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2007年6月

2007年6月30日 (土)

へきがんろく

頌・大地繊埃を絶す。(戸ようー片に庸ーを瞎開して軒に当る者は誰ぞ。尽く這箇を少くことを得ず。天下太平。)何人か眼開けざらん。(頂門上に大光明を放って始めて得ん。土を撒し沙を撒して什麼か作ん。)始めは芳草に随って去り。(漏逗少なからず。是れ一囘草に落つるのみにあらず。頼に前頭に已に道ひ了るに値ふ。)又落花を遂ふて囘る。(処処全真。且喜すらくは帰来することを。脚下泥深きこと三尺。)るー痩せる病むの意ー鶴寒木につまだち。(左之右之一句を添ふ。更に許多閑事の有る在り。)狂宴古台に嘯く。(卻って親しく力を著くるに因る。一句を添ふるも也得ず。)長沙限りなき意。(便ち打つ。末後の一句什麼とか道はん。一坑に埋卻せん。鬼窟裏に堕在す。)咄。(草裏の漢。賊過ぎて後弓を張る。更に放過す可からず。)
見ずや雲門云く、直に山河大地、繊毫の過患無きを得るも猶ほ転句と為す。一切の色を見ざるも、始めて是れ半提。更に須らく全提の時節、向上の一竅有ることを知って、始めて穏坐を解すべしと。これどうですか、我田引水とっかかりひっかかりする、個性だの天才だのいうのが跡形もなくなるんです、すると始めて出家です。仏門ですか、そうか坐らにゃならんと坐る、坐る以外の答えはないんです、る鶴寒木につまだちっていうことあって、狂宴古台に嘯く、我れからということが失せて、ものみなに与え任す、捨身施虎、大死一番するんです、どうしてもこれがないと甦らないです、参禅とはこれです、他の方法横滑りなぞないです。でもこれ未だ半提、あるいは十年二十年するんですよ、ようやく坐れるようになった、日々新たにです、日々断絶です、どこまで行こうが未だしが、楽しい嬉しい百花開く。長沙限りなき意、芳草に随って去り、落花を遂うて帰る、あっはっは帰って来れてよかったねって、虚虚全真は、行きて帰らぬ心無さ、行きて帰る心の味と、脚下泥深きこと三尺。初心これという、初心に参じて下さい、まるっきり他の追随を許さないんです、独立独歩人、便ち打つ。咄、そうさ草裏の漢、賊過ぎて後弓を張るばっかりしている、更に放過すべからずって、はあてね、他愛ないこと夢の如し。

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2007年6月29日 (金)

へきがんろく

第三十六則 長沙落花を遂うて囘る

本則・挙す、長沙一日遊山して、帰って門主に至る。(今日一日、只管に落草。前頭も也落草、後頭も也落草。)首座問ふ、和尚什麼の処にか去来す。(也這の老漢を勘過せんことを要す。箭新羅を過ぐ。)沙云く、遊山し来る。(落草す可からず。敗缺少なからず。草裏の漢。)首座云く、什麼の処にか到り来る。(拶。若し至る所有れば、未だ落草することを免れず。相率いて火坑に入る。)沙云く、始めは芳草に随って去り、又落花を遂うて囘る。(漏逗少なからず。元来只荊棘林の裏に在って坐す。)座云く、大に春意に似たり。(相随来也。錯を将って錯に就く。一手擡一手搦。)沙云く、也秋露の芙渠に滴るに勝れり。(土上に泥を加ふ。前箭は猶ほ軽く、後箭は深し。什麼の了期か有らん。)雪竇著語して云く、答話を謝す。(一火泥団を弄する漢。三箇一状に領過す。

長沙鹿苑の招賢大師は南泉の嗣、趙州や紫胡と同じ。一日山遊びして山門に帰る、(今日一日ただもう遊び呆けたんですか、しかり何をどうしようというんでもなく、結果何を得たというんでもないんです。)首座和尚、第一座問う、どこへ行って来たんですか。(聞いてみよう、験してみようというんです、そう思う前に已に験す、でなかったらなんの修行、放った箭はあっはあどこへすっ飛んだ。)遊山して来た。(もうちょっとましに答えてやったらどうだ、そこらへんの馬の骨と同じだ、どうしようもないぞ。)どんな所へ行って来たですか。(ちっとは得る所あったかと問うには、未だ迷悟の人、生鉄鋳なす、あいともに参禅弁道ですか、そりゃその通り、でもさどっか雲泥の相違です、一抜けたっていう、空気を吸ううっふ。)沙云く、はじめは草のよろしきに随い行き、又花の落ちるのを遂うて帰る。(そんなたわけたこと云うからわっはっは、元来我れと我が身心をどうする、仏とはこうあるべき、荊棘林に七転八倒が参禅というものだ。)首座云く、そりゃまあ大いに春意に似たり、けっこうなこってすという、俗人俗をもってする、常にそりゃ会話はこんなふうです、どうしようもないんです、迷いを開く、同じ土俵じゃないってことを知らしめる。(錯をもって錯につく、春には秋と、いやちがうぞ、こうだからこうだと理をもってする、土上に泥を洗う、うんわしなんぞたいていこれ、なんにもならんな。)また秋露の蓮に滴るに勝ると。(これすばらしいですな、長沙歩歩清風起こるの内容を、だれあって鑑みること不可能、一言ずばりと示す。)雪竇著語して云く、答話を謝す。(泥んまるけを照らす一火、無明黒闇を照らす灯です、三箇、たとい無明と、法灯を求めると、求め終われば初心と、一箭に貫く。)

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2007年6月28日 (木)

へきがんろく

頌・千峰盤屈して色藍の如し。(還って文殊を見る麼。)誰か謂ふ文殊是れ対談すと。(設使普賢なりとも也顧みず。蹉過了也。)笑ふに堪へたり清涼多少の衆。(且らく道へ什麼をか笑ふ。已に言前に在り。)前三三後三三と。(試みに請ふ、脚下に弁じて看よ。爛泥裏に棘有り。碗子地に落ちて楪子七片となる。)

沙界に廓周す勝伽藍。満目の文殊是れ対談。言下に仏眼を開くことを知らず、頭を回らして只翠山巌。台山に遊んで荒れ寺に至る、まさにこれかくの如くの風景、千峰盤屈して色藍の如く、誰れかいふ文殊是れ対談すと。自然に帰れ、風景の美しさをいう、これ文殊なければ無意味です、我が釈迦牟尼仏の声と姿とという、これなくんばただもう殺風景、情実もって女の裸を見る如くですか、あるい害意そのもの、今の子弟教育まずもってこれを脱すること先決、伸びたうどんみたいな国語だの、自閉症のまあ能書き百万だら、あっはっはそんな人間の数増えてなんになるんですか、うるさったくごみあくた、平和博愛だと笑わせる。(かえって文殊を見るや、たとい普賢なりともまた顧みず、神さまを見るんじゃないんですよ、そりゃ我田引水、ひとりよがりあるいは狂信です、地球をぶっこわす槍ですか、不信はでたらめごみ捨て場、廓然無聖です、花のように知らないんです。)笑うに堪えたり、清涼多少の衆、だからまさに仏教はそういうこと云わないんです、清濁合わせ飲むの不都合じゃなです、清涼の底抜け、清涼といういぎたないんです、比較を絶するんです、(かえてこれ蚊子の鉄牛を咬むに似たろ、早くこれ脱し去って下さい、てめえに突っ込んでいる首を抜け、元の木阿弥。)前三三後三三、じゃましょうがないからこの語でも覚えて置きますか、わっはっはまったくの無意味。(試みに請う、脚下に弁じて見よ、だからそういう手続きがもとまったくいらないんです、夢にも見ないとは実にこれ、おのれを捨てるとはまさにこれ。泥ん中に刺あり、せっかくお椀地に落ちて七片てさ、はいご苦労さん、刺のまんまお椀で飯食いますか、はーい刺いらない。)

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2007年6月27日 (水)

へきがんろく

第三十五則 文殊前三三

本則・挙す、文殊無著に問ふ、近離什麼の処ぞ。(借問せずんばある可からず。也這箇の消息有り。)無著云く、南方。(草窩裏より出頭す。何ぞ必ずしも眉毛上に担向せん。大方外無し什麼としてか卻って南方有る。)殊云く、南方の仏法、如何が住持す。(若し別人に問はば即ち禍生ぜん。猶ほ唇歯に掛くること在り。)著云く、末法の比丘、少しく戒律を奉ず。(実頭の人得難し。)殊云く、多少衆ぞ。(当時便ち一喝を与へん。一拶に拶倒し了れり。)著云く、或は三百或は五百。(尽く是れ野狐精、果然として漏逗す。)無著文殊に問ふ、此間如何が住持す。(拶著。便ち鎗頭を回転し来れり。)珠云く、凡聖人同居、龍蛇混雑。(敗缺少なからず。直に得たり脚忙しく手乱るることを。)著云く、多少衆ぞ。(我に話頭を還し来れ。也放過することを得じ。)珠云く、前三三後三三。(顛言倒語。且らく道へ、是れ多少ぞ。千手大悲も数へ足らず。)

