として三百六十日。卻って是れ箇の怜悧の衲僧。)臼云く、汝若し要せば、山僧汝に囘与せん。(知んぬ他阿誰か是れ君、阿誰か是れ臣。敢えて虎口に向かって身を横たふ。はなはだ好悪を知らず。)僧近前して臼の手中の棒を奪って、臼を打つこと三下す。也是れ一箇作家の禅客にして始めて得ん。賓主互喚、縦横時に臨む。)臼云く、屈棒屈棒。転。這の老漢什麼の死急をか著たる。)僧云く、人の喫する有る在り。(呵呵。是れ幾箇の灼柄か卻って這の僧の手裏に在る。)臼云く、草草に箇の漢を打著す。(両辺に落ちず。知んぬ他は是れ阿誰ぞ。)僧便ち礼拝す。(危きに臨んで変ぜず。方に是れ大丈夫。)臼云く、和尚卻って恁麼にし去るや。(点。)僧大笑して出ず。(作家の禅客天然の有る在り。猛虎須らく清風の随ふことを得べし。方に知んぬ始を尽くし終を尽くすことを。天下の人模索不著。)臼云く、消得恁麼、消得恁麼。(惜しむ可し放過することを。何ぞ劈背に便ち棒せざる。将に謂へり走りて什麼の処にか到り去ると。)

定州和尚は名を石蔵、神秀下三世。烏臼は馬祖の嗣。定州のもとから僧が来た、烏臼問いふ、定州の法道、這裏といかん、こことどうだと聞く。(深浅を弁ぜんことを要す、云うことは同じ、実際は雲泥の相違ってことあります、百人いれば百様、ちっとはおのれの為に資すか、弁道行脚はまさにこれ、深竿影草はさぐりを入れる、どうだと聞いて、一言すれば敵を知る、はなはだ人を瞞ずとは、嘘なんでか真なんですか、それとも。)僧云く、別ならず。同じだというんです、はたして。(仏法として同じだという、死体です、こうあるべきが堕在する、同じだがとこの僧、卻って聞く、おまえさんなにかあるんかい、示せという、わっはっはさあたいへんだ。)臼云く、別じゃないってんなら、定州和尚のもとへ帰れっと云って、打つ。(そりゃ当然です。このたわけがどんとやる。)僧云く、棒頭に眼ありっていうじゃないか、妄りに打つもんじゃなあいぞ。(こりゃまあけろんぱ、もし観念常識をもってするなら、百棒打って追い出す、どうもまったくそじゃないらしい。)臼云く、今日一箇を打著す、おっほう骨のあるやついたかといって、また打つこと三下。(なんの一箇とか説かん、千箇万箇、ひとりよがりの個人じゃないってところを見て下さい、清々打つことはかくのごとし。)僧すなはち出で去る。(元来屋裏の人、もとこれ本来人ですか、打たれ損、出で去るも機を見てなすと、これ屋裏の人を観念倒れと見ると、まったく同じに意味が通ずるから変だ、妄想また厄介。)臼云く、屈棒元来人の喫するあり、打たれて喜んでるやつもいらあな、どだい棒を喫する=人間てとこですか。(聾唖がにが瓜を喫す、なんとも表現方法がない、顔を歪めるんですか、仏=おのれを表わすはまさにこれ、とっつかまえるかおっぱなすしかない、点得して、虫ピンで貼りつけたってなんの標本ですかね、たいして役立たず。)僧身を転じて云く、しかたがない、棒はそっちにあるんだしさ。(なんの変化もない失敗作。利口な男ですか。)若しいるんなら、棒をわたすぜ。(どっちがどっちですかってわけです、虎口に身を横たえるこの僧ですか、烏臼ですか。はなはだ好悪を知らず、まさにこれ作家、双方独立人です。)僧、臼の手から棒を奪って、打つこと三下。(だからどうだって、うっふうどう思いますか、舌を巻く以外になんともはや、ではさ、あとは蛇足の付け足し。)臼云く、屈棒屈棒。(転、どうですかこの標本、なんの死急をか得たる、かすっともかすらないんですよ。)僧云く、人の喫するあり、あっはっは返事ですか。(幾箇の灼柄か、ひしゃくの柄ですか、千箇万箇のお返し、行ったり来たりってわけ、軽い。)臼云く、草草に箇の漢を打著す。(どあほうめが、妄りに打つなってさ。)僧すなわち礼拝す。してやったりですか。(危きに変ぜず、虎口を逃れるにこれ大丈夫。)臼云く、なんだそれっきりか、(点。あっはっはこれ。)僧、大笑して出ず。(天然のあるありですか、ちっとも変化しねえがな、はたしてそれでいいのか、清風無始無終。模索不著もこれはこれ風力の所転。)臼云く、消得恁麼、ふんくそったれって云うんです、忘れちまえってのはだれにか。(なんぞひっせきに棒ぜざる、背中打てってんです、走り出てこやついったいどこへ行く、いやさまさにそう思うです。)

