« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月

2007年8月30日 (木)

へきがんろく

第六十二則 雲門形山に秘在す

本則・挙す、雲門衆に示して云く、乾坤の内、(土曠に人稀なり。六合収むることを得ず。)宇宙の間、(鬼窟裏に向かって活計を作すことを休めよ。蹉過了也。)中に一宝有り、(什麼の処にか在る。光生ぜり。切に忌む鬼窟裏に向かって覓むることを。)形山に秘在す。(拶。点。)灯籠を拈じて仏殿裏に向かひ、(猶ほ商量しつ可し。)三門を将って灯籠上に来たす。(雲門大師是なることは即ち是、妨げずごうー言に肴ー訛なることを。猶ほ些子に較れり。若し子細に点検し将ち来らば、未だ屎臭の気を免れず。)

乾坤の内宇宙の間、中に一宝有り形山に秘在す。形山とは四大五蘊肉体のこと、これ肇法師の宝蔵論の数句なりと、肇維摩経を写して、老荘の未だ妙を尽くさざるを知り、羅什を礼して師となす。一日難に遭い、刑に臨んで七日の猶予を乞い、宝蔵論を造る。これたしかにみな宗門の説話と符合す、かつてこれを得るか論のものか、今雲門これを用いる、乾坤の内、(このとおりはるかにこうあるんです、見聞覚知のとおりです、では悟る悟らぬに拠らぬ、ではいったい何か、土はるかに人稀なりという、いったん自分という五紜こんぐらかりコングロマリットを去って下さい、見聞覚知即ちこれ、かすっともかすらないんですよ、生活そのものです、六合とは天地四方です、収めること不可能、まさにこれ。)宇宙の間、(鬼窟裏に向かって活計をなすことを休めよ、どうしてもこれをやるんです、平らかに行かない、仏とはおのれとは、こうすべきだだからといって、平地に穴を穿つ、どうやったら座禅になるかといって、七転八倒する、そうしている間は座禅にならない、自分がやっている、そいつを休めればもと乾坤宇宙なんです、推量するに従い、宇宙も物理も不毛の禿頭、あるいは科学というものの即ち不始末です、中にあって暮らし尽くすこと、真相とはこれ、過ちを知って手つかずになる、自ずから只管です、まるっきりただ。)中に一宝有り、(どこにあるんだい、光明を放つってさ、そうかいそりゃ丁重。そりゃまたしかに、宝と云わんきゃならん理由。)形山に秘在す、おまえさんの中にあるよってさ、云うに云われぬ理由。(どうじゃ、これを知ってこれを用いること。)灯籠を拈じて仏殿裏に向かい、どうですか、本堂伽藍と灯明ですよ、じゃことはそれっきりないんです、乾坤宇宙まさにこれ。(なほ商量しつべし、いやさ四の五の云わない、伽藍堂と云ったら伽藍堂。)三門は山門と同じ、をもって灯籠上に来たす、はいあなた自身これ、形山に秘在せる一宝。ええまったく他にないんです、唯一無二の宝。(雲門ごうが、いい加減杜撰ていうんですか、物差しで計った正解より、よっぽど間違いないんですか、へったくそって云われたり、あっはっは。未だ屎尿臭い=抹香くさいと同じですか、まあさ是は是。)

| | コメント (0)

2007年8月29日 (水)

へきがんろく

頌・野老従教眉を展べざることを。(三千里外箇の人有り。美食飽人の喫に中らず。)且く図る国家雄基を立することを。(太平の一曲大家を知る。行かんと要すれば即ち行き、住らんと要すれば即ち住まる。尽乾坤大地是れ箇の解脱門。汝作麼生か立せん。)謀臣猛将今何にか在る。(有り麼有り麼。土曠かに人稀にして相逢ふ者少なり。且く点胸すること驀れ。)万里の清風只自知す。(傍若無人。誰をしてか掃地せしめん。也是れ雲居の羅漢。)

眉を展べざる、顔をしかめて心配そうにすること、従教さもあらばあれと読む。南泉衆に示して云く、黄梅七百の高僧、尽く是れ仏法を会する底の人、他の衣鉢を得ず。唯蘆行者のみ有って、仏法を会せず。このゆえに他の衣鉢を得と。又云く、三世の諸仏有ることを知らず、狸奴白狐卻って有ることを知ると。野老或いは顰蹙し、或いは謳歌す。あっはっはどういうこったかわかりますか、なんかこりゃマスコミ流ですか。そう云えば六祖禅師はマスコミ受け。(三千里外箇の人有り、三千里の外にあるっていうんです、マスコミはおろか一般の手が届かぬ、浪花節流でもなければ、美食飽人の喫する能わず。)且く図る家国雄基を立することを、この法王、世界に向かってメッセージなんてことしないんです、博覧強記でもなく、英語もドイツ語もまあたいてい知らないんです、ただ嘘をつかない、真実そのもの、いたって箇です、すなわち家国雄基を立する、あるときまさにこうならんきゃ嘘です。(太平の一曲大家を知る、自分の他にはまったくないんです、第一人者、独立独歩人です、行住坐臥これ、箇の解脱人、汝そもさんか立せん、はいこれ大問題ですよ。)謀臣猛将今いずくにか在る、なにしろ必死にぶち抜くんです、こうやりゃこうなるなんて寝言たわごとじゃ届かない、思いつく限りのそれ以上のことをやる、死ぬなら死んでみろ、世界中めちゃんこの猛将です、でもってそれが失せる、今いずくにかある。(有りや有りや、無いわけはないんです、謀臣猛将これなんぞ、日常茶飯ですか、いいえちらとも見えず、土はるかにあい会う人稀なり、そりゃまったくその通り、点胸は、てめえの胸指さしてどうだっていう、自慢するんです、そりゃあるときそうするはな。唯一人者。)万里の清風自知す、でもって大安心ですか、灑灑落落は他にまったくいらんのです、威張るなんてえけちなことしない、雪月花若しくはこれ。(傍若無人、雲居の羅漢は自負すること、はいはーい珍重。)

| | コメント (0)

2007年8月27日 (月)

へきがんろく

頌・柱杖子乾坤を呑む。(什麼と道ふぞ。只用ひて狐を打たん。)徒に説く桃花の浪に奔ると。(向上の一竅を撥開すれば、千聖斉しく下風に立つ。也雲を拏ひ霧を攫む処に在らず。説き得て千遍満遍せんより、如かじ手脚籠一遍せんには。)尾を焼く者も雲を拏ひ霧を攫むに在らず。(左之右之。老僧只管看る。也只是れ一箇の乾柴片。)腮を曝す者も何ぞ必ずしも胆を喪し魂を亡ぜん。(人人気宇王の如し。自ら是れ汝千里万里。争奈せん悚然たることを。)拈了也。(慈悲を謝す。老婆心切。)聞くや聞かずや。(草に落つることを免れず。聞くことを用ひて什麼か作ん。)直に須らく灑灑落落たるべし。(残羹そうー食に叟ー飯。乾坤大地甚の処よりか得来る。)更に粉粉紜紜たることを休めよ。(令を挙する者先ず犯す。相似に汝が頭上に到る。打って云く、放過せば即ち不可。)七十二棒且く軽恕す。(山僧曾て此の令を行ぜず。令に拠って行ず。頼に山僧に値ひ得たり。)一百五十君を放し難し。(正令当行。豈に只恁麼にし了る可けんや。直饒朝打三千、暮打八百するも、什麼を作すにか堪へん。)師驀に柱杖を拈じて下座。大衆一時に走散す。(雪竇竜頭蛇尾にして什麼か作ん。)