無著は釈無著、永嘉の人、四祖牛頭法融の嗣、五台山は文殊菩薩の霊場。無著五台に遊ぶ、中路荒僻の処に至って、文殊一寺を建立して宿せしむ、遂に問ふ。近離甚れの処ぞ。どこから来たというんです、すなわち文殊現れて真正面に問う。かつて逃げ場なし。(借問せずんばあるべからず、問はにゃわからんです、各その消息あり、そやつをぶち破る。)無著云く、南方。(草草です、思い込み雑念より来る、正しくはこうあるべき、だのにと云うんです。まあさたいてい坊主も在家も同じです、あっはっは大方の他なし、無心無方です、ものみな掌する以外ない、だのになんで南方。)ほう、南方の仏法どんなふうだ、如何が住持す、いやさおまえさんはどうだと聞くんです。ことはそれ以外になし。(別人に問ふこと禍のみです、唇歯に掛ける、でもって坐禅しますか、それともじっと我慢の子ですか。)著云く、末法の比丘、少しく戒律を奉ず。(実頭の人得難し、戒律を奉ずとはいったい何か、仏戒とは何か、人が守れというから守るのか、守ってりゃ安心なのか、そんなもの仏法じゃない、もの食わんやわからん、食ってみろ。他をあげつらう前に実際、坊主はしょうがねえと云っては管を巻くしょうがねえだけの坊主。腐れ睾丸。)珠云く、でもって多少衆ぞ、一般の人信者ですか、どうなっている。(なんてえまあ歯がゆいったら、下らないことを。已に一拶しおわれり。)著云く、あるいは三百あるいは五百。(すべて野狐精、仏じゃない狐狸の類だ、語るに落ちたってやつ。)してもって無著文殊に問う、こういうところにどうやって住持するか。(うっは錆びた槍ぶん回して来たぞ。)珠云く、凡聖同居、龍蛇混雑。(もうちょっとましなこと云え、ぬるいよ、凡聖同居、龍蛇混雑って、煙べきべき草じょうじょうですかあ、銀椀に雪を盛り、混ずる時んば処を知るってぐらいにさ、はいからにさ。)著云く、多少衆ぞ。(ちえおれに回して来い、すんなこと云わせねえぜったく。)珠云く、前三三後三三、うんここへ来てすっきり、いいですか、外へ向かって坐って下さい、意見思想の内容だからどうだ、蚊の鳴くようなこと云ってないんですよ、前三三後三三。(ふんでたらめこきゃがって、あっはっは多少の人だってさ、千手観音も数え切れずって、蛇足だあな、どんと来い。)

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2007年6月26日 (火)

へきがんろく

頌・出草入草。(頭上漫漫、脚下漫漫。半開半合。他も也恁麼、我も也恁麼。)誰か尋討することを解せん。(頂門に一隻眼を具す。闍黎尋討することを解せず。)白雲重重。(千重百匝。頭上に頭を安ず。)紅日杲杲。(破也。瞎。眼を挙すれば即ち錯。)左顧瑕無く、(瞎漢。依前として無事。汝許多の伎倆を作して什麼かせん。)右貶已に老ひたり。(一念万年。過。)君見ずや寒山子。(癩児伴を牽く。)行くこと太だ早し。(也早からず。)十年帰ることを得ず。(即今什麼の処にか在る。灼然。)来時の道を忘卻す。(渠儂自由を得たり。一著を放過す。便ち打たん。這の忘前失後をなすこと莫くんば好し。)


出草入草、参禅弁道の入ったり出たりは、人数ですか、それとも一個人の日常ですか、他人ごとはいいです、ただ我と我が一心、(頭上漫漫脚下漫漫、どこまで行ってもですよ、こうあればいい、しばらくうまく行く、少しはましになった、妄想から自由になったなどない、妄想とは妄想、もと見えないんです、是とし不是とし、半開半合、とどまらず滞ることなし、参ずる者もかくの如く、応ずる我れもかくの如く、未熟という一喝し、突き放しする、未熟100%一喝は喝し、突き放すとき宇宙全体。どこをどう突っついたろうが、不増不減。就中平らかという一線がないんです、これでよいとするなし。)誰か尋討することを解せん。だれかれ結果を得ると、結果とはもとおのれそのものです、結果を知る、無自覚もっとも親切。(頂門に一隻眼を具す、そりゃあ俗人俗論とはまったく別なんです、物差しあてがってあーだこーだの一億評論家じゃないんです、一とは無心、ないんです、答えのまっただなか。闍黎尋討することを解せず、はいこれが正解です。)白雲重重。紅日杲杲、煙羃羃草茸茸ですか、思想観念による統一がないんです、わっはっは美しくないですか、なあにさものみなモーツアルト、花ということなし松ということなしと、別段のことわりがいらないんです、作法あれば歌も絵も出来上がるってこと、そりゃものみなかくの如く。(なんかあるように思ってりゃそりゃ大変です、明き盲てなもんですか、だからどうのやったら、おしまい、一多の際ならんや、錯につくまたよし。)左顧瑕無く、右貶已に老いたり、こりゃまあそういう実感ですか、仏教かくあるべき、坊主はこうあらんきゃならんという、もと無意味なんです、因果歴然という、すでに中にって万億年。(無事の人には力がないんです、一手擡一手搦、たとい寸分も天地まさに動くんです。伎倆じゃないものみなかくの如し、花は何ゆえに開く。)君見ずや寒山子、寒山拾得です、(癩病みはとも連れ。)行くことはなはだ早し。(早かねーよ)十年帰ることを得ず、来時の道を忘却す。別に寒山でなくっても行きて帰らぬ無心です、かつてこうあったからこそ、他を説得しうるにせよ、かつてのことなんか忘れ去っています、自分とかてて云った処の過ちだらけ、仏如来として、この世に生まれたそいつの冒涜さんざくたですか、免れてあるよりないんです、自由になった、どうしようもない罪科弥天から解き放たれるんです。(これ仏という紐をうっちゃる、すなわち打たん、うっちゃった跡形だとさ、呆然自失というしがらみなくんばよし。)

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へきがんろく

第三十四則 仰山曾て遊山せず

本則・挙す、仰山、僧に問ふ、近離甚れの処ぞ。(天下の人一般。也間過せんことを要す。風に向かって火を吹く。常の程と作さざる可からず。)僧云く、盧山。(実頭の人得難し。)山云く、曾て五老峰に遊ぶ麼。(行に因って妨げず臂を棹ふことを。何ぞ曾て蹉過せん。)僧云く、曾て到らず。(一歩を移せ。面の赤からんより、語の直からんには如ず。也忘前失後するに似たり。)山云く、闍黎曾て遊山せず。(太だ多事生。眉毛を惜取せば好し。這の老漢甚んの死急か著たる。)雲門云く、この語慈悲の為の故に、落草の談あり。(殺人刀活人剣。両箇三箇。山上の路を知らんと要せば、須らく是れ去来の人なるべし。)

い山仰山い仰宗の祖、近離いずれの処ぞ、どこから来た。い山一日仰山に問ふて云く、諸方若し僧有り来たらば、汝什麼をもってか他を験せん。仰云く、それがし尋常僧の来るを見れば、只払子を挙して伊に向かって問ふ、諸方還って這箇有り麼。伊が語有らんを待って、只伊に向かって道はん。這箇は即ち且らく置く、那箇は如何と。い山云く、これは是れ向上の人の牙爪なりと。どうですか何がどうなっているんですか、これありやという、答えを待って、これは置く、あれはどうだってんです、うっふっふ宇宙流転三界わがものと得るんですか、突き放すんですか。多少の功徳、喝するによく笑うによくって、猿芝居じゃないってこと、はてなあ今の坊主どもは紙芝居ですか、吹けば飛んじまう。(天下の人一般、だれあってどこから来たと聞く。はいあっちと、見過ごすべからず、風に向かって火を吹く、常套手段ではない、たとい言下に大悟すと、一生百年の情識まずもって一皮剥くによし。)盧山から来た、親しく盧山に参ずるんですか。(ただの山だろうが同じ、親しくとは何、たったいっぺん味わって下さい、これという100%故郷を。)山云く、曾て五老峰に遊ぶや。五老峰とは盧山にある聞こえた峰です、これも天下の人一般。(問うんです、他なし、無心の俎板の上の大鯉、外れるということなしを、どうやらただの生臭。)僧云く、かつて到らず。(そうじゃないんだってば、渾身口に似て虚空に掛かる、打てば響くんです、到らずは響かず、似せて赤恥かくよりは、素直なほうがいい、呆然自失、まずはよし。)山云く、わしはかつて遊山せず。(そりゃまあご苦労さん、大きにっていうんです、手を差し伸べた、眉毛をぴくっとするぐらい、我と我が身心を省みるにっよし。でもさちったあ相手を見たのか、死急ありや。)雲門云く、この語皆慈悲のための故に、落草の談あり、なんとしても悟らせてやろうという、ぶったるんだんです、語るに落ちた。(山上の路を知る、ただの人になり終わる向上門ですよ、悟ったという一辺倒じゃない、去来を知るんです、口を開けば殺人刀活人剣。)

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2007年6月24日 (日)

へきがんろく

頌・団団珠遶り玉珊珊。(三尺の杖子黄河を攪く。須らく是れ碧眼の胡僧にして始めて得べし。生鉄鋳なす。)馬載驢駝鉄船に上す。(許多を用ひて什麼かせん。什麼の限りか有らん。且らく闍黎に与へよ看ん。)海山無事の客に分付す。(人の要せざる有り。若し是れ無事の客ならば也消得せじ。須らく是れ無事にして始めて得べし。)鼇を釣って時に一圏攣を下す。(恁麼にし来り恁麼にし去る。一時に出不得。若し是れ蝦蟆ならば什麼を作すにか堪えん。蝦蜆螺蚌いかんせん。須らく是れ鼈を釣って始めて得べし。)雪竇復た云く、天下の衲僧跳不出。(身を兼ねて内に在り。一坑に埋卻せん。闍黎還って跳得出す麼。)