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2007年10月12日 (金)

へきがんろく

第七十四則 金牛飯桶

本則・挙す、金牛和尚、斎時に至る毎に、自ら飯桶を将って、僧堂前に於て舞を作して、呵呵大笑して云く、菩薩子喫飯来と。(竿頭の糸線君が弄するに任す。清波を犯さず意自ずから殊なり。醍醐毒薬一時に行ず。是は即ち是。七珍八宝一時に羅列す。争奈せん相逢ふ者小なることを。)雪竇云く、然も此の如くなりと雖も、金牛是れ好心にあらず。(是れ賊賊を識り、是れ精精を識る。来って是非を説く者は、便ち是れ是非の人。)僧、長慶に問ふ、古人道ふ、菩薩子喫飯来と。意志如何。(妨げず疑著することを。元来落処を知らず。長慶什麼とかふ。)慶云く、大いに斎に因って慶讃するに似たり。(席を相て令を打つ。款に拠って案に結す。)

金牛は馬祖の嗣、斎時に至るごとに、飯台、おときです、ご飯になると、きまって飯桶をもって、舞いをなし、呵呵大笑して、菩薩子喫飯来と云う、菩薩さまが飯食いに来たと、こんなことできたらいいですね、痛快ですか、毎度こうするってのはなんですか、いえ為人のところ、さあ食えってんです。(竿頭の糸線君が弄するに任す、竿の先に糸くっつけて傀儡人形ですか、茹で蟹の七足八足です、自分で動いているのに、ただもう動かされているようなこんな感じ、でなきゃあ臭い芝居、鼻持ちならぬ一般芸ですよ、自分を観察しないんです、威儀即仏法とはこれです、坊主の我田引水じゃないんです、坊主かまあほんにしょーがないやな。清波を犯さず意自ずから殊なり、まさにそんなふうにです。醍醐毒薬一時に行ず。仏飯を喫するとはこれ、五観の偈があります、一つには功の多少を計り、彼の来処を量る。二つには己の全欠と忖って供に応ず。三つには心を防ぎ過を離れることは、貪等を宗とす。四つには正に良薬を事とするは、形枯を療ぜんが為なり。五つには成道の為の故に、今此の食を受く。まさに斎時に至るごとに唱えるこれ、はいクリアーしましたか、たった一つも是非の人卒業できんです、ないがしろにして生臭坊主ですか、すれば人格の破壊です、さあどうする。因に十重禁戒、不殺生戒、不偸盗戒、殺すなかれ、盗むなかれ、犯すなかれができますか、できなかったらそれで坊主終わりです、命がけで対処して下さい、これは神さまとの契約ではないんです、実にこうあります。醍醐毒薬一時に行ず、是は即ち是と、かすっともかすらないんです、跡形も残らぬときに、七珍八宝一時に羅列す、見事に舞いを舞うんです、飯桶かかえて呵呵大笑、できますか。)雪竇云く、しかもかくの如くなりとも、金牛これ好心にあらず、好き心でやってるんではないというんです、あっはっは蛇足、こうすりゃ人みな喜ぶ、みんな仲良く世界平和のうじ虫じゃないんです、花が咲き、月が照るのと同じ、まさにそのようにして生死あり、余計ことは地球を滅ぼす。(これ賊賊を識り、さすがは雪竇よく見ておるといんです、金牛この一箇をもって大衆雲衲を救う、精精を知る、大機大用です、精神とは何か、おのれという省みるなしです、さあこれを得て下さい、もとっこきれいさっぱりですよ。なを求めずんば露れず。是非を説くものはこれ是非の人。地球の荷厄介。)僧長慶に問ふ、菩薩子喫飯来と、意志如何。(まあさ疑問に思うことから始めておくれ、くさいものには蓋=てめえのこと。うっふっふ元来落処を知らず、さあどうする、なんて云うか。相変わらずいま一。)慶云く、大いに斎に因って慶讃するに似たり、万事めでたしって云うんですか。(相手によって令を行ず、相手とはてめえここが悪いって顔に書いてある、白状してやって来る、つまり罪状認否をハンコ捺してやりゃいいってんですか。ふん。)

