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2007年7月

2007年7月31日 (火)

夏の歌1

 女の子二人の誕生祝いに罷り出る、例によって上野駅しのばず口に集合、介護老人をみなして迎えて、
しのばずの蓮すの池はなほ未だ問へるいくたび極楽とんぼ
 前の日鯉を釣りに行ったら、日に焼けてまっくろけ、
郭公の鳴きわたらへば阿賀野川野鯉は釣れじ日は照りまさる
 でもって、木村屋のあんぱんを買って食いながら銀ぶら。
木村屋のあんぱんを食らひ銀ぶらの二十一世を何変はらずや
 買ってえといってぶら下がると、グッチのバッグ三十万円とか、
女ども買ってえとてやぶら下がる銀座を行くか坊主文無し
年老ひて嬉し涙の鼻水かおねえちゃんとぞ銀座を泳ぐ
 日比谷公園はドイツ祭り、ソーセージとビールをぎっちり詰め込んで、
喧噪とビールをあをる夏なれや人はも知らにドイツ祭りの
 酔っ払って膝枕、
すずかけの下なる我れは膝枕バッハも知らじ永劫昼寝
 池袋に熊谷守一美術館を訪ね、
みなとして訪ねしこれは我が欲りし熊谷守一天狗の落とし札
妹が子がアクセサリーに手に入れし一筆書きのこは猫にして
 かぶと屋のうなぎを食う、三尾分も食って、きもの串刺しやら、心臓のぴくぴく動くやら、先生さまの奢りみたいだぜこれ、贅沢万歳。
清やけしや百戦錬磨の包丁のぴっくり動く心臓をこれ

 池袋のホテルに一泊、
きぬぎぬの逢ふ瀬をしのび吾妹子や池袋なむあしたを明けて
 駅前には黒い背広のやーさんがどっと押し出し、こりゃぶっ魂消、
池袋ごろつきどもが青夏の何にのさばる蒼天蒼天
 湘南ライナーに乗って横浜へ、水上バスで赤煉瓦倉庫の公園へ、
ぼらは跳ねくらげに浮いて浜っ子の波の辺なる青夏は行き
 赤煉瓦は大にぎわい、広場には白つめくさ、ヘリコプターを売っていたり、サンバを踊っていたり。
赤煉瓦いにしへ倉庫にこれあらむサンバを踊りつめ草かおる
 遊園地の向こうに帆船日本丸が、
初夏やみなと未来を祝がむ日本丸なむ順風満帆
 タイ料理店でハッピーバースデイ、二人の名を記すケーキもついてさ、
大乗の坊主にあるか妹らがりトムヤムクンにビールで乾杯
 ワシントンホテルは日本で一番人気だってさ、費用はリーゾナブルの上に、これは二十二階百万ドルの夜景付き。
バースデイ二人を落とせ百万ドルの夜景の中に仏の掌
 赤い靴というバスに乗って、おねえちゃん二人は老人介護のまあさ、港の見える丘公園にはバラが咲いて、
バスの名を赤い靴とふ風に舞へ港の見える丘公園に
 元町は銀座よりもいいんだってさ、電車に乗って鎌倉へ
チョコレートを食ひ元町やまっ昼間なんにも買はずていざ鎌倉へ

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春の歌2

   初島
 初島のリゾートホテルに部屋を持つ会社につとめる子がいて、一泊一万円で優雅に遊ぶ、総勢七人のmixi仲間、
花は失せ若葉青葉をしくしくの初島ならむ我が恋まさる
 てんなんしょうではなくって、長い花が伸びて、あれはなんていう、そうだうらしまそうと云った、浜辺は大小の岩。
初島の巌の浜の片思ひうらしまそうの花をか黒き
 熱海で女の子四人と家族風呂に入る、うわ冥土の土産と人畜無害のじっさなる、
玉なれや若かえるでの初々し熱海乙女がこれな忘れそ
 海は荒れてわしは帰りの切符をぶっとばし、潮に濡れたほっぺたはほろ苦く、
乙女らがしましく舟の辺ならむしぶきに濡れてこは初恋の味
   
  湯沢
 どうしてももう逢わなくっちゃといって、湯沢で待ち合わせ、ゴンドラの点検、花は満開の、
ゴンドラを空しく見上げ宿れるに残んの花のなほ盛りなり
 それでも老人どもの団体、
芽吹きあへ湯沢の風呂に一人我が浸り思へるに妹も一人ぞ
しかすがに霧らひ明け行く花に花夜もすがらせむ妹が悲しも
客もまた集ひいよらむシャンデリア二人をのみに朝飯しつらむ

 越後一の寺という雲洞庵を尋ねる、
我が知るは大修行なる雲洞の大荘厳なる芽吹きあへせむ
禅堂の畳はくされいたずらに人のよるさへ新芽吹かへる

  妙高
 もう一度妙高高原へ、
花さへや湯沢を遠く雪消えのみずばせふかも池の平らへ行く
 新しい出来立ての宿があった、芽吹く白樺の林に、
我が部屋は霧らひこもして唐松のこは白樺の芽吹かひ行くに
 贅沢なオーディオルームがあった、持参のフィガロの結婚を聞く。
忍びつつ宿れるものをモーツアルト浮かれ惚けてこは膝枕
 いもり池
いもり池みずばせふなむかそけしやしくしく仰ぐ妙高の峰
池の平ら美はしものぞかくのごとく満山芽吹く鶯の鳴く
 別れはまた
うしを寄せけだし別れて直江津の悲しくもあるか春の雨降る

  安曇野
 みんなと別れて安曇野へ行く、姫川に一泊、
宿仮るは春ののげしの咲く野辺の乱れし妹を浴衣のみして
 フォッサマグナを行く、雪の越後路はトンネルを抜けて、
長々しトンネルを抜け信濃路や挨拶せむははだれ白馬
 花の喫茶店があったのに、お休み、
田の末に記さむものは花の店安曇野にして去り行く惜しも
 碌山記念館に高村知恵子の絵葉書があった、悲しとふわれは記さむ安曇野に高村知恵子の切り絵を求め

  鬼無里
 まだ通ったことのない道を行こう、山を越えて戸隠のこれは裏っかわ。
これやこれ山吹咲くか春うらら小川の村には天文台が
 鬼無里は山里、やまざくらの花吹雪を行く、鬼無里には花吹雪して七曲がり八つ曲がりせむ妹らがり行く
 戸隠山の背には北アルプス。
戸隠の神なび深く仰がむはつぎねふ雪の山なみにして
 学生のころ中社に泊まって、
戸隠の中社といはむもうでむは名物そばを何十年
 ぶなの林の新緑、
黒姫が面隠みすらむしくしくに新芽吹かへるその道行きを
妹と我が幾夜寝ねやるここをかも赤倉といふぞつつじ花咲く
直江津の別れを悲し年老ひて忍びあへせむ行方知らずも

  長久保の宿

 長久保の宿の本陣には、子供の手をつないで、七人十人ほどの、五葉の松があった。
我が欲りし五葉の松は失せ行けどかつかつ残るそがただずまひ
 疎開して小学校の五年まで過ごした故郷、
ひさかたの時はうつりて今をなほ山川深み形せるらく
 真田は母方の実家、
真田なる弓場の稽古を人もまた眺めせしまに庭のさんしゅゆ
松本にしくしく雨のあひ別れ古城の青葉をこれはも深み

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へきがんろく

第五十則 雲門塵塵三昧

本則、挙す、僧、雲門に問ふ、如何なるか是れ塵塵三昧。(天下の衲僧尽く這裏に在って窩窟を作す。満口に霜を含む。沙を撒して什麼か作ん。)門云く、鉢裏飯、桶裏水。(布袋裏に錐を盛る。金沙混雑す。錯を将って錯に就く。含元殿裏に長安を問はず。)

塵塵三昧という、如何なるか是れ塵塵三昧、しっかりやってますか、すきなく行ってますかという、老師にこう云われて無対、修行未熟、坐らにゃならんだってと、あっはっはこりゃ隙だらけ、どうしても自ら事を構えて、塵塵三昧、道本円通とはいかんのです、なぜか、もと水の中にあって渇を求める、しかり求め終わって始めて円通、初心あるいはこれ塵塵三昧と知る。(天下の衲僧ことごとく、求めるにしたがい這裏にむかってかー穴に巣はい穴の中の巣ですー窟をなす、口を開けば満口に霜を含むんです、でもって他に会えば、如何なるか是れ塵塵三昧と聞く。うんまい食い物に砂をまぶすが如く、でもさ、これやらんきゃどうもならんですか、もと手つかず、これでいいたってどうでも納得しない、納得するまで尽くしてみりゃいいです、手も足も出なくなるまで、お釈迦さまが実にそうでした、刀折れ箭尽きて菩提樹下に坐す。)門云く、鉢裏飯、桶裏水、しっかりやってますか、すきなく行ってますか、どうですと云うんです。(布袋に錐を含む、ぐさっとやられるものがあっちゃ、そりゃだめです、初心一般金と砂がまざるってさ、そりゃしょうがねえなあって思うです、キリスト教だの創加学会だのキムジョンイルだの社会党だの、うっふっふ三悪四悪並べ立てなくたって、日常茶飯事、だがなわずかに頭ん中、妄想はそりゃ妄想、過ちをもって過ちにつく、触れるものみななにほどか開ける、これ観音大師、仏心印を持す、殺されたって殺されないんです。すべての道は長安に通ずたって、長安の宮殿にあって長安を問わず。)

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2007年7月30日 (月)

へきがんろく

頌・網を透る金鱗。(千兵は得易く一将は求め難し。何似生。千聖も奈何ともせず。)云ふことを休めよ水に滞ると。(他の雲外に向かって立つ。活発発地。且く鈍置すること莫くんば好し。)乾を揺し坤を蕩し、(作家作家。未だ是れ他の奇特の処にあらず。放出すること又何ぞ妨げん。)鬣を振ひ尾を擺ふ。(誰か敢えて端睨を弁ぜん。箇の技倆をなし得たり。売弄出来る。妨げず群を驚かすことを。)千尺鯨噴ひて洪浪飛び。(那辺にか転過し去る。妨げず奇特なることを。尽大地の人一口に呑尽す。)一声震って清飆起こる。(眼有り耳有って、聾の如く盲の如し。誰か竦然たらざらん。)清飆起こる。(什麼の処にか在る。咄。)天上人間知んぬ幾幾ぞ。(雪峰は牢く陳頭を把り、三聖は牢く陳脚を把る。土を撒し沙を撒し什麼か作ん。打って云く、汝什麼の処にか在る。)

網を透る金鱗、云ふことを休めよ水に滞ると。登竜門ですか、魚変じて龍と化す、もう水の中の餌じゃないんです、天空に飛んで、洪波浩渺、白浪滔天の処に在りと。(千兵は得る易く一将は得難し、百人千人座禅をやって、いよいよかたくなに三百代言ですか、なにものかになろうという、一兵卒の出世卑し根性を捨て切れんのです、まあさ一箇千聖も奈何ともせず、にっこり赤ん坊、飴嘗めて笑ってるんですかうっふっふ。)乾坤を揺蕩す、手をもたげれば天地動くんです、鈍置することなくんばよし、等閑にしてはいけない、ニヒルになっちゃだめですよ、たとい世の中卒業したっても、なを世の中。厳に戒めるによし。(作家という、活発発地という、未だ是れ他の奇特の処にあらず、千五百の善知識話頭もまた知らずと、いやたいしたもんだ、放出するにまた好し、他の奇特の処さあて如何。)たてがみを振るい尾をうちはらう、虎のひげを撫でちゃったんですか、(端睨すべからざるという、単純を示す禅は、まっすぐまっしぐらしかないんです、箇の技倆をなし得たる、通身もてするんです、売りに出た、群を驚かす、力量これに過ぎたるはなし。)千尺鯨噴ひて洪浪飛び、(三聖のこれそりゃ並みの人には出来んです、はじめて言葉、能書き自堕落じゃない、俳句歳時記の山のようなくずの中に、ふっとささやく声を聞く、決まって芭焦、なにしろ言葉してみよ、まったくそれからです、一個たること人間です、因果必然を知る、でなくば仏教にならんです、だがさ、こやつはそのレベルじゃまったくないんです、故に巨鯨噴いてであり、一声雷震うんです。尽大地の人一口に呑尽す。)一声雷震って清飆起こる。これは雪蕩の老僧住持事繁しを頌す。飆は大風ですか、歩歩清風起こるという、見るとおりまさに清風起こる、ビジュアルにです、住持事繁しの実際。そうですよ、雪渓老師とともにあったとき、まさに見たです、感嘆しました。)清飆起こる。(什麼の処にかある、咄。まあさ坐って下さい。他なしですよ。)天上人間知んぬ幾幾ぞ。(二、三いたんですがね、跡継ぎが出るかとなるとってさ、ほんにまあでたらめ杜撰ばっかり、一般にいたっては何やってんのかてめえにもわからんという。雪峰は陳頭をとり、三聖は陳脚をとり、今の世またまったく変わらぬことを知る人は知る、個人のいきさつなんぞに関わらんです、はい、だれにでもできます。)