団団珠遶り玉珊珊という、一円相の実際ですか、すべからく是れ桶底脱し、機関尽き、得失是非一時に放卻すべし。更に道理の会をなすことを要せず、また玄妙の会をなすことを得ず。畢竟作麼生か会せんと。ただの人になり終わる、就中皆無ですか、ちらともありゃそれによって滞る、氷と水の如くです、水は方円の器に従うと、だからといってかくあるべきじゃ、無事の人です。団団珠めぐり玉珊珊などいう、ぶっとばしてくれようかと、たしかにしゃしゃらくらくあり、思想観念を絶した済々は、他の清澄とは比較にならんです、千万異化身釈迦牟尼仏、与仏有因、与仏有縁、仏法僧縁、常楽我浄はただこれ坐に勤しむ、他にはまったくないんです。自分を見つめないんです、ただこれ。(三尺の杖子黄河を攪く、たった一人自分なんです、他の標準神だの仏だのだからどうのじゃないんです、でもって妄想濁りの黄河を攪拌する、はい座禅これ。達磨さんにして始めて可能です、みなまた達磨になる他なく、鉄は熱いうちに鍛えろとさ。)馬載驢駝鉄船に上す、なんでもありありなんです、こうしたらどうのだからということなし、でたらめすっちゃかめっちゃかのまんま、静かになったうまく坐れるようになったなど嘘、たとい九十七の円相有りという、たしかに悟ったかくの如くと、あっはっは毎日の如く、でも自分を観察していたら無心ではないんです、なかなかどうして、すったもんだ上には上。(だからどうだっていうんだ、ものに限りがあるって思う、そやつが間違い、有ると思う、得たと思ったらつっぱなせ、これ参禅の要決、更になんの取り柄もなし。一円相これ。)海山無事の客に分付す、初心まさにこれ。(人というものが要らんのです、あなたのまるっきり死に絶えたあとの世の中。)鼇を釣って時に一圏攣を下す、でっかい亀を釣る、はーい釣針になり終わって下さい。(恁麼にし来り恁麼にし去る、いてもたってもいられないってんならわずかに可。蝦蜆螺蚌とさ、いかにでっかいものでも中途半端ならだめです、これ坐っている実感です、ついに本来本当の大があるんです、脱し去る時浮き世三界なにするものぞ、自由を味わって下さい。)雪竇云く、天下の衲僧跳不出。(なにさ妄想百万だらのまんまです、飛び出すも飛び出さぬも同じ無常楽、まあほんと、他にはまったくないんですよ。)

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2007年6月23日 (土)

へきがんろく

第三十三則 陳操資福に看ゆ

本則・挙す、陳操尚書、資福に看ゆ。福来るを見て便ち一円相を画す。(是れ精、精を識り、是れ賊、賊を識る。若し蘊籍ならずんば争でか這の漢を識らん。還って金剛圏を見る麼。)操云く、弟子恁麼に来る。早く是れ便りを得ず。何に況んや更に一円相を画するをや。(今日箇のかつ睡の漢に撞著す。這の老漢。)福便ち方丈の門を掩卻す。(賊は貧児の家を打せず。已に他の圏簣に入り了れり。)雪竇云く、陳操只一隻眼を具す。(雪竇頂門に眼を具す。且らく道へ、他の意什麼の処にか在る。也好し一円相を与ふるに。灼然として竜頭蛇尾。当時好し一拶を与へて伊をして進むにも亦門無く、退くにも亦路無からしめんには。且らく道へ、更に他に什麼の一拶を与へん。)

陳操尚書は睦州門下の居士、おおよそ僧の来るを見れば、まず斎に請じ、銭三百を供養して、是れの勘弁を用ふ。一日雲門到る。すなわち問う、儒書の中は問はず、三乗十二分教は、自ずから座主有り。作麼生か是れ衲僧家行脚の事。雲門云く、尚書曾て幾人にか問ひ来る。操云く、即今上座に問ふ。門云く、即今は且らく置く。作麼生か是れ敬意。操云く、黄巻赤軸。門云く、這箇は是れ文字語言、作麼生か是れ敬意。操云く、口談ぜんと欲して辭喪し、心縁ぜんと欲して慮亡ず。門云く、口談ぜんと欲して辭喪するは、有言に対するが為なり。心縁ぜんと欲して慮亡ずるは、妄想に対するが為なり。作麼生か是れ敬意。操無語。門云く、聞くならく尚書法華経を看ずと是なりや否や。操云く、是。門云く、経中に道ふ、一切の治生産業、皆実相と違背せずと、且らく道へ、非非想天、即今幾人有って退位す。操又無語。門云く、尚書草草なること莫れ。師僧家三経語論を抛卻し、来って叢林に入って、十年二十年、なほ自ら奈何ともせず。尚書又争か会することを得ん。操礼拝して云く、それがしが罪過と。かくの如くして、中国官吏の蘊籍というのか、寛博余り有るという、一流中の一流知識が、仏門に入る、知識権威を誇らない、ただの人になる優しさですよ、わかりすか、生き甲斐です。資福如実は、西塔光穆の嗣、い山下三世。福彼の来るを見て、すなわち一円相を画す、地面に円をえがくんでしょ、円相これ禅門みたい、習い事じゃないんです、無心というものみな仏、仏のありようを画す、画さねば露われぬ、坐ってそうして下さい、我れ仏と。(よくよく知ってこれを用いる、知らぬが仏、金剛圏とはいったい何。)操云く、弟子恁麼に来る、まさにもうこのとおり他なしに来る、取りえもなんにもなし、玉露の宙に浮かぶ如く、だのになんで更に一円相を画すと聞く。(眼を開いて眠っているやつめ、頭なでなでしてやっか、眼を開いたまま眠って、運転して正面衝突、如何なる幸運か双方ことなきをえて、わが弟子、あいつこれをえて間も無くだったな。)福すなわち方丈の門を掩卻す。戸を締めちまった。未だしっていうんです、なぜか。(賊という、相手の持ち物を奪い取るんです、金持ちには与え貧乏人からはとことん奪う、ちえ貧乏屋敷が、つまらねえ敷居築きゃがって、どあほめといったぐらい。仏の教えだっていうんでしょう、みんなまあそういったふうの、もう一枚。)雪竇云く、陳操只一隻眼を具す。蛇足の後押しですか。(これによってなにほどか開けたか、もう一つ一円相ですか、わっはっは竜頭蛇尾。進むに門なく、退くに路なき一拶を与えて、はじめて知る、それほどのとんでもない壁、はいこれが仏の教え。)

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へきがんろく

頌・断際の全機後蹤を継ぐ。(黄河は源頭より濁り了れり。子は父の業を承く。)持し来って何ぞ必ずしも従容に在らん。(什麼の処にか在る。争奈せん此の如き人有ることを。脚手無き人還って他を得んや也無や。)巨霊手を擡ぐるに多子無し。(嚇殺す。少売弄。打つこと一払子。更に再勘せじ。)分破す華山の千万重。(乾坤大地一時に露出す。堕也。)

断際とは、臨済の師黄檗に唐の宣宗が断際禅師の号を賜った。後蹤を継ぐとは、定上坐に存分に伝わったこと。全機です、説明能書きじゃない、仏の要機は身をもってする、証拠を挙げる以外にはないんです、就中黄檗の一掌、臨済の棒喝、あるいは擒住して、一掌を与えて托開す、これまったく他なしをただもうそのまんま、(黄河はみなもとより濁る、あっはっは子は父の業を継ぐ。どうしようもなくこれ。)持し来たって何ぞ必ずしも従容に在らん、物まねじゃないんです、もとこのようにある、大海中の波、なにをしようが悪辣の手段、即ちこれそのものです。他の学者常識には無縁の品です、お茶を濁すだけの、お椀の中の人生。とくとくとして多数派工作ですか。(いずれの処にかある、どこにもありっこない、しかも人あり、托開して云く、無位の真人是れなんの乾屎けつぞと。脚手無き人こそ真、まずもってこれを知って下さい、取り付く島もなし、はいあなた自身。あなたあっちゃ取り付かれ。)巨霊手を擡ぐるに多子無し、分破す華山の千万重。巨霊神大神力あって、手をもって大華を劈開し、水を放って黄河に流入すとあります、そういう伝説です。全機まさに眼華妄想百万だらの、人間なるものをいっぺんに粉砕です、手段を弄せず。(人を脅し殺すなど、こざかしいってんです、払子に触れて死に絶えてそれっきり。乾坤大地一時に露出す、わずかに一個死ねば世界ぜんたい、一粒の麦若し死なばのいいかげんさじゃないんですよ、右念のため。)

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2007年6月18日 (月)

へきがんろく

第三十二則 定上座臨済に問ふ

本則・挙す、定上座臨済に問ふ、如何なるか是れ仏法の大意。(多少の人此に到って茫然たり。猶ほ這箇の有る在り。訝郎当して什麼か作ん。)済、禅床を下って擒住し、一掌を与へて便ち托開す。(今日捉敗す。老婆親切。天下の衲僧跳不出。)定、佇立す。(已に鬼窟裏に落つ。蹉過了也。未だ免れず鼻孔を失卻することを。)傍僧云く、定上座何ぞ礼拝せざる。(冷地裏に人有って覩破す。全く他の力を得たり。東家人死すれば西家の人哀を助く。)定、礼拝するに方って、(勤を将って拙を補ふ。)忽然として大悟す。(暗に灯を得るが如く、貧の宝を得が如し。錯を将って錯に就く。且く道へ、定上座箇の什麼を見てか便ち礼拝する。)