柱杖子乾坤を呑む、大用現前規則を存せず、自分というこのものがまったく無くなるんでしょう、なくなるを見ている者がない、大自在を得るんです、天上天下唯我独尊事は、だからといってふんぞりかえる、なにかしらであると見做すんではないんです、これが他の諸宗あるいは思想道徳とまったく違うんです、おのれをなにかしらと見做す、乾坤に呑み尽くされていない、参禅は自らを観察しない、いいのわるいのしない、これが出来なければ座禅にならない、わかっちゃいるけど就中どうにもこうにもってね、三十棒七十二棒、ともあれぶっ叩いてぶっ叩いてさ、はーいどうしようもなし。(なんと云うぞ、この杖ただ用いて狐たぬきの類を打たん、はいその通り。)徒らに説く桃花の浪に奔ると。けだし兎門に三級の波有り、三月に至るごとに、桃花の浪みなぎる。魚よく水に逆らって躍って浪を過ぎる者は、即ち化して龍となる。雪竇云く、たとい化して龍となるも、またこれ徒に説くと。(向上の一竅と、仏はこうである、かくなってこそと開き直る、これ一竅穴ぼこです、そんなことあるわけがない、知らぬもっとも親切、知っている分が嘘です、如来ぽっかり咲いた花、見れども飽かぬ山河大地、極楽浄土などいう汚れじゃないんです、さあてさ人間だけが嘘の醜悪、たとい雲を掴み霧をひっ攫をうと、説き得て千遍万遍するよりは、手脚羅籠ただこれ。)尾を焼く者も雲を拏ひ霧を攫むに在らず、魚兎門を過ぎれば、自ずから天火ありて尾を焼き、雲を拏らひ霧を攫って去ると、雪竇の意は、たとい化して龍となるも、雲をつかみ霧をひっさらう者にあらずと。腮を曝す者も何ぞ必ずしも、肝を喪し魂を亡ぜんと。兎門を透過せざる者は、点額して、額にばってんを付されて囘り、死水砂石に困じて、その腮を曝すと。清涼法眼、華厳大観の序に云く、積行の菩薩、なを腮を龍門に曝すと、よくよくこれを鑑みて下さい、何事が問題になっているんですか、悟を得る得ないではない、仏とは何か、おのれはどうあるべきかという、まったくそれ以外にないんです。(ただ一箇の枯れ柴に過ぎぬ、乾坤を呑卻し終わること如何、左右これ。)腮を曝す者もなんぞ必ずしも肝を喪し魂を亡ぜん。(一寸の虫にも五分の魂、どこへどう転んだっててめえ主なんです、だったら救え、悚然たるは悚然たるをもってする、皮一枚剥ぐによし、他なし。)拈了也、聞くや聞かずや。(慈悲を謝す、救いの手を差し伸べるんですか、龍になれなかったこのもの全体、はい救い終われり、老婆心切。草に落ちることを免れず、じゃうっふどうしようもないさ。)直にすべからく灑灑落落たるべし。(自分失せるにしたがいこれ、いいのわるいのだからどうのいう、そいつが消えるんです、たとい竜頭蛇尾も関係なく、乾坤大地さらに不要。)更に粉粉紜紜たることを休めよ。(令を挙さないんですか、挙するんですか、あるときは挙し、あるときは挙さず、なあにさもとからただの人、ものみな有耶無耶うっふ。)七十二棒且く軽恕す。(ぜんたい。打っても打たずともなあ。)一百五十君を放し難し。(まさにこれ。)師驀に柱杖を拈じて下座。大衆一時に走散ず。(あっはっは。)

| | コメント (0)

2007年8月26日 (日)

へきがんろく

第六十則 雲門柱杖化して龍と為る

本則・挙す、雲門柱杖を以て衆に示して云く、(点化は時に臨むに在り。殺人刀活人剣。汝が眼晴を換卻し了れり。)柱杖子化して龍と為り、(何ぞ周遮することを用ひん。化することを用ひて什麼か作ん。)乾坤を呑卻し了れり。(天下の衲僧性命存せず。還って咽喉を礙著する麼。闍黎什麼の処に向かってか安心立命せん。)山河大地、甚の処よりか得来る。(十方壁落無く、四面亦門無し。東西南北四維上下。這箇を争奈何せん。)

雲門柱杖を以て衆に示して云く、柱杖子化けして龍と為り、乾坤を呑卻し了れり、山河大地甚の処より得来る。柱杖、柱はてへんです、杖です、見ろこやつが龍となって乾坤を丸呑みしちまった、山河大地いずれの処より得来る、さあどうなっているんだというんです。さあどういうことですか。杖が龍となるってなんのこっちゃ、てめえ食われるじゃないかって、乾坤を呑卻するんです、てめえまるごと消えちまうです、だったらどうなる、獰龍ばっかりの天地、はてなあ天地も呑卻すとある、ではいったいぜんたいー。あっはっは面白いんでしょう。参ずるとはこういうふうにやるんです。柱杖を以て衆に示して云く、(点化、これだと示して云う、ではこれっきりになって下さい、時に臨むとは他なしです、比較検討しないんです。龍と化すんです。うわあこれだと大死一番大活現成。常識歴史来し方行く末がいっぺんに吹っ飛ぶ、如来現ずるを待つ、すなわち人生とはこれ、如来を渇仰するか、現じているかの二つに一つです。)柱杖子化して龍と為り、(周遮は迂回の義、もってまわること、龍を用いて何かせん、あほなことやっとるなと云うんです、直接で存分です。)乾坤を呑卻し了れり。(天下の衲僧性命存せず、まったく自分に用なしなんです、就中これがわからない、如何なるか是れ道と求めて、まがきの外と聞く、垣根の外にはアスファルトの道、はあっと気がつくわけには行かぬようです。てめえの垣根を取り去るとは、山河大地だけです、死んでから七年めのおまえさんというと、龍と化けないんですか、だれも忘れ去ってなんにもないの新聞記事。わが求めるは大道なりと云って、いいことしいの三重丸ですか、大道通長安。さあ乾坤に呑卻し尽くされましたか、未だしと、ふうなーんてこった、外に向かって参ぜよという、すると内があったり。咽喉を礙著せん、自分失せるにつれ咽喉にひっかかる、あっはっはどうってこたないですよ、一歩を出でよ、いずれの処に向かってか安心立命せんと、そんな用はないんです、まあさてめえを如来に預けてごらんなさい、預ける自分がなくなるんですよ。)山河大地、いずれの処よりか得来る、不可思議なんです、ぴったり行くんです、自分=山河大地の、しかも自覚なしの覚。(十方壁落無く、四面亦門無し、悟ったよという風景じゃないんです、境地だの天才だのの入る余地がないんです、金剛不壊疵なしの玉。)

| | コメント (0)

2007年8月25日 (土)

へきがんろく

水灑げども著かず、風吹けども入らず、虎のごとく歩み、龍のごとく行く。趙州の風貌かくのごとく、良寛さんのありようも、まさにどっかそんなふうです。常識歴史から食み出して、なをかつ常識歴史のまんま、とやこう批判やあげつらうことしない、人間から出外れて、まったくの人間です、一挙手一投足面白いんですか、あるがまんまと人みなの云う、まったく関係ないんです。(何をか説く、自説も仏説もない、大深遠生とはただの人、底なしが人生、あいともに語る人なし、あいともに語る必要がないんです。)風吹けども入らず、無風なんですか、いいえ滞るなし、暖簾に腕押しほどの、跡もつかず。(虚空のごとくに相似たり、虚空そのものになり終わってのちの修行です。硬くってかちかちだとさ、おもねる付和雷同みたいななんにもない、良寛さんもそうであったな、空を望んで啓告す、ただの人がただの人ではないことを知って下さい。)虎歩龍行。(他家自在を得たり、突き放すんです、捉えることをしない、思い込み独善の分が微塵もないんです、わかりますかこれ、触れるものみな解き放す。これ仏。)鬼号び神泣く、この僧ただ一場の麼羅大恥かきしたってだけでなく、鬼も叫び神も泣く、でなかったらなんの日送りぞ。うっふう行ったり来たり。(大衆耳を掩う、どうしようもないんです、咬み難く捉えがたし、草のようにのべふす、闍黎、雪竇われらも御同様さまですかって、あっはっは。)頭長きこと三尺、知んぬ是誰ぞ。僧、洞山に問ふ、如何なるか是れ仏、山云く、頭長きこと三尺、首長きこと二寸と。 わっはっはまさに良寛さん、彼に出会えばまさにこの感想。(怪物ですかね、箸にも棒にもかからんです。いずれの聖人=らしいのきちがいとは無縁。宗教者というおぞましさ、もっともろくでもないもの、ありがたやのうじむし、右の頬を打たれれば左を差し出せとべったり取っ付く、うわたまらん。使徒という虎の威を借る狐。人間が宗教を卒業したら、はじめていっちょう前。)相対して無言独足にして立つ。思い込みひとりよがりをもって説得という、うるさったいことをしない、しかも宇宙の中心です、ただこれ。(咄、頭を縮めて去る、はいはいってなもんです、わしとこそんなありがたいことしてませんのでー、僧堂の門前払いですか、一著を放過す、創加学会だの、門徒だ既成諸宗いんちき宗教、みなまさにどうにもこうにもです、ほんとうがないから数を頼んでってだけの、思い込みご利益、山しょうは一本足のお化け、すだま。そうですなあ宗教者と比べて下さい、どっちがろくでもないんですか、でもさ、ほっとくってわけには行かない、くっさあほっとけ。)

| | コメント (0)

2007年8月24日 (金)