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春の歌1

   笹倉

 妙高のスキー宿には囲碁の先生がいて、時に抜け出して行く、だからばれないで逢い引きができる、きっとそう思って尋ねたら、
来てみれば人の住まはぬ心地して妹をいずこへスキーの宿は
 鍵は開いていて、がらんどうでもって湯も抜いてある、シーズンが終わって、いっとき休みらしく、
これやこれスキーの家に湯も抜けて名物シェフのアイスクリームは

 雪が降って来た、下界はもう春たけなわというのに、ではどこへ行こう、いったん海へ出て笹倉温泉へ行こうか、秘湯の宿、高速道路を通って、約一時間。
吾妹子と山越え行けば笹倉のしくしく春のあは雪ぞ降る
 そうしてやっぱり雪が降る
わたつみの海なもがてに恋つつは笹倉行かなしのび雪降る
 スノーを履いてない、もしや帰れぬかも知れぬ、
笹倉の山をしくしく夜もすがら妹とい寝やる雪は降りしけ
 焼け山もひうちも烏帽子岳も見えなかったが、いちめんの雪を路面は溶けて、
晴れ行けばシルバーロードぞ烏帽子岳ひうちの辺りたずさへも行け

 フォッサマグナ館を見学、玉髄かなにか人の手指そっくりの石、
玉はこれ妹が手指の如くあれフォッサマグナの掘りだし物ぞ

 長いキャタピラのすべり台に乗ったら、おしりの皮を擦りむいたって、痛くって歩けない。
姫川の辺りに遊ぶ夕べにはすべり台に乗る幼なな二人
 水産高校の練習船を見学、
鱈汁を美はし食らひに能生の海の船を見てしがあひ別れけむ

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2007年7月28日 (土)

へきがんろく

頌・来問風を成すが若し。(箭虚りに発せず。偶爾として文を成す。妨げず要妙なることを。)応機善巧に非ず。(泥団を弄する漢、什麼の限りか有らん。方木円孔に逗す。妨げず作家に撞著することを。)悲しむに堪へたり独眼龍。(只一隻眼を具す。只一楔を得たり。)曾て未だ牙爪を呈せず。(也牙爪の呈す可き無し。什麼の牙爪とか説かん。也他を欺くことを得ず。)牙爪開く。(汝還って見る麼。雪竇卻って些子に較れり。若し恁麼の手脚有らば茶炉を踏倒せん。)雲雷を生ず。(尽大地の人一時に棒を喫せん。天下の衲僧身を著くる処無し。旱天の霹靂。)逆水の波幾囘をか経る。(七十二棒、翻って一百五十と成る。)

来問風を成すがごとしというのは、荘子に出ている由、郢人壁を塗るに、小部分を残す、泥をまるめて投げてぴったり補う、そのとき泥が蝿のように鼻についた。かたわらに匠者あって云く、我斤を廻らして鼻端の泥を取らんと、風を捲いて斧をふるって之を切る、鼻を傷つけず、泥だけをきれいに払った。双方名手だという。太傅の問処、斤を運んで風を成すに似る、大力量がかすめたんですか、たいていかすめてもどこ吹く風、寒毛卓立の人希少、痴人に夢を説くなかれ、かえってさんざんの目に会います。(箭みだりに発せず、こりゃ観念の物差しじゃないんです、清風正解ただこれ、なにをどう云ったって中るんです、語に響きあり、壁立万仞、取り付く島もないんです、まさに王太傅の言、ただこれ棒炉神既にあり、なんで茶銚を翻卻すと、いたずらに応ずるには、真っ二つにたたっ切られます。たってもう切られているのに、気がつかない。)応機善巧にあらず、そっぽ向いている、うまく答えられなかった。(泥団を弄する、ああでもないこうでもないやるんです、自分にけりがついていない、キリスト教のよに、虎の威を仮る狐の弁です、ふがいないがさつです、まあしかし朗上座、他の三百代言とは違います、方木円孔に逗す、そりゃ一本筋が通ってます、言を左右の醜悪じゃない、板担漢っていうこったさな。)悲しむに堪えたり独眼龍、これ招慶の飯を喫しおわって、かえって江外に去って野たいを打すという、実感が籠もっています、他をあげつらう意なぞてんからないんです。(二股膏薬なんてないのさ、ものはあるようにしかない、そうだよこれがわかるやつ皆無。単を示すが禅。)いまだ牙爪を呈せず、独眼龍だから牙爪。(また他を欺くことを得ず、なんの牙爪とか説かん。)牙爪開く、非人その便りを得たり、ぶんなぐったより効いているんだけどな。(雪竇卻って些子にあたれりというがほどに、茶炉を踏み倒す以前。)雲雷を生ず、龍です。人のはるかに届くあたわず、これを知らないんだなあ、くどくどと云いつのってさ、わっはっは民主主義の対等だってさ、どうもならんなこやつ。(尽大地の人一時に棒を喫せん。旧参底も卻って取り付く島もなし。旱天の霹靂、はいこれ仏。)逆水の波幾囘をか経る、響き伝わるんですかわっはっは、そんなもな知らん。(七十二の倍は百四十四。)

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2007年7月27日 (金)

へきがんろく

第四十八則 王太傅煎茶

本則・挙す、王太傅招慶に入って煎茶す。(作家相聚る、須らく奇特有るべし。等閑に無事ならんや。大家一隻眼を著く。禍を惹き来れり。)時に朗上座、明招の与に銚を把る。(一火泥団を弄する漢。煎茶を会せず、別人を帯累す。)朗茶銚を翻卻す。(事生ぜり。果然。)太傅見て上座に問ふ、茶炉下是れ什麼ぞ。(果然として禍事。)朗云く、棒炉神。(果然として他の箭に中り了れり。妨げず奇特なることを。)太傅云く、既に是れ棒炉神、什麼としてか茶銚を翻卻す。(何ぞ他に本分の草料を与へざる。事生ぜり。)朗云く、官に仕ふること千日、失一朝に在り。(錯って指注す、是れ什麼の語話ぞ。杜撰の禅和麻の如く粟に似たり。)太傅払袖して便ち去る。(灼然として作家。他に許す一隻眼を具すことを。)明招云く、朗上座招慶の飯を喫卻し了って、卻って江外に去って野たいー木へんに埋ーを打す。(更に三十棒を与へん。這の独眼龍只一隻眼を具す。也須らく是れ明眼の人点破して始めて得べし。)朗云く、和尚作麼生。(拶著。也好し一拶を与ふるに。終に這般の死郎当の見解を作さず。)招云く、非人其の便りを得たり。(果然として只一隻眼を具す。一半を道ひ得たり。一手擡一手搦。)雪竇云く、当時但茶炉を踏倒せん。(争奈せん賊過ぎて後弓を張ることを。)

王太傅は長慶門下の居士、太傅は官名三公の一。招慶は泉州に在り、朗上座は雪峰下三世、長慶の嗣。明招徳謙、羅山の嗣巌頭下三世、一眼なり、独眼龍と呼ばれる。招慶のもとに煎茶す、官人という今の比じゃない、科挙の試験に及第して天子の補佐をする、県知事どころじゃないんです、それが煎茶する、(作家あいあつまる、いずれ錚々たる龍像が参列する、そりゃ並みのこっちゃない、必ず大力量です、ただもう無事禅の一般じゃない、うっふうろくでもないことが起こるぞ。)時に朗上座、明招のために銚を把る、銚とは茶を温める器、柄あり口あるもの。(一火泥団を弄するの漢、居眠りやってんじゃねえやっていう、余計ごとですか、わしもお茶席大嫌いで、作法も知らぬからエロ話、うっふ二度と招ばれない、煎茶を会せず、別人を帯累す。無心ではない。)朗茶銚を翻卻、投げ出す、ひっくりかえす。(事が起こったな、はたして。)太傅見て上座に問ふ、茶炉下是れなんぞ。(ほうらろくでもなく、無孔の鉄鎚、抜け道のないはずが。)朗云く、棒炉神。炉端の神さまですか、等閑にせずってこってすか、おのれ神さま。(はたしてひっかかったな、神さまになっちゃった、いやまあたいしたもんです。)太傅云く、すでにこれ棒炉神、なんとしてか茶銚を翻卻す。(どうして上座に本分の草料、なるほど一句ありっても云わずと、ぷるっともしない平静の問いです、さあてさ事生ぜり。)朗云く、官に仕えること千日、失うは一朝。(そりゃ違うんですよ、始めから云いたかったんですか、口を突いて出るにしては、かくあるが故に参禅、浮き世は実に危脆なりという、建て前担板漢。)太傅払袖して去る、そうです一般の人これができないんです、とやこう云わず、答え200%です。わしもたいてだめだな、一昨日おいでとかなんとか、(こりゃたいしたもんだってね、わからんちんも一隻眼を具すによし。)明招云く、はたして他また道う、朗上座、せっかく招慶の飯を喫しおわって、卻って江外に去って、まあさ江湖会の外ですか、野たいを打す、枯れ木の根っこを叩く、役に立たぬことをしているというんです。(更に三十棒、明招独眼龍、まあさよくよくこれを見るがいい。)朗云く、和尚作麼生。(うんまんざら死んでるわけじゃねえや。)招云く、非人その便りを得たり。いやしいやつめっていうんです、てめえのいやしさがわかったか、再度茶銚を翻卻して、呵呵大笑するによし、でなくば。(独眼龍一半を云い得たり、一つもたげりゃ一つゆるむ、仕残したぞ。)雪竇云く、当時但茶炉を踏倒せん。(払袖して去るのほうがいいかな、いかんせん泥縄。そりゃまあ泥縄。)

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2007年7月26日 (木)

へきがんろく

頌・一二三四五六。(周して復始まる。滴水滴凍。許多の工夫を費やして什麼か作ん。)碧眼の胡僧も数へ足さず。(三生六十劫。達磨何ぞ曾て夢にだも見ん。闍黎什麼としてか知って故に犯す。)少林謾に道ふ神光に付すと。(一人虚を伝ふれば万人実と伝ふ。従頭来已に錯り了れり。)衣を巻いて又説く天竺に帰ると。(一般の人をれんー貝に兼ー殺す。麼羅ーみなりっしんべんがつくー少なからず。)天竺茫茫として尋ぬるに処無し。(什麼の処にか在る。始めて是れ太平。如今什麼の処にか在る。)夜来卻って乳峰に対して宿す。(汝が眼晴を刺破す。也是れ風無きに浪を起こす。且く道へ、是れ法身か、是れ仏身か。汝に放す三十棒。)