定は是れ向北の人、最も朴直なり。既に之を得て後、更に出世せず。後来全く臨済の機を用ふ、また妨げず頴脱なり。一日路に巌頭、雪峰、欽山の三人に逢ふ。巌頭乃ち問ふ、甚れの処よりか来る。定云く、臨済。頭云く、和尚万福なりや。定云く、已に順世し了れり。頭云く、某等三人、特に去って礼拝せんとす。福縁浅薄にして、又帰寂にふ。未審し和尚在日、何の言句か有りし。請ふ上座、一両則を挙せよ看ん。定遂に挙す。臨済一日衆に示して云く、赤肉団上に、一無位の真人有り、常に汝諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よと。時に僧有り出でて問ふ、如何なるか是れ無位の真人。済便ち擒住して云く、道へ道へ。僧擬議す。済便ち托開して云く、無位の真人、是れ什麼の乾屎楔ぞといって、便ち方丈に帰ると。巌頭覚えず舌を巻く。欽山云く、何ぞ非無位の真人と道はざる。定擒住して無位の真人と非無位の真人と相去ること多少ぞ、速かに道へ速かに道へと云はれて、山無語。直に得たり面黄面青なることを。巌頭雪峰近前礼拝して云く、這の新戒好悪を識らず、上座に觸忤す。望むらくは慈悲且らく放過せよ。定云く、若し是れ這の両箇の老婆にあらずんば、這の尿床の鬼子をしゅくー祝に土ー殺せんと。まさにこうあります。定如何なるか是れ仏法の大意と、臨済に問ふ、(多少の人ここに到って茫然たり、仏法とはと云って、あれやこれやある間は、そりゃ他山の石ですか、なんにもならんです、茫然たりをもって、ようやく問うに値する、意味上のことに終始して、なをかつ割愛を問う、このどあほ、どうやったら割愛だと、ふーんくそたれたか、はぐらさないで下さい、真剣に問うものをと、ねこまんまめが、執行猶予ですか、死刑にするのに、首に縄かける以外になし、訝しっていったい何が。)臨済、擒住して、禅床を下りて近寄って行く、一掌を与え、平手打ちです、托開は突き放す。(せっかく老婆親切、なことやってたらだれ一人仕出かさんぜ。)定佇立す、呆然突っ立っているんです。(すでに鬼窟裏に落つ、半分向こうへ行ってるんです、日常の糸が吹っ切れる、なんだあってんでもいいです、まるっきり別の何か=てめえの全て=忘我へ。蹉過了也、ちらと残ったかい、未だ免れず鼻孔失脚、面目丸潰れには、丸潰れを意識しないってわけの。)かたわらの僧が云った、なんで礼拝しないんだ。(ちゃんと見て取ってるやつがいた、他の力これ、自の力じゃそいつが障る、死んだら哀れむやつがいる、死体ですか、かんしけつ。)定礼拝するに方って、(勤勉実直の習慣ですか、礼拝というそやつが、できそくないを補った、うはうるさったい。)忽然として大悟す。(暗に灯を知るが如く、貧に宝を得るが如し、なーんて語に迷ってたらいかん、たしかにかくの如く自知なし。錯をもって錯につく、かすっとも残らない、跡形ないんです、仏とはこれ。定上座箇の何をもってか礼拝す、どうかこれを知って下さい、そうねえ上には上があるんです、切りもなしと云っておこうかって、あっはっは悟り悪いでさ。)

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2007年6月17日 (日)

へきがんろく

頌・此錯彼錯。(眉毛を惜取せよ。令に拠って行ず。天上天下唯我独尊。)切に忌む拈卻することを。(両箇無孔の鉄鎚。たとひ千手大悲も也提不起。或いは若し拈じ去らば、闍黎に三十棒を喫せしめん。)四海浪平らかに。(天下の人敢て動著せず。東西南北一等の家風。近日雨水多し。)百川潮落つ。(浄羅羅赤灑灑。且つ得たり自家安穏なることを。直に得たり海晏河清なることを。)古策風高し十二門。(這箇に何以ぞ。杖頭に眼無し。切に忌む柱杖頭上に向かって活計を作すことを。)門門路あり空しく蕭策。(一物も也無し。汝が平生を賺す。覩著せば即ち瞎せん。)蕭策に非ず。(果然。頼に転身の処有り。已に瞎し了れり。便ち打つ。)作者好し無病の薬を求むるに。(一死更に再活せず。十二時中什麼としてかかつ睡する。天を撈し地を模して什麼か作ん。)

此錯彼錯、錯をもって錯につくという、いったいこれ何、禅床を三匝して錫を振ふこと一下卓然として立つ、示すによって錯ですか、是是という、不是不是という錯ですか、ではいったい箇の何をか得る、(わっはっはわずかに箇の眉毛を動かす、令によって行ず、拈華微笑、破顔一笑して、我れに正法眼蔵涅槃妙心の術あり、あげて迦葉に付嘱すと、天上天下唯我独尊事これ。)切に忌む拈卻することを、釈迦牟尼仏花をとって拈ず、なーにやってんだうっふと笑ったんです。風無きに波を起こす。(両箇無孔の鉄鎚、麻谷も章敬も南泉も無孔の鉄鎚、なんでいったい悟りもせぬ麻谷が無孔の鉄鎚、木の葉の風に揺れる、これ無孔の鉄鎚、大悲千手あるいはまた提不起。たとい三十棒。)四海平らかに。(天下の人敢えて動著せず、章敬は是汝はこれ不是、鼓腹げきじょうの理想社会も何せんや、たとい五風十雨、馬鹿に付ける薬なしだとさ、あっはっは。)百川潮落つ。(自分というもの無うして、浄羅羅赤灑灑、自家安穏をぶち破って先ずはこれを得て下さい、付和雷同のその他大勢夢にだも見ぬ。海晏河清、たとい葛藤窟裏も戦争もです、対立意見なし。)古策風高し十二門、古人鞭をもって策となす、衲僧家柱杖をもって策となす、西王母が十二の朱門を設ける、天子および帝釈また十二の朱門あり、頭上の清風十二の朱門よりも高しと。(杖頭に眼無し、策をもって策となす、未だ上味噌にあらずですか、発酵せにゃ味噌にはならん、おうおう泣いて涙が止まらず、あるいはげらげら笑いっぱなし、どうすりゃいいって、ほっとけと云ったら中就納まる。そうしたら坐れるようになった、何時間坐ってもいいような、かすっともかすらないという、たといこれ仏教事始め。)門門路あり空しく蕭策す、世間一般みなこれです、せっかく大法を得て、令を行ずるかくの如しの、きれいごとじゃまったく役立たぬ。(一物もまたなし、では担いで帰れ。平生というすかしっ屁、これ仏これ悟りと見る、堕地獄。)蕭策にあらず、はいわしの語録はうっふ、いてもたってもいられないこれ、みなまた求めて止まぬものなりと。(まあさ、一応許すか。)作者好し無病の薬を求めるに、すなわち他にないんです。達磨さん以来これ、如何なるか是祖師西来の意。(死んだら死んだっきりだよ、暗室移らず、天も地もなく。)

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2007年6月16日 (土)

へきがんろく

第三十一則 麻谷両処に錫を振ふ

本則・挙す、麻谷錫を持して章敬に到り、禅床を遶ること三匝、錫を振ふこと一下、卓然として立つ。(曹溪の様子一模に脱す。直に得たり天を驚かし地を動ずることを。)敬云く、是是。(泥裏に土塊を洗ふ。一般の人をれんー貝に兼ー殺す。是れ什麼の語話ぞ、繋驢楔子。)雪竇著語して云く、錯。(放過せば即ち不可。猶ほ一著を較くこと在り。)麻谷南泉に到り、禅床を遶ること三匝、錫を振ふこと一下、卓然として立つ。(依前として泥裏に土塊を洗ふ。再運前来。鰕跳れども斗を出でず。)泉云く、不是不是。(何ぞ承当せざる。人を殺すに眼を貶せず。是れ什麼の語話ぞ。)雪竇著語して云く、錯。(放過せば不可。)麻谷当時云く、章敬は是と道ふ、和尚什麼として不是と道ふ。(主人公什麼の処にか在る。這の漢元来人の舌頭を取る。漏逗し了れり。)泉云く、章敬は是、是れ汝は不是。(也好し人を殺しては須らく血を見るべし。人の為にせんには須らく為に徹せしむべし。多少の人を瞞卻し来る。)此は是れ風力の所転、終に敗壊を成す。(果然として他に籠罩せらる。自己を争奈何せん。)

麻谷宝徹は馬祖の嗣、章敬も同じく。古人の行脚、叢林を遍歴して、直きに此の事を以て念となし、他の曲ろく木床上の老和尚の、具眼か不具眼かを弁ぜんことを要す。一言に相契はば即ちとどまり、一言に契はざれば即ち去る。麻谷章敬に到って禅床をめぐること三匝、錫を振ふこと一下して、卓然として立つ。(曹溪の様子一模に脱す、曹溪山は六祖禅師の地、この我れらが大法、滴滴相続底これがありようです、卒業してもって卓然として立つ。他なしです。すなわち天を驚かし、地を動かす。)敬云く、是是。よしよしってわけです。(泥の中に土塊を洗う、是是ってね、本来のありようこれ、錯もまたこれ、一般の人呆然ですか、いいえ一言にして行く、まるっきり他なしです、威儀即仏法、省みる我れなし、心を求めるに不可得、無心これ。なんの語話やあらん、棒杭につながったろばじゃ、そりゃなんともならんです。だからおれはやる。悟ったろうが悟るまいが。)雪竇著語して云く、錯。まちがい、ばかめがってんです、なぜだ。(するりと抜け出る、そんじゃなんともならぬ。錯たってやっぱり同じだぜえ。)麻谷南泉に到って、まったく同じことをする。(そりゃ同じだから同じ、はたしてまったく同じか、同じのほうがおかしいってことあります、鰕大魚ですか大海老ですか、飛び跳ねても北斗を出ず、念に捕われ、則を用いする、まるばつの世界です。)泉云く、不是不是、だめだよってんです。(なんでさ、おかしいじゃないか。人を殺すのに眉毛一つ動かさず、うふうじゃなんともならんぜ。)雪竇云く、錯。(錯を以て錯につく、すなわちこれ法という、そんなことさらさらないんです、ちっとは開眼するか、どうだという、するり抜けちゃ役立たず。)章敬は是、和尚なんとしてか不是。(馬脚を表わしたな、主人公である自分がだからどうだやっている、人の舌頭てか、ふんどしで相撲を取る。)泉云く、章敬は是、汝はこれ不是。はいまったくそのとおりなんです、わかりますか。たとい汝も是、まさにもってこれ。(多少の人を瞞卻し来る、眉毛有りや、知らずして殺し、知ってころし、あるいは活かしする、ものみな一般かくの如し。)これはこれ風力の所転、ついに駄目点です、是身無作風力所転、どっお経にあるそうな、お経とはもと実際に行なわれるんです、(はたして籠の鳥、てめえの分はどこにあるんだい。)

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2007年6月15日 (金)

へきがんろく

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2007年6月14日 (木)

へきがんろく

第三十則 趙州大蘿葡頭

本則・挙す、僧、趙州に問ふ、承り聞く、和尚親しく南泉に見ゆと、是なりや否や。(千聞一見に知かず。拶。眉八字に分る。)州云く、鎭州に大葡頭を出だす。(天をささえ地をささふ。斬釘截鉄。箭新羅を過ぐ。脳後に鰓を見ば、与に往来すること莫れ。)

この僧なかなかもって、そこらへんの雑っぱとは違う、承り聞く、お聞きしておりますが、和尚は親しく南泉に見ゆと、是なりや否や。どうですか、 ちったあなんかありましたかってわけです。どう答えたらいいんですか、うん、やった印下底だっていうんでは、あんまり不足ですか。狗子に仏性有りや、云は く無。また云はく有と。有耶無耶談義は、若し世の中そんなふうじゃ、なんにもならんです。証拠する実際。(百聞は一見に及かず、はらばたさらけ出す以外に ないです。これ仏、如来他なし、挨拶には眉八の字ですか、わっはっはまあそういうこったな。)州云く、鎭州に大羅葡ーふの字は富につくるー頭とは、大根で す、でっかい大根を出す。なんのこったかわかりますか、わかったら納得するんですか、おまえが大根ですか、ともに大根ですか、雲が浮かぶ、日月が廻るっき りですか、まったくのでたらめですか、さあどうなんですと、確かめる前に、どかんはーいってことあります。僧三拝して去る。広大智慧観、悲観及慈観、ただ これ。たとい宇宙全世界仏だとしても、生きた仏が口を聞くんです。僧、九峰に問ふ、承り聞く、和尚親しく延寿に見ゆ、是なりや否や。峰云く、山前麦熟すや 也未だしやと。人を思想の牢屋に閉じ込めないんですよ、あっはっは蛇足です。(天をささえ地をささう物は何者、あなたですか、それとも見えないものがささ えるんですか、放った箭の跡形もない、これ仏問仏答、鰓のあるやつはことをかまえて策謀する、うっふだれのこってす。)

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へきがんろく

頌・劫火光中に問端を立す。(什麼と道ふぞ。已に是れ錯り了れり。)衲僧猶ほ両重の関に滞る。(此の人を坐断して如何が救ひ得ん。百匝千重。也脚頭脚底有 り。)燐む可し一句他に随ふの語。(天下の衲僧這般の計較を作す。千句万句も也消得せず。什麼の他の脚跟を截断し難き処か有らん。)万里区々として独り往 還す。(業識茫茫。蹉過するも也知らず。自ら是れ他草鞋を踏破す。)

劫火光中に問端を立す、これまさに初心、初発心です、南閻浮の人身に発心すべきなり、四苦八苦のしゃば世界より発心するんです。人間とは何か、己 とは何か、なにをどうすべきか、どうしたら救われるか、劫火に焼かれてもって光明を見いだすこと、ついにこれを求め、ついに捨身施虎、虚空とう飢えた虎に 食われてしまって下さい、食われてる間は阿鼻叫喚。わっはっは地獄の沙汰、食われちまったら無心、無身、身も心も無うして、劫火も焼くことあたわず、光明 も照らすことなし、父母未生前に帰る、まさに救われてある、ただこれこれ、問端以前に知る他なし。(なんと云うぞ、すでにこれ錯り了れり。)衲僧猶ほ両重 の関に滞る、壊か不壊か、実にこれ理論にあらず、こうあるべきにあらず、救いという膏薬にあらず、マニフェストにあらず、ただこれ実際、劫火に焼かれ、壊 と不壊と、救いあり救いなし、解脱あり不解脱あり、どうですか坐っていて。さあどうなんです、自分をごまかしたってなんにもならんです、しかもこの関を透 る、まさにもってかくの如し。(此の人を坐断して如何が救いえん、さあこれです、百匝千重、なにさあ毎日日にちやって下さい、是あり不是あり、仏あり一般 あり、たった一個の生死をもってこれ回答。)あわれむべし一句他に随うの語。お経の文句を仮りたって二束三文です、大随に問い投子に問いついに落着せぬ、 万里区々として独り往還す、みじめなみっともないありさま、よくよく省して下さい、参禅しているんではない、他の物差しにてめえをあてがって、ああでもな いこうでもないやっている、百万年坐ろうがなんもならんです。(千句万句もまた消得せず、たいていの坊主どもこれ。もっとも今の坊主なんてそりゃ問題にな らん、仏教の敵っていうより自堕落。他の脚跟を截断する、なんの難しいことかあらん、ただこれ、坐になるかならないか。業識茫茫も、蹉過する悶々も、か えってこれまた知らず、なにさ一枚ぺろうり皮剥ぐふう、てめえお釣りなしの、往復ただそれこっきり、こーんな楽ちんないんです。草鞋を踏破百万べんだっ て、かすっとも残らない、一瞬もなしを味わって下さい。)

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2007年6月10日 (日)

へきがんろく

第二十九則 大随劫火洞然

本則・挙す、僧、大随に問ふ、劫火洞然として、大千倶に壊す。未審し這箇壊か不壊か。(這箇是れ什麼物ぞ。這の一句天下の衲僧模索不著。預め掻いて痒きを待つ。)随云く、壊。(無孔の鉄鎚当面に擲つ。鼻孔を没卻す。未だ口を開かざる已前、勘破了也。)僧云く、恁麼ならば即ち他に随い去るや。(没量の大人語脈裏に転卻せらる。果然として錯って認む。)随云く、随ひ去る。(前箭は猶ほ軽く後箭は深し。只這箇多少の人模索不著。水長せば船高く、泥多ければ仏大なり。若し他に随ひ去ると道はば什麼の処にか在る。若し他に随ひ去らずと道はば、又作麼生。便ち打つ。)

大随法真は長慶大安の嗣、百丈下三世。劫火洞然として大千倶に壊す、いぶかし這箇壊か不か。お経にある文句をもって大随和尚に問う、まさに劫火洞然、大千、世界宇宙壊滅する時、おまえさんはどうするというんです、どうですか、人類の歴史まさに劫火の燃えるが如く、あるいはすべてものみな壊滅、あるいはお釈迦さんの出家はこれ、生老病死苦をもってする、我れと我が身心の劫火洞然です、これをなんとかしようとする、救われようとする、ついに得たり、大千壊滅。ないものはもはや傷つかぬ、壊れないこれ。空と云えばすでに有るんです、劫火洞然に耐えうるもの、ただまっしぐらに求めて下さい。さあ飢えた虎に食われちまって下さい。(這箇はこれ何物ぞ、天下の衲僧模索不著、そうですお釈迦さまの最初発心がわからない、そんじゃどうしようもない、なにかしらわかったという、では予め掻いて痒きを待つのマンガです。)髄云く、壊。ぶっこわれるさというんです。(無孔の鉄鎚です、鼻つらとって引き回すなんてものじゃない、どかんぼっかり、勘破もへちまもないです。)僧云く、恁麼なれば他に随い去るや。そんじゃ因果必然、同じくしたがい去る他はないのかと聞く、なんたる浅ましさ、さっぱりわかっちゃおらん。(没量の大人言葉の辺に目鼻じゃ、命失うです、そうじゃないんだってばさ。)随云く、他に随い去る。(前箭は軽く後箭は深し、まさにこれ。水ませば船高く、泥多ければ仏大なり、世間まさしくそうなんでしょう、だからといって右往左往じゃないんです、まさにそれ、高うし多しする、そやつごと捨て去って下さい、もし随い去ると云えばどこにある、もし随い去らずと云えばどこにある、すなわち打つ。)またこの僧、修山主に問う、劫火洞然として、大千倶に壊す。未審し這箇壊か不壊か。山主云く、不壊。僧云く、なんとして不壊。山主云く、大千に同じきがためなり。壊も也人を礙塞し、不壊も也人を礙塞す。僧会せずして、投子に往く。投子問う、近離いずれの処ぞ。僧云く、西蜀の大随乃至遂に前話を挙す。投子香を焚き礼拝して云く、西蜀に古仏あって出世す、汝すみやかに帰れと。僧大随に到る、随すでに遷化す。

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2007年6月 9日 (土)

へきがんろく

頌・祖仏従来人の為にせず。(各自に彊界を守る。条有れば条を攀ず。箇の元字脚を記得して心に在かば、地獄に入ること箭の如くんらん。)衲僧今古頭を競うて走る。(草鞋を踏破し柱杖を拗折して高く鉢嚢を掛けよ。)明鏡台に当たって列像殊なり。(堕也破也。鏡を打破し来れ、汝と与に相見せん。)一一南に面して北斗を看る。(還って老僧が仏殿に騎って山門を出づるを見る麼。新羅国裏曾て上堂、大唐国裏未だ鼓を打せず。)斗柄垂る。(常処も也知らず。什麼の処にか在る。)討ぬるに処無し。(瞎。可惜許。椀子地に落ちて楪子七八片と成る。)鼻孔を拈得して口を失卻す。(那裏よりか這の消息を得来る。果然として恁麼。便ち打たん。)

祖仏従来人の為にせず、為人の処と云うはおのれ無きが故に、他の諸宗の世のため人のためという、世界平和博愛などいう、そういうことはまるっきりないんです、よくよく看取して下さい。自分あって他の為にす、善悪ともにこれ迷妄、ついには地球を滅ぼすに到る、収拾のつかない人類心事。お釈迦さん四十九年かつて一字を説かず、達磨西来せず、少林の妙缺なし、諸仏かつて出生せず、一法の人に与ふるなし。(各自に彊界を守る、花は花のようにあり、雲は雲のように浮かぶ、知らずして見れども飽かぬ、元まるっきり他なしなんです。条あれば条を攀じと、まさにかくの如く生活があるんです、元という字の脚ですか、元かくあるべしという、仏本来という記せばすなわち役立たず、いいえ地獄に落ちること箭の如し。あっはっはそういった坐禅をしていませんか、自ら構えて自ら苦しむ。)衲僧今古頭を競うて来る、なんたって一を知れば十、目から鼻へ抜け、七通八達は古来坊主が一番です、だれもかなわなかった。ああいえばこういう坊主。一から十より全体、目から鼻より目鼻なし。うっふっふさあてね。(草鞋を踏破し柱杖を折って、はじめて知る、参じ去り参じ尽くして、おのれは何かってことですよ、平地に立って下さい、初心の他なく、ちらとも頼むあれば去る、どうにもこうにもです。どうにもならんのが仏。)明鏡台に当たって列像殊なり。身は是れ菩提樹、心は明鏡台の如しと、そういうものがなくなっちまうと、個々別々なんです、漢来れば漢現じ、胡来れば胡現ず、はい初心これ、一般と全く違うことを知って下さい、迷悟中の人じゃないんです。坐ってたといなにが出ようとも、手を付けない、はいようやくこれができます、只管打坐。(堕すだの破るだの、まあさそう云ってる、自分という鏡をぶっこわせ、そうしたら相見ることにしよう。)一々南に面して北斗を看る、南面して北斗七星を見る、はーいこれ実感ですよ、観音さま。(大唐国に太鼓を打てば、はしっこの新羅に普請する、あっはっは、もう一枚剥がして、さあこれ。)斗柄垂る、討ぬるに処無し、我れまた是れ大善知識にあらず、争でか説不説あることを知らん、解き放つんです、各自に彊界を守るんですか、拈花微笑ですか、倒折刹竿著ですか、さあ早く箇の自由を得て下さい、他にはないとはぜんたい、いかでか修証を仮らん、もとかすっともかすらない坐禅です、はーいなんにもならんです。(落処もまた知らず、てめえというこれ地に落ちて、散華、まさにそれを知って下さい、でないと一字を説き、千万仏教他の諸宗と同じ、うるさったいことは、なんせ聞いてやらんきゃならん、世の中じいさばっさで充満。)鼻孔を拈得して口を失卻す。わっはっはまさにそのとおり。(でもさどこからこの消息を得て来た、ふーん威張るな、痛棒。)

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2007年6月 8日 (金)

へきがんろく

第二十八則 南泉不説底の法

本則・挙す、南泉、百丈の涅槃和尚に参ず。丈問ふ、従上の諸聖、還って人の為に説かざる底の法あり麼。(和尚合に知るべし。壁立万仞。還って歯の 落つることを覚ゆる麼。)泉云く、有り。(落草し了れり。孟八郎にして什麼か作ん。便ち恁麼の事有り。)丈云く、作麼生か是れ人の為に説かざる底の法。 (看よ他作麼生。看よ他手忙しく脚乱るることを。錯を将て錯に就く。但試みに問うて看よ。)泉云く、不是心、不是仏、不是物。(果然として敗闕を納る。果 然として漏逗少なからず。)丈云く、説了也。(他の与に説破すること莫れ。従他一平生を錯ることを。他の与に恁麼に道ふべからず。)泉云く、某甲は只恁 麼。和尚作麼生。(頼に転身の処有り。長に与すれば即ち長、短に与すれば即ち短。理長ずれば即ち就く。)丈云く、我又是れ大善知識にあらず、争か説不説あ ることを知らん。(看よ他手忙しく脚乱るることを。身を蔵し影を露す。去死十分。爛泥裏に刺有り。恁麼那我を賺す。)泉云く、某甲不会。(たちまちに恁麼 なるべし。頼に不会に値ふ。会せば即ち汝が頭を打ち破ん。頼に這の漢の只恁麼に値ふ。)丈云く、我はなはだ汝が為に説き了れり。(雪上に霜を加ふ。竜頭蛇 尾にして什麼か作ん。)

これ是の涅槃和尚は法正禅師なり、百丈に在って西堂となり、田を開いて大義を説く者なり。南泉すでに馬祖に見え了る、ただ是れ諸方に往いて決着 す、百丈この一問を発す、又大いに酬ひ難し。云く、従上の諸聖、還って人の為に説かざる底の法有りや。(壁立万仞取り付く島もないのに、なぜとっついた、 かえって歯の抜け落ちることを覚ゆるや、知らんやつが知っている、知ってるやつがなーんも云えぬ、これ日常、なにも仏教辺にかぎったこっちゃないです、な ぜか。)泉云く、有り。(孟八郎は、粗暴な男、でたらめいうやつ、そらみたことか、やっちゃった、参じ去り参じ尽くして、ついにこれという時に、孟八郎な んです、わかりますか、此岸にいて彼岸を求める、これなんぞ、答えを出さにゃいられないんです、てめえ答えってのが、千万年わからない。)丈云く、そもさ んか人の為に説かざる底の法。(どうだいと聞く、手忙しく脚乱れる、法という求めるものがあって忙しいんです、脚乱れて答えを出す、ではまそいつに乗っ 取って聞こう、さあどうですか、ええあなたですよ。他人ごとなんてないんです。)泉云く、不是心、不是仏、不是物、たしかにそのとおりは、是心、是仏、是 物と云うも同じ、云わずもまた同じ、あっはっはだからどうだまったく届かない、いやもと底抜けです。(はたして敗北、こうと答える、どこからそやつを持っ て来た、漏逗少なからず、大切な法を漏らしたというんですか、だったら完全じゃない。)丈云く、そんで説き終わったんかい。(わしみたいにだからどうの、 そいつは間違ってる云わない、あっはっは説破してみちゃ、馬鹿にされてます、どうにもしょうがないです、でも他が一生の問題と、たとい蟷螂の斧をさ。恁麼 これ恁麼にあらず。(泉云く、それがしはただ恁麼、もうこれっきりって両手を広げるですか、和尚そもさん。(ちょっとは自閉症止める、転身の処有り、悟っ たあ悟ってるじゃないんです、長には長短には短、だからどうのすりゃそれっきりなんです。)丈云く、我れまたこれ大善知識にあらず、いかでか説と不説ある ことを知らん。おおむかしからちゃーんといたんです、知らない人。今も変わらず、花のように咲く。(あっはっは、手忙しく脚乱れてって、田んぼせわしくっ て、そんなこと知らんてんです、蔵したって影露れる、こりゃもう存分。孟八郎のでたらめじゃない、刺突きささるぜ。そうそうこれって、うっふ。)泉云く、 それがし不会、わかりません。ほうらまさに答えこれ。(わかったという頭ぶち破れ。)丈云く、われはなはだ汝が為に説き終れり。(雪上に霜を置く、蛇足で すか、竜頭蛇尾ですか、せっかく大だんびら振り上げておいてさ。たいしたもんだ、南泉が役に立つ。)

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2007年6月 7日 (木)

へきがんろく

頌・問既に宗有り。(深く来風を弁ず。箭虚りに発せず。)答も亦同じき攸。(豈に両般有らんや、鐘の扣を待つが如し。功浪りに施さず。)三句弁ずべし。 (上中下。如今是れ第幾句ぞ。須らく是れ三句の外に向かって薦取して始めて得べし。)一鏃空に透る。(中れり。過也。祝土ーしゅく著石へんに蓋の草かんむ りなしーがつ著。箭新羅を過ぐ。)大野兮涼飆颯颯。(普天匝地。還って骨毛卓竪することを覚ゆる麼。放行し去れり。)長天兮疎雨濛濛。(風浩浩。水漫漫。 頭上漫漫、脚下漫漫。)君見ずや少林久坐未帰の客。(更に不喞留の漢有り。人を帯累殺す。黄河頭上より瀉ぎ将ち過ぎ来る。)静かに依る熊耳の一叢叢。(開 眼も也著。合眼も也著。鬼窟裏に活計を作す。眼瞎し耳聾す。誰か這の境界に到らん。汝が版歯を打折することを免れず。)

問既に宗有り、宗とはなんですか、たった一つこと、他宗邪教一神教あるいはとやこうの仏教、達磨さんに毒を盛る、前歯を折ったりは、今では宗門そ のものですか、あっはっはこういうの宗教とは云わないんです。間違っているというだけ、騒々しく剣呑なだけですか、宗とは一心に成り終わることです。(深 く来風を弁ず、ここにしてようやく問いになるんです、箭妄りに発せず、すでにしてまっしんです。)答えもまた同じ処、ただこれと云う他にないんです。(鐘 の扣、叩くのを待っている、ただこれと、功妄りに施さず、なんのかの云って、法に契うなど、是是など云わない、問うところをそのまんま。心とはそういうも のです、能書きじゃない、あるとき響くんです、でなきゃなんにもならない。)三句弁ずべし、雲門世の常三句ありと、たとい俳句も歌も三句あります、でな かったら響かない、のび切ったうどんなんです。仏法僧の三でもいい、おのれと彼と一般でもいい、過現未でいい、自閉症じゃない、これと。たとい俳句歳時記 の膨大な数を見る、ふっとささやき声の聞こえるのは、きまって芭蕉です、余のものは何か、言葉になっていないんです。そりゃ詩歌の辺、宗乗のこと、打てば 響くとは何。八方を捜したって皆無、師家というただの死語。(すなわち三句の外に向かって薦取して始めて得べし、論外の論ですよ、父母未生前に蓋天蓋地し て下さい、知ったかぶりや反芻じゃないんです、猿芝居じゃない。)一鏃空に透るんです。(しゅくちゃくがっちゃく、ぴったりばしんです。一瞬もうないんで す、事終わっているさえ意識の外。)大野涼飆颯颯、はーいこの通り。長天疎雨漫漫、ただこうあるっきりなんです。宗というなにものもないとは、宗のまった だ中です。(かえって寒毛卓立することなしや、しゃばの人間の住めるところじゃないです、わっはっは情実なしですか。ましてや諸宗教よこしまのちらとも触 れる能わず。)静かに依る熊耳の一叢叢、熊耳山は達磨の塔処。一人半分跡を継いだです。君見ずや少林久坐未帰の客。行きて帰る心の味は芭蕉の俳句、行きて 帰らぬ無心はこれ達磨の宗。(この唐変木めが、人をいっしょくたしやがって、黄河を頭の上にのっけやがる、わっはっは達磨だとよ、くそうめ。)まあしょな いわ、一箇半箇、たとい前歯へし折られようとも、まさにかくあるべし。

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2007年6月 6日 (水)

へきがんろく

第二十七則 雲門体露金風

本則・挙す、僧、雲門に問ふ、樹凋み葉落ちつる時如何。(是れ何の時節ぞ、家破れて人亡じ、人亡じて家破る。)雲門云く、体露金風。(天をささえ地をささふ。斬釘截鉄、浄羅羅赤灑灑。青霄に平歩す。)

おおよそ宗乗を扶竪せんには、也須らく是れ全身担荷して、眉毛を惜しまず。虎口に身を横たえて、他の横に引き倒に曳くに任すべし。若し此の如くならずんば、争か能く人の為にし得んとあります、事をかまえ、自分を別誂えにおいて、他をあげつらい、しかも仏法をなどいうことはありえないんです、世間事はそれでいい、仏は全身全霊もってしても、なを不足です。学者坊主の千万語なきにしかず。樹凋み葉落つる時如何、学者坊主の千万尽きるんです、人としてどうあるべき、仏としてかくあるべきが失せる、刀折れ箭尽きるんです。だれあってこうなる、おのれという根拠が消える、釈尊菩提樹下に坐す、太祖大師腕を切って差し出す、心を求めるに心無しと、通身投げ出す以外にないんです、坐禅とはこれ、他の方法の一切まったくないことを、痛感して下さい。(是れ何の時節ぞ、秋でもなく春でもないんです、家破れ人亡ずるを見る、見ている人が亡ずるんです、全世界破れ去る。)門云く、体露金風。言下に行くですか、まったくもって他なし、他の樹凋み葉落ちるをもって転ずるんです。(天をささえ地をささえる、はーいこれっきりになって下さい、斬釘截鉄、そいつをぶった斬るんです。無心心無し、浄らら灑灑らくらく、ふわあっとものみなです、強いて云えば青天に平歩す、玉露空に浮く、はい、求めるはこれっきり、単純そのもの、禅すなわち単を示す、心は一つと知るとき、心が無いんです。とやこう云ってたら百年待河清。)

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2007年6月 5日 (火)

へきがんろく

頌・祖域交馳す天馬駒。(五百年に一たび間生す。千人万人の中一箇半箇有り。子は父の業を承く。)化門の舒巻途を同じうせず。(已に言前に在り。渠儂自由を得たり。他の作家の手段に還す。)電光石火機変を存す。(劈面来也。左転右転。還って百丈為人の処を見るや也無や。)笑ふに堪へたり人の来たって虎鬚を将づることを。(好し三十棒を与ふるに。重賞の下には必ず勇夫有り。喪身失命を免れず。闍黎一著を放過す。)

天馬駒は漢の武帝、大宛国よりよき馬を得て天馬と名付く。雪竇百丈の祖域に於て、東西縦横天馬駒の如く、交馳して殊に少礙なきこと、自由の処を見て頌す。(五百生の大善知識という六祖禅師、路に応無所住而生其心と聞いて、まさにこれの行なわれるのを知る。信を云えば100%の信、小人は疑いもて見る、なんとなれば、てめえは棚に揚げて、悟りだの仏と云う、ちらともあればあげつらうばかり。そうやっている自分の問題だというのに、いつかな気がつかない。一00人弟子があっても、あるいは九九人までこれ、子は父の業を受くと、師の難癖を免れること、はるかに希なり、もっとも父母未生前に参ずる人些少、坊主という自閉症群、世襲になってどうにもこうにもみっともないことは、)化門の舒巻途を同じうせず、僧馬祖に問う、如何なるか是れ仏法の大意。祖便ち打って云く、我若し汝を打たずんば、天下の人我を笑い去ることあらん。又問い、如何なるか是れ祖師西来意。祖云く、近前来、汝に向かって道はん。僧近前す。祖劈耳に便して云く、六耳謀を同じうせずと。六耳は三人、秘密は保てぬという方言。化門、学人を接するんです、巻舒、あるいは巻、あるいは舒、巻舒にあらず、舒巻にあらず、あるときは巻、舒処にあらず、あるときは舒、巻処にあらず、あるときは巻舒ともにあらず。(已に言前にありです、自由を得たりとはどういうことか、他の作家の手段に任すと、まさに勝手にやってくれというんですか、てめえに向かって云うんですか、だれに云うんですか。)電光石火機変を存す、自分という忘我ですか、これが標準なんです、他の物差しをあてがってああだこうだの、世間一般ではない、さあやって下さい、でなきゃ接化なし。(でもって、百丈かえって為人のところを見るや、わっはっは為人のところ、どうです、たとい見れば不可。)笑うに堪えたり、虎のひげをなでるとは。(よう仕出かしたようし三十棒。勇気あるでえほんに、よってもって見事大死一番、ええ、どうだいほんとうか。)

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2007年6月 4日 (月)

へきがんろく

第二十六則 百丈大雄峰

本則・挙す、僧、百丈に問ふ、如何なるか是れ奇特の事。(言中に響き有り。句裏に機を呈す。人を驚殺す。眼有って曾て見ず。)丈云く、独坐大雄峰。(凛凛たる威風四百州。坐者立者二人倶に敗缺。)僧礼拝す。(怜悧の衲僧。也恁麼の人有りて恁麼の事を見んことを要す。)丈便ち打つ。(作家の宗師。何が故ぞ来言豊かならざる。令虚りに行ぜず。)

百丈懐海は馬祖道一の嗣、如何なるか是れ奇特の事。奇特というんでしょう、まったくこれなければおのれなし、生きた覚えなし、生きる甲斐なしというんでは、未だ百歩届かんです、しかもなんと云う、なんとも云うてみようがないです、実に奇特の事。この僧是れを知る、知るとは如何なることか、この僧是れを知らず、まったく知らなければあえて問う、(言中に響きあり、句裏に機を呈すとは、なを未だし、それゆえに人を驚殺す、眼有ってかつて見ず、無自覚の覚かつて未だし。)丈云く、独坐大雄峰。無限絶対という、へたな田舎芝居じゃないんです、大見栄を切っている、その自分を観察していては、それは仏教じゃないんです、威儀即仏法という、無心心がないんです、ではどうして知るかというに、爪から先。(凛凛たる威風四百州、はいかくの如く知る、坐するも立つもって敗缺、はいかくの如く知らず。)僧礼拝す、さっすがあってなもんです、すきあり。はあていったいどこに。(怜悧の衲僧、恁麼の人とはだれ、はいあなた、ではどうして恁麼の人を見る。)丈便ち打つ。(作家の宗師、なんで毀誉褒貶例によって令を行ずやらない、わっはっはあほか、いやもう舌を巻くんです、令みだりに行ぜず。論外の論、是か不是かというに、すでに論外。)

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へきがんろく

頌・眼裏の塵沙耳裏の土。(朦憧三百担。鶻鶻突突什麼の限りか有らん。更に恁麼の漢有り。)千峰万峰肯て住せず。(汝什麼の所に向かってか去る。且らく道へ、是れ什麼の消息ぞ。)落花流水太だ茫茫。(好箇の消息。閃電の機、徒に佇思するに労す。左顧千生右顧万劫。)眉毛を剔起すれば何れの処にか去る。(脚跟下更に一対の眼を贈らん。元来只這裏に在り。還って庵主の脚跟を截得するや。然も是の如しと雖も、也須らく是れ這の田地に到って始めて得べし。打って云く、什麼と為てか只這裏に在る。)

南泉また云く、七百の高僧、ことごとく是れ仏法を会する底の人なり。ただ盧行者のみ有って、仏法を会せず、ただ道を会す、このゆえに他の衣鉢を得ると。仏教もと備わるんです、備わるものは使えばいい、ただそれだけです、200%使いおおせて人生です、他ものみなの生活です。それを仏教云々、人のありよう能書きは、邪魔になれこその塵あくたです、光明だのラジニーシだのいう、百害あって一利なし、オウムもキリスト教も五十歩百歩なんです、眼裏の塵砂耳裏の土。(もうどう三百担、あっはっは複雑怪奇な面した牧師さまですか、土鳩肩をよせあってぴくぴく、世の中評論家、だからどうのと毎日別誂えですか、さらに別誂えのあるを夢にだも見ず。)千峰万峰あえて住せず、これさっそうたる独立独歩人です、頌としてすがすかしい限りです。(いずれの処に向かってか去る、これなんの消息ぞ。)落花流水太だ茫茫。ものみな主客、かくのごとくかくの如く。(好箇の消息、そうだよっていうんです、あれこれとっかっかりしてただもうご苦労さん、人生という仏教という、いえさ宗教という早くこれを卒業して下さい、人間もようやく万物宇宙のお仲間入り。千生万劫、ちらとも顧みるにより、生きたという感慨ですか、なんてえつまらんことを。)眉毛をちっき、こうやるんでっす、でもってどこへ去るか、はいわずかに蓮華峰仏ありの風、いやなかなか。(こりゃまあ蛇足もいいとこ、更に一対の眼を贈る、なんとしてか一対の眼、倒退三千、ただ這裏にありと、脚跟下を截得して何せん、この田地に到る、衆無対、打って云く、なんとしてか這裏に到る。)

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2007年6月 2日 (土)

へきがんろく

第二十五則 蓮華峰柱杖を拈ず

本則・挙す、蓮華峰庵主、柱杖を拈じて衆に示して云く、(看よ。頂門上に一隻眼を具す。也是れ時の人の窩窟。)古人這裏に到って、什麼としてか肯て住せざる。(虚空裏に向かって釘楔す可からず。権りに化城を立す。)衆無語。(千個万個麻の如く粟に似たり。卻って些子に較れり。可惜許。一棚の俊鶻。)自ら代って云く、他の途路に力を得ざるが為なり。(若し途中に向かって弁ぜば、猶ほ半月程を争はん。設使力を得るも什麼を作すにか堪へん。豈に全く一箇無かる可けんや。)復た云く、畢竟如何。(千人万人只箇裏に向かって坐卻す。千人万人の中一箇両箇会す。)又自ら代って云く、そくー木へんに即りつー木へんに栗ー横に担って人を顧みず。直に千峰万峰に入り去る。(也好し三十棒を与ふるに。只他の担板なるが為なり。脳後に鰓を見ば与に往来すること莫れ。)

蓮華峰庵主は秦先深の嗣、雲門下三世。しゅじょう杖です、杖を拈ず、とって云く、なんとしてかあえて住せざる。(看よ、頂門上に一隻眼を具す、一隻眼を具すとは悟り終わること、どうしてもこれなくんば仏とは云えんです。二つの眼、見たものをとやこう反芻する、だからどうの、観念思想の問題なんでしょう、眼華という、たいていの人そうやって、それにしてやられているんです。一隻眼生まれ本来のまっすぐに帰る、遠近なく見るものと見られるものの区別なく、目なく意なくなんです、でもって一隻眼を具すと、また時の人のか窟、あの人は悟っているから、悟ったらどうのと別誂えして、またそれにひっかかる。悟り終わって悟りなし。)古人這裏に向かって、なんとしてか敢えて住せざる。せっかく得たものを、どうしてそこに住む、たとい悟りというを用いないのだ。(虚空裏に向かって、もとないもに釘楔を打つ、お化け城を築く、仏教といい禅というもの、はいこれ。)衆無語。(千個万個、箇という字を用いるには人臭いってこと、総勢麻の如く粟の如し、無語というそりゃどっか当たっているんですが、惜しむらくは、一棚の俊鶻、棚に並んだ土鳩ですか、ぴくつくっきりの落着を知らぬ。)自ら代って云う、他の途路に力を得ざるが為なり、なにやらかしたって役立たず、うっふまさにこれ、世間人の固執がないんです、たとい何やったとてぴったり、名人達人を超えたろうが、次にはもう忘れ、いえさほんにこれ。(そいつをだからどうの、弁じてたら半月かかるよ、いいか、たとい力を得るも、さよう何を仕出かしたって、世界騒がしい、ろくなこっちゃないよ、わかったか、無為の真人これ、歴史というがらくたを作らないんです。)また云く、畢竟如何。わっはっはだからどうだ、文句あるかってんだ。(千人万人箇裏に向かって坐卻す、そりゃ坐らねばわからない、一にも二にも坐る、でもさ千人万人のうちの一箇半箇会す。)又自ら代って云く、そくりつというのは杖の材料です、横に担って人を顧みず、じきに千峰万峰に入り去る、はいこれまさにこうなんです、たわごと云ってないで実際を見て下さい、世界平和という喧嘩の種じゃないんです、人道などいう不都合じゃない、(わっはっは三十棒だ、よくぞ云いやがったって、世間一般が他人の思想是非善悪ひっかつぐから仕方がない、まあさ鰓のある人間には気をつけろよ、ひでえめに会うぜ。)

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2007年6月 1日 (金)

早春賊

  長久保
本陣の五葉の松は失せたれど我が欲りしそがただずまひける
故郷の時はうつりてなほなほに山川深み形せるらく
真田なる弓の稽古を我れもまた眺めせしまに庭のさんしゅゆ
松本にしくしく雨のあひ別れ古城の垣に青葉を深み

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早春賊

  鬼無里
小川なる天文台を廻らひにやまたず行くか花の春辺を
妹らがり花吹雪して七曲がり八つ曲がりせむ鬼無里の村を
戸隠の神なび深く仰がむはつぎねふ雪の山なみにして
戸隠の中社といはむもうでむは名物そばを何十年
愛しけやし黒姫あ子を行き通ひ新芽吹かへるぶなの林を
妹と我が幾夜寝ねやるここをかも赤倉といふぞつつじ花咲く
きぬぎぬの別れを悲し二人我が忍びあへせむ行方知らずも

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早春賊

  安曇野
宿らひは春ののげしの咲く野辺の乱れし妹は浴衣のみして
長くしやトンネルを抜け安曇野の会釈をせむははだれ白馬
安曇野に記さむものは花の店田辺のくまみか去り行く惜しも
安曇野にわれは記さむま悲しや高村知恵子の切り絵を求め

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早春賊

  妙高
湯沢ゆも花に追はれてみずばせふ残んの雪の妙高へ行く
新室は霧らひこもして白樺のこは唐松の芽吹きあへたる
忍びつつ宿れるものをモーツアルト浮かれ惚けて膝枕せむ
いもり池みずばせふなむかそけしや二人し仰ぐ妙高の峰
晴れゆくは美はしものぞかくのごとく満山芽吹く鶯の鳴く
またもかもここに別れて直江津のただに悲しもくはし乙女が

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早春賊

  湯沢
空しくはゴンドラを見上げ宿れるに残んの花のなほ盛りなり
芽吹きあへ大浴場に一人我が浸り思へるに妹も一人か
そこばくの湯沢を霧らひ花に花悲しき妹は夜もすがらして
他が客か集ひいよらむシャンデリア二人をのみに朝飯しつらむ
これはこれ大修行なる雲洞庵芽吹かひ行くも荘厳にして
僧堂の畳はくされいたずらに客のよるさへ新芽吹かへる

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早春賊

   初島
花は失せ若葉青葉を初島のいやしくしくに我が恋まさる
初島の石の浜辺の片思ひてんなんしょうのなんぞ花咲く
哀しきは若かえるでの初々し熱海乙女がこれな忘れそ
乙女らがしましく舟に乗れる日や潮騒濡れて初恋がてに

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早春賊

   笹倉
来てみれば人の住まはぬ心地して妹をいずこへはだれ消えつつ
妙高のスキーの家に湯も抜けて名物シェフのアイスクリームは
妹として山越え行けば笹倉のしくしく春のあは雪降れる
山を越え海なもがてに恋しくばしのび行かなむ春の雪降る
笹倉の山を深みか夜もすがら妹とい寝やる雪は降りしけ
晴れ行けばシルバーロードぞ烏帽子岳寝ねやる妹とたずさえにけり
フォッサマグナ妹とあひ見し玉なれや人の手指の姿こそして
二人しや更に心の幼びてすべり台なむ尻の皮を剥く
鱈汁を二人し食らひ能生のまた船を見てしがあひ別れけむ

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へきがんろく

頌・曾て鉄馬に騎って重城に入る。(戦いに慣ふ作家。塞外は将軍。七事身に随ふ。)勅下って伝え聞く六国の清きことを。(狗赦書を銜む。寰中は天子。争奈 せん海晏河清なることを。)猶ほ金鞭を握って帰客に問ふ。(是れ什麼の消息ぞ。一条の柱杖両人扶かる。相招いて同じく往き、又同じく来る。)夜深けて誰と 共にか御街に行かん。(君は瀟湘に向かひ我は秦に向かふ。且らく道へ、行ひて什麼か作ん。)

鉄馬に騎って重城に入る、劉鉄磨がい山に会いに行く、どうですか、ただ会いに行くんです、なにほどのことがあらんや。あっはっは、老師に会う、い え達磨さんに会うのに、それしきのっていうか、なんとも思わんですか。さあどうですか。寒毛卓慄、流汗淋漓さあどうするといって、手も足も出ないとか。で もって鉄壁の布陣ですか、そんじゃあ始めっから負けてます。(戦いに慣う作家、女碁は戦いってね、いえさただの語なんです、打てば響く、死んではいないっ てことです、塞外は将軍、七事身に随う、そういうことが自然に行なわれるんです、取り付く島もなく、大火聚の如し、これあなた。)勅下って、天子の詔勅で す、目をやれば劉鉄磨、牝牛来たかってんです、六国とは秦に併合された、韓、魏、趙、燕、斉、楚の国、まあさちゃーんとしていらあってことです、つうと云 えばかあという是なんです。(狗赦書を銜む、天子の赦免状ですか、寰中は天子のとばり、直轄領です、寸分の狂いもなく、しかり五台山の婆さんもちゃーんと 収まっているんです。)猶ほ金鞭を握って帰客に問う、そりゃもうどうあったって一言無きゃならんです、他なしの金鞭、来日台山に大会斎あり、行くかと帰客 に問う、至りえ帰り来たって別事なしですか、わっはっはそんなん知らんというんです。(是れなんの消息ぞ、ちらともあったらひっかかる、共倒れじゃなくっ て、一喝両人助かる、あいともに行き、同じく来る、うっふううてやんでえ。)夜深けて誰と共にか、かごを御して街へ繰り出すんですか、まあさ、身を放ち臥 す、廓然無聖、てんでかってですよ、即ち帰ると、なあなあ付和雷同ではない、人人よろしくとはまさにこれ、且らく道へ、行いて什麼か作ん。)

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