へきがんろく

第五十九則 趙州只這の至道

本則・挙す、僧、趙州に問ふ、至道無難、唯嫌揀択。(再運前来。什麼と道ふぞ。三重の公案。)纔かに語言あれば是れ揀択。(満口に霜を含む。)和尚如何が人の為にせん。(這の老漢を拶著す。カ。)何ぞ這の語を引き尽さざる。(賊は是れ小人、智君子に過ぎたり。白拈賊。賊馬に騎って賊を追ふ。)僧云く、某甲只念じて這裏に到る。(両箇泥団を弄する漢。箇の賊に逢著す。だー土に朶ー根敵手し難し。)州云く、只這の至道無難、唯嫌揀択。(畢竟這の老漢に由る。他に眼晴を換卻せらる。捉敗了也。)

趙州云く、至道無難、唯嫌揀択、纔かに語言有れば、是れ揀択、是れ明白。老僧は明白裏に在らず、是れ汝等還って護惜すや也無しやと。時に僧有り問ふて云く、既に明白裏に在らずんば箇の什麼をか護惜せん。州云く、我も亦知らず。僧云く、和尚既に知らずんば、什麼としてか明白裏に在らずと道ふ。州云く、事を問ふことは即ち得たり。礼拝し了って退け。わずかにもの云うあれば、取捨選択により、あるいは明白である、どうですかこれ、人間の議論、善いの悪いの、喧嘩や戦争の原因、平和だという明白にして、争いを起こすこと、よくよく見てとって下さい。余は明白裏にあらず、わたしというものがない、主義主張によらないただの人、元の木阿弥です。よくよく考えて下さい、たいていそんなこと不可能なんです、なぜか。汝らかえって護惜すや否や、どうしても何かしら欲しい、自分という立身出世です、はじめにわざありき、言葉ありきです、でないとなんにもならない、なんにもならないはおぞましい、いやだという。さあよくよく知って下さい、おのれとは何か、うっふう答えを得たいんでしょう。僧あり問ふ、すでに明白裏にあらずんば、箇の何をか護惜せん、ほうら護惜しているんですよ、我れもまた知らず、知らないんですよ、てめえを露呈するだけなんです、やりこめたって糠に釘です。すでに知らずんばなんとしてか明白裏にあらずと云う、論理じゃこういうことになるんです、馬鹿ったいです。事を問ふことは即ち得たり、しょうがないやつめ、礼拝しおわって退れ。大趙州です、こそっともせんです。至道無難唯嫌揀択。(さあまたやって来た、この僧未だしですか、なんと云うつもりだ、無難なら生まれる前のお茶の子さいさい、揀択なら問うことなし、かれに問うんですか、てめえにですか、いやあなたに、何を。)わずかに語言あれば是れ揀択。(満口に霜を含む、霜を溶かして下さい、うっふふ。)和尚如何が人の為にせん。こりゃま小人、てめえというものあるが故に、にっちもさっちも行かぬ。(老僧を拶著するっとは、カ。)州云く、なんぞ這の語を引き尽くさざる、ただ憎愛無ければ洞然として明白、老僧は明白裏にあらずと、まあさ、云ってみればみーんな答えは出ているってふうのさ、(君子の智恵ですか、けちくさいって云うんです、みんな仲良く平和に、満口に霜を含むこと再三、白拈賊はすり、すりの上前刎ねるってなわけの、いいことはいいからのキリスト教も、人の財布で勝負ですか、どうにもこうにも醜悪。)それがし只念じて這裏に到る、これが嘘なんです、一心に考えたと云いながら借り物、醜いんですよ、まずもってこれを知る、(両箇泥団を弄するの漢。わっはっは大盗人に出会ったですか、君子じゃない、わけのわからんコングロマリットに根っこ張ってては敵対し難し、ただの人にはお手上げ。)州云く、ただ這の至道無難、唯嫌揀択。ほんとうに人の為を知る、自分という囲いなければなんです、これしか方法はないんです、すべての人が幸せにならなければ個の幸せはないんじゃなくって、一箇光明なれば四維を照らすんです、世の中をよくする方法はたったのこれっきゃないんです、よくよく行じて下さい。(まあさ趙州でなければ、この説得なしと、そんなこたあない、人みなこれあって他なし。)

| | コメント (0)

2007年8月19日 (日)

へきがんろく

第五十八則 趙州分疎不下

本則・挙す、僧、趙州に問ふ至道無難、唯嫌揀択と。是れ時の人のかーうかんむりに巣ー窟なりや否や。(両重の公案。也是れ人を疑はしむる処。秤鎚に踏著すれば硬きこと鉄に似たり。猶ほ這箇の有る在り。己を以て人を方ぶること莫れ。)州云く、曾て人有って我に問ふ、直に得たり五年分疎不下なることを。(面の赤からんより語の直からんには如かず。胡孫毛虫を喫す。蚊子鉄牛を咬む。)

至道無難、唯嫌揀択、道に至るに難無し、ただ揀択を嫌う、いいわるい、こうすべきだなど云わない、ただ憎愛無ければ、洞然として明白なりと。如何なるか是れ不揀択、天上天下、唯我独尊と。どうですかすんなりとはいそうです、その通りですと云えますか。たといその通りだとして、透過できますか、どこがいったい無難なんですか、おれには到底不可能だなと、直に得たり、五年分疎不下。言い訳が出来ぬ、答えられぬ、取りつく島もないんですか、取りつく島もなし=はいあなた自身と、どうですか、趙州の意作麼生。時の人のか窟なりや否や。なんてえ質問ですか、わっはっは答えて云く、曾て人有って我に問ふ、直に得たり五年分疎不下。はいあなたですか、そっくり照らし返す、明鏡亦台にあらず、がーんと棒喝よりいやさ効果なんてもんじゃないです。この問題我と我が身心にあり、他の介入とはまさにこれ、趙州来る、逃げも隠れもできない、(両重の公案とな、まだるっこいことを云ってないんです、てめえ疑いあれば人を不安にさせるのみ、だからといって秤鎚一寸刻みも、うわっと吹っ飛ぶ、わっはっはたいていの人趙州を見ずに、てめえの醜悪を見る、はいおまえと指し示す、急転直下底なし。)赤面して正直を得る、もしやまあ至道無難、胡孫毛虫を喫す、胡孫は猿だってさ、猿が毛虫を呑吐不下、まずは一00人喫する能わず、いやんなっちまうぜ、しゃあない勝手にさらせ、ぴーこぴーこ蚊の泣くようなことまくしたてやがってさ、あほらし。うふ。

| | コメント (0)

2007年8月16日 (木)

へきがんろく

頌・君が為に放出す関中の主。(中れり。当頭に蹉過す。退後退後。)放箭の徒莽鹵なること莫れ。(一死再活せず。大いにごうー言に肴ー訛。過ぎ了れり。)箇の眼を取れば兮耳必ず聾す。(左眼半斤。一著を放過す。左辺前まず右辺後れず。)箇の耳を捨つれば兮目双べ瞽す。(右目八両。只一路を得たり。進前する則んば坑に堕ち塹に落つ。退後する則んば猛虎脚を銜む。)憐む可し一鏃破三関。(全機恁麼に来る時如何。什麼と道ふぞ。破也堕也。)的的分明なり箭後の路。(死漢。咄。打って云く、還って見る麼。)君見ずや、(癩児伴を牽く。葛藤を打し去る。)玄沙言へること有り兮。(那箇か是れ玄沙にあらざる。)大丈夫天に先って心の祖と為ると。(一句截流万機寝削。鼻孔我が手裏に在り。未だ天地世界有らざる已前、什麼の処に在ってか安身立命せん。)