一二三四五六周してまた始まるんですか、でなきゃ無限に続く、一一滴水滴凍、一ありゃまったく済むんです、うっふっふ済まないで凍るんですか、氷が溶けてもって仏ですか、仏といういらんお節介ですか、なんのなんの。(六不収という、参禅の要決ぜひこれを得て下さい、以無所得故菩提薩たです、坐っているとどうしても欲しい、悟りたい、楽になりたい、ぜんたい無上楽、だからとやるんです、かすっともかすればそれを把る、こうだと握り締めるに従い、不都合です、滴水滴凍わっはっは凍っちまうですか、すわち把握する処を、放して行く、一一に放してもって、ついには放すことの不用を知る、なあんだおれ要らないだてなもんです、工夫なし、工夫をする人なし、況んや全体はるかに塵埃を出ず。宗乗自在なんぞ工夫を費やさん、このなーんにもなしがまったく足るんです。仏教という他宗という、あらゆる一切が一目瞭然、いえさ目なんかなく、了然です。だれ何云ったて彼が腐れ心根をさらけ出すだけです。云ったってわかんなきゃ、手引くだけだな。服と不服とは医の科に非ず。)碧眼の胡僧は達磨さんです、数え足さず、まあそういうこってす。(三生は前生今生生まれ変わって次の世ですか、六十劫一劫は五光のすりきれってやつで、たいていまあこのぐらい挙げときゃ足る。達磨さんもかつて夢にだも見ず、生臭坊主なんによってかことさらに犯す、一二三四五六ともとこうあるのへ、仏だの禅だのおっぱじめるな、七を加えってね。)少林謾りに云う、神光に付すと、達磨さんが二祖慧可大師に法を付したということ。(一人虚を伝えれば、万人実と云う、そうなんですよ、なんにもないものを仏と云い、観音大師という、崇め奉るんです、あっはっはだからいいんですよ、キリスト教みたいに、有るものを崇め奉ると、まあさオームどころじゃない、人殺し集団ひすてりーなんせ犯罪の集大成、そろっと脱して下さいよ、インカの宗教のほうがよっぽど立派です。)衣を巻いて説く天竺に帰ると、達磨さんの棺には草鞋一つ、天竺へ帰ったと伝えられる。(尻尾巻いて帰ったと云われるが落ち、もらとは恥、大恥かきです。)天竺茫茫として尋ぬるに処無し、個々別々、廓然無聖です、完全に跡を消すとは、跡を消すというあとかたを残さないんです、茫茫です、知らんわいと云って、夜来卻って乳峰に対して宿す。雪竇山には双峰あって、乳峰と呼ぶ、(へん格好付けやがって、いらん波風を起こすふう、これ法身か、これ仏身か、汝にゆるす三十棒、あっはっは肯がったってこと。)

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2007年7月25日 (水)

へきがんろく

第四十七則 雲門六不収

本則・挙す、僧、雲門に問ふ、如何なるか是れ法身。(多少の人疑著す。千聖も跳不出。漏逗少なからず。)門云く、六不収。(斬釘截鉄。八角の磨盤空に走る。霊亀尾を引く。朕兆未分の時薦得するも、已に是れ第二頭。朕兆已に生じて後薦得せば、又第三首に落つ。若し更に言語上に向かって弁得せば、且喜すらくは没交渉。)

如何なるか是れ法身、法身として別にあるわけではない、(多少の人疑著すと、多く過ってこれなんぞと、法身というからには特別にある、特別とはこうあるべき、こうあらねばならぬという、理想観念ですか、実際を無視する、従い千差万別、どこまで行ったってきりがない、人の生活はこれが右往左往です、まあさこのぐらいでと、強いて落着、一朝事あると木端微塵です。うっふっふするとようやく仏門、おのれをどうしようかという問題になる、なに木端微塵そのもの。ゆえにこれを求めるのに、仏を習う、仏道如何と問う人、かえって百年河清を待つ、どうにも切羽詰まった人が、いっぺんに行く。はいそうです、殺し文句の世界から、夢にも見なかった真実です。取り付く島もないあなたという本来に、行き合おうとする、取り付く島もないそのまんま。)門云く、六不収。無眼耳鼻舌身意という、まずもってこれを知って下さい、もとっからそのようにできている、他にはないんです。眼も鼻も舌もなし、いえちゃーんとここにあるではないかという、でも実感すること不可能、耳も鼻も知らないんです、無色声香味触法です。教えられて知る草々です。耳で聞こえると云うから聞こえるんです、嘘なんですよ。観念がんじがらめを元へ復す。自分というものがまったく失せる、玉露宙に浮かぶ。門扉に足を挟まれて、骨折する、激痛です、それが痛みいずれの処にかある、痛いことは痛い、どこが痛いかわからない、雲門の初関はこれであった。坐っていて、就中うまく行かない、たしかに身心脱落という、なぜうまく行かない、ないはずのものがある、もっと坐ればという時に、六不収です、まあさ向こうへ押しやるふう、てめえに責任ないよとさ、てめえのものとしている、そやつを解き放つ、はい解き放っている、そやつをおっぱなす、(斬釘截鉄、すったもんだする、みーんなてめえでこさえている、これを氷解するには、てめえのものとするのを休む。まさに六根六境六塵、雲散霧消すると、なんだなーんにもないなんて云ってないんです、黒漆のこんろん夜に走る、八角の磨盤、まあさ八角した磨いた盤でしょ、そいつが吹っ飛んで行く、霊亀尾を引くと、ユーレイカわっはっは。朕兆未分の時、分別観念の生ずる以前ですか、生まれる以前、そりゃ坐ってごらん、たしかに元の木阿弥、おのれを知らないんです、一念起こって忘我から返る、ものみなあるんですか、はい第二頭に落ち、第三頭に落つ、悟跡の休缺なるところ、如何が示さん、そうねえ、こうなって初めて人間です、右の頬を打たれりゃ左を差し出せなどいう、観念倒れのうんちと違います、観念とは無能です、わかったといっていよいよわからない、それをもってやたらにとっつく、未消化うんちのどっ汚さ。没義道の犯罪。)

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2007年7月24日 (火)

へきがんろく

頌・虚堂雨滴声。(従来間断無し。大家這裏に在り。)作者酬対し難し。(果然として知らず、山僧従来是れ作者にあらず。権有り実有り、放有り収有り、殺活擒縱。)若し曾て流れを入すと謂はば、(頭を刺して膠盆に入る。喚んで雨滴声と作さずんば、喚んで什麼の声とか作さん。)依前として還って不会。(山僧幾くか曾て汝に問ひ来る。這の漆桶我に無孔の鉄鎚を還し来れ。)会不会。(両頭坐断す。両処分れず。這の両辺に在らず。)南山北山転たほうー雨にさんずいと方ー霈。(頭上脚下。若し喚んで雨声と作さば即ち瞎。喚んで雨声と作さずんば、喚んで什麼の声とか作さん。這裏に到って須らく是れ脚実地を踏んで始めて得べし。)

虚堂雨滴声、自分というなーんにもないんです、雨滴声だけがある、雨音が聞こえるのか、聞こえないのか、聞いているものがない、向こう合わせです、釣られっぱなしですかあっはっは。(従来間断なし、大家というそれっこっきりです、宇宙無限大ですか、いえそういう枠を食み出すんです。)作者酬対し難し、作者という、人のふんどしで相撲を取る、見たふう聞いたふうではない、だれが何を云っただからではない、キリストさま使徒の業績じゃない、ただこうある、どっちかというと赤ん坊ですか、でもって作家かというと、良寛さんなんか平然人の歌を真似る。酬対し難し、あるとき雨滴声消え、あるとき万雷の如くし、あるとき邪魔にはならず、あるとき快く、すなわちものみなよって起こる。(権あり実あり、大法これという、いえ因果必然これ、実際なり、放てば満てる、すなわち収める、坐ってみて下さい、たいていそうやってます、妄想めったらとかうっふっふ、雨滴声必ずしも権ならず放ならず、定の出入りまた他なし。)若しかつて流れをかえすと云はば、もとこうあるんです、とやこうの埒外です、仏としてこうあるべきを返上する、おのれは如何を休む、すると雨滴声ですか、永劫以前にこれありですか、まったくないんですか。(頭を刺して膠盆に入る、むさくるしいたとえですってさ。脳味噌刺してにかわ盆、そりゃ喚んで雨滴声となさば、なさずんばとやってりゃ、どうにもこうにも。)依前としてかえって不会。(標準なしを知る、楽になるんです、どこへどう転んで行こうがこれ、這の漆桶、らちあかん真っ黒けです、なんとかしようというからにまっくろけ、えいもうどうにでもなれと突っ放すと、はあーっとなんにもなくなる。)会不会。(好い悪い、こうすべきだやっているそれ、対峙を双眠する、すなわち坐の醍醐味です、あってもなくっても。)南山北山うたたほう霈。こらまあ蛇足。ほうはいとして雨の降るさま、だれの所有ですか、だれの無責任ですか、それともついに得るんですか、不用なんですか、総じて不可、いつだって雨は降るんです。(頭上脚下、人みなおのれもって無自覚の覚。)

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2007年7月23日 (月)

へきがんろく

第四十六則 鏡清雨滴声

本則・挙す、鏡清僧に問ふ、門外是れ什麼の声ぞ。(等閑に一釣を垂る。聾を患へずんば問うて什麼かせん。)僧云く、雨滴声。(妨げず実頭なることを。也好箇の消息。)清云く、衆生顛倒して己に迷ふて物を逐ふ。(事生ぜり。其の便を得るに慣ふ。鐃鈎塔索。他の本分の手脚に還す。)僧云く、和尚作麼生。(果然として敗缺を納る。槍を転じ来れり。妨げず当り難きことを。卻って槍頭を把って倒しまに人を刺す。)清云く、ほとんど己に迷はず。(咄。直きに得たり分疎不下なることを。)僧云く、ほとんど己に迷はずと、意旨如何。(這の老漢人を逼殺す。前箭は猶ほ軽く後箭は深し。)清云く、出身は猶ほ易かるべし。脱体に道ふことは応に難かるべし。(養子の縁。然も是の如しと雖も、徳山、臨済什麼の処に向かってか去る。喚んで雨滴声と作さずんば、喚んで什麼の声とか作ん。直に得たり分疎不下なることを。)

鏡清道付心、雪峰の嗣。鏡清僧に問ふ、門外是れ什麼の声ぞ。僧云く、雨滴声。清云く、衆生顛倒して己に迷ふて物を逐ふ。又問ふ、門外什麼の声ぞ。僧云く、鳩の声。清云く、無間の業を招かざることを得んと欲せば、如来の正法輪を謗ずる莫れ。又問ふ、門外什麼の声ぞ。僧云く、蛇蟇を咬む音。清云く、まさに謂へり衆生苦と。更に苦衆生有りと。雨滴声の公案、徳山臨済みまたいずれの処に向かってか去ると、雨滴声となさずんば、喚んで何とかなすと。かつて兄弟子、雨滴声に参じていたら、とつぜん聞こえなくなった、さあどうだと云う、わしは妄想裏に反応して、そりゃそういうこともあるさと云った。兄弟子取り合わず。妄想の人、かえってなんでもわかるという、キリスト教の牧師のように、見るもおぞましい、すべてなんでもわかるよいう、神を信ずるが故にですか、解かるという不都合。解からぬもっとも親切、これが単純の理を知らぬ、花は知らぬという、人間だけが知っている、知っているだけ嘘です、醜悪です。神を作し天上界という、いらぬお節介に地球が滅びます、汚れた手。すなわち信ずる者は救われるといって、すべては自分の思い込みを写す、知っていることしかわからない。はい、まずもって雨滴声に参じて下さい、心という有心という閉ざされたものを開いて下さい。(なおざりに一釣を垂る、食らいつく魚がはたしているか、てめえの知ったかぶりをもって答える、愚かな、つんぼ桟敷の真っ暗闇です、それが哀れを知るが故に。)僧云く、雨滴声。(妨げず実頭なることを、はい他にはないんです、知るも知らぬもないこれ。)清云く、衆生顛倒しておのれに迷うて物を逐う、はいまさにこれ他にはないんです、見る聞く思う行なうみな、迷い出してどうにもこうにもならんです、無苦集滅道と、まずもってほどき終わって下さい、泳ぎ出してどこへ行く、ほどけば仏、宗教を卒業して下さい、うるさったく騒がしく、かき汚すきりです。まずもっておのれという間違い、顛倒妄想を免れんことにゃ、なんにもならぬ、歩みを進むれば近遠にあらず、迷うて山河の箇を隔つ。さあこれ。(事生ぜり、あっはっは平地に乱を起こすんです、仏教というこの便に習う、他そりゃなしです、にょうこうたっさく、かぎやりとしばり縄。どうにもこうにもくんずれほんずれです、ついにこれを脱する、他の本分の手脚にかえす、うん仏教これってなもんです、虚空に消える。)僧云く、和尚作麼生。(完全負けを受け入れて始めて問いになるんです、てめえの答えを相手に云わせる、これひとりよがりの、自閉症、一神教の愚、思考停止です、学校の先生の鼻持ちならぬ。この僧通見槍になって転じ来る、さかしまにとって人を刺す、はじめてまっとうです、人間以外まさにこの生活あり。)清云うく、ほとんどおのれに迷わずと。これです、観念の人には届かぬです、ほとんどおのれに迷わず、(咄、じきに得たり分疎不下、なんとも云ってみようにない、手付かず、即ち実際です。ようやく人間の顔してます、なんでも説明がつく三百代言ではない、すっきりとは天上界の椅子じゃないんです。)ほとんどおのれに迷わず、意旨如何。(前箭は軽く後箭は深し。どういうことだ、こうあって他にはないはずの、)出身はなを易かるべし、悟という忘我体験ですか、我と有情と同時成仏、まさにこれを得る、こっちのほうがたやすい、脱体に道ふことは難かるべし、如来現じ来るに、就中とやこうあり、他にはまったくないんです、神が自分にとって変わるという、線型絵に描いた餅とは違うんです、いろんな宗教をごっちゃにする人いますが、仏教の他に真はないです、あとは色分けの世界、分別の延長です、そうじゃない標準はこれ。物差しのまったくない=おのれ。(養子の縁、臨済徳山と雨滴声つながりですか、あっはっははーいはい、まあいいようにやって下さい、まったく知らない明日。)