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へきがんろく

頌・蔵頭白海頭黒。(半合半開。一手抬一手搦。金声玉振。)明眼の衲僧も会不得。(更に行脚すること三十年せよ。終に是れ人に汝が鼻孔を穿卻せらる。山僧故に是れ口偏担に似たり。)馬駒踏殺す天下の人。(叢林中也須らく是れ這の老漢にして始めて得べし。這の老漢を放出す。)臨済未だ是れ白拈賊にあらず。(癩児伴を牽く。たとひ好手なるも也人に捉へ了らる。)四句を離れ百非を絶す。(什麼と道ふぞ。也須らく自ら点検して看るべし。阿爺阿父に似たり。)天上人間唯我知る。(我を用ひて什麼か作ん。柱杖子を奪卻せん。或いは若し人無く我無く得無く失無くんば、什麼を将てか知らん。)

この問答みなこれ四句を離れ百非を絶する底の実際、仏教というノウハウですか、人間かくあり、かくあらねばならぬという不必要ですか、もと住すれば雲散霧消です、あなたはだあれと花に聞く、知らないと答えるんです、花は花の十二分、如来無心です、ただの人の日送り、達磨の不識に似て、雲の行く月の照りまさるんです、かつがつ自由の分があります。海頭黒蔵頭白これです、あっはっは黒白ありやなしや、うっふ有耶無耶うぞうもぞうの頭黒白もなし。こうありああありする、よきかな是。(半合半開、花のつぼみと咲き開くのと、一手抬一手搦、こうやってもたげるのと、ああやっておっぱなすのと、寸分の無駄もないんですよ、やってごらんなさい、自己反省のまったくない完全、はい赤ん坊の如く、金声玉振です。平和博愛なんてちんけなこと云わない、蔵頭白海頭黒。)明眼の衲僧も会不得。明眼の衲僧やってたんでは、はかに届かないんです、自知する以外にない、仏仏教という金縛りを免れるんです、金網を出る魚と、どうにもこうにもこれが難しい、難しいことはない、ただの生まれたてに帰ればいい、父母未生前のおまえさんの眉毛です、八万四千の経巻ただこれを説く、しかるにひっかかり首吊り、死体ばっかりごろごろ。(更に行脚すること三十年せよ、まずもって初心に返って下さい、すると人に鼻明かされて、あっはっははいそうでかってやってますよ、我今日倦労す、蔵主に問い去れ、はいまさにこれ答え、口へんたん、へんはコの反対っこの中に扁、へんたんで天秤棒です、口への字になって一言も云えないありさま、むうと押し黙る。)馬駒踏殺す天下の人、六祖、南嶽懐譲に云く、向後仏法、汝が辺より去らん、已後一馬駒を出して、天下の人を踏殺せんと。馬祖を予測したんです、たいへんなものが出た、(叢林中実に比類なし、この老漢を放出す、固有名詞なしって風ですよ、わかりますか、うっふ。)臨済未だ白拈賊にあらず。白拈賊大泥棒ですか、持ち物そっくり奪い取る、臨済一日衆に示して云く、赤肉団上に、一無位の真人有り。常に汝等諸人の面門に向かって出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ。時に僧有り、出て問ふ、如何なるか是れ無位の真人。臨済禅床を下って、趨住して云く、道へ道へ。僧無語。済托開して云く、無位の真人是れ什麼の乾尿楔ぞと。雪峰後に聞いて云く、臨済大いに白拈賊に似たりと。馬祖の機鋒もっとも臨済に過ぎたり。どんなへたくそでも完全に奪い去ればよし。(癩病です、死にいたる病とされていた、すなわち仏病、すでにして死ぬっきゃない、人を道連れですか、なんで礼拝せざると云われて、礼拝中に身心を脱す。でもってさ、臨済教になっちゃ、うっふう目くそ半かけ。)四句を離れ百非を絶す。(阿爺は江南で云う、阿だー父に多ー江北に云うと、まあさ好好爺ですか、一般の親父、ほんとうにこれ自知する以外になし、坐だけが証拠するんですが、坐という形骸を免れる、なんとも云いようにない、もとこれ。)天上人間唯我知る。(我を用いてなにかせん、柱杖子を奪卻す、あっはっはまさにこうしてごらん、人無く我無く得無く失無く、なんだわしんこと云うとるなあってさ、何をもってか知らん。)

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へきがんろく

第七十三則 馬祖四句百非

本則・挙す、僧、馬大師に問ふ、四句を離れ百非を絶して、請ふ師某甲に西来意を直指せよ。(什麼の処よりか這の話頭を得来る。那裏よりか這の消息を得たる。)馬師云く、我今日労倦す。汝が為に説くこと能はず。智蔵に問取し去れ。(退身三歩。蹉過するも也知らず。身を蔵し影を露す。妨げず是れ這の老漢、別人に推過し与ふることを。)僧、智蔵に問ふ、(也須らく他に一拶を与ふべし。蹉過するも也知らず。)蔵云く、何ぞ和尚に問はざる。(草裏より焦眉の大虫出で来る。也什麼と道ふぞ。直に得たり草縄自縛することを。去死十分。)僧云く、和尚教へ来たって問はしむ。(人の処分を受く。前箭は猶ほ軽く後箭は深し。)蔵云く、我今日頭痛す。汝が為に説くこと能はず。海兄に問取し去れ。(妨げず是れ八十四員の善知識、一様に這般の病痛を患ふることを。)僧、海兄に問ふ。(別人に転与す。臓を抱いて屈と叫ぶ。)海云く、我這裏に到って卻って不会。(とうーりっしんべんに刃ーとうたることを用ひず。さもあらばあれ千古万古黒漫漫。)僧、馬大師に挙似す。(這の僧卻って些子の眼晴有り。)馬師云く、蔵頭白海頭黒。(寰中は天子の勅。塞外は将軍の令。)

智蔵は西堂智蔵、海兄は百丈懐海、ともに馬大師の嗣。四句を離れとは、有と無と非有非無と、非非有非非無と、この四句を離れればその百非を絶すと、これインド人の思考ですか、四句にあいまって百非を作る。まったくもってすばらしい、そりゃもう思考錯誤うっふうもののありよう真実の底を抜けと、残念ながらさっぱりそうは行かぬで、こうして坊主やって来て、四句を離れ百非を絶して、祖師西来意如何と問う、問はれて答えない馬大師じゃないんです、どかんずばっとそのものを示す。(いずれの処よりこの話頭を得来る、どっからもってきたっていうんです、あっはっはまさにさ、いったいなんなんだと云いたくなる、たとい仏教ぎりぎりも百非を免れず、頭痛くなるんですよ、坐を得る、坐れるようになって坐っている、祖師西来意です、自分という架空ですか、形骸をはるかに絶して、うっふう出たり入ったりでもいいですよ、自然にこうあるんです、そこへ四句を離れ百非をもって来られちゃ、ぐわくたびれ、頭痛くなる、まあさそこらへんから、馬大師に接して下さい。)我今日労倦す、くたびれた、おまえさんの為に説くこと不可能、智蔵んとこへ行って聞け。(退身三歩、退いたっていうんです、蹉過することもまた知らず、ありようを説く、本来を示す、正令全提もまた蹉過了也。身を隠し影を露わすたって、てめえの弟子に責任転嫁ですかあ、わっはっははいごもっとも。)僧、智蔵に問ふ。(他に一拶を与える、これあって仏法は成り立っているんです、智蔵も海兄も答えぬわけには行かない、あっはっは面白いんです。てめえやってること知らなくたって、あるいはこれ同じ。)蔵云く、何ぞ和尚に問はざる。(草むらから焦眉の大虫、年とった虎が出て来た、やぶつっついたら蛇じゃなくって馬大師が出た、またなんと云うぞって、そんなこと関係ないがな、馬大師なしによって、自縄自縛の縄ふっきれ、死に去ること十分にして、始めて使えるんです。)僧云く、和尚教え来って問はしむ。(人の処分を受ける、てめえで縄つけた首を差し出す、一回目より二回目のほうがそりゃあ、ずっしり。)蔵云く、我今日頭痛す、汝が為に説くこと能はず、海兄に問取し去れ。頭痛がしてらちあかん、海兄のとこへ行けってたらい回しですか、こりゃ効くんですよ、四句を絶し百非を離れ云々経が、いっぺんに吹っ飛ぶ。うっふう吹っ飛ばなかったりして。(八十四員、馬祖下の善知識八十余りと云われる、ちえどいつもこいつも頭痛だと、あほくさ。)僧、海兄に問ふ。(別人に転与す、てめえのことを人に預けるんですか、臓を抱いて、めったら妄想知識、ああでもないこうでもないを包蔵して屈託です、屈と叫ぶ、こりゃまあ一般人みなこれですか、臭いものに蓋して、愛だのいじめだのやっている、しかも悪いのは世間など、あっはっはどうにもこうにも。)海云く、我這裏に到って卻って不会、いやそういうのはわからんというんです、はじめっからこれ答え。そうですわかりやすいところから入門、うは三十棒な。(とうとうは心に憂ふるさま、やっこさんに成り代わって、そりゃまあそうだわな、だからどうのやらない。道徳思想の後押ししない、同病相哀れむしない、いやさ気違いに肥やし与えない、そううさな千古万古黒漫漫、てめえに首突っ込んでるのは人間だけ、馬鹿くさいんです。)僧、馬大師に挙似、報告に行ったんですか、どうもこうも。(でもさ、この坊主、馬大師ごと面倒見ちゃったってえうっふ。)馬云く、蔵頭白海頭黒。(天子の勅に、将軍の令。はーい見事なもんですかねえ。)

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へきがんろく

頌・和尚有りや也未だしや。(公案現成。随波逐浪。和泥合水。)金毛の獅子踞地せず。(灼然。什麼の用処か有らん。可惜許。)両両三三旧路に行く。(咽喉唇吻を併卻して作麼生か道はん。身を転じ気を吐く。脚跟下蹉過し了れり。)大雄山下空しく弾指す。(一死更に更活せず。悲しむ可し痛む可し。蒼天の中更に怨苦を添。)

和尚有りや未だしや、どういうことですか、公案現成、ついに卒業したんですか、卒業したら忘れ去る、有るとは咽喉唇吻を併卻してかくの如しという、未だしやと問う、間延び漬け、(どうもこやつが問題です、仏の示す通りになったという、だからいい子いい子マルですか、はい百万年やっとれ、どこまで行ってもって、そりゃもうどこまで行ってもです、こんなの何十人いたって、およそ役立たず、波にしたがって浪を逐う、師家世の常の手段ですが、一発転覆を狙っているんです、波にしたがい浪を追うんではなんにもならない、和泥合水も、てめえ我利我利の皮っつらを剥ぐ、てめえなでなでじゃないんです。)金毛の獅子踞地せず、獅子はこれ金毛とさ、物を捉ふるに、牙を蔵し爪を伏して、踞地返擲す。物大小となく皆全威をもってす。その功を全うせんことを要すればなりと。はい自然にこれができるといいんです、たとい駄じゃれもジョークも全令を含む、真実以外にありえないんです、(灼然、はたして明々白々です、絵に描いた餅じゃないんです、たとい是は是だろうが、なんの響きもなく。)両両三三旧路を行く、あっちもこっちも、そんなんばっかりごろごろ、師家だの学者だのいう、一皮剥きゃただの我利我利亡者、てめえ失せてないんじゃただてめえの為にだけ、(作麼生か道はん、身を転じて気を吐くんです、杓子定規じゃない、錯によって錯につく、まずもって咽喉唇吻を併卻して下さい、踞地獅子。)大雄山下空しく弾指す、わっはっは毎日こやつの繰り返し、あーあ欠伸。(一死、ひとまずは死ぬんですか、我利を仏の道に捨てるんですか、しかも再活せず、さあ何故ですか、何故です、これ参然。心は一つ、一心ゼロ、すなわち無心です。無心如来ものみな、花あり月あり楼台ありです。悲しむべし痛むべし、仏教の傀儡、蒼天のうちにしかも怨苦を含む。ついにこれを得る、なんでこんなもののために大騒ぎ、ぐわお釈迦さまめ、なんという無残、はい無残の生涯、とんでもねえこやつをたとい一瞬恨もうが、次には空っけつ。)

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第七十二則 百丈雲巌に問ふ

本則・挙す、百丈又雲巌に問ふ、咽喉唇吻を併卻して、作麼生か道はん。(蝦蟆窟裏より出で来る。什麼とか道はむ。)巌云く、和尚有りや也未だしや。(皮に拈じ骨に著く。施泥帯水。前村に搆らず後店に迭らず。)丈云く、我が児孫を喪せん。(灼然として此の答得て半前落後なる有り。)

雲巌百丈に在って、二十年侍者と作る。のち道悟と同じく薬山に至る。山問ふて云く、子百丈の会下に在って、箇の什麼の事をか為す。巌云く、生死を透脱す。山云く、還って透脱するや也未だしや。巌云く、渠に生死無し。山云く、二十年百丈に在って、習気も也未だ除かずと。巌辞し去って南泉に見ゆ。のち復薬山に帰って、方に契悟す。百丈雲巌に問ふ、咽喉唇吻を併卻して、作麼生か道はん。(蝦蟆窟裏より出で来る、習い覚えた箇の有りようです、二十年侍者となって、生死を透脱す、渠に生死無しという、いいことは即ちいいんですか、だがいったいどこにそんなことが書いてあるんですか、ひきがえるになって後生大事する窟、穴ぼこですよ、まずもってこいつを追い出さにゃならん。さあ幾人窟裏より出ずる、一人半分遺憾ながら、そんなふうなのさへ見たことがない、仏という笠を被り、仏道という草鞋の紐をしめ、あっはっはお笑いだ仏飯を食らって、川原乞食の行行子でし、能無しの眠たし我れを行行子。今は葬式稼業の三百代言、いじましい鼻くそみたいのしかいやせんけどもさ。さあなんと云う、だから抜き、他の物差しを仮らずに答えりゃ、それでいいんです、たとい葬式坊主でもさ。)巌云く、和尚有りや也未だしや。(皮に拈じ骨に著く、参禅はまさにたいていこれですか、身心の辺に確かめる、いいの悪いの、どこまで行ってもやってます、糞食らえと脱出する、脱ぎ捨てる一人半分、咽喉唇吻を併卻してという、まさに登竜門です、さあ出てこい、飛び出せっていうんです、てめえを飛び出す、就中出来ない、和尚有りや未だしやという、間延び漬けやってるんです。見たふう聞いたふう乃至は参禅という泥、てめえという我田引水ですか、泥んまるけの自由自在、いえ泥も水も見えない、吹っ切れちまうんですよ、底をぶち抜くとはこれ。)丈云く、我が児孫を喪せん。(ぼかんとぶんなぐったってわけです、全面ふたげば跳出する、半前落後で存分に事足りる、はーいお釈迦さんには仏教はなかったんです。)

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へきがんろく

頌・和尚也併卻すべし。(已に言前に在り了る。衆流を截断す。)龍蛇陣上に謀略を看る。(須らく是れ金牙にして始めて七事身に随ふことを解すべし。戦に慣ふ作家。)人をして長く李将軍を憶はしむ。(妙手多子無し。疋馬単槍。千里万里。千人万人。)万里の天辺一鶚を飛ばす。(大衆見る麼。且らく道へ、什麼の処にか落在す。中れり。打って云く、飛び過ぎ去る。)

和尚また併卻すべしと、百丈をして、人無き処斫額して汝を望まんと云はしめる、こりゃまったく後先なく、気迫十分です。ちらとも省みるあればこうはいかない、百丈に痛棒を食らう、倒退三千。龍蛇の陣という、東は青龍、龍の陣。西は白虎、虎陣。北は朱鳥、鳥陣。南は玄武、蛇の陣という、孫子云く、首を打てば尾至る、尾を打てば首至ると、これ蛇陣など。已に言前にあり了る、衆流を截断すと、たといものみなこのようにあって、龍蛇陣上の謀略なんですか、和尚また併卻すべしと云い出る、なんと云ったって咽喉唇吻です、重囲をどう破るか、うっふっふ謀略です。金牙とは、大将軍が建てる旗ですとさ、七事は弓矢刀剣甲矛です、戦に慣う作家、悟り得て七通八達も、百戦錬磨が必要ですか、くわ面倒くさ一昨日おいでってほうが、わしの性分だあさな、あほにしてやられてふわーいてなもんの。百丈の重囲を破ること飛騎将軍の、敵前を脱するがごとく、李将軍は弓の名手だった云々と、単騎よく逃れて千万里、開けて人を導くこと、千万人。そりゃ後続同じこと云って、庭前の柏樹子やっても、坊主猿芝居の愚。鶚はみさご、魚をよく捕らえるわしたかの仲間。これは斫額して汝を望まんと、万里の天辺に放つわけです。大衆見るやと、一将きわめて得難しです、そこそこ仏教だの悟りだのいう、うるさったい鵜合の衆ですか。馬大師野鴨子ですか、飛び去って行く、あれはなんだ、わしですってさ。いずれの処にか落在す、中れりという如何、いったいおまえさんは何をしているんだ、さあどかんと答えておくれ。)

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2007年10月 3日 (水)

へきがんろく

第七十一則 百丈五峰に問ふ

本則・挙す、百丈復五峰に問ふ、咽喉唇吻を併卻して、作麼生か道はん。(阿呵呵。箭新羅を過ぐ。)峰云く、和尚也須らく併卻すべし。(旗をひき鼓を奪ふ。一句截流万機寝削す。)丈云く、人無き処斫額して汝を望まん。(土曠に人稀にして相逢ふ者少なり。)

五峰常観、百丈の嗣。これ前の一則に同じ、看よとさ。たとい同じだろうが千差万別、行方定まらずかといって、これ主中の主。咽喉唇吻を併卻して、さあ云えという、なにほどのこともないんです、だからどうの、だってもおれはという、ぴよぴよひよこの云い分がないのです、無条件生きです、あるいはまったく死んじまっているんです。死ねというと死に切れぬという、どうしてもわずかに残るという、もう一歩進めて下さい、百尺竿頭です、自分という手足咽喉唇吻を手放すんです、仏という後生大事を捨てる、仏という他山の石を捨てたって、そりゃらごの跡継ぎ坊主です、求道心のない連中は、そりゃ問題にならんです、一歩を進めようにも、どっ汚いったら糠に釘。坊主じゃないっていう前に人間失格ですか、さあ作麼生か道へ。(阿呵呵、どあほって云うぐらいの、呵呵大笑ですか、箭新羅を過ぐ、一昨日おいでって云うんです、なぜか。)峰云く、和尚またすべからく併卻すべし。てめえなきゃ相手しかいないって、身も蓋もない事実を、なんたってそうは簡単に手に入らないんです、どこまで行っても仏あり修行あり、ちったあいいといい、退歩の術ありです、まったく失せる、昨日の我れを200%外して行く、これすなわち修行ですか、しゃば人間の歩一歩とはまるっきり違う、うっふっふ根も葉もないんです、これ波風を起こすなと、胸倉とって五峰たるもの、旗をひき鼓を奪う、ひくはてへんに免三つ、引っ張り取るんですか、太鼓も旗も戦を指揮する、そいつをめちゃんこにしちまう、一句切断すりゃ、万機のべたんおしまい。)丈云く、人無きところ斫額して汝を望まん、斫額するという、額を折るんですか、登竜門を通らなかったら、額にばってんつけて、泥んこの水にうろこ剥げちょろこけて横たわると、もとなんにもなしに帰るとは、なんにもなしがあるんじゃないんです。俗流一般と同じ、金欄のお袈裟の他に箇の何をか伝ふると聞いて、倒刹折竿著、三日耳を聾するんです。てめえという拠って立つ処なし、これがどんなことかたいていは夢にも見ぬ、はじめて一箇、ぱあっと開けるなんてものじゃないんですよ、あっはっは一句截流万機寝削ですかあ。(まるっきり人っ子一人いないんです、早くあとを継げという、跡継ぎいたっていう百丈、わしは未だになし。)

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