帰宗智常に長頌あり、帰宗事理絶云々の中に、棄箇眼還聾。取箇耳還瞽。一鏃破三関。分明箭後路。可令大丈夫。先天為心祖。とあって、これを用いる。宗に帰する事理を絶す、ものみなのまっただ中です、事理を尽くす以前に実際です、すなわちこれを知らんけりゃどうもならんです。無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法という、眼を捨てればかえって聾、耳を取ればかえって瞽。あっはっは面白いですねえ、目で聞き耳で見るほどなら、たいていだれでもでみますよ。一鏃破三関は、ただこれ自分という仮設を木端微塵です、もとないものを後生大事。分明に見るんです、箭の通った後ですか、箭を射る者も箭もなし、何をどうして何とやらの、関係学を払拭する、点と線ではなく個々別々。すなわち大丈夫、天にさきがけて心の祖となる。はいこれ。君が為に放出す関中の主。君というのは天子ですか、天子というのはあなたですか、たとい関中の主という、手足になり策謀する官人です、坐っていて、必ずこあるべきいや違うをやっている、そいつが失せるんです、おのれというそのおのれも知らず、すなわちこれ至心帰依。(中れり、まさに中るんですよ、当頭に蹉過す、入頭の辺領に四の五のやっている、そいつが失せる、退歩の術です、自分というでしゃばりをなくして行く、ただこれ。)放箭の徒莽鹵なることなかれ、微妙この上ないんです、莽鹵は愚かしく粗暴なること、こうあるべきだからこうだというそれ、自らを運んで悟ろうとする、莽鹵です、万象のすすみてこれを証するを、まさにこれ。(一死再活せず、わずかにこれを得る、死ぬるよりないんです、はい死んだものは蘇らんです、ごう訛、うっふどうしようもないんです、善人一般の顰蹙を買うだけ、過ぎ了れり、人間を卒業する。)箇の眼を取れば耳必ず聾す。(一著を放過すれば全体通ずと、こうやるべきといってはやる、それを見ているものあれば即ち不可。シーソーのぎったんばっこんではしょうがないですよ。)箇の耳を捨つれば目双べ瞽す、瞽は盲、ぜこの瞽。(ただ一路を得るという、しでに深坑に堕す、深坑のみのとき深坑なし、ちらとも顧みるあれば、猛虎に足をくわえられ。あっはっはこれ坐る人、よくよく知るんです、ざまあみろってね。)憐れむべし一鏃破三関。(いいからやってごらんなさい、什麼と道うたって道うに道う者なし、破家散宅。色不異空と、まずはてめえ屋敷の敷居を跨いで下さい、即ち外の空気吸うっからかな。)君見ずや、(癩病やみがひきつれ歩く、玄沙和尚常に、大丈夫天に先だって心の祖となるの語を用いた、だれかこれ玄沙にあらざる、提婆宗は仏心宗と、他の諸宗をただこれ迷妄と顧みぬところ、よくよく見てとって下さい、諸悪莫作とはまさにこれ、うっふう癩病やみになるっきゃないでえ。)玄沙言へること有り。大丈夫天に先だって心の祖となると。(ただの人、一句截流万機寝削、はいただこれを味わって下さい、うっふうまるっきりのひとりぼっちだよ、孤独なんてけちなネタじゃないんです。)

| | コメント (0)

2007年8月13日 (月)

へきがんろく

第五十五則 道吾漸源と弔慰す

本則・挙す、道吾漸源と、一家に至って弔慰す。源棺を拍って云く、生邪死邪。(什麼と道ふぞ。好し惺惺ならず。這の漢猶ほ両頭に在り。)吾云く、生とも也道はじ、死とも也道はじ。(龍吟れば霧起こり、虎嘯けば風生ず。帽を買ふに頭を相ず。老婆心切。)源云く、什麼としてか道はざる。(蹉過了也。果然として錯って会す。)吾云く、道はじ、道はじ。(悪水驀頭に注ぐ。前箭は猶ほ軽く後箭は深し。)囘って中路に至って、(太だ惺惺。)源云く、和尚快やかに某甲が与に道へ、若し道はずんば、和尚を打し去らん。(卻って些子に較れり。穿耳の客に逢ふこと罕に、多く舟を刻むの人に遇ふ。這般不喞留の漢に似たらば、地獄に入ること箭の如し。)吾云く、打つことは即ち打つに任す。道ふことは即ち道はじ。(再三須らく事を重んずべし。就身打劫。這の老漢満身泥水。初心改めず。)源便ち打つ。(好打。且らく道へ、他を打って什麼か作ん。屈棒元来人の喫する有る在り。)後に道吾遷化す。源、石霜に到って、前話を挙似す。(知って故さらに犯す。知らず是か不是か。是ならば即ち也太奇。)霜云く、生とも也道はじ、死とも也道はじ。(はなはだ新鮮。這般の茶飯卻って元来人の喫する有り。)源云く、什麼としてか道はざる。(語一般なりと雖も意に両種無し。且らく道へ前来の問と是同か是れ別か。)霜云く、道はじ道はじ。(天上天下。曹溪の波浪如し相似たらば、限り無き平人も陸沈せられん。)源言下に於て省あり。(瞎漢。且つ山僧を瞞ずること莫くんば好し。)源一日鍬子を将って、法堂に於て、東より西に過ぎ、西より東に過ぐ。(也是れ死中に活を得たり。好し先師の与に気を出すに。他に問ふこと莫れ。且らく這の漢一場の漏羅するを看よ。)霜云く、什麼をか作す。(随後婁数也。)源云く、先師の露骨を覓む。(喪車背後に薬袋を懸く。悔ゆらくは当初を慎まざりしことを。汝什麼と道ふぞ。)霜云く、洪波浩渺、白浪滔天、什麼の先師の露骨か覓めん。(也須らく他の作家に還して始めて得べし。群を為し隊を作して什麼か作ん。)雪竇著語して云く、蒼天蒼天。(太遅生。賊過ぎて後弓を張る。好し与に一坑に埋卻するに。)源云く、正に好し力を著くるに。(且らく道へ、什麼の処にか落在す。先師曾て汝に向かって什麼とか道ひし。這の漢頭より尾に到り、直に如今に至るまで出身することを得ず。)太原の孚云く、先師の露骨猶ほ在り。(大衆見る麼。閃電に相似たり。是れ什麼の破草鞋ぞ。猶ほ些子に較れり。)

道吾円智、薬山の嗣青原下四世。漸源仲興、道吾に継ぐ。この時は侍者であった。弔慰す、これはまた葬式に行って棺桶叩いて、生か死かとやっている、今そんな坊主いない、らごらの御坊じゃ、わっはっはもっての外。浮かばれないことはなはだの葬式ごっこ、紙ぺら一枚の血脈授与、すなわち坊主をぶったたいて、生か死かとやるによし。(なんと云うぞ、もっての外のこった、見えておらんな、生死の二股膏薬、なおさらどっかにひっかかっておるぞ。)吾云く、生とも道はじ、死とも云はじ。(龍吟ずれば霧おこり、虎嘯けば風生ず。そいつがわからんようじゃ、百年遅い、生死のたがに併せて心を整え、あっはっはそいつに併せて問答する、老婆親切、いいですかこれ、うっふたいていまあこうやってるです、帽子にあわせて頭をととのえる愚、せっかく親切もビールの泡。)源云く、なんとしてか云はざる。(このまちがいわかりますか、ではおまえ云ってみろ、咄と、生死を免れると云って、生死の間、あるいは何。)吾云く、道はじ道はじ。(悪水驀頭もただのこれ真相です、真相だからと云うんでは千年遅い、どうじゃと再度確かめる、確かめるといって何を。ないものはたしかめられん。はい生死。)卻って中路に到って、ちったあ惺惺ですか、まあさ、源云く、和尚それがしが与に道へ、応えがわかっているんですか、そりゃもうお粗末、まさかそんなわけじゃあ、若し道はずんば打し去らん。(ノウハウを問う人ばっかり、つまらないんです、一歩抜きんでて問う、こやつがまあ困難、どやつもこやつも堕地獄。)吾云く、打つことは打つに任す、道はじ。露骨じゃない、真相露れっぱなし、打てという、道はじを打つ。真相というもの失せ。(再三事を重んず、後生大事にやってらあ、あほか。初心改めず、二重の公案ていうのは、ものすべからく両重の公案、初心これ。)源すなわち打つ。(好打。うっふ二重の公案。他を打ってなにかせん、はあっと気がついて下さい、屈託なきがごとくに。)道吾遷化す、石霜に前話を挙す。石霜慶諸は道吾の嗣、青原下五世。(知ってことさらに犯す、だからそういう児戯に類することやってちゃ駄目です、はーいご苦労さんて云われるが落ち。)霜云く、生とも道はじ、死とも道はじ。(はなはだ新鮮、まったくかくのごとくの日常茶飯、気がついて下さい、寸分の齟齬なし。)なんとしてか道はざる。(前の問いと同じか否か、まるっきり違ったりさ、あっはっは。)道はじ、道はじ。(曹溪の波浪、六祖は曹溪山に拠る、もし相似たらば、両重の公案、人陸沈さる、木端微塵の沈没です、あとかたも残らない。)源言下に於て省あり。(そうかという、たしかに一瞬全世界陸沈、悟りと云う、うふうわしを瞞ずること莫んばよし、悟りだってさ。)源一日鍬をもって、法堂の東から西へ、西から東へ。(死中に活を得る、いいやまさに、せっかく師匠を弔うんです、云わんとけ、麼羅はりっしんべんつき、恥さらしするに任せ。)霜云く、なにしてんだ。(随後婁数、分別なく人の語につきしたがう、はい石霜のことです。)先師の露骨を覓む。(葬車背後に薬袋を懸く、死体に薬、事すでに及ばず。なにをやってんだ。)洪波浩渺、白浪滔天、両手を広げてかくの如しという、どうだと云う、なんの先師の露骨をか覓めん、露骨です、万象のうち独露身、皮袋破れてなんの露骨、はーいそいつをしなけりゃ収まらん、一場の麼羅。(石霜に遇うて雲散霧消、世間たわけ草。)雪滔著語して云く、蒼天蒼天、ああ悲しいかなだってさ。(あんまり遅きに失っした、雪滔も一つ穴に埋卻ってこった。)源云く、まさによし力を著くるに、仏を得るんですか、仏を捨てるんですか、うっふうけりをつけるんだってさ、まさか。(出身のところありやなしや。)太原の孚、雪峰の嗣。先師の露骨なほあり。(そりゃまあそういうこったな、破草鞋の処、行脚の終わるところ、なあるほどこれってことあって、なを些子に較れり、そうねえようやく修行が可能になるんです。)

| | コメント (0)