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2007年7月22日 (日)

へきがんろく

頌・編辟曾て挨す老古錐。(何ぞ必ずしも這の老漢を拶著せん。挨拶して什麼の処に向かってか去る。)七斤衫重し幾人か知る。(再来半文銭に直らず。直に得たり口扁担に似たることを。又卻って他に一籌をかち得らる。)如今抛擲す西湖の裏。(雪竇の手脚に還して始めて得ん。山僧も也要せず。)下載の清風誰にか付与せん。(自古自今。且らく道へ、雪竇他と酬唱するか。他の与に注脚を下すか。一子親しみ得たり。)

十八問のうち此を編辟問という、十八問という仏教辞典でも引けばくわしく出ているんでしょう、碧巌の評唱にも何種か出て来ましたが、なんせ上の空で忘れた。編辟という、布衫にひっかけて用いる、万法一に帰すとやっておいて、一何の処にか帰すと問う、編み辟よる、まあそんなふうに見て下さい。なんのとやこうじゃないんです、どかんとおのれのありようもって示す。曾て挨す、一たびまさにこうです、青州に在って一領の布衫を作る、重きこと七斤。老古錐は二、三十年参じ来たる、趙州まさに何十年、こりゃ一寸坐せば一寸の仏、一寸でも多く坐した者に軍配が上がるんです、いえ坐り方知らんけりゃ、なんぼ坐っても無駄骨、まずもって坐を我がものにして下さい、我を失い去れば手に入ります。(何ぞ必ずしも、別にそりゃ趙州でなくってもいいんです、自らという自閉症でなければ、木片石かけでいい、拶著するという、いったんは虎穴に入って虎児を得るんですか、そのあとどうなります、水の中にあって水を求める、虚空また重し。)七斤衫重し幾人か知る、さあ誰が為の衣ですか、狗子に仏性ありやまたなしや、云く無。如何なるか仏法の真髄、汝が云うは真髄ではなく皮袋であろうが。これ真ですか、衣ですか、知る人極めて希なり、南無観世音菩薩。(次に庭前の柏樹子と云ったって、半文にもならずは、世の坊主どもの問答、反吐吐きたくなるようなんしかいない。一発どーんと来るんです、口への字に結ぶきりです。これをしも一籌わっはっはそやつはご苦労さん。)いま抛擲す西湖の裏、問答ごと抛うっちゃうんです、すると始めて役に立ちます、哲学だ宗教だ最高の悟りだという、虫ピン刺して標本箱やっている、そんな馬鹿な。真人間に返るこったな。早くさ。(忘れるとは捨てること、自分というこの立脚のすべなし、でもって始めてなにかしら、すなわちあるとき有りあるとき無し。)下載の清風誰にか付与せん、趙州を継いで下さい、それっきゃ方法はないです、我青州にあって、一領の布衫を作る、重きこと七斤。趙州いずこにありや、七斤衫重しだけが残るんです、いいえさ残るとは何。下載あり上載ありですか。(しばらく道へ、雪竇他と酬唱するか、おやまあ孤独人、愁いありですか、うっふっふまあさ。)

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2007年7月19日 (木)

へきがんろく

第四十五則 趙州万法帰一

本則・挙す、僧、趙州に問ふ、万法一に帰す、一何れの処にか帰す。(這の老漢を拶著す。堆山積学。切に忌む鬼窟裏に向かって活計を作すことを。)州云く、我青州に在って、一領の布衫を作る。重きこと七斤。(果然として七縦八横。漫天の網を曳卻す。還って趙州を見る麼。衲僧の鼻孔曾て拈得す。還って趙州の落処を知る麼。若し這裏に見得せば便乃ち天上天下唯我独尊。水到れば渠成り、風行けば草偃す。もし或いは未だ然らずんば、老僧汝が脚跟下に在らん。)

万法一に帰す、一何れの処にか帰す、観念倒れではない、まさにもってこう成り終わって、いったいおのれはと問う、でなくばせっかく趙州の答えも、意味なさんです。なんだこりゃってことになる、我青州にあって一領の布衫を作る、重きこと七斤、まさにこうしているという、まったくの答えなんです、(這の老漢を拶著す、聞いてみるという、どうだお前も解かっているのかという、答えがあって問う、おおかたの人これで、もしくはなんの問いにもならん、話頭を転ずるだけのこと、ほんとうに聞くとは、ほんとうに知らない、わからないんです、すると自ずから答えです、百尺竿頭に一歩を進める、わからんのを忘れる、ものみな現前です。青州にあって布衫、つつそでみたいなもんですか、作っていて重さ七斤。どうですか堆山積学の吹っ飛ぶ処、ただのありよう、他に仏法はない、異物なく自分というよこしまなしにある、能書きしてもしょうがないか、趙州の答えに付け足し不要です。それをまたひっくりかえし、仏という悟りというはと、鬼窟裏の活計しない、一切手つかず、ものみなです。)如何なるか是れ祖師西来意。州云く、庭前の柏樹子。僧云く、和尚境をもって人に示すこと莫れ。州云く、老僧曾て境をもって人に示さず。ここのところが一般人にはわからない、能書きイメージングの世界しかないんです、何をどう説いても何か他にあると思っている、満足しないからです、捨て去ることこれ、他なしを知らないんです。(果然として七縦八横、ただの現実がもうめっちゃくちゃに見える、はあっと気がつきゃいい、趙州なく万法なく、すなわち趙州万法といっているおのれ、そいつが失せるんです、天上天下唯我独尊。うをうっとまったくこうあるんです、夢にだも見ないんですか、そこそこ見性した、問答つうかあなんてやってる人、不自由。水到ればみぞなり、風吹けば草のべふす、水を掬すれば月掌に有り、花を手折れば香衣に満つと、ほんとうにただの人に成り切る時節、はーいまったくただの生活が始まります、たった今死んでもいいんですが、なんという死ぬほどの喜び、想像を絶する美しさ。趙州を去って下さいって蛇足。)

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2007年7月18日 (水)

へきがんろく

頌・一曳石。(寰中は天子の勅。癩児伴を牽く。向上の人恁麼に来る。)二般土。(塞外は将軍の令。両箇一状に両過す。同病相憐れむ。)機を発することは須らく是れ千鈞の弩なるべし。(若し是れ千鈞ならば透ることを得ず。軽く酬ゆ可かえあず。豈に死蝦蟆の為にせんや。)象骨老師曾て毬をこんー車に昆ーず。(也人有って曾て恁麼にし来る。箇の無孔の鉄鎚有り。阿誰か知らざる。)争か禾山の解打鼓に似かん。(鉄けつ子。須らく這の老漢に還して始めて得べし。一子親しく得たり。)君に報じて知らしむ。(雪竇も也未だ夢にだも見ざること在り。雪上に霜を加ふ。汝還って知る麼。)莽鹵なること莫れ。(也些子有り。ろうろうとうとうーにんべんに龍と同と。)甘き者は甘く兮苦き者は苦し。(答話を謝す。錯って注脚を下す。好し三十棒を与ふるに。棒を喫し得る也未だしや。便ち打つ。旧きに依って黒漫漫。)

一に石を曳き二に土を般ぶ、新到のまずとるべき道という、石は且らく汝が曳くに任す、即ち中心の樹子を動著することを得ざれと。木平頌あり、東山は道窄く西山は低し。新到三転の泥を辭すること莫れ。蹉す汝が途に在って日を経ること久しきことを。明明たれども暁らず卻って迷と成る。僧あり問ふて云く、三転の内は即ち問はず、三転の外の事作麼生。平云く、鉄輪の天子寰中の勅。僧無語。平便ち打す。一曳石、(寰中は幾内天子の勅令が透る、苦労して重いものを運べというんですか、全力を上げよというんですか、天子の勅です、他まったくなし、だからこうすべきだっていうんじゃない、ただやる、まるっきりそれなり。)二般土。(塞外は将軍の令です、そりゃ同じこってす、仏そのものと外道とあるという、いえそんなことないです、なにやったってただこれ、土を担う多種じゃないんです、同じ死の病、憐れむべき自閉症じゃない。)機を発することは千鈞の弩、いしゅみ弓です、一発で死ぬ、二度三度射っては外れっぱなし、(若し千鈞ならば透ることを得ず、かったるいきりだっていうんです、死がまを射貫くんじゃない、軽く触れりゃ走る、良馬です、鞭影もいたずらにせず。)象骨老師、雪峰に象骨山あり、即ち雪峰一日玄沙の来るを見て、三箇の木毬、木のまりですか、をこんず、急に転がすさま、いっせいに転がした。玄沙即ち折牌、禅床にかけてある牌ですか、そやつをへし折る勢いをなす。雪峰深く之を肯う。しかも総てこれ全機大用の処なりと雖も、禾山の解打鼓にはしかずと。(だれにだって無孔の鉄鎚あり、あたかこれを知らざる、全機大用です、これなくんば禅にあらず、ただこれ。)いかでか禾山の解打鼓にしかず、君に報じて知らしむ、莽鹵なること莫れ。(這の老漢にして始めて得べしというんです、雪竇もまた夢にも見ざることあり、雪上に霜を加う、百尺竿頭一歩を進めて下さい、解打鼓と、あるいは一子親しく得たり、さあおまえさんはどうだ。)莽鹵おろかなでたらめです、微塵もそんなものはないんです、甘き者は甘く苦き者は苦いし、当たり前じゃあないかっていう、あるいは仏教を知るとはこれ、因果歴然を知ること、ひとりよがり我田引水の分がないんです、他の宗教とは比べものにならんです。(答話を謝す、錯って注脚をくだすと、はーい三十棒、さて痛棒を喫しうるや未だしや、糠に釘ですか、是か非か、すなわち打つ、旧によって真っ暗けうっふ。ちらともありゃ落第ですか。)

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2007年7月17日 (火)

へきがんろく

第四十四則 禾山解打鼓

本則・挙す、禾山垂語して云く、習学之を聞と謂ひ、絶学之を鄰と謂ふ。(天下の衲僧跳不出。無孔の鉄鎚。一箇の鉄楔子。)此の二を過ぐる者、是を 真過と為す。(頂門上に一隻眼を具して何か作ん。)僧出て問ふ、如何なるか是れ真過。(什麼と道ふぞ。一筆に勾下す。一箇の鉄楔子有り。)山云く、解打 鼓。(鉄楔、鉄しつり。確確。)又問ふ、如何なるか是れ真諦。(什麼と道ふぞ。両重の公案。又一箇の鉄楔子有り。)山云く、解打鼓。(鉄けつ。鉄しつり。 確確。)又問ふ、即心即仏は即ち問はず、如何なるか是れ非心非仏。(什麼と道ふぞ。這箇のきゅうー土に丘ーきゅうー土に及ー堆。三段同じからず、又一箇の 鉄楔子有り。)山云く、解打鼓。(鉄楔、鉄しつり。確確。)又問ふ、向上の人来る時、如何が接せん。(什麼と道ふぞ。他の第四杓の悪水に遭ひ来れり。又一 箇の鉄楔子有り。)山云く、解打鼓。(鉄楔、鉄しつり。確確。且らく道へ什麼の処にか落在す。朝に西天に到り、暮に東土に帰る。)

禾山無殷、九峰虔の嗣、青原下七世。習学という、仏はかくあるべし、仏法はかくの如くと習う、これ示す方はないと云うんです、もとなんにもないと 奪う、捨てよという。それが習う方は、あると聞き、なにものかになろう、得ようとする。なぜかどうしてもそうなるふうです。「あるあるというから、一生懸 命やって来たのに、なーんだなんにもなかったんじゃないか。」あるとき老師にそう云って笑われた。仏教という、とことんこうあるべきと知る、なんだこりゃ というんです。絶学之を隣と云う、なんにも得はしなかった、得るものなどないと知る時に、となりです、ようやく近い、入り口に立ったというんです。以無所 得故、菩提薩たボーディサットバ、修菩薩行です。仏道を習うというは自己を習うなり、自己を習うというは自己を忘れるなり、こう知ってこれを忘れるまでの こと、自分を忘れるんです。(天下の衲僧跳不出、取り付く島もないんです、無孔の鉄鎚、ぜんたいもって向かうよりない、そやつを木端微塵。いやさ鉄のくさ び、けつは木に厥です、忍者の道具みたいな、なんてえこったこりゃ、ぐさっと突き刺さるきり、他なし、命ないんですかこりゃ。)此の二を過ぎる者、これを 真過。忘れ去ってただの人になるんです、だったら始めから同じって、若しやまったく始めから同じ。(だから頂門上に一隻眼を具して何かせん、印下底だって いうんでしょう、なにか役に立ちますか。あるいは邪魔になるっきり、さあどうです。)僧出て問ふ、如何なるか是れ真過。(なんと云うぞ、一筆に勾下、一筆 に削る、習学絶学なんもかもをこの一問です、わっはっは削った分鉄楔子ですか。)山云く、解打鼓。太鼓の打ち方を解している、作務太鼓とか茶鼓一通とか、 行を起こすときに太鼓を打つ、とやこう解釈したってだめですよ、それという、これというのと同じか否か、世界察し来るに粟米粒の如し、面前に放過す、鼓を 打って普請して見よという、漆通不会という。せいぜいが省みる自分というものなしを知る。(忍者の道具さらいますか、確かめるによしって、あほか。)如何 なるか是れ真諦。解打鼓。即心即仏は問わず、如何なるか非心非仏。解打鼓。向上の人来る時、如何が接せん。解打鼓。なーるほど鉄楔、鉄しつり、ごろんと転 がってもって、他を解き放つことができるのか。悪水莫頭に注ぐ、王水みたいに溶かし去って、へんてこなかす作ったってしょうがない。あるあるという、朝に 西天に到り、暮れに東土に帰る、おおきにご苦労さん。

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2007年7月16日 (月)

へきがんろく

頌・垂手還って万仞崖に同じ。(是れ作家みあらずんば誰か能く弁得せん。何れの処か円融せざらん。王勅既に行れて諸候道を避く。)正偏何ぞ必ずしも安排に在らん。(若し是れ按排せば、何れの処にか今日有らん。作麼生か両頭に渉らざる。風行けば草偃べふし、水到れば渠成る。)瑠璃古殿明月を照らす。(円陀陀地。切に忌む影を認むることを。且く当頭なること莫れ。)忍俊たる韓ろーけものへんに盧ー空しく階に上る。(是れ這囘のみにあらず。蹉過了也。塊を遂うて什麼にか作ん。打して云く、汝這の僧と同参。)

洞山大師の五位かくの如く、正中偏、三更初夜月明の前。怪むこと莫れ相逢ふて相識らざることを。隠隠として猶旧日の嫌を懐く。偏中正、失暁老婆古鏡に逢ふ。分明覿面に真無し。更に頭に迷って還って影を認むることを休めよ。正中来、無中路有り塵芥を出ず。但能く当今の諱に触れず。也前朝断舌の才に勝れり。兼中至、両刃鋒を交へて避くることを須ひず。好手還って火裏の蓮に同じ。宛然として自ずから衝天の気有り。兼中到。有無に落ちず誰か敢えて和せん。人々尽く常流を出でんと欲す。折合して還って炭裏に坐す。あっはっはまずはこれ確かめてみて下さい、一つ通ずれば他自ずからに開けと、どうもこうも面倒くさと云う人、仏を得るのに六十二段あるという人、たしかに未だ到らず、いったいぜんたい何と問う、這の向上の境界に到って、まさに能く此くの如くの按排を消ひずと。他を接する為の動機、まずもっておのれを顧みて下さい。垂手、入てんー字を忘れたです、市井というほどの意味ー垂手という、ついには手を垂れて市井に入る、これ双六の上がりですか、あっはっは始めから入てん垂手の他なく、鬼窟裏に活計を成す、どうでもこれを得ようという、仏に成る他に人生の目的なしと知って、勤しむんです。すると一人抜きんでる、でもまったくその方向じゃなかったんです。三更初夜月明の前、怪しむことなかれ相逢ふて相識らざることを、いんいんとして旧日の嫌を懐く。水の中にあって渇を求める、たといどのような疑問でもいいです、どうしたらいいということあって一心に求める、求めるものこれ。ついに求め得て、入てん垂手がかえって万仞崖に同じ、実にこれ感想です、(そうしてちゃんとやってくんですよ、微塵も齟齬なし、でもおのれを知れるものまったくなし、円融という、悟った人は云々という、誤解の中というより、他は殺伐無神経です。しかも象王行くところ狐狸の類影をひそめ。飯田とう陰老師、酒を飲みながら一人これこれとやっていると、あのお宅の気違いさんまた来てまっせと、酒屋から電話が入った、あっはっはわしは俗人俗物そんなこたあないです、でも万仞崖。)正偏何ぞ必ずしも按排にあらん、いつだってほかは見えんのです、脱してのち始めて省みる、しかも未だしってことあります。いつだって100いや200%。(風吹けば草のべふし、水到れば路成る、実にこれ以外ないんです、なにをさ元の木阿弥の道。)瑠璃古殿明月を照らす、あるんですよ箇のありようです、境界なしといえども、人あり、人なしといえども、ちゃーんとあるんです、仏はたった一種。(影を認めることなかれ、わっはっはあるという、そんなこと云ったらいかんですか、殺伐を免れる、歩歩清風起こる。)忍俊たる韓ろ、韓氏の犬は俊狗なり、中山の兎は狡兎なり、そのろにしてまさにその兎を尋ねると、戦国策にあり、俊敏なる犬が階を駆け登って明月を見る、仏を求める、一を聞けば十を知る、目から鼻へ抜ける以上の俊敏です、でなかったら洞山五位も形無し、さあてさ、でもって駆け登ってついに明月を得ずですか、そるあつまらん、空しいったって、つまらんものこれ、空しいものっきりなく。(打して云く、汝とこの僧と同参。)

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2007年7月15日 (日)

へきがんろく

第四十三則 洞山無寒暑

本則・挙す、僧洞山に問ふ、寒暑到来、如何が回避せん。(是れ這箇の時節にあらず。劈頭劈面。什麼の処にか在る。)山云く、何ぞ無寒暑の処に向かって去らざる。(天下の人尋ぬるに得ず。身を蔵して影を露す。蕭何売却す仮銀城。)僧云く、如何なるか是れ無寒暑の処。(一般の人を兼殺す。他に随って転ず。也一釣に便ち上る。)山云く、寒時は闍黎を寒殺し、熱時は闍黎を熱殺す。(真偽を掩はず、曲直を蔵さず。崖に臨んで虎児を看る。特地一場の愁。大海を掀翻し、須弥を剔倒す。且らく道へ洞山什麼の処にか在る。)

洞山良价は曹洞宗の祖、黄龍の新和尚云く、安禅は必ずしも山水を用いず、心頭滅卻すれば火も自ら涼しと。これは信長に焼き討ちされた快川和尚、言葉の辺ではなく、まさに実際です。仏教の事は、絵に描いた餅ではなんにもならんです、三百代言、葬式商売のお布施坊主じゃ、ただもう醜悪なだけです、仏教をせいぜいがてめえの弁護に当てる、じゃどうしようもないです、まずもってそれを去って下さい。僧問ふ、寒暑到来如何が回避せん。(是れ這箇の時節にあらず、三百代言やってるんです、そうなったらどうしたらいいっていう、わっはっはどあほ。人はたいていこんなふうです、劈頭劈面まっすぐまっしんに中るんです、すると什麼の処にかあると、顧みる自分がない、そんなゆとりがないんです、もう半分救われています、脳内アドレナリンの問題じゃないんですよ。)山云く、なんぞ無寒暑の処に向かって去らざる、逃げるんじゃないんです、逃げれば追っかける、追えば逃げる、ものみなこれ。(天下の人尋ぬるに得ず、どういうものかこの道理が分からない、一年休職して仕事に出る、恐怖だという、どうしたらいいというから、逃げるな面と向かって行け、と示したら、そのように坐って満面笑う。身を蔵して影を露はす、理屈でもってかくあるべきじゃしょうがない、蕭何蛮国を伐たんと謀り、我に銀城ある之を売却せんと、蛮人見んとして、都に入る、一々之を捕らふと。まあさ面倒なこといらん、そっくり捕らえりゃいいんです、そっくりすりゃもとないんです。)僧云く、如何なるか是れ無寒暑の処。(そんじゃなんかそういういいところがあるんかって、はいありますよ、うふふ。)山云く、寒時は闍黎(出家のおまえさん)を寒殺し、熱時には闍黎を熱殺す、寒いきりになると、寒いを観察する、推し量る自分が消えるという、単純な理屈です、なにいよいよ耐えられないってんなら、死にゃいいです、まあそれっこっきり、快川和尚弟子とともにまさに焼け死んだ、百人が百人救われてあったんです、わっはっはどっちみち逃げ場なし。(真偽を掩わず、曲直を蔵さず、言い訳だから云々じゃない、あるものあるっきるです、崖に臨んで虎児を看る、仏を見ることあるんです、大海を掀翻し、須弥を剔倒す、如来が現ずるんですよ、ビッグバンの三つ四つポケットの中ってね、生死また互いに移る。)

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2007年7月14日 (土)

へきがんろく

頌・雪団打雪団打。(争奈せん第二機に落在することを。拈出するに労せず。頭上漫漫脚下漫漫。)ほう老の機関没可把。(往往に人の知らざる有り。只恐らくは不恁麼ならんことを。)天上人間自知せず。(是れ什麼の消息ぞ。雪竇還って知る麼。)眼裏耳裏絶瀟灑。(箭鋒相柱ふ。眼見て盲の如く、口説いて唖の如し。)瀟灑絶。(作麼生。什麼の処に向かってかほう老と雪竇と見ん。)碧眼の胡僧も弁別し難し。(達磨出で来るとも汝に向かって什麼とか道はん。打して云く、闍黎什麼と道ふぞ。一坑に埋卻せん。)

雪竇の意に云く、当時若し雪団を握って打たん時、居士たとひ如何なる機関有るも、亦構得し難からん。居士にしてやられてはなーんて思うのは、そりゃわしばかりじゃあるまいが、他の禅客を打つには間が抜けたと思ったら、こりゃほう居士を打つ、あっはっは間違えた。(いかんせん第二機に落在する、これもと手付かずの真相、そりゃ手付けたら第二機です、雪に能書きいらん、正しくかくの如く降る、これあって他なし、拈出する花一輪、なにをまた余計事を、頭上漫漫脚下漫漫、やっぱり間が抜けた。)ほう老の機関没可把、まったく捉えようがない、そりゃそうです、心を捉えようがない、ゆえに無心です、心がないと読む。(これを仏と云い、禅機横溢という、そりゃひいきの引き倒しにもならん、お釈迦さんを冒涜するものです、ただこうある、あるいは自知する能わず。)天上人間自知せず、ただもうまったくこの中にあるんです、無自覚の覚にして、かつがつ届く、はい雪月花ものみなです。(それゆえに云う、是れなんの消息ぞ、雪竇かえって知るや。)眼裏耳裏絶瀟灑、わずかに無眼耳鼻舌身意なんです、想像を絶するんです、もとのありようただこれ、早く父母未生前を得て下さい、わずかに雪の降るを知る。ものまねでない生活、空前絶後事。(あっはっはものみなぴったりは、盲の如くつんぼの如しだとさ。)瀟灑絶、そりゃ当たり前だ、瀟灑だのいう醜悪、そうねえもう一つ醜悪を云えば、雪舟の絵を見るにいいです、たしかにこれがありよう、見事に写しています。個性なんて関係ないんだったらばさ、どあほ。(いずれの処に向かってか、ほう老と雪竇を見ん。)碧眼の胡僧も弁別し難し、もと一物もないんです、歴史始まって以来って、別に歴史なんていう、胡散くさいものにはよらん、空劫以前からこのとおりです、わずかに主客転倒事、さあ云え云え、(馬鹿に付ける薬なし、ものまねでない一句。闍黎なんと云うぞ、一劫に埋卻せん。)

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2007年7月13日 (金)

へきがんろく

第四十二則 ほうー广に龍ー居士好雪片片

本則・挙す。ほう居士、薬山を辞す。(這の老漢作怪也。)山十人の禅客に命じ、相送って門首に至らしむ。(也他を軽んぜず。是れ什麼の境界ぞ。也須らく是れ端倪を識る底の衲僧にして始めて得べし。)居士空中の雪を指して、云く、好雪片片別処に落ちず。(風無きに浪を起こす。指頭に眼有り。這の老漢言中に響き有り。)時の全禅客といふものあり、云く、什麼の処にか落在す。(中れり。相随来也。果然として鈎に上り来る。)士打つこと一掌。(著。果然として鈎賊破家。)全云く、居士也草草なることを得ざれ。(棺木裏に瞠眼す。)士云く、汝恁麼に禅客と称せば、閻老子未だ汝を放さざること在らん。(第二杓の悪水溌ぎ了る。何ぞ止だ閻老子のみならん、山僧が這裏も也放過せじ。)全云く、居士作麼生。(そー鹿が三つー心改めず。又是れ棒を喫せんことを要するか。這の僧頭より尾に到るまで頼を著ず。)士又打つこと一掌、(果然。雪上に霜を加ふ、棒を喫し了って款を呈せよ。)云く、眼見て盲の如く、口説いて唖の如し。(更に断和の句有り。又他の与に判語を読む。)雪竇別して云く、初問の処に但雪団を握って便ち打たん。(是は即ち是。賊過ぎて後弓を張る。也漏逗少なからず。然も是の如しと雖も、箭鋒相柱ふを見んと要す。争奈せん鬼窟裏に落在し了ることを。)

ほう居士、馬祖石頭の両処に参じて頌有り。初め石頭に見えて便ち問ふ、万法と侶為らざる、是れ什麼人ぞ。声未だ絶えざるに、石頭に口を掩卻せられて、箇の省処有り。頌を作って道はく、日用事別無し。唯吾自ら偶諧す。頭頭取捨に非ず。処処張乖没し。朱紫誰れか号を為す。青山点埃を絶す。神通并に妙用。水を運び及び柴を搬ぶと。後に馬祖に参じて、又問ふ、万法と侶為らざる、是れ什麼人ぞ。祖云く、汝が一口に西江水を吸尽せんを待って、即ち汝に向かって道はん。士豁然として大悟し、頌を作って云く、十方同聚会。箇箇学無為。此れは是れ選仏場。心空及第して帰ると。ほう居士薬山を辞す、薬山惟儼は青原下三世、(這の老漢作怪也、そこらじゅうはやらかして、薬山会下にもほしいままにする。なんじゃいって云うんです、あっはっは。)山十人の禅客とおいともに送って、山門に到る、(いや存分なんもんですか、これなんの境界ぞ、人騒がせじゃなく、あるものはちゃーんとあるんです、でなきゃどうもこうもないです。)居士空中の雪を指して、好雪片片別処に落ちず。これを知る、まさに本来人、悟り終わって悟りなしの、ただの人、生悟りも一般人も、雪降るのも見えず、どこへ降るかも知らず、生きている甲斐もない、死んでも死に切れず、ただこれ。(風無きに乱を起こす、試みに挙す、看よと、指頭に眼あり、言中に響きあり。むだっことってないんですよ、でなくばなんの参禅、みなまた忘れ去って無為の真人。)全という禅客あって、いずれの処に落在す、どこに落ちるんだと聞く、まるっきりわかってないんです、(あっはっは、やっぱり一匹ひっかかったわ。しょうもねえやつ。)居士打つこと一掌。こやつに落ちるに決まってるじゃないか、他にどこに落ちるんだ。(せっかく賊がはらばたさらけ出し、でしゃばり。)全云く、草草なることなかれ、そんな乱暴なっていうんです、うっふ、一般の人みなこれ、瀬戸内寂聴の本が売れるわけ、みんな仲良く平和に、笑う門には福来る、ぶんなぐっちゃあいかんよ君。棺桶の底で目を瞠るんですか。居士云く、そんなんで禅客と云うのか、閻魔さまに足ひっつかまってじたばた。(二杓めの悪水ですか、別にただほんとうのこと云ってるだけです、錯によって錯につくって、雪は片片別処に落ちず、てめえはどうあるべきの、地獄問答ついに絶えることなく、なんというてめえに首突っ込んで歩くお化け。)全云く、居士そもさん。どうなんですって、答えそのまんまのやつを。(そ鹿三つはさわがしい、なっちゃいないでたらめ=俗人常識をなをそのまんま、こんなの棒を喫する価値があるんか、徹頭徹尾なーんもならん。)また打って云く、眼見て盲の如く、口説いて唖の如し、(わっはっは夢にだも見ずですか、雪上に霜を加う、ちったあ利けばいいたって蛇足、款を呈しって罪状認否をまずしなけりゃ、仕方がない、判決下すわな。)雪竇別して云く、初問の処、どこへ落ちるという全の問いです、雪団を握って即ち打たん、(是は是、だけど間が抜けている、箭鋒あひささう、必ず当たればいいです、たいていまたではどうしたらいい、おれはいかにとおっぱじめるきりだ。)

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2007年7月12日 (木)

へきがんろく

頌・活中に眼有り還って死に同じ。(両つながら相知らず。翻来覆去。若し蘊籍にあらずんば、争でか這の漢の緇素を弁得せん。)薬忌何ぞ須ひん作家を鑑みることを。(若し験過せずんば、争でか端的を弁ぜん。遇著して試みに一鑑を与へよ。又且つ何ぞ妨げん。也問過せんことを要す。)古仏尚ほ言ふ曾て未だ到らずと。(頼に是れ伴有り。千聖も也伝へず。山僧も亦知らず。)知らず誰か塵沙を撒することを解す。(即今也少なからず。開眼も也著、合眼も也著。闍黎恁麼に挙す、什麼の処にか落在す。)

活中に眼ありかえって死に同じ、どこまで行ってもってことあります、いつだって自分というよこしまです、認める者あり、認められる者ありする、あるいはふしだら、あるいは放任、でなくばかたくなです、大死一番大活現成なら、そいつを毎日やって毎日役立たず、もとこのとおりあるという、こっちの預かり知らぬところ、直ちに歓喜ありという、坐るごには重石を外す、うわっはっはそいつはご苦労さん、でもなんせえ、住むに処なし、生きるも死ぬもなし、あーあ大欠伸もやっぱりなし、うっふ。(大活も大死も知らぬ、知る自分がないんですか、じゃなんにもならんといって日々新しく、翻来覆去、そりゃもうまさに他なし、禅者の生活とはこれ、蘊籍は、温雅蘊籍有りと、よくよくの善知識雪竇を持ち上げる、渠でなけりゃかすっともかすらないよ。)薬忌、食い合わせが悪い、毒となるもの、何ぞもちいん、賊というんでしょう、どうも頭なぜてありようにこれを説く、どだいそんなものないんです、食い合わせ悪いのを、どかんとぶっつける、作家用いるに、蛙の面に水。(験してみなけりゃわからん、大死底の人如何、これと示すにこれ大死底の人、ちらともありゃ木端微塵、わっはっはそいつは幸い。一鑑という、あいつはこうだと答えを出すんですか、そりゃ剣呑、問いは活か死か、蛸の八足、死んだやつが動く、適う者なし。)古仏なを云う未だ到らずと。これこれ、投子の姿、お釈迦さま達磨さん仏祖師みなもってかくの如しです、到り得る、滞る同じ、赤貧洗うが如くして、はじめて人間本来のありようです、だからと云って他の一神教の狂信未だしとは、まったく関係がないんです、すべての宗教は同じなどいう、あっはっは宗教を卒業して、はじめて地球のお仲間入り、宗教即ち人間という爪弾きもの、無宗教は雑念です、不法投棄の公害物質、いいですかよくよく省して下さい。(千聖も伝えず、山僧もまた知らず。)知らずだれか塵沙を撒することを解す、塵沙を撒す、目つぶしの砂を撒くんです、趙州の説得、狗子に仏性ありや、云く無。如何なるか是道、大道通長安、驢を度し馬を度す石橋、さあこいつが目つぶしになっちゃ、そりゃそれまでのこってす、命なんていくらあったって足らない、大死一番大活現成、塵沙の滅するなしですか、わっはっはさあどうぞ。(まあさ千聖不伝の所。)

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へきがんろく

第四十一則 趙州大死底の人

本則・挙す、趙州投子に問ふ、大死底の人卻って活する時如何。(恁麼の事有り。賊は貧児の家を打せず。曾て客と作るに慣れて方に客を憐れむ。)投子云く、夜行を許さず。明に投じて須らく到るべし。(樓を看て樓を打す。是れ賊、賊を識る。若し同床に臥するにあらずんば、焉んぞ被底の穿たれるを知らん。)

投子大同、翠微学の嗣、青原下五世、趙州投子に問ふ、大死底の人卻って活する時如何、大死一番大活現成というでしょう、だからどうのの横滑りは駄目です、死んで蘇るは一回こっきり、死んでみなけりゃどうもこうもならんです、死ぬことは誰にでもできる、仏の法は平等です、学者坊主にはあるいは関係がないんです。死ぬとは死んだらそれっきりです、蘇るなんてない、到り得帰り来たって別事無し、柳は緑花は紅、水を掬すれば月掌に有り、花を拈ずれば香衣に満つ。どうですか自分という邪、架空のものが一切失せている、(恁麼の事有り、悟りという必ずこれがあるんです、でなかったら役に立たない、羅漢果を得る、忘我のことあって始めて修菩薩行です、でなかったら三百代言、実際を知らぬたわけです。賊という、杓子定規によらぬ、本来人自由無碍にはなれんです、刺を抜き氷を水に返す、他に仏教という手段があるわけではないんです、なすことこれ賊、貧からは貧を奪え、すかんぴん盗むものなし、主客転倒事、憐れむには愚かしく、うっふっふ間が抜けているんですか。口を開けばこれ、開かずとも別。)投子云く、夜行を許さず、明に投じて須らく到るべし。夜行のできないのを悟りというんです、自閉症坊主どもの夢にも見ぬこと、まさにまる裸、隠れるに物陰なし、しかもかくの如くといえども、夜行を許さず、痛棒を食らってはいと、三拝九拝です、如来現ずといって、浮き世のことは夢のまた夢ですか、しかも身勝手無しを、どう戒めればいい、趙州投子の大問題ですか、たとい六十歳再行脚、我れより勝れる者は、たとい三歳の童子と雖も是れに師事し、我れより劣れる者は、たとい百歳の老翁と雖も、是に示さんという、明に投じて須らく到るべし、ただこれあり。(樓を看て樓を打す、なにほどか物を持ってりゃそいつを奪う、ちらともありゃ不要です、賊賊を知るんです、若し同床に臥するにあらずんば、焉んぞ被底の穿たれるを知らん、根本これ、それ以外に一切事なし。

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へきがんろく

頌・聞見覚知一一に非ず。(森羅万象一法有ること無し。七花八裂。眼耳鼻舌身意。一時に是れ箇の無孔の鉄鎚。)山河は鏡中に在って観ず。(我が這裏、這箇の消息無し。長者は自ら長、短者は自ら短。青は是れ青、黄は是れ黄。汝什麼の処に向かってか観ん。)霜天月落ちて夜将に半らならんとす。(汝を引いて草に入り了れり。遍界曾て蔵さず。切に忌む鬼窟裏に向かって坐することを。)誰と共にか澄潭影を照らして寒き。(有り麼有り麼。若し同床に睡るにあらずんば、焉んぞ被底の穿たれるを知らん。愁人愁人に向かって説くこと莫れ。愁人に説向すれば人を愁殺す。)