2007年8月12日 (日)

へきがんろく

頌・虎頭虎尾一時に収む。(殺人刀活人剣。須らく是れ這の僧にして始めて得べし。千兵は得易く、一将は求め難し。)凛凛たる威風四百州。(天下の人舌頭を坐断す。蓋天蓋地。)卻って問ふ知らず何ぞ太だ嶮なる。(盲枷瞎棒す可らず。雪竇元来未だ知らざること在り。闍黎相次著也。)師云く、一著を放過す。(若し放過せずんば又作麼生。尽天下の人一時に落節す。禅床を撃つこと一下。)

虎頭虎尾という、僧両手を展ぶ、雲門すなわち打つ、何がどうなっていったい虎頭なんですか、能書き以前に知る、あるいは不知なれば、すなわち知って下さい、棒下にこれを得る、納得ずくではないこと。雲門両手を展ぶ、僧無語、門又打す、なんでこれ虎尾なんですか、なんで収まるんですか、一塵上がって大地まったく収まる、何があったんですか、なんにもなかったんですか。猿芝居なんからごら坊主にしかないんです、(殺人刀活人剣。すべからくこの僧にして始めて得べし、右往左往しているんじゃないんです、両手を展べる、一将は求め難し。ほかなんにもなしを知る、これ先決、即ち大力量これ。)打しえてもって、凛凛たる威風四百州、今どき臨済みたいに、見性した赤飯炊いてみたり、白衣をつけて無門関だ碧眼を卒業した云々じゃ、そりゃ自閉症、なんの役にも立たぬ手前味噌です。(天下の人の舌頭を坐断す、モーツアルトが出ようが、どん亀が出ようが、烏が鳴こうが、ひとりよがりの神さまだろうが、一言もないんです、複雑怪奇な卒業証書じゃない、わずかにおのれ一個を断ず。断ずるわかりますか、手放すんです、蓋天蓋地これ。)卻って問ふ知らず何ぞはなはだ嶮なる。雲門という後先なしです、事起こってまったく収まる、ほかなしは、日々是好日。(盲枷瞎棒、臨済坊主どものでたらめ、曹洞坊主どものむちゃくちゃ、且喜すらくは、仏教とはなんの関係ないんです、ちらとも仏あれば盲枷瞎棒は、厳に慎むべきです、雪竇未だかつて知らざることあり、坊主どもうっかりかんですか、いいえちらとも知るあれば百棒。)師云く、一著を放過す、ついに握っているところを手放す、あっはっはいつだってこれが方式ですか、蓋天蓋地を知る。(手放さないとき如何。うっふっふなーんにも手放していない人、はーいわし、だれかれ同じ妄想うんこまみれだってさ、そいつを知らない、自覚症状ゼロ、どうしようもないぜこやつ、くっせえかな、あれ臭わんぜ、どうしよう一著を放過を手放しちゃったんです、困ったやつ。禅床を撃つこと一下。)

| | コメント (0)

2007年8月 7日 (火)

へきがんろく

頌・野鴨子。(群を成し隊を作す。又一隻有り。)知んぬ何許ぞ。(用って什麼か作ん。麻の如く粟に似たり。)馬祖見来って相共に語る。(葛藤を打せば什麼の了期か有らん。箇の什麼をか説く。独り馬祖のみ有って箇の俊底を識る。)話り尽くす山雲海月の情。(東家の杓柄は長く、西家の杓柄は短し。知んぬ他葛藤を打すること多少ぞ。)依前として会せず還って飛び去る。(カ。道ふ莫れ他言ふことを会せずと。什麼の処にか飛び過ぎ去る。)飛び去らんと欲す。(鼻穴別人の手裏に在り。已に是れ他の与に注脚を下し了れり。)卻って把住す。(老婆親切。更に什麼とか道はん。)道へ道へ。(什麼とか道はん。也山僧をして道はしむ可からず。蒼天蒼天。脚跟下好し三十棒を与ふるに。知らず什麼の処に向かってか去る。)

野鴨子、(群をなし隊をなす、芦辺に群れている野鴨ですか、十把一からげにかもという、なにほどのことが解かったんですか、鴨という、そうかという、ではそれでよし次へと忘れ去る、日常のごみです、ふっと思い出す情景やっぱりごみですか、三つ四つの思い出という、たとい我というもの無うしてほうふつしますか、しかも我ありでは、百歩遅いんです、なぜか。)知んぬ何許、いくばくぞ、なにほどのことを知っているというのか、知るほどに知らず、(用いてなにかせん、くそ役にも立たぬ雑多です、分類学科学にたよったとて同じ、知るほどに知らぬ、あっはっはこれを知る仏入門です、始めにわざありき、言葉ありきの迷妄を知る、知識は力なりという、しまいには同否おなじになるんです、キリスト教などの末路ですか、おれの云うことを聞け、でないと祟るぞというほかに、なんにもなくなってただもううんちのようにくっつく、テルゼという成れの果てがいたな、けだし観念知識の末路ですか。右の頬打たれたら打ち返せ、うっふ。麻の如く粟に似たりで可。)馬祖見来ってあいともに語る。見るとは何、知るとは何。(どーんと底をぶち抜いて下さい、葛藤だろうが迷妄だろうが、そのまんまに我なし、風景と同じなんです、とんでもない世界ですよ、ねんねえやってないんです、馬祖ひとり俊底を識る、なんぞ曾て飛び去らんと。)語り尽くす山雲海月の情。はいほかに風景なぞないんです、一般の人ただもう死んでいるんです、平家なり太平記には月も見ず、そうさなあ、花は花月はむかしの月ながら見るもののものになりにけるかな。真っ黒い球が夜突っ走る、どばあっと蘇るんです。(こんなこと喋ったってしょうがねえやな、ねんねの自分打破する、ぶち抜くよりないんです、杓子の長短にゃよらん。)依前として会せず、百丈飛んで行っちまったよと云う。(カというのは口で囲む、かと喝する、てめえのはらわたさらけ出す。ばかがてめえこっち、あれむこうってのか。)飛び去らんと欲す、卻って把住す。あっはっはそうと知って、野鴨になって飛び去ろうとする、かえってそうしている自分がこっちへ残る。(蛇足もいいところの、すでに終わっているではないか、なにをまあ老婆親切。)道へ道へ。できりゃあ空前絶後事です、一言耳を聾す。(うっさい鴨の鳴き声じゃないんだ、おれに云わせようってのか、あほうめが、蒼天蒼天、悲しいかな知れるものなし、いずれの処に向かってか飛び去る。)

| | コメント (0)

2007年8月 6日 (月)

へきがんろく

第五十三則 百丈野鴨子

本則・挙す、馬大師百丈と行く次、野鴨子の飛び過ぐるを見る。(両箇落草の漢。草裏にこんー車に昆ず。驀ちに顧みて什麼にか作ん。)大師云く、是れ什麼ぞ。(和尚合に知るべし。這の老漢鼻孔も也知らず。)丈云く、野鴨子。(鼻孔已に別人の手裏に在り。只管に款を供す。第二杓の悪水更に毒なり。)大師云く、什麼の処に去るや。(前箭は猶ほ軽く後箭は深し。第二囘啗啄す。也合に自知すべし。)丈云く、飛び過ぎ去れり、(只管他の後へに随って転ず。当面に蹉過す。)大師遂に百丈の鼻頭を捻る。(父母所生の鼻孔、卻って別人の手裏に在り。鎗頭を捩転し、鼻孔を裂転し来れり。)丈忍痛の声を作す。(只這裏に在り、還って喚んで野鴨子と作し得てんや。還って痛痒を識るや。)大師云く、何ぞ曾て飛び去らん。(人を瞞ずること莫くんば好し。這の老漢元来只鬼窟裏に在って活計を作す。)

百丈年若くして出家して、馬祖道一馬大師に心を傾けて依付す、二十年侍者となる。馬大師と行くついで、野鴨子の飛び過ぐるを見る、野鴨が飛んで行った、(二人ともにただの俗人、常識裏に転がって行く、なんのこたあない、景色を眺め、あれま鴨が飛んで行かあってなもんの、そいつがなぜとつぜんぎゃーすか云い出すんだ。これおもしろいんです、じつにまさにそういったものです、だがとつぜん見開く、解悟する、もしやかくの如く行なわれているってことを知る、夢にだも見ず。真相です。)大師云く、是れなんぞ。(和尚まさに知るべし、馬大師鼻の孔もまた知らず、ものみなかくの如く、現実であればあるほどに夢、識別観念を離れた実生活です、まあさいっぺんでいいからどっぷり漬けして下さい、なんだかんだ心身症吹っ飛ぶ。)丈云く、野鴨子、かもだ。老師、鳩かなんか飛んで行くのを見て、二人なんの鳥かという、老師がわしだと云った、二人わしなんかじゃないとか云って、ますます云い募る、あっはっはお粗末。(鼻孔すでに別人の手にあり、てめえの鼻まで人のもの、あれは鴨というから鴨だ、だからおれもそう云い、そう思い込まねばならぬ、といった罪状認否ですか、まあさどうせ別人のものなら、その鼻ごと、二杓めの悪水ぶっかけて。)大師云く、いずれの処に去るや、どこへ行った。(こっちのほうがぐさっと来る、第二囘啗啄、親が卵をつっついて殻を破るんです、はたしてさあ。)丈云く、飛び去れり、とんでっちまった。(なんとまあおうむ返し、ネタそのまんま、箭が刺さらない、鉄壁の常識。)大師遂に百丈の鼻頭をひねる。(父母所生の鼻孔、かえって別人の手に在り、どうだっていうんです、てめえも他人もあったもんじゃない、矛先を変えて、鼻の頭八つ裂き。)丈忍痛の声を出す、いたたってやつ。(ほうらこれっきり、野鴨子だって云ってみろ、え。いやさ、痛い痒いがわかるのか、いたたっていう、あるいは痛みいずれの所にかある。)大師云く、何ぞ曾て飛び去らん。なんで飛んでゆかねえんだ。こいつは効いた。(人を瞞ずることなくんばよし、たぶらかすなってんです、平地に波風を起こして、鬼に巣穴やっている、うっふっふ、虎穴に入らずんば虎児を得ず、どうしてもこれ知らずは、付和雷同右往左往の人。)

| | コメント (0)

2007年8月 5日 (日)

へきがんろく

頌・孤危立せず道方に高し。(須らく是れ這の田地に到って始めて得べし。言猶ほ耳に在り。他に本分の草料を還さん。)海に入っては還って須らく巨鼇を釣るべし。(要津を坐断して凡聖を通ぜず。蝦蜆螺蚌問ふに足らず。大丈夫の漢、両両三三なる可からず。)笑ふに堪へたり同時の灌溪老。(也恁麼の人有り曾て恁麼にし来る。也恁麼に機関を用ふる底の手脚有り。)劈箭と云ふことを解するも亦徒らに労す。(猶ほ半月程に較れり。似たることは即ち似たり、是なることは即ち是ならず。)

孤危立せず道まさに高し、こりゃあ孤危に違いないんです。同類あるいは似たか寄ったかなんてのは、まるっきりいないんです。仏が孤独を云うなんてないです、道を云々どれだけよくなった、だからと云うこともないです。門徒の男が悟ったという、たいへんに苦労したという、もう一枚脱ぎ捨てて下さいというと、なんのかの云い募る。それじゃものにならないよと云うと、親鸞上人はとあげつらうんだが、はいどうぞごかってにと云っちまう、どうにもこうにも趙州和尚のようには行かんです、なんてえお粗末。(すべからくこれ這の田地に到って始めて得るべし、言なほ耳にあり、驢を渡し馬を渡す、かくの如くこうある、他に本分の草料をかえさん、てめえのこったと横面張ったって、そりゃ外様大名。)海に入っては、衆生の大海ですか、巨鰲は巨大な亀ですか、雑魚釣らない、蝦はえび、蜆しじみ、螺はたにしですか、蚌はこりゃかえる、ものにならんの釣り上げたって、三百代言やるっきりだ、だからおれはでもって終始する。(凡人聖人の問題ではない、両両三三、そんじょそこらに転がってはいないんだ、ふふ。)笑うに堪えたり当時の灌溪老、灌溪志閑、臨済の嗣。僧灌溪に問ふ、久しく灌溪と響く。到来するに及んで、只箇のおうー嘔の口をさんずいー麻地を見る。溪云く、汝只おう麻地を見て、且つ灌溪を見ず。僧云く、如何なるか是れ灌溪。溪云く、劈箭急なり。また僧黄龍に問ふ、久しく黄龍と響く、到来するに及んで、只箇の赤斑蛇を見る。龍云く、なんじ只赤斑蛇を見て、且つ黄龍を見ず。僧云く、如何なるか是れ黄龍。龍云く、だだ地ー龍の行くさま。僧云く、忽ち金翅鳥の来るに遇はん時如何。龍云く、性命存し難し。僧云く、恁麼ならば即ち他の食たんー口に敢ーに遇ひ去らん。龍云く、なんじが供養を謝すと。これ総に孤危を立す。是なることは即ち也是。力を費やすことを免れず。(恁麼の人あり恁麼にし来る、まるっきりなくなった人の、あるいは機関を用いる底の手脚、茹でた蟹の七足八足、さあてさ。)劈箭と云うことを解するも亦徒らに労す。(遠く及ばない、似たることは似る、是なることは未だ是ならず、ではせっかく驢を渡し馬を渡すに参じて下さい。)

| | コメント (0)

2007年8月 3日 (金)

夏の歌3

  松之山

 直江津からどこへ行こう、松之山へ行ってみようという、たいていわしがドライブコース。
田を植えて人を待つらむ吾妹子が松之山なむさ霧らひ深み
 大正時代の木造三階建て、松之山温泉凌雲閣はなを健在で、
地震にもこれやこれなむ耐え耐えて七十二年を凌雲閣は
 ドライブコースがあって霧の中を行き、ぐるっと回って帰って来るつもりが、国道117号線へ出てしまった、飯の六時には間に合ったが、とんだ遠足。
しかすがに大巌寺なむ牧場にぞ霧らひ晴れては牛の行く見ゆ
菖蒲草花はあれども山の井のしもつけ花ぞ妹にしあらむ
 信州へ入ると千曲川
吾妹子と千曲の川の廻らひに信濃へ行くか白雲浮かぶ
 善光寺へ行こう、中学は門前を過ぎて通う、思い出と云えば思い出の、うわいっぱいよったくって善光寺参り。
善光寺牛に引かれてもうでむはいにしへ今も何変はらずや
 マッカーサー司令でもあるまいし、病気が傳るから触れるなと書いてあったが、
いにしへも今ももうでぬ信心のつるつる禿げのおびんずるさま
 パチンコで鳩を撃ったり、
門前をおのれ通へる学校の半世紀を過ぎて夢に見るかや
 わしみたいな年寄りをなんでまた、もったいなやの、ー
欲りし我が愛し乙女が心映え清やけき世々を通いけるかも
井の辺も渡らひ行くに吾妹子が松之山なむ霧らひも隠もせ
妹と寝て若楓でのみずみずし紅葉ずるまでの秋を迎へて
 鬼無里から白馬へ抜ける道、
妹が子とまさきくあれば鬼無里なむ早苗を渡り白馬へ行く
 釣り竿を買って二人できすを釣る。
筒石のきすを釣るらむまたいくつ別れを惜しみ直江津へ行く
 一瞬居眠りして反対車線へ、大型トラックとワゴン車とセダンが背後に停まる、救ってくえたんだ、わしの命を。
なんにまた大欠伸して青葉辺のほとほと死にき七十齢。
なんと云ふぞ帰りても来ぬ思ひわび夏の憂き夜を半月かかる

| | コメント (0)