聞見覚知一一に非ず、見聞覚知という世間一般他にはなし、わずかに奇跡と云い、天才を発揮して妄想を切り開くという、葦の髄から天井を覗く、自分という見るものあって、他という見られるものあってする、百年河清を待つ、どこまで行っても世の中面白うもない、したがいヒットラーだ戦争だ共産主義平和だって、くそかきべらのごったくさ。一一に非ず、わずかにこれを知る、もと掌するんです。(森羅万象のかくあるべしということないんです、森羅万象のそのまんまとは、まるっきり見えないのと同じですか、七花八裂ものみな歓喜、無眼耳鼻舌身意、玉露宙に浮かぶ、無孔の鉄鎚。)山河鏡中に在って観ず、形影相見るが如くの、宝鏡三昧、汝これ渠にあらず、渠まさにこれ汝、鏡というよけいものがないんです、自分という仮処分を免れる。(わが這裏、這箇の消息無し、はーい自分で確かめてください、汝いずれの処に向かってか観ん。)霜天月落ちて夜まさに半らならんとす。(汝を引いて草に入らんとす、霜天月落ちての風情ですかあっはっは、遍界曾て蔵さず、特別ということないんです、おれはだからということを止める、できますか、けっこう不可能に近いんですよ、転ばぬ先の杖不要、だからといって坐禅に凝る、こりゃ反対っこですよ。)誰とともにか澄潭、澄み切って底無しの水です、影を照らして寒き、まあさそんな風情です、一般の我欲妄想を離れる、夢がないんです、生死という味付けなし。(有り也有り也と問う、だれがだれに向かって、愁人という、まるっきりの一人ぼっちですか、だからって何をどうするわけもなし、愁いなきにしもあらず。切に見るただこれ。)

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2007年7月 9日 (月)

へきがんろく

第四十則 南泉一株花

本則・挙す、陸亘大夫、南泉と語話する次、陸云く、肇法師道はく、天地と我と同根、万物と我と一体と。也甚だ奇怪なり。(鬼窟裏に活計を作す。画 餅飢えに充つべからず。也是れ草裏に商量す。)南泉庭前の花を指さて、(什麼とか道はん。咄。経に経師有り、論に論師有り、山僧が事に干らず。咄。大丈夫 当時一転語を下し得ば、唯南泉を截断するのみにあらず、亦乃ち天下の衲僧の為に気を出さん。)大夫を召して云く、時の人此の一株の花を見ること、夢の如く に相似たり。(鴛鴦を終し了って君が看るに従す。金針を把って人に度与すること莫れ。寐語すること莫れ。黄鶯を引き得て柳条を下らしむ。)

陸亘大夫、字は景山、蘇州の人、南泉門下の居士。肇法師は晋時代の高僧、羅什門下の四哲という、幼年より好んで老荘を読む。後に古維摩経を写すに 因って悟処有り。老荘の意に云く、天地は形の大なり。我が形亦しかなり、同じく虚無の中に生ずと。ただこれ斉物を論ず。肇公の意は、性は皆自己に帰するこ とを論ず。見ずや他の論中に云く、それ至人は空洞として象無し、而して万物は我が造に非ざる無し。万物を会して自己と為る者、それ唯だ聖人かと。神あり人 あり、賢有り聖有り、各別なりと雖も、しかも皆同じく一性一体なり云々。石頭因に肇論を看る、万物を会して自己と為すという処に至って、豁然として大悟 す。のちの参同契を作る。陸亘大夫即ち問う、天地と我と同根、万物と我と一体、また甚だ奇怪なりと。そうねえ今の人観念倒れ、こういう知識あってだからど うだと云ってそれっきり、奇怪なりとも云わぬ。仏法についても同じです、血肉ということを知らぬ、皮肉にもならんですか。人格以前です、ぜにもうけ一辺倒 の若いのも、役人官吏の成り上がりもついに人に非ず、がきにもならんどうしようもなさ。まずもってこれをなんとかせにゃ、そりゃ仏教どころじゃないです、 せっかく仏も仏という技能、流行りぜにかね、悟りという物流ですか。しかもそれにも気が付かない、恥曝し。こりゃどうにもこうにもです。天地と我と同根、 そりゃそうだだからじゃない、確かめるとは忘れ去ること、万物と我と一体の生活です、画餅じゃ腹いっぱいにならぬ、甚だ奇怪なりをもって、他なしにぶっつ けるよりないんです。(草裏に商量すという、比較検討して、是非善悪を云う、つまらないだけ、悟りとは一回的、通身もてする故に、悟り終わって悟りなし、 忘れ去ってはじめて是れ、始めて修菩薩行です。)南泉庭前の花を指して、(何を云おうってんだ、経には経師あり、論には論師ありってのはむかしからです、 0x式テストのあんちょこ、正解とは何、てめえもとっから正解、0もxもたといなんたってこれ。汝に三噸の棒を許すと。)大夫を召して云く、時の人此の一 株の花を見ること、夢の如くに相似たり。はいこれもそういう知ったかぶりじゃないんですよ、如実に見ることが、どれほどのことか、天地雲泥どころじゃない ことを知る、時の人、はいあなたは未だ生きた覚えなし、夢や現つの塵芥、月は月花はむかしの花ながら見るもののものになりにけるかな。死んで死んで死に きって思いのままにするわざぞよき。(鴛鴦を終し了って、あっはっは仲良く手を携えてやってきて、見よという、はーいそいつ終わって、君が見るに任す、見 よという、命がけの問題です、ただじゃあただになれん。金針、伝家の宝刀引っこ抜いて向こうへ行っちゃうわはは、寝言を云うな、地獄の鶯が鳴いているぜ、 柳の風に面洗って来い。)

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2007年7月 8日 (日)

へきがんろく

頌・花薬欄。(言猶ほ耳に在り。)蹣骭すること莫れ。(麻の如く粟に似たり。也些子有り。自領出去。)星は秤に在って盤に在らず。(太はだ葛藤。各自に衣単下に向かって返観せよ。道理を説くことを免れず。)便ち恁麼。(渾崙に箇の棗を呑む。)太だ端なし。(自領出去。灼然。錯って他の雲門を怪しむこと莫くんば好し。)金毛の獅子大家看よ。(一箇半箇を放出す。也是れ箇の狗子。雲門也是れ普州の人賊を送る。)

花薬欄、まんかんは愚かな貌だそうです、如何なるか是れ清浄法身、花薬欄、金毛の獅子であり、愚かな貌であり、大家でありする、さあどういうことですか。花薬欄、内にあるんですか外にあるんですか、大騒ぎですか、それともまったく収まるんですか。花薬欄、言猶ほ耳に在り、これやあ阿呆な面して突っ立ってるんじゃない。(麻の如く粟に似る、麻三斤もたとい自領出去、汝これ渠にあらず、渠まさにこれ汝、いささかばかりあるんですか、かすっともかすらない、卻って不可。あっはっは。)星は秤の棹にあって、皿にはついてないっていうんです、さあどうしたらいい、(はなはだ葛藤花薬欄。各自に衣掛けの下に向かって返観せよ、衣って若しや仏法のこと、清浄法身と手前味噌ですか、道理を説くことを免れず、いやはや。)すなはち恁麼、もとこのとおりある手つかずです。(渾崙に箇の棗を呑む、何か故事諺でもあるのかと、文字通りこんろんに箇の棗を呑む、手つかずのありようを視覚化して下さい。)はなはだ端なし、取り付く島もないんです、取り付くそのもの。(はあっと気がついて下さい、金輪際のたがを外す、雲門という特殊武器じゃないんです、雲をつかむような話でもないんです。)金毛の獅子躍り出でて、ものみなあるかのように思えて、苦労葛藤これ金毛ですか、だったら仏とはまさにこれ、仏教という、そうさな説得の相手です、過ぎればなし。(一箇半箇を放出す、なんとかしてやりたい、普州には賊多し、転ずるに賊を送る、いったいだれが。)

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第三十九則 雲門花薬欄

本則・挙す、僧、雲門に問ふ、如何なるか是れ清浄法身。(葢扱堆頭に丈六の金身を見る。斑斑駁駁、是れ什麼ぞ。)門云く、花薬欄。(問処真ならざれば、答へ来ること鹵莽なり。しゅくー祝土ー著かつー石に盖ー著。曲、直を蔵さず。)僧云く、便ち恁麼にし去る時如何。(渾崙に箇の棗を呑む。放かんー敢心おろかーして作麼。)門云く、金毛の獅子。(也褒也貶。両采一賽。錯を将って錯に就く。是れ什麼の心行ぞ。)

雲門、如何なるか是れ清浄法身と問ふのへ、花薬欄と応ずる、花薬欄、花を囲う垣、どういうことかわかりますか、わかったからってどうにもならぬという、だが無意味の答え、でたらめじゃないんです、清浄法身という、この僧何を求めるんですか、清浄とは何、形あれば塵芥。清浄という穢れ。(がいきゅうたいとう、土砂の堆積を丈六の金身、金色の仏像に見る、はんぱんばくばく、あっちこっちさまざまめったやたら、これなんぞ。はいまさにこれを呼んで清浄法身とする、どうですあなたもやってないですか。)門云く、花薬欄。花を囲う垣、おれはなんとしようぞ、この大事なものを、清浄法身たらんと四苦八苦、囲うんですかそりゃご苦労さん。(問い真ならざれば、人はみなそう云うがというんですか、答え鹵茫なり、いいかげん杜撰、人の云うまさに花を囲うが如く、しゅくちゃくかっちゃく、とっかかりひっかかりそのものです、曲直を蔵さずとはまあ大騒ぎ、どうです騒々しいことやっていませんか、淋しいんでしょう。)僧云く、恁麼にし去るとき如何。(渾崙に箇の棗を呑む、なんかうまいことがあるんですか、ほうかんして、愚かなっていうんです。囲い消えれば花も消え、だからってそういうの眺め暮らして、死体もいいところ、でもってどうなるという、そやつを蹴倒す。)門云く、金毛の獅子、あっはっは唐獅子牡丹ですか、跳躍。(一つ描いてまた一つ描く、毀誉褒貶何をもって為す、どっちか当たればいいって、ものなんにもなし。錯によって錯をなす、これなんのわざ。)

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へきがんろく

頌・盧陂を擒得して鉄牛に跨がらしむ。(千人万人の中、也巧芸を呈せんことを要す。敗軍の将は再び斬らず。)三玄の戈甲未だ軽々しく酬ひず。(局に当たる者は迷ふ。災を受くることは、福を受くるが如く、降を受くることは、敵を受くるが如し。)楚王城畔朝宗の水。(什麼の朝宗の水とか説かん。浩浩として天地に充塞す。任ひ是れ四海なるも、也須らく倒流すべし。)喝下曾て卻って倒流せしむ。(是れ這の一喝、汝が舌頭を截卻するのみにあらず。咄。陝府の鉄牛を驚走し、嘉州の大象を嚇殺す。)

盧陂を鉄牛に跨がらせるための、一喝一払子ですか、せっかくこれを得たというのに、なんで乗りきらぬ、得てはいないのか、生半可手前推量か、そんなことない、もと始めからなにがなしあるわけはないんです、なにがなしあって、てめえはと手前に首突っ込んでいる、そやつを引っこ抜きゃおしまい、外へ出せみっともないよ。(千人万人の中おれがというんには、そりゃうまいことやらんきゃならん、あっはっは敗軍の将兵を語らずですか、いいや二度とは首ちょん斬らんていうんです、さあ云ってごらん。)三玄の戈甲とは臨済の宗旨を云うとあって、戈甲攻防戦ですか、臨済下に三玄三要有り、凡そ一句の中に須らく三玄を具すべし、一玄の中に須らく三要を具すべし。僧あり臨済に問ふ、如何なるか是れ第一句。済云く、三要印開して朱点窄し、未だ擬議を容れざるに主賓分る。喝するにはかーつとはらわたさらけだすんでしょう、不思善不思悪正与麼の時と、だからどうのなというゆとりもなく、はと思ったらもう主客転倒です、主人公これと直指人身。如何なるか是れ第二句、妙弁豈に無著の問を容れんや。嘔和截流の機を負はず。妙弁、弁舌さわやかですか、無著の問いは俗流にはないんです、本当とは完結しているんです、べったり貼り付かない、さあできますか。即ち応えるに当たって、おうわせつる、そうねえ切ったり貼ったり、殺し文句だ、うまくいったなどしないんです。如何なるか是れ第三句、但看よ棚頭に傀儡を弄することを。抽牽まったく裏頭の人に籍る。あやつり人形の棚です、錯をもって錯につくと云う、例のやつですか、引いたり押したり操るのは、まったく裏頭の人、なにさ頭のない人間にしとけ。はーいかくの如くに臨済の喝。無為の真人面門に現ずと。(局に当たる者は迷う、どうすべきかこうすべきかという、どうしても取捨選択です、災を受けることは福を受ける如くとは、なんていうか仏教弁証法ですか、降れば敵を受ける、負けちゃいかんと思う、まあさすったもんだ。)楚王城畔、郢州のことです、朝宗の水、晴れて公の場に公の問答ありですか。(まあさ勝手にしろってわけの、浩浩として天地に充満、というより長老一個逼塞、たとい四海の水も倒流せん、でなくばというんです。)風穴渇してもって倒流、めちゃんこにして大活現成を待つ、たとい払子に触れる、そうかといって登竜門です、(倒流ねえ、こっちの鉄牛を走らせ、あっちの大象をぶっ殺す、そりゃそうなんです、無事禅言い訳能書きの禅なぞ、もとっこないんです、今の人それを知らぬ。得るところなくして三百代言。)

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へきがんろく

第三十八則 風穴祖師の心印

挙す、風穴郢州の衙内に在って上堂。云く、(公に倚って禅を説く。什麼と道ふぞ。)祖師の心印、状鉄牛の機に似たり。(千人万人撼かせども動かず。ごうー言に肴ー訛節角什麼の処にか在る。三要印開して鋒鋩を犯さず。)去れば即ち印住し、(正令当行。錯。)住すれば即ち印破す。(再犯容さず。令行の時を看取せよ。拶。便ち打つ。)只去らず住せざるが如きんば、(鈍置の処無きことを看よ。多少のごう訛。)印するが即ち是か、印せざるが即ち是か。(天下の人頭出頭没するに分有り。文彩已に彰る。但請ふ禅床を掀倒し大衆を喝散せんことを。)時に盧陂長老なるものあり、出て問ふ、某甲鉄牛の機あり、(一箇の暗暁得を釣り得たり。妨げず奇特なることを。)請ふ師印を塔せざれ。(好箇の話頭。ごう訛なりことを如何せん。)穴云く、鯨鯢を釣って巨浸を澄ましむるに慣れて、卻って蹉す蛙歩の泥沙に輾ぶことを。(鶻の鳩を捉ふるに似たり。宝網空に漫たり。神駒千里。)陂佇思す。(可惜許。也出身の処有り。惜しむ可し放過することを。)穴喝して云く、長老何ぞ進語せざる。(旗を引き鼓を奪ふ。炒閙也。)陂擬議す。(三回死し了る。両重の公案。)穴打つこと一払子。(好打。這箇の令須らく是れ恁麼の人にして行じて始めて得べし。)穴云く、還って話頭を記得す麼、試みに挙せよ看ん。(何ぞ必ずしもせん。雪上に霜を加ふ。)陂口を開かんと擬す。(一死更に再活せず。這の漢、人を鈍置殺す。他の毒手に遭ふ。)穴又打つこと一払子。牧主云く、仏法と王法と一般。(灼然。卻って傍人に覩破せらる。)穴云く、箇の什麼の道理をか見る。(也好し一拶を与ふるに。卻って鎗頭を囘し来れり。)牧主云く、断ずべきに当たって断ぜざれば、返って其の乱を招く。(似たることは即ち似たり。是なることは未だ是ならず。須らく知るべし傍人眼有ることを。東家人死すれば西家人哀を助く。)穴便ち下座す。(錯を将って錯に就く。機を見て変ず。且らく参学の事畢ことを得たり。)

風穴延沼は臨済の嗣。衙内は太守の居処。衙内に在って上堂、云く、公けに説くんですか、(公けに禅を説く、なんと云うぞ、今の世人を多く集めたほうが勝ちっていう、つまらんこってす、人を説得は個人を於てなく、一隅を照らす者はこれ国宝と、伝教大師説くには、或いは笑うべし優等生の人集め、いえそりゃ別に公けだから悪いってことなし、結果は如何。)祖師の心印、仏心印です、六祖以前は証拠のお袈裟が伝わっていた、阿難時に迦葉尊者に問う、世尊金らんのお袈裟の他に箇の何をか伝うと、迦葉阿難と召す、阿難応諾す、迦葉云く、門前の刹竿を倒して来いと、阿難大悟す。このようにして印し来り伝わった仏心印、かたち鉄牛の機に似たりと云うんです、さあどうなんですか。(千万人動かそうにも動かず、他の何物ももしやこんなものないです、たとい金欄のお袈裟なら動くんでしょう、心機のものであっても、仏心印以外は動かぬということないんです。ごう訛、杜撰というか正当でないなまりです、口に出だせばごうがです、説得即ちこれ、せっかく曲げて他の為にする、どうすりゃあいい、お手並み拝見。三要仏法僧でいいです、印開してさらけ出すんです、はらわたさらけ出して、鋒鋩を犯さず、ごうがであれたといなんであれ、いながらにしてです。)去れば即ち印住し、(印下するならしてみよ、そんなものはいらぬという、あるいは印下を忘れ去る、とたんに印住するという、おれは印下底だからとやる。(正令のまさに行なわれる、というちらとも思えば錯。)住すれば即ち印破す、印下を受けたという後生大事、せっかくの印下をずたずたにする。(再犯許さず、印するというたった一度の大罪をまたも繰り返す、どあほうが、令行の時を看取せよ、印された時ですよ、拶するはまさにこれ、打つによし。)只去らず住せざるが如きんば、かすっともかすらないとは、安住の地無し、いてもたってもいられないんですか、しかも生まれる以前からこうあるんです。人間本来、かえって知る人なく、転ばぬ先の杖の印下だと、そりゃ笑える。(鈍置のところなき、どうすればいいかとか反芻する、そりゃ世間底の免許皆伝、ごうがそのものなんですが、そいつを正当というは即ち世間知、はーい多少ともそりゃあるよってわけです。)印するが是か印せざるが是か、ではどうすりゃいいってんです。(天下の人頭出頭没、印するあり印はいらぬというありですか、頭出頭没が問題になるを世間天下です。文彩もってするよりは、禅床を蹴倒して、大衆を喝散せんには。)盧陂という長老出て問ふ、おれには鉄牛の機あり、(おう一箇の生半可、いえさ暁の見えたやつを釣り上げたぞ、こうやって出て来たんはたいしたもんだ。)請ふ師、印を塔せざれ、これけっこう常套句になっているんですか、印するなって云うんです。(でもまあさそりゃ同じこったですよって。)穴云く、くじらを釣り上げて大海の澄むのに慣れて、かえって泥んこ蛙につまずくなかれ。(鶻は鷲鷹、わしが鳩を捉えるように、虚空に網を広げてすっぽり、神駒千里というには、ごうがですか、法宝というより世間人間のありようをもってするんです。)陂佇思す。(せっかく出身の処あったのに、無駄にしちゃいかん。)穴喝して云く、長老何ぞ進語せざる、印下がぶら下がってるぞと云わんが如く。(為に旗をひき鼓を奪う、戦争指揮の旗と太鼓をうばう、印下云々を奪い去って丸裸にするんです、もとまるはだかをもってする、印するはまるはだかこれ。炒閙来也、さわがしく身を揉むんならそいつをそのまんま来い。)穴打つこと一払子。(これすばらしいんですよ、山僧さんもさ感心するがほどに。)かえって話頭を記得すや、さっきおれが云ったことだ、試みに挙せよ看ん、云ってみろっていうんです。(別に云わなくたっていいんだぜ、げんこつ一つぬうっとでも。)陂口を開かんと擬す。(一死更に再活せず、死んだら大活すりゃいいってのに、もたもた退屈死ですか、やってりゃ他の毒手に会う。)穴また一払子、なんじゃいこりゃあってのへ、牧主、太守が云うんです、王法と仏法と一般、同じだと、(傍目八目ですか。)穴云く、ほう何か道理がありますか。(太守にも一拶、ほこさきを囘すんです。)断ずべきに当たって断ぜざれば、返ってその其の乱を招く。(わしも老師の印下いらないといってからに、その乱を招く、人は信用しない、すると自分もおかしくなる、印するが是か印しないが是かを、さらでだに往復ですか、お笑い。似たることは即ち似たり、是なることは未だ是ならず、王法と違うところは自知するんです、ついに鉄牛の機なんです、無いものは滅びない、瑕の付けようがないんです。世間哀れみ岡目八目と関係ないです。)穴即ち下座す。(一応用はすんだんです、まずは太守に預け、うっふっふ従いこの則、卒業するのにしばらくかかったですよ。)

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2007年7月 2日 (月)

へきがんろく

頌・三界無法。(言猶ほ耳に在り。)何れの処にか心を求めん。(重挙するに労せず。自ら点検して看よ。打って云く、是れ什麼ぞ。)白雲を蓋と為し。(頭上に頭を安ず。千里万重。)流泉を琴と作す。(聞く麼。相随来や。一たび聴いて一たび悲しむに堪えたり。)一曲両曲人の会する無し。(宮商に落ちず角微に干るに非ず。路を借りて経過す。五音六律尽く分明。自領出去。聴けば即ち聾す。)雨過ぎて夜塘秋水深し。(迅雷耳を掩うに及ばず。直に得たり。施泥帯水。什麼の処にか在る。便ち打つ。)

三界無法、まったくこれ卒業して下さい、虫けらや花鳥と同じですか、知らず廓然無聖ですか、人間という脳味噌のお化けを克服するんです、主客転倒事を元に復す、よってもって十二分に使えるんです。(言なほ耳に在り、云う必要があるんでしょう、忘れることは一大事。)何れの処にか心を求めん、どうしたってこれを得なきゃならんです、やってみなけりゃどうもならん、心を求めるに不可得、だからと云ったって二束三文、日教組じゃあるまいし、思考停止教師の観念倒れじゃ、一木一草も育たんです。共産党だ紅衛兵だ、蹉別問題だ、観念のカリカチュアは遂に、ぶっこわれて人をやっつけて、伸し渡るのに便利ですか、人という無形用の実体、心という無心と、これらあんちょこと、喧嘩すりゃ共産党が勝つんです、奇妙なものです、始めから過ちを知って黙るより仕方がない、歴史とはがらくた。(たとい何をするにしたって、心は労しないんですよ、観念倒れの思考停止が煩瑣にするんです、皮歯より犯すという、顧みて下さい、顧みるに我無しを知る、知慧とはなに、即ち実際を糊塗しないんです、平和がいい戦争は悪い、だからといっててめえを棚に揚げないんです、罪科とはこれ、便ち打つ。)白雲を蓋となし、流泉を琴となす。もと始めからこの通りなんです、そういうよかりそうな境遇じゃないんです、聖人夢無し、(頭上に頭を安ず、千里万里、白雲になりおおせるとは、なんにも云い得ないんです、どうしようもなく涙するんですか、生涯尽きるんですか、千里万里も一瞬、うっふう形無し。)一たび聴いて一たび悲しむに堪えたり、ほんにさ一曲両曲人の会するなし、聴くというに聴く者なし、ただこれ大事件。(五音、宮・商・角・微・羽だそうです、六律は、十二律のうち陽を六律、陰を六呂というんだそうです。わしは音痴だからさっぱりわからんけれども、たとい音痴も五音六律に適うよりなく、まあさそういったこと、一音耳を聾すは、自分という垣根失せて、三日耳を聾すと、まずはこれを得て下さい。よってもって竜泉琴。)雨過ぎて夜塘秋水深し、はいそういうこと。(いずれの処にか在る、すなわち打つ、なんで礼拝せざる。)

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