へきがんろく

頌・末後の句、(已に言前に在り。将に謂へり真箇と。覩著すれば即ち瞎す。)君が為に説く。(舌頭落ちぬ。説不著。頭有って尾無く、尾有って頭無し。)明暗双双底の時節。(葛藤の老漢。牛の角無きが如く、虎の角有るに似たり。彼此是れ恁麼。)同条生也共に相知る。(是れ何の種族ぞ。彼此没交渉。君は瀟湘に向かひ我は秦に向かふ。)不同条死還って殊絶。(柱杖子我が手裏に在り。争か山僧を怪しみ得ん。汝が鼻孔什麼と為てか別人の手裏に在る。)還って殊絶。(還って棒を喫せんと要す麼。什麼の模索する処か在らん。)黄頭碧眼須らく甄別すべし。(尽大地の人鉾を亡じ舌を結く。我も也恁麼。他人は卻って不恁麼。只老胡の知を許して、老胡の会を許さず。)南北東西帰去来。(収。脚跟下猶ほ五色の線を帯ぶること在り。汝に一条の柱杖子を乞へん。)夜深けて同じく看る千巌の雪。(猶ほ半月程に較れり。従他大地雪漫漫たることを。溝に填ち壑に塞がるも人の会する無し。也只是れ箇の瞎漢。還って末の句を識得する麼。便ち打つ。)

雪峰徳山の会下にあって飯頭となる、一日斎遅し、徳山托鉢してー鉢をかかげて、法堂に下り去る。峰云く、鐘未だ鳴らず鼓未だ響かず、這の老漢托鉢して什麼の処に向かってか去ると。山無語、低頭して方丈に帰る。雪峰巌頭に挙似す。頭云く、大小の徳山、末後の一句を会せずと。山聞いて侍者を喚んで方丈に至らしめて、問ふて云く、汝老僧を肯はざる那。頭密に其の語を啓す。山来日に至って上堂、尋常と同じからず。頭、僧堂前に於て、掌を撫して大笑して云く、且喜すらくは老漢末後の句を会することを。他後天下の人、他を奈何ともせじ。せっかくの傀儡芝居もなをまた三年を要す。得たといい、苦労したという、天下をとったといって、たいていはこれに拘泥して、ろくでもない品になる。あっはっは末後の一句、用い得て妙ですか、ただこれこれ。末後の句、(仏を用いず法を説かず、すでに言前に在り、でなかったら役に立たず、まさに思えりようやくにして真箇と、そう思ったとたんに堕地獄、まっ暗けです。)君が為に説く。(舌頭落ちぬ、なーんにもないんですか、なんにもないがあっちゃ、担いで帰る他なく、じつにこいつが不明、百叩き三十棒。はじまあっておわりなく、おわりあってはじめなく=君が為に説く。)明暗双双底の時節、明暗という、明中に当たって暗あり、暗相をもって遇ふことなかれ、暗中に当たって明あり、明相をもって覩ることなかれ。明暗おのおの相対して、比するに前後の歩みの如し。別にこれを俎板の上に乗せることはないんです、明暗といって差別するなら、もとただこう行なわれているだけです、差別平等など、意識上意識下などへたな考え休むに似たり、絶え間なしにことはこう行なわれ、取扱取り扱わずあり、かすっともかすらない、末後の一句というもと滞らないんです。(葛藤の老漢です、うっふっふどこまで行っても、虎の角あり、牛に角なきが如く、うまいこといった、是非善悪によったり、よらなかったりする、おもしろいっていうんでしょう、つまらないって云いますか。)同条生不同条死、ともに相識る、殊のほかに絶す、お互い出会うことなんぞほとんど無いんです、浮き世の義理でもほったらかしですか、でもって仲間っちゃあ渠をのみ。いっしょに飲むなんてえこともなかったりします。(これなんの種族ぞ、彼此没交渉。揚子江頭楊柳春、楊花愁殺渡頭人、一声恙笛離亭外、君向瀟湘我向秦。汝が鼻孔なんとしてか別人の手裏にある。どうですか、どこへ向かおうが別人の手裏にありじゃ生きた甲斐がないんです。)還って殊絶。これが生活そのものなんです、わっはっは思い入れ。(三十棒。模索そのもの。)黄頭碧眼すべからく甄別すべし、黄頭はお釈迦さま、碧眼は達磨さん、甄は瓦、甄別で明確に別ける、そりゃお釈迦さんと達磨さんはまったく違うよ、(そんなこと云うとたいていの人口をあんぐり、わしも同じたってわっはっは、そりゃ人のこた知らん、達磨さんを知って、達磨さんの境地を云わず、これ鉄則です、悟った人は如何という、答えがないんです。)南北東西帰りなんいざ。個々別々廓然無聖。(足下まだ五色の雲が棚引いていたりさ、はい一本の杖を授けますよ。)夜更けて同じく見る千巌の雪。まったくまあそういうこったです、仏のありよう、なを賛揚し尽くし難し、仏心は法界に充満し、あまねく一切群生の前に現ず、縁に従い喊におもむいてあまねからずということなし、しかもこの菩提座に処したもう。(なをこれ半月程、十五日の道程あってとっても届かぬという、かくかく云々大地雪まんまん、かえって末後の句を識得すや、すなわち打つ。)

| | コメント (0)

2007年8月 2日 (木)

へきがんろく

第五十一則 雪峰是れ什麼ぞ

本則・挙す、雪峰住庵の時、両僧あり、来るって礼拝す。(什麼をか作す。一状に領過す。)峰来るを見て、手を以て庵門を托し、身を放って出て行く、是れ什麼ぞ。(鬼眼晴。無孔の笛子。頭を肇げ角を戴く。)僧亦云く、是れ什麼ぞ。(泥弾子。氈拍板。箭鋒相柱ふ。)峰低頭して庵に帰る。(爛泥裏に刺有り。龍の足無きが如く、蛇の角有るに似たり。就中措置するに難為なり。)僧後に巌頭に到る。(也須らく是れ問過して始めて得べし。同道方に知る。)頭問ふ、什麼の処よりか来る。(也須らく是れ作家にして始めて得べし。這の漢往々に敗闕を納る。若し是れ同参にあらずんば、ほとんど放過せん。)僧云く、嶺南より来る。(什麼の消息をか伝へ得来る。也須らく箇の消息を通すべし。還って雪峰を見る麼。)頭云く、曾て雪峰に到る麼。(勘破し了ること多時、到らずと道ふ可からず。)僧云く、曾て到る。(実頭の人得難し。打して両楔と作す。)頭云く、何の言句かありし。便ち恁麼にし去る。)僧前話を挙す。(便ち恁麼にし去る。重重敗闕を納る。)頭云く、他什麼とか道ひし。(好し劈口に便ち打つに。鼻孔を失卻し了れり。)僧云く、他無語。低頭して庵に帰る。(又敗闕を納る。汝且らく道へ、他は是れ什麼ぞ。)頭云く、噫、我当時悔らくは、他に向かって末後の句を道はざりしことを。(洪波浩渺、白浪滔天。)若し伊に向かって道はましかば、天下の人、雪老を奈何ともせじ。(癩児伴を牽く、必ずしもせず。須弥も也須らく粉砕すべし。且らく道へ、他の圏きー糸に貴ー什麼の処にか在る。)僧夏末に至って、再び前話を挙して請益す。(已に是れ惺惺ならず。正賊去り了ること多時、賊過ぎて後弓を張る。)頭云く、何ぞ早く問はざる。(好し与に禅床を掀倒するに、過也。)僧云く、未だ敢えて容易にせず。(這の棒本是れ這の僧喫せん。鼻孔を穿卻す。囚に停めて智を長ぜしむ。已に是れ両重の公案。)頭云く、雪峰と我と同条に生ずと雖も、我と同条に死せず。(漫天網地。)末後の句を識らんと要せば、只這れ這れ。(一般の人をれんー貝に兼ー殺す。我も也信ぜず。ほとんど分疎不下ならん。)

雪峰巌頭同じく徳山に参ず、雪峰諸方遍歴して、鰲山店において、巌頭にはげまされて、大悟す、我れ今始めて是れ鰲山成道と。巌頭は後に沙汰という、おおやけの難に会い、湖辺に隠れて渡し守りをする、両岸に板をかけ、人が板を叩くと、巌頭汝奈辺にか過ぐ、どこへ行くと問うて、芦辺から竿を舞わせて出ずと。雪峰は嶺南に帰って、住庵す。僧二人やってきて礼拝する。(なにをなす、礼拝すりゃ問うこと同じ、それとも問わずか。)峰来るを見て、庵の門を手に開いて、身を放って出て行って、云く、これなんぞ。(鬼眼晴っていうより、鬼眼を持つやつにはそう見える、ただこれ、すなわち孔のない笛を吹く、どうだというには、まさにこれをもってする。)僧云く、これなんぞ。ものはみんなこれなんぞなんです、事終わって雪峰低頭して帰る。雪峰は是、この僧は不是、てめえがかってに不是なんです、なんだあこりゃといって、他に答えを、すなわち言い訳屁理屈を期待する、(泥団子ですか、拍子をとっておうむ返しですか、でもってまったくに間違いなし。)峰低頭して庵に帰る。(泥団子に刺、ぐさっと刺さればいいんだが、なんかそうも行かず、ぱっくり食って、空団子、龍の足なく蛇に角ありってあっはっは、どうもこうもならんわこりゃ、mixiでも2チャンでもそういう思い多時。)僧後に巌頭に到る。(たいていまあ問過ぎて始めて、ありゃあと来る、どっか変だな、同道まさに知る、そりゃ巌頭に雪峰だ、大物の雪峰。)いずれの処より来る、どこから来たと、巌頭。(作家でなけりゃただの挨拶に終わる、ああそうですかとそれっきり、どかんぶんなぐって、へこんだきりってわけにゃ行かぬところ、これなんぞ。)嶺南より来る。(箇の消息、只管の消息、ただこれこれ、かえって雪峰を見るや。)曾て雪峰に到るや。(こう聞いてもう終わっているんですか、出会えば、契えば雪峰現前。)曾て到る。(架空の我と架空の事件と、ただこれ糠に釘、すべからく糠に釘。他なしです。)何の言句かありし。(雪峰に乗っかった。)僧前話を挙す。こうこうであったと云う。(雪峰無傷ですか、うっふう二度の敗北。)何云ったか。(口を裂いて鼻をもげ。得ればまたよし。)なんにも云わず、頭下げて庵に帰る。(また敗北やってる、どうだ、さあこりゃどういうこった、まずはおまえ云って見ろ。)頭云く、ああ残念だ、おれがそんときそこにいたら、あやつに向かって末後の一句を道ってやったのに。(うはあはたしてどかんと来たぞ、ひっくりかえして、さかさに振るってな、どうもこうも百年万年。)若し云って聞かせていたら、あいつも天下の人如何ともせじの大悟徹底人になったのにさ。(癩病やみ連れだって歩く、死の病とは仏の他になく、いやさ必ずしも連れだってじゃなく、須弥山も粉砕。さてさ、巌頭の仕掛けた罠ってどういうもんだい。うっふ。)僧夏末、修行期間のおしまいに、再び前話を挙す。(ちっとも役に立たなかった、曖昧模糊に過ごす、でもさ、せっかくとんでもない賊に会って、ぽんと持って行かれたのに、そいつにも気ずかず、今んごろ弓を張っている。なんでだ。)何ぞ早く問はざる。(禅床をひんめくったほうが早いよ。)未だ敢えて容易にせず。いいですかたいていこれです、答えを待って云おうとする、そんなんじゃない盲滅法やってみろ。わしもかつて独参に再度行かず悶々やっていたら、単頭和尚、雪担さん、行かずばわしにも考えがありますと云った。すわ殺されるってんで、夢中で立って歩いて行く途中に、すぱあと抜けるのを感じた、ははーんこういうのもあるかなと思うからに、元へ戻る、なんたらまあ余計ごとを。(囚に停めて智を長ぜしむ、あっはあだからいいっていうんですか、両重の公案、答えようとするのへ痛棒、なにかあると思うそいつをとっぱずせ。一瞬で足る。)雪峰我と同条に生ずと雖も、同条に死せず、どうじゃ見よ、雪峰と我と、そうしておまえと、末後の句を知らんと要せば、ただこれこれ。(そんなこというから人みな向こうへ行っちまう、なんにもねえの無事禅と区別付かないよ。)

| | コメント (0)

2007年8月 1日 (水)

夏の歌2

 浅間

 北口だと云ったのに、南口で待っている、印象が強かったんだって、二度の別れを。
なにすれぞ北と南に別れつつ雨に土鳩の鳴くさへ悲し
 忍び逢いだから始めての処がいい、では名前だけ知っている湯田中へ、
湯田中は父のつかれる温泉なれ時へて我れも妹とし問ふれ
 むきたまごからびーたんに発酵してだってさ
雨降るに葵咲くらむ夏なれや寝やれる妹があえぎ幽けく
 浅間山へ行こうといって、浅間園というのへカーナビ入れたら、とんでもない処へつれて行く、松本市郊外のりんご畑に、看板が一枚立つ、きえーやられた。
松本の舞ふは鳶か我れもまたひったくさったく浅間の煙
 仕方がない、では長久保から佐久へと中仙道を行く、ここはかつて我が故郷であった、出てより何十年、恐れ多くもさ、本陣に宿を借り。
しくしくに我れも出なむ長久保や笠取峠の松を幽けく
 小諸の懐古園に草笛を聞く。
草笛にいやなつかしき古城や伽藍堂なるレストランに寄り
 はないかだが咲いて、
花筏越しの真人が雲井にぞうそぶき行かむつれ添ふは誰そ
 高峰温泉という処へ行く、標高二千米。
吾妹子は何を悲しも小諸なる町を廻らひ山の方へ行く
高峰の温泉籠もらひしましくは妹らがりせむ鳴けや鶯
 小鳥の餌場があって、ひっきりなしにやって来る、りすも烏も。
赤げらのつがひに会ふて日は暮れて幾人宿る高峰の宿
 そう云えば途中にかもしかがいた、
火の煙浅間にあれや高峰の黒斑の山をかもしかの行く
 鶯の縄張り争いに参入。
鶯のうつろ鳴きせむみちのくや大空深く花を見て行く
高峰の湯にも美はしえ吾妹子が過ぎにしごとは忘れて思へや
一輪の花なれやかも我が愛でし初々しくに甦りつつ

 草津温泉へ一泊おまけ
花筏廻らへ行かな草津の湯えんまの釜も蓋を開くとぞ
我れをまたなんに涙の湯揉み歌心映えせむ江戸のむかしに
行く行くと鶯鳴くも草津の湯今をむかしに濁りあへつつ

| | コメント (0)

へきがんろく

頌・鉢裏飯、桶裏水。(露也。沙を撒し土を撒し什麼か作ん。口を漱ぐこと三年にして始めて得ん。)多口の阿師嘴を下し難し。(舌頭を縮卻す。法を識る者は懼る。什麼と為てか卻って恁麼に挙する。)北斗南星位殊ならず。(東を喚んで西と作して什麼か作ん。坐立厳然。長者は長法身、短者は短法身。)白浪滔天平地に起こる。(脚下深きこと数丈。賓主互換。驀然として汝が頭上に在り。汝作麼生。打つ。)擬不擬。(蒼天蒼天。咄。)止不止。(什麼をか説く。更に怨苦を添ふ。)箇箇無こんー衣に昆ーの長者子。(郎当少からず。傍観の者は咥ふ。)

鉢裏飯桶裏水、多口の阿師嘴を下し難し。喫茶去という、日常茶飯なるほどこれという、今の人根も葉もない、これが禅などいうて知らん顔している、坊主師家までお茶を濁すきり、あるいはてめえの蘊蓄をひけらかす、これじゃどうもこうもならん。なにしろ漆桶を打破し、達磨さん七転び八起きなら、片目でも入れてから、嘴を下すによし、始めからなんにもならんじゃ、仏教もくそもなし。他の一神教哲学思想とごっちゃにする、醜悪です。(露也、人間200%現れて下さい、でなきゃまったく意味がない、能書き三百代言、砂をまき泥をまぶししていないんです、単純にただこれ、若しもこれを本当に得ることあったら、三年口をすすいで後になせ。)多口の阿師ばっかり、右を向いても左を向いても、らしい噂の騒々しく、猿真似。(舌足らずですか、法を知る者はかえって恐れる、うっはっは常識じゃあるまいし、はーい知らぬが仏。)北斗は北十字星は南、決まりきったことに安住して、実はさっぱり用いず、いささかも知らず、南天して北斗を見る。(坐立厳然他なしにある、長者は長く、短者は短くって、法身だと、なーんのこっちゃ、そんなことは知らず。)白浪滔天平地に起こる、脚下深きこと数丈と、夢にだも見ぬことがあるんです、日常これ壁立万仞、どういうこったかわかりますか、赤ん坊に世の中渡らせてごらんなさい、いえこれ人の真実。(主客互いにうつる、七転び八起き、なんだって達磨さんが、うるさい驀然として汝が頭上にあり、打つ。)擬不擬、止不止。(なにをか説くって、なんにも説かぬと、一瞬ごとに説くのと、蒼天蒼天、たとい物悲しくも、これ人、なんの着物も杖もなし、ふんどし一丁なし。)箇箇無こんの長者子、こんは下帯のこと。傍観の者は笑う。そりゃまあそういうこってす、更に怨苦を添えですか。寒山詩にあり、六極常に苦に嬰る。九維徒らに自ら論ず。才有って草沢に遺てられ。勢無うして蓬門を閉ず。日上って巌猶ほ暗く、煙消して谷尚ほ昏し。其の中の長者子。箇箇総にこん無しと。まあさ味わって下さい、わしんことかいほんとに、ふん生臭坊主が。

| | コメント (0)

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »