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2007年3月

2007年3月31日 (土)

とんとむかし

  とき

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いまいの村に、しぎとたったという兄妹がいた。しぎが十六、たったが十五の年に大火事があって、村のほとんどが焼けた。
 しぎとたったが火を点けたと云う、二人は逃げた、
「なんでわしとおまえが火点けるんだ。」
「父も母もいないから。」
 二人は逃げて、山をさまよい、大きな木の空洞に夜露をしのいだ。
 狼が吠える。
 鬼火が燃えて、
「おらこうち、すぎゃとうや。」
 奇妙に聞こえて、空恐ろしさに、二人はふるえだち、
「そこで抱き合って何をしている。」
 若い声がした。さまざまに聞こえる一つかと思うと、けものの皮をまとった男が立った。
「わしら兄妹は、村に火を放ったと云われて、逃げて来た。」
 しぎはいきさつを話した、
「これは妹のたっただ。」
 若者は夜目がきいて、たったを見据えた、
「妹をわしにくれ、そうしたら面倒を見よう。」
 と云う。
 しぎはその若者に、
「妹がよいというなら任せる。」
 と云った。
 たったはうなずいた。
 若者は、さわとと名告った。おおかみに育てられて、そうしておおかみと共に暮らすという。
 けだもののにおいを通して、朴の花のきつい香りがする。
 不思議な若者だった、
「捨て子だったさな、いったん村へも帰ったが、追っ払われた、はっはっは。」
 底抜けに笑う、
「愛してくれるか、わたしを。」
 たつたは聞いた、
「おうさ。」
「わたしもおまえを。」
 二人は抱き合った。
 さわととたつたは、おおかみの出入りする小屋に住み、しぎはまた別に住んだ。
 たつたにはおおかみがなつき、しぎは咬まれぬよう苦労する。
 一月が過ぎた。
 おおかみどもと移動する。
 夜を走る、たったは巨大なおおかみの背に乗り、しぎはあとついて行った、
「ほう、兄も見事なもんじゃ、はなれたらそれっきりぞ。」
 さわとが励ました。
 鹿を倒し、くまさへもほうる。
 さわとを頭とする一群の、ほかのおおかみどもには真似のできぬ。
 さわとはおおかみよりも目が見え、鼻が利いた。
 おおかみは誉められると、くおーんと鳴き、しかられると地を掻く、すねたりすりよったり、太い尻尾を巻いたりまあ、たったは笑った、
「人より素直で賢い。」
「われらは出外れ人よ、三人ともな。」
 ご城下を見下ろす山へ来た。
「おおかみは、こんなとこまでは来ない、たいてい獲物は豊富だし、人目にさえつかなければな。」
 狩りを終えて、
「どれ一つ、おまえら兄妹の為に里へ出るか。」
 さわとは云った。
 用意した衣服を手渡した。ご城下へ三人で繰り出す。
 久しぶりに人と交わる。
 金はさわとが持つ、
「なに、使うときは使うのさ。」
 兄弟も金なんか知らなかった。
「うどんを食べてもいいか。」
「おう、なんでも食え。」
 たらふく食って、酒も飲んで、しぎとたったは目をまんまるう、屋台をめぐり、お店をめぐり、射的があったり、美しい衣を手にとったり、
「よしそいつを買え。」
 さわとは云った。
 帯もあった。
 からんで来るやつがいた。
「なんだくさい連中が。」
「野伏せりか。」
 三人はぽっかり立つ。
「わしの差し料に触れたんだ、ええ、挨拶して貰おうか。」
 五、六人変なのがよったくる、袖を取ったのを払ったら、ふっ飛んだ。
「やりおったな。」
 刀を引っこ抜く、
「逃げようか。」
「ばかみたい。」
 気がついたら、一人残らずふん伸びていた。
「さわとがやったんか。」
「なんにもしやせんさ、おおかみと人間じゃたいていまあな。」
「なにさまであんなるか。」
 お店のものが云う、
「札付きどもを退治して下さって。」
 そうそうに引き上げた。
 次へ移り、山なみを跨いで、また用があって町へ出た、
「たったにかんざしを買おう。」
 さわとがいった、
「薬が欲しいしな、おおかみの薬が切れる。」
 おおかみの唾液と糞とを、さわとは云いかけて止す。
 そうさ二、三の薬をまぜれば。
 出て行くと、待ちかまえる者があった、
「入り用のものは用立てよう。」
 その者は云った、
「おおかみの三人、わしらに加担せんか。」
 という。
 びっこでめっかちの男、
「なんでわしらがおおかみだ。」
「いやな、ちょいと調べさせて貰った。」
 さわとがつかもうとすると、間合いを開ける、
「われらは武田の残党だ、時は過ぎたが、いま一度の日和を見たい、まずは上総守の寝首をかこう。」
「戦はきらいだ。」
 さわとが云った。
「わしも嫌いさ、あっはっは、そいつを早く終わらせるためにな、金山を一つやろうか。」
「大仰なもないらん。」
 めっかちが笑う、
「一類眷族ができたらそうもいかんで。」
 たったを見る。
「大きにお世話だ。」
「おおかみの山も火事になったりな。」
「なんとな。」
 若い三人の説得など、男にとっては、わけないことに見えた。
 織田上総は一隊を率いて、みなずち山の出城にある、
「天の助けか、こやつは万が一の暁幸。」
 めっかちは云った。
 進軍して来るぞ、総ざらいやられる、
「おおかみの為にもな。」
 さわとの三人は、夜目の利くおおかみとなって、敵の軍勢を抜け、とりでに忍び入って、あっけなく寝首を掻いた。
 砦は大騒ぎになった。
 すでに引き上げて、めっかちの前に置く、
「でかした、織田の生首ぞ、おっほうせわしくなるな、手はいくらでも。」
 とりあえず大野へ行こう、
「ではわしらはこれで。」
「なんと、これからだというのに。」
「もうよい。」
 まあよいか。
「おおかみの山は安堵してやろう。」
 武田の残党は走る。
 織田の生首が口を利いた、
「おまえらも早く失せろ、こいつは身代わり首さ、残党は全滅する。」
「なんとな。」
 気味の悪い生首が。
 えい、かかわりのないこった。
 さわととしぎとたったは、おおかみどもと、山へ帰った。
 来てみると、生首が先につく、
「おまえのおおかみに、運んでもらったのさ。」
 生首は云った。
「でもって何の用だ。」
「そうさな、人間がいやになった。」
「だったら死ね。」
「身代わりは死んだがな、おれは織田上総よ。」
「埋めてやろう。」
「おおかみが掘り出してくれるさ。」
 どうやら、おおかみを操るらしい。
 生首とさわとたったの夫婦と、しぎとおおかみどもと、まずは三カ月がたった。
 しぎは村の女をめとり、たったはさわとの子を身篭もった。
 それなりの暮らしもせにゃならん。
「だろうさ。」
 生首が云った。
「ぜにか、じげん寺の坊主がしこたまためこんでおる。」
 さわとと、おおかみが一匹いりゃという。
 おおかみの頭が生首になった。
「強欲坊主さ。」
 坊主は見るなりふん伸びた。
 根こそぎ召し上げた。
「着物か、京のしのだという店にな、どうれ筆を寄越せ。」
 生首は口にくわえて、達者な字を書く、
「十両そえてな。」
 たいていが揃う。
 立派なお屋敷に移り住んで、たいそうな暮らしもする。
 おおかみが出入りするほかは、変ったところはなかった。
「わしからおおかみをとったら、なにも残らん。」
 さわとはおおかみと走る。
 ときにはしぎも走る。
 たつたはしぎの妻と、お屋敷にこもる。
「武田の残党が皆殺し。」
 生首が云った。
「おおかみではない、あいつは猿だ。」
 日和見とんびやら、お供えしか食わん石の地蔵や、けだものよりけだものが、うっふうひょっとこ面をつけて、ぶつくさ。
 いながらに見えるのか。
「いっそ、おおかみの世の中にしてやろうか。」
 つばきの花をかんざしにして、たったが行く。
 生まれた子は三つになった。
 雪が消えると花の春。
 しぎのつれあいは子がなく。
「生首さえなきゃ、云うことはないのに。」
「おっほっほ。」
 戦の世だ、幸せは長くは続かず、
「今だ、さった峠に行け、上総のほんものが死ぬぞ。」
「なんとな。」
 おおかみの一党は走った。
 生首のおおかみが行く、
「なんでやつにあやつられる。」
「なんでもいい、体がなまった、戦の世には戦をしよう。」
 さわとは云った。
 片腕とも頼む、子飼いの光秀が織田を襲う。火を放って弓矢を射かけ。
 闇夜におそって、すんでに上総守を助け出す、
「首を切れ。」
 信長が云った。
 生首が云った。
 さわとは切った。
 そいつは転げ落ちて、もと通り、
「そうさ、おまえのよく知っている、生首よ。」
 信長がいった。
「武田の忍術さな、まあさびっこのめっかちが思い通り。」
 織田なる者はいった、
「詮索はするな、万事これでよし、天下取りの夢は家康か。いやまに金山がある、そいつをおまえらにくれてやる、よしなに暮らせ。」
 信長は残余の軍勢を叱咤して、進軍する。
 おおかみの一群は引き上げた。
「どうする里へ帰るか、それとも。」
「うむ、金山を手に入れよう。」
 いやまへ行った。
 信長のお墨付きがある。
 金山は、人足と役人と、中国の技術者との面倒なよったくり、武田の開いた、それはもっとも新しい金山だった。
 おおかみどもとして、金山屋敷に入り込んだ。
 差配はさわととおおかみで足りる。役人どもは一向に云うことをきかぬ。
「私服を肥やすばかりのあやつら、どうしてくれようか。」
 そうさな、
「中国人の技術を覚えることが先決。」
 しぎはそういって、中国人といっしょに働いた。
 酒を飲ませ、女をあてがい。いっそ肝心要は伝授せぬ、技術が命の綱だった。
 ちゅうという男がいた。
 病にかかって、生まれた国に帰りたいという。
 おおかみの薬を飲ませた、
「いっとき元気になる。」
 といって、送って行った。
 織田上総に船を頼む、
 陣中に立った。
「中国人なぞほっとけ、代わりはいくらもある。」
 上総なるものが云った。
「兵を向けようか。」
「いえまあなんとか。」
 ちゅうには金も与えて、そのあと中国人がなつく。
 一人をつなぎに残して、役人をお払い箱にした。
「不服の者は出でよ。」
 さわとがいった、筆頭が出た。
「おまえらに何ができる、わしらの働きでいやまは安堵しておる、でなくば群狼の餌食になるわ、戦国の金山ぞ。」
 という。
「群狼の餌食とな、たとえばこんな具合か。」
 そやつを狼が八つ裂きにする。
 けりがついて、人みな影日なく働いた。
 首尾ように行く。
 女どもには貴品の装いをさせ、大大名の暮らし、さわとはおおかみと山を馳せ、しぎはすっかり精通して、あるいはまた新技術を開発した。
 金は三倍にもなった。
 織田が殺された。
 明智なきあとは両腕とも頼む、秀吉というものに倒され。
 天下はだが、信長のレールを行く。
 金山はおおかみ一党のものだった。
 それが、肝心の金が底を突く。
「他にさがさなければ。」
 しぎは云った。
「もういい山へ帰ろう、きれいさっぱとな。」
 さわとは云った、
「そうしようか。」
「あたしはいやよ。」
 たったが云った、
「あたしを追い出した村を買い込んで、お館を築いてくれたら、帰ってもいい。」
「あたしだって捨子同然だった。」
 しぎに拾われなかったらと、子なし妻が云った。
「天下を取ってみたい。」
「わっはっは、そういうこったか。」
 女を代える方が簡単だ。
 金山支配には、すでになくてはならぬ二人、子育てもおおかみには無理だ。
 しぎは山を探し歩いた。
 有望な金山はなく、
「武田が掘りつくした。」
「戦に費やした無駄金。」
「そのとおり。」
 声が聞こえた。
 生首があった。
「どうしたおまえは、殺されたって聞いたがな、信長は。」
「信長はな。」
 ふうと笑って生首がいった。
 佐渡へ行こうという。
 どうにもめんどうになった、
「おおかみの暮らしが恋しいてな。」
 生首は云った。わっはっは、猿に首を切らせたのさ。
「かわいそうにあいつ気が狂うぞ。」
 家康の世の中になる。
 佐渡の金山をのっとれ。あれも底を突いたが、
「しぎの技術なら掘れる。」
 さわととおおかみの一行は海を渡った。
 百年が過ぎた。
 金山と夕陽でもって、生首がおおかみどもを、ときに変えたんだという。
 でもって今にいたる。
 武田の秘術、待てよ、種は絶えて中国産だなあれは。

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とんとむかし

  しおかんぞのきつね

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、でとんな村のしおかんぞに、
「では、おまえのかか貰う。」
 と、山の神さまが云った。
「神さまともあろうもんが、そんげなこと。」
 と、いうのに、
「かかことひょっとこだ、おかめだいうからだ。」
 とさ。
 そういうこったなと村人、
「山の神さまたたりがこええで。」
 ひょっとこで、足はがにまただって、おら愛してるのにとしおかんぞ、とつぜんかか消えた。
 かかさしだして、山の神さまのそだ刈る、そだ刈ってしおかんぞは、それ売って、毎日飲んだくれた。
 とある暮れ方、かかが行く。
 がにまたでもねえしと、振り返ったら、えれえべっびんさまだ、
「ひえちがった。」
 だれだんべと。
 のちも貰わず、しおかんぞは二十年めに死んだ。
「かか迎えに来たか。」
 とだれか云った。
 あたりがふっと花やいだ。
 しおかんぞは歩いて行った。
 まっくらがり明けて、虹がさして、玉のようなお屋敷がある、
「お帰りなされました。」
 声がして、入って行くと、
「おつきのもち。」
 と聞こえて、ひょっとこの面をつけた子が、餅を差し出す、
「あたしに会いたいんなら、食べてはだめ。」
 お面の下から、かかが云う。
 しおかんぞは食べるふりした。
 お酒が出て、ご馳走が出て、笛や太鼓に、美しい女たちが舞い踊ると思ったら、ふうっと消えて、しおかんぞは、かやっ原。
 つゆすすって、歩いて行くと、白い狐がいた。ふりかえるそのあとに、ついて行った。
「かかとちがうか。」
「はい。」
 きつねが云った。
「なぜに狐だ。」
 山の神様のお使いじゃと、かかが云った、
「おまえさまが、お酒を飲んでは、ひょっとこ、がにまたっていうから、人並みになりたかった。」
「おまえめんこいで云ったんだ。」
 山の神さまに願ったら、
「お使いの狐が寿命だで、代わってくれ、なんぞうも美しゅうする。」
 という、
「なに次が来るまでさ。」
 と、次は来ず。とうとうおまえさま死んでしもうた。
 しおかんぞは、きつねになって、かかのあとついて行った。
 山の神さまの、お稲荷さんみたいに、赤い鳥居が建ち、まっしろい向いきつねもいた。
 芸者衆が来て、そりゃもうお賽銭も上がった。
 でもしおかんぞというのは、うるしの実だった。
 塩っけがあって、食べられたが、弱い人はうるし負けして、どえらい顔になった。
 満月の晩、おもちついてお祭りする、そこだけ、お稲荷さんと違った。

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とんとむかし

  四つの花

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、あらんがろんがの村に、藤の花と椿の花と百合の花と、三つの花をいっぺんにつける、大木があった。
 あらんがろんがの木というほどに、その名は聞こえて、京の都までも聞こえて、かんなぎまろという歌よみが来た。
 そうしてそのあまりの見事さに、歌も詠めずに帰ったという、
三世の諸仏にあらんがろんがの花も詠めずは今日の雅人
そんなことを云われてはと、かんなぎの娘ゆうなぎが来て、
過現未四恩にあらんがろんがの風は揺れいつか如来の花にしや
 と詠んだ、でもって藤と椿と百合の花に、もう一つ加えて、ゆうがおの花が咲いた。ほんとうはあさがおだという。
 戦があって、あらんがろんがの木も焼かれ、だれかれ忘れ去って、百年ほどもたったであろうか、村の三郎屋敷の犬が吠えて、ここを掘れという。
 掘りおこすと人骨が出た。
 戦に死んだ人であろうといって、手厚く葬った。
 するとその塚から、芽が生いのびて、ふたたび三つの花をつける、あらんがろんがの木になった。
 人骨は右手に藤を、左手に椿を、右足に百合の花を、左足は失われてなかったという。
 三郎屋敷は、子も孫もその木を守り、いつか大木になって、あらんがろんがのお宮になって、鳥居が立つ。
 藤にお参りをすれば、つれあいを授かり、椿にお参りをすれば、病が治り、百合に手を合わせれば、いさかいごとが納まった、長生きをした。
 日に十人二十人人が訪れた。
 いっぺんに花が散って、村中よって手振り足振り踊る、
「かっこう鳴いて、藤の花、
 とうがたったて嫁にやろ、
 あーらんろんが、
 めんこい美代子はなんとした。」
「めじろぴーとろ、椿花、
 なんの病か目は見えぬ、
 あーらんろんが、
 とんでもねえもの拝んじまった。」
 これは田植え歌であった、赤い裳裾をひるがえし、ぴーひゃらどんと、にぎやかに今に伝わる。
「揚羽ぶーらん、百合の花、
 人の姿に笑まうぞな、
 あーらんろんが、
 なんのえにしも百年たったらまっしろけ。」
「つるに咲いたか、あさがおの、
 秋風立ったら泣き別れ、
 あーらんろんが、
 つばめ土食ってしぶいとさ。」
 でもこれは、掛け合う歌が延々続いて、中の四つばかりであった。どうもそうらしい。
 卑わいなのが多い。
 あらんがろんがの花はしまい一つもなくなった。
 あるとき、いせのしょうまという人が来て、
「親が業病である、あらんがろんがの噂に聞いた、椿の花を授かりたい。」
 といって、椿の一枝を切り取って、持ち帰った。
 それから三年、ふっつり椿は咲かなくなった。
 病が治って、椿をお伊勢さまに奉納すると、花はお伊勢さまに移ったという。
 乞食が、あらんがろんがの木陰に宿ることがあった。
鳴る笛に思ひしれつつしましくは因果の花の物乞ひしつれ
 達者の文字に地面に書いて、だれも読めなかった。村名主の、よそうべえさまが、なにがしの博士という人を連れて来て、やっと読めた。
「これにはなにほどの意味がある。」
 乞食は死んで、美しいおもかげが現れて、
「藤にはゆかりの者ぞ。」
 と云って消えた。
 そうして藤は失せた。
 この村に、おいつ与十郎という恋人同士がいた、門前払いされて、娘が欲しくば百両持てと云われた。
 与十郎は金山掘りに身を売った。
 水替え人足になって、年期半ばにして病に倒れ。
 火事になった。つたえ聞いておいつが火をつけた、男と手を取り合って逃れ、のちに男は死んで、娘は牢屋に。
守門なるささみさ百合のゆりあへの人のすがたにあどもひにけれ
 百合は火に失せて、あらんがろんがの木は、それっきりになった

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とんとむかし

  朴の花

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、せんど村に、かんぞうという子があった。
 父母首くくって死んだ。
 なんで死んだかというと、人の借金背負って、立ち行かなくなって、
「この子は生きていたがいい、そりゃ苦労はあろうが。」
 といって、先に三つむこうの村へ、貰い子に出した。
「借金のかたにがきだっても。」
 といって、さいきという鬼が来たが、
「知らん、こいつはおら子だ。」
 おらが二番子だといって、養い親がつっぱねた。
 でもどっからか漏れて、
「首吊りん子。」
 といわれて、かんぞうは育った。
 むかしは、なぐったり、なぐられたりのまあわんぱくども、とたんに仲良しだったり。ひよす川は、せんど村を流れて来る。
 かわうそがいた。
「首吊り、かわうその子。」
 と、がき大将のごろったが云った。
 川へ身投げたら、かわうそになるという、なんでかんぞうがかわうそだ、
「だら、魚取って来てやろうか。」
 かんぞうは云った、
「ふうんもぐれっか。」
「さあな。」
 かんぞうは云って、川へ入ったが、一分たっても三分たっても、出てこない。さすがのごろったも青くなった。さがそうっても、流れの向こうへわたった、まねができん、
「だまってろ、いいか。」
 手下にそう云って、帰って来たら、かんぞうが、涼しい顔して歩いている、
「ほら、さかな。」
 と云って、一尾投げた。
 でっかい鮒だった。
 泳ぎわたって、しげみかげに隠れ、さかなはうまい具合に取れた。
 ごろったは、かんぞうの手下になった。
 がき大将は、かんぞうとごろったと、村じゅうの子を率いた。
 かんぞうは、
「首吊り党。」
 と名付ける、
「そんなん、さくら党でもかわうそでも。」
 というと、
「いいか、おらお父とお母首くくらせたもんに、仕返しするんだ。」
 といった。
 小さな子かばったり、うりかっぱらって、ほかん子逃がしてなぐられたり、ごろったは命令一下だし、どっかいいとこあって、みんないうことを聞いた。
「おらも仕返し。」
 という子がいた。
「世の中の不正をただす。」
「不正ってなんだ。」
「どうしようもねえのをさ、子どもがやっつける。」
「うん、おもしれえ。」
 首吊り党の旗をこさえた、竿の先に、葛のつるで結んで、朴のでっかい葉っぱと、花を吊るす。
 朴が終わると、なんでもよかった。
 ねこ吊るくして、ひっかかれて大騒ぎ、みいという女の子が、
「あたしを吊るして。」
 といった、
「そんなん。」
「竿のてっぺんからおしっこしてやる。」
 さすがのごろったも尻込みしたが、太い竿して、怪我しねえように、みんなでまあ重労働、
「うわすげえ。」
「どう、おしっこに虹が立つ。」
 そいつは風景の、親に聞こえて、大目玉食らったが、みいこと、
「虹のみいちゃん。」
 は、首吊り党のごろったと二人、副将になった。
 川干して魚取ったり、となり村の連中と喧嘩したり、それでも親手伝って、使いに出されたり、子守したり、まんま食えなかったり、大っきくなりゃ、そうも遊んでいられなかった。
「ぜに出してやろう、まんまも食わせる。」
 というのがいた、
 げんのひょうえという、もとはおさむらいだったこの男、のっぺり変な面で、
「じゅうべえとこの娘、無理矢理祝言あげる、どうだ首吊り党、花嫁行列に、あっぱ投げて、じゃましてやれ。」
 という、
「うんいやだって云ってた。」
 知り合いのちいという子がいった。
「どうする。」
「なんかやめとけ。」
 だってもぜにくれるし、食えん子もいるし、あっぱとか、縁起でもねえの投げると、縁がなかったっていう、それ。
「人助けだ。」
 仕方がねえ、首吊り党だ、かんぞうが、花嫁行列のまえに、首に縄巻いて転がった。
 いくらなんでも、やり過ぎで、花嫁行列は出直し。
「なんていうことを。」
 養い親は、かんぞうを、土蔵へ押し込め。
 十日も入れられて、そりゃもう、追ん出されても仕方ねえ、しゅんとして、出て来たら、
「まあいい、世間さまに申し訳が立てばな。」
 と云った。
 首吊り党は解散だと、かんぞうが行くと、
「党首のいねえ間がんばったんだ。」
 といって、みなして、かっぱらった茄子もってあやまり行ったし、ごろったと、じゅうべえとこへ、手伝いに行った。
「そうか。」
 解散ともいえぬ。
 嫁さま帰って来た。なんでかわかんねえけど、
「ハダン。」
 と云った。
 げんのひょうえだ、
「あいつ一文しかくんねえ。」
 なんかある、調べようぜといった。
「花嫁さんが泣いていた。」
 ちいちゃんが云った。
 げんのひょうえが、婿どんをおどしあげたって。
「なんでだ。」
「ばくちしたんだって。」
 おさむらい止めて、なにしてんだあいつ。
「うんこ汲みしてたよ。」
「え。」
 うんこくみ舟に乗って、川下って行った、ご城下へ行った、きっと悪いことするんだ。
 ようし取っ捕まえて、泥吐かせよう、そういって、ごろったと十人ばかり、待ち伏せした。
「首吊り党だ。」
「正義の味方。」
 棒で三つ四つぶんなぐった、柄にもなく弱い男で、音上げて、
「わかった。」
 情けない声でいう、
「おまえだろ、なんでやった。」
「首吊りしたのは、そりゃ勝手だ。」
「なにい。」
「わ、わかったぶつな。」
 うんこもってこい、
「頭からぶっかけてやれ。」
「や、やめろ。」
 と云って白状する。
 うんこくみ舟に乗って、大奥へ行くんだという、そこにばくち場があって、こいつはだれにもばれっこねえ、でもって、
「おれも犠牲者なんだ。」
 という。
 子供に泣きつく、仮りにもおさむらいが、
「とうとうさむらいもだめになって、かんぞうのおじのそうえもんもひっかかって、そんでもって、ー。」
 という。
「ではなんで花嫁だめにした。」
「あの娘手つけて、いやさ大奥へ入れる。」
 そうしたら、またおさむらいになれるという。
 大奥ってなんだ、女ばっかりいるとこだって、お殿さま以外入ることができない、ふーん、そこに首吊った親の本当の仇がいる。
 こりゃ子供の出る幕じゃねえか。
 でもってそれっきりになった。
 うんこひっかけられて、げんのひょうえは村から出て行ったし、お嫁入りはちゃんともとに納まった。
 二年たった。ごろったは大工の見習いになった。みいは男の子とは遊ばなくなったし、かんぞうは、養い親のいうこと聞いて、田んぼに畑に精出した。
「そうやって、よくその仕事のきついことを見習っておけ。」
 養い親はいった。
 そりゃきつかったけど、物が育つのも楽しかった。兄という、ほんとうの子は、体が弱く、腕白もせず、外にも出なかった。
 だでおれが兄を助けてと、かんぞうは思った。
 野良着きて歩いていると、美しい娘が行く、にっこり笑った、
「党首。」
 と云った。
「え。」
 虹のみいちゃんだった。
「すげえな、おまえ美人かな。」
「そうよ。」
 つんとして、
「あたし大奥というところへ行くの。」
 と云った。
 かんぞうは思い出した。
「そうよ、かんちゃんの仇取るの。」
「やめとけ。」
 なぜか口をついて出た、
「どうして。」
「きっとこわいところだ。」
「でも、為右衛門さまのお世話で行くのよ。」
 ためえもんさまとは、かんぞうの養い親のことだ。
「もしやそんな。」
 みいは、お行儀見習いしてるといった。
 帰ってから、かんぞうは黙り込んだ。
 三日もものを食わず、なんにもなし出て行こうとした。
「このおれを、罪滅ぼしというんか、ー 」
 兄が風邪を引いたと思ったら、あっけなく死んだ。
 かんぞうは、寝るまもなく。
 そうして野辺送りが終わって、養い親に呼ばれた。
「あの子の命は、おまえのおかげで二年は伸びた。」
 こうなることはわかってた、
「親も道連れにはしなかった、わしらも見込んで引き取ったのだ、この上は兄に代わって後をつげ。」
 といった。
 虹のみいちゃんのことを聞くと、
「そうか、あの子をな。」
 と云った。
 親が行儀見習いさせた、
「あっはっは、大奥へ行きたいそうで、よかろうといってやった。」
 大人しくなって、いい嫁さんになる。
 ばくちの件は、とっくにけりがついて、げんのひょうえは島送りになったそうの。
 かんぞうは一生懸命働いた。
 三年待って、花嫁行列が来た、
「なんだありゃ。」
 道っぱたになんか転がる。
「朴の花だ。」
 花嫁御料がまっ赤になった。

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へきがんろく

頌・日面仏月面仏。(口を開けば胆を見る。両面の鏡の相照らして中に於て影像無きが如し。)五帝三皇是れ何物ぞ。(大高生。他を謾ずること無くんば好し。貴ぶ可し、賤む可し。)二十年曾て苦辛す。(自ら是れ汝落草す。山僧が事に干らず。唖子苦瓜を喫す。)君が為に幾か蒼龍窟に下る。(何ぞ恁麼なることを消いん。錯って用心すること莫くんば好し。也奇特無しと道ふこと莫れ。)屈。(人を愁殺す。愁人愁人に向かって説くことなかれ。)述するに堪へたり。(阿誰い向かってか説かん。愁人に説与すれば人を愁殺す。)明眼の衲僧も軽忽すること莫れ。(更に須らく子細にすべし。咄。倒退三千。)

日面仏月面仏。(口を開けばきもを見ると、わっはっはどかん内蔵丸出し、さらけ出すんですか、日面仏月面仏、両面の鏡の中に影像無きが如しと、さあこれやってごらんなさい、坐っていると退屈する、どうしたらいいなと微塵も云わなくなります。なんぼ坐ったってほうと一瞬、身心失せきってはじめて生死です。まあさ、ちらとも口を開けば肝丸出しを勉強して下さい。自閉症のだからおれはやってないんです、たいていの禅者、印下底などいう今の人やっぱり自閉症、真の喜びもなければ、人に差し出す手もなし、どうしようもないっていうただのごろつき。)五帝三皇は中国古代の理想王です、鼓腹撃壌のたとえにある、民は王さまのあることを知らなかったほどに豊かで平和であった。人の思いこれに尽きるはなしなんですが、五帝三皇これ何物ぞ。(おおさ大きく出たじゃないか、他を謾ずることなかれ。いい加減なこと云うな。貴ぶべし、賤しむべしとは、驚異あれば狸奴白虎、下劣あるをもって宝几珍御と、洞山大師宝鏡三味にある如くに、これ参禅のありようです、それを逆手に取った。いえさだからってそういう思い上がりじゃどうしようもないんです、理想王より偉いんだとさあっはっは百害。)二十年来かつて苦辛す、馬祖のことですか雪竇の辺ですか、三十年来となりゃえっへわしのこったがさ。(自らこれ汝落草す、なんじこれ彼にあらず、彼まさにこれ汝、たとえば経行するでしょう、向こうから来るのが自分になっている、面白いんでしょう、身心無ければこれ。まさにこれ仏道です。落草は手を下す、すなわちこれを得るためのいらん努力ですか、いえさこれを得て、未だ四苦八苦へ手を下す。おれは知らんよという、落草しないっていう落草。唖者がにがうりを噛む如くって、あっはっはこれ誰の消息。)君がためいくたびか蒼龍窟に下る、龍の玉摩尼宝珠を得んがための命がけも、いくたびかというさらでだに実感です。(ただの工夫、もと始めっから恁麼、あほなこと云っていらん用心をさせるな、馬の夜目虎の欠けたるが如し、いえだからってただじゃあただにならんのです。)屈。死ぬまで屈が残ったりさ。(人を愁殺す、なんだまあ二人で同病相哀れむやっとれ、どあほ。)述べるに堪えたり、感涙日面仏月面仏。(涙ゆすれて述べる能わず。)明眼の衲僧も軽忽する莫れ。禅月公子行に題してという詩、錦衣鮮華にして手に鶻を捧ぐ、閑行の気貌軽忽多し、稼穡の艱難総に知らず、五帝三皇是れ何物ぞ。というによって頌す、衲僧はまあさ雲水のこと、たとい頂門に眼を具し、肘後に符有る明眼の衲僧、四天下を照破するも、這裏に至って也軽忽するなかれ。(すべからく子細にして始めて得るべし、やってやってやり抜いて下さい、ほかになし。)

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2007年3月30日 (金)

へきがんろく

第三則 馬大師不安

本則・挙す、馬大師不安、(這の漢漏逗少なからず。別人を帯累し去れり。)院主問ふ、和尚近日尊候如何。(四百四病一時に発す。三日の後亡僧を送らずんば是れ好手。仁義道中。)大師云く、日面仏月面仏。(可殺だ新鮮。養子の縁。)

馬大師、馬祖道一南嶽懐譲の嗣、不安というのは四大不調、具合が悪いわけです、(この漢漏逗少なからずと、漏れ出す、てめえ一人で病んでりゃいいのにってふう、人まで巻き添えにしやがって。風邪引いた病気だといっては、ずっしり病気になって、別人を帯累し去れりを、あなたもやっていませんか、病に甘え、ぬくぬくと病気ですか、ついでに人を巻き添えです、あっはっは。病気は飽きると治る、もう止めたあほくさというと、頑固な口内炎が消える、人にうつすと風邪が治るとかさ。)院主はお寺の住職ですか、西堂位とて馬大師が接化に当たっていたんでしょう、心配してどうですかとお見舞いです。(四百四病一時に起こる、いっぺんに大病になっちゃった、お見舞いとはまさにこれ、三日ののちにあの世行きです。よくよく見てとって下さい、仁義道中お控えなすって、人の日常これ心病、心身症などいう名付けて治療法は、まあさいったんたがを緩めるんですか、病気だといっては二重の自縛。ついには手足も効かず。どうですか、死んだやつは二度と死なないっていう、病気になりようがないっていう処方箋は。)大師云く、日面仏月面仏、わっはっはなんともこいつは為人のところ、どっかのお経に出ているなど、馬大師自身が知らないんでしょう、珍しい言葉などと云わない、日面仏月面仏です。はい坐って下さい、実にこれを得て下さい、群生の永しなえにこの中に住すと、不安も四大不調もあっはっは仏さまには通じないんですか、百歳の老翁も三つのがきも同じなんです、無無明亦無無明尽、無老死亦無老死尽、年老い死ぬことはそりゃあ当然。(はなはだ新鮮、父母未生前、養子の縁なんて組まないよ。)

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2007年3月29日 (木)

とんとむかし

  首塚

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、谷川村に、かんの吉兵衛という、おさむらいが住んだ。
 ご配流になったということで、村からは一歩も出られぬ。
 でも気さくな人で、子供が手習いに来る。
 お行儀もというと、たいていほったらかしで、わるさしても、目を細めて笑っている。
 大根やにんじんや、とれたての鮎などを、村人がもって来た。そいつを料理して、子供らに食わせたりする。
 鬼のようないかつい顔で、ぼそりと物をいうだけだったから、みな恐れて近づかなかった。挨拶すると、ごっそりと頭さげる、
「こわいというより、どっかその。」
 娘など、くすっと笑ったりする。
 子供らは膝にのったり、背中叩いたり、おさむらいの大切なまげを引っ張ったり。
「きちべえさまさ、おらとこの姉、おまえさまにほの字だってよ。」
 と、いわぞうという子が云った、
「そりゃあんがとよ。」
 ぐわあとやる、鬼のつもり。
「男は顔じゃねえったらさ。」
 いわぞうはませた口を聞く。
 がき大将で、いつだって大勢ひきつれて歩く。
 どじょうすくいに行くのも、泳ぎに行くのも、人の家の柿かっぱらうのも、たいてい先頭に立つ。
 対岸に、すずめ蜂が巣作る、そいつ石ぶん投げたら、一匹ぶーんと来て、おでこにかつんとやった。
「くわっ。」
 いわぞうは川へはまる、達者なのが流れて行く。みんな帰ってきて黙っている。
 気がついたのは吉兵衛で、つっ走った。
 いわぞうはいない。
 吉兵衛はとびこんだ。
 堰の下だ。
 いわぞうを助けて、上がってきた鬼がわらは真っ青で、あと何日も寝込んだ。
 娘がつきっきりで、看病する。
「おらとこ姉みよってんだ、きれいだべ。」
 いわぞうが云った。
 みよはほんに美しく、礼をいうと真っ赤になってうつむく。
 だがそれっきり。
「もっての外のこっちゃ、悪いことしたお侍じゃで。」
 親がみよを閉じ込めた。
 吉兵衛には、おさむらいが二人来て、ただならぬ気配のことがあった。
「ご配流ということも長くはなかろ。」
 人は云った。
 顔は鬼のようだし、
「今にばっさり。」
 首に手をやる。
 だが、前にもまして、子供はよったくるし、大根やなっぱも上がる。
「あの人は曲がったことはせん。」
 根っから信ずる人もいた。
 いわぞうが来た、
「おみよと駆落ちしてくれ。」
 という。
 吉兵衛は、
「ありがたいこった。」
 と云った。
「じゃが、親ごどのの云われるように、わしは罪人なのだ、お美代どのには忘れるよういってくれ。」
 といった。
 三年たった。
 刺客が来て、吉兵衛は殺され、鬼のその首を、村外れに埋めて行った。
 石が一つ。
 これを首塚という。
「鬼は疫病を食い止める。」
 という。
 だれが添えるのか、花が絶えなかった。
 吉兵衛は、剛直なのがたたって、切腹申しつけられた。
 上役の罪をひっ被った。
 配流になったのは、さる女人の嘆願による。
 何人かして、いきさつを調べ、お殿さまに直訴という、
「よせ。」
 吉兵衛が云った。
 この村にあるだけで幸せじゃという。
「なんであんな鬼瓦に、ふん。」
 お殿さまが云ったという、
「女どもはわからん。」

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とんとむかし

  夢のごんぞう

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、さいと村のしいやの軒先に、ある日乞食が寝ていた、しっ、あっちへ行けと追い払うと、ぬうっと手を出す、そいつに水をぶっかけたら、恨めしそうな目をして、行ってしまった。
 そういう夢を見た。
「つまらねえ夢を見た。」
 と、さいぞというじいさまに話すと、
「乞食の夢は瑞兆なが、水ぶっかけて追い払ったとなると、そいつは。」
 と云った。
「そいつはどうなる。」
「ひょっとしたら、てめえが乞食になるか。」
 よしてくれ、そんなんだめだ、どうしたらいいと聞いたら、
「もう一度見直しゃいいか。」
 さいぞじいさまは笑う。
 そんな器用なことができっか、と云っていたら、やっぱり乞食が寝ていた、おいと云ったら、にやっと笑って、
「仲間になろうっていうじゃねえか、迎えに来た。」
 といった、なんだこの野郎、けえ、そんなんねえといって、追っ払った。
「でやっぱり水ぶっかけたか。」
「うん、やっちまった。」
 夢は二度とも、水ぶっかける、ではどうなる、
「アッハッハ、そやつはちょっと困難だ。」
 さいぞじいさまは、のんのんさまで、宮司の八卦見であったから、占ってやろうといって、
「嫁貰えばいいってこったな、でないと屋敷田畑失うとさ。そう出た。」
 と云った。
 そりゃ嫁貰わにゃならん、でもって軒先に乞食が寝ていた、なんとそいつは自分であった、しいやが乞食であって、寝てる、
「しい、あっちへ行け。」
 はあてだれが追っ払う、ぬうと手差し出したら、
「ばかったれ。」
 ぶたれて、その上水ぶっかけられた、寒風に濡れて歩いて行くと、乞食の仲間が寄ったくる、
「なんだ冬に行水か、精が出るな。」
 という、
「うっせえ、燃し火でもして、あっためろ。」
 じゃ、向こう畑の裏へ来いという、連れて行かれ、何人かして、やぶっかさ集めて、燃火する。
「どっから来たな、ごうずさまに挨拶したか。」
 と聞く、
「夢だらじき覚めるさ。」
「なに、めだらんもんか。」
 ちがう、嫁取れって云われて、ー
「ふうん嫁取りか。」
「ちったあましなもん着ろ。」
 なんで、おんぼろけたもん着ているのか、そうだ乞食の夢、といううち引っ立てられて、乞食の親分という、ごうずさまのもとへ、すえられた。
「めだらから嫁取りでさ。」
「そうか、あっちの女取ったで、そういうこったか。」
 まっしろいひげ生やして、じいさま、ずる賢い目をして、
「ほい。」
 と云ったら、そこへ乞食の女が現れた、
「とめという、ええ子じゃろ、祝言は明日挙げてやる、ぜには一両だ。」
「なにい、一両。」
 魂消たら、目が覚めた。
 こうこうこんな夢見た、さいぞのじいさまに云うと、
「なんでそんげに夢見る。」
「わかんねえ。」
 こいつは夢のごんぞうの仕業だといった、夢のごんぞうってなんだ。
「たいへんだ、狙われたら最後。」
「この家たたき売ったっても、一両にはなんねえ。」
 しいやのおんぼろ屋敷。
「乞食の親分の、ごうずってのもいるし、とめという乞食の娘も、たしかにいるんだ。」
「だっておれの夢だ。」
 夢のごんぞうは恐ろしいやつで、一両というんなら、二両は出さんと、免れるこたできねえ。
 どこのどいつだ、そのごんぞうはというと。
「蛙だ。」
 さいずのじいさま云った。
 古井戸に棲んでるってしか、知らぬ。
「蛙が人をたらかすんか。」
「蛙男ともいうで、夢に人を操る。」
「ふうむ。」
 でもそれっきり。
 そうしたら、世話する人があって、嫁さまが来た。
 似合いのということで、めでたや祝言になって、ようやくお互い顔を見た。
 とめという女で、はてどっかでって、そりゃ乞食の娘だ。
「い、一両の。」
「はあ?。」
 いやそんなことない、とめはいい女だったし、名まえだけたまたまきっと。
 嫁もらって、毎日精出して、これでもって家は興ると、しいやは田んぼかせぐ。
 田んぼ起こしたら、蛙がとっつく。
 しょんべんひって逃げた。
「くわっ。」
 目が痛む。
 投げつけたら、小僧になって、あかんべえしてとんでゆく。
「やあい乞食のかか。」
 と云った。
「村に住むなんた、許されね。」
「なにをこの。」
「ひったらけつふけ。」
 石ぶっつけたら、ふん伸びた。
 小僧かと思ったら、となりの四つになるがきだ。
「なんでおらとこの子を。」
 大の大人が、こりゃどうしようもねえ。
 さいずのじいさま現れた、
「しょうがねえ、このおんぼろ屋敷、わしが一両で買おう、せめてそれでなんとか。」
 といって、一両出した。
「そんだらおらが口聞いて。」
 と、嫁さま云って、しいやの手引いて行く。
 親分のごうずさまだ。
「祝言は終わったで、冥加金だ。」
 といった。ごうずはいやしい目して、しいやの一両受け取った。
「だばかっこうのとこ別けよう。」
 という。
 しいやは夫婦して、乞食した。
 おんぼろ屋敷ねえなったし、もうしょうがねえ。
 乞食となんとかは、三日やったら止められん。
 一両のしょば代効いて、
「汗水たらして、稼ぐよりゃよっぱら。」
 しいやが云えば、かかにいと笑う。
 夢を見た。
 なにい、転がったのはたくあん石で、となりの子じゃねえ。
 さいずのじいさまねじ上げた、
「おらとこあと、大旦那さまのはなれこさえるってんで、ふんだくったな。」
「かっか。」
 蛙が笑う。
 なんだこやつ。
「なんでおら、牢屋へ入らにゃなんねえ。」
 しいやは牢屋にいた。
 乞食のいうことは、だれも聞いてくれなかった。
 夢は覚めぬ。
 恋しい嫁さま、再婚だとさ。

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とんとむかし

   かりわの頭巾

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、かりわ村に、いいしのかりわという男がいて、いつも頭巾をかぶって歩いていた。
「頭巾を取ると、もう一つ頭が入ってるのさ。」
 と、人は云ったが、だったらずいぶん頭がいいかというと、むしろ間が抜けていた。
「そりゃ頭たって、水ばっかしってことあるさ。」
 と。そういえば、いいしのかりわは、よく鼻水たらしていた。
 そいつをこすって、頭巾がてらあり。
 あるとき、
「下の斎藤屋敷が火事になる。」
 といった、なんにもないではないかと、三日後に火事になった。斎藤屋敷は、上と下とあって、下のほうが本家で、かりわのお大尽の一つが焼け落ちた。
「なんでいいしのかりやが、知っていたんだ。」
 あやつが火をつけたんか、
「そういえば、いいしの家は、村を名告るほどの、お大尽だった。」
 三代前に滅んで、分されの斎藤が興った、そのうらみつらみ、
「にしては、間が抜けてらあ。」
 毒にも薬にもならんお人だったし、それっきり。
 こうず川の氾濫も、一月前から、
「洪水で、田んぼがひたる。」
 と、いいしのかりやが云った。
 人がとやこういっても、てらあり頭巾頭振るっきり。
 はたして、十何枚の田んぼが、水浸しになった。なぜにというに、
「ねずみがいなくなったり、虫が騒いだりするから。」
 と、云った。
「そんなんわかるのか。」
「うむ聞こえる、えらくはっきりとな。」
 という、ではそいつは噂に聞く、聞き耳頭巾というやつ。
 貸してみろといって、借りてかぶった人は、たいていなんにも聞こえなかった。
「あのけったいな頭巾な。」
「そんで二つ頭あったか。」
「はてなあ、ちょっとでかかったか。」
 そんじゃどういうこった。
 でも虫の騒ぐという、大雪の年にも、なんにも云わなかったし、泥棒が入って人を殺したときも、黙っていた。
「花の咲くのが早い。」
 といった時は、三日ばかりも早かった。
 あるとき、
「旅に出る、西のほうでわしを呼んでいる。」
 といった。
 旅なんかしたこともないお人だったし、どうするかと思ったら、油紙や干し飯から用意して、てらあり頭巾をかぶった、いいしのかりやが、たしかに西の方へ向けて、歩いて行った。
 半年ほどして帰って来た。
 どこへ行ってどうしたとも云わず、聞かれれば、
「いやどこそこ行って。」
 と、ぼそり答えるだけだった。
 そうしてまた旅に出た。
 今度は帰って来なかった。つれあいもなかったし、なりばかり大きな空家が残って、じきにみんな忘れてしまった。
 十年たった、見たこともない行列がやって来た。
 毛槍をかかげ、徒歩の者が行き、馬に乗ったお侍が続き、立派なお篭が並ぶ、美しい女たちが行く、これはどこそお殿様の行列かと思ったら、いいしのかりやの空家に行く。
 行列はみな納まって、夜はぼんぼりが点り、真昼間のように明るくなった。村中の人が招かれて、百年にいっぺんという、それはまた、たいそうな祝言であった。
 天人のような花嫁と、すっきりと形もよい、いいしのかりやだった。
 飲めや歌えが三日も続いて、みんな引き上げると、あとにはなんにもなかった。
 雨漏りのする家に、頭巾だけが一つ。
 だれかかぶってみたが、なんにも起こらず。
 いいしのかりわの頭巾から、村の名がついたと、いつか人がいうようになった。
 頭巾は後の世まで残って、とある子がかぶって出て行った。
 それは秀吉という子で、天下を取ったと云い伝える。

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とんとむかし

  ふうけの星

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いっとうや村に、ふうけという女の子がいて、じゃあばん山のばばが、
「この子には星が三つある、わしが貰い受ける。」
 といって、連れて行った。
 ふうけは、水ん呑みの、十三番目の子で、十三人のうち、兄二人と姉一人しか育たなかったし、
「おぎゃあ。」
 と鳴かないで、
「ふうよ。」
 と、息をしたので、ふうけと名がついた。
 くれといったら恩の字だった。三つのころ貰われて行って、じゃあばん山のばばを親と思って育った。
 じゃあばん山には巨大なくもがすんで、八方にたらいのような、赤い目ん玉して、人を取って食うというし、だれも近づかなかった。
 ばばはくものお使いであるといい、くもが化けたんだと云った。
 ふうけはくもなんか見えず、たらいのような赤い目も知らず、
「ふきを取ってこい。」
 と云われて、ふきを取りに入ったし、
「栗を拾え。」
 と云えば、栗を拾った。
「じゃあばん山には黄金がある、黄金が息を吹いて、くもになるのさ。」
 ばばが云った。
「黄金てなあに。」
「人を狂わせるもの。」
 そんじゃわるものだ。
「ばばは悪者を見張ってるんだ。」
「どんなに見張ったって、とびらの開くときにゃ開く。」
 ばばは云った。
 ふうけは十三になった、十三番めの水ん呑みの子とは思えぬほど、すんなりと美しく、
「そうさ、じゃあばん山が育てたのさ。」
 ばばは云った。ふきもあれば、わらびも生える、じゃあばん山には、栗もきのこもあったし、魚もいたし、鹿もいたし。
「あたしも見張りになるの。」
「さあな。」
 ある日、
「若者が来る、おまえが出て案内せえ。」
 と、ばばが云った。
 立派なやまぶきの衣を着て、弓矢を持つ若者が来た。
「この国は、じきにわしのものになる、じゃあばん山へ行きたいが。」
 と云った。
「行ってどうする。」
 ばばが聞いた、
「くもの化物を退治しよう。」
 ふうけが先にたった。
 ふきをとる谷へ出て、栗を拾う林を行って、青い大岩があった、
「ここで待とう。」
 若者がいった、
「くもをおびき寄せる、おまえがいけにえだ。」
 そういって、ふうけを大岩の上に載せる、
「じゃあばん山の生まれだから、こわくないけど。」
 ふうけは云った、
「おれはこわい。」
 若者が云った。
「もしやおまえがくもではないか。」
「だったら弓で射るの。」
「おまえは美しい。」
 一夜が明けた。
 なんにもなかった。
 若者を呼ぶと、弓矢だけが転がっていた。
 帰って来ると、
「そうか、婿どんにはなれなかったか。」
 ばばがいった。
「見ろ。」
 指さす木の枝に、みのむしがぶら下がる、くもの巻かれて、山吹色の。
 そうしてまた若者が来た。
 美しい桜の衣を着て、刀を差す、
「この国を治めるものはわしだ、くもの化物を退治する、案内せえ。」
 という。
 ふうけが先に立った。
 わらびを取る山をよぎり、きのこの林を抜けて、池があった。
「ここで沐浴をしろ、おまえの姿を見て、くもの化物が出るであろう。」
 若者がいった。
「男のまえで沐浴はいや。」
 ふうけが云うと、
「桜の衣をやろう、これを着てゆあみせえ。」
 という、桜の衣が欲しくって、ふうけそれを着てゆあみした。
 にわかにかき曇る。
 雷が鳴って大雨だった。
 おさまると、池の辺りには刀だけあった。
 帰って来ると、
「よき男が、婿どんにはなれなかったか。」
 ばばがいった。
「見ろ。」
 くものに巻かれて、桜いろのみのむしが、ぶら下がる。
 三人めの若者が来た。
 目も覚めるような、あやめの衣に、槍を持つ、
「運がよけりゃ、この国を受け継ぐ、くもの化物を退治する、案内してくれ。」
 と、云った。
 ふうけは先に立った。
 魚の川をわたり、鹿の山を越えて、洞穴があった、
「この中にくもの化物がいる、入って行こう。もしやおまえは宿命の星、心あらばわしを待っていてくれ。」
 あやめの衣の若者は云った。
 ふうけはばばが編んでくれた、麻の上着をほどいて、若者に手渡した。
「この糸のはしをもってお行き、迷っても出てこれるし、何かあったら糸を引け。」
 ふうけの糸をとって、若者は入って行った。
 二日を待った、若者は糸をたぐって、帰って来た。
「くもを退治した、だが深手を負った。」
 と云って、息絶えた。
 槍には赤いお盆のような、目玉が一つ。
 泣きながら帰って行くと、
「残念だが、婿どんにはなれなかった。」
 見ろという、糸に巻かれた、あやめ色のみのむしだった。
「とっておけ。」
 ばばは、赤い玉をくれた。
 燃え立つような、もえぎの衣を着た、若者が来た、
「くもは死んだと聞いた、そこへ案内しろ。この国はわしが、治める。」
 という。ふうけは先に立った。
 きじの山をわたり、笹原を過ぎて、湯の煙が上がる。
 巨大なくもが死んでいた。
「黄金はどこにある。」
 若者が聞いた。
「人を狂わせる黄金か。」
「そうだ、人を狂わせる黄金だ。」
「おまえも狂っているのか。」
 ふうけは云った、
 くもの足をたどって、若者は地中へ、待てど暮らせど、帰って来ない。
 ふうけは帰って来た。
「あれも、婿どんになれなかったか。」
 見よとばばはいった。
 あやめのみのむしがぶら下がる。
「ふうけの星は、今宵現れ。」
 ばばが云った。
 夕焼けが真っ赤に空を染めた。
 七つの赤い目が大空にかかる、八つめはなかった。
「じゃあたら山のくも、男を願えば、あれが消える。」
 ふうけは願った。
 あやめの若者が立った。
「立派に添い遂げろ。」
 ばばの声がして、すっぽりと闇。
 若者は、じゃあたら山の黄金をもって、世の中を治め、ふうけは幸せに暮らしたとさ、めでたし。
 春になったら、三つの蛾が舞い飛ぶ。

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とんとむかし

  いわいのせんげ

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、じんごうや村に、いわいのせんげという人がいた。
 わしの年は二百三十歳だといって、何代も前のことを、見て来たように話す。火の山、ひうちの山が噴火して、三つ池ができたときに、生まれたんだという、三つ池には主がうつり住んで、そやつとまたいとこだあな。
「生まれたの覚えているんか。」
「覚えていたら化け物だ。」
「二百歳なら立派な化物だが。」
「目はよこに、鼻はたてについておる。」
 ふーんそういうこったかね。八十ばあさのおたねさが孫で、
「つまり百五十んときのってえと、嫁もらったのが百三十でえーと。」
 いや何人めかの嫁だとか、まあさ、まともにするものもいなかった。
 いわいのせんげは、だが足が達者で、はりえんじゅの杖引いて、どこまでも歩く。
 三郎の嫁が、お産で死ぬところを、男は見てはならぬものへ、
「なむほむじわけのおろちのすんなり。」
 呪文を唱えると、おんぎゃあと生まれて、母子とも無事だった。
 横井のおっさでしゃばりして、がきどもがうっせえと、馬糞やら石ぶっつける、おっさ怒ってあわ吹く。心の臓があふれ返る、
「せ、せ、せ、」
 そこへ来て、
「しいだの姉が甘酒。」
 でかい声でわめいたら、悪がきみんなそっちへ吹っ飛んだ。
「どうしてだか、甘酒作りとうなって。」
 と、色っぽいしいだの姉がいった。しいだは酒屋でもって、甘酒一杯で、たいていの男がいうこと聞く。
 夫婦喧嘩てのは、けしかけりゃおさまるとか、嫁しゅうとのことは、
「そりゃどうしようもなんねえ。」
 とか。そこら云いふらしたり、山歩きしてまいたけとったり、薬草を取ったり。
 それは、
「いわいのせんじ薬。」
 といって、さっぱり効かんという向きもあったが、国を越えて買いに来る人もいた。
 さんじょは婿に行って、追ん出て来て、世の中おもしろくねえやといって、ぶらぶらしてたのを、
「追ん出て来たってな、そりゃおもしろい。」
 と、いわいのせんげが云った。
「なんだと、世間じゃ、こぬか一升持ったら婿に行くなってな、女のいいなりなって、お家のためっての、ふん。」
 うそぶいたら、
「うっほ、そいつもおもしれえかな。」
 という。くそ、人っことだと思いやがって、そうさ人ことだと思えば、なんでもおもしれえと云う、さんじょははてなと思った。
 なんやかや、いわいのせんげに弟子入りした。
 弟子になって、身の回りの世話して、むだ飯食って、
「修行みてえなこともしてえが。」
 といったら、
「うん、百歳なったら修行もええかな。」
 といった。
「あほうが、世の中三十年も生きりゃ、十二分だ。」
 と、さんじょ。
「そうかなあ、二十のお月さんと三十のお月さんはちがうがな。」
「同じだ。」
 でも、がきんときのお月さんは、どっかちがったような気がした。
 半年したら、さんじょが、
「死にとうもねえ、世の中おもしれえ。」
 という、
「どこが。」
「たすけん娘、三つなるっけが、水たまりはまって、わあっと泣いて、お天道さまばちあてたって、ばあちゃんいうけど、ばっちゃん水たまりはまった、えーんて、それかわいいったらおかしい。」
 生きてるってさ、もしか草の葉っぱ一枚ありゃ、もうそれでいいんか。
「ふ−んそんじゃま、薬草の一つ二つ覚えるか。」
 いわいのせんげは云って、引き連れる。
 さんじょは薬草を習い覚えて、野原や山々取りに入った。
 干したり刻んだり、
「けっこう忙しいかな。」
 するうちさんじょが、人の御用も聞くようになった。いわいのせんげは、ふうらり出歩いて、たまに新しい草も取る。
「おい、嫁どのが、婿どんに帰って来て欲しいと云ってるぞ。」
 さんじょにいった。
「心を入れ替えたんだそうだ。」
「入れものが問題だあな。」
 アッハッハそうかい、でもなかなかいい容れものだぜ、なんならわしが、
「へえ、二百越えても役に立つんか。」
 さんじょがほったらかしたら、嫁も追ん出て来て、
「あのう。」
 と手あわせる、
「家よりも、おめえさまが大切じゃ。」
 そんだでと、二人いわいのせんげの弟子になった。
 夫婦して精出したら、薬草が売れるようになった。
 いわいのせんげもさんじょも、勘定ができない、
「人がよくって間が抜けていて、ろくでもない大言壮語。」
 押しかけになった嫁がいった、
「あたしはそんなあんたが好き。」
 なんで逃げだしたのよ。
 恨み目をする、
「その目がこわくってな。」
 とさんじょ。
「どうしてさ。」
 蛇ににらまれた蛙、
「なにさ、蛙の面に水のくせして。」
 わしは蛙年なんだと、いわいのせんげがいった。
 何十年にいっぺん廻ってくる、よって年取らんで長生き、
「そんなてんぼ知らんけど。」
 看板をひきがえるにしたら、薬草が売れて、次には身の上相談が来た。
「二百三十歳蛙年、万ず判断。」
 と書いて、嫁が人をつれて来る。
 けっこう流行った。
 まず弟子のさんじょが出て、いわいのせんげが会う。
 たいていまあ、いわいのせんげは、面倒なことはしなかったが、嫁の云うことは聞く。
「心の病に身の病、無心無身の、虫をぺろうりひきがえる、くうやくわずがごよのおんたから。」
 おかしな文句唱えて、人に聞こえて、人は押しかけた。お布施のたかによって、さんじょがまかったりする。
 真っ赤な鳥居がたった。
「お狐さんもそろえようか。」
「ばかそりゃお稲荷さんだ、化かしてんのは同じか。」
「じゃこまいぬさん。」
「いいかげんにしとけ。」
 嫁はふくれる。
 ごようのすげという、学者さまがいた。
 えらい人であって、お城に出入りしたり、商人に口を聞いたりする、立派なおかごを乗り付けて、いわいのせんげどのに会いたいと云った。
 いわいのせんげは、たいていさんじょに任せて、そこらほっつき歩いた、
「わしもじきか。」
 という、
「いまに美しい女が迎えに来る。」
 そうですともと嫁はいい、さんじょは笑った。
「だってそんなことありっこないから。」
 嫁はすまして云った。
 ごようのすげは、夕方まで帰りを待った。
 してもって聞くには、
「わが家は代々学者であって、世の中の是非善悪をただし、人倫の道にこれつとめるをもって生業となす。」
 そりゃまたありがたきしあわせ、前が長すぎて、いわいのせんげはうつらと眠った。
 用事というのは、
「庭に古い祠がある、石でできておって、家の者が触れると、たたりがあるといわれておる。」
 だから調べてくれという、
「たたりはわしの方へな。」
「いえそういうわけではない。」
 しらべるって何を、
「おおかたはわかっておる、稲穂をお祭りしてあれば、先祖は西より来た商人であるし、鏡をお祭りしてあれば、東から来たさむらいである。」
 ごようのすげはいった、
「東西の学問に通じて、たった一つ身内のことが不明じゃ。」
 という、わっはっは、
「たたりをおそれず、開けてみりゃよろしいがな。」
 いわいのせんげは調べに行った。
 石の祠があった。ごようの一家は物忌みして、閉ざしこもる。
「なんだこれは。」
 二百三十歳というだけあって、一目で知れた。
「ひうちの溶岩でこさえた、百姓の守り神。」
 とびらを開くと、石ころ一つ。
 でもさ、せっかく学者さまだ、お稲荷さんに刀のあったの思い出して、描いて示し、
「たたりますぞ。」
 このとおり、手をひんまげてみせ、学者さまは学問倒れ、ごようのすげの鼻へしおったつもりが、
「我が家はおそれおおくも。」
 と云いだした。
「天のおしおみみの命の末孫じゃ。」
 へえさよか。
 まずは、お布施が上がればよし。
「よいか、この商売のこつはいいかげん。」
 いわいのせんげはいった、抜け道の三つもこさえて、
「たいてい人に幸せをな。」
 というのが、さて遺言になった。
 ある日、美しい女が尋ねて来た。
 それはもう美しく、
「おまえさま、とびらを開けなすったで、お迎えに上がりました。」
 と云った。
「そうか、来たか。」
 いわいのせんげは喜んで、連れだって出て行った。
 それっきりになった。
 祠は、村人がひうちの山を、おそれかしこんで、家ごとに建てたものという。
 一つ二つは残っていた。
 美しい女を、嫁もさんじょもたしかに見た。
 二百三十歳という、いわいのせんげの、ほんとうの年は、わからずじまい。
 しばらく商売は繁盛した。
 せんげって、人の死ぬことを云うんだと坊さまいった。
 ふ−んようもわからん。

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とんとむかし

  狐

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いか村に、しんぞ狐という、性悪狐がいた。
 小町娘のよきが、あるとき二人並んで歩いている、
「うほっべっぴんさんが二人。」
 若いのがよったくる、
「どっちがよきで。」
「どっちがしんぞ狐。」
 煙でいぶしたら、けむったいのに弱いよきが、音を上げて、
「狐じゃない助けて。」
 といった。それ狐だつかまえろ、叩くかわりに、抱きつくやつもいて、
「なにしてるの。」
 もう一人のよきが云う。
 はてな、お地蔵さまに抱きついていた、
「なんてまあ。」
「たわけたこと。」
 人に笑われて、よきは怒って口も聞かぬ。
「化かされるのは、心にすきがあるからじゃ、色即是空じゃ、枯れすすきも幽霊。」
 坊さま説教したら、法事の帰りに、すすきっぽかざして、こえためはまって、いい湯だなやっていた。
 しんぞ狐は、しっぽの先が白いという、
「劫をへたるしるしじゃ、百年は生きている。」
 物知りが云った。
 二百年たつとしっぽが二つに別れ、百年ごとに一つあて増えて、千年たつと九尾の狐になる。むかし中国にだっきというお后がいて、それはたいへんな女であったな、
「はらみ女の腹裂いて、子を取り出してな。」
 絶世の美女であった、笑わん、笑うのを見たいばっかりに、王さまはなんでもした、しまい国を滅ぼした。これが九尾の狐であったな、
「そいつが日本へやって来て、那須の殺生石にあたって、地に落ちたという、しかも生き残って、そうしてこうして。」
 でもって、その末がしんぞ狐という。
 物知りは、千三つさんと呼ばれた、千に三つしか、ほんとうのことを云わん。
 女の子が、
「せんみっつぁん。」
 と聞いて、おそろしいと思った、その笑うのみたら、ほんに恐ろしく、嫁に行ってからも、
「こわかった、せんみつさんこそしんぞ狐だった。」
 と、子どもに語った。
 たつという子がいた。
 狐がいて、頭の上に木の葉っぱのせる。
 ばあさま団子供える。
 きつねは、団子は取らず、ばあさまのぜに取った。
「なんで狐に団子供える。」
 たつが聞いたら、
「お地蔵さまじゃ。」
 と、手あわせる。お地蔵さまは、一間先にあった。
 五作が鶏下げて来た。かぶりもの取ってお辞儀している、
「へい、旦那さま、欲しいいわっしゃるなら、そりゃもう、あの手間もかかってますで。」
 と云って、石ころ受け取っている、
「えっへ、こんなにもらえりゃ。」
 と、にわとり置いて行く。
 五作きらいで、たつはだまっていた。
 お祭りの日だった。
 きつねがぞうり履いて歩く。
 それがおかしかったので、並んで歩いて、
「なんでぞうり。」
 と、聞いた、
「だまってろ、三文やる。」
 狐がいう、
「四文にしろ。」
 たつは云った、
「なんてうそ、ぜにいらんで、ついて行ってもいいか。」
「やりにくいやっちゃな、なんで化かされん。」
「しんぞ狐だろ。」
 ついて行くと、金魚救いはすくうし、弓矢は当たる、
「たっちゃんか、えれえうめえな。」
 云われて、びっくりした。
 ぜにたつに握らせ、しんぞ狐は、
「いいからとっとけ。」
 またあおうとて消えた。
 たつは、おっかあが急にねえなった。おっとうは稼ぎに出て、そのあいだ本家にあずけられた。
 何かというとしかられ、本家の子がいいようにこき使う、ごくつぶしと云われて、まんまもろくすっぽ食えぬ。
 たつはそこら歩いていた。帰りたくなかった。
 夕暮れ、
「けーん。」
 と、きつねが鳴く。
「おーいきつね、しんぞ狐。」
 たつは、呼んでみた。
「なんだ。」
 狐はまん前にいた。
「帰るとこねえ、仲間に入れてくれ。」
 たつはいった。
「ふーん、そりゃ入れてやってもいいが。」
 狐が思案する。
 思案すると、ぼやーっと浮かぶ。
「おまえなんかできるか。」
「なんにもできん。」
「しかたねえなあ、でもおまえが気に入ったし。」
 狐はたつをつれて行った。
 本家から手拭いと、身の回りのものと、朱塗りのはしと、風呂敷に包んで、持ち出した。
 手拭いは、狐のしっぽの真似したり、朱塗りのはしは、お宮におさめて、仲間入りのしるしだそうの。
「なむさんぜうきよのほっかい。」
 と、唱えると、たいていもう人には見えんという。
 たつは夏の間、きつねと暮らした。
 秋であった。
 それは村から、いくつもの村を抜けて行ったところの、大きな町だった。
 たつはでっちの着物きて、荷物もって、美しい女の人のあとついて行った。
「たつや、おまえどっかでひまをつぶしといで。」
 女の人がいった、
「はいおこずかい、だれにも云ったらだめ。」
 たつはうなずいた。一人になったら、狐が出た、
「おまえうまく化けたなあ、わしじゃそうはゆかん。」
「ちがう、おまえのおかげで、でっちどんになることできて、おら一所懸命務めている。」
 たつは云った。
「いやてえしたもんだ、ところで姉さまどこへ行く。」
「でっちの知るこっちゃない。」
「あっはっはそうかよ、一つさぐってこよ。」
 しんぞ狐は消えた。
 いっしょに野山走ったり、川で遊んだり、けっこう楽しかったが、人の子はそうは行かんし、狐ももう帰れといった。
 帰れんというと、奉公の口をさがす。
 たらしこんで、立派な身元引き受け人をこさえ、しんぞ狐は、番所へも顔を出し、そりゃ達者なもんだった。
「あたりまえよ、こう見えても、百五十年がとこは生きてるさ。」
 といった。
「人のこたくさるほどわかってる。」
「そうか、おらの年と同じだと思ったがなあ。」
 たつは尊敬した。
 姉さまのおともして行く、たつは狐に預けられたものを手わたした。いや狐の取り替えた、買うて来ておくれと頼まれた、みみかきだった。
 そのみみかきで、耳をかかれると、
「うっふう、ぞっこん惚れとるわ、こいつもじきいい金になる、ゆすり上げるか、地獄のめみるか。」
 男の声が聞こえた、姉さま、
「はあ。」
 と思ったが、代わりばんこ、男の耳をかくと、
「これは刃になる、突き刺してやろうか。」
 忘れもせぬ、お役人の声が聞こえる。
 男はあとも見ずに逃げ出した。
 でもたつは、でっち奉公を首になった。
「あんなに一所懸命したのに。」
 と云ったら、しんぞ狐は、
「なに潮時さ。」
 という、
「おまえのお父帰って来るよ。」
 そうであった。
「ふっふう、世の中さまざまある、まあ序の口さ。」
 おまえもな、本家でしばらく辛抱だといって、消えた。
 狐のいうとおり辛抱したら、たつは重宝がられるようになった。
 それきり狐には会わぬ。
 ひょっとして、化かされるきりの、大人になったのかも。
 本家の雇いになって、たつは田んぼこさえたり、働いた。
 何年かして、二つ年上の本家の子が、嫁を迎える。
 さきがけしてたつは、嫁さま迎えに行った。
 それはもう美しい嫁さまだった。
(あんげなお人をな。)
 ちらとも思ったら、花嫁たつを見る、目と目があった、
(狐だらさらって逃げるが。)
 たつは思った。祝言が終わって、生まれて始めて酒飲んで、酔っ払って地べたに寝ていた。
「人間てな、酒に酔うて、この世の憂さ晴らすのさな」
 声が聞こえた、
「しんぞきつね。」
 でも空耳だったか。
 宿酔いは苦しかった、二度と飲むまいと思った。
 赤ん坊も生まれて、嫁さまはすっかり、姉さまとして落ち着いて、世の中なにもないげだった。
 姉さま子供の手とって、庭を歩く、見ると、しっぽの先の白い狐、
「まさか。」
 見ると姉さまだった、
 むかし狐と仲間したで、たわけた夢見るとたつ、それが姉さま、子供叱るときに、たしかにきつね、
「ふっふっふ、見えたか。」
 しんぞ狐だった。
「ちいっと人の暮らししようと思ってな。」
 という。
「だまってたら、この家おまえのものにしてやるがな。」
 にっと笑うと、まぶしいように美しい姉さま、
「そんで、ほんきの嫁さまはどうした。」
 たつは聞いた。
「うん、お里の柿の木になってらあな。」
「どうしたらもとに戻る。」
「そいつがなあ。」
 と、しんぞ狐、
「人の血吸わんともどらん、なんせこっちも木の葉っぱどころじゃね、大化けしてるんでな。」
 たつは、お里へ行ってみた、植えて三年めの柿の木があった。
 たつは腕切って血流した、死にそうになって、娘がよみがえる。
「元へ戻してくれた。」
 おうっと娘は泣く。
 しんぞ狐は、本家抜け出して、子供はやっぱり狐になって、
「しょーがねえやっちゃな、命まで賭けやがって。」
 と、笑う。
「こうやって人の子生むと、だっきの本性が続くってわけさ、おまえ殺そうと思ったが、やめた、その娘と添い遂げろ。」
 といって行く。
 たつは、娘と二人駆け落ちして、もと丁稚奉公していた処へ頼った。それっきり、今度こそは、狐に会わなかった。

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とんとむかし

   左衛門四明

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、そうどのいよの村に、やく左衛門という、名字帯刀のお人がいた。先代がお殿さまのお命を救ったということあって、士分のお取り立てになった。
 そうど川は、やすの川に入って海へ出る暴れ川で、何年にいっぺんか、村を、あるいは十ケ村を丸呑みにしたりする。
 となりのくげ村に、たいぞうというはげしい男がいて、村が水没するのは、いよの堤防のせいだ、お上がそうする、おらほうを捨てていよをといって、ことあるとつっかかる。
 娘がいて、いよのしげるを恋して、いっしょになろうというのを、そんなこんなで、破談になった。
 娘は身を投げて死んだ。
 たいぞうは気が狂った。
「おれは、あきず権現の生まれ変わり。」
 だという、ぐりっと目ん玉、やせて頑丈なところは、権現さまというより、鬼やんまに似ていた。
 水を鎮めるんだと、青いふんどしをつけてみそぎをする。
 田植えどきに大騒ぎする、
「みそぎじゃ、おれに続け。」
 見境なく戸をたたいて歩く、だれか、
「娘が人身御供にたったから、もういいではないか。」
 といった。
「そうか。」
 と云ったが、それがいけなかった、
 大水が出て、田んぼが水にひたる、
「なんで娘をむだにした。」
 お上が悪いといって、かまを振り回して、虫送りの行列に突っ込んだ。主立ちの何人か、手足を切られて、一人は死んだ。
 そうして、きょとんと突っ立っている。
 捕らえられた。
 人を殺したらそりゃ死刑だ。
 左衛門さまが、言上して、死罪だけは免れた。
「あれは正気に返った、やったことを覚えてはおらん、勘弁してやれ。」
 という、そうではあったが、納まらぬ何人か、左衛門さまは、
「わしに免じて。」
 といって、供養の物なとさし出した。
「なんであんなものの為に。」
 人はいったが、
「そうではない、人間やっかいごともあれば、生きていりゃ役に立つこともある。」
 といった。
 家が絶えぬようにというのだった。
 島送りから帰って来て、十年ののちであったか、たいぞうは一人、村の堤防に石をつんだ。
 人はばかにしたが、一年二年するうちには、手伝うものもでた。
 堤防は見違えるようになって、水の出たときには、ずいぶん助かった田んぼも、家もあった。
 せいじというのは、幼いから盗人ぐせがあった。柿や瓜をとっても、おやが叱りもせず、ほしいものには、なんでも手を出す。
 捕まるたんびに巧妙になって、よしえの姉から大金をくすねたのは、大きな子にいって、よしえの子をたらしこんで、持ち出させて、長く気ずかれずいた。
 せいじは、流れ者の財布をとって、手をねじ上げられ、たたっ切るという。
「おまえはそういうくせだな、指一本切るより、右腕ぶったぎろう。」
 という。
 おそろしさに、せいじは涙流してあやまった。
 左衛門さまが出て、
「わしも腕一本に賛成だ、だがまあ、洗いざらい白状したら、考えようではないか。」
 といった。
 せいじはほかのいくつかと、よしえの姉の大金も白状した。
 村は流れ者を泊めなかったが、左衛門さまは、いちおうというこの男を、
「いたいだけいろ。」
 といって、お屋敷うちに置いた。
 一月いていちおうは、出戻りのよしえの姉といっしょになった。
 なにかあって流れものになったが、真っ正直な男で、もとは侍であったか、いちおうのおかげで、せいじはくせを出さなくなったし、よくない連中や暴れん坊に、にらみが効いた。
「いや話さなくてよい、わしはおまえさんを信ずる。」
 左衛門さまのその一言だった。
 いちおうは真っ正直がたたって、お侍を追われることになって、さすらい歩いた。
 長い放浪に丸くなった、百姓もよかろうと云った。
 馴れ初めは、そりゃ男と女の仲だ、でも
「あんなお人はいない、ー 」
 といって、よしえの姉が涙する、
「うん。」
 と、左衛門さまはうなずいた。
 もう一人おかしな男がいた。これは名門の出で、父親が、飲む打つ買うというのか、身代限りをして、いおりというそのせがれは、家を興すというより、乞食同然になって、ほっつき歩いていた。
「雲の行く水の流れる、花に咲こうか、月に舞おうか。」
 と、うそぶいて、
「それなら今日はうぐいす、春はまだき。」
 ホーホケキョと鳴き歩く。
 お屋敷は残っていたが、めったによっつかず、物貰いしたり、むしろ巻いて橋の下に寝ていた。
 父親が首をつった。
「借金取りが来るで。」
 と、人は云った。
「意見はしてみたが、届かなかったか。」
 と、左衛門さまは、その父親で、ずいぶん出資もしたに違いぬが、
「あの男は、どこかうらやましかった。」
 といった。
「俳句でも仕舞いでも、なにやらせても、天性のものがあったな。」
 と。
 せがれについて知ったのは、ずっとのちであった。
 会うてみなけりゃといって、何日もさがすと、牢屋にいた、
「いえね、女物のきんちゃくをとったっていうんですがね。」
「まさか。」
 盗人するような男ではないしといって、問うてみると、ほんとうだった。
 身もと引き受け人になって、貰い下げて来た。
 ありがとうとも云わぬ、
「なんでとった。」
「あれはきんちゃくっていうんか、あいつがおれを呼んだんだ。」
「あいつってだれだ。」
「なんの花柄かさ、ふうとな。」
 こいつは親より才能というのか、どうも哀れなところがある。
「牢屋はどうであった。」
「くさい飯かなあ、うっふう。」
「どうだ、無著しんめい禅師という、偉いお方がおられる、会うてみるか。」
 といった、
「世の中らちもねえのに、坊主か。」
 といったが、あくる日、
「どうじゃ、禅師のもとへ行くが。」
 と云うと、ついて来た。
 左衛門さまのききで、禅師に相見して、いっときのまに、心服して、
「仏の弟子にしてくだされ。」
 と、いおりは云った。
 左衛門さまは、衣から一式整えもって、彼を出家させた。
 それっきり消息はなく。
 ほかにも数あったが、まあこのくらいでよかろう。
 いやもう一人あった。これはどうしようもない女で、まつよといった。
 十を過ぎたらもう男をこさえて、常に三人四人引き連れて、たかりやかっぱらい、たいていなんでもした。
 ちゃっかりというか、
「そう、だってほしかったんだもん、代わりによしおでもふんじばる、それともあたしと寝る。」
 ふうっと笑うと、そいつが憎めない。
 おやもとっくに見放して、
「世間様の目というものがあるで、よそへ行ってやってくれ。」
 といった、
「どこへ行くたて、あたいのかって。」
 ゆすりたかりして遊んで、容色は衰えず、極楽とんぼが、とうとういちおうにとっ捕まって、牢屋へ入った。
 あとはわしがとて、左衛門さまが行って説教したかして、受け出した。
 そいつがどうも、そのあと、
「さすがの左衛門さまも。」
 と、人のいう、
「いえ、左衛門さまにかぎって。」
 という。当のまつよは、
「お天道さまの下、世の中にあんないい男はいない。」
 あっけらかんといって、
「あたしの恋人。」
 という、そこら歩いたって、
「さあさま。」
 すっとんきょうな声上げる、お屋敷に押しかける、
「お金がない、ちょっと貸して。」
 左衛門さま、なにがしかわたしていた。どうにもこうにもで、そのご人格というか、とやこう人も云わなかったが。
 いずれ小村も大村も、事件あり難題ありしたが、それはそれ、しまい左衛門さまなくなられて、それはもうお殿様から、お使いが来た。
「わが田中の懐石、父子二代の形枯をもって、人心を療ぜんことは、天知る地知る。」
 お殿さまの手であった、漢詩というものが掛かる。末を安堵するとあった。
 お殿さまの命をというのは、おしのびで釣りに来て、川へ落ちなさったのを、先代が身をかえりみず、救い上げた。お殿さまの宿をする家柄であった。
 大勢の引いたあとに、四人が残った。
 立派な坊さまと、まだなお美しい女と、腕に墨の入った前科ものと、また屈強な百姓であった。
「わしらは兄弟じゃ、四人の子じゃ、なつかしいの。」
 りっぱな坊様がいった、
「さよう、一目でそれがわかった。」
「どうしてだろ、変な目で見ないしさ。」
 女が云った。
「わけなんか知らん。」
 よもやまの話というではなかった、冷や酒いっぱい酌み交わして、
「縁があったらまた会おうぞ。」
 といって、手を取り合って別れたという。
 田中の懐石、左衛門さまの四明子という。
 まつよがどうして仲間入りしたかって、人がうなずいて、
「そりゃまつよだもん。」
 という。
 長らく人の心に印し、いおりのしんせき快誉禅師の名は、ようも知られた。
 左衛門さまの孫か、ひまごであったか、悪たれどもにいじめられていると、
「およし。」
 にっと笑って、美しい女が立った。
 気圧されて悪たれどもは失せる。その人に手取られて行くと、お寺であった、和尚がお菓子をくれた。見たこともないお坊さまがいた、たくましい男がいた、とんぼのような人がいた、
「大じいの今日はお年忌。」
 と聞こえ、頭をなでられ、お参りするかいと云われ、お墓に手を合わせた。夢を見たのか、ほんとうにあったのか、なぜか忘れられず、覚えていたという。

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とんとむかし

  

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、ゆうきのの村に、何とかいう行者どんがあった。どえらい美しいかあちゃんがいて、口が聞けなかった。
 口の聞けないのをおっちといった。おっちのかあちゃんは、たいていなんにもしないで坐っている。行者どんが、飯を炊き、洗濯ものしたり、村付き合いやなんでもまかった。
「行者さまはまた別だで。」
「まあ、べっぴんさまのかあちゃんだし。」
 と、人は云った。
 きっと修行のうちじゃ、修行といえば、行者どのは、二月には山へこもって、滝にうたれる。
 水の低いときに五穀豊穣を願い、人の心は天地同根であるという。
「たたりのねえようにな。」
 聞く人は云った。
「同根てな、ものがおったつんかな。」
「おまえさんもやってみるか。」
「おら、お払いしてもらえばそれでええ。」
 六月は火渡りといって、燃し火焚いたあとへ、塩まいて踏みわたる、
「穢れがあっちゃ火傷すっか。」
 人は聞いた。
「でもってどういうご利益あるだ。」
「諸霊を清めて、人身は大空と一如。」
 空しゅうするって、
「空しくなっちゃ幽霊だがな。」
「おまえさんもやってみるか。」
「いや、ご祈祷してくれりゃそれでいい。」
 なにしろ行者どんは、てえしたもんだと云った。
 二月と六月、行者どんの留守に、美しいかんちゃんとこ夜這いすっか、なんとかに口なしでえっへえという、そんなこというからには、おかしなうわさもたった。
「おらもう天にも上る心地。」
「六根清浄、金剛杖のまんまにな。」
 などいうけしからん。
 本気にして夜這いかけた、与六というのが、
「あほらしい。」
 と云った、
「あいつらおっぱらわれたで、あんげなこという。」
 そりゃな、おれもさ好きもので、月の光を頼りにそのう、
「それが、月の光みてえ笑ってな。」
 ふうっと、もうなんにもできなくなった、好き心もふっとんだ、
「ありゃ天女さまだ。」
 と云う。
 神々しいって、はあ?
「もしやさ。」
 耳打ちするには、行者どんってあれ夫婦でねかったりして、と。
 そんな噂も去って何年かした。
 行者夫婦も年老いて、じいさまばあさまになった。
 子持たずであったのに、ある日とつぜん二十の若者が現れた。
 美しいたくましい若者で、たしかに行者どんのかあちゃんに、面影そっくりだった。
「そうさ、わしらが子よ。」
 行者どんは云った、
「生まれてじき、お山で預かってな、そこで修行しておった。」
 という、うそかまことか、立派に口も聞けて、村人が知らぬことも知り、なんでもよく答えて、ご祈祷もお払いも、それは目の覚めるような。
 一年して、行者夫婦はいなくなって、若者だけになった。
「どうしたか。」
 と聞くと、浮き世の用が終わったで、しゅみせんとかどっかへ帰ったという。
 若者は、ほんの少し悲しい眉をした。
 村人は首をかしげた。
 あとのことはようもわからん。
 活仏といってミイラになる、きっとまあそういうこったと、知ったかぶりが云った。

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とんとむかし

  けさらんぱさらん

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いなの村に、かさんがらさんというきのこが生えた。
 まっ白い、幾かさねにもなる、おいしいきのこであった。ある年、殿様に献上の、名物のじねんじょが不作で、もしやと添え物にしたら、
「苦しゆうない、来年もまた頼む。」
 ということであった。
「へえ、じねんじょよりうめえか。」
 そりゃ掘る手間がはぶけるといって、秋になると、かさんがらさんを取って、じねんじょと献上した。
「だがの。」
 と、村の物知りが云った。
「あんげなもの献上していると、今に困ったことになるが。」
「なんしてじゃ。」
「ありゃ食い過ぎると、へそのあたりかゆくなるし、それに。」
「なんじゃ。」
「舞い踊るんじゃな。」
「お殿様だで、食い過ぎなんてねえ。」
「娘っこばりこいたあとには、まあふっくら生いるもんさな、でもって、そやつ食らうとそのう。」
「ふんなこと、そう云えば、聞いたことあったな。」
 といって、たいていおとがめなしの、何年か続いた。
 すると、こう云って来た、
「聞けば、黒いかさらんがさらんがあるという、それはまことか、まことであれば差し出せ。」
 かさらんがさらんの黒いのは、あるにはあったが、食べなかった。
 どうしようかたって、お殿様の云わっしゃるにはとて、ずいぶんこれは珍しかったが、捜し当てて献上した。
 でもってそれっきりになった。
 かさらんがさらんには及ばぬ、じねんじょだけにしろという。だからすっかり忘れていた。
 すると、立派なおかごがふうらりと来て、そこへ止まったかと思うと、美しい衣装を着た、女の人が下り立った。
 清うげに歌いながら、林に入って行く。
 あとを追うて、お侍どもが来た。
「奥方さまは、やれどこへ行った。」
「あれをさがしに行かっしゃったか。」
 村人を頼んで、林をさがす。
 すると、美しい衣装やら、腰のものやら、ふうわり脱いである。
「あいや下がりおれ。」
 お侍だけで連れ戻した。
 だれも知らぬというのに、見るもまぶしい奥方さまの、舞いを舞う姿が、のちまでも伝えられて、かさらんがさらんは、
「けさらんぱさらん。」
 に、名を代え。
 美しい衣装をそれは、脱ぐ音だという

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とんとむかし

   うつぎ伝説

 とんむかしがあったとさ。
 むかし、ごれいの里に、いんの吉平という人がいて、大古の話を伝えていた。中でも清いの衣の話は珍しく、ひょっとして今でもなにかある。
 いんの吉平はかんな宮の神主で、七十八になってその職を継ぐ。
 それまでは百姓をし、わたし守りであったり、旅へ出たりする、代々いんの吉平で、死んだら孫かだれか、七十八になるまで、神主はいない。
 清いの衣は、人がこの世に生まれぬむかし、一本のうつぎの木があった。
 うつぎの木は東西南北を作り、葉っぱは舞い飛んで鳥になった、走ってけものになり、海に入って魚になり、うごめく虫になった。
 根は知慧の石をつかみ、時の花を咲かせ、善悪の実をむすぶ。
 そうしてこの世ができた。
 はあて、うつぎの木は大欠伸して、
「面白うもないってこともないが。」
 ちょっとそこいらへんをと云って、うつぎの木を抜け出した。
 日もまぶしいほどの、すっぱだか。
 くしゃんとくしゃみをしたら、女が生まれた。
 女が男を生んで、人の世になった。
 でもって、
「よき衣がほしい。」
 と云って、鳥からは袖を召し上げ、けものからは彩りを、魚からはきぬずれの音を、虫からは背のたけを召し上げた。
 それはもう美しい衣を着て、心行く楽しんで、姿を消す。
 だからうつぎという。
 うつり香は虹になって残った。
 虹という字は虫がつく、虫は生きもののことだという。
 ところが別伝があって、うつぎという美しい娘があった。
 みなもとの義経の寵を受け、一かさねの衣をたまわった。
 義経があいはてる時に、東国再興の為の黄金を、うつぎの衣に託して、隠したという。
 ちなみに衣川という、果てる地を呼ぶのは、この故にという。
 うつぎ伝説はこうだ。
 鳥の右袖は、なぎの川の底岩にはりついたのを、拾い上げてお寺に奉納した。
 どうして底岩にというと、もうりのとりの娘が、身を投げたからという。
 右袖だけというのは、それをいたく気に入って着物に縫いつけた、するとよくないことばかりあって、恋にも破れ、もうりのとりは失脚し、家はつぶれた。
 鳥の左袖は、もうりの娘と着分けたという、かもたりの娘が持ち、降るような縁談を断って、これは一生独り身で過ごした。
 左袖はお墓へ持って行った。そのお墓が、ようやく見つかった。
 とりの両袖を見つけたのは、かんぞという若者で、
「とりの右とりの左とうつけもの、虹より魚より。」
 といういしぶみがあって、わけもわからぬのを、そういう衣さへ見つければ、黄金のありかが知れると信じ込んだ。
 手にした二つの袖は、さし向かふ鳳凰の刺繍。
 かんぞは次の手がかりをさがした。
 いわいの泉は塩を含むという。
 あるとき湧き溢れて海にさし入れ、たいやひらめが泳いで来た。
 わきあふれる底に、虹が立つという。
 かんぞは取りに入って、命を失った。
 次に、にお太郎という者が、黄金伝説の着物をさがした。
 にお太郎は、虹のあや衣をつかんで浮かび上がった。かんぞのむくろを引き上げたともいう。
 たしかに三枚の布を持っていた。
 鳳凰の左右の袖と、うつぎの花とかげろうの前みごろ。
 にお太郎は婿で、食っては寝てばかりの、肥った女房を養う他には、なんにもしなかった。
 女房が死んだとき、形見の品に布があった。 後ろみごろだった。
 虹と魚のうろこの波模様。
 にお太郎の子の、いおんなは天の才があった。
 男と女の二なりという、一生独身で、六十を過ぎても、少年の風があった。
 左右の袖とみごろを合わせ、えりとすそとおくみを描いてみた。
 けものはきりんか、龍か、おそらく前みごろにはきりん、うしろみごろには龍を。
 不思議な着物だ。
「これはうわさに聞いた、えぞの住人のものを、戦国のあでやかさに変え。ではえぞを表わす。さけやますの取れる所。」
 そういえば、いおんなは思った、みなもとの義経はえぞに逃れ、のち海をわたって、じんぎすかんになったという噂。
 うつぎという女がいた。
 伝え聞いて向こうからやって来た。
「いえ一夜の夢にあなたさまを。」
 という。
 夢と同じいおんなの、
「虹かけて夢に見しよりうつせみの天空恋ほしますらをが花。」
 そういって一つ屋に住む。
 あたしがうつぎというのは、代々あととり娘をうつぎといい、これを伝えたと、きりんの裾を示す。
 つれて来た乳母が、龍の布切れを示す。
 それはいおんなが描いたものと、同じだった。
 衣が衣を呼ぶ不思議。
 そっくりのに作らせて、袖をとおして、うつぎが舞いを舞うと、それにつれて、鳳凰ときりんと龍の間に、えぞの地が浮かぶ。
「うむわかった、だがわしは捜しには行かぬであろう。」
 いおんなはうつぎに云った。
「わしのようなものを愛してくれる、ではそれがこの世に二つとない宝。」
 どのように読み取ったか。
 鳳凰のやぶにらみの目と龍の炎、いやきりんの脚が示すという。
 いおんなは初代神主になった。
 七十八まで生きたものが、黄金伝説を伝える。
 あるいはうつぎ伝説であったか。
 捜し当てれば、莫大もない黄金が手に入るという。

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とんとむかし

   あれこのいたこ

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、あれこ山の荒神さまは、こけむす大岩に、しめなわ張って、お社には宝剣があった。
 男神と女神とあって、女神さまの飼う蛇が、いわだの葉っぱを食べて、うわばみになった。女神さまを飲み込んで、とぐろを巻く。
 男神さまは、剣をとって、うわばみの腹かっ裂いて、救い出したという。
 あれこ山には、いたこがいた。
「あれこおんばさら、うんけんそわか。」
 と、となえて、刀を抜いて、頭上にかざし、一歩も動かずに、うねうねと踊って、倒れ込む。
 そうして口寄せした。
 おわって、なんにも覚えていない。
 大きに流行ったという。
 ある男が、かか引っ張って来た。
「これになんかとっついて、わかんのうなって困る。」
 という、いたこは、刀をとって、
「あれこおんばさら、うんけんそわか。」
 と、倒れ込んで、かかの父親の声になっていった。
「おら死んだとき、おめえはあれこ山向いて、ばりこいた。うんだでおれは、犬っころんなって生まれた。犬っころに生まれたはええが、おめえはおれに、ろくすっぽ飯まもくれず、ぶったたく、焼け火箸でひっぱたく、つらくってなんねえ、おれはそれ云おうとして、おうわんわん。」
 いたこは犬になって、
「おうわん。」
 と吠えて、泡吹いて、それっきりもとへ戻らぬ。
 なぜか、そういうことがあった。
 次のいたこの時か、ある女がきて、
「どういうもんか、へそから下ばっさとねえなって、いえさそういう夢見たら、寝小便する、この年して困る、なんとかしてくれ。」
 と云った。
 いたこは刀とって、
「あれこうんけんそわか。」
 となえて、倒れ込んでから、口寄せした。
「こりゃ、うわばみに半分食われておる、なんとかしておっ外すさにゃ。」
 あうんうんうんと、いたこは油汗して、唱える、力つきて倒れた。
 女は死んでいた。
 しくじった、うわばみに飲まれてしもうたと。
 それっきりいたこは通力失せて、頭剃って尼さんになったという。
 坊主さま顔負けの、えらい尼さんになったそうだ。

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とんとむかし

   うさぎ年

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、うさぎのご先祖さま、因幡の白兎は、沖の島から、わにの背中に乗って、やって来た。
 わにとうさぎと、どっちが多い、そりゃわにだ、ようし数えてやろう、並べといって、並ばせといて、ひいふうみいようぴょんぴょーんと、跳びわたって、
「やーいだまされだ。」
 といったら、しまいのわにががぶっとやった。
 生皮はがされて、泣いていたら、八十神が通りかかって、
「海水で洗って、日向ぼっこしな。」
 といった。云うとおりして、火ぶくれになって、どうもならん、いやもう死ぬかと思ったら、大国主命が来て、
「真水にすすいで、がまのほわたにくるまれ。」
 といった。うさぎはそうしてもって、もとの兎に戻った。
 だから、うさぎの神さまは、大国主命であったし、いじわるの八十神からして、うさぎの敵はいっぱいいた。
 でもどんどと増えて、もうわにの数の三万倍はある。
 因幡の白兎から三三三一四代め、ほわた月夜之介の、二十四番目の子の、めいっ子の腹違いの、その友達ののまたいとこかなんかに、とろっこという、うさぎがいた。
 ほわた月夜之介は、一跳びぴょーんと十三メートル跳んで、雪伝い、お寺の屋根のてっぺんから、十五夜お月さんに、跳びついた。これは惜しくも失敗して、寝たきりになったというけど、とろっこはたいてい三メートルしか、跳べなかったし、笹っ葉食って、竹にはねられたときも、目を回しただけですんだ。つまりふつうのうさぎだった。
 でもかたっぽうの耳を立てて、かたっぽうの耳を伏せることができた。これができるのは、もう一匹、しろっこという、うさぎだけだった。
 きつねに追われて、しろっこと二匹、ともえになって逃げて、あっちへふりかえり、耳を伏せ、こっちへふりかえり、耳を立てやったら、さしも八十神の筆頭、性悪狐が、キャンといって目を回した。
 とろっことしろっこと、ふうりという美人うさぎを追っかけて、伏せたり立てたりやったら、
「そうしていたら。」
 といって、二人ふられてしまった。
「おまえがあほだから。」
「おまえがばかだから。」
 ふんといって、しろっこは、他の子おっかけて行ってしまった。
 八十神の筆頭はきつねだとして、どうもならんのは、そりゃ人間だ。生皮むかれたまんまの、間抜けな格好して、獰猛なことは、ぜにかねというもんで、着物を着る、着れなくなると、首くくって死ぬ。ばちあたりが、人の皮はいだり、なっぱもにんじんも食うくせに、うさぎや犬だって食う。
 雪山に、わいわいおったてられて、十匹いっぺんに、とっつかまって、おったてた犬と、ごぼうといっしょに、なべになったっていうの聞いた。
「うさぎわなには気をつけろ。」
 首っちょというんだ、うさぎはうしろへ下がれないって、そんなことあるもんか。
 雪の夜はうさぎのものだった。
 どうもならん人間の、なっぱや大根や、かこっておくの、ばりばり食ったり、杉の芽もうまいし、笹っぱが以外に栄養があるし、青木の赤い実も、ゆずり葉もまあまあ。
 月明かりの笹やぶは、うさぎの運動会、どっかに首っちょがあるって、単純だから剣呑だって、だれかいってた。
 雪は二メートルつもって、とろっこはぴょーんと、はね跳んで、家の軒先を行き、縄のきれっぱしは食えぬし、つららの先から、跳び上がって、また跳び下りて、明かりの窓に、どうもならん人間の、女の子がいた。
「うさぎ。」
 女の子は窓を開けた。
「そうねえ、雪があんまりふって、食べものがないんだ。」
 女の子がいった。
(なべにして食うつもりだ。)
 とろっこは跳んで逃げた。逃げてっからに、ばかにするな、女の子になんか、とっつかまるものかといって、引き返したら、窓明かりが消えて、雪の辺に、にんじんが置いてあった。
「わなだ。」
 あれが首っちょだ、とろっこは本気になって逃げた。
 次の夜もにんじんがのっていた。
 次の夜はさらっとふって、その辺にもう一つ。
「ひっかかるもんか。」
 とろっこは、あっちへ抜け、こっちへ抜け、それから耳を立て、耳をふせ、からかってやれといって、にんじんのはしをかじった。
 えらくうまかった。
 もう何日も笹っぱしか、食っていなかった。
 ぐうと腹が鳴る、気がついたら、まるごと一本もうかじっていた。
「いかん。」
 とろっこはつっ走る、もう一本がきっと首っちょだ、ひっかかるもんか。
 次の夜も、やっぱりにんじんは二つあった。
 つららの家には、八十神の何番目かになる、のろまの犬もいなかったし、筆頭よりも、わるがしっこい、猛烈猫は、冬のあいだ出張して、三キロ先の駅で、ストーブにあたって、人間のばかっつらを研究していた。たしかにあの猫は、同いねこにそういっていた。
 あいつがいたら、寝たっきりになった、ほわた月夜之介もどうかと。
 そのあいつを、
「キャワイイ。」
 といって、めったくさにする女の子だ、獰猛っていうか、なりに似合わず。
 ふう首っちょなんか、丸見えさといって、足が向く、口が向くといったら、腹から先、夢中で食ったら、
「二つあるのに、なんで一つ。」
 女の子の声がした。
「もう一つお食べ。」
 やっぱりだ、とろっこはまっしろけになって、逃げた。
 それから行かなかった。
 お月さんが、まんまるうなって、まぶしいっていうか、雪の山っぱらは、まっ昼間。
 さらさら笹やぶは、月の向こうっかわ、銀河とつながって、うさぎの国。
 とろっこはふーろの、もっと四倍も美しいうさぎ、しーろとおっかけっこ。
 競争相手のくろっこや、どろっこを、おっぱらえたのは、そりゃきっとにんじんを食えたせいで、美しいしーろと二匹、笹っぱを食べて、笹っぱのふとんをしいて、さあてそれからっていうときに、どっかで歌っている。
「うーさぎ、うさぎ、
 なに見て跳ねる、
 まーあるいお月さま、
 見てはあーねる。」
 まっ昼間のような、月明かりに、女の子がそりに乗って、遊んでいる。
「うさぎの足跡いっぱい、二つ並んで前足、ちょんちょんななめに、うしろ足。」
 それはまちがっていた、まちがいはたださなけりゃならぬ、とろっこはすっ跳んで、そりのわきをよぎった。
「あら、ちょんちょんが前足で、二つ並ぶのが、うしろ足。」
 女の子は、そりを下りて、雪の辺に跳ねる。
「あっはっはあ、とってもむり。」
 雪だるまになって、大笑い。
 こわいってしーろがいった。
「おれがついてりゃ、こわいもんなんかない。」
 とろっこはいった。
「あしたの晩は、おいしいディナーをご馳走しよう。」
 とろっこは約束した。
 美しいしーろを、つららの家の窓辺へ、つれて行った。どうかなと思ったら、にんじんが二つあったし、いもが一つに、青いなっぱもあった。
 こわいといっていたのに、女というのはわからない、美人ほど、食いしん坊だというし、しーろはばりむしゃ、食い出したら止まらない、二本目のにんじんも、食って、
「二匹分て思ったのに、足りなかった。」
 声が聞こえて、女の子が、もう一本にんじんを、つき出す、
「首っちょだ。」
 とろっこはかみついた。美しいしーろを、守らにゃならん。
 ほんとうは、こわくって後しざるはずが、どういうものか前に行く。
 血がしたたる、
「いたーい、あーん。」
 泣いた、だってうさぎの歯だもん、朴の皮だって、簡単にかじる。
 たいへんだ、どうもならん人間の子を泣かせた、あしたは、いっしょに食う犬をおったてて、うさぎ狩りだ。
 しろっこはしーろと逃げた。
 三日たった、うさぎ狩りはなく、にんじんが三つに、いもがのっかって、雪の辺に、ほわた月夜之介よりも、ずっと立派な、うさぎの絵がかいてあった。
 赤い目は、血ではなくって、南天の実。
 しーろは七つのかわいい子を産んだ。
「そうか、首っちょなんて、なかったんかも。」
 とろっこは思った。
 そんなら、あの子にだけ教えよう、三三三三三代ほわた月夜之介のときに、アンゴラ大王が、天からふって来て、どうもならん人間に、取ってかわって、世の中はうさぎ年になるんだ。
 でもまだいいか、あと二十代ある。
 月は新月。

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とんとむかし

   歌の池

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いや村に、笹池という谷内があった。
 美しいお姫さまが、お館とともに沈んだ、そのあとにできたという、伝えであった。
 かんやという、笛吹きがあった。雪の水辺に吹けば、名手になるといわれて、寒の十日を吹いた。 
 すると、美しいお姿が現われて、こう歌った。
 玉くしげ笹の浮き寝をささめ雪ものぐるほしき恋もするかも
 かんやは名手となって、その笛の音に、何人もの女たちを狂わせ、その身はしまい、石になってはてたという。
 のちに京の歌人がここを通って、
「笹をさひさひふる雪の。」
 と聞いて、その上が思い浮かばぬ、夢に美しい人が現れて、
「たまころも。」
 といった、それで、
 玉衣笹をさひさひふる雪の思ひかてつつ恋ひやわたらん
 と歌ったという。
 大現寺に梵鐘の寄進があって、引いて来ると、池の辺りで動かなくなった。美しい女人が現れて、長い黒髪を切ってわたした。つなにないまぜて引くと、動いたという。次の二首が門前の石刻にある。
 たまくしげささのうきねにふるゆきのながれてなほもゆめのやまかは
 あしびきのおほささこささふるゆきのすぎにしことはおもひまどふな

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とんとむかし

   長兵衛地蔵

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、ぐんじょうえ村に、しびると長兵衛という、子と父があった。
 しびるは、おっかさねえなってから、口聞かん子になった。
 口きかん子は、だれとも遊ばず、そこらで拾った犬を、名つけずに飼っていた。
 しびるが川へはまったのを、どんきという大きい子が助けたが、そのあといじめっ子になって、先立っていじめた。
 犬はどんきが呼ぶと、ついて行く。
 でもその犬としびるは、げんげ田転げまわって、
「ばかののみったかり。」
 と、口きくのをだれか聞いた。
 長兵衛が、のちを貰おうとしたら、しびるが、真っ赤になって、もの云おうとする、
「そんだっておまえ、しようもねえだし、よくよくいってあるしな。」
 長兵衛が困っていうと、
「あ、あき。」
 とひとこといった。
 どんきは奉公に出た。
 のちぞえのおっかさ、二年めの秋、ちょっとした風邪がもとで死んだ。
「そうかあんとき。」
 といったが、しびるも、もう覚えていなかった。
 二度めのおっかさは、着物を大きくこさえて着せて、しびるは、すそ踏んずけて歩いていた、名もつけなかった犬が死んだ。
 土かぶせたら、赤のまんまがゆうらり生いつく。
 しびるは、それかざして、
「こうやのほうや。」
 といって、歩いて行った。
 それっきり帰って来ない。
 長兵衛はかけずり回り、人頼みしてさがすと、がけから落ちて、うっぷせになる。
 息があった。
 背中におぶって、あっちこっち行ったがだめで、清すの、げんのうさまで、
「こういう薬飲みゃなんとか。」
 といわれた。
 高価な薬だった。長兵衛は、田んぼに畑売ってまかなった。
 しびるは生き返った。
 口を聞く。
 ものみな覚えて、目から鼻へ抜けるように、利口になった。
「田畑売ってまかなった子、この上は、お寺さまへ上げるよりねえ。」
 といって、長兵衛は、しびるを坊さまにした。
 村の寺には、大根や菜っ葉持って行ったけど、それから大寺上がって、もう会わなかった。
 何年もして、知らせが来た。読んでもらうと、
「だいげん寺さま手紙だ。」
 という、
「てっしゅうさま、長老さまんなりなさる、お式に親のおまえ呼ばれた。」
 てっしゅうさま、しびるのこと、長兵衛はなんもかも売って、祝儀こさえて、でかけて行った。
 そのお式の立派なことは、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
 という言葉だけおぼえた、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
 ようもわからんが、お上人さまが来て、
「てっしゅうさまは、本山さまにまいる、えらいお方になられる。」
 といった。
 長兵衛は日ようとりして、暮らした。
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
 今にえらいお方になる、
「そうじゃな。」
「きっとさ。」
 と人々もいった。
 十年過ぎたか、てっしゅうさまが、どこそのお寺にという、噂が聞こえた。
「たしかぐんじょうえ村の出と聞いた。」
 旅の者が云った。
 長兵衛はたずねて行った。
 手伝いしたり、乞食したりして、一月の余も歩いたか。
 年であった。道っぱたに行き倒れ。
 たすけ起こされた、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
 そういって、息絶えた。
「父ではない、仏じゃ。」
 その人はいった。
「そっくりの風景であった、遠いむかしに見た、あまりのことに死のうと思ったが。」
 てっしゅうさま、げんしゅう禅師さまはいった。
「さようわしも仏の仲間入り。」
 なきがらを葬って、そのあとを長兵衛地蔵という。
 辻っぱたのお地蔵さま。
 げんしゅう禅師のことは、またようもわからん。

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とんとむかし

   鬼泣き橋

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、のうめんこ村に、じっどとはいどという、二人の男があった。
 じっどはでぶの禿頭で、そんなこたあおめええっへえと笑った。はいどはのっぽであごつんだして、だってさあといった。
「そんなこたあおめえ、お天道さまが許さねえ。」
「だってさあ、世の中めんどうだって。」
 二人はいつもいっしょだった。
 西のいわたん守と、東のたんがの丈が喧嘩して、世の中は戦争になった。
「槍一本で、田んぼ十枚。」
「きれいな嫁。」
「えっへえ世の中。」
 と笑って、あごつんだして、
「だってさあ、ぶすっとやられりゃ元も子もねえ。」
 といって、どっちが勝つか、西が強そうだと、のんのんさまの、松の木のおっかさ云った。
 二人はいわたん守の軍についた。
 さむらい大将さんだゆうの一の家来、とうえもんの下のいつえもの下働き、はんべえの十人組にかけつけた。
「ようしそろった、二人おまけもついた、出陣だ。」
 槍をりゅうとしごいて、はんべえがいった。
「おまけだって手柄立てりゃ、馬一頭。」
 わあといって、いっせえに討って出た。
 野っ原走って、どこで戦になったかわからない。
「おまけ、槍はまっすぐ。」
「へい。」
「そっちじゃない。」
「ふえ。」
 ざあと弓矢が降って来た。三人倒れて、五人わめいてと思ったら、どんと槍にはらわれて二人死に、えーと十人が何人残った、おまけは口をあんぐり。
 よろいかぶとの、騎馬武者が来た。
「とうえもんはおらんか、雑兵はいらん。」
「とうえもん配下いつえもん下働き、はんべえだ。」
「のけ。」
 騎馬武者は、はんべえを一なぎして行く、
「ううむ、やられた。」
 とはんべえ。
 おまけはいつか二人っきりになった。
 敵のかさかむって、同じようなのが二人立つ。
「えいえいやるか。」
「えいえい、来るか。」
「そんなこたおめえ、えっへえこええかな。」
「だってさあ、腹へった。」
 敵味方別れて、そこらやぶへ入って、飯食っていると、
「わあ。」
 といって、逃げるの追っかけるの。手負いのはんべえだ、食いかけと槍と、じっどとはいどは、やぶから棒に突き出した。
 敵はたおれて、
「首をとれ。」
 太息ついてはんべえ。
 じっどとはいどは顔見合わせた。敵は起き上がって逃げる。
「せっかくの手柄を。」
「そうだ手柄だ。」
 二人は我に返った。
「きれいな嫁。」
 槍をとって走った。
 抜けたり駆けたり。じっどがたおれ、はいどが吹っ飛び、わめいて起き上がり、でもって二人、背中合わせにふん伸びた。
 ふうっと気がついたら、真夜中。
「えっへえ生きたか。」
「死んでねえ。」
 のっこり歩いて行ったら、手綱ひきずって、でっかい馬が立つ。
「そうさなあ、これ乗って村へ帰ろ。」
 二人はよじ登った。
 とたんに馬はつっぱしる、必死にしがみついて、味方陣中へまっしぐら、
「村はあっちだ。」
「うへえ。」
「だってさあ松の木のおっかさ、西が勝つっていった。」
「そんなこたおめえ、終わって見にゃ。」
 陣中幕の内、
「どう。」
 押し止めて、
「なに、だてが松の木の丘を西へ。」
「そねの小わっぱが、押しわたると。」
 二人は担ぎ下ろされた。
「物見ご苦労であった。」
「えらいやられとる、休め。」
 敵ながら天晴れの布陣じゃ、そうなってはこっちの勝ち目がない、そねの小わっぱがな、引き上げるか、いや急襲じゃ。
 夜討ちだ。明日では遅すぎる。
 はあてな、二人は飲んで食って、いい着物があった。立派なまあそいつは、
「もういいか、この着物きて村へ帰ろう。」
「生きてりゃあ、嫁もな。」
 着物着て、のっこり抜け出した。
 遠回りして、河っぱたへでた、葦が茂って舟が一そう、
「これ乗りゃのうめんこ村へ行く。」
「そうかな。」
 二人は乗り込んだ。
 棹さして、本流にはまる、
「えっへえ、あっちだ。」
「そんなこたおめえ、だめだ棹立たねえ。」 
 青い旗竿が並んで、東のたんがの丈、
「どうしよう。」
「たっておめえ。」
 岸へ乗り上げた。
 よろいかぶとが立つ。
「派手に着おってからに、なんだおまえらは。」
「のうめんこ村のじっど。」
「はいどです。」
「能衣装か。」
 東の陣屋に引っ立てられた。
「ほう、道化か、さすが好きものいわだの守だ。」
「なんで逃げ出した。」
「いえあのくわもってこう。」
 こわくってしゃべる、
「痩せ地掘っちゃ、小金も出ねえ、花咲かじっさの、足腰やきーんと痛むっきり、からすの鳴かねえ日はあったっても、かかやがきわんと泣いて、犬っころじゃねえや、年が年中、食うや食わずの、水ん呑み。」
 身ぶり手振り、
「泣かすがきも、かかもねえで、夜な夜なにぎってるやつ、おらあは槍に代えて、一旗上げようたって、情けねえったらこのとおりで。」
 そんなこたあおめえ、だってさあ、息合って、
「うわっはっは、達者な連中だ、こんなお宝手放すようじゃ、戦は知れた。」
 陣中腹抱えて笑って、
「京人か。」
「ゆるりくつろげ。」
 といって、今度は女たちのいる部屋へ。
 酒が出て、幕の内にはご馳走が出て、
「京のお人となあ。」
「ひょんなお顔があかぬけして。」
 うひゃあ、生まれて始めてもてた、
「のうめんこ村嫁にこねえか。」
「能面小村どの。」 
「いんにゃ水ん呑み。」
「印南美濃さま、はいなあ。」
 酔っ払って、よだれたらして寝入ったはいいが二人、なにしろずらかるこった、ばれりゃ首が飛ぶ。
 槍に具足があった。
「軍勢の中の軍勢ってこったな。」
「のっしのっしと、抜け出りゃいい。」
 派手な着ものを、こりゃ一生かかっても稼げぬってえ戦利品だ、着物の上に具足つけて、抜け出した。
 十人百人たむろする。
「向こうの丘抜けりゃ。」
 丘を抜けると、何千人。
「方向ちがい。」
 法螺貝が鳴って、全員整列。
「おう、さのじょう、お主生きておったか。」
「へ。」
「おっほう、ごんのすけも。」
「は。」
 肩を叩かれて、気がついたら、じっどもはいども、一隊の先頭に立つ。
「昨夜は不意を突かれて、不覚を取った、卑怯なやつらよ、なに足下は見えておる、さよう戦はまっ昼間よ、行け。」
 おうと、かちどき上げて全隊突撃。
 じっどとはいど、なんせぶったまげの逃げ足が、先陣切って走る。
 浅瀬を駆けわたって、向こう岸、
「のうめんこ村あっちだ。」
「なむさん。」
 弓矢が雨のように降る、
「だってさあおめえ、こんなもん、村へ連れてってどうする。」
「そんなこた、引っ返せ。」
 向きをかえる、激戦のまっただ中。
 敵も味方もめったらが、むちゃについたりぶんまわしたり、水ん呑みのへっぴり腰、
「忍者か。」
「手強いぞこやつら。」
「があうわ」
 十回死んで、十回生きたと思ったら、もうわからんふん伸びた。
 何千年もたっちまったか、息吹きかえしたら、二人立派な敷物の辺に。
「はあてな。」
「お呼びにござります。」
 使いの者が来た。
「ふう。」
 とにかくついて行った。
 参謀やら大将から、たいてい喧嘩の張本人まで、さしむかい居並ぶ。
 和議か。
 なにを話し合うたって、
「河向こうたったの十三町歩、そりゃあっちへ行ったり、こっちへ行ったりの。」
「さよう、意地の突っ張りあい。」
「浦廻の松はわしのもの。」
「いんやこっちの。」
「お連れいたしました。」
 二人つっ立った。
 口上が云う。
「西には決死の物見の末、夜襲の一勝を与え、東には、陣中突破の奇襲をもって一勝を与え、よって双方痛み分けの、かくは和議にいたった次第、天晴れ見事なる。」
「さよう、恨みの松の、意地の張り合い。」
「最少の死者。」
「定めしさるお方さまの。」
「ははあ。」
 といって、総勢かしこまる。
 弱った。
「うらみの松ってなんじゃい。」
「むかしの葛っぱら。」
「だであっこへ橋かけねえからこうなるだ。」
「喧嘩するほどのこっちゃねーだが。」
「ごもっともでござります。」
 妙なことになった。
 気がついたら、黄金十枚に、お供のさむらい三人つけて、京までつれてってくれという、女たち何人かと、
「さるお方さまによろしく。」
 とて、二人は行列仕立てて道行き。
 戦は終わった。
「だってもおめえ、のうめんこ村と反対。」
「そんなこたあ、しい首が飛ぶ。」 
 なんしろ行列。
 供ざむらいども、大名旅行の、あっち宿りこっちへ宿り、二人さしおいて、飲めや歌えや。 
「いやご安心あれ、まかないのほうはわしらが。」
「夜盗のたぐいも恐れをなし、うっひー女たち踊れ。」
 うわさはぱあっと広がって、盗人どもがつけねらう。
 そこら野っぱらに襲いかかった。
 さむらいどもはあっさり切られ、あとは逃げる。
 二人は、女たちを背に戦った。
 二度の戦場往来、苦もなく盗人どもをうちすえた。
「のうめん小村さま。」
「美濃さま。」
 とりすがる女どもに云った。
「この十両みなで別けて、散れ。」
「さよう、わしらには任務がある、縁があったら嫁にも迎えよう。」
 ちった覚えた、さむらい言葉でいった。
 なんせ退散。
「えっへえ、せめて一両に女二人ぐれえ。」
「だってさあ、でもってあとどうする。」
 大枚もったってって、惜しいことした、そうかあ一枚ぐれえといって、のうめんこ村めざした。
 野こえ山こえ、峠の一軒家があった。
 ばあさま一人住む、泊めてくれといったら、
「のうめんこ村とな。」
 ばあさま、
「谷でくそひりゃ、あした朝のうめんこ村よ、ヒッヒッヒ。」
「いくつだばあさ。」
「百と一歳。」
「ひえーてえしたもんだ、屁一発で、あの世へまっつぐ。」
 ばあさまうったそば食って、ぐっすら寝たら、出刃包丁かざすばあさま。
「黄金一枚もってるだろ、出せ。」
「へえそうだったっけか。」
「とぼけんな、身ぐるみ脱げ。」  
「アッハッハ、百一歳のばばが、人の大枚囲ってなんとする。」
 ばあさまきょとんとして、それからおーっと泣き出した。
「そうであった、おれはここで鬼婆して、人ぶっ殺して、ため込んだ金が一千両、おうおう、罰当たり、そいつをなんとしたらいい。」
 目覚ましたら二人、露ぬれて寝ていた。
「へんな夢見た。」
 いやおらもって、同じ夢見た。
 二人のうめんこ村へ帰って、ひえとあわまいて、やせ田んぼこさえて、水ん呑み暮らし。
 戦でおんぼろになった衣装、つくろいなおしてかかに着せ、じっどのほうは、そいつでもって嫁貰った。
 そうしたら、西のいわだん守と、東のたんがの丈の仲が、またおかしくなった。
「戦はよくねえで。」
 二人がん首そろえて出向いて、はあて門前払い。
 のんのんさまの、松の木のばあさに聞くついで、ふっと思い出して、夢の話した。
「鬼婆とな、たしか伝えある。」
 たんまり貯めてそれっきりだったって話。
 念のため、掘ってみべえといって、二人宿ったあたり行って、掘ってみた。
 そいつが出た。
 千両はなかったが、百両はある。
「うわー戦利品よな。」
「さんざ苦労のかいあって。」
 といったが、
「だってさあ、人殺した金だ。」
「そんなこたあおめえ、戦ってなあ人殺し。」
 えっへえ、こいつで橋かけようといった。
 向こうとこっち、浦みの松あたり、橋かけりゃ、戦にゃならぬ。
 鬼婆の供養、これに過ぎたるはなしと。
 そんでもってみんなでよったくって橋かけた。
 鬼泣き橋といって、そのあとに戦はばったり止む。

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へきがんろく

至道無難。(三重の公案とはここに、三祖大師、趙州また雪竇の公案です、公案とは自分とその世界のすべてをもってする、正令全提です。歴史も人類もないんです、思想宗教の埒外です、即ち満口に霜を置くこれ。)言端語端、めりはりというより、微塵もゆるがせにしない、しいどうぶなんこれっこっきり、他しです。(めりはりしようとすれば、水濁るんです、他なしとやれば、卻って七花八裂、さあどうするこの馬鹿。)一に多種有り。まあさこう云いおくことまさに是し、一に多種あり、二に両般なしなど云ったって、実にお題目にもならんです、よくよく見て下さい、初心に穴を穿つ、葛藤をひっかきまわして、でもって忘れ惚けりゃ、忘れ呆けが残る。(分開せばって風呂敷でもおっ広げるんですか、水の湧き起こる唐草模様、火炎式土器、つまらんですよ、それとも世間一般芸能事に任せ。)二に両般無し。(人間が自然数を発明してより葛藤即ち生涯。)天際日上り月下る、葛藤生涯日は上り月廻る他に何があるか、追憶とてただこれ。(覿面に相呈す、頭上まんまんなどいうことにひっかからないんです、はいそうですかよって、覿面にあい呈するに従いなんにもないんです。)檻前山深く水寒し、檻はだれがこさえるんですか、はい自分です、世間不都合という檻の失せる、生老病死の檻失せる、山深く水寒しです。絶学無為の閑道人、妄を除かず真を求めず、妄想と真実の檻なんです、すると人間世界から逸脱する他なく。(死ぬしかないと云っているのです、至道無難、唯嫌揀択、ただ憎愛なければとは、生きていたら不可能ですよ、生死を明きらむるとは、明きらめるおのれを捨て、あっはっは寒毛卓立これ。)髑髏識尽きるとは、死ぬという生死を諦めるという、どうしても我れを進めてこれを見ようとする、人間皮肉を去ってどくろですか。そうではない、その手を止めれば、万法の進みて我れを証する、これを悟りというと。喜びという、悟る喜び光明の喜びと、追求する、それはセックスの喜び我欲の喜びと同じです、ラジニーシです。あっはっは別の喜びがあるってさ、死んだら死んだっきりだよ、200%の喜び如何。(棺木裏に瞠眼す、僧あり出で来たって問う、盧行者六祖禅師はこれ他の同参。)枯木龍吟銷して未だ乾かず、銷は金属を溶かす意、失せる消えるんです。死んで死んで死にきって思いのままにするわざぞよき、至道無難禅師はまさにこの至道無難によって得る、棺桶に入る、死人と同じこれわが宗旨なりと。すでに明白裏にあらずんばの僧、銷して未だ乾かず。(うっふ、死んで花実の咲く話、達磨東土に遊ぶ。)難難。(はい難難、ちらとも得れば必ず邪法、目前の機に非ず、目前の機に非ざる時如何、雲門倒一説。はい捨てるよりなく、捨てて捨てて捨てきって思いのままというもなおです、至道無難といい、難難と説く。)揀択明白君自ら看よ、そうです自知するよりないんです、扶け起こすすべてが邪法。(瞎も喝もまあ同じですか、よくよく見ろというんです、まさに思へり別人によると、仏の修行これ、幸いにして自ら見るに値う、死ぬとこれがあるんです、卻って別人によると、いやわしゃ知らんよ。)

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2007年3月28日 (水)

へきがんろく

趙州従しん(言に念)南泉普願の嗣、這の老漢、平生棒喝を以て人を接せず、只平常の言語を以てするに、只是れ天下の人如何ともせず、けだし他の平生そこばくの計較無き為なり、ゆえに横拈倒用、逆行順行、大自在を得たりと、評唱にあるとおり、趙州の右に趙州なく、碧巌録にはもっとも記載多く、鳴乎大趙州と云わんかなです。そうねえ、昨日弟子が去る、わしよりも本山がいいといって、地震後に駆けつけた、世間なら美談だろうが、そんなんでは到底法は継げんです。たとい地震あろうが、目前ものなし、立身出世の色気しかないのはまあしょうがないですが、ちらとも知るには、ようやく自分という目鼻が付く、ようやく捨てるべきものを見るんです。大趙州も十八歳の時に見性することあって、長らく判然としなかった、揀択の人です、我れと我が身を如何せんという、だったらそりゃなんとかなる、揀択を強いて明白、宗門に泳ぎ出るに及んでは、まあさ田舎者ですか、また一個ろくでなしを作っちゃった、しょうがないです。趙州ついに南泉に問う、泉答えて云く、道は知にも非ず、無知にも非ず、知は是れ妄覚、無知は是れ雑念、若しこの事を得ば、龍の水を得る如く、洞然として明白なりと。揀択し明白していたそのものが失せるんです。たいていだから無字を透る、見性という、そんなんもとありっこないんですが、ちらとも見たと云われてより、ほんとうにこの事を得るまで、だいぶ手間がかかります。どこまで行ってもおれがなんです、おれというこっちがわから風景を見る、いったんは納まるようでいてそりゃどうもならんです。ついにすったもんだのこっち側が失せる、鉄砲かまえて狙っている猟師が、虎に食われちゃうんですか、太虚の洞然たるが如くと、ちゃーんと身心が答えてくれます。すんばらしいとか清々とかいうまったくらち外です、何時間坐ってもほうと一息って、まあそんなふうです。立身出世や得る得ないじゃない、ただこれ。ただの人初心なんです。

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2007年3月27日 (火)

へきがんろく

第二則 趙州至道無難

本則・挙す、趙州衆に示して云く、(這の老漢什麼をか作す。這の葛藤を打すること莫れ。)至道無難。(難に非ず易に非ず。)唯嫌揀択。(眼前是れ什麼ぞ。三祖猶ほ在り。)纔に語言有れば、是れ揀択、是れ明白。(両頭三面。小売弄。魚行けば水濁り、鳥飛べば毛落つ。)老僧は明白裏に在らず。(賊心已に露る。這の老漢什麼の処に向かってか去る。)是れ汝還って護惜すや也無しや。(敗也。也一個半箇有り。)時に僧有り、問ふ、既に明白裏に在らずんば、箇の什麼をか護惜せん。(也好し一拶を与ふるに。舌上の齶を柱ふ。)州云く、我れも亦知らず。(這の老漢を拶殺せず、倒退三千。)僧云く、和尚既に知らずんば、什麼としてか卻って明白裏に在らずと道ふ。(看よ走りて什麼の処に向かってか去らん。逐って樹に上り去らしむ。)州云く、事を問ふことは即ち得たり。礼拝し了って退け。(頼ひに這の一著有り。這の老漢。)

趙州和尚常にこの話頭を挙す、三祖大師信心銘に云く、至道無難唯嫌揀択、但だ憎愛莫ければ、洞然として明白と。わずかに是非有れば、是れ揀択、是れ明白。至道無難(難にあらず易にあらず、もと難易ないんです。)道に至るに難易なし、もとこのとおり手つかずの初心です、まっ平らです、ただ揀択をいとう、あれがいいこれが悪いしない、取捨選択というおのれのよこしまを離れる、生まれまっさらの赤ん坊です。(眼前これなんぞ、あっはっは回答これ、御名御辞ですよ、だめじゃねえか三祖大師にひっかかってるなんて。)わずかに恁麼に会せば、嗟過了也。鎬釘膠粘せば、何の用を為すにか堪えん。会せばおしまいです、ひっかかりとっかかりです。禅という単純を示す、まるっきりないものをひけらかすんです、なんの役にも立たんです。州云く、是れ揀択是れ明白と、如今の参禅問答、揀択の中に在らざれば、便ち明白裏に坐在す。老僧は明白裏に在らず、汝ら還って護惜すやまた無しやと。(なにをしようっていうんだ、葛藤これ身心、ならそのまんまやらしときゃいい、手を下すに従い増幅。)あっはっは、(至道無難と唯嫌揀択で両頭、揀択、憎愛でもって三面にしとくか、なんかそんな仏像転がっている、小売弄は読んで字の如しです、いい気になるなっていうんです。魚行けば濁り、鳥飛べば毛落ちは、どうですか、防ぐ手立てありますか、なかったらどうすりゃいいんです。)賊心とは相手のひっかかりわだかまりを盗みに行くんですか、被害甚大、去ったあとになんにも残らんけりゃ可。護惜する、読んで字の如し、まあ大切にするんですか、(敗や、だめじゃねーかすっぱりやれ、一個半分お釣りが来た、ほうれ。)明白も揀択も、禅という単純一つきりの心を、見るものと見られるものの二分裂です、たいていみーんなやってます。わだかまりある、うまく行っているという、双方不可。観察しないんですよ、観察するものこれ、すなわち明白裏にあらず、明白という取って付けない、千変万化も見るなけりゃゼロにもならんです、活発発地。時に僧侶あり、問う、既に明白裏にあらずんば、箇のなにをか護惜せん。(この一拶うっふちょっとぬるいんですか、どあほぐらいでいいんだけど、なんせ師事する見習い。舌上のあぎとを支う、さしもの趙州だまり込むさま。)州云く、我れも亦知らず。これが趙州なんです、わしにゃとうていこうはいかん、生地丸出しと云おうか、三つの子が手も足も出んてとこ、いいですなあ。(趙州はやっつけられん、一昨日おいで。)和尚既に知らずんば、なんとしてかかえって明白裏にあらずと云う。(蛇足なんです、いえさ馬脚を表した、いまだしなんです、豚もおだてりゃ木に上っちまう、こうあるべきがどっかにある、わかりますかこれ、落着せえ。)事を問うことは即ち得たり、礼拝して去れ。(よかったねえ云うことあって、ご老人て、円悟舌を巻く。)

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2007年3月26日 (月)

へきがんろく

頌・聖諦廓然、(箭新羅を過ぐ。夷。)何ぞ当に的を弁ずべき。(過也。什麼の弁ぞ難きことからん。)朕に対する者は誰そ。(再来半文銭に直らず。又恁麼にし去るや。)還って云ふ不識と。(三個四個中れり。咄。)茲に因って暗に江を渡る。(人の鼻孔を穿つことを得ず、卻って別人に穿たる。蒼天蒼天。好不大丈夫。)豈に荊棘を生ずることを免れんや。(脚跟下已に深きこと数丈。)闔国の人追へども再来せじ。(両重の公案。追ふことを用ひて何かせん。什麼の処にか在る。大丈夫の志気何にか在る。)千古万古空しく相憶ふ。(手を換へて胸を槌つ。空を望んで啓告す。)相憶ふことを休めよ。(什麼と道ふぞ、鬼窟裏に向かって活計をなす。)清風匝地何の極りか有らん。(果然。大小の雪竇草裏に向かって棍ず。)師左右を顧視して云く、這裏還って祖師有り麼。(なんじ番款を持つ那。猶ほ這の去就を作す。)自ら云く、有り。(榻薩阿労。)喚び来れ、老僧が与に洗脚せしめん。(更に三十棒を与へて追い出すとも。也未だ分外とせず。這の去就を作す。猶ほ些子に較れり。)

頌は韻を踏みひょうそくを合わせする、言葉の美しさを遺憾なく発揮するんですが、まずはおぼろげにも味わうによく、已に真意を弁えて参究する、また楽しからずやです。わしにそんな力量はない、せいぜいが空んじて用いる程度ですか、かっこいいってなもんです、あっはっは。聖諦廓然と一通にもってくる、早く知るところを用いる、(かすっともかすらないとき如何、てなもんです、夷は口へん、坊主どもが払子を揮っていいとかとつ、かつとやる、虚空一等に両断です、まずはさ。)何ぞ的を弁ずべき、目的でいいです、真理如何とやる、なんでそんなことが必要か。もとまっ平ら、水の中にあって渇と求める如く、どうじゃというんです。(なあに云ってんだ、いくらでも道えるじゃねえか、どあほ。)朕に対する者は誰そ、これまったく答えそのものです、わかりますか。(達磨さん呼んでおいて朕に対する者は誰そってさ、達磨さんって云えば恁麼、そこらの石っころも恁麼、いんもってこれという、これ虚空もとなし。)かえって云う不識と。(三個四個当たれり、まあさ帝の不識もあなたの不識もって、たといどう当たるかたって、しょんべんするも飯食うも不識、へた知ってたら歩くも歩けんでしょうが、とつ。)これによって暗、ひそかに江を渡る。(人の鼻孔を穿つはずが、あべこべに穿たれ、雪竇このとおり繰り返すのは思い入れ、感無量ですか、いえ末派のわれらも繰り返し叙すべきところ。蒼天悲しいかなです、好不大丈夫やれんなあおっさんてなわけです。)豈に荊棘を生ずることを免れんや、せっかく祖師西来は、人の心病を救う、刺さった刺を抜きに来たのにさあ。鳴物入りの面壁九歳またこれかえって刺、そうなんですよ彼がためにいくたび蒼龍窟に下る。(そう云ってるやつが荊棘、てめえの足下穴を穿つ。)闔国の人追えども再来せじ。(両重の公案、国をあげて追う他になし、追うもの実はおのれ自身、大丈夫如何。)千古万古空しく相談憶ふ、追うても無く、再来も無くはーいもう一押しってさ、押すも無く初心これを知る。(手をかえて胸を打つ、空を望んで警告す、いえさ謹んで告をす。)相憶うことを休めよ。(なにをいう、思わなければ求められんがさ、てめえという胡乱をすったもんだしろっていう、できない相談の、底をぶち抜け。)清風匝地何の極りかあらん。際限ないんですよ、清風匝地、匝は廻るの意、若しイメージングしてりゃ際限、わかりますかこれ、いえ参禅者終にわからんのはこれ、(果然大小の雪竇草裏にこんは、車に昆転がる意、あっちにもこっちにも悟ったとか、大悟徹底とかいうの転がってるぜ。草裏どこまで行ってもおれがとやる、わかりますかこれ。就中わかんねーんだな。)師左右を顧視して云く、かえって祖師ありや、師とは大小の雪竇ですか、(汝番款を持つな、款は自白、なにかあると思うからに白状するんです、どこかにちらとも標準が残る、去就を作すんです、あっはっは無理矢理押さえ込んだらさらに屑。)自ら云く、有り、はいありますよ、(榻薩阿労はたいへんにご苦労さん。)呼んで来い、わしの足を洗わせてやろう、達磨さんにまあさ行脚の足洗わせる、なんたるこったっていう、三十棒、且喜すらくは没交渉。(どうしようもないやつめ、三十棒食らわせて追ん出したって、まだ足らぬは、この去就、まあこだわりですか、つまらないっていうんです、円悟のやつ涙流してるんとちがうか。)

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2007年3月25日 (日)

へきがんろく

梁の武帝は魏晋南北朝ですか、一代にして国を興し次代にはもう滅んでいたという、滅んだ理由は、仏教に入れ揚げて、武帝かつて袈裟を被して、自ら放光般若経を講ず、天花乱墜して地黄金に変ずるを感得すと、評唱にある通りです。寺を建て僧を度し教によって修行す、人呼んで仏心太子と云うとあります、そこへ西インドから達磨さんがやってきた、おっとり刀で引見するわけです。真諦は以て非有を明かし、俗諦は以て非無を明かす、真俗不二即ち是れ聖諦第一義と、あっはっはあほなこと云ってます。寺を建て僧を度す、達磨云く無功徳と、乃至本則の対話です。かっこ内は雪竇和尚の頌古に評唱する、円悟の著語です、これを見れば、あらかた提唱は終わっています、よくよく味わって下さい。かくねんむしょうという、真俗も聖諦もない、第一義もエッセンスもたわけた汚点ですか、ものみなあるがようにある、初心すでに終わる、これ仏教の本来です、知らないという、自分というあるいは知っている分がすべて嘘です。花にあなたはだあれと聞く、知らないと答えるんです、私は菊で管巻の種類何時何日なんお太郎兵衛が植えてこやしはどうで日照時間はどうで、いえ品評界に三等を取った、上を見りゃきりもなし、下を見りゃ切りもなしまあこのへんで、など云い出したらそれっきり花を見る気がしなくなります。見れども飽かぬものみな、人間だけが醜悪無惨、自己を顧みるという得手勝手ですか、よこしまです、これを去って本来のありよう、知らないんです、廓然無聖です。他の諸の宗教じゃない、教義だの荒唐無稽、くじら食うなの独り善がりじゃないんです、仏教の本質を知って下さい、人間も始めて万物のお仲間入り、進化のいびつから発して、脳味噌に支配されっぱなし、三百万年来ついに地球を滅ぼすに至った是非善悪、あっはっは落とし前つけて下さい、脳味噌の主人たることに気がついて下さい、主客転倒事を去って本来人、はいこれがノウハウ碧巌祿、人みな実に参じて下さい、これ焦眉の急。

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2007年3月24日 (土)

へきがん

 碧巌禄

第一則 達磨廓然無聖

本則・挙す、梁の武帝、達磨大師に問ふ、(這の不喞瑠を説くの漢。)如何なるか是れ聖諦第一義。(是れ甚んの繋驢楔ぞ。)磨云く、廓然無聖。(将に謂へり多少の奇特と。箭新羅を過ぐ、可殺だ明白。)帝日く、朕に対する者は誰そ。(満面の慚惶強いて惺惺。果然として模索不著。)磨云く、不識。(咄、再来半文銭に直らず。)帝契はず。(可惜許。却って些子に較れり。)達磨遂に江を渡って魏に至る。(這の野狐精。一場の麼羅を免れず。西より東に過ぎ、東より西に過ぐ。)帝後に誌公に問ふ。(貧児旧債を思ふ。傍人眼有り。)誌公云く、陛下還って此の人を識るや否や。(誌公に和して、国を追い出して始めて得ん。好し三十棒を与ふるに。達磨来や。)帝云く、不識。(卻って是れ武帝達磨の公案を承当得す。)誌公云く、此れは是れ観音大士、仏心印を伝ふ。(胡乱に指注す。臂膊外に向かって曲がらず。)帝悔ひて、遂に使を遣はして去って請ぜんとす。(果然として把不住。向に道ふ不喞瑠と。)誌公云く、道ふこと莫れ、陛下使を発し去って取らしめんと。(東家人死すれば、西家の人哀を助く。也好し一時に国を追い出すに。)闔国の人去るとも、佗亦回らじ。(誌公也た好し、三十棒を与ふるに。知らず脚跟下大光明を放つことを。)

こりゃまあこんなふうです、梁の武帝達磨大師に問う、(てめえのつっかえ、まあさ溜飲を下げようっていうんで質問、なでなでしてもらいたいって、そうさたいていのやつがこれ。)聖諦第一義仏教のエッセンスですか、本当本来は何かと聞く、(杭に繋がれたろば、ものはこうあるべきだからおれはとやる、たいてい問う以前に答えがある、その答え通り云ってくれないと面白くない、宗教家の殺し文句、檀家説法これ。なんてえつまらん。)達磨さん答えて、廓然無聖がらんとしてなんにもない、個々別々だよと云うんですか、ものみなぜんたい、聖人も俗人もないです、是非善悪の他、大手を広げるんで、これこのとおり。(どうだ云い得ただろうがってなもんの、せっかく放った箭は、中国どころか新羅を過ぎて向こうへすっとんだ、あっはっははなはだ明白、もとからこうであって、箭なんか射る必要ないよ。)帝云く、なんとな、がらんとなんにもないだと、天花乱墜地変黄金涙にゆすれるっていう、仏無上のイメージングをなんたるこの、わしの前のおまえさんはいったい誰だと聞く。(赤恥掻いて強いて清々、果然はたしてまったく模索不著わけがわからんのです。)磨云く、不識知らない。(こらさ、再来半文銭同じことまた云う、半文にもならんていうんです。)帝契はず、なんだこの野郎ってんです。(惜しいかな、かえってどっか当たってるっていうのに、契はずまったくの正解なんですよ。)達磨さんは揚子江を渡って魏の国へ行く。(この野狐禅が、一場のもら恥かいた、西から東へ来て、こんだ東から西へだとさ。)帝後に誌公に問う、わっはっは雑誌公けさんですか、付け足しですな。(貧乏人がむかしの債務を思う、なんか仕出かしてはよかったんだろうかという、はーい貧児旧債はあなたですよ、岡目八目知らぬは自分ばかりなり。)誌公云く、陛下かえってこの人を知るや。(誌公といっしょになって国を追い出して、きれいさっぱりかん、始めて知る、祖師西来意、えい三十棒、どうじゃ達磨さんは来たか。)帝云く、不識知らない。(はい達磨さんの公案と同じです。)誌公云く、これはこれ観音大士、仏心印を伝える。(胡乱にざつっぱに示す、腕は外に向かって曲がらない、てめえ観音さまになってから云え、はいそうですよ、虚空これ、無自覚の覚です、仏心印を伝える大観世音菩薩、雑誌公けさんは知識だけのことと思っている、そうじゃない清々この上なしなんです、でなかったら誰が求める、面壁九年たとい酒池肉林も遠く及ばず。)帝悔やんで使いを出して請す。(だから云っただろう、こやつ唐変木。)そんなことしたってだめですよと、誌公。(東家の人死ねば、西家の人哀れむ、てやんでえみんな追い出せ、なんてえこった、人間以外厳然、よってもって平和、よくよく見よ、なにをなすべき。)国をあげて追っかけたって彼は戻らんです。(えい三十棒、てめえ正解を知らない、大光明とは達磨不要、インドの今様聖者、光明ラジニーシ等とはまったくの無関係を知って下さい、標準なしですよ。)

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2007年3月23日 (金)

うんすいにっき下

雲 水 日 記    

  三、井上義衍老師

 開枕後こっそり帰って来ると、げあい中のわしの部屋に灯が点く。
 維那和尚だ、さあ大変、
(なにをちんちくりんめ、四の五の抜かしたら一発。)
 尻ぶんまくって入って行くと、持参の火鉢にあたり込んで、維那雪溪老漢、
「お帰りなさい、外は寒かったでしょう、火がありますよ。」
 と云った。振り上げた手の置きどがない、その火鉢のまん前に坐って、気がついたら、際限もなく喋っていた、「今の世本地風光というのか、人の本当などありえない、そりゃ痩せがれ、ねじくれも本当ならだけど、そんなもん見性したって、ー 」
 とか云うらしく、モジリアニはどうのルノアールが失敗作で、詩人リルケは雲母の欠片みたいな詞を、そのまあ幕し立てることは、テープにでも取って、後で聞かされたら、幾つ穴があってもというやつ、
「はいそうです。」
「いえあなたはすばらしい。」
 なんたって相槌を打つ、煮ても焼いても食えない、すっかりほだされて、つい向こうの云うことを聞いていた。「そうです、死んだものはもう蘇らないんです。」
 妙に説得力がある。
「たしかにここには、思っていることをずばり云えない雰囲気があります。」
「そうなんだ、どうして無字なんだって、だれもなんとも云わないで無字だ。」
「さぼっているからです。」
 はてないったいこの人はなんだ、大衆にもさっぱり人気はないし、堂頭さんも単頭老師も問題にしていない。
嫌われ者雪溪老漢。
 そう云えば暮れの大掃除の時、先代、神さまとも云うべき大雲祖岳老師の頂像があったのを、
「どうですこの人はえっへっへ。」
 と笑って、顰蹙を買っていた。
 お盆の手伝いに来た時に、お施餓鬼の慣らしに大小無数の蚊が食う、パンツの中まで入り込む、
「動くな、蚊が食うぐらいがなんだ。」
 と叱咤する、たしかにご自分は微動だもしない。
「維那和尚雪担さん来てからやらかくなったなあ。」
 と雪元老人が云った。
「わたしにもわたしの仲間があるんですよ。」
 ぽつりと云った。
 小冊子を持って来た。夢想という表題、小柄な和尚の写真があった、井上義衍老師とあった。
 一瞥する、
「だからこういうんじゃない、言葉の幅がない。」
 わしことに夢中。
「あっはそうですか。」
 雪溪老漢冊子を取る。  
 二三日して旦過寮にだれか居る。後輩が来た。
 鐘司を卒業出来そうだ。

我がものに非ざるといふ雪月花知れるもなしや雪月花

なんぞこれ捨身施虎なる釈尊の知るや知らずや元の木阿弥

「上げ膳据え膳ででん坐ってられるとは、ありがてえ。」
 と云って、のっこり大坊主が出て来た。大心和尚という、かまわないからとっつかまえて、風呂焚きやらせた。くせの悪い五右衛門風呂で、底板こじあけて、漆桶底ぶち抜いちまったことがある、あの時は困った。
 大心和尚魔術のように焚き沸かす。
 拭き掃除掃き掃除、風の吹き抜けるような、あとをつや光る。
 雲水生活十何年、
「恥んずかしいったらさ。」
 と東北出身、喧嘩ばっかりの化物僧堂がぴったり納まる。
「なんで発心寺へ来た。」
 と聞いたら、
「わし堂頭さんに用事があって来たんじゃねえ、維那和尚とこ来たんさ。」
 と云った。
 ふうん変なやつだ、酒には目がないらしい、
「おれおごる。」
 と云って引っ張って行った。おごられたら必ず返す、飲むほどに酔うほどに、
「そりゃおおかたやってるやつはいるけどさ、あんなにぴったりやったな珍しいんだぜ。」
 雪溪和尚はさあという、
「そりゃ微妙な差たって、ころっとやられるっきりよ、どうもならん。」
 へえなんのこっちゃ、
「無字の公案ていうのどう思う。」
「うっはっは特攻隊じゃあるめえし、とっかん突っ込めたって、人間そうは行かねえもなそうは行かねえ。」
 そのとおり、
「じゃ他に方法あるんか。」
「方法っておまえ道元禅師のむかしから只管打坐に決まってるじゃねえか。」
 幼稚園ていうやつか、ばか云え、
「もとこのとおりなんだ、どっこも悪いとこねえってより、いいもわるいもそれっこっきりそのもの、直指人身ていうだろうがさ、坐ったら坐るこっきりの他ねえの。」
「じゃなんでうまく行かねえんだ。」
「自分で必死こいてうまく行かねえやってるからさ。」
 まあそういうこったなってわけが。
「そりゃ人一箇同じだって、発心寺の欠陥は早く許し過ぎるってとこにある。」
 ともあれ施設する。じきに制中、僧堂に帰った、蒲団を引っ張り出して、寝入ったとたんぱあーっと開ける。
「おう。」
 と云うと、大心和尚、
「おう。」
 と答える。初体験の全体開けるふうが、
「明日を待って雪溪老漢に挙せ。」
 という、開けは開けたが、どこかに、
(これではない。)
 という。それにどういうわけか、雪溪老師には云い出でにくい。
 三日めに塞がる。
「一つ開けてまた閉じたな。」
 と大心兄。

長長し夜は明けてぞ発心のしくしくこれが春の雨降る

しくしくに春の雨降る蒲原の芽吹く柳生によそひて行かな

 ともあれあいつは隠しごとをしている、どうあったって聞き出そうとて、再三飲みにつれて行く、進退のさっぱりしている男で、一生の付き合いに、結局こっちが面倒を見られる始末が、
「そうなんだ、諸龍像が泣いたぜ、禅師の弟子や沢木さんの子飼いや、岸田維安の弟子とか、錚々たる連中がさ、出家の和尚だぜ、全国から馳せ参じて。」
 とうとう白状する、
「それがさ、せっかく只管の消息を手に入れて帰ってみりゃ破門だ、どこの馬の骨とも知れぬってな。」
「肉食妻帯もしている、小寺のじっさでなあ、狐狸にたらかされおってって、それでおしまいだ。」
 涙と共に語る、
「たといどうあろうと、滴滴相続底よ、戦後のあのもののねえとき、伝え聞いてやって来て、いつんまに僧堂になった、托鉢して歩いたって、そりゃ知れてらな、道端に玉葱落っこってた、それ拾って来て真ん中に置いて、みんなでむしって食った。」
 玉葱僧堂だと理想社会だ、只管打坐がどうのより、そっちのほうがぴんと来た。
「どこだ、教えろ行く。」
 大心和尚我に返った、
「いや、いまにな。」
 それっきりどう押しても出て来ない、なんせ堂頭さんの弟子たらかしたとあっては、それは。    
 のれんに腕押しをわしは食い下がった。
 制中になった、大心和尚を慕って、これも上背のある大坊主、量基和尚が安居して来た。雪溪老師は講師になり、永平寺から帰って来た、玄鳳さんという人が維那になった、玄鳳維那一睨みで大衆を黙らせる。
 僧堂らしくなった、
「こんなんなら一生いてもいいぜ。」
 脳天気に思ったり。草むしりも薪作務も楽しかった。
 玄鳳和尚小浜の顔で、とんでもないご馳走食わせに連れて行ったりする。すっかり仲良くなった。
 一に柴を運び、二に石を担いする、他なしにといって、切れない鋸に薪を伐き、セメント袋担いでひっくり返ったりも思い出す。
 四月の摂心には、願い出て無字を返上、こっちは只管打坐のつもり。
「雪担さん、もっと効果のあるものをやりなさい。」
 二日めには単頭和尚がせっつく。一度二度独参をさぼっていると、「行かないのなら、私にも考えがあります。」
 という、すわ殺されるとばかり、喚鐘に取っ付くと、ふっと抜け出る、
「なあるほどこういうのもあるか。」
 と思うとからに、元の木阿弥。

一生を不離叢林の思ひ入れ良寛和尚のこは修行とふ

釈尊は一所不定の八十年仏足石がその辺に乗れ

「もういい玉葱僧堂へ行く。」
 無字をやらされて、大心和尚にせっつくと、
「そうか、じゃ雪溪老漢に聞いて来る。」
 という、雪溪老漢の返事は、
「ここでもやれます。」
 というのだった。
 昼休み裏の墓場で、大心和尚と量基和尚が話す、
「たしかにわしもあったです、ものみな失せてどっとこう。」
「ふむそれで。」
「老師はそうやって見い見いしてけばって云う。」
「ほんとうに行くってどういうことかな。」
 と云う。
 わしはと大心和尚、かつて発心寺にいた、
「柱開の間坐っておった、そうしたら大梵鐘が鳴る、どわっと体ふっ消えちまった、手も足もねえって立とうたって立てねえ、それ持って独参に行ったら、堂頭さん魂消て、大見性だ大見性だ云う。」
「ふうん。」
「だからってそれ、雪溪和尚に挙したら、あなたはそういうこと云ってるから駄目なんですよって云われた。」
 摂心になった、二人和尚何かやっている、量基和尚柱開に坐って、大心和尚、
「まだまだ。」
 という、
「行け、今だ。」
 量基和尚独参する。
 わしも独参に行った、
「これ何をしておる。」
 と堂頭老師、
「こないだ来た新到、なんてったかな、ついさっき見性したぞ。」
 と云う。そうかとわしは大心和尚に取っ付く、
「玉葱僧堂へ行く。」
 だれがなんと云おうと、雪溪老漢も頷いた。
「雪担さんあんまりぶっ叩かれてかわいそうだ。」
 という、それは、
「間違った宗教ほど恐いものはない。」
 なと思い込んで、ぶっ叩かれると、
(この野郎。)
 振り返ったりするもんだから、単頭和尚、
「ほっほうこれは面白いもんが出来る、ようし。」
 てなもんで、めったらぶっ叩く。敵もさる者、いつのまにか無字になって来る、
(えいこんなんだめだ。)
 慌てて抛つ。まあ阿呆なことをやっていた。
 電車の道順や餞別と紹介状、雪溪老漢は万端手配する。
「行っていろ、あとでわし行くからな、こうなったらしょうがない、一切面倒見よう。」
 大心和尚がいった。次の独参堂頭老師に、しばらくひまをくれと挨拶した。

今生は毒を食らはば皿までのなんたるこれが求道といふぞ

風吹けば月にいさよふ孟宗の騒々しさも流転三界


   四、玉葱僧堂の末裔

 死んだって文句も云えぬ、戒厳令下の僧堂摂心を抜け出した。でかちゃんがのっこり歩いている、危うく交わして電車に乗った。荷物は大心和尚が纏めてくれるという、着流しの衣に絡子に頭陀袋、ひげは剃らぬまま、下駄履き、
(若し会いに行って本物でなかったらどうする。)
 これが最後だ。母と弟になんと云えばいい、
(もうどこへも行けぬ。)
 一夜まんじりともせずに、電車を乗り継ぐ。
 早朝浜松の駅に着いた、云われた通りに電話する、
「電話じゃわからんで、まず来てみなさい。」
 切り口上の、学者のような口調、
(学者じゃどうしようもねえ。)
 バスに揺られて三0分、茶畑の中を行く。山寺という愛称の通り、こじんまりした寺に山門ならぬ、冠木門があった。
 玄関に白衣着流しの、たくましいというか、どっか田舎じっさみたいな人が立つ、やけになって、いきなりぶっつけた。
「座禅はなんの為にするんですか。」
「もとこのとおりあったものが、いつのまにか自分でも知らぬまに、おかしくなってしまっている、それをもういっぺんきしっと元へ戻す。」
 問い終わらぬうちに答えが返る、壁のように八方虚空から、
「信じろと云われました、どうしても信じなけりゃいかんですか。」
「信じようが信じまいがもとこのとおりにある。」
 あっはっは信は不信の始まりというが、
「このままでいいっていう、それをどうして修行だのなんだのいう。」
「このままでさっぱりよくないといっている自分を忘れる。」
 こりゃとんでもないものがいた、まるでカフカだというからおかしい、
「わたしは長い間文学だの音楽だのいう、やくざなことをして、ゲーテはゲーテの世界ピカソはピカソの風景という、百人百様のその上そいつが破れほうけて、目茶苦茶というかどうもならんのですが。」
 しまいそのように聞くと、
「しばらくほっといたらいいです。」
 と云った。
「ほらこうあるこれっきゃないんです、とやこうのことは嵐や木枯らしのように納まるんです。」
 父に会えた、わしはそう思った、語の響きであったか、ほとんど話はちんぷんかんぷんだった。ともあれ長い遍歴終わる、出家前からの遍歴に違いぬ。
 参禅を許されて、門前にある阿弥陀堂へ入った。屋根が破れて月光が降る。
 雨をしのぐ部屋には、夜具一式と鍋釜茶碗に、五合の米と味噌醤油があった。ビニールに包んできしんと納まる。
(玉葱僧堂の先輩だ。)
 目頭が熱くなる。
 破竹の林があった、筍を取って三日食いつないだら、大心和尚が来た、我国最後の雲水という、さっそうたる行脚姿、
「どうだ。」
「うん。」
「なにいここへ来てまだ文句云うってんなら、そんなもんわしら知らねえぞ。」
「違う。」
 感極まってさと、和尚は老師に挨拶に行く、浜松龍泉寺井上義衍老師、にこにこ帰って来て、
「ここは手狭だ、下にもうちょっとましなとこあるから行こう。」
 と云った。

大海の浜の真砂の一握の正師に会へりこの我にして

月かげの階を拭へる阿弥陀堂破竹も夏の勢ひにして

 それは無住になった黄ばくの寺であった。この辺り土葬の風習があり、寺にはお骨のない空墓が建ち、別に土饅頭の塚所がある、つまりその守り寺であった。土饅頭が半分崩れて、ごん太いわらびが生える、大心和尚と二人、よくそれを取って食った。
 竈があり台所がある、ここもまたよく整頓されて、鍋釜茶碗類、二つの部屋には、夜具もあり蚊帳があった。
電気はなかった。
 掃除して、坐る所と部屋を決め、届いた荷物を片寄せて、
「では落ち着きのいっぱいやっか。」
「おれ酒買う。」
 わし肴買おうといって、じき下のなんでも屋へ行く。
蚊帳を張って、入り込んで月の明かりに一献。
 明くる朝はでん坐る、
「首つながったんだぜ、もう四の五の云ってるひまはねえんだ。」
 大心和尚、坐ったっきり動かない。
「飯の支度を。」
「いやわしする。」
 どっか掃除をたって、いいや任しとけ、一柱も三柱もあったもんではない、とにかく本人が坐ったきりじゃ、さぼるもわけにもいかん。
 からんころん下駄履いて、県道を独参に行く。
 型通りお拝するには、
「いいからもそっとこっちへ来なさい。」
 春風駘蕩と老師、茶所のいいお茶を煎れる、その急須と茶碗を示して、
「どっちが大きいです。」
 と聞く、どっち大きいたって、ー
 あるいは、
「どんな色してます。」
 と聞く、そりゃもうこげちゃ色で、二度三度するうち、色もなく大小なく。
 ふっとけだるいような、
「いやなに、ちょっとこれのありようを見させてやろうと思ってな。」
 後に老師は云った。
 中古の自転車を買った、それに乗って銭湯へ行く、駅まではまた遠かった。お粥には昆布といって、浜松の街まで買い出しに行って、帰りに映画を見た。
「飯田とう陰さんも映画好きでさ、小浜の映画館抜け出しちゃ行ってたって。」
 あれほれどうなってんかな、向こうがこっちんなっちゃってこう動いてんだ。
 てなわけには行かず。大顯とう陰大和尚、発心寺亡僧ふ吟にたしかあった。いろんな伝説が残っていた、一転語人に云われると、ああ烏が鳴くと云った。門前にむしろ掛けして住んでいた。朝っぱらから酒を飲んでいる、雲衲が註進に及んだ、飛び出して来た祖岳老師、一睨みでいすくんじまったなと。
 只管打坐を老師に伝えた人である。
 草むしりをしていると、
「はて。」
 という、なにをするかわからない感じ、井戸の水を汲む、汲み終わってから、
「あれ、水を汲んでいた。」
 と気がつく、清水のようなものが走る。老師に挙すと、
「むろん後の方がいい。」
 と云った。

劫来の漆桶底と我れは云う清風過ぎね夏いや茂み

先頼む椎いは揺れじ我れ揺れて雲いに似てや雲い流らへ

 摂心は隔月にある、山寺の摂心には魂消た、坐ったらだれも動かない、柱開もなけりゃ食事やお経あるまで、でん坐ったっきり。
 こっちはトイレ行くふりして、なにしろさぼる。大心和尚は始めての時、なにをこなくそうとて先輩達と同じに坐って、
「もうこうんなになっちまってさあ。」
 と、どうにもおかしくなった。大心和尚らしい。
 あるとき摂心に妄想が出て困る、よしこれをなんとかしてくれようとて、やればやるほどに妄想盛ん、三日四日真っ黒けになってやっていて、もうどうにでもなれ、お手上げ万歳したら、ぱあっとなんにもなくなる。
 なんにもないという、心意識が失せたんではない、それを取り扱うものが失せた、ぽっと出ぽっと消えると老師の云う、一つことになった。
 皆由無始貪嗔痴、取り払い取り去り生まれ変わり死に変りという、旧来の教えを免れること、これを証する。
「そうかい、でどうなんだ。」
 大心和尚に云われると、たしかに、
「どうなんだ。」
 と問い返す他なく。
「えいめんどうくさ、映画見に行こ。」
 と云って出かけて行く。
 老師提唱はさっぱり分からなかった、次に講台かちんとやるぜ、ほうれやったとか云ううち、なるほどと頷く。
「目を開いて相を見る、こりゃいいようなんだが、そうじゃない、自分がどういうものかと観察する、ではその自分如何という問題です、あるいはまったくの嘘なんです、相というたとい何相であっても、そんなものありっこないんでしょう。心は境に随い起こる、いいですか心といったって、もと自分のものなんかない、いえ自分のもの目に見えないんです、異論諸相としてこうある、世間そのものです、囚われている何かしらあるんです、いったんそれを去って下さい、心虚無境、境処無心を知って下さい。」
 たとい分かったってたいていなんにもならない。
 いろんな人がいますよという。電車に乗ろうとしてどうにも乗れなかった、向こうの動きが同じになっちゃうんです。酒を飲んでいるのを見てたら、こっちが徳利持ってこう飲んでる、自分はどこへ行ったってアッハッハ慌てて捜す人とか、ですから割合坐中には少ないんです、坐ったあとこう構えるのが外れるんです。
 人真似したってそれは駄目ですよと。
 臘八になった、何日めかにまた、
(おれがおれになった。)
 という不思議な。 
 薬石後在家がよったくって、老師を招いて坐談する。老師はいきなり、
「雪担さん、どうですそれでいいんでしょう。」
 と聞く、
「はあ。」
「でもちらと残っている気がする。」
 その通りであった。
 残るは修行が足りぬと、そうではないちらとも、
「ある気がする。」
 のだ。臘八総評に老師は、
「大心さんはいい線を行く、雪担さんはちらとも気がついた。」
 と云った。

雪月花来たる如しの如来かな洞然太虚これを得るべし

人みなの苦労もなしや底抜けぞ流転三界雪月花せむ

 大心和尚、東北は岩手の産、両親が相次いでなくなって、子供三人それぞれに引き取られて行った。
「心配すんな、高校ぐれえは出してやる。」
 というのを、答案を白紙で出して近くのお寺へ行った、頭を剃って貰った、どうしても死んだ両親に会いたいという、その思いであったと。
 奥の正法寺と云われる正法寺細川石屋老師の弟子になる。師は禅師の位を抛ったという剛直、
「おまえのような者をこそ待っておった。」
 と云った。坊や坊やと可愛がられた、またそれによく答えた、嗣法は血書し、遙拝また一千拝、如法に行なうあとに、ひまをくれと云った。
 どうしても求めたいことがある、行脚に出るという、
「ばかったれ。」
 あんなに怒った師を見たことはなかった、三日も室を出ずという。大心和尚諸方遍歴ののちに、浜松に至る。
「いやへんなのが、のこのこ歩いてるんだ、可哀想だ呼ばってやれつってな。」
 と、後に禅師になった板橋興宗老師がいった、それは玉葱僧堂の托鉢だった、
「先輩方理想だと思ったぜ、そりゃ今でもそう思う。」
 と大心和尚。参じ去り参じ来たって、十年になんなんとする、
「老師のもとをはなれたらいかん、無駄な時間が多かった。」
 ついに得ようとする。
 手縫いのふっさりとしたお袈裟を持つ、嗣法の印である。毎朝それを塔けて東へ、奥の正法寺へ遙拝する。
 高校中退の大心和尚と、大学裏表のわしと、なにしろわしは坐るに飽いて、
「いっぺえやっか。」
といっては議論を吹っかけた。ついぞ勝てた試しがなかった。
「おまえはしょうがないやつだ、別々に暮らそう、向こうへ行け。」
 という、仕方ないまた阿弥陀堂の住人になる。時として行ってみると、三日も坐ったまんまでいたりする。
 銭がなくなると二人托鉢に行った。

白河の関を越えたり今生の心は奥の正法の寺

しらたまの酒を酌みては月に酔ひ花に歌はむ正法の寺

   五、降り積もった雪が流れ落ちる

 禅師総持寺貫主になった板橋興宗師は、摂心のたんびに来てよく坐っていた。
「規矩なしをもって規矩とする。」
 という玉葱僧堂創始のお一人である。なんせ後輩が威張っているという、前代未聞の僧堂でー本当の行なわれる所はたいていそうである、先輩はたとい知ったかぶりなどしない、若いのがいいようにあげつらうのを、
「うん見込みある。」
と云って聞いている。懐の深い人であった、
「おまえら、宗門はどうの禅師はどうの云ってるがな、そんなら宗会議員ぐらいなってみたらどうだ。」
と云って、とうとう禅師になった。道を専一といういいことしいとは違う。
 雪溪老師は同じお一人で、大悟した時に老師を逆さに吊るしたという、本当ですかと聞いたら、
「うんやってやったい。」
 と云った。
「何度でも同じところへ行く、老師はいいいいとだけ云ってらちあかん、こんちくしょうめって思って、ある時摂心に無茶苦茶に坐った、そうしたら飯台に、手に持ったお椀の中にころっと入っている。」
 たいていおとなしい人だのに、そういえば発心寺を継ぐ時は、尋常の人のはるかに及ばぬ、我慢というか、大力量を発揮した。
 青野敬宗師は臨済にその人ありと知られ、老師の辺を伝え聞いて、
「どこの狐か狸かひねり潰してやる。」
 といってやって来た。いきなり問答連発をもってぶっつけた。老師はにっこり聞いていて、しまい、
「そういうおまえさんはどうだ。」
 と云った。さすがに他の凡百とは違う、深く感じ入って参ずる。半年余り、
「これしき悟らでなるか。」
 といって、竹藪に古井戸がある、飲まず食わずその上に坐って、悟れずば死のうという、ついに悟った。
「涙ながらに話したことがあるの。」
 と、山寺のおばあちゃんが云った。敬宗師には小指がない、大阪の問屋であった。倒産して一家離散、母は苦界に落ちたという。預けられた家を抜け出して会いに行った、一足違いで死んでいた。引き返し出家させてくれと云った。
「そんなことは云うな、必ずいいようにしてやるから。」
 というのを、十六の年であったか、小指を切って差し出した。ついに頭を剃ったという。 何人もの、
「わしはなんというぐうたらか。」
 と思う他ない話があった。
 雪溪老漢は、悟りを得て帰って行って、縦警策を食らって、すんでに死ぬところであった。
 大雲祖岳老師といい、ほんとうのことがわからない。せっかくの悟を私する。沢木興道老師は、仏教のぶの字も知らぬ、ほんとうのことより、商売とまあ、それらしいふりに終始する宗門に、利用された。

今生を出家してなほ悟らじや死なむとぞ思ふこは空井戸の

破竹かな底なし井戸に茂みあへ無無明亦無無明尽

 老師は寺の次男坊であった。立職して帰って来たら父親が云った。
「蚯蚓切って両断と為す、仏性奈辺に在り也。」
 みみずを切って二つにした、どっちに仏性があるというのだ、さあわからなくなった、馬鹿といおうか、二十六の年までまっしぐら、
「事として解からんこたなかったです、名古屋の覚王山に安居してたですか、師家がなんでやって来ぬというから、行ってなんでもかんでも解いて見せた。師家はあてんならずといって、何人か語らって山で坐っておった。」 という、たしかに風動幔動の則、旗は動かずこっちがこう揺れている、だがそれを観察するものがいる、
「あれはいつだったか、未だに思い起こせんのですがね。」
 と云った。当時流行りのレビューが来た、みんなで見に行こうという、あんまり行きたくはなかったが、ついて行った。レビューを見ているうちに忘我。
「あれは不思議なもんですよ、なんにもないのに物みなこうある。」
 これのうして今日のわしはありえなかったと。
 だが鑑覚の病という、悟ったというそれを持ってしまった。もう一度大苦労せにゃいかん。天下取ったという恐いものなし、当るを幸いのし歩いて、師家の三人も気違いにしたなと。    
 法話の席に飯田とう陰老師の前座を勤める、「なにこっちゃとう陰さん何するものぞってな、前座長くなって、汽車の時間あるで、とう陰さん帰っちまう。」
 公案をいっぺんに使うなというぐらいで、とう陰さんも手が付けられなかった。ようやくに気がついて参ずる。夜討ち朝駆けであったらしい、
「とう陰さんはなんたって、官員さんの奥さんだろうがぶん殴る、病気で寝ているの起きて来てぶん殴る、わしは殴られたって平気なもんじゃから、むきになってなアッハッハ。」 と云う、ずいぶん長い間かかった、ここに坐っておってな、目白の一筆啓上の声に本来を知ると。
 飯田とう陰老師、東大医学部インターンの時に、明治の始めか、コレラの大流行であった、目の前に人がばたばたと死んで行く、
「医学の他に人を救うものはないか。」
 といって、禅門を叩く、
「いやあの人は坐中にやったです、卻って珍しい。」
 老師は云った、痛烈にぶち抜いて、イギリスの哲学者スペンサーを説得に行こうと思った、だが待てよといって諸方参じ歩くうちに、南天棒という臨済の大物に出会った。
「無と云わずになんて云う。」
 というのにひっかっかって、由来十八年南天棒に師事する。あるとき会下の高足と話すのを、心ならずも漏れ聞いた。
「飯田居士ももうずいぶん長い、そろそろ許してやったらどうか。」
「うんそうしようか。」
と云うのだ。
「自分で自分が許されぬものを、なんで他人が。」
 とう陰老師憤然として袂を分かつ。
 独力で只管打坐を復活させる、この人のうては今日に伝わらなかった。

清々や嘘八百のふんどしを脱ぎ捨てたりゃあ恐いものなし

死んで死んで死に切って思ひのままにするわざぞよき

 老師に日泰寺覚王山僧堂師家の話があった、副貫主猊下の親族を説得した故にという、
「そりゃ称号ばかりの。」
 と大心和尚苦労人の、心配した通り名だけのものだったが、老師は、
「報恩底じゃ。」
 という、悟りを得た因縁の、乗り込んだ。大心和尚とあとから量基和尚、もう一人とわし、雪溪老師が堂監で入った。向こうには師家がいて準役がいる、愛知学院大の坊主下宿のようなことをやっていて、動かない。
 どうにもなるものではなかった。一年で瓦解した。わしのこった、派手に喧嘩して副貫主猊下が駆けつけたり、挙げ句の果て自分から追ん出て、小出暁光さんという先輩の、これがまたどえらい世話になった。
 縁あって越後に寺を持った。
 南蒲原郡栄町東山寺という、今のお寺である。
「えいどっか大寺持って、老師招いて僧堂開こう。」
 というわけが。到底そんなわけには行かず。
 住職三年火の車、三年たって老師の会下に参じた。
 離れているとたいていろくでもないことになる。いつだって一から始めるこったが、五月田植え時分に、寺へ老師を招いて摂心を開き、十二月臘八はこっちから出かけて行く。
 ずっとそのように続いた。
 ちらとも悟った時に、促されて仏教タイムズに記事を書いて、えらく評判になった、記者が付く。
 老師に問うたことがあった、
「朝四本足、昼二本足、夕三本足なーんだっていうんです、答えられぬとぱくっと食っちまう、スフィンクス=謎という怪物です、ヨーロッパの精神というか心の要です、それは人間だという、解いてしまってはならぬ、約束事です。」
 モーツアルトを追求していて、しまいスフィンクスに出会う、それは恐ろしいことであった、三日三晩を立ち尽くす。
「それはなんの問題にも答えたことにならない。」
 オイディープスもヨーロッパも知らぬ老師が、言下に答えた。
 目から鱗の落ちる思いであった、記事にして書くと、
「だれに見せてもちんぷんかんぷん。」
 さっぱりだと云う、そうかと云って決別した。
 日泰寺僧堂は金ピカ仏壇のような、豪勢な建物だった、そこで御祈祷大般若を繰る、あるいはバイオリンの稽古に賃貸しする、
「つまらねえ。」
 といったら、バイオリンの師がかんかんに怒った。
 日泰寺タイと日本の仏教交流のしるしに建てた寺である、八宗兼学の僧堂は曹洞宗が持つ。

無惨やなスフィンクスに食らはれて何の形姿かおんぼろかかり

隻腕を切って差し出す自在底空の空なるこれやこれなん

 ちらとも疑問が湧く、只管の俎板に乗せる、わしは疲れ腰というか、妄想の果てるまで命がけ。二年の間やっていた、しこたまあった思想という、妄想疑念は悉く退治した。
「そんなことしなくっても。」
 と老師が云った。
 ついには押しても引いてもなんにも出なくなった。
 いっぺんはそうする必要があった。
 通身挙げて抛ってしまえばけり。
 たんびに悟ることは悟る、大悟十八小悟その数を知らずなどいう、ちゃんちゃらおかしいとほどに。
 ひたと物音と共に通身消えたり、風に木の葉は揺れずこっち揺れ動いていたり、電車が停まるのに引き摺られて行ったり、おかしいのは大地とセックスして精液は出なかったなぞ、まあたいていのことは仕出化した。
 なぜ行かぬ、どっかで満足しないのだ。
 モーツアルトか、そうかも知れぬ。
 たしかに一番やっかいな代物だった。
 あるとき五月の摂心に、さつきが雪のように咲いて、内外掃き清め、老師がやって来た。「このごろは見るもの聞くもの、清々ともなんともたとえようがなくー 」
 と云いも終わらず、
「それはまだ清らかに見ようというものが残っている。」
 と老師。
 はっと気がついた。
(わしはまだ出家しとらん。)
 自然を清らかに見ようという、ぶよぶよ虫の卵のモーツアルトを回復しようという、
「ちええ文学青年のやるこった。」
 流転三界中、恩愛不能断、棄恩入無為、真実報恩者。
 剃髪の偈を知らぬ。
 ものみな急に遠のく、淋しいというか無意味に行く。
 しゃばとの決別に似て。
 その年の臘八であった。坐中どうっと風が吹いて身心、ものみな持ち去る。
 気がつくと涙溢れ。
 あい整のうというのか。
「とうとうやったです。」
 老師に挙すと、
「ようし。」
 と云って、拝する背中をなでる。
「とうとう自殺しちまったやつがいる。」
 というのが老師の評だった。
 光前絶後の事、玉露宙に浮く。
 あたかも降った雪が暖気に溶けて、大屋根を馳せ下る。
「うわあ。」
 という、いっしょに流れ下る、
「清々ともなんともたとえようがなく。」
 云うことは同じ、内容は月とすっぽん。
 翌年五月の摂心に、経行といって歩く坐禅がある、さし向かう相手が自分になっている、
「へえ。」
 と云ったのを覚えている。

正念相続一回きりのあっぷらけ十二単衣もただふれかかる

これはこれ至心帰依の忘我底昨日の我れは今日の我れに非ず

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うんすいにっき上

雲 水 日 記    

   一、大光照山師に就いて

 出家した、たいてい坊主のことは二日で覚え。衣のたたみ方お袈裟坐具の扱い、法堂所作、お経の読み方など、いっぺんで覚えぬと、
「弘道さん、どういうことです。」
 と叱責される。弘道という名が付いた。
 三日めから摂心だった、七日間、退屈で足が痛む、たまに目のあたりちかちかして終わった。どうなるものでもない、あわよくばたって、何をどうしようという気もない。摂心が終わると断食だった。
「そのひよわな体を修行に耐えるものにする、併せてしゃばっ気を抜く。」
 と師は云った。
 三日めにまっしろい宿便が出た。内仏にはりんごがあるまんま。どうってことはない、けだるうなって七日が過ぎ、裏ごしの重湯を小カップに飲んだ。石のように思うそいつをそしゃくした後がたいへんだった、たたみ表でもなんでも食いたくなる。固形物を食ったら死ぬという。五日かけて普通食にする。師は春秋お一人で断食をするという、舌を巻いた。
 断食中血管が浮き上がる、赤ん坊のように清々として、ものみな明澄に、
「古来断食にて悟るもの多し。」
 と師は云った。こっちは悟りなんていうものではなく。
 たしかに狙い通り、見違えるほどに肥った、なんせ食った、笹団子をいっぺんに十六も食った。爪が痩せて急激に盛り上がる。
 玄米食に一汁一菜、魚っけなし。
 そうして托鉢に出た。上げ手巾といって、紐を二本巻いて衣と着物をたくしあげる、手甲脚半を付けて、饅頭傘を被る、良寛さんのむかしと変わらず。行鉢を下げ鉢の子応量器を手に持つ。
 心経を唱え、一村一戸余さず回る、上がりがあると、
「財法二施、功徳無量、檀波羅蜜、具足円満、乃至法界、平等利益。」
 と云う。お金は応量器に受け、お米は行鉢頭陀袋に受ける。ぶうらん下がって睾丸の辺りに触れる。
 師はさっそうたるもの、一村また一村競うように布施する、当時はあった一00円札の乱舞、
「おまえさまだけが頼りじゃ、なじょうもよろしくな。」
 といって、伏し拝む老婆、あれは浮き名を流した女とか他幾多。
 このまあすれっからしの世に、行ずるあれば信ずるありと、だがこっちは、饅頭笠、雲水笠がもっと深ければと、小っ恥ずかしいだやら、様にもならず。
 杉の林を抜けて、花の咲き乱れる村があった。
 修行なんぞいい、飯だけは食えてこんなところに一生をと、どうしておれはと、どっと草臥れて思う。

破れほうけ物狂ほしきけだもののおのれ臥やさむ花の辺りに

国もはや家も破れて墨染めの袖ひるがへし花の香に満つ

 得度式はみじめであった、弟がいた、費用は母親が持った、一人きりになる母親を弟に押しつけて、好き勝手ばかりしていた兄の、世間放棄、
「流転三界中、恩愛不能断、棄恩入無為、真実報恩者。」
 剃髪の偈の、万分の一の意をも知らず、
(好き勝手の延長を許し難い。)
 という、おのれのむじなのような、写真の面を忘れぬ。母子三人の記念撮影、
「なんだこりゃ。」
 墨染めに袖を通して弟は呆れた、着物二つはたっぷりある。
 戒を授かる、帰依仏法僧、三聚浄戒、十重禁戒は第一不殺生戒、第二不偸盗戒、第三不邪淫戒等他は一先ず、殺すなかれという、では一瞬も生きられぬが、
「汝よく保つや否や。」
 と云われ、返事ができぬ、
「よく保つ。」
 と云い出て式終わる。
 早朝四時に鐘をつく、
「観世音南無仏、与仏有因、与仏有縁、仏法僧縁、常楽我浄、朝念観世音、暮念観世音、念念従信起、念念不離心。」
 という十句観音経を唱える。五時暁天坐、六時朝課、なむからたんのと、おれがお経を読むかと思えば、吹き出す。
 粥坐朝食。夕は晩課あり日々繰り返す。作務衣というもんぺと筒袖を着て、内外の掃除草をむしる、またよく使いにやらされた。
 人が来る信者が来る、それらしい言い種、ありがたいというのであろうか、いいことしいが猫を被るよりなく、
(なんでこのようにーこれが仏法僧宝。)
 ではおれは異物だ。
 うすかわ饅頭のようにふいに食み出す。
 生活は楽しくなくもなかった、早朝に起きて単調なその繰り返し、どうしようもない都会暮らしが、完全にストップする。
「なにごとも如法にしていればいいのです。」
 というのが師の口癖だった。

日は上り月は廻らへ檻の中きつね狸が狂ひ廻らへ

日は上り月は廻らへ檻の中物を食らへば底なしの天

 不立文字、直指人身見性成仏。
「まずもって見性せねば。」
 と師は云う。見性とはなんだ、深題深題して行って、心意識の途切れる、
「本地風光という。」
 他に帰りつく所はない。
 そうであろうか、そういうことならかつてあった、
(破れほうけが、帰ろうたって不可。)
 藁をも掴む思いで仏教という、出家はしたが。
 ともあれ、
(あわよくば。)
 とて坐るには坐る。
 月初めに摂心がある、止静という四0分坐って柱開という二0分休みを、暁天四時から開枕という就寝九時まで繰り返す。七日間。粥坐朝課斎坐という昼飯、薬石はあまりものを雑炊にする、食事のあとは休憩がある。晩課は省く。足が痛いだけの、慣れるにはどうやら慣れつく。
「どうせ秋には安居する、どういうものか見学して来なさい。」
 師は云った。福井県小浜市発心寺僧堂の摂心に行く。
発心寺大雲祖岳老師の、師は八名ある印下底嗣法のお弟子であった。
 見性当時の写真がある、光溢れんばかりの威風、
「これは。」
 と目を見張る。
 今はどうかという、痩せられて。
 饅頭笠を抱え、托鉢行脚の姿に長い列車の旅だった。そいつは弁当を食うさへ、しゃちほこばって。
 霊松山発心寺という、名にしおう見事な松であった。
 初の僧堂摂心は参った。足は痛むどうもならん、どうかして逃げ出してくれようと、三日めから楽になる。
 僧堂飯台は、寄進があって大ご馳走が出る。楽になったらにむさぼり食う、
「ろくすっぽ坐らんと、いい年こいてごっつぉばっかり食いよる。」
 単頭和尚口宣は痛烈。
 見性と云い大悟徹底という、二通りあるように聞こえ、良寛和尚は見性なんてじゃない、(良寛さんは。)
 と真似るにつけどっ白け。大雲祖岳老師は既に遷化して桂巌雪水老師が跡を継ぐ。蟹のように横幅のある、品があり優しい音声。
 提唱を聞いて、
(あれは批評だ。)
 批評ならお手のものと、それがちんぷんかんぷん、
(仏教というのもあるものか。)
 とて、帰りの列車に、因果無人という語を思う、
「人のとやこうがいらんというのか。」
 ひょっとそれなら救いがある。
 と見こうみする人の面が、とつぜんのっぺらぼう。

人はみな貪り食らひものまねの因果応報のっぺらぼうぞ

これやこれ貪り食らひものまねや因果応報蛸の八足

 寺の暮らしも馴れつく。次第放逸に行く、旧に復するが如く。がきどもといっしょに川へ下りて、魚を取ったり、朝の鐘つきが億劫になる。
 桂巌雪水老師、於いて巻の千仏寺に接化、手伝いに行く。
 摂心あり法話終わって、般若湯を召し上がって、揮毫する。
「うん、わしは何をしていたんかな。」
 と云う、取り巻きの尼僧ども、すわ禅問答としゃちほこばるのを、
「いや、近頃こういうことがあって困る。」
 といった。
「それはどういうことですか。」
 問うのへ、
「新到は無字をやっていればいいんだ。」
 と云った。もしや今の世、
(人の生面剥がれて、たとい見性底も役には立たぬ。)
 など、深く疑うところがある。
「堂頭さんは弥勒さんのようにな。」
 写真を見て師は云った。脇に写るわしを見ては顔を顰める。
 お盆の手伝いに発心寺へ行った、やけに暑いばっかりのいいことなし。
 本を見せられる、南天棒百話、沢木興道自伝、乞食桃水の三冊。南天棒は乃木将軍の師であったという、臨済の大物であった。痛烈にぶち抜くというか、
「こいつはまあどえらい。」
 舌を巻くには、なんの印象も残らぬ。沢木興道という人は、いい人である、出家する必要はない。乞食桃水、弟子志願者に、乞食の吐いた物を食えと云った、食えなかった、するとそやつを平らげて去るとある。
 生涯忘れえぬ記事であった。
「仏の太い綱に引っ張られねば、いったいどうして見性できよう。」
 師は云った。
 信ずるという、どういうものかわしの辞書にはなく。
 信ずるという大難関。
 夕方使いから帰って来ると、きざはしの辺に師が坐す。
「あなたのようなご立派な人には、師たるは叶わぬ、出て行くがいい。」
 と云った。
「他の師を捜せ。」
 と云う、三拝して首つなげというか、
(てやんでえ箱庭めえ。)
「他に師があろうとは思いませんが、それでは。」
 と云って、飛び出した。上げ手巾して托鉢行脚の格好に、行鉢には風呂敷包みや下着を入れ、草鞋を履いて出る。
 既に秋の気配の、西は真っ赤な夕雲。
 はあてどこへ行くあてもなし。

吐き戻す物さへ食らふ桃水の太き絆のありとし聞こゆ

吐き戻す物を食らはむ桃水が四智円明のこれは満月

 なにしろ一晩をとて、濁沢の庵主さまのもとへ転がり込む、
「なにかあったね。」
 見破られた、いきさつを聞いて、
「あっはっはそりゃ修行になるわ。」
 とて泊めてくれた、翌朝門前に托鉢して五00円貰って出発。ねはん金というのが六000円あった、行き倒れになった時の葬式代。
 国道は車ばっかりの、かんかん照り、長岡まで電車に乗った。
 むちゃくちゃの旅だった。冷たいものを飲もうと思って、喫茶店へ入る、
「うちは間に合ってますが。」
「違う客だ。」
 のっそり。
 村道を行くと、川で遊んでいたがきどもが、
「かっこいい。」
 という、テレビと間違えてやがる。
 山古志のトンネルを抜けて、日が暮れた。泊めて貰おうと、訪ねる先々、
「今うちには病人がいまして。」
 という、へえ病人の多い村だなと、ぽっかり十五夜の月が出た。こうなったら夜っぴで歩こうとて、歌なぞ歌いながら行くと、自転車が来る、
「おすさん泊まるとこねえのか、だったらうちへ来い。」
 と云った。地獄に仏はこっちなが、ありがたいついて行った。
 蚕を飼う家だった。二階も下もいちめん蚕のお棚。ご馳走が出る、まず風呂へ入れという、かあちゃん素っ裸で出て来る、じいさばあさいる、なんとも嬉しいもてなしであった。
 夜は赤ん坊加えて川の字になって寝る。
 涙の出るほどに思うのに、それを表わせぬ、自閉症だ、(これをどうにかせねば。)
 とて、お経を上げて辞す。
 谷川で裸洗濯をした。
 小出の弟の所へころがりこんだ、またもやぐうたら兄貴の面倒を見る。
 バスに乗った、隣合わせのかあちゃんが、
「おらあほういい村だで、托鉢して行け。」
 と云った。
 杉林の一村に托鉢すると、お米ばっかり五合一升と、そりゃ百姓のお金であろうが、動き取れずなって立ち往生。
 その米出して、清水峠の宿に泊まった。清水峠越えは唯一楽しかった、せせらぎとかんらん石の巨大な一枚岩。高山植物が咲く。
(なんでこんなことしている。)
 たって身から出た錆。
 野宿もした、蚊が食う、夜明けは寒い、たいてい一睡もできぬ。
 お寺なんか泊まってやるもんかと思う。たとい飛び出したって、師は葬式稼業とは違う。
 山路を行ったら、一日歩いて元へ戻って来たり。
 八王子の友人のもとへ行き着く。新婚早々のをとっつかまえて、
「どうだ、おまえも出家しろ。」
 と云った。
 甲州街道を辿って発心寺へと、一夜して引き返す。
(こんなことしてもなんにもならん。)
 体力の限界だった。

山を深み僧形にしてまどろはめ清水峠の巌を碧き

僧形のひとへ衣に問はなむにふたへ美しき巻機乙女

   二、発心寺僧堂安居  

 巻の千仏寺から発心寺へ安居した。袈裟行履に後付けして、胴鉢に応量器を包んで縛りする、いかい世話になった。尼僧のそれとは違うのか、どっか珍妙な格好だった。
 庫院前に板を叩く、
「免掛塔宜しゆう。」
 と云って、叉手して立つ。むかしは三日あるいは七日も立ちん棒だった。頃合いに接客和尚出る、
「なにしに来た。」
「仏道修行に参りました。」
「仏道ってなんだ。」
「仏とは何かという、およそ人たるものの取るべき道だと思いますが。」
「ふうん、うちじゃそういうだいそれたことはしとらんで、帰れ。」 何云ったってらちあかん、どんな問答だったか忘れた、急に目眩がする、吐きそうになって倒れ込んだ。旅の疲れが出たらしい、そのまま上げられて、旦過寮へ入った。
 袈裟行履を解いて、龍天さんという軸を掛け、七日の間坐りっ放す。飯だけは運んで来る。一食忘れられた。だれか障子の穴から覗く。三日過ぎて法堂に出る、朝夕のお経をいっしょに上げる。
 とにかく仲間入り。たとい命失うともという誓紙に血判、
「いくらいくら下さい。」
 という、諸方挨拶、
「ない。」
 ねはん金まで使っちまった。では仕方がないとて案内する、三拝して回る。
 僧堂に寝る、かんきという押し入れがあって、そこへ蒲団を押し込む、その上が応量器と経本を置く棚。畳一畳。単に面壁して、くるっと回る上がりかまちが飯台だった、だからそれを踏まぬように坐す。
 千年以前からまったく変わらぬ、一挙手一投足。
 柱側の足から入って、一礼して右回りに自分の位につく、聖僧という本尊さまを過らない。裏口があった。
 土間を拭いて顔が写るまでに磨く。
 じきに摂心であった。
 秋は九月からを、夏は四月からを制中と云う。
 掃き掃除をした。雲衲は六、七人。新到は鐘司であった、大梵鐘をつく。朝六時、十一時、夕六時、九時。
摂心になった。四時振鈴、
「新しい人総参。」
 と云って、維那に率いられて、堂頭老師の室に入る。僧はわし一人、在家が何人かいた。
「とにかく坐ってみる、なにしろ坐ってみることじゃ、ただ坐る、只管打坐と云うな。次には吐く息吸う息、呼吸に合わせて坐る、随息観じゃ。あるいは一つ二つ十まで数えてまた一つ二つと繰り返す、数息観じゃ。」
 堂頭老師は示す。
「まあこれを幼稚園小学校じゃな、それを卒業すると、いよいよ無字の公案じゃ、中学校という所じゃ、その上の高校大学とあるが、どうじゃ一つおれは中学校からという者はおらんか。」
 と云った。だれもいずわしだけが、
「はい。」
 と云う、そういうことになっていた。一人残って無字の公案を授かる。
「心機丹田、臍下丹田とも云うな、へそ下のこのあたりに無の字を置く、無はむでもムでもよいぞ、そうしてそれを見つめ見つめして行く。」
 なんでそんなことをといって、やるよりなく。

お荷物はひょうたんなまずの問答の水は澄めるか濁りも行くか

魚行いて魚の如くに君見ずやひょうたんなまずを宝鏡三味

 へそ下にムの字を置く、案ずるより生むがやすしで、ムの字赤くなったり青くなったりやっていると、盛んに妄想が出る、風景や人の顔やネオンサインや、そのうちピカソばりの抽象絵画の千変万化、これもし写し取るカメラあれば一財産という。
 雲衲は柱開なし、食事用便の他は坐りっぱなし、
(はておれは何をやってんのかな。)
 あそうだ、出家してこうして坐ってるんだっけ、とか云う他なくて終わる。
「今回も残念ながら見性者はでなかったが、善根山上一微塵も積む、他日異日必ずや。」
 堂頭老師の垂語を聞き、紅白の餅を貰って食う、急に意識が奪われる、
(気違いになる。)
 必死になって繋ぎ止める。
 見性のこれがそうだとすると、止めた方がいい。
 雲衲はでかちゃんこと角力崩れの広道士。満祐という若い盗癖のある。良念というやくざっぽいの。義道士は駒沢大学を出て、本山へ行かずに来た、これはまじめな。また雪元という六十老雲水の(みな仮名)、わしを入れてたったの六名。
(なんだこりゃ化物屋敷か。)
 という程にさびれていた。維那雪溪老漢は、今の発心寺堂頭老師である。
 わしは僧堂の弟子になり、雪水老師の雪の一字を戴いて雪担という。
「せきたんさん肥担ぎ。」
 真っ黒い面だもんで維那和尚が云う、半端エリートには肥担ぎがいいんだそうだ。天秤棒担いでゆっさりゆっさ、弾みがついて跳ね飛ぶ、ぴっしゃり面へついても平気なもんだから、
「ひやー。」
 と云って維那逃げる。菜園があって菜っ葉など作っていた。
 自給自足が建て前で、燃料は山の木を伐って薪にする。
 月の十五日と二十八日が托鉢であった。行事綿密といって本山のような煩瑣はなく、道を専一の作務暁天坐黄昏坐日課、単調な繰り返し。
 四と九のつく日を四九日といって、剃髪し開浴といって風呂がある、身の回りのことをする。
「雪担さん飲み行こう。」
 良念和尚が云った、
「わしおごる。」
 そんなら行こうかと云って、ついて行く。コップ酒飲んでラーメン一杯食って帰って来たら、典座に呼び出しを食らった。
 お宅の雲水さんどこそこで飲んでまっせという、電話があったそうの。
「謹んで下さい。」
 ちええなんてえこった。頭へ来た、そのあと良念さんが行こうというと、ついて行く。

搬柴に石を担ふていそしまむ破れ衣を元の木阿弥

搬柴に石を担ふて雲水や破れ衣も今日は洗濯

 秋には遠鉢がある、一年分のお米を托鉢する、頭陀袋行鉢という首からさげる袋に一杯になると、胴鉢という、二斗は入る細長い袋に入れる、こいつを二本背負わないと一丁前ではないという、良念和尚二本担ぐ、角力くずれのでかちゃん、からっきし意気地なしの、一本きり、わしやってみたら腰砕け。リヤカーが来てそれに積む。「発心寺僧堂秋托鉢。」
 と声張り上げる、人前に満祐和尚いきなり大声を上げる、
「もっと大きい声で。」
 と維那に云われ、拍子抜けして大笑い。富裕という柿の王様がある、一つ貰って食べた。晴れているときはいい、しぐれにやられる、寒さ雨の草臥れるし、死ぬ思い。遠鉢は三回あった、施主家へ泊まったりする。
 十一月の摂心は、無の字同じく妄想の、変り映えせず。
 晩秋しぐれ続き。大梵鐘もなかなか。行き返り吊るし柿取って食ったりしていたが、腹下しする、我慢し切れず一声と一声の間に、垂れっぱなす。
 暁天坐朝課終わって粥坐と引き継ぐ、あいにく作務は鐘楼回りの草むしり。弱ったと思ったら雪元老雲水、きれに片づけていた。
 臘八になる、十二月一日から釈尊成道の八日未明にかけて行なわれる摂心である、宗門最大の行事と云われる。雪元老人と二人、前夜経蔵裏に七輪かんてきに火を起こし、とん汁をこさえて食う。
「冷えるでなあ、栄養つけなきゃ。」
 とほんに冷えさびる。臘八は三時振鈴といったって、雲衲は不眠不休、寝ているひまはない、雪が降って来た。
「峨山禅師ある年の臘八に、成ずるになんなんとする者十士を選び、目の前に穴を穿ち、首尾よう成ぜずんば、生きていたってせんもない、生き埋めじゃと云った。これを峨山紹碩活埋境と云う。十士中九人までは行った。中の一人がどうにも行かぬ、とうとう生き埋めになった。砂を掛けられるに及んで悟ったと云う。幸い天候も暑つからず寒からず、へたをすれば風邪を引く。」
 不惜身命じゃと堂頭老師垂語。暑からず暑からずと雪元老人。
 体を外気に合わせる、冬眠の熊のように眠くなる。予感があった。
(まあ中三日ごろぶち抜こう。)
 ぼちぼちという、それが初日にやって来る。どうにもなるもんではない、卵を孵すようにという、胸のあたり膨れ上がるような、黄昏坐独参に堂頭老師、
「しっかりやれ。」
 口血盆に似たりというのか、ライオンみたいな顔、
「するてえとわしもあんな顔。」
 思うとからに気が抜ける。不思議な感じがした、
(おれがおれになった。)
 という、見性だってこれが、まさか。九時開枕、雲衲は坐布を持って裏の墓場へ行く。
「夜はまだ早いんです、朗報を期待しておりますぞ。」
 と、単頭老師。
 雪の降り頻る墓場にしばらくやっていた、いっやになった、
(こんなもんが見性てんなら、泥たんぼうの眠りの方がいい。)
 引き揚げて、かねて用意の蒲団を敷いた隠れ所に潜り込んで、寝入ってしまった。

死ねばよしもがり吹雪にみをつくし泥たんぼうの眠り恋ほしき

信濃川芦辺に宿る白鳥のおのれすがたに雪降りまがふ
  
 翌朝そろっとやるかとて、それがパンクした風船のように力入らぬ、はてどうしたこったといううち、
「なんということをしたのです、くう、あそこまで行くきながら、百日の説法屁一つ。」
単頭和尚嘆く、
(そうさ、おれはいつだって、女口説く時にさへ。)
なんとも情けなくなるにつけ、坐にもならぬ。
「罰だ、雪担さん池へ飛び込んで来なさい。」
 仕方ない、氷を断ち割って池へ飛び込む、
「ぐわあ。」
 通身ぶった切られるような、命あっての、のこのこ這い出した。あとで聞けば、単頭原田潭玄老師、ご自身も臘八に行くには行かず、池へ飛び込んでついに脱したという。ともあれあとをぽっかり暖かい。
 へえこやつはとて、いまいっぺん飛び込んだり。
 あとはろくでもないことになった、破れ障子のように、無字の公案ムの字写らない。生まれ変り死に変りだ、惟識阿羅耶識だの、発心寺流仏教というか、到底信ずる能わず、なにがなし信ずればふうっと身を建て直す。
(家畜人ヤプーの麟太郎。)
 見性という付け焼き刃、お笑いだと云うには、背中ぎりぎり痛む、目はやすりを掛けたよう、でもって臘八中やっていた。お手上げ万歳するとふうっと来る、無字だというてこりっこりの、慌てて止める。予定表はもういやだ。
 人間なかなか死なぬ、妄想も死なぬ、臘八終わって開浴び風呂へ入ったら、生涯あんなに気持ちのいいものはなかった。
 わしのようなを、
「めっこがんた。」
 と云った。飯を炊く時に、途中で火を引くと、なんとしても煮えぬ、めっこめしだ。めっこがんたの十二月は、ことのほか寒かった。
 冬至の日を、冬夜といって雲衲無礼講である、典座から軍資金が出て、食いたい放題の料理を作る、飲めや歌えや一晩中。でかんしょ節の、
「堂頭雲水の成れの果て。」
 とやって、ぎろり睨まれる。二十七日は餅つき、二時起きして火を炊く。寿餅という、のし袋をこさえて師匠の、法臘延長を願う。三十一日は大布薩。
 鐘司は除夜の鐘一0八声をつく、二時間近くかかる、酔っ払いが来て、
「檀家だつかせろ。」
 という、無事円了をごちゃごちゃ。微睡んだら起こされて、祈祷大般若。

首くくる縄に引き摺る年の瀬やなんじょう寒さ身にしみわたる

首くくる縄だになしや大年のしの降る雪を涼しかりける

 三元日は年始客の応対。位牌堂にお鏡が上がる、飯台はなし、各自勝手にそれを料理して食う。お盆にはそうめんが上がって、毎日そうめんだった。
 六日から寒行托鉢、節分までの寒三十日。
 素草鞋履いて雪を踏んで行く、足は一町も行けば馴れつく、なたでぶっ切るように痛むのは手だ。応量器鉢の子はお釈迦さまの頭蓋を象るという、地に落としたら即刻下山、
「そういう時は見て見ぬふりするんです。」
 三つ指もて支える、唾して凍みつかせて行く。
 一列に並び、
「ほう。」
 と呼ばわりながら、小浜市内をねり歩く。ほうというのは、鉢の子をはつ~ほうと云う、仏法のほうという二説がある。
「これはまあ見せる為の修行じゃが、古来ほうの一声に悟入する者多し、心してかかれ。」 と云われて、めっこがんたもその気になる。「ほう。」
 と日んがな油断なく、それをどうなるといっては観察する、声ばかりは七通八達して、
「雪担さんいい声。」
 と満祐和尚が云う。遊郭あり京都の台所と云われる市場あり、海沿いに行き、一日晴れると次は曇り、雪降り吹雪になって、またぽっかり晴れる。
 小浜の人は、毎日かかさず喜捨する数多く、
「おう発心寺がんばれよう。」
 と声がかかったりする。
「あっちの方が行だ。」
 雲衲が云ったり、泣いてる子は、
「発心寺に入れちゃうぞ。」
 と云えば黙っちまうとか。 
 寒行托鉢にはお施餓鬼がある、施主家が雲衲を丸抱えに招ぶ、たいへんなご馳走だ。みな平らげるのが礼儀の、
「馬の食うほど出したのに。」
「比丘の食うほど出さなかったからだ。」
 というほどに、おひつを空っぽにする。一年分の食い溜めだという。始めはよかったが、次第億劫になる。素草鞋脱いで上がって、酒はほんの一口出たか、冷えきった体は、うでだこのように膨れ上がる、たらふく食って暖まって、そうしてまた托鉢の形。 
「今日は勘弁してくれ。」
「駄目です。」
 こっちの方が修行だったり。
 十一時大梵鐘に遅れると、堂頭老師が鐘をつく、雪の辺に響みわたる。

かへりみる心もあらでほうの声響みわたらへ若狭の海へ

若狭なる海波荒れてほうの声い行き帰らむ我が釈迦牟尼仏と

 節分は、なむとうねんじょ本名願心と唱えて、先導が何かいう、あとずけが、御尤もでございますといって、豆を撒く。
 何を云ったって御尤もでございます。
 寒行托鉢の浄財は三分して、一は常住へ一は寄付金一を大衆しん(口へんに親)金、分け前になる。寄付は市役所へ持って行くと、
「恵まれない人ってお前さん方じゃないのか。」
 と云われたとか。当時のお金で六千円あった。四月制中まで一応はお休みである、師寮寺へ帰る者は帰る、僧堂の弟子とて、わしはぶらぶらしていた。雪元老人は托鉢に行く。
「あの人戸がらっと開けてお経を読む。」
 苦情が来たといって、維那と一悶着。
 LPを売っていた、モーツアルトのピアノと弦楽曲を買う、まだあった名曲喫茶に入って聞いた。
「ちったあなんとかなったか。」
 少しは修行の成果という、あんまりそうもいえぬ、わしはモーツアルトが好きだった、モーツアルトさへあれば一生涯他なんにもなくっていいと思った。それがある日とつぜん聞こえなくなった。死ぬ思いして必死にしがみついて来たのに、水爆でも落っこちたみたいに雲散霧消。
 ケロイドに焼け爛れて転がる。
 モーツアルト如何、
「漆喰に産みつけられたぷより黄緑色の虫の卵の行列。すべては無意味だった。生皮ひき剥がれたマルシュアース、因幡の白兎の、
「がまの穂棉は、ー 」
 わめき声もひっからび、とまあそういったぐらいの。
 たとい修行もモーツアルトの亡霊。
 一に旧に復したかった、でなけりゃ死んだほうがいい。いやモーツアルトを捨てる方が先だ、違う同じ人間だ、ちらとも満足せにゃ元の木阿弥。
 ともあれ今は仏教以外になく。
 批評眼の面皮脱いで蘇ること。
 喫茶店に出入りすると、十七八の女の子が前の席に座る。一方の乳房がぎゅうともたがる、あれえと思ったら替わってもう一方の胸。
(淋しいからだな。)
 別にそういう趣味というよりー気づかれた、はっと身構えて帰って行く。あとついて行くたって文無しの、文無しでもいいのかな、
「ええ修行中の身が。」
 振り切る、女って妙なもので何日かしてまた会った、すると二人とも男を知ったと見えて、どうだというようにわしを見る。
(ちええなんてえこった。)
 もう少しましなおねえちゃんと、いや飲みに行くところのおねえちゃんと、そうさ坊主さら止めて、どっか旅館の亭主にでもなって、一生あゆ釣りして暮らす。
 名前もない過去のない人間として。
 三月雲衲が帰って来て、声名の稽古など始まった。
 かぎぶし大かぎぶしろぶしふじゆりぶしなど、古来の節回しは発声からして違う。
 テープはいい声だのに、維那が教えるとへんてこだ。
「ちええ、そんなもん習う為に出家したんじゃねえや。」
 といって、さぼって町へ行った。
 ゼニもない、冬の海っぱたの烏。

荒海や佐渡は四十九里波枕うみねこ鳴くか出船はまだか

たが云ふと佐渡は四十九里波の辺雪降り荒れてうみねこ鳴くか

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うたきこう

  人力車

羽化せむはおほひかげなむふきの露夏を舞ひ行け雷門ぞ

 大好物のふきを摘ったら、十三もさなぎがつく、ふきごと挿しておいたら、羽化しておおひかげになった。美しい蝶。
 走り梅雨がそのまま梅雨になって、どうした、たらあり鼻水が出る。風邪を引いた。
 鼻ぴったあその苦しいったら。熱もなしの三日、治さにゃならん、東京へ行くんだ。浅草は雷門。

孟宗に虎の尾さへも雨うたれ行くも帰るも花のみずきぞ

 超ミニおねえちゃんと人力車に乗るんだ。男冥利に尽きるって、
「ちょっと寒いけど、履かなくっちゃ女がすたるっていうもんです。」
 頼もしいことを云った、まりーなちゃんというメル友だ。弟子のいとこの美緒ちゃんが、あたし彼氏いるからって、紹介してくれた、蕎麦屋へ勤めていて、通勤の電車からメールして来る、
「ゴールデンウィークのエキシビジョンしたら、掌が蕎麦になった。」
 とか、
「アパート引っ越そう、干せるベランダあって、いいにおいのふっかふか蒲団。」
「ねこのナナちゃん実家に置いて来た、今日は会いに行く日。」
 という、ふっかふかメール。なんいもしない彼氏追い出したら、淋しくって、吐きそうになったって。

七十のわが青春のメル友やまりーなちゃんは蕎麦屋へ勤め

 寮の同窓会があった。
 五十年振りに、なつかしんで佐藤が連絡して来た、わしのようなあばずれほうけも先輩は先輩だってさ、
「いやなつかしい。」
 でもって同寮会をしよう、親分の石塚先輩を云いだしっぺにして、佐藤が世話人、
「おれから云い出しといて申し訳ない、検査入院したらやっぱり手術だ。」
 石塚先輩がいう、大腸にポリープができた、秋に延期しようと、九州から宮島が云った、どうせみんな明日はわからん、やろうぜと名古屋の川村が云った。

玉杯にあひ別れては山へなり月は同じかふきの葉の露

 その日はおねえちゃんと人力車乗る、やろうと坊主、佐藤は辟易、
「あのう、和尚のメール家内に見せたら、とんだ生臭坊主、顔が見たいもんですって、あんたがたも不良老年で、よったくって何をなさるんですかって。」
「顔見せたるから、奥方もぜひどうぞ。」
 でもって、
「女の子にはゼニ出すさ、わし国民年金、おまえら高額所得者援助しろ。」
 と云った。
 乗りかかった舟です、
「気に入った子一人分の宿泊代を。」
 という、
「げすめ、まあこの際しょうがないか。」
 今日五月二十五日、K525はアイネクライネナッハトムジークですって、
「小林秀雄は当時のインテリゲンチャをくすぐったまでで、彼のもーつあるとをモーツアルトが読んだら大笑い。」
 といった。くそめが、
「小林秀雄が消えて、文壇そのものがなくなったんだ、文化もさ、由来モーツアルトを聞くなんてえやつを、わしはまるっきり信用しねえのさ。衣ばっかりてんぷら。」
 いやさ同寮会よろしく。
 なんせ出世しないで出家したでな。

かたかごのむらさきにほふ春なれや越し国中に吹く風のとき

 美緒ちゃんとまりーなちゃんが考えて、
「浅草で人力車乗って、電気ブラン発祥の神谷バーでお昼、仲店冷やかして、水上バスに乗って花屋敷。」
 お年寄りプランかな。
 美緒ちゃん、恵美子ちゃんも由紀ちゃんも愛ちゃんに明美ちゃにりえぞうむしにはいろーちゃんに、院生の弟子にロシア文学に、上野駅しのばず口集合、十時半。
 てんまくさん夫妻が来るっていった。
 冥土の土産だ、浅草見物。
 だってポンコツじっさ、妄想がしわたかって歩く、ぎゃーお同窓会ての生類哀れみの令か。
「東大さんからかってみたい、車持ってくから、次の日は熱海でも行くか。」
 明美ちゃんは大張り切り。新年、オカマバーの翌日、横浜そごうに田中一村展を見て、中華街で昼飯食べて、それから熱海へ行った。
 雪降って明美ちゃん車立ち往生。一月十七日だった。

しかすがに今月今夜をふる雪のにほひ起こせば梅の咲くらむ

 鼻風邪治る、さつきの剪定をした、七割方終えて、どうしようか、やっぱり行こうってドライブに出て行った。
 中越は地滑り地帯の、山のてっぺんまで田んぼになったりして、道がつく。
 白い花は、あんにんごにはないかだに。
 小千谷の真人という村には、むじな退治の伝説。小出からまたぎが来て、薪五百束して、村中総出でいぶり出したが、親分は穴を掘って佐渡へ逃れたという。鼻みずがたらーり出た、くしゃみしてそいつがひどくなる、熱もある。
 帰って来て寝込んだ、明日一日余裕がある、なんとしよう、やっぱり年かな。

花筏越しの真人があしびきの山たず行けば浦島が子ぞ

 よれよれ脱いで、新品の作務衣に出かけた。薬で鼻水はなんとか納まる、しのばず口は一番はしっこ、なんでそこにした三十分早かった。
 てんまくさんが来る、彼は新宿に住んでいる。
「今女房あそこで飯食っているから。」
 洒落たコーヒー朝食の店を。
 八十キロだあ美緒ちゃんが来た、金髪、
「これまりーなちゃん。」
 黒いミニスカートにあんよがにょっきり、
「うふふっ。」
 なんかいい子だ、会うのは初めて、
「今日はあ。」
 うわ別賓さま、はいろーちゃんにりえぞーむし、派手だあ、せがれの大学の同級生だった、何年ぶりだろ、
「わかります、入江です。」
「あたし国見。」
 嫁にと思ったのにさあ、
「いい女になったなあ、強烈。」
 ときめくっていう、女の子四人もよったくりゃあ、ぱあっと花。
 セルフサービスのコーヒーを女房どの、引き受けて、
「いや恐縮。」
 美緒ちゃんはどでん平気。
「バア。」
「うわ。」
 サングラスして、洒落のめした明美ちゃん、つなぎ着てのべつ幕なし南京ピエロが、
「どうお、決めて来るって云ったでしょあたし。」
「うんすげえ。」
 スタイルいい。
 弟子が来て、ロシア文学が来て、知らぬ同士紹介してもって、いざ出発。
「先生。」
 女二人、かつての教え子だった、雨降るからって、こうもりの差し入れ、木綿かすりの折り畳み傘、
「すげえシック。」
 座禅しようと思っております、よろしくと云った。
 
しのばずの花は蓮すか咲きにほひ極楽とんぼが冥土の土産

 渋谷からの地下鉄に乗って浅草へついた。なつかしいようなお初のような、梅雨に入って雨ばっかりが、わしは晴れ男で、雨女だというまりーなちゃんをしのいだ。
 道ぱたに人力車がいた。ぴっかぴかの車輪と赤いケットと、股引きに法被の人、
「歴史コースと今様コースとありますが。」
 歴史コースかな、超ミニのまりーなちゃんと乗った、挽くのも女の子、
「いいのかなあ二人さ。」
「どんと任せといて。」
 軽く挽くのは、恐竜の平衡感覚てんかな。
 停めては案内する。
 浅草の観音さまはこんなくらいで、漁師の網にかかって、だから何とかで、お寺と神社と仲良く隣り合わせのまっ赤でもって、さくらのころはえーと芭蕉の句、鐘は上野か浅草か。
 田楽を人力車で食べる。
 雷門は松下孝之助が寄付して、それが風神雷神いるんだけど雷門。
 てんまくさん夫妻と行きちがう。はいろーちゃんりえぞーむしは大はしゃぎ。明美ちゃんは食べものだっていうロシア文学と、弟子は八十キロ美緒ちゃんと憮然。
 仲店をぶらついた。屋台で凍り水を食べ。おみくじ引いたら、りえぞーむしとまりーなちゃんが大吉。
 そりゃもう申し分なし。
 坊主は凶と出た。

御神籤は凶と出でなむ坊守りが鐘は上野か花は浅草

 バーの草分け神谷バーでお昼になった。むかし風シチューといっしょに、電気ブランを飲んだ。
 はあてどっかしびれるんかな。
 土曜は満員。
 それから水上バスに乗った。
 花を歌うには夏の真っ盛り。ホームレスの青いテントの行列、川の水を汲んで、まさか飲むってわけでは。
 宇宙戦艦大和風、ダイアモンドカットみたいな船とすれ違う、
「あれに乗りたい。」
 だってさ。
 花屋敷へ行くのはすっかり忘れた。
 お台場からUターン、銀座へ出て松屋へ寄る。弟子の姉がいた。どう使うんかようもわからんバッグを、かあちゃんの土産に買った。

神谷なむむかしシチューにお台場の宇宙戦艦トマトが行くぞ

 てんまくさん夫妻に別れて、本郷の東大前を総勢八人、わんさか歩いて行って、鳳明館別館という、鉄門を過ぎてはすかいに入る。
 佐藤と中村がいた。
 よく見ないと誰かわらん、年寄った風格というか、中村のぎっちり握手。
 花粉症らしい、なんのってしのばずの蓮ってうっふ、シャッツを替え薬を飲んだ。昭和三十年の旅館にクーラーとっつけた、なつかしいというには、そうなあつげ義春風でもなく。
 ドッペリ仲間の浅井と同室だった。川村が来た、まだどっかで教授商売やっている、大物らしい、好意満面なんだけれど、しゃべりだすと疲れる。
 飯田は社長業を先年辞めたという、白面の美男子が、でっぷり太ってご貫禄、アッハッハだれかわからなかった。わしを大嫌いな一級下で秀才、歌舞伎に入れ揚げているんだそうの、佐藤と同年だ。
 伊東というロボット博士と、土居というなんの博士か、いやこれは欠席したか。
 浅草ご一行さまは、汗だくでもって風呂へ入った、
「美緒ちゃんいっしょ風呂入ろうか。」
「やだよう。」
 男湯はトルコ風呂で、女湯は和風風呂だってさ。
 温泉ならよかった。
 宴会だ、男女交互に並んで、うん首尾ように。
「頭取というのはいやな顔している。」
「うんそうだ、たいてい社長よりもな。」
 とか、
「まだ生徒いじめてるんか。」
「どうかな。」
「薬事審議会っての、給料貰うほかになんか役に立ってるんか。」
「あるっていう役に立つな。」
 なんせ弾んで来た。
 坊主がど真ん中は恐れ入る。みんなわしの弟子だとさ、
(ゼニ出したでさ。)
 院生の二人分に、女の子はあて何人だ。よう心得て働くぜ。
 車を置きに行った明美ちゃんが来て、愛ちゃんが来て、爆発的に盛り上がる。先に帰る川村を、総員お見送りなと。
 坊主には関わりのない話ども。

彩るは夏のあしたの蚊帳にしや四半世紀を回り灯籠

 りえぞうむしっておしりが大きいから、仇名した、なんとも美しい、強そうだなお酒にほんのり。
「いい婿さんさがしてやってくれ。」
「うん択り取り見取り。」
 はいろうちゃんは酒も行けるが、話も行ける。家畜人ヤフーだ、O嬢の物語だの。
 美緒ちゃんは同じ苗字の吉井と意気投合。愛ちゃんは佐藤とキリスト教談義、盛り上がろうと思ったら鼻水たらーり、こいつはどうにもならん、わしは引き上げた。
 浅井と二つ床が敷いてある。一つににはいこんで、薬を飲みティッシュをおいて、ぴったりつまって口で苦しい呼吸して寝ていた。
 戸が開いた。
 浴衣姿の明美ちゃん、
「ほら。」
 下はすっぽろりん、
「浴衣んときはいつもこう。」
 なんという美しい体、
「和尚さんとこへ行ってもいいかって聞いたら、どうぞだってさ。」
 ぎゃお。

坊主かも夏はむくげの日送りが浴衣に羽織る雪女にぞ

 夜が明けて明美ちゃんはいず、行ってみると宴会場に、佐藤浅井ら四人と明美ちゃん、ウイスキーがあって飲めという、なに一晩中やっていたって、
「年考えろよ。」
「飲んだら徹夜ってのよくあるよ。」
 浅井が云った。何を聞かれたんか忘れた、応じておいて、
「よせよ、仏教教談義なんてさ。」
 といったら、
「いやずっとおまえのこと話していたんだ。」
 みんなえらい目に会った。
 浅井はどっぺり仲間だったし、竹中のような秀才がさぼって土木へ行って、かえって大成功だったなと。飯田は勉強しねえとああなるってんで、勉強したし、伊東の同年はなんせわしを軽蔑した。
 あとで明美ちゃんが聞かせてくれた。わしがモーツアルトに熱中したら、みんなモーツアルトを聞かないようにした、なんせ対決するのしんどい、駆け出し時代のビートたけしだ、いやなやつだったぜとか。
「和尚のまわりにはいい面したのいる、そりゃいい仕事しているのさ。」
 浅井が云った。
「妄想かきだ、悟ってるなんて云えねえ。」
 ロボット博士の伊東が云った、
「うんまあさ。」
 酒を飲むと面付きも若くなる、なあるほど同窓会。
 飯田は心得て、浅井の肩を持つ、
「信ずるということなんかなあ。」
 佐藤が云う、人間の思想性と、
「アッハッハ、もとものはこのとおり、人間さまの信じようが信じまいがな。」
 はーい演説、
「こないだテレビで複雑怪奇な面したキリスト教牧師でてさ、そいつが最後には100%信ずるこったといった、ばかいうな100%信ずるって=忘れるこった、ものはすべてそいつで成り立ってるのにさ、山川草木も猫踏んじゃったもさ、牧師どの10%も信じたこたねえだろ、信は不信の始まりってな、共産党もキリスト教の成れの果て、つまりは歴史の証明するところ。」
 バツが悪くなって止めた。浅井と佐藤と、
「ふーん。」
 と云う、飯田は社長さま、
「妄想かいてちゃ悟っていねえ。」
 と、伊東、
「妄を除かず真を求めず、これができないんさ、妄想は止めようとする、必ず真実を求めずにはいられない。」
 へえ、さすがに一言で効いた。

なんに我れ伝家の宝刀引っこ抜き八つ手の葉っぱか鼻水たらーり

 朝飯を食って、また盛り上がって、明美ちゃんが四方八方、でもって東大見学に行った。
 昨夜のうちにみな帰って、美緒ちゃんにまりーなちゃんに明美ちゃん愛ちゃん、浅井と佐藤が付き合った。
 四つの新築あるいは修復工事中。
 独文科のアーケードへ行ってみた、むかしと変わらない。浅井が云った、大学のドイツ語がなくなるそうだ、哲学はPR業とか放送局とか、けっこう就職あるんだとさ。
 わしは十日ほども学校へ顔出さなかったから、
「赤門てわかりますか。」
 佐藤のジョーク。
 母校ずらない。
 図書館にも、いや食堂には行ったか、うす汚い三四郎池があった。
「漱石かあ、あんなつまんねえ小説なかったがなあ。」
 浅井が云った。
「猫と坊ちゃんだけって、まああれ小説じゃねえしな。」
「うん。」
 工学部理学部、医学部は向こう、道をはさんで病院で、農学部はあっちで、
「でっけえみーんな税金、東大にしよっか。」
 未緒ちゃん云った、大験は取ってある、予備校行ってさって。生活保護のぐうたらが、賢い子だけど。
 御殿下グラウンドは、中学生が使う。
「なんだあれ、サッカーでもねえな。」
 といって新式スポーツをする。そういえばキャンバスは庭木の手入れもせず、新築中の建物がにょきっと立つ。
 月桂樹があったがな。
 立身出世の権化カイゼル髭の胸像が二つ、
「だれだっけあれ。」
 浅井と佐藤が一つあてとっつく、明美ちゃんがデジカメに撮る、赤門前には人頼みして撮って貰う。
 それからぶらぶら歩いて行った。

ローリエを取りて欲しいと云ひし女将つとにも逝けば世界さはがし

 昼飯に上野で鮨食って、残ったのは美緒ちゃんとまりーなちゃん、
 鶴見の総持寺に弟子がいる、美緒ちゃんのいとこだ、差し入れを買って見舞いに行く。
 本山は二十年ぶりになるか、道順を忘れてタクシーに乗った。
 十両時代の北の海をモデルにしたという仁王門を過ぎ、正面玄関知客寮へ来た。リックから出した絡子をかけ、受付に添菜料差し出して、明慧お兄ちゃんを呼び出して貰った。
 目向けたわけでもないのに、あほか、役寮が気圧されてら。
 弟子が来た、ちょっと青白いか、
「禁足が解けたところです、よかった。」
 という、その頭を美緒ちゃんがかっぱじく、
「どうだやってっか。」
 だってさ。
 恐れ多くも本山の修行僧をアッハッハ。
 差し入れわたして、あとはわしが案内する。
「嘘でなく八百人も入る太祖堂。」
 仏殿、長い回廊を、
「ここは勅使門、宮中からのお使いが通る。」 大黒様があって典座寮、曲がって行くと禅師さまの紫雲台。 庭のこっちは後堂寮に放光堂。
 お兄ちゃんのいる禅堂。
 あっち行くと裕次郎の墓ある。
 駅のスナックで冷たいものを飲んだ。
「アイスクリーム食べれなかったね。」
 そうだったな。

青夏やまりーなちゃんにアイスクリーム花は蓮すか彼氏はいたか

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2007年3月22日 (木)

うたきこう

 ふきの下3
 もう釣りは堪能した、ネイティブ最後の谷へ入った、フライフィッシャーの冥利に尽きる、さあ出発といって、
「もう一回挑戦しようぜ、女どもどっか追っ払ってさ。」
「ハイそうします。」
 三太郎はイエスマンになった、昨日は面白かったそうの、でもこいつほっときゃにしん御殿に入っちまう、鉱山の廃虚に、野辺地に、恐れ山の寺坊は三五00円なと。
 江差追分の、
「さぞや歌捨磯谷まで。」
 そこしか覚えてねえんだ、難しい尺八、越天楽と同じだってさ。
 信濃追分の、
「浅間山から鬼や尻出して、鎌でかっ切るような屁こいた。」
「それ知ってる、鬼押し出しにあった。」
 という、三太郎旅ずれしてる。
 そんじゃどこ泊まる。
 明日は札幌だ。いっちゃんに会うことなってる、いっちゃんというのは、年上の弟子で、弁護士大学教授やの偉い人だったけど、お先に遷化した。その二番娘で結婚して札幌にいる。
 ナースしていた、薬を送ってくれる。
 そう云えば薬箱忘れた、たらっと鼻水出たけどなんとか、
「越しの寒梅に万寿にお土産。」
 ニセコ泊まろう。
 千歳行って牧場でチーズ作るって美代ちゃん云う、
「それ予約制です、だめかなきっと。」
 と弟子。
 常山溪がいいか、積丹岬行くって由紀ちゃん。
 ニセコに決まった。出発。
「まっすぐニセコ行くのと、いわな釣り行くのと別れる。」
 ひぐまに食われる前に、写真撮ろう、全員は一枚きり。美代ちゃん車に五人。あとで見ると皿に乗っけたソーセージ、
「なんだこれ。」
 車が鏡になって、みんなの顔。
「いわな釣ってさ、なんたっけな、人生き埋めんなったトンネルある、開通したっていう、そこ行こう。」
 三太郎に云った。
「生き埋め。」
 開通第一号の生き埋めんなりゃ、高額保証金出る、じゃあそうしましょう。女どもは弟子連れて行った。
 何かと役に立つ。
 由紀ちゃんは、
「行こうか云ったけどやっぱこわいって。」
 と三太郎、
「なにわしがこわいって。」
 海岸沿いへ出る。
 函館から同じ風景、磯っぱたに寒村があって、それがときに賑わってまた磯っぱた。
 変わらねえってのがいいな。
 さいの河原に人気なく、
 風に嘆くは芹の花、
 ふーらり舞うか谷内烏、
 島影消えて淋しいばかり。

知るや君にしんは失せて北海のせめて歌捨磯谷まで

 第一の川はやまめがいた。小さいのが飛びっつく、でっかいの見たって三太郎、あてにならん、たしかにいましたって。先客が一人行く、いい加減で引き揚げた。
 いわなの川あるって、どうもいない、車が草に滑って往生した、三太郎押して苦労して脱出。
 次は堰があって釣れぬ、魚道もない。
 トンネルが続く、
「どこかなあ生き埋めんとこは。」
 巨岩奇岩絶好の磯に、だーれも釣ってない、
「密猟禁止。」
 という看板はうにやあわびだ、鮭しか廻って来ないってさ。
 本命の一、すんばらしい川が海へ差し入れる、ようしって停車したら、
「釣り禁止。」
 の赤い看板。
 トンネルにトンネルが押し続く、改修トンネルが三つ四つあって、慰霊碑が建つ。
 開通一号の保険金にはならず。
 六人死んだってんで何百億。ふいー人の命は地球より重い。
 大本命のがあった、入ろうとしたら、
「二キロ先は行き止まり、この川でやまべを釣ってはいけません。」
 と書いてある、
「やまべなんか釣らない。」
 二キロ先へ行ったらゲートが開いていた、ダムの上で閉まる、
「ようし歩け三太郎、すんげえ川だぜこれ。」 ウエザー履いて竿持って歩いて行った、一キロも歩いた、すんげえ高巻き、
「だめだ、そういやゲートんとこ下りる道あったぜ。」
 引き返す。
 紐がぶら下がって伝い下りる。どん深淵がある、絶好の川、
「こういうとこで釣ってみたかったんだ。」
 尺ものいわなって、なーんも釣れぬ。遡って行っても、かすっともかすらない。
 人の足跡がいっぱい。
「わんさと押しかけてさ、とうとう駄目にしちまったんだ。」
 北海道中と云ったらいいか、だのにまだって、そりゃてめえっちのこった。流れん中で糞ひって、どうれ肥やし。
「気分いいぞおまえもやれ。」
「遠慮しときます。」
 おれ下流にいたのにって、そうかい。引き揚げた。
 ゲートとこにパトカーがいる、こっちの車調べてるんか、新潟ナンバーを。
「かくれろ。」
 藪かげへ隠れて、
「でもさ管轄違いじゃねえか。」
 Uターンして行く。

隠り水の神威かしこみ美はしきやまべにあらむ虹立てる見ゆ
  
 女どもは弟子して洞爺湖へ行った、洞爺湖でなにしてんだ、もうニセコへ着いた、
「洞爺湖釣れっか。」
「さあ。」
 ケイタイが繋がった。ニセコのホテル昆布村というところ、もうあと行くよりないか。大地川の河口に、ウエザー着たのが並んで鮭を釣っていた、
「自衛隊だ戦争。」
 釣り人は大嫌いって、またてめえを棚に上げ。
 後尻別川の辺りを長万別方向へ走る、鮭の大網でいっぱい、支流があった、最後の挑戦、
「すこうし時間あります。」
 いい川が、生活排水が入る。
 対岸にぴくっと跳ねて、ハリ葦の根っこにひっかかる、ウエザー着てなかった、ぷっつん切れた。
 羊蹄山が真っ正面、富士山の五合目からそっくり。彼が男なら、ニセコアンヌプリはそりゃもう美人。昆布温泉という、場違いな名前んとこへ行く。
 ニセコいこいの村森林公園。
「女どもの趣味だあ。」
 池あり、遊具あり野鳥の林あり、
 じっさ気に入りそうだからって云われ。
 洞爺湖で何した、昼食食べた。遊覧ヘリ乗ろうとしたら、一人五000円で止めた。
「釣んねえし、混浴温泉ねえし一日端折って帰る。」
 わし云ったらブーイング。
 無理ごもっとも、かあちゃんが恋しいんだろ。
 洞爺湖で、
 ランチは望羊亭、由紀ちゃんハンバークじゃがいもの冷たいスープ、ブレンドコーヒーって、美代ちゃん記す。弟子と美代ちゃんカレーdeドリア、手作りチーズケーキ。近くの牧場でソフトクリームを頬張る、手作りナチュラルチーズは買わない、ひぐまといっしょに写真を撮る、200円て150円しか入れなかった、きっと50円でも撮れたとか。

 明日はいっちゃんに会いに札幌行って、小樽行ってフェリー乗ろう。フェリー朝の十時に出て翌日早朝五時に着く、明日一日遊べるから。
「いっちゃんから問い合せ来た、三度も。」
 弟子云った。
 ケイタイしたが出ない、
「明日午前中は寝てるって云った。」
 そうけえ。
 夕食、またビール飲んで、じゃがいもが絶品、
「なんで昆布温泉ていうんだ。」
 ウエイトレスに聞いたら、ちょっと待ってねって調べて来た。
「昆布市が開かれたからだっていう説と、いろいろあるそうです。」
「ふーん、もう一つ聞きたいんだけど。」
「はいなんでしょう。」
「あなたのお名前。」
 佃煮旨い。うにとしいたけだって、美代ちゃん書く。
 カラオケに押しかけた。
 由紀ちゃんの歌すごい、飯食えるぜってぶったまげ。弟子の胴間声けっこう歌う、美代ちゃんも三太郎も盛り上がる。
 わしは引き上げた。

羊蹄の響みも行けや若人や星も歌はむでいだらぼうの

 いっちゃんのケイタイは沈黙、家の方は留守電になっている、何度掛けてもだめだ、旦那吹きでものの手術するっていってたし、
「いいや、札幌無事通過してどっか行こう。」
 真夜中走るんなら、サロマ湖も稚内も行けるぞ、ヌタクカムウシュッペ大雪山はどうだ、由紀ちゃんが積丹半島だって、
「積丹半島か、そんじゃこう回って小樽港。」
 どうも変な、
「積丹岬って小樽の南ですが。」
 三太郎、
「へえそうか。」
 いっちゃんから電話が来た、運転していた、
「運転してます。」
「しょうがねえ通過って云っとけ、二人おねえちゃんに絞られてミイラなった、三人めはとっても無理だって。」
 弟子そのまんま云う、
「酒送るから。」
 ニセコを廻る、ニセヌプリ、ニトヌプリ冬期間通行止め、ヌプリってなんだ。
「ええなに。」
 眺望のいい道を海沿いに出た。
 そう云えば昨日も海沿い来て、汀に立ったってことない、
「海浸るどっか付けろ。」
 三太郎に云ったら、じきに右折する、
「そうじゃねえ、魚港じゃねえったら。」
 停まった、駐車場がある、
「にしん御殿見学。」
 泊村。
「へえ。」
 そう云えば昨日にしん御殿あって入ってみた、西日当たって、だいぶしけたが贅沢な建物。
 ここは観光用に改築してある、なぜかほっとした、
「こんなんじゃない、昨日見たのあれがいいんです、小樽行きゃずーんと本物あるし。」
 三太郎演説。
 にしん御殿、主の住む母屋あり、女どものつなぎあり、労働者の棟あり、お倉に加工工場と、今のマンモス商社に較べりゃそりゃまあ。
 美しい着物や箪笥や鏡台かんざし。薬研があった。壺や器の宝物、なにやかやあった。どーんと板の間トイレに、道具類山と積んで、立派なタイムスリップ。お倉には帳簿がぎっしり。
 祝言のお座敷だって、
「おうい来いよう。」
 美代ちゃんと由紀ちゃん呼んで、重婚いや三重婚だ。由紀ちゃん、商談中の人形にとっくり持っておしゃく、写真はこれが一番。
 どっちも立入り禁止。
「農家の二、三男飯さえ食えりゃいいって、ただで扱き使って、そりゃ御殿出来らあな。」
 多額納税の勲章とか。
 出たら、魚が上がっている。美代ちゃん臭いって、漁港の臭い。
「なんだろうあの魚。」

北海に何をし見なむ積丹の夕映え沈むにしん御殿も
乙女らが装ひこらし手鏡の空ろ鳴りせむ二十一世紀も

 海に足を浸けた。砂のない石だらけの浜だった、透かし見ると小魚が泳ぐ。ちかというけっこう旨い魚、さびきすりゃ釣れっか。
 昆布がいい匂い。
 虫食い、穴だらけに打ち上げて。
 トンネルをくぐり寒村を行き、同じい奇岩絶壁。
 神威岬という、
「なんだあこっから歩くのけ。」
「えーと、積丹はもう一つ向こうです。」
 ではそっち行こう。由紀ちゃんご所望だ、腹へった昼飯食おう、寿司屋の看板ある、うににあわびに取れたて、
「岬はかむいの方絶景だそうです。」
 と三太郎。
 そういうことは早く云え、寿司屋に入る。
 ごってり魚介うにいくら。
 もしや小樽行って食べりゃよかった。
 漁師の素人鮨、どんぶり物も今一か。
 うんまい貝の付け合わせ。
 ぶっとばされそうなおねえちゃん。
 積丹岬へ来た。
 登って行く。
 楽して行けそうなトンネルがある、人一人やっとの真っ暗け、
「浜辺へ下りるんだそうです。
 登って行くよりゃねーやうんさこら、
「三太郎押してくれ。」
 押されて楽ちんかな、なんせ妊娠十カ月の腹。
 百メートルのし上がるって風の、
 新潟と同じごそっと柏が生え。
 松があり、ブッシュやつたや芹に、紫のなんの花か、下は波の洗う磯っぱた。
 「積丹岬だあ。」
「うんナイス。」
 由岐ちゃんの大阪弁のボケ冴える、わしの前では歌わないしさ、ふん。
 展望台には烏。人間いっぱい。
「あれ東京の烏、はしぶとと違うんだぜ。」
 だれも聞いてない。
 トンネルくぐったら涼風。
 はるか下の海へは行かなかった。

 積丹岬ってでっかいのにもう一つ岬。由紀ちゃんのおおジェルソミーナに、大阪弁の唇。美代ちゃんのおしりに、止まった蝶。
 柏の木があった、冬枯れの柏にお地蔵さん、子供が溺れ死んだ、越後の海。
 おーい、ここからロシアへ行けるんか。
 何億ひしめいて、あっちも生きてるのが大変だ、舞い行く落ち葉。
 行き当りばったりの、知らぬが仏って。そこの兄んちゃん、うっはあ雲は同じ積丹岬。
 あれは都忘れ、なんていい色なんだ。
 とやこうこの烏。
 
へに立てば積丹岬の柏木の人を恋ふらむ海なも淡し
 
 二台の車行きちがい、わしは超能力あるんだ、ここと云ったら向こうから来る。小樽は越中屋という所へ泊まった、一番の老舗旅館だという、三太郎が見て歩き、
「旧館があってさ、純日本風の、ステンドグラスなんか填めて外人専用、もっともあれ前はつながってたけど、今別個で人手にわたって、ー 」
 料理もいいらしいんだけど、街へ出る。小樽は運河と鮨とガラス工芸というぐらいで、フロントのかあちゃん、
「行ってらっしゃいませ。」
 はーい。ガラス工芸があった、何軒もあった、路上喫茶があった、海鮮屋敷だやら、そりゃもう鮨屋洋食屋、
「日本銀行小樽支店、ルネッサンス風だってさ。」
 珍しいの見学。
 人力車があった、赤いケットにむかしスタイルの車夫、美代ちゃんとすんでに二人乗り、なんで乗らなかったんだ。
 がらくた屋敷があった、我が垂涎のルパン車がでーんと座る。うへえなんでもあるぜ、三軒つなぎの石造倉庫。お土産げレトロ手拭い買って、
「あのトイレって売れるのけ。」
 レジの女の子に聞いた。
「ちょっと値が張るんでそうは売れません。」
 なんせ魂消た、ほんものトイレの隣に商品、ここでしないで下さいって書いてある。これは傑作。
 鮨食っちゃった、親切ですてきなイタリア料理って案内したら、スペイン料理海猫亭ってのに入っちまった。これも有名ブランド、
「そりゃもうスペインの赤。」
 註文したらない。
 ポルトガルのって、それもこくがなかった、どうしてワイン遅れてるんだ、日本人味知って、たいてい値段通りになった。
 一五00円も出しゃけっこういけるってえのに。
 由紀ちゃんちゃっかりビールを註文。
 弟子と美代ちゃん九月生まれ、ハッピバースデイ乾杯。
 なんのかんのってより、また五品取って別の五品取って、ケーキ取って、
「ばんざーい。」
 旅の終わり。
 アルバイトのウエイトレスからかって、女性恐怖症の数学博士紹介してやる、ぜひお願いします、うわーコーヒー旨い、そうです、じっさのだけ頃合計って出したんです。
 ありがとう、函館と小樽とさ、もうどっちもすてき、女ども大喜びでよかった。
 美代ちゃんが出家しようって、
「いいよ女の子の頭剃るのやだったけど、引き受けっか。」
 人ごとは平気って覚悟いるぜ。
「そんじゃ同じかな。」
「そんなんどうってことない。」
 由紀ちゃん云った。
「あたしもするうち出家する。」
 うん引き受けるさ。
 庵寺そこらじゅう開いてるし。尼僧堂っていう、いじめだけっていうどうもないの、ネグレクトする方法だ。小浜の発心寺はまだ尼僧受入れてるかな。
 女の子の頭剃るなんてうーん、はいはーい分かりました。

小樽なる波ももゆらにともしびの明かし浮き世と若人の行く
十六夜の萩にしあらむ越中屋まどろめばかも我が女達

 にしん御殿はだれかさんに悪いけどパスした、宿へ帰ってから小樽の街を二人でぶらつこうっと思って眠いから止めた、フェリーのレストランでラーメンを食い逃げしちゃった、あー神様、こら仏様だっていうのに。快適フェリー生活、狭いけどキレイな部屋、高い高いフルーチェのようなデザートに茄子の煮びたし卵どうふで850円、トランプしたお弟子さんババ行くとあっていうからすぐわかる。キョーフノミソシル、アクノジュウジカネコノオンネン。チャイルドルームで五人いっしょくたにボールの投げ会い、世間冷たい視線キャハハ。美代ちゃん戸棚の中に隠れる、見つかって助かったって。デッキで強風に吹かれて、和尚さま上着のポケットからお札が飛んで行く。
 旅のノートにはこう書いてあった。

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うたきこう

 どうやら雨が上がる、蔦温泉を出た、
 わし晴れ男なんだと云ったら、由紀ちゃん私雨女ですと云った。晴れ男が勝った、ようし思いを遂げて、そういう関係ないほう長続きする、うんそうだって返す、なんせこの子賢い。
 下北だ、野辺地で釣ろう、あのなんにもない藪原だーい好き、心の故郷。そうですって三太郎が云う。あのまっ平ら川だれも釣らんできっと。六ヶ所温泉で泊っか。陸奥だ、川内川っていい川ある、青淵にやまめがいて、きのこ出る公園、いいとこだあキャンプしよう。意気投合したら、美代ちゃんが地図にへんてこなものを発見、
「津軽にサンタクロースの館ってある、これってさ。」
 そっち行くとそのう、
「となかいって本物見たかったの。」
 由紀ちゃん恐れ山へ行こうっていう、では折衷案、青森の喫茶店だ。世界の五つ星あるっていうぜ行こう。喫茶店やりたい美代ちゃんいっぺんに賛成。
 それから野辺地行ってさ、雨の上がる八甲田山の森へ。

蔦屋にぞ我が思へらくはいにしへゆ言の葉疎き奥の細道 
八郎の何ぞ住まへり長雨のもやへる辺り行き過ぎてけれ

 蔦沼は釣れるんだけど、変な鱒いるんだっていうぜ、だけど雨で駄目だ、紅葉には未だの十和田ゴールドラインを廻る、谷内温泉というまた車が何台も。
 地獄沼には、三太郎泳げ、いえ止めときます、紫に、金色になんの花か咲く。
 きべりたては、くじゃくちょう。
 酸ケ湯は有名な混浴温泉。
 朝湯だ入ろう、九時までは女湯だってさ詐欺だ。
「あたし入って来よう。」
 由紀ちゃん入る、待ちぼうけ食って、一抜けたって、その気になってたんに美代ちゃん、東北随一木造のさでっかいの。入ろうという三太郎を無視して、湯上がり由紀ちゃんと出発。

酸ケ湯とふしるべは何に染め出ずる山を廻らひ妹に恋ふれば
酸ケ湯とふしるべは何に萌え出ずる山を廻らひ妻に恋ふれば

 ちょっと早すぎたか、あと十分で十時、
「キョーレツ喫茶店あるはずだぜ。」
 混雑の市内を行く。
 青森新聞の記者っての知ってたがなあ、じゃ電話してって泥縄。官庁街へ出たり朝市へつっ込んだり、
「いいおねえちゃんいる、」
「振り返るな。」
「青森ファッションだあれ。」
「え。」
「すてきなばあさ。」
 車ぶっつけそう、
「そうだ青函連絡船の港行け。」
 連絡船は廃止になったけど、フェリーが往復する、喫茶店になったり、美代ちゃん納得とかあるはず。剣道の三太郎いっぺんに案内する。
 浜っ風が吹く。
 はぜとちんけなかれい釣っていた。
 あった、メモリアルシップ洞爺丸。
 台風で沈んだんじゃなかったか。
 どうだいいだろ、
「十一時からだそうです。」
 フェリー出るとこは向こうです。そっちへ行ってみた。売店はあったが、レストランは十一時から、
「めんどくせえフェリーん乗っちまえ。」
 じっさ仕切る、
「何時間かかる。」
 中学の修学旅行んとき、青函連絡船は、朝に乗って夕方着いた、九時間かなあ。
 海峡へ出たら、ぐうっと上がってどーんと沈む、ぐわその塩梅よかったことは、
「三時間五0分です、もうじき出るのあるって。」
 世の中進んだ、ようし乗ったあって下北半島ふっ飛んだ。
 フェリーけっこう快適だぜ、美代ちゃんも満足って、弁当買っときゃよかった、長距離フェリーとは違う。ごろ寝部屋にトラック運ちゃん、鯖にうで蛸弁当かっ広げてビールひっかけている、学生の一群は幕の内弁当。
「カップヌードルの無人ボックスしかねえです。」
 まあじゅーすも売ってらあな、セルフさーびす、しゃあないそれでもってごろ寝。
 由紀ちゃんが酔いどめの薬服む。
 外はどうっと風が吹いて、たしかに早い、
「仏ケ浦が見えるぞ。」
 削り取られたような崖っぷちを行く、奇岩絶壁は、だが見えなかった。
 三人分の空気枕があって、そこに頭のっけて両手に花、右に美代ちゃん左に由紀ちゃん、数学博士と同じだなあわしも。
「船酔いってさ、歌ったり踊ったりしゃべくったりしてりゃだいじょぶ。」
「そうしよ。」
 と云って、揺れもしない。
「ほらあの子たち学生だな、いっちこっちいいおしり。」
「どれ。」
 美代ちゃん沽券に関わる、いいおしりしてんだから、でっかいおしりの子振り返った、
「うわ違う止めた。」
「かわいい顔してるわ。」
 とうても可愛い顔。

ここをかも仏ケ浦とふ舟の寄る我れは届かじ波の辺なる
波のもの過ぎしは思はじ吾妹子や空ろ木の辺にかまめ寄せたる
吾妹子と二人松がへ住みよしの陸奥の国なむ遠々に見ゆ
吹き寄せて野辺地ケ浦の帆立貝我が行く方はありやなしや

 函館は年間二五0万人もの観光都市、港へ着いたとたん、らっしゃいませじゃなく、とにかく観光案内で宿取れ、ビジネスホテルでいいぞ、素泊まりで名物行こう、じっさまた仕切って、弟子と三太郎頑張る。
 ホテル函館山ヴェイカンシイだった。そっちだ車二台山へ登る。
「ほらあそこ行くおっさん、三五00円でって云ったけど止めた。」
 受けりゃいいのにって、
「止めた、なんかあぶな。」
 客外して歩く後ろすがた。おかまみたい。
 百万ドルの夜景に行くロープウエイの傍らだった。
 荷下ろして、一休みもせずに出発。
 美代ちゃんも降参、高田屋嘉兵衛の立派なおしり眺めながら下る。
 あったお倉喫茶店。
 入って行くと、なつかしコーヒーの香りして、美人マダムが客あしらい、
「どうぞお二階へ。」
 一見の客追っ払うぞ、喫茶店博士のわしを知らんか。
 連れはいそいそ二階へ上がる。
 コーヒーとチーズ菓子と、
「どうだお寺のお倉喫茶店にすっか。」
「うんしよう、しよう。」
 歴代雲水と娘の大荷物にマンガ、そいつらなんとかして。
 黄表紙本の展示があった、読めるんかな、世話物だあなこれは、一服して港へ行く。
 賑わっている。
 赤煉瓦金森亭に夕食ってことにして、周りへ散る。
 女の子のショッピングは付き合い切れん、通りっぱたのベンチで大欠伸。
啄木のえにしも知らで夕暮れて石を拾はむはぐれ烏も
啄木の問へるはなんぞ法華なむ知らぬ火村に舞ひ散る落ち葉
ここをかも悲しと云はむ砂山の何を捨てあへ我が根無し草
   
 美代ちゃんと由紀ちゃんが上着を買ってくれた、それを着てさっそうと金森亭に入る、むかし舟会社だったという、見事な赤煉瓦。
 まりもを買ったんだ、天然記念物の、うれしかったと由紀ちゃん。サンタクロースに会った、とつぜんでびっくり、いっしょに写真撮ったと美代ちゃん。
 えっへとにかく。
 まずワインを注文、地物いらんスペインのにすっかたらぜんぜん来ない、冷えてないって、
「どうした。」
 ウエイターびびる、やっと来た グラスついで乾杯。
「きえまずいぞこれ。」
 高い。
 料理、絵に出てんの五品もって来い、老眼でメニューようわからん。けっこういける、魚介も肉もサラダも旨い。取り合って食べる、食べ終わったら別の五品註文、
「田舎もんのオーダーでさ、すまんね。」
 やくざと間違えてびびった連中も和む、
「人数多すぎる、アルバイトだってもさ、ちったデズニーランド見習え。」
 みんな必死こいてとか、いい加減云って、豪華な夕食になった、フルコースより断然安い、腹いっぱい。
 南米ワインの方うまい、また来ようってタクシーへ、
「五人だけどさ、なんとか乗せてくんねえ。」
「いいすよ、見っからんようします。」
 後ろ席四人押し込んで、由紀ちゃんすっぽり隠れて、
「ホテル函館山。」
「じゃすぐそこ。」
 ロープウエイ着けようっていう、函館の夜景見る、この人数ならタクシーの方安いと運ちゃん。そうしてくれって、夜の函館山登って行く。観光客は、大型バスがつけて何百人延々、
「夜景どうってことねえなあ、飛行機ん乗ってソウル空港の方いいで。」
 憎まれ口。
 でも灯火を工夫するらしい。なんかほろりとする。
 運ちゃんライトアップの夜景案内、教会や公会堂や、おっほう記念撮影しようって、ドア開けたら後続車とニアミス。
 わしらやくざってこと知らねえな、ばっきゃろめ。
 
悲しさは百万ドルの函館のしかも見えむ烏賊釣り明かり
 函館はご存じ朝市定食、うに丼かに丼いくら丼三つ組み合わせ丼、お粥食ってる人間にはきつう。
 紀宮さまお忍びでお出ましという、密かに撮った写真に、spが写っている。すんばらしい女sp、一分の隙もないってキャー惚れた。なんでこう物々しいお忍び、三カ月前から、当日はもうくったくたって、店の人云った。

朝げには賑ひすらむ函館のかまめ鳴くさへ物悲しかも

 女どもは堪能した、こっちの番だ三太郎川を捜せ、釣れる川だぞ、
「いいんですかおれの案内で。」
「しゃあないおまえと心中する。」
 海岸沿いに車をぶっとばす、ちきしょうめ出掛けにすんだはずが、そんなもなもう少し我慢たって、茂辺地という所、男爵芋記念館というのがあった。トイレがある、
「見学だあ。」
 川田男爵と云う人の、日本最古の蒸気自動車とか、みんな突っ立ってるきり、しかたないソフトクリームを買った。
 男爵芋のソフト変わった味する。
 由紀ちゃんぺろりやったっきり。
 トラピスト修道院へ行く。
 すぐ近くにあった。日本最古のカソリック修道院。ビスケットだの黒ビールだ、自給自足の、いや小学校で習ったっけか。
 早朝を見学者の行列、バスが何台もつく。 林苑を行き、坂の向こうに塔が立つ、ふえ息切れ、
「修道院て聞いたことあっけど。」
 と三太郎、
「そうさ、西欧の歴史と文化の一翼は修道院が担うといってもいい、一0世紀一一世紀のころからだ、えーとあれなんて云ったかな、モーツアルトが入ったというフリーメイソンも元はと云えばー 」
 ふうはあ、
「日本には修行道場がない、選仏場はなくなった、作らんけりゃならん、こんな邪教じゃなくって。」
 どうしたって、
「三太郎も出家するなら、ー 」
 ふうはあ、
「祇園精舎ですか。」
「ちゃんと法を継げ、でないと同じ目くそ鼻くそだ。」
 扉が閉まっていて、見学は予約女人禁制と書いてあった、引き揚げた。
 あてになるやつの一人や二人。
 時流には拠らぬ、一箇あれば叢林、吹きさらしのもまったく収まる。
 絶学無為の閑道人。

 どこでも行け、わしはいわな釣ると云ったら、始めはみんなついて来た。橋のたもとに停めて、ウェザー着て入ると先客がいた、
「あめますいる、フライじゃだめかな、どばみみず。」
「そうかフライっきゃない。」
 別れる谷へ行く。
 釣れたいわな、リリースして感激ひとしお、
「釣れたなあ。」
 大物いそうになく引き返したら、美代ちゃん車でお寝んね、三太郎は木の枝にえらさし通して、
「釣れたほら、フライで初めて釣った。」
 という、はやだった。
 由紀ちゃんは川原で遊んでたし、弟子は橋の上からのぞき込んで、
「こーんなのいたで五0cmぐらいの、だから釣ってみようかと思って。」
 という、なるほどどばみみずの、
「ふーんまあ釣れねえなあ。」

コロンボックルおどろ神威をふきの下流らふ雲はまぼろしの魚
魚に似てコロンボックルふきの下醜き我れは流転三界

 女どもは追っ払った、これぞ本命と三太郎の云う沢へ入った。
 入れ食い、まんまるうやまめ。
 フライ長すぎて釣り逃がす、狭い谷だった、
「こんちくしょうめ。」
 のろまはいわながいい、やまめは食ったやつを吐き出す。足下にばしゃっがた大物、深場へ入ってもう出て来ない、
「ふう。」
 弟子は車に仮眠、
「三疋釣ったけどさあ。」
 と三太郎、
「おい持ってこうぜ、あんな太ったやまめいない。」
「だって尺物以下リリースって。」
「今日はお祭りだ、多少頂いてさ。」
 次の谷へ向かう。
 けっこう遠い。北海道の林道、馬鹿にしたらめに会う、なんしろ走った。
 薫製機ぶっこわれたって、弟子が云った。焼き付けすりゃ治るって、未必の故意か、手間食う仕事だった、あいつめ。
 あった。
 とんでもない川が。
 素人の三太郎が入れ食いの、こんなの処女地っていうんか、何十年前の土田舎。
 何匹釣った、帰ろうか。
 ハリいたどりにひっかかって、外そうとしたら、びんと跳ねて指に刺さった。かえしまで入る。
 手術しなけりゃ取れんというやつ、かえしのないハリ使わず罰当たった、ぎゅうねじくり回して外す。
 もう夕方の四時だった。
 なにせ凱旋。
 引き返すべきだった、川が何本あったって、必死に運転。どえれえ道だ、はてなあひぐまのうんち。
 国道へ出たのは七時を回る。
 ケイタイが通じた。松前の鉄口旅館だという、弟子が予約しておいた。
 八時近く。
「どうなの釣れた。」
 美代ちゃんと由紀ちゃん、
「釣れた。」
 林道一00キロ走ってさ、ひぐまがのっそり、きたきつね化かす、わしは大手術してハリ引っこ抜いて、いたどりだあ、うんでもって三太郎にも釣らせてやった、
「申し訳ないす。」
 三太郎心得てやがる。
 旅館も待っていてくれて、風呂へ入って、みんないっしょに晩飯。
 ビールきゅっとやって、ぐわあ人心地。
 女どもは、道の駅もんじゅでねぎとろ丼を食べて、三時には旅館へ入った。
 ここはむかし松前藩のさ、砲台があって、帆船開王丸が停泊する、
「そうかあれ三角のイルミネーション。」
 夜目に見える、飾るなら真剣にやれって、青少年研修のメモリアルシップだった。
 鉄口というのは、内地からのメモリアルネームだってさ。
 にしんのぬたとか美味い。
 美代ちゃんの腰のあたりくすぐった、
「キャハハハ。」
 だれも泊まってない。
 由紀ちゃんは逃げ足が早い、追いかけっこ、捕まえたって、ー
 でもじきバタンきゅう。若い連中はトランプしたり十二時まで。
 釣ったいわなを、板前どの塩焼きにして、朝のお膳。
「すげえ記念撮影。」
 色紙敷いてパゼリくわえて人数分。
 窓を開けると快晴。
 古い港にいわつばめが舞う。

寄せ返し波のしぶきか松前の砲台跡に舞ふいはつばめ

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うたきこう

   ふきの下   1

 なんたって旅に行きたい、忙しいお盆が過ぎたら、東北は奥の細道、北海道へわたっていわな釣り、コロンボックルふきの下で大いわな、ばさら坊主が脳天気な計画を立てた。ぜにがない、ワゴン車に乗って、ぎゅうぎゅう詰め込んで、拝み倒してお姉ちゃん二人と、がきの発想萩と月。
 沢庵石のさ、おっかさ云いくるめるには、弟子と三太郎を連れ、下北半島大間越えは、なぜか車二台になった。年金貰ったしな。
 
門前は刈らずてありて萩代やけだし今夕は寝待ちの月か

 どういうこっちゃ、鼻水たらあり風邪を引いたか、激痛口内炎、
「おっかさの恨みつらみ。」
 年だあなって、耳鼻科旦那のいたれりつくせりで、どうにか治って出発。
 満載の薬箱を貼るおんぱっくすも容れて、玄関に忘れ。
 女の子行くと云ったら、その数学理解できるのは、世界に五人だけという博士どの、口をあんぐり、
「規則違反だ。」
 という。
「婿どん候補ナンバー1、運転要員どうだ。」
「学期始まるからだめだ。」
 さぼっちまえ。奨学金六百万返さにゃならん。二人に聞いた。
「美代ちゃん、彼気に入ったか三食昼寝付き。」
「遠慮しときます。」
「由紀ちゃんどうだ、そりゃどっちだってもいいで。」
「だめよあの人、面と向かってブスだの、云いたい放題云ってアフタケアーない、女の人に嫌われる。」
 あんないい男ないのに。花粉症じゃなくって女アレルギー、過敏症だ。
 九月はひま坊主。
 美代ちゃんは福島、常四の車持って来て、由紀ちゃんは神戸、オートマの免許取り立て、
「ひぐまに食われる要員です。」
 だれか食われてる間に逃げて、あとでお経を読む。
 かんしゃく玉にライター持って来た。
 テントシュラーフ自炊用具に、フライフィッシング五式に、どでかいアイスボックス、わしの車は人間が食み出した。
 夕方七時に出て、くるくる寿司で晩飯。
 ろくなもんない うなぎいかあじうにとか、美代ちゃん記す。
 中条から国道七号線へ。
 美代ちゃんはどーんと加速。こっちはオフロード車。
 キーンと追い風して、見ずてんで陸送トラックが追い抜く。
 義経伝説の鼠ケ関。
 温海町は山形県だ。
 そうして象潟。
 象潟や雨に西施が合歓の花。
 道の駅に仮眠する。
「松島は恨むが如く象潟は笑うが如くという、それって景色いいとこかな。」
 学生の三太郎が聞く、
「知らねえのけ、芭蕉のあと隆起して、田圃ん中に松島あるで、お笑いさ。」
「笑うが如くって。」
 鳥海山のふもとを行き、海っぱたはまた絶景。
 でも夜は真っ暗け。
 じっさはせっかちで、ろくすっぽ休みもせず。
 夏油温泉や乳頭温泉とか、混浴もあるっていうのに。

キーンとさ空音をはかり鼠ケ関ねむの花なむその道の駅

 秋田市内で道に迷う、三太郎は運転免許がない、そうとは知らずろくでなし雇ったあって、そやつが優秀なナビゲーター、あっちへ行きこっちへ行き、すんなり抜け出して四五号線を田沢湖へ。

明け烏ここはもいずこ出羽の関早稲の田浦を下弦の月も

 武家屋敷の角館も早朝人っ気なし。
 辰子姫像のある田沢湖に、ものはためしのフライフィッシング、ぴくっと反応するのがいる、
「はやだ。」
 掃除の人がにっこり、
「魚なんにもいねえのさ。」
 と云った。酸性の強い玉川のせい。
 キャンプ場があってむしろ敷いて朝食。
 持って来たパンとソーセージやハム、野菜トマトにマヨネーズ、洋辛子つけてホットドックやサンドイッチ作って食べる。弟子がご自慢のコーヒーを煎れる。いやもう豪華な朝食。

清うして魚は住まじや玉川のむしろに敷ける朝げ楽しも

 乳頭温泉か八幡平か、泊まるのは後生掛け温泉か、それとも河童の出る遠野へ、宮沢賢治がいい、そのうどっかで釣れねえか。船頭が多い、決まりかけるとわしが首をかしげ。
 宮沢賢治は、がきのころから暗唱する、だから花巻には行かない、イーハートーボは心の宝だとかさ。
 行こうと云って、美代ちゃんの車に乗った。シートがいい、美代ちゃんは弟子と交代した、もうぱっちりだって云った。
 ふいと微睡んで元気を取り戻す、美代ちゃんの、
「だめっ。」 
 坊主と心中したくないって、
「田沢湖は、辰子姫を坊主がどうのって。」
「そんなこと関係ないの。」
 川があった。
 弟子の先行車無事通過、釣りにはそっぽ向く。きのこは取る。
 きのこの仲間だあいつは。
 玉川温泉という、酸性泉がたれっぱなしにする。日本の破砕帯第二号というのか、有数の鉱床でえーとなんてったかな、このへんにしかない石の名前、
「支流捜せば釣れる。」
 玉川を魚の住む川になんて看板が立つ。じゃ釣れっこないか。
 車乗り換えた。
 由紀ちゃんと代わって、わしが釣り車運転して、三太郎が地図とにらめっこ、ダムの上流に別の沢があった。
「女どもは先へ行け、後生掛け温泉かなあ、予約して待ってろ。」
 きくいもが咲いてすすきに赤とんぼ。
 いい川だ。
 さっぱり釣れず。
 三太郎がでっかいの見たという。釣り荒れして、これじゃ新潟と同じ。げっそり引き返す。
 
玉川の石を拾ひて蒼天や人を恋ふらむ初秋の風

 とりかぶとが咲いていた。どれったら通りすぎて、あれは野路菊。
 禿山に煙が吹いて、すざまじい臭いがして、じきに玉川温泉とある。
 新旧玉川温泉車でいっぱい。
 田舎の一軒宿、じっさ向き温泉ねえかって、満杯の後生掛け温泉へ来た。
 美代ちゃんの車がない。
 ケイタイが通じて、八幡平温泉郷へ行ったと云う、あとを追う。
 向こうに見える山っ原が八幡平か。
 いやそのど真ん中を行く。
 青森ひばにだけ樺と笹と。
 威風堂々の、まあこれが八幡平。
 遠い山なみもいいし、りんどうや棘のないあざみや、みなまた亜高山帯の花に賑わう。

山へなり月は同じぞ恋ほしくは八幡平の雲井にも聞け

 大温泉郷であった、でっかいホテルやリゾートから有名宿、うわいったいなんだ、おらの行くとこじゃねえってじっさ。
 ケイタイが通じた、
「なにどこ、どうしたって。」
 美代ちゃん車はまって動けない、助けてくれって、
「路肩ぬかるみか。」
 行く。
 それがわからない。
 碁盤の目のような高原ホテル村。
 右往左往して、由岐ちゃんが手を振る。
 どうしたらこうなる、人の家の芝はがして乗り上げる。
 どうもならん。
「JAF呼ぼうか。」
 四人でトップ持ち上げて、バックへ入れたらど-んと外れた。
「こんなん崩したら弁償だあ。」
 けっこうえぐれ、だーれもいない。
 なら行く。
 マフラー外れてる、弟子と三太郎でもってそやつ押し込んだ。

八幔平いずこ廻らへ吾妹子が後生掛けなむ吹上げすらむ

 ガソリンスタンドで教わった昼食亭。
 和尚さま牛タン丼、
 由紀ちゃんオムライス、トマトケチャップにマスタード入り、おいしかったってさ、
 私マナールカレー、トマト入りっぽいインド風って代ちゃん記す、
 弟子ミートスパゲッティ、
 三太郎奇食パオ、バナナ付きうどんもあり、けっこうトロピカル。
 宿に入る三時までには間がある、谷川を捜す、
「お年だってのに疲れないんかしら、眠くないの。」
「眠い疲れる運転危険。」
 だっても釣らにゃなんねえ、水の濁る川へ出た。
 由紀ちゃんもウエザー履いて、きゃわいいったら練習、ほんに魚一尾いない。
 そりゃまあそうだな。
 山葡萄があった、えびという、取りに入ったら、やぶ下うんちだらけ。
 トイレこさえとけ。
 吹き上がる温泉、その上流を水が澄む。
 ハリひっかけて中止。
 地熱染めという店があって、美代ちゃん車付属喫茶店に寄る、
 こっちは通過。
 えびは落ちたのを食べるといい、だれも知らんだろうな、手はじかんでもう寒い朝、そいつが甘いんだ。

草枕旅の浮き寝をえび蔦の甘うもありて物をこそ思へ

 宿へ着いたら寝た。若い四人はテニスをしに行った。ルールもわからないって、行って面倒見ようかと、いやもう寝た。温泉に入って寝て、飯食って酒飲んで寝て、はーいあしたの朝はすっきり。
 日記に書いてある、
 1このまま解散、2旅を続ける、3どっちかのお姉ちゃんとしけこむ、4わしだけ電車に乗って帰る、5その他。
 帰ろうと思った。美代ちゃんも帰りたいって、はてな、朝起きたらけろっと忘れ。
 夕飯は、茄子の田楽とししとうがおいしかった。
 若い連中は夜更かしした。
 茄子の揚げ田楽にししとうの素揚げ、きりたんぽ、鍋はひない鶏ではなく、えーとなんだっけ、刺身酢の物とり肉松茸もどきって、美代ちゃん記す。
 朝はバイキングでクロワッサン。
 おかゆを和尚さま誉めたって、由岐ちゃんお薦めスパゲッティサラダ、コーヒーに和尚さまバター入れたぎゃあって、書いてある。
 とうがらし梅茶、口内炎ぶりかえしそう。
 ハイツ八幡平、松やぶなの林にきのこが出るってさ。
「テニス付きあおうか。」
「いい、球どこ飛ぶかわかんねえ。」
 そんなら出発。

賢さのイーハートーボへ敷かむにはなほも淋しえその花筵

 西根八幡平からJR花環線に沿って、津軽街道を行く。
 三太郎のナビゲーターは信用をえた。高校で剣道二段を取った、地図を見てさっと示す、へええたいしたもんだイナゴの小便と云って、金魚の小便いけしゃあしゃあ。蝉の小便きにかかる、わしのおやじギャグはあと艶笑小話なと、ぜーんぜん受けない。
「戦前の話かなあアメリカに相当のさ大物主があって、うけ皿破れちゃう、牛や馬ってこったが、是非一度人間くの一に思いを遂げてみたい。日本にすまたという技あるを知って、万里の波頭を越えてやって来た。でどうなりましたって、吉原というところで首尾よう、さすがふじやま芸者の国です、奥に畳が敷いてありました。」
 男の子も女の子も首かしげる、これ宿で話したんだけど。
 クイズ、以下にふりがなして下さい、二戸、田頭、安代、安比、田山、小屋の沢。にのへ、でんどう、あしろ、あっぴ、田山はたやまでした。
 小屋の沢と小屋の畑という地名があった、鹿角は秋田県で、かずのと読む、大湯ストーンサークルという縄文遺跡がある。
 UFOが飛ぶってよ。
 そこから十和田湖行こうってこと。
 わしが仕切ると云って、青荷ランプの宿、垂涎の混浴は満員で断られた、テレビで見た十和田の老舗蔦屋旅館にした、
「それって本売ってる。」
「違う、クラシックな名物宿。」
 道は高速道路に平行する。
 ラッシュでも車四台。
 三太郎が鉱山の跡へ行こうと云った、
「金はねえしさ、後片づけもせずそのまんまなってる。」
 すげえんだという、なら行こう花輪鉱山、
「行ってみたわけではねえけど。」
 なんだそりゃ。
 いえそういうのあるんです。

小屋の畑小屋の沢なむあしびきの去に行く雲の春いや遠み
  
 花輪鉱山を通り越して橋がある、格好の川だ、
「そこへむしろ敷いてコーヒーでも煎れろ、食うもんもあらな。」
 といって、温泉煎餅出す。ウエザー履いて橋の下へ。
 せっかくフライ振っても、めだか一匹釣れん。
 お姉ちゃんたちは鉱山を見に行って、
「わかんなかった。」
 と引き返す。弟子の煎れたコーヒーを飲んだ。
 とりかぶとが咲いていた。
 手折って来ると、
「うわあ寄るな。」
 とさ。
 鉱山跡へ引き返す。
 建物一つと坑道の入り口と、水を貯めたプールを円形に囲って、へんてこな機械がでん座る。デズニーランドにあったっけか、え-と何掘った、
「ボーキサイトだな。」
「金だ。」
 そうだなきっと。
 由紀ちゃんすすき野原へ、
「残念でした。」
 ふーんそりゃ残念。
 道は山越えに鹿角へ入る。冬は閉鎖の峠。

鹿角には青葉をさへや花の輪のやまたず行かな雪を消えなば
 
 大湯環状列石は、半径九0mほどのストーンサークルが二つあって、三000年前縄文時代後期のものだという。人を埋葬した祭場であり、部落ごとに祭る四本柱と六本柱の屋根があり、けものわながあり、これは生け贄用かその他あって、それはもう親切に、秋田弁丸出しの、田口亮子さんというボランティアに説明して貰った。
 たいていそっくり忘れた。
 亮子さんからかって写真撮って、
「これがバウバブの木。」
 と云って植え込みの欅。
 発掘された石器や土器を見て、オカリナを売っていた。
 由紀ちゃんが買った。
 ピアノ弾きで、歌わせるとやっぱりプロだ。
 隣座ってオカリナ吹くと、すんでに車乗り上げる。
「練習するから。」
 といってピーフー。
 フェデリコ・フェリーニ監督の道に出て来る、
「おおジェルソミーナ。」
 そっくりで、
「ようしいっしょ大道芸やろう、能無しアンソニイクインになって。」
 なんにもしねえでえ、マリオネッタやれ。
「うんしよう。」
「おお、これで食い外れなし。」
 美代ちゃんは小野の小町の末裔。
 いっしょ礼文島わたって、バブルの頃来てくれりゃ五00万出すって寺あった、そこへ行って隠れキリシタンやろう。
 世の中むずかしいんだ。
 田口亮子ちゃんに教わったホテルで昼飯といってうっかりパス、ブーイング。
 中華山水亭というのがあった。和尚美代ちゃん山水ラーメン、挽肉ざー菜入り辛口、弟子三太郎揚げ焼きそばしょっぱい、麺がしけってる、由紀ちゃん冷麺四川風、辛口。
 量も値段も一・五倍って書いてある。
 UFOにラーメンのっけて 縄文のおおむかしへ飛ばす。
 そいつが返って来た、光のドップラー効果で、ラーメンは光輪になって、鹿はぴいっと鳴いて、だからりんごが真っ赤になった。とかさ。

 大湯川を遡り、発荷峠を越えて十和田湖へ、展望台があって湖を一望、
「遊覧船に乗ろう。」
 という。
 美代ちゃん由紀ちゃん弟子遊覧船、三太郎とわしはどっかでカパチェッポ。
 そこら迷路抜け出して、キャンプ場に入って釣る。フライは届かぬ、海釣り用のでっかいルアーを飛ばした、わかさぎが跳ねて、なんかいるにはいる。
「ブラックバス追って来たがなあ。」
 と三太郎。
 そんじゃ十和田湖もおしまいだ。
 ブラックバス放す、日本人の面汚し、どうしようもねえ、もとっこ面ねえってさ。
 待ち合わせて、美代ちゃん車と合流、
「釣れた? 」
「船面白かった? 」
 どっちも浮かぬ顔って、まあさ面白かった。
 写真撮って島があって水が碧くって、これっくらいの魚泳いでいたって。弟子と由紀ちゃんと、わしに裏は花色木綿、赤いシャッツ買ってくれた。
 ひっかけて奥入瀬川を行く。
 勇気いるぜ人が避けて通る。
 さしもの水量だ、
「生物採取禁止って、釣ったらだめか。」
「そりゃだめ。」
「そうかねえ。」
 雨が降って来た。
 降りしきるのを蔦温泉へ。風情あるって、よっぽど風情の蔦温泉。
 由紀ちゃんがオカリナ吹く、
「ひええ。」
 車ごと死ぬ。

和井内のもがり吹けるにこの我れやいついつ湖はまぼろしの魚
梓弓春は春にし奥入瀬のどうめきあへる満つ満つしかも

 蔦温泉のファサードは、大正八年建立の二階建て、
「トイレ洗面は共同になってますが。」
 そこしか開いていなかった。いやもうご立派の襖あり欄間ありが、右に傾ぎ斜めにうねってり、それでいて戸障子がぴったり、あっはあ腕のいい大工がいる。
「見ろ、あれがタイムトンネルだ。」
 亜空間によじれる。
「千と千尋の。」
「だなあ。」
 みんな大喜びする。
 桂月という文人がいたそうで、へたな書や俳句がある。青荷のランプの湯にも歌人がいた。つまらない歌があった。
 文壇なんて知らん、いびつでがらくたの山は、俳句歳時記を見る如く。
 今は潰え去って、売らんかなとコマーシャル。
 とりかぶとが咲いていた。色が染んで、
「強烈毒ありそう。」
 だれかに一服盛ろうぜ、いえ止めときますと三太郎。
 賢治にうずのしゅげはあっても、とりかぶとはない。岩手でなくって青森か
 風呂は木造の天井の高い、檜材で補修してあったり、結構な代物。十時過ぎは女湯になる。
 ややこしいことしなくたって。
 時代の風潮には勝てぬからとさ、胸とか自信ないって、由岐ちゃん云った。
 出腹もがにまたも男は可。じきに逆転したりさ。
 みちのくの温泉に何思う。一に天下国家を論じ、浮き世の傷を癒すによし。赤ん坊のたたわわする、初々しい女よし、紅葉よし。
 身勝手な俳句。
 屁のようなものまね不可。
 とりかぶとのようにさ。
 毒食えば皿まで。

とりかぶと色に出でけれ蔦屋なむいにしへ秋を奥入瀬の川

 すぐ寝てしまったが若い連中は十二時ころまで起きている、美代ちゃんの記録欠落、何食べたか忘れた。由紀ちゃんはどこへ行っても素敵って云う、外交辞令でもないらしい。
 部屋三つあって真ん中あけて、襖越しの男女別、夜這いに行こうかってさ、じっさなんせ物が押っ立って困った。

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うたきこう

松之山
   
 フェユトン時代(ヘルマンヘッセ・ガラス玉演技)三00年のフェユトンとは文芸欄のことだと浅井が云った、大学時代どっぺり仲間の彼はドイツ文学者だ、小林秀雄の天才をもってしても批評である、つまり文芸欄だ、すべてを尽くしてもって、肉は悲しいかどうか、もはや新しい切片はない。
「成長点のない考える葦さ。」
 という、デズニイランド仕様のあっかましさ、要するにエレガンスを欠く。
「へーい。」
 浅井は飲ん兵衛で、社会人になったら、
「故郷の山のさ、あの雲がなあ。」
 といって酒を飲む、ヘルマンヘッセが空しく書架に並ぶ、そのうち横着になった。
 おまえの歌では、
花は花月はむかしの月ながら見るもののものになりにけるかな
 というのがいい。
 そりゃ至道無難の歌だ。わしのじゃない、そうかな、でもっておれが坐ってもなんにもならん。
「そのなんにもならんのが空。」
 他に何かあると思う、それを捨てる。いやさ、同窓会に伝家の宝刀てな、ー
 浅井と、わしらより二級下であった竹中、卒業は彼のほうが先だったが、を乗せてドライブに行った。坊主の庭を案内する。
 竹中は是非にといって参禅した。
 理科頭は、たいてい満足すべき自分を眺め暮らす。まあそういうこった。
 わしと違って二人とも絵に描いたような秀才だった。旺文社の模擬試験というのがあって、わしが八00番台だったものを、浅井は七番竹中は四番であった。
 日本の頭脳ともいうべき彼らを、浅井はドッペリ仲間になって、一生を棒に振り、竹中はそこへしか行けないという土木へ行った。
(申し開きができんあいつには。)
 と思っていたら、定年になって電話が来た。
「おなつかしいです、竹中一彦です云々。」
 はてなあそんなやついたか、適当に返していたら、
「恥ずかしながらすけかんです。」
 と云った。けっこうな美男子を、すけかんと仇名したんだ、土木へ入ったのがゼネコン日本で大当たり、ろくすっぽ勉強せずが親分にはもってこいの、世の中なにがどうなるか。
 竹中は特大や特殊免許も持っていたが、運転手お抱えの、
「車に乗るから足腰弱る。」
 という。
「運転するから飯おごれ。」
 いいよ、
「松之山温泉に、大正時代にできた木造三階建てのシックな宿あるよ、三十年前に行ったら九官鳥がいた。」
 国道八号線から、梅雨晴れの小国を行く、雪深いふんどし町は、とんでもない山路になる、とんでもないのが好きで案内する、こんぺいの千谷沢町を過ぎ、濁りの入った渋海川を遡る。
 いい川だ。
 腕白どもの川ってもうないか。釣り人もいない。還暦を過ぎたらもとっこ腕白、スカートめくりより魚取りがさ、雪のにおいがして不意に花が咲く。なんの花か。
「アッハッハぶっこわれて、人生無意味ってことは。」
 だれかれ、なんにも変わってないのさ。
 赤谷の大けやきという標がある、案内した。坂上田村麻呂がお手植えと、八方に茂って今なを衰えぬ。新緑はまた格別。

赤谷の田村麻呂なむ大けやき千代に八千代にしのふる雪も
わくらばとともに廻らへ大けやき二十一世紀を新芽吹かふに

 松之山に新道ができてうっかりそっちへ行った。おふくろの味という店があった、どうせわしは烏の行水、温泉より昼飯だといって立ち寄った。山菜のてんぷらは、たらの芽ふきのとう桑の葉と、
「うどの葉っぱがうまいんだ。」
 浅井は主張する、現代人は食い物にはうるさい。たらの芽より柔らかくという。やまおがらを食わせてやろう、緑そのものを食うんだぞ、わしも乗る。
 竹中は声がでかい、だれがどうした、彼がこうしたと、三人に共通の話題を処かまわず、身にしみついた号令一下というやつ、すかっと腹が減る。
 畑にごんぼうっぱが植わる、
「ごんぼうっぱってなんだ。」
「よもぎの代わりだ、よもぎよりうまい。」
 浅井はよもぎに固執する。
 笹団子をお土産にと思ったら、売ってない。新緑はどっか頼りないような。

田を植えて松之山なむ道の瀬に持たせやりたや笹団子をし
松代の渋海川なむ百合あへの思ひ起こせば年はふりにき

 雪ひだに削られる山へ、
「あれへ登ろう、たしか尾根伝いに行けた。」
 不確かな案内人が云う。
 たしかなドライブコースがあった。
「秋に来てさ、かまわねえから行ったら、雪んなって死ぬとこだったぜ。」
 菖蒲平という、牛の見えない牧場があった、向こうに、キューピットバレイなるスキー場がある。菖蒲は咲かず、赤いえんつつじと黄色い色変わりが咲く。
「キューピットバレイか似合わねえ名前だなあ。」
 さすがにスキー場は閉じていた。いい道が登って行く。
 学名たにうつぎというずくなしの花が咲く、浅井が感動した。下ではとっくに散って、これはなを蕾の。こしの花ともいうべきとわしは云う、淡いピンクのいちめんに。
 残雪がはばむ。
 四駆に入れて何度かクリアーしたが、立ち往生。雪が溶けて踏ん張りが利かぬ。そろうりバックで引き返す。
 写真を撮った。
 ほととぎすが鳴き、鶯が鳴く。真似してもずがさえずる。
 浅井はやせわらびを取った。

ずくなしの花の門に吾妹子が松之山なむ舞ひ行くは鷹
ずくなしの花の門に吾妹子が松之山なむかもしかの行く
萌え立つは久しく春のえんつつじ松之山なむ鳴くほととぎす

 黒姫山は三つある、戸隠に一つ青海川に一つ、それから松之山の差し向かい、これも人気があって登山客が絶えない。ツーリングの石塚先輩は松之山に一泊して、黒姫山の裾鵜川にそって柏崎に出たという、ようしそれを辿ってみようか。
 谷をわたりずくなしの花、
「いいとこだあ。」
 と、浅井が歓声を上げる、ぽっかり切れて空の雲。
「あれ。」
 だいぶ行ったのにキューピッドバレイの矢印がある、
「これもと来た道だ。」
 土地勘のいい竹中、そう云えばたしかに。
 どうやら抜けてメイン道路という、ガソリンスタンドがあった、土建屋竹中にスタンドのおっさん低姿勢。身に付いた貫禄っていうのかな。なつかしいような昭和三十年代、なんでも屋のある町。がらんとして誰もいない。
 だいぶ来たのにキューピットバレイの矢印、鬼門だといって行く。
 工事中迂回もある、安塚村大島村は地滑り地帯。
 黒姫はそう、
「見えるはずだがな、そこら。」

妹が家も継ぎて見ましを大島の茂み門は清やにあり越せ
うばたまの黒姫吾子が面隠みにこれや八村田を植え終はる

 石塚先輩はサイクリングツアーと別れて柏崎へ、海沿いに走って、弥彦に一泊お寺へやって来た、携帯用のパソコンに写真を入れ記事を書く。
 わしと浅井がドッペったときに、じゃおれも仲間にはいる、一年遊んで寮歌集を作るといった。ああ玉杯にから年二つあて何百と、歌詞がまたやたら長い。ほんとうに作って、今はもう貴重品になった。八面六臂の活躍だった。
 碁を打たされた。負けて四子になった。竹中も負けた。浅井は強かったが、今はもうやらぬ、テレビの碁を、見ているうちに眠っちまうといった、
「理科頭なあ、能細胞が一列に並んでるきりのさ。」
「どいつも変わらねえ。」
 まあそういったわけだ、
「得意技滅びねえようにって、なんか先鋭化する。」
 老化現象な。
 川村は計測というところへ行って、大学教授になった。
 計測はコンピューターの草分けだそうだ。一オクターブ高い声を出す、二つ向こう部屋からもわかった。
「あいつ薬餌審議会だってえから、つまりどういうこった。」
 首を傾げる石塚先輩は、五十のときに会社を辞めた、それっきり郷里の蜜柑畑をいじくっている。
「会社暮らしはそぐわねえ。」
 而化けだなど云っていたが、大会社も役人も同じだ。五十でトップを極めるというのか、その上のあるかないか。
 来れなかった神野は子会社の社長をやっている、わしと浅井の真似だけはしたくないといって彼は勉強した。わしにはひどい目にあった、断わり状が、むかしの言い種とそっくりなのが面白い。
「じゃいったい世の中なんだったんだ。」
 とて、むかしと同じにやっつけた。
 アッハッハあいつもいい加減だった。女性恐怖症?のわしに、千人切りだといって、あのおねえちゃん、こっちのおばさんがと吹聴して、そいつをまあ本気にする。
 急坂を下って行く、キューピットバレイの矢印。
「ひええなんだこりゃ。」
 道も老化現象か。

松之山キューピットバレイというならくずくなし咲くか底無しの天

 先輩を自転車ごとワゴンへ乗せて引っ張り回した。与板を行くと西山林道がある、お寺のあるこっちを東山、向こうを西山。
 小木の城祉という西山最高峰は、南北朝時代の砦あとで、珍しい巨木の林。本丸跡は電波搭になっていた。
 八方を見渡す。
 佐渡が見える。
 また蓮華寺という瀟洒な道がつく。
 先輩は三0分で来た。
 長岡の八方台にも行った。
 信濃河から蒲原平野を一望。殿様が国見をしたという峠には、江戸中期のお地蔵さまのレリーフが立つ。
 栃尾から会津へ抜ける道の、河合継之介が落ち延びて行く。栃尾へ入るとけっこう複雑が、じきにやって来た。
 地図を手に冴えている。アッハッハ浅井やわしじゃたいてい迷う。

問ひ行きし荻の城祉は南北朝茂みむすなる巨木の林
兄と我が思へる人もおはしませ鷲に舞ふかや佐渡が島見ゆ
兄と我が思へる人もおはしませ巨木に沈む佐渡が島山

 岩原ワインの工場を見学しようか、いやいい、竹中は土建屋のくせに一滴も飲めぬ、親父はもっとひどかった、郷里へ帰るとあのせがれかという、酒と聞いてぽおっと赤くなるほどに。
 飲ん兵衛の浅井は、貴腐ワインを持って来ることがあって、蘊蓄を傾ける、
「けちな浅井におごらせて今度は料亭でぱあっと。」
 と云って、そいつがなまなか。女がいるとぴたっと脇にとっつくくせにさ。
「これはドイツ人のワインにおける趣向の一つの到達点であって、日照時間の絶対的不足を云々。」
 黴をつけて甘味を増し、十一月氷点下に凍てつかせて水分を抜く、それを一粒一粒選り取ってこさえると、まあそういうこと。
 ぶんどって隠しておいたら、三日めには味が変わった。
「そういうことしちゃいかん。」
 浅井の云わく、
「開けたら乾杯してみんなで一杯ずつ。」
 という貴重品。
 海辺へ行こうか、柿崎方面かなあ、運転手は一服しなくっちゃ、どっかでコーヒー飲もうといったが、店がない、
「変だなあ黒姫山は。」
 ぐるっと回って行くと、鵜川の上流。
 綾子舞いという、角兵衛獅子の先祖のような舞いがあって、出雲の阿国がといっては突っ走る。黒姫ではない米山が見えた。

米山のぴっからしゃんから出雲崎舞ふは烏か早稲の田浦か
米山のぴっからしゃんから早稲を刈り綾子舞ひなむ月踊り出で

「そうだ吉川町だ、同僚の実家があった。」
 浅井が云った、村には交通信号一つしかないんだ、それがおれんちの前にあるといって威張っていた、行ってみようという。よし行ってみようといって、丸滝温泉という赤い矢印があった。
「温泉だ、入って行こうぜ。」
 一服してさ、なんなら泊まって行こうと竹中。
 谷川を遡る、だいぶ行ったと思ったらあと一0キロとある、
「うへえしょうがねえなあ。」
「秘湯だってへーえ。」
 辿り着いたら、本日定休日だとさ。
 週三の営業、そういうことは矢印んとこ書いとけ。
 とっちゃんばあちゃんやって来て、賄いするやつ。
 戻るのも面倒だ、どっかへ抜けるさといって、急坂を登って行った、深い山中になる、これはと思ったらスキー場があった、急ごしらえのなんとかリゾート、峠を越えたら新品の二車線道路になった。とっつきに廃屋が五軒、
「こういうのはたいしたことない、メーター二十万。」
 税金使いはよく知っている竹中が云った。
「だってなぜ道路なんだ。」
「そういうことは云わんのさ。」
 鵜川の上流であった。
 もとへ戻っちまった。雨がぽっつり当たる。
 吉川町行けばよかったと浅井。
「海っぱたへ出ると思ったんだ。」

 お寺を仮りてミニ同寮会だという、石塚先輩がプリントアウトした寮歌集は、
「ああ玉杯に花受けて。」
 から始まって、おまけにたいてい十何番まである。先輩はそれを残らず暗記する。
「こないだ寮歌の集まりあって歌ったけどさ、どうもな。」
 という。ようしそんなら歌ってやれ、坊主音痴だけどお経節、わしは幾つも知らない。北帰行も寮歌であったし、聞け万国の労働者というのもそうだった、春爛漫の花の色や、あっちこっちの校歌になったのもある。
 箕作秋吉の、
「若紫に夜は溶けて。」
 というのは傑作だ。
 青春の香りそのもの、河童とかいうボート部のは、琵琶湖周遊歌よりいい、三高逍遙歌や北大寮歌なぞ、そりゃ二三はこれからも残って行く。
「全部なんて、そりゃ無理だよう石塚さん。」
 浅井がいった。
 歴史に消える。
 今でも涙するのはと浅井、
「運るもの時とは呼びて、
 罌栗のごと砂子の如く、
 人の住む星は転びつ。
 人の住む星は転びつ。」
 という昭和十七年記念祭寮歌、学徒動員の、そうなあ今の日本をまで見通すような悲痛。
 みなで歌って涙ににじむ。

松之山久しく我は悲しみの何を訴へ時過ぎにけり

 川村は入学試験のとき、小便をしたくなった、ええしちまえといって漏らした、
「帰ってからみるとほんのちょっとしか、出ていねえんだぜ。」
 と云った。浅井は三日間遅刻した、だって起きられねえんだもんと云った。わしはけしごむなくって、三日間となりのやつから借りた、そいつは落っこちた。はた迷惑の始まり。
 川村は今も学生をいじめる。
「乳離れしてねえの多いな、到来品の酒いっぱいある、飲みてえやつは飲めって、見せてやってさ、さぼりたいやつはさぼれ。だがな人の話聞かんで、出席日数だけってのは止せって云ったんだ。」
 母親が匿名で投書する、
「酒を飲めっていった、さぼってもいいっていったっていうんだぜ。」
 頭禿げたが、むかしのように高音に笑う。
 浅井は辞書の編纂をするらしい。
 前日川村を長岡駅に送りがてら、石塚先輩の走り下った八方台へ行った。
 ふうらり来るかも知れん、よろしくと云った。
 その朝先輩は自転車に乗って去った。

田を植えて国見せむとや大殿が履いたる太刀は信濃川波
青葉してお地蔵さまのレリーフは江戸のむかしに笑まへるらしも

 道を一つ手前で曲がったらしい、柏崎インターへ入るつもりが、いつのまにか高柳から松代へ行く、
「黒姫に呼び戻された。」
 えらいこった、日が暮れる。
 振り出しに戻った、赤谷の十二社に大けやき。なにしろ疲れた、一休みしようと云ったら、月湯女温泉というのがある、
 変な名前だなあって、食堂があった、
「そうだ、ここまむしの姿焼き食わせる。」
 わしは思い出した。弟子が、よせばいいのに試し食いして、首を傾げる、
「なにがまむしだ。」
 食ってみろというのを、だれも食わなかった。和紙を売っていた、高価な短冊を買って書きそぼくった。
 二階にある温泉に入った。
 風呂のような。
 竹中は若い体をする。もうおったたねえさという浅井も健康だ。
 田舎坊主だけがほてい腹の。
「車がわりいのさ。」
 という。
 車なけりゃ田舎はどうもならん。
 小川におしどりがいた。琵琶湖辺のとは違うが、つがいに棲む。
 そこで飯を食った。
 竹中は査察が入らんうちに、会社辞めたんだと云った。
 タイには長かった。あの暑い国で汗を拭いたことがなかった、拭いてくれるんだという。使用人はちゃんと使わんきゃならんという、王族相手に裁判して、とうとう勝ったという、
「いいかげんな国さ、あっは金は戻らんかったがな。」
 酒も飲まずの胴間声。
 浅井は今もドイツへ行く、そっちこっち浅井先生の、息のかかったのいてなと、彼の腰巾着の数学博士が云った。
 官費では一回も行かなかった。
「失業中の男いてな、飯食わせてさドライブに連れてって貰う。」
 いいよう、町も美しいけど森や湖の辺りなぞ。
 一生趣味の人間だな。
「もうこの世でモーツアルト聞けるのわしだけかな。」
 といって、失笑を買ったわしを、
「そうだなあ。」
 と浅井だけが頷いた。ドッペリ仲間というわけか。
「今日はえらい面白かった。」
 浅井は本気で云った。
 竹中は二年後に死ぬ。若い体でかえって進行が早かった。切ないことだった。

月湯女と名を珍しみ宿るには芦辺を深み鴛鴦やたぐえる
夏もやひたぐへる鴛鴦を見まく欲りかつてはすなる君はあらずて

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うたきこう

  おかま歌


 世田谷のぼろ市を見て、新宿で新年宴会して、二次会はおかまバーへという。ぼろ市は寛永年間から続いた名所名物、十二月と一月年二度の開催、歌舞伎町はロスアンゼルスと並び世界二大おかま街だそうの、冥土の土産にさ。
 切符も買えんもうろくじっさの一人旅は、そりゃ心配だと云われて、
「うっさい、おねえちゃんどもが待ってる。」
 とか大奮発、例によってトンネルを抜けると快晴。高崎あたり、富士山がくっきり見えた。

しましくは雪ふりしきり関越や初春を迎へむはぐれ雲の行く
富士の嶺に何を仰がむ六十男が初春を迎えむ空の明るさ

 半世紀ぶりといってもいい新宿であった、風月堂はもうない、柳影はどこへ行った。
 文無しであったな、微苦笑もどおっと空っ風、変わらぬはこれか、一同の待ち合わせにどうにか滑り込み。

新宿の柳かげとぞ空っ風何十万をかき別け行かな

 世田谷のぼろ市は、由紀ちゃん未緒ちゃんの計画、貧乏人の代表どもが、でもそいつにわしが乗ったんかな。
 わんさか混んでいて、吹きっ晒しのくっきり晴れ。
 下水たれっぱなしみたいに、むしろ敷いてさ、甘酒とあんころ餅食ったか。猫の筆だってんで、いいとこなしみてえおっさんに高い筆買わされ。わしの同窓生の朝倉が行方不明。あいつはのろまでもって。
 立派にこさえた代官屋敷があった。植え込みには梅や椿が咲いて、

寛永のぼろ市となむ見よや君つらつら椿代官屋敷 
  
 大学院へ行っている弟子のアパートというより、三人で借りるおんぼろ下宿があって、ぼろ市でやきとりに缶ビール買って、そこへみんなでしけこむ、時間つぶしだ、
「泥棒の逃げ道になったことある、かぎも掛けてねえしさあ。」
 という。
 誇らしげに見せた本棚は、けっこう満載。 回りは高級住宅街、ベンツやポルシェだの金ぴか。わっはっはなーるほどってわけで。
 朝倉は一人喫茶店。
 てんまくさんは新宿に住む、その口聞きで車屋別館に新年宴会。南口であったか駅前の、西も東もあっち向いてほい。四階に行く、すっかり準備がしてあった。

車屋の別館とはに悦こべや乞食坊主も梅が初枝を

 tomotomoというおかまバーへ、オーナーが新潟県人で、貸し切りの別時間設けて、同郷の生臭坊主ご一行さまを迎え。
 ショウとストリップで勇名、おっぱじまった。大音量にどんだばすっちゃん、
「おれ帰る。」
 といって朝倉が立つ。なら出資ぐれえして行けってのに間抜け。
 映画館行っても大音響で、そりゃわしら旧世代には。
「お金かかってんのよ、おっぱい一つ一五0万、日本じゃ手術できないし、保険ないしさ。」
 アメリカがあっこで、タイが、
「二週間にいっぺんホルモン打たなきゃなんないんだし。」
 真っ赤なドレス着たでっかいのが、まさか趣味かなあ、
「さわってみて。」
 といっておっぱい出す、
「ふーんなーんも変わらんなあ。」
「でしょ」
「うん、わしおふくろの以来始めておっぱい触ってみた。」
 げらげら。
「こういうの横に切るんじゃないん、縦に八つに裂いて埋め込む。」
 親指立てて講釈、
「でないと感じない。」
 うんごもっとも。
 すこぶるつき美人もいる、背の高いフィリピン系は言葉がわからない。
 tomotomoを紹介した明美ちゃんが、花電車ての、あんなんあたしできないわ、たいてい指でって云った。
「ばななちょん切れるか。」
 聞いたら、
「あたしできるわよ。」
 となりの、
「そうかけつあつ高いな。」
 げらげら。
 なんせショウと踊りの連中、わしのほうがたいこもちか。
 おなべちゃんもいた。
「おれんのがさ、あるときこーんなぐれいになった夢見て、」
 決意したんだという、唯一女であるはずがその、ー
 ストリップが始まった。
 女よりもよっぽど完全無欠。
 ふえーすげえな、前をはだける。
「ない。」
 取っちゃったんか、あとで明美ちゃんに聞いたら、
「なにさ、後ろへガムテープで貼りつけとくの。」
 と云った。
 風呂で試してみたけど、どうもそうは行かない。
 あんなに美しいのに興奮しない、なぜだ、先入主があるからか。
 美緒ちゃん由岐ちゃ美代ちゃん、ぎゃあわあ女ども大興奮。
「あたしたちだって負けちゃいられないわ。」
 出てからも喚いている。
 こういうのおこげちゃん。

歌舞伎にはさらで勝れるニュウハーフ田舎坊主をお出迎へ
歌舞伎なむおかまばあとふネオン街華やかにして空洞がよき

 風鈴さんがネットで調べた、安かろう悪かろうホテルに、女どもぶうぶう、なんせ寒くってようも寝れん、野良猫がのっそり。
「ホテルなんかいらない、新宿は夜明けまでやってんの。」
 明美ちゃんが云った。
 翌日は横浜そごうに、田中一村展を見に行った。
 奄美に逝った孤高の絵描き。
 朝飯食って、湘南ライナーに乗る。
 由岐ちゃんと美緒ちゃん。満員電車に突っ立って、おかまばーのあけすけな話、
「うわ仲間と思われるぜ、知らん顔しよ。」
 と美代ちゃんとわし。
 横浜はかあちゃんの里。

浜っ子の妻とし我れや浮き根草あした見えむ沖つ白波

 田中一村は最後の三十枚に立ち尽くす、筆をもってする、極楽浄土。

これをまた三千世界一村の涙あふれて極楽浄土
ふだらくや大海さへも底抜けのあだんに咲ける奄美が島へ

 由岐ちゃんと美緒ちゃんは、中国ばあさの大道売りにひっかかる、
「あんなんに吸いつかれたら、どうでも。」
 と云ってると買わない、さすが貧乏人、じゃなくってオバタリアン?
 中華街で食べる、長年の夢がかなう。そこらぶらついた。由岐ちゃんが手相を見てもらう。
 空いている隣に座った。
「もう七十だしさ、人生終わっちまったんけど。」
 といって、手差し出したら、中年の女占い師、
「九十までは生きられます、こんないい手相は見たことない、人が寄って来ます、本業もまた、志すところのものはみな完成し、お墓を大切にして云々。」
 そりゃ坊主だでお墓大切に、ー
 元気になって来る、
「あの彼女できっかな。」
「奥さんいるんでしょ。」
 うわ怒られた。幸せを売る商売な。
 教養あるご婦人がいっぱいつきますといった、
「教養あるって、こいつらかあ。」

初春やこれは華僑の朱に明かき門柱となりて年忘れせむ
あれもまた花でありしか深山木の六十を過ぎて初に知れりとは

「どうする熱海行くか、一万円出せあと援助交際。」
 たら行こうという。
 東海道線、わしは裕次郎と同じ湘南ボーイだ。大磯で生まれ藤沢育ち。
 江の島で泳ぎを覚えたのに、戦争で疎開。 大船に観音さんが立っていた、なに座ってるんだって。

戦なむ過ぎし思ひを大船の観音さまは座しておはすか

 由岐ちゃんが用事ができて帰る、明美ちゃんが中二の、まんまる太った娘とやってきた、
「熱海はあたしの庭よ。案内してやる、うっふ評判わりーんだけどさ。」
 といって、でっかいランクル運転。
 海を見晴らす宿。
 わしは何十年ぶりだろう。

熱海には夕廻らへる半世紀何を思はむ海なも淡し

 貸し切り風呂がある。
「なんで入ってやらないのさ、あたしは娘いっから。」
 とかいって、明美ちゃん焚き付ける、
「おう入るべえよ、老人介護だあ。」
 美代ちゃんと未緒ちゃんが入ってくれた、なんせおかまちゃんに対抗意識、
「触ったら警察呼ぶ。」
 なんのかんのこわいこと云って、八十キロの美緒ちゃん、にっと笑って素敵、美代ちゃん後ろ向きになったら、丸ごと。

今をかも笑みみ怒りみはねかずら観世音南無付けし紐解く

 翌日は一月十七日であった。雪がふって、それも大雪。
 さすが今月今夜の貫一お宮。
 年に一回の観光熱海大イベントはすべて中止。
 明美ちゃんの案内で名所を尋ね、弘法大師が悟りを開いた所とか、二代目お宮の松、七つ七湯、熱海は雪の梅園。
 そりゃけっこうな案内だったんだけど、梅園は満開だしさ、そのあと明美ちゃんが帰れない。
 スノウを履いていない。
 どうにか帰ったってあとで聞いた。

しかすがに大師修行の湯けむりやお宮の松は二代目にして
熱海には七つ七湯を廻らひに降り降る雪の梅がへを行く
紅梅に雪はふりつつ白梅に雪はふりつつ七十の初春
津和野にはつらつら椿熱海には梅が初枝を永しなへして
たが子らを梅が初枝と思ほへや熱海の雪にあひ別れなむ

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2007年3月21日 (水)

うたきこう

 西国巡礼  

年老ひて見まく欲りせむ西国や防府の花の散らまく惜しも

 旅に出た。山口県防府市には先輩がいた。二級下のもう一人は、非常な秀才であったが夭逝した。去年先輩が四十年ぶりに訪ねてくれた。これはその返礼に行く。併せて駒場寮の同窓会であった、六人のうち五人までは来る。
 若いのとぽんこつに乗って行く、物見遊山だ。わしは大阪から向こうは行ったことがない。
 一人欠けて、美代ちゃん由紀ちゃんと弟子という、おねえちゃんしてお祭り騒ぎ、冥土の土産ってわけか、美代ちゃんは福島の子で、神戸の由紀ちゃんとは、有馬温泉で落ち合う。四月十三日が先輩の誕生日であった。十日早朝に出た。ハイウエイに乗って新潟県は長い、直江津からトンネルを二十六も抜けて、親知らずは海上に、またトンネルで富山に入る。

越中はトンネルを抜け二十六花に迎えむ雪のつぎねふ

 白馬はまっしろに聳え、そうしてまた立山連峰の山並み、川沿いのその辺りの花はようやく咲き出す。

恋しくば花にも問へなわたつみの海に差し入れ白馬の春

 トンネルで頭変になってわしは休憩、
「あたしやってみようかしら。」
 運転美代ちゃんに代わったら、
「高速道路二度め。」 
 といって追い抜きぶっ飛ばす。
「ひーえ。」
 気がついたらガス欠赤ランプ。
 リッター10キロ、あと100キロ大丈夫だと弟子がいう、なんなら試してみるかってそんな勇気ない、次のパーキングエリア待てず、小松で下りてガソリンスタンド。
 花がけっこうに咲いて、勧進帳で有名な安宅の関。いえ松井の家というのがある。大リーガーになった年、ではまずそっちから、看板ヤンキースのバット振るのへ記念撮影。
 安宅神社は見事な松の、朱い袴の巫女さんに案内されて、本日の第一号。右の耳から入って左へ抜ける。弁慶のお守りを買った。交通安全だとさ。
 海辺へ抜ける。
 イラクの戦争は終わったんだって、いやーな思いのそれ、旅に忘れて。

尋ね入る安宅の関を花にしやこは弁慶のお守りにして

 鯖江には満開の西山公園に花見して、団子ならぬ御幣餅を食った。幼稚園の遠足といっしょに動物園に行く。丹頂鶴がいた、手を出すとふうっと嘴、強そうだぜ。本物は初めて見た。孫悟空のモデルになった猿がいた。
 あとは弟子が運転して、新潟県を過ぎると早い。130キロで追い抜いて行く、でないと眠るからって、こっちが覚める。
 花の大津にはランチを食って、そりゃもうお上りさんで、四時には有馬温泉に着いた。
 古泉閣という、広大な敷地を持つ高級旅館の、これは若者向けのロッジだった。
 由紀ちゃんはピアノを弾きに来る、
 一度精進料理を食べてみたかったんだって。和風の食堂へ。

 弟子の記録、
1さつまいもと豆腐の練りものの裏漉しに味付け、これに野菜を混ぜて食べる。
2茶そば。
3菜の花。ぜんまい、やつがしら。5黒豆。6空豆。生麩、こごめの酢味噌。ゆり根姫竹。9鍋。
10てんぷら、白醤油におろしでもって、たらのめ、豆腐、かぼちゃ、筍。
11筍ご飯。12オレンジのデザート。
 うーんさてねってとこ。

 総勢六名が、二十六女の子が間際に男こさえてドタキャンした。
「またですか。」
 というやつで、もう一人東北にはいっしょに行った三太郎が、これは大学院受かって、入学金払ったら文無しで止めた。
 神戸の由紀ちゃんが来て、総勢四人揃った。
 うぐいすが鳴いて、由紀ちゃんと鳴き真似。
「おっほお肌の曲がり角。」
「和尚さまはすっきりしたみたい。」
 ビールを飲んで由紀ちゃん若返る。
 もう一組相席は、どっか坊主の新婚旅行、うわかしこまっていたのが、一夜明けると手取りあって仲良さそうって、もう尻の下に敷かれてるぜあいつ、
「いいなあたしも新婚旅行。」
 と由紀ちゃん、だったら年貢の納め時、お見合いいったい何回目だ、親父が企てるたんび断る。もう承知しろ、男なんて土台ろくなんいねえんだったら。

播磨なる鳴くやうぐひすひねもすに花はも散らへ妹は嫁がじ

 朝出に由紀ちゃんアルバイトのたこ焼き屋があった。いじめられっ子で親の資産みんな兄に行っちまって、その兄の土地借りてたこ焼き屋する。ぜんぜん流行らない。いい場所にあんだけどな、そうかなあ、
「かわいそうな人なんです。」
「首締められるぞ、いっしょに死のうってんでさ。」
 五十を過ぎて独り者。
 この日は安芸の宮島へ一泊。
 倉敷寄ろう倉敷美術館、玉島の円通寺だ、良寛の修行寺。パスされて、くそうめ教養のねえ連中だぜ。
 なにしろあなご飯食おう、わしはテレビで見た、宮島名物と云って走った。
 中国道は山また山を、いちめんのやまざくら、あれはむらさきつつじか、こぶしもある、くっきりと美しく。
 広島には、ゆったり流れるいい河があって、あんなところで魚を釣ってなと。途中休憩だけのパーキングエリアへ、野良猫が二疋いて、つがいになって可愛い、兄弟かな。
 ままかりを買った。
 だれも食わん。
 昼飯を二時まで我慢して、安芸の宮島の船付き場へ。
「はーいこっち」
 駐車料金1000円、泊まりなら2日分2000円、客慣れしている、ぱくっとふんだくられて船に乗った。
 なんてえ山だらけの島。どんとけわしいぜ、小雨が降って登山は無理。ロープウエイがある。
 鹿に取っ付かれた。うっかり餌をやった、ぞぞうっと五、六頭。動物と共存てえのはかなりダイナミックだぜ。
 あなご飯はさっぱりだった。
 名物になんとやらって。
「店悪かったかなあ。」
「どうでしょ。」
 まっくれえばあさ、はぶそう茶運んで来たがな。
 厳島神社は日本三景が。
 海の大鳥居は補修工事中、巫女さまみたい朱い、そりゃ広大な海岸屋敷。
 でっかい賽銭箱?
 どこがいったい世界遺産、そんなこと云ったら嫌われる。神さまだぞ。
「工夫があるんだって。」
 午前中広陵高校の優勝奉納拝があったという。
 見損なった。
 教科書に出て来る清盛像、おほっ。
 なんたって沢山見た。
 平家納経は三巻の展示があった、観音経なんとか品、長年坊主のさ、声を上げて読めた、感動。
 すばらしい文字、三人三様に書く真剣、あんな字、逆立ちしたってもう追っつかん。
(松井が大リーグ入りってだけの世の中。)
 いつまでもとっついていた。
 資料館に棟方志向の、
「月夜の宮島」
 という絵があって、どんと目に入る。
 なんでだろう、小品が、ー
 行き当りばったりの宿、
「海側のお部屋満員ですが。」
「山側でいいや。」
 どうせ曇ってるしさ、朝日には早起きしてって、錦水館という、いや乙な味つけるぜ、すれっからし観光業もさすが関西って、次のようなお品書き、

はじめに苺ワイン。
初皿一、雪花 三つ葉 
  一、筍木の芽和え 
  一、すけ子(たらこ) 
  一、流れ子、ぼんぼり空豆、鳥菜種巻
お椀 季節の吸い物
刺身
穴子好鍋 穴子のしゃぶしゃぶ
口取り 胡麻掛牛
陶板焼 さわらの味噌焼き
温物三台一、野菜煮
  一、野菜天婦羅
  一、茶碗蒸
釜炊きご飯 じゃこ山椒 浅利時雨煮 赤出汁(蟹)香の物
べつばら 苺、バナナのムース

 売店があった。かあちゃんに印伝のがま口を買った。二つ買って負けろったら、お国の為の消費税は負けられねえってさ、うっふう、がま口みてえに笑って押し切られ。なんで印伝だ、山梨県の名産じゃなかったっけ、鹿、そういえばあいつらぶっ殺して、食って皮にして?。

寄せ返し阿鼻叫喚の浮き世なむ花の嵐をうたかたの宮
波のもに花は散らへれ平家なるそは納経の真面目ぞ

 次の日は萩へ、旅の一点豪華北門屋敷というところへ泊まる、白壁瓦屋根の塀を廻らせて、広大敷地、そりゃもうわしら如きお呼びじゃねえって。
 立派なお庭に花が咲いて、仲居のばあさ踊りか弓でもやってんのかな、どしっと決まってる。部屋よし調度よし。はてなあブーゲンビリアの鉢植えに、アテナイの胸像に、あれは牛に引かれてヨーロッパかな。
 朝食は禅堂の大伽藍。
 皇太子殿下お泊まりの、一泊七万円の部屋あったぜ。
 真っ先に松陰神社へ行った。
 部屋二つきりの松下村塾や、幽閉されていた家なと移転されて建つ。
 こころゆく見学した。
 神社所蔵の松陰書筆の展示があった。
 だれといってさ、わしなつかしいのは吉田松陰様筆頭さな、第一あのへたくそな字わしと同じふうだ。
 涙流れて弱った。
 人を活かす天才、おのれを顧みず人の為にして、国の為だけにして親の恩より親心、三十で獄死しちまった。
「残ったなあ、虎の皮のふんどし。」
 明治維新の力になった。
 いやはやたいしたもんさ。
 自殺系サイトに爪の垢煎じて売っぱらおうか。
 爪の垢ねえから松脂でいいや。

 昼食は畔亭という、むかし網元の豪邸であったという、蓬莱山みたい石庭のお屋敷で食った。城下町の細道を行ったらそこへ出た、高杉晋作家の裏だった。旦那どの付き合ってくれた。素人臭くておもしろい、婿どんだけど苗字は変えんとか、そういやかあちゃんの方がすっきりとか美人とかさ。
 つる桔梗に花韮にと、南国の花植え。新潟ナンバーお上りさんは、たいてい親切にされたっけな。
 ドイツのマイスターが焼いたパンのセット
 お刺身つき小萩弁当 
 チリワイン
 安くてうまいこと知ってるなあ。
 北門屋敷の赤い自転車に乗って見学。家老屋敷に、菊屋という商家に、買わなかった萩焼き店のかあちやん、萩弁使ってくれて面白かったんけどな。
 萩焼きのお土産買えって電話、
「そんなのわかんねえ、一00円の買ってうん一0万てさ。」
「あたしは一00円のでいいから、太田さんとこには少しはましなの。」
 ちえかあちゃんのも買うんか、蟇口買ったてのにって、骨董屋に四0万というのあった、いいけんど気に食わねえ、親父じっとこっちを伺う、通の振りしたっけか。
 旅館の売店で買った
「これはなになに先生のそのお弟子の。」
「先生なんてろくなもんいねえ。」
 かあちゃんそっくりの茶碗も買って送った。
 北門屋敷のご馳走
 ほたての卵とじに生麩と長芋
 ほたるいかの沖漬け
 もずくにオクラのたたきと梅肉
 子持ち昆布
 鮑
 百合根の豆腐
 お刺身
 蟹グラタン
 ひらめの薄造り
 鯛の桜蒸し

 国民年金がそんな贅沢いいんかって、味はひょっとして安芸の宮島?
 瀟洒な城下町萩、歴史的大物いっぱい、つぶれそうなお寺いっぱい。

松陰の露に消えたる獄門の二十一世紀をなに変らずや
いにしへゆ朝日射しこも松や松涙溢れて過ぎがてにせむ

 笠島に原生椿を見た、まだ咲いていた。一株が数十本に別れて、2万六千株の森林を作る、来てよかったというまた一つ。
 八百比丘尼が担って行ったんだ。
 青森は野辺地までさ。
 椿の花を。
 野良猫がいた。北海道の原生林にもいたな。由紀ちゃんが餌をやる。
 かさご釣りがいた。
 南国の海は緑色。

こしみちゆ我が問ひ来ればちはやぶる神の御代より笠島椿

 秋吉台を見て防府に行く。肝心の鍾乳洞はなんだかあんまりって、新婚さんが手つないで歩いて行く、シンボルマーク写真の方がいいのか。
「腕組んでハイカラに行け。」
 といって、美代ちゃんと腕組んでみたけど、なれないと様にならんぜ。
 それよりカルスト台地が面白かった、トルコ人ががんがん音楽かけて売ってるアイスクリーム買って、
「へえうめえ。」
 という、むかし単純アイスクリーム。トリフ捜したって犬や豚でなし、きのこ取り名人の弟子も、土中は無理。
 むかしは大森林だったか石灰岩の曠野。山焼きしたらわらびが出る。ちんけなのだれか摘っていた。
 弟子め、デジカメ落として使用不能、と思ったら今度はケイタイを落とす。
 聞こえてもこっちの声が伝わらぬ。
 まだ通じたときに、前の旅の三太郎が掛けて来たのに、
「うんそう。」
 てめえ返事して切る、
「なんだ、あいつ追っかけて来たかったんじゃねえか。」
「そうよう。」
 女の子に回すぐらいすりゃいいのに。
 きのこ人間だ。
 鍾乳洞で由岐ちゃん口説いてた。

名にしおふる鍾乳洞の恋人ぞトリュフを捜す犬にしわれは

 メインイベントの防府市に着いた。
 今日は先輩の誕生日、女の子二人に花束買わせて乗り込んだ。みかん畑のてっぺんが住宅、S字クランクよりもっと狭い道の、塀が押し迫る。
 どうにか着けた。
 一人欠席一人はもう他界していたし、五人集まる、二年間で二十人ほどにはなるのだが、駒場寮祭、寮デコに三等賞を取った仲間が集まる。気の合った同士が部屋を作って万歳。いい先輩であった人が、十年ほど前に他界する。隣部屋が一人。
 大学教授だ、社長OBだのいうのが岩本先輩の命令一下、風呂焚きから蒲団運びからして働く。わしらも掘れたての筍を料理した、南国の筍はうまかった。飯には持参のこしひかりを炊いた。
 先輩は寮歌気違いで、
「ああ玉杯に花受けて」
 から年に二つあてある、全部でいったいどのくらいになる、おまけに三高から北大の寮歌弥からあわせ、歌詞も十何番まであるのをそっくり、そいつをまたインプットして、伴奏を合成音にこさえて、延々披露に及ぶ。
 アッハッハ、ぶっこわれもここまで来ると見上げたもんだ。
 せっかくピアノ弾きの由紀ちゃん連れてったのに、じっさどもとビールのお相手。
 ナポレオンをやった。
 寮で毎日のようにしてたやつ。わあわあと駒場チャイルド。もうろく分過激になったりして。
 でも十二時前には寝たか。
 先輩の庭には古墳がある。
 蜜柑畑の中に石を組んだ洞穴という、なんとも不思議な感じ。
 彼は奥さんがなくなって、せがれ三人東京へ出て、もう何年も一人暮らしをする。
 楽しかったと、帰ったらメールが入っていた。
 わしも含めてよう老けた。
(美代ちゃんがいやだっていうわけだぜ、くそうめ。)
 薪風呂は文化的で、ソーラーシステムにどんどん水を足す。
 由紀ちゃん風呂上がりをニアミス、うわいい女。
 キャアワア、こういうの年には関係ねえけどな。
 安芸の宮島で、黒猫のだっこちゃんパタリロみたい顔したの売る、二人に色違い買ってやろうって云ったら、美代ちゃんはそんならこれといって、印伝の小銭入れを取る、気さくな由紀ちゃんは押しつけのくろねこを抱いて、
「こうお、あたしの恋人。」
 という。だれあって切ないことはあったんさ。由紀ちゃんは親父に呼ばれて帰って行く、またお見合いだ。
 石原慎太郎親父で反抗するなんてとっても無理、云いなりお見合いしては断って来た、
「一回けっこういいのあったんだけど、見たら目やにしてたから止めた。」
 いったい何回やったんだ。
 幼いから男の子ぶっとばして、兄貴ぶっとばしてって、親にそっぽ向いて。
 岩本ファイルにはむかしの写真があった。
 寮時代の幾葉か。
 老けるきりで変わっちゃいないんだが、はてな、
(だれだいったいこれは。)
 出家して頭剃ったからー

玉杯に酌み交しては半世紀初たけのこを防府に食らひ
古墳付き蜜柑畑を受けつげばわが先輩はやもめに暮らす

 雨のふるさと裸足で歩く。
 由紀ちゃんは念願の山頭火を見学して神戸へ帰る。
 わしらは津和野から須佐湾へ向かった。
 昨日の逆戻りコースだ。あと二泊して新潟へ帰る。
 森欧外はぜんぜん好きになれんし、安野光雅も嫌いだ。津和野は少女趣味みたい商売熱心、でっかく太りすぎの鯉が小流に泳ぐ。
 骨董屋に四0万円の小箪笥があった、すんげえ金具ついている、お寺にもっと大きい半箪笥二つあって、一さお十五万でこないだリフレッシュした、金具は新品、二つともつけるからだれか娘貰ってくれ。
 伝説の宝庫島根県。
 須佐男の命の須佐湾は今売出し中、わしはこうゆうの気に入ったんけど悪評さくさく。
 高山の磁石岩は磁力ないし、ホルンフェルスという岩屏風は背低い、でも鬱蒼あっけらかんとしてなんていうんだろ、三日も釣りして過ごすにいいぜ。
 イタリア料理店の看板、捜し捜し行ったら定休日だとさ。
 おかげて雪舟庭園見るの忘れた。
 腹へった。
 浜通りのレストランに入ったら、思いもかけずおいしい。うまい、行けるったら親父が出て蘊蓄。大阪へ出て修行したんだって。
 沖は渺朦、
「舟でもねえしあれはなんだ。」
「見えない。」
 ほんにいったいありゃなんだ、なんしろ突っ走って五時過ぎ、温泉津温泉ーゆのうづ温泉に、すべり込みセーフで飯にありつけた。
 角を生やしたおっさんの像がある、浅原才市妙好人とある。
「あれまるちゃんが云ってた才市という人。」
 弟子がいった、ヤフー掲示板で知り合ったまるちゃん、なんまんだぶつの人だ。
如来の御姿姿こそかかるあさましきわたしのすがたなりなみあむだぶつなみあむだぶつ
 とあり、また、
角のあるのは私の心、
合掌させるは仏さま、
鬼が仏に抱かれて、
心柔き角も折れ、
火の車の因作っても、
咸消されて其の上に、
歓喜心にみちみちる、
嬉愧し今ここに、
蓮の台が待っている。
 と記す。
 浄土真宗って云い訳教みたいが、旧知に会う如くする。
 てめんことは知らないってだけが。
 宿のばあさが傑作だった。
 下駄作ってた人でといって、角の云われを正確に云う。
 恋わずらいで喉がおかしいんだってさ。
「いっひっひいうんめえ米さ。」
 こしひかりって、お化けみたいふうっと出るのがいい
 北門屋敷より上かな。

 温泉津温泉山県屋のお品書き
鯛の吸い物、
姫竹筍の糠漬け、
手長えび、
はまぼうふう、もずく、
お刺身(鯛と鰤)
鯛の塩焼き、
鍋(蛤)茶碗蒸し、
あまだいの中華風炊き合わせ、
夏みかん皮砂糖漬け、きゅうり。

 米もうまかったが料理もなかなか。
 弟子がそこら散歩といって出て行く、
「気利かしたんだぜあいつ。」
 美代ちゃんとこ行ったら、
「きーっ。」
 追っ払われた、かあちゃんになんていうの、弟子とぐるかって、そんなこと知るか、ふう面白くねえの。

恋わずらひいっひっひいとて温泉津の角ぞ生ひたる婆さま椿
すさのをの命はいずこうしを寄せ八百比丘尼なむ椿花うさ

 古色蒼然松の参道を行くと、出雲大社はでっかいものすごい、本物ったらこんなにまっちょうものはない、ぜんぶ偽物ったら古代の壮大なイベント。
 団体のあとくっついて行って、ただで案内して貰う、四つ手を打って参拝とか、二人十分にご縁のあるように215円のお賽銭だとか。
 本殿のきざはしに、青い紋柄着た神主の人形が五つ、
「人形でねえったら、脱いだ沓揃えてある。」
「そうかなあ、だってこそっともしねえぜ。」
 ほんに半日やってんのかな、
 神さまって神有月の他ご出張だが。
 その前庭は石かけを敷いて、踏んで歩くとご利益、はてな百万円かなあ定価表貼ってない。
「ここで式挙げられるんなら、もう一度結婚する。」
 美代ちゃんが云った。
 荘厳を絵に描いたような式場。ばついち美代ちゃん小野の小町の末裔だってさ。
 由紀ちゃんにケイタイ、美代ちゃんにけんつく食らったってた云ったら、
「かわいそう。」
 だってさ。
「かわいそうなんだぜオロン、いっしょに下北半島へ行こう。」
 恐れ山へ行くことになっていた。
「うん行こう。」
 明るうい声。
 オミクジ引いたら東へ行けというのを、北へ行って、日の御岬方面を回って、地図にはある道がない、海っぱた山ん中ぐるぐる、また出雲大社へ帰って来た。
 昨夜の行ない、ううわしじゃない美代ちゃんだあ罰あたった。

万づ代に伝へまつれる日の本の大社なむ松のまかり道
三界を花の春辺といやひこの浮き世廻らひまうでぬは今

 二時間ロスして、出来立てのハイウェイがあった。
 乗り入れたら真っ正面に富士山。
 いやそんなわけない。
 伯耆富士という、こちら側からはまったく富士山の。大空にどーんと鳥取大山。
 なんたって来た甲斐があった、冥土の土産の筆頭だ。
 雪ひだが燦然。
 鳥取砂丘はつまらなかった、海岸砂丘か、なんでこれが砂丘で、らくだまで用意せにゃならん、もうさっぱりって、歩くのしんどいもんで、文句云って引き上げた。
 昼食を食った。

はぐれ雲尽きなむものぞ今生は伯耆の大山を目かひに見ゆ

 また花の満開になって但馬から丹後へ、急峻な山を廻って行く、このあたりの桜もいい。なにしろ走って天の橋立には六時。湖岸のホテルに聞いたら泊めるという、晩飯は隣のレストランで。
 きしょーめ、最後だってんでフルコースおごって、ワインがぶがぶ。エスカルゴ初めて食った、うまかった。ど田舎者は親切にして貰って喋って、由岐ちゃんにケイタイして、ちがうお見合いは明日だって。
 満月であった。
 月光の天の橋立を歩こう、うんそうしよういい気分だあ、酔っ払って寝ちまった
 早朝知恩院文殊堂という、文殊さまを祭る立派なお堂にお参りして、メス記号みたいな知恵の輪があって、天の橋立の松林を歩く。
「海上禅叢」
 という額がかかる、落款が読めない、いい字であった。
「一声の江に横たふやほととぎす。」
 というのは、なんとまあ江を琵琶湖だと思っていた。1・2キロ先に句碑がある、遠いので行かなかった。自転車を借りればよかった。
 橋の辺から魚釣っちゃいかん、バイク乗り入れちゃいかん、貝取ったらだめ、しちゃいかんばっかりんとこ、そのわりには薄汚く。
 いざなぎの命が昼寝していたら、天の梯子が倒れてこうなったんだとさ。
 日本三景はあと松島だけになった。
 なにさ、そのうち南極の氷が解けて、お寺だって安芸の宮島になる。

能無しの酔ふても行かむ松影や今宵満月天の橋立

 朝飯食って股のぞきの山へ行く、
「車700円だよ、一日停めたっていいよ、うちの店でお土産3000円買ったらただにする。」
 そりゃ大昔から万ずゼニカネの、ばあさに駐車料金払って、次はケーブルに払って売店の100円望遠鏡は割愛、股のぞきすると、それが不思議に宙に浮かび上がる。
「へーえ天の橋立。」
 玉露宙に浮かんで、身心失せりゃ雪舟ののなつかしさ。
 団体客がまくしたてる、こりゃ何弁だわからんと思ったら中国人だ、うるさいったってあれサーズうつったかな。
 あとはなんしろすっ飛ばして帰って来た。
 冥土の土産の花の旅。先輩の防府は散っていたが、越中富山に咲いて、満開は金沢、山また山の中国道はやまざくら、そうして帰って来たら、雪の立山連峰を背に桜が迎える、新潟は花盛り、一本きりの桜も咲いていた四天王門。
 
田の末ゆつばくろどもとこの我れを花に迎えむ四天王門

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うたきこう

 風月堂

 もう大昔のことだ。新宿の風月堂はLP盤の所蔵量日本一、嘘かほんとかNHKが借りに来たという。大好きな魔笛が三つもあって、聴くのはカラヤンの初演物だったが、あの名盤ブタペストのハイドンセットもあったし、20番からのウイーンコンツェルトハウスもあった。たまにはバッハも聞き、オウジャパニーズボーイなんていうジョンケージも聞いた。コーヒー一杯五十円、銀座の風月堂の姉妹店で上等なお菓子がついた。
 詩人絵描きの卵がよったくって、ひまつぶしや議論や、色目を使ったり、かくしもった酒瓶空にしたりして、
「風月堂に来てる間は売れない。」
 といわれ、壁には新進絵描きの順番待ちの展示があった。戦後〜三十年代のサロンといえば唯一サロンと云える。
 役目は終えたといって閉店した時に、文芸春秋に特集を組んだそうなが、それは読んでいない。学校をさぼって入り浸っていた。親不孝のシンボル、傍迷惑。ウエイトレスはチャーミングで美人揃い、女優の卵だったり、青春は美わしどっ汚し、らちもない辛いなつかしい思いがする。
 歌にしてみようと思う、きっと失敗する、なんとかなったら今も同じ餓鬼んたれ、青春追悼ははてどうなるか。
 新宿にも柳があった、風月堂の大きな窓ガラスの辺に。季節もなく、頭でっかちやっていたが、たしかに夏だ。爽やかな日和はどこへ行った、蒸し暑い東京は地獄。

窓枠はモンドリアンの柳影内なる我と外なる風と

 モンドリアンはカンディンスキーと違って、彼の格子組を自然から抽出する、東洋の思想のように、そうだ、しめっている、ナイフを突き刺すと鮮血がほとばしる。聖人のように振る舞う、天才はない、後を継げという、でもやっぱりヨーロッパの袋小路。青春のノートには大略そのように書く、たいていはせりふを三倍も使って。

 美しい少女がいた、追いかけて行った、声をかけた、雑踏の中。美しい少女がいた、抱き上げて、おしっこさせたらな興奮する、清楚と色っけのど真ん中。みにくい少女がいた、乳房の辺に手をー
「新緑の毒素は野に満てり」
 という、高村光太郎の詩。
 ぎりしゃっていう感じの子にギリシャって仇名をつけたら、大柄な色白の美人をローマとつけ、それがトイレでもってすんでにニアミス。圧倒的といおうか、呼吸困難で口をぱくぱく、人妻であった。
「だいじょぶさ彼女別居中だぜ。」
 だれかいった。でも女というのは、はあて、ローマ彫刻のように、なぜか取り付く島もない。小柄だがナイスプロポーションの子がいて、どうしてあんなにと眺め暮らすうちに、
「あいつとやっちゃってさあ。」
 と浪人生がいった。親のゼニ使って飲んだくれている、なにか悲しいところがあって憎めない。

いつき宮まては椎いの強ひてもや問へりし妹は我を待つらむか
椎いにも日はくれなひに言問はむ妹が返しを待つには待たじ

 でも草々はたった一人の、いいや二人の少女になる、知っていたお互いに、言葉もかけず、なんにもならず終わって、そうして一生尾を引く。

月かげの海底を穿つゆらのまも妹が言問ひ思ひかてつも
うつせみのしましく音は聞こえずや寝も寝らへやも夏を明け行く 

 一人ほっつき歩く青春。

しのばずの花は蓮すと吾妹子が麻の衣に吹く風のよき

 ゼニがなくなって、三日も食わずに寝ていたら、枕にしていたぶ厚い本がある、古本屋に持ち込んで、昼飯とコーヒー一杯。学校もだが、まともなことはせずの食うや食わず、

猿酒を汲み交はしつつ天に舞へ三日も物は食はずてあらな

 哲学というにはだらしなく、役にも立たず、あっちやこっち刺し違え。
 ピカソは手切れ金に絵を一枚という、それでもお釣りが来るっていう、涎も出ねえとか、モジリアニーはモデルを睨み付ける、女嫌いの贅沢屋だの、ルノアールはおしりにおっぱい大好き人間、囚れのフォートリエは売れたとたんに幸せ、ビュッフェのほうがずっと正直だ、でもあいつもゆるんで—
 絵描きはあんまりいわず、詩人は自分の担ぐのしかいわず。
 云うやつはなんにもならず。
 でもって貧相だ。
 三流国日本だ、そうさ独創性がない、虹みたい塗ったくる、あいつもまねっこと、渦みたいの半かけ曇って、そいつもまねっこと、へたっくのくせに、もうアレだけ描いとれとか、壁の展示絵にレッテル貼って。

酔ひどれやアルゴー船の櫂をとり手足を鍛へのピカソといふぞ

 青いなめらかな壁、愛を誓い平和を願う、じきに空気が不足して、アルルカンの罪と罰が始まる。卵の殻をぶち破る、外にも空気はない、実存のための凄まじい戦い、その真っ只中に筆を置く。
 とんでもないピカソ。
 あいつの標準は人間喜劇、アフリカもブーズーの神もない、伝統のヨーロッパに、かびくさいアカンサスの葉っぱ。
 狂ったニイチェと同じ常識家。
 裏返しの百眼男、狂わなかった怪物、つまりは最大の、なにさ女の陰に隠れ惚けて。

蘇れ腐乱死体の干っからび死海の水をモジリアーニは

 モーツアルトの目ん玉に、ぞっと生女どもを見すえる、ものみな行き過ぎて、肉は悲し。

 ルネッサンスの伝統の静物画、雪舟の山水長巻、いやレンブラントの光陰でもいい、どうしてそうは行かぬ。神さまがいないという、地平が失せたという、本来人の自在を知らぬ、という、見れども飽かぬと、そうさ他にあるか。

極彩の時は永らへハーデスの衣を脱ぐは明日かセザンヌ

 線が引けない、無音、失われた時を求めて、色彩はプリズムの目を、だれかれみんな後ろ向きに歩く。

尻尾が生え墓を暴ひてシャガールのなほなつかしき愛の形を
腐れてはなほはらわたを憎悪し金蝿たかるルオーの大空
声聞は原子崩壊のモネならん終ひに残んの青と紅
吾妹子は日の神にしてなきがらの炎にあらん偽せルノアール
大戦の破滅を知るやクレーなほ女性的なるそのボルの雲

 小説家と詩人の卵と、どっちも年上で、小説家のほうは古本屋をして、禅寺に部屋を持ち、バーの女と、あれは激しい女だよとそっと耳うちして恋愛し、店にやとった女の子の、女になって行く姿を見守る、気風の良さというのか、男を張って。
 詩人は、早稲田に受かった、その足でラーメンの屋台を引く。詩人はそうあるべきという、ふうてん生活、大真面目であり、詩は達者であった。
 不思議な気がした、小説家は小説を、詩人は詩をという、その他にない、どうしてだ。
 三人で、夏でさえ五度という(温度計があった)峠を越えて、鬼怒川へ入る。かに湯へ泊まる。ついたらぜにが底を突いて、仕方がない出世払いだとかに湯の主人が云った。ももんがーをポケットに入れて東京へ遊びに来る人。
 板囲いに節穴が開いて女湯が見える。小説家と二人で覗いて、向こうもわきゃあ云って、詩人がなんたることだと怒り出す。
 二人とのつき合いは楽しかった、無惨な世の中のエアーポケット。

 カフカを論じマラルメを論じニイチェを論じゴッホを論じ、小林秀雄でありTSエリオットであり、ヴァレリーであり、芭蕉にモーツアルトにゲーテにシェークスピア、ギリシャ悲劇に能狂言、どうして能のせりふは、言葉をあのように蘇らせるのに、結果をただもう仏教に突っ込む。なぜだ、つまりは日本人てこんなものか。
 どこかに言葉の通用する、心の行き通う世界が残っていた。良さというものであった。共産系の不可知論なんでも反対社会党から、そっくりでたらめ赤軍派、どうにもこうにも夢の島。
 創加学会が暴威をふるっていた。

それはもう夫人の扇をマラルメの双賽一擲咽喉癌
ニイチェ泥ベートーベンなむとっつけて人は何処へ大和大道を

 ゴッホ展を見に行った、絵ではない、それは恐ろしいもの、メジューサの首だ、光も氷って涙も沸騰してと見据える目。金縛りに会って汗だく。。

ゴッホなむ神は示して極彩のキャンバスまでを磔刑にせむ
 
 小林秀雄はゴッホと刺し違え、ゴッホはそうさ人類と刺し違え。
 人類は滅びるのさ。向こう一00年詩も音楽も芸術もない、文芸復興はありうるか、フェユトン時代三00年、ヘッセのガラス玉演戯は。

菊の華の精とはなりしモ−ツアルトその塞外をなんの慰め 

 バイブルはマルドーローの歌であったか。でもなんでもモーツアルト、死んでもいいとしがみついて、無惨に破れほうけの、他人の一生まで台無し

見つけしは行きて帰れる心にて 

 草の伸び行く春野を、こっちはただの聞く耳頭巾、悪魔の発明という、そりゃ人をたぶらかすための。

 ほとほと死にき手斧取られて

 恐ろしさ優しさ、美というもののメカニック、音楽の独露身。とつぜん何もかも失せる、轟然たる砂漠を、三日立ちつくし、スフィンクスと取り引きを、耳鳴りに白髪。

松影に烏も鳴くか行く秋のいつかな我は死にはてなんに
華厳なる滝に投ぜしパパゲーノなほ鳥刺しがむくろもなしや

 魔笛はカラヤンがよかった、そのまあミーハー即物がぴったり、エーリッヒクンツのパパゲーノが絶品。さすがに柳生十兵衛生みの親、五味康介が認めた。三十年もして捜しに行ったらなかった。カラヤンの別もの、初演が断末魔のため息とすれば、お墓にはいったゾンビーの踊り。

白鳥のこしの日浦をま悲しみ枯れしくなへに雪は降りつつ

   尾瀬の花旅

 アルバイトのお金が入ってどっかへ行こう。あとのことはいい、山歩きがいい、さあ行こうといって、詩人は行方不明、小説家は不在、論敵も、取り巻きも現れず、風月堂の大ガラス、柳かげの待ち合わせは、弟と腰巾着の英也しか来なかった。
 しょうがねえなあ、まあいい行こう、尾瀬がいいと弟がいった。電発でダムになっちまう、今のうちだと云う。なんでもいい、そこへ行こうといって、夜行列車に乗った。
 弟はフル装備の、登山靴を履いてどでかいのを背負い、たいしたもんだと云って、腰巾着の英也と、わけのわからん格好して、どうだといってポケット瓶を取り出す、二人してたいして飲めない酒を飲む。

青春の何を苦しえ酔っぱらひ夜行列車はカザルスの鳥

(だれ彼ひどい目にあったが、腰巾着と弟はさんざくた、借金は踏み倒し、青春をひっかき回し。)

 夜中に沼田の駅について、明けを待って山行のバスに乗る。満席であった列車が空になる、みんな尾瀬へ、
「ちええなんてえこった、せっかくなけなしゼニはたいて— 」
 東京と同じだといって弟がぼやく。とにかく下りよう。一歩踏み出すと、沼田の濃厚な夜気にくうらり。  

しかすがに霧らひこもして上毛の武尊の山を我れは聞かずも

 寝静まる夜を総勢砂塵を巻いて突っ走る、蛍光灯の明かりがはすっぱに、
「こりゃなんだ。」
「バスの順番取りだな。」
 にひーと英也が笑う、いつもそんなふうに笑う、
「そうかそんじゃこっちも。」
 といってのっそり歩く。頭上は満天の星、絹の布にちりばめるという、古代ギリシャ人の形容に似て、たとえようもなく美しく。
 とつぜんその一片が墜落。

上毛の天夜星群裂けとほり我れは妹を思ほゆ置きてしくれば

 帰ったら必ず会おう、言葉も掛けようと云って身を立て直す、背骨がぎりっと音を立ててきしむ。
 バスの八百何番という札を取った、しまいかと思ったら、夜行はもう一列車来た。
 なにしろ大騒ぎ、いざこざがあったり、だれも人っことは考えず。なんだあこいつは、明け方を待って、駅のベンチに眠る。

ぶっこはれタイムマシーンに乗りて来ていつを貧しき恐竜の世ぞ

 二人はまだ寝ていた。山清水にわななきふれて目が覚める。一面の星空であった、そいつが闇に食われる。
 山がせり上がる、
「どうなっているんだ。」
 雨雲だった、すっぽり覆う、雷が鳴ってはらつく。
 ふうっと晴れた。

一千の宿れる辺り明け行けば上毛の野に鳴る神わたる

 まだ寝ていたり、宿を取ったり、一晩中起きている者。女だけのパーティがあった、とりわけ美しい子を中心にする、
「オリンピック代表はあなた、でもなんで代表。」
 失敗したらぱっくり食おうか、といったような危うい。
 木造トイレは穴が開いている。
 見たこともない背ろ姿。
 けだるい。
 やるせない。
(カタストローフを待つような。)
 なぜか「女の密室を描くドガ」という言葉が浮かぶ。
 入れ代わりまた入って来て、外に二人示し会わせて待ちもうけ。
 えい、どうでもしろと出て行く。
 リーダー格がえっと叫んでそっぽを向いた。 手を洗う。

上毛のおぼろ月夜と人見てむなんにおのれがカタストローフぞ

 透明な夜が一瞬かきくもって朝が来た、柳が姿を現わす。十何台めか、満員バスに荷物を叩き込んで出発。

鳥の鳴く何もなふして沼田夜は柳影とぞ明け行きにけり

 みなまた寝入る、明け方はすばらしかった。くず屋根の家がぬっと現れる、桑畠に光の矢が届いて、上毛の山てんに朝日が射す、モーツアルトもバッハも顔負けの大奏楽。そうさたしかにこやつは日本の夜明け。

十七年かくの如くに明け行くかしが敗戦の藁屋根の屋 
八百万神の戦と知りぬべし桑の畑に陽はも射しこも

 林には栗の花が咲き、川辺には藤が咲き、幾つ村々を、片品川に遡ってバスは行く。
 尾瀬は花の田代と云い、神の田代と古くから知られ、なぜか牛と云うと荒れるだそうの。

栗の花の咲き満ちつつに梅雨に入ることはな言はじ神の田代ぞ
草枕旅行く我れはあらたへの藤の浦廻ゆ片品の川
   
 バスを下りて、ぶなの林に別け入る、さしてのこともないのに息切れして、日々の生活を反省、とつぜん涼しい風が吹いて、夏をなをあら芽吹く木々。

未だ見ぬ妹に恋ほつつあら芽吹く尾瀬の田代の風の清やけさ

 ひばの大木が真っ黒に茂って、ぶ厚い万年雪。三人てんでに寝ころがって、歓声を上げる、太古の息吹のような、なんなんだこれは。

うつせみの身を伏しまろび大杉の万ず代かけて物をこそ思へ

 金色のみずきんばいに雪とみずばしょう。

神から神の田代を大杉のしのふる雪に人は踏み入れ
百伝ふ磐れはあれどふりしける雪の辺べの花にしあらめ

 残雪とみずばしょうとひばの大森林、湖には燧の峰がさかしまに。
 夢や現つや、その足で燧に登るはずが、ここで一泊しようと、東電小屋に泊る。
 浮島があり、白骨化したひばの巨木、鮒のようなもっと大きな魚がじっと動かぬ。

人はいさ何を求めむ梓弓春に浮かれて行方知らずも
白骨と化すらんものは青春の巨木にあらんあららぎの木よ
降る雪は如何にぞあらむ湖の底なる魚と眺めやりつつ
わたり鳥しのぎわたらへここをかも流転三界尾瀬の田代ぞ

 ホッキョカケタカ時鳥に目覚め、深山を明け行く。よう晴れた。
 みずばしょうの咲く浮島の前に、女二人、声をかけて、無理矢理とっつく、
「ちいっとあれ、まあいいか。」

今をかも花の田代は杖を取り丈の白髪にわたらひ行かな

 杖をこさえてやろう、いらない。
 ひばの森を抜け、息が上がって、突っ走ってはおい休もう、そんなんじゃ着かないよと弟。
 これは女たちをがっしりエスコートして、残雪を踏み分行く。群鳥が鳴行く。一所開けて湖が見える。
 
昨日にか萌ゆる浮島うたかたのたが客人か舟に棹さす

 燧は雪、昼飯を食って登って行く、ガスがかかる、晴れて真っ青な空。くわーい死んでもいいやといって、雪に見上げ。
 長い雪渓があった。足スキーして一気に下る。英也が真似して滑って来て崖へ、そいつをすんでに受けとめる。さんざくたの目に会わせて、為にしたのはこれっきり。

神さびてひうちの山を降りこもせ晴れやる間をも命なりけれ
神さびてひうちの山を雪霧らひ過ぎにしことはな思ひそね

 登りはあはあ息せいて、下りはほうと走って行く、ぶなの林の新緑。
 弟は女たちと慎重に下る。
 長蔵小屋であった。もうたいてい満員の、まだ山小屋と呼ぶにふさわしく、てんや銀狐の毛皮を何枚か売っていた。

長蔵の万ず浮き世を住みなしてあら萌え出ずる満つ満つしかも

 女の子の一人はすっかり弟が気に入って、どうだいいっしょ泊まろうぜ、兄が無責任にいったら、とろけそうな笑顔の、もう一方が慌てる、弟はまともだって、あとの二人へーんな人、もうどうでも次の小屋まで行くといって、連れを引っ立てて歩き出す。 
 悪いことしたたって、夕日を仰いで、ひえー嘆息。見りゃ健脚のようだし、ほっとしたのが弟だったり。
 風呂へ入って飯を食って、酒も飲まずに歌う。荒城の月に菜の花畑にって、隣パーティーの女たちが笑ってのぞく。

芽吹かへるぶなの林も花にしや手振り歌はむ鳥刺しアリヤ

 三丈の滝を見てから、尾瀬ケ原を歩く。
 滝まで三十分、豊かな水量が常舐の滝というまっしぐらに流れて行って、大落下三丈の滝。
 ものすごいったら。
 鎖を取って滝壷へ下りた。昨夜の女たちが、
「きーわー。」
 見守る中、さっそうと下りるはずを、手がふるえる。
 ただしぶきに濡れて。

ふるへつつ鎖を取れば満つ満つし青葉若葉は三丈の滝

 花の田代といわれる尾瀬が原を、人っ子一人出会わさず。たった一人釣りをしていた。さまざまな花を見た。名を知るのは、ながばのもうせんごけというのだけ。満喫するといっそ記憶が失せる。夕方川をわたる。楊の並木があった、大小のいわなが行く。

万億年花の田代ゆ巡礼の思ひ起こせば魚の行くらむ
至仏なる峰いを見えず夕されば柳影とぞ風吹きわたる
千秋のもがり吹けるを待つらむか神の田代を見れど飽かぬかも
しましくに押し照る月は万雪の神の田代を人見てむかも

 至仏小屋に一泊して、一日もう余計に過ごしたから、明日は山を下りる他になく。全天またたかぬ星、手を伸ばすと届きそうだ。

至仏とふ流転三界知るや君なほ天降らはぬ星の如くに

 花は至仏のほうが有名だという。ざぜんそうやえんれいそう、ちんぐるま、みやまおだまき、世の中にこんなものがあるんだなと云っていたら、女子大生の四人組が行く。
 花より団子、大慌てに呼びかけたら、返事がない。
 リーダーは美人で、姿も申し分がないのに、うっすら口髭が生える、むらさきにおう処女のひげ。

しずやしずしずのおだまき繰り返し長日乙女と我があひ見しや  

 あとになり先になり、菖蒲平らを過ぎ、ぶなの林を行き、あとの三人話したくってむずむず。美人はかたくなに沈黙、ひげをまじまじ見ちまった。
 かってにからかい笑わせ。夢中に楽しく。

恋ほしくば菖蒲ににほふ吾妹子がむかしを今になすよしもがな

 一生忘れられぬむらさきの。

あら芽吹くぶなの林を美はしき三千世界年ふりてなほ

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2007年3月20日 (火)

うたきこう

  津軽恋歌

じょんがらの響み恋ふらむ枯れ尾花しのひし行けば津軽は吹雪

 じっさはもう寝るといって、一寝入りしたらたたき起こされた。告げだ。そりゃどうしようもないわ。支度して下りて行くと、まだみんな飲んでいた、接心の打ち上げだ、恒例になっていた。僧服を見て、
「お葬式ができたの、そんじゃだめ。」
 と、美緒ちゃん。
「そうな、明日はお通夜明後日は葬式。」
 冬の青森温泉行は、都合して接心明けの九日から十二日になった。じっさ垂涎のランプの宿を予約、
「ーーーー。」
「とにかく行ってくら。」
 昨日まで大雪の、どうやら溶ける雪道を走る、あれちょっと酔っ払い運転か、ビール一本ぐれえは飲んで寝たぞ、えらいこっちゃがあとの祭り。
 枕経を読んで帰って来た。
 風鈴さんがおれ代わりに行くといった、由紀ちゃんがいやだ絶対に行くといった、らっきょう和尚が、おれは法事あって残念だといった。てんやわんや。
 未緒ちゃん由岐ちゃん風鈴どの、この初春は歌舞伎町へ行った仲。
「わし青森のお寺に呼ばれて予定組んであっからって云って来た、えーとてっちゃんお通夜、末寺かたんぎょうさ導師にして。」
 じっさ云った。
「ふーん、じゃてめえで頼んでくれ。」
 せがれのてっちゃん憮然。
 末寺はだめで、弟子のたんぎょうさに頼む。
「うわやったあ行ける、ばんざい。」
 由紀ちゃん。
 ばさら坊主というんだ、いい年こいてわっはっは。途中拾って行く美代ちゃんは、子供インフルエンザで39度の熱が出た、行こう行こう、あたしマスクかけて行くからっていう。
 大雪が降ったし、東北道はどうなる。
 一人三万円の旅費なんだ、あとはじっさの援助交際、新幹線なんか乗ってらんねえ。
 じゃーん朝発ちだあ。
 雪の津軽へ温泉とおねえちゃん、葬式ほったらかしてモーツアルトだあって、がきと同じ。
 
青荷なるランプの宿をま悲しみしくしく問ふる雪はも深み

 早暁五時、ラッセル車が反対車線に雪を残す、どかんがんがん40キロで激突、慌てて向こうへ、
「どうもならんかったか。」
 なんしろひでえ。
 三日も大雪が降って、どうやら溶ける。
 ハイウェイは大丈夫、待ち合わせは磐悌熱海IC、二時間というのは無理か。
 美代ちゃん由紀ちゃんは旅行仲間、新参の弟子と、彼がいとこの未緒ちゃんと。
 会津磐悌山あたりは圧雪。
 吹雪模様。
 たいてい覚悟していた。そろうり行ってなんとかクリアー。
 磐悌熱海、出口の駐車場に、美代ちゃんを拾う、八時半だ。
 東北道へ。
 黒石インターから二十分、道の駅、
「虹の湖。」
 で、待ち合わせ、送迎バスは二時三時四時あとはない。
 いい天気になった。
 宮城県境で飯を食った、北方ラーメンだの、なんとかうどん、名物カルビにジュース買って、
「あれ。」
 車のカバーがずり落ちる。ガソリンスタンドに寄った。ひんまがって取り外す他はなく、
「そうかやっぱりな。」
 きっと新亡者が取っ付いている。
 女ども三人でくっちゃべる、新宿で新年宴会、二次会オカマバー以来調子ずいて、そいつ紹介した明美ちゃんの、どうもあけすけなんが未緒ちゃんに伝染したか、いえ他の二人も年増ねえちゃんであって、
「うへえメル友かえよう、もっと初心なんにさ。」
 翌日横浜そごうに田中一村展を見て、中華街で昼飯食って熱海一泊。行き当たりばったりのそやつ。
 貸し切り風呂ってのがあって、ー
 夏行った青荷温泉、ランプの宿には七つも風呂あって、混浴、
(いっひいあいつら、ー )
 あっというまに過ぎる。
 男三人で北海道まで行ったときは、やけに長かったが、
「やっぱおねえちゃんだあ。」
 でも、こっちの立場ねえ。
 ちった景色でも見ろってんだ、無教養人が、すけべじっさ何云ってるの、いやわしは宮沢賢治。

白鳥の舞ふをかそけし枯れ尾花イーハートーボは雪にい寝やる

 青森へ分枝したとたん吹雪になって圧雪。
「さすがだあこりゃ。」
 命あっての、120キロで大型バスが追い抜く。
 吹雪いて晴れて、ほとんど通らない、雪掻いて道路族の食い物か。
 黒石インターは吹雪。
 カーナビがあってよかった。路肩もなけりゃ標識も見えぬ。
 前の車にとっつく。
「来たあにじの湖。」
 雪。大小のかまくらこさえて、観光客歓迎。
 おでんを売っていた。津軽味噌だれのおでん。
 トイレ行って来い、みなして食おう。
 デジカメに撮って、もう送迎バスが待っていた。
 客は十人ほどいたか。
 二メートルの雪を曲がりくねって急坂。
 対向車てずうっと戻ったり、雪掻きに十分も待って、山のてっぺんへ来た。
「雪上車に乗ってみたい人はどうぞ。」
 装甲車みたいのに乗り込んだ。
「新雪はどうもー。」
 といって、さっぱり進まない、西も東もないのを一周。
 初体験。
 やらせでなかったら恐怖。狐の足跡があった、熊がよったくるという木があったり。

我が聞くは死の行軍の八甲田万分の一が雪の辺なる

 ついた、もう一度と思った青荷の湯、二カ月先まで満杯という、予約が取れた。
 だがどっか違っていた。
 離れの一つ屋敷みたい所だった、みんな大喜びしたが、龍神の湯というのだけ混浴で、あとは別々。
(ちえそういうこと。)
 凶悪犯でも取っ捕まえてりゃいいんだ、警察は。
 くそったれ。
 女どもわあきゃあ。
 氷柱のっきり、雪のかけ橋、華のように凍るガラス窓。
 未緒ちゃんが、売店を冷やかして、
「お邪魔しました。」
 と云ったら、
「ほんとうに邪魔でした。」
 と云われた。
(へえ、ほんにそんなこと云ったんか。)
 ぎゃはっ爆発的お冠り。
 頭へ来たっても、女ってのは喋りまくる。下がかりにおっぱじまって、食堂へ入ってもやっている、じっさ火に油。
「ランプなんてもな、いやな思い出ばっかり。」
 という、娘二人と来た老人がいた、由紀ちゃん未緒ちゃんといっしょ風呂入った、拝ませて貰ったって、けえわしにサービスを間違えやがった。
 信心家で、瀬戸内寂聴を尊敬、こっちの騒ぎ見て、変な顔して座を立って行く。
 そういえば、坊主頭に会釈する女もいた。
 らしくせんけりゃ、はーい。
 一人だけ混浴風呂へ入って来た。男か女かうすぐらくってようもわからん、さすがランプの宿。
 精進料理にいわなの姿焼き。
 温泉はよかったって女どもが云った。
 夜更けまで騒ぐ。
 朝一番のバスで出て、民謡酒場に津軽三味線の山上進を待つはずが、都合で一日伸びた。今日はどこへ行こうか、青森なら高速へ乗る、弘前へ行くなら、
「おいおめえ宿賃払ったか。」
「いいえ。」
 未必の故意だあ。
 電話かけて貰って、バスの運転手に払う。
 無線飲食ラジオだって、一度やってみよう、おねえちゃんども卒業して、ホームレスになったら、うん理想は高くさ。

円空仏氷の華に咲き満ちて乙女を三人ランプの宿ぞ
今宵かもだれそかいます湯のけぶり空の空なる雪女

 津軽は西も東も雪、
「座敷わらしの他になに出っかな。」
「美人から先に東京へ出るっていうの、秋田の話だっけか。」
 かもしかが出て困るってさ。
 ガソリン入れに寄ったら、左かわ後部タイヤがちょっとという、どっかで見て貰った方がいい、なぜみてくんねえんだ、とにかく弘前へ。
 市庁舎の前に弘前城公園があった。
 雪洞祭りをやっているという、よし見に行こう、ぐるっと回って追っ払われて、市役所の駐車場へ停めた。
「いいんかなあここで。」
「うん観光客さまだ。」
 交差点を渡りお掘りをわたって、ぼんぼりのでっかいやぐらが立つ。
 粋な黒い大門。
 桜並木だ。
 春はすんばらしいぞ。
 ボランティアのおばさんが、ほうきを手に雪洞の新雪を払う、津軽美人だなあも、
「いっしょ写真入ってくれ。」
「いいけんどもその手はなせ。」
 肩組んだら外せって。
 武者絵や女絵が貼ってある。
「夜くりゃいいんだ。」
「さみいんだろうがさ。」
 何百というぼんぼり。
 本丸跡に写真を撮って貰って、撮ってやって、雪にすべって転ぶ、お祭り広場には屋台が並ぶ。馬そりがある、馬が待ち呆け。滑り台があった。
 タイヤチューブで美代ちゃん滑る。
 由紀ちゃん未緒ちゃんワンカップ持って、おでんのくし握る、
「これさ昼飯食うんだっていうのに。」
 だってえへへ。
 重要文化財石家住宅というのがあった。人の住んでいる古い酒屋だ。ワンカップ手にのっこり、
「ひええやってらんねや。」
「いいですよ、どうぞ。」
 井戸があったり、縄で縛った大仰な仕掛けや、とっくりや大道具。
「そんじゃ飯を食いにさ。」
 ねぷた村へ。
 弟子の彼女は青森だ明日は案内する。
 未緒ちゃんは彼氏いるし、ピアノ弾きの由紀ちゃんは結婚した。美代ちゃんは小六の子いる。
 美緒ちゃんはどた靴履いて、そりゃすっ転ぶ。
 シングルマザーの美代ちゃん、うふうもうかび生えてるって、じっさからかいやがって。

弘前の百万灯にとぶらはめ人の住まへる雪はも深み
行きずりの我もとぶらへ雪灯籠津軽女が情けを深み
年ふりてここに問はなむ花吹雪人は津軽を永のへの春

 青森はねぶた、弘前はねぷた館の一番奥へ、津軽三味線が始まる。法被を着た若い女の子、去年コンクールに優勝したんだって。
 へーえって弾き終わって、女どもが手習い。
 津軽三味線という、ようもわからん。
 大旦那の奥さま青森出身で、山上進長岡公演には、打ち上げに乾杯の音頭、たんび聞かされて。
「たいしたもんだあ世界の山上。」
 誉めてさ、ずいぶんよくなった。
 モーツアルトのほうがいい。
 高橋竹山の等身大の写真があった。
 絶句する。
 日本史の額縁に入れて飾っておけ。
 津軽三味線は、残り香ともいうべき。そうさなあ頂上。
 ねぷたは見ものだった。
 すんばらしい。なんで雪にやらねえんだ。夏なんだってえ、魔物みてえど迫力。
 独楽やこけしをこさえていた。
 金魚ねぷた。
 こぎん刺しというのがあった。
「すげえこいつ。」
 高えなあ。作務衣があった、女物かあちゃんにお土産、五万円うーん清水の舞台。
 着てみねえとわかんねえかなって、見ると五万じゃねえ十五万だ、売り子呼んどいて逃げた。
「和尚は着る物とんちんかん。」
 明美ちゃんが云った。
 生まれて初めて選ぼう。
 作務着きて、こぎん刺しのバッグ担いで、歌舞伎町オカマバーじゃなくって、東京さ行こうぜぶつぶつ。
 ねぷた太鼓をひっぱたく。
 スナックで、どっかいい宿ねえかって聞いたら、
「嶽温泉山の屋。」
 というの教えた。
 予約して、駐車場行くと貼紙してある。
 むずかしいこと書いてある、
 うわずるっと発車して、
「あそこ行く、すてきな可愛い建物。」
「二こぶ駱駝。」
 ぐるっと回って行った。
 明治から大正ロマンの、ハイカラな建物が一カ所に集る。外人教師の館とか、一時は喫茶店であった図書館とか。
 ピアノがあった。
 由紀ちゃん弾く。
 シルクハットを箱から引っ張り出して、わあきゃあかぶって写真に撮る。
 カーナビに嶽温泉を入れると、そいつが津軽弁バージョンの案内で、
「そこ曲がって右だ。」
 って、堂々たる津軽富士、雪の頂きは見えぬ。
「津軽人てあるなあ、あのかあちゃんさ、目のあたり。」
 そういえばそうかも。
 旅ってなんだろうって、糸の切れた凧、あっちへふうらり、女どもはこっち向いてホイ、少しは色付けたら。

ねぷた絵は阿鼻叫喚の地獄絵の歌へや舞へや炎熱の夏
孕み女の腹かっ裂いて歌へや舞えや豊年満作
前世はバイオリン弾きとふ由紀ちゃんのシルクハットにドイツぶりせむ
門付けて我も行かめやじょんがらの津軽の郷に雪降りしきり
門付けてじょんがら行かめ花の春
吹雪散るかや鳴る神わたる

 雪の岩木山嶽温泉山の屋は、またぎ料理。
村田銃を担いだ絵があったり、囲炉裏を切ったり。
 女どもが歓声を上げる。
 湯の花で有名な温泉。
 雪の壁にはぼんぼり。
 うわあ風情だってさ。
 三品のうち好きなのを選べる。熊の肉鹿の刺身に、はたはた鍋。
 自慢はまたぎ飯、舞いたけを入れて珍味。
 未緒ちゃん由紀ちゃんは酒豪で、ご馳走を平らげて、今度は席を変えて飲む。
 じっさ寝たら、未緒ちゃんにたたき起こされた。
「度生心てなんだ。」
「そんなもん知らねえ。」
「由紀ちゃんが云ってたけど、禅宗坊さんは人を救おうとしないって。」
「へえそうかい。」
「どうやって救うんだ。」
「ほうらこうやって。」
 そこの柱を撫でると、そうかあって云う。
 由紀ちゃんもいた、すっきりしたあって、美緒ちゃん行く。
 不思議な子だった。
 誉める代わりに、サービスして行けったら、じっさはお金出してヘルスだとさ。
 その夜もめったくさ。
 ケイタイごっこする。
 院生の弟子が、得度のゼニ立替えで、腎臓売って払え。弟子二人たまたま売って、和尚さまに支払え、なにおめえ買うのか、おなべちゃんだめ。
 美代ちゃん口説く学生に、しつこいぞてめえ焼き入れたるなと。
 てっちゃんいい男、美緒ちゃん彼氏に、
「好きな男できたから。」
 とかけて、ケイタイ切られた。
 慌てこくって留守電、
「受けねらってたんだからさ、愛してる。」
 猫撫で声。
 大笑い。
 だって、追い出されたら行くとこないもーん。
 朝飯半分で、美緒ちゃんばたんきゅう、宿の人も大笑い。
 こぎん刺しの背負いバック買った。
 りんごのドレッシングとりんごの醤油と。
 けちで上手な買い物は由紀ちゃん。
 貧乏暮らし長かったってさ。
 日本海に出よう。
 山麓を回って鰺ヶ沢へ。
 二時には弟子の彼女と落ち合う。
 樹海の中の絶景をすんでに大事故。
 雪が凍っていた。

舞ひ立つは津軽乙女ぞ冬なればなんのもがりかしのひ吹けるに
黄金の酒を酌まむか湯の華の我れは舞茸パパゲーノぞ

 荒れおさまった海へ出た。
 道の駅鰺ヶ沢。
 鱈ときんめの粕漬をうちへ送る。
 舞の海の出身地だった。
 立派な記念館が建つ。
 向こうの丘にホテルがある。そっちへ行った。海の見えるロビーでコーヒーを飲む。
 売店で知恵の輪買ったら、丸太ん棒削ったきりの、えっへえこりゃなんだ。
 ずっと下って行って、千畳敷という海岸。
 ほっけを釣る。
 海苔を取るばあさの話を聞いた。
 滝が氷柱になって凍っていた。
 山越えは剣呑で、鰺ヶ沢から青森へ。
 雪もないのにみな四0キロで走る。追い抜いたってまた四0キロの、あきらめた。
 じきに凍るんだな。
 弟子の彼女と合流した。
 アルガという名物海鮮市場へ。
 取れたていっぱい。
 蟹ありたらこあり刺身あり、どーんと魚の大小バライアティ。
 おたふくみていな見たこともないはぜ、昆布に漬物。
 うにかにいくら丼三色丼、豪華な昼を食べた。
 民謡酒場へ行って、山上進の三味線を聞く。
 二次会をどうしようか。
 青森オカマバー行こうって、女どもおこげちゃん。
 明美ちゃんにケイタイしてみた。
 青森は一見さんぼられるからって、弘前の店紹介して来た。
「別に義理ないから、行かなくたっていいよ。」
 という。そりゃ青森へ来ちゃったし、明美ちゃんに蟹といくら送った。
 弟子は彼女はデイト。
 わしらはそこら探索。
 雪の青森市内を歩く。西も東もようわからん、
「このみちはいつかきたみち。」
 吹雪に歌って、仰山ある空っぽタクシーををつかまえた。
「一見さんだ、どっか案内してくれ、せいぜいこのくらいでな。」
 はいよってんで、三内丸山へ行き半分は時間切れ、ねぶた会館はパスし、だってもあっちやこっち、しまいアスパムという三角の巨大建物でさいなら。
 なんでもある観光会館、てっぺんの回転喫茶店へ。
 絶景かな、吹雪の港から、八甲田山のスキー場、賑やかな繁華街の灯。
 うわきゃあ歓声を上げて、ケーキを食べ、ワインを、コーヒーを飲み時間までいた。
「ガラス吹きさせるとこあったんだって。」
「知らぬ存ぜぬだったなあ。」
 吹雪を民謡酒場坂久へ。
 生きるとは地獄だって、津軽人はようも知る、ねぶたを見に来ようって、お盆の夏には坊主だめ。

滝さへに凍れるものか鰺ヶ沢ほっけ釣るらむ海苔を摘むらむ
三内に日は入りはててもがり笛
なんに燃えたる縄文館
じょんがらのなんにし我れは物語り津軽恋しや雪は降りつつ
たまゆらのワインに酔ふてアスパムや吹雪に暮れる海なも灯
 
 弟子が予約を取っていて、七時さか久に合流。
 田酒という地酒、ほやだうにだ、取れたての烏賊刺し、かんぱちの甲焼き、大間で上がったくろまぐろ。
 この烏賊吸いつくきゃあ。
 旅の終着乾杯。
 ピアノ弾きの由紀ちゃんは、お寺の独演会に、山上進と二人セッション。
 けっこうなもんだったけど。
 若いのが三味線弾いて、ちいっとかたいビンカラって音して、笛を吹き太鼓をひっぱたき、店中総出でやっている。
 由紀ちゃん美代ちゃん未緒ちゃん、引っ張り出されて太鼓打って、あとすけべそうな親父と踊って。
 笛吹かせろったら、だめだって、
「山上進さんは。」
 聞いたら、
「今はもう有名になったから、お店には出ないだべ。」
 とおかみ。
 看板に偽りありって、隣の二人連れは、東京から来たんだそうの、
「まそういうこったか。」
 縁が切れたあってもんの、ひとしきりして坂久を出た。
 青森一やすいといって、ハイパーホテルに予約、
「いやよそんなの、あたしにだって選ぶ権利あるんでしょ。」
 いいもの好きの美代ちゃん。
 新宿のホテルがそりゃひどかったし、廃虚みたい、野良猫がのっそり。
 風鈴さんのせいだ。
 美代ちゃんご満悦、こりゃは勉強のたまもの。
 ハイパーホテルはすてき。
 第一ホテルと第二があった。弟子は彼女と歩いて行く、由岐ちゃん取り残され。
 切れそうになって、
「へえそうだったですか。」
 てなもんの弟子は福相。彼女の案内でバーへ行った。
 グランドピアノのぐっと小型のあって、由紀ちゃん弾けやって、猿回ししちゃった。
 バーテンぼそぼそ。
 ロートレックのころの絵描きがどうの、津軽にはギターのバッハ弾きがいて。由紀ちゃん怒ってる。
 そのギターのバッハなんじゃこりゃ。信仰というものを知らんのか。うんじゃあとて先に引き上げた。
 一寝入りしたら、どんどん、
「あした何時に起きるの。」
 美代ちゃんに起こされた。
「うーん七時。」
 はなっからいすかのはしの食い違い。三たび四たび、とうとうあんないい子を抱けずじまい。
 しゃあないいつだって生まれついでさ、こっ恥ずかしいって、モーツアルトもくそもねえわな、とうに死んで。

じょんがらの津軽三味線大太鼓飲めや歌へや雪に寝ねやれ
吹き溜まりバーとは云はむ底なしやロートレックの風にしも聞け

 さあ帰ろう、美緒ちゃんは友達に会うっていう、
「新幹線に乗ってけ、これ援助。」
 なにしろどいつも文無しだあ、いくらか渡して青森駅へ。
 その方が車も楽だ、なんせ八十キロだ。
 美緒ちゃんは駅に突っ立って、泣いてたんだって。
 楽しかったんだって。
 あとは今日中に帰りゃいい。
「大旦那奥さんが、姉のやってる店によってけって云った、忘れてた。」
 弟子はカーナビに入れる。
「まだやってねえだろ。」
 ぐうるり回って来て、時間前。
 もう一回まわったらあたしもちょっと切れるって、美代ちゃん。
 九時過ぎハイウェイに入った。
 雪は消えて上天気、
「他わかんねえで、中尊寺はどうだ。」
「そうしよう任せる。」
 行ったきりなんだからって、由紀ちゃんぶつぶつ。じっさ反省なし。
 見渡すかぎり雪の中、
「中尊寺で昼飯だあ。」
 ぶっとばせって、カーナビの到着時間が次第短縮されて、びかっ取締装置をさけて、120キロに下げて。
 追い抜くやつがいる。
 中尊寺はICを下りて五分、なんせ観光目玉ってわけだ。。
 北上川から衣川が別れる。
 弁慶の立ち往生。
 花のころがいいか。
 中尊寺は天台宗だから、比叡山と同じ、大小の宿坊が建つ。
 金色堂。
 うわあ坂道だれか押してくれえ。
 月曜芭蕉記念館はお休み。
=五月雨の降り残してや光堂=
 教養のねえさっさと行く。
 弟子は信心で、たんびに手合わせ。
 あてずっぽうには、タイのエメラルド寺院風、美しいお堂があって、そうして藤原三代が眠るって。
 とんとむかしの表紙にした幔撞が、三つともあった。
 国宝だ。
「ふーんこれに導かれて来たんか。」
 なと。
 由紀ちゃんは南部鉄瓶を買った、貧乏暮らしにおさらばか、
「鉄瓶でお茶沸かせば、アルツハイマーならないって。」
 弟子と結婚した、最後の旅行だ。
 由紀ちゃん代わって、磐悌熱海まで。ひえーぶっ飛ばして五時半近く。
 女どもを下ろす。
 由紀ちゃんは美代ちゃんに、郡山駅まで送って貰う。
「これあたしたちからの、バレンタインのチョコと奥さんへのお土産。」
 といって、
「あれこれなに。」
 別に袋一つ。
 それがお土産で、渡されたのはわしが買ったこぎん刺し。
 うっふうしてやられ。
 車がおかしい。
 パーキングエリアで空気圧を調整した。
 帰ってから見たら、空気口が破損、バンパーもひびがはいっていた。
 雪に激突は新亡者通せんぼ、いやちがうぜ、無事に帰って来れたのは、守ってくれたおかげ。
 どっかおかしかったけど。
 混浴温泉はぱあになる、山上進にはすっぽかされ、それからえーと。
 明日は初七日だ。
 忘れたころに、弟子が書き付け持ってきた。
 立替えといたって、あの。

弁慶が仁王立ちせむ衣川花の吹雪に訪のへや君
恋ほしくば津軽女の花しぐれこぎん刺しとふこれな忘れそ

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うたきこう

  津軽釣歌

 秋になったら旅に出よう、津軽へ行って北海道へわたって、鱒も釣ろうきのこも取ってと云ったら、そんなひまはないとお寺の小林のほかには矢島、

津軽には食す国おはせ吾妹子や追良瀬川の風の清やけさ

 十和田湖からは奥入瀬川と白神山中からは追良瀬川と、どちらもおいらせ。ぽんこつをフェリーに乗せて、秋田の矢島と土崎港で待ち合わせ。ごーがらん一晩中エンジン音と雑魚寝。

ぶっこわれタイムマシーンの仮眠みや思ひ起こせば波の辺なる

 矢島は四日しか付き合えんという、北海道は小林と二人きりか仕方ねえなあ、24時間営業で飯を買って飲み物を買って、まずは矢島の運転で出発。
 彼は磯っぱたで足を切った、ムール貝みたいの踏んづけたそうの、抜糸がまだ、
「昨日だったんだぜ、医者が忘れてどっか遊び行った。」
 八郎潟で鯉釣りのほうがいいという、べったり座ってさ。これは八郎潟の残骸といおうか、田んぼの真ん中に大沼、米余りがわかっていて干拓した、ゼネコン日本の草分けかな。

八郎のいにしへ知るや群雀早稲の田浦は刈らむとすらむ

 能代市の風の松原は、美保の松原と天橋立と日本三大松原だという、いうだけのことはある。 どっしり見事な松が何千、いや何万本。トイレ水道のある公園でもって、朝飯食って用足して、
「こういうところは夕方おねえちゃんとさ。」
「能代美人な。」
「美人から先に東京へ出る。」
「かもしか出るってよ。」
 目が青いんだぜ、日本人とちがう、秋田犬のDNAがヨーロッパ種だって、つまりロシア人かな、キリストの墓ってのもどっかあったぜ。

能代なる風さへ白き松原の辺にも廻らへ妹が袖振る

 川へ入った、まだ紅葉には早い山の林。やまめを釣り逃がし、よくみたら針がかけていた。おしょろこまのような、黄色いいわなを釣る。まだネイティブがいるんだ、川ごとに違うんだリリース。このあたりはもう白神山中か、

白神の社の旗しろ吹き立てば別れ来ぬべし妹をかも思ほゆ

 白神十二湖の絶景、三百年前の火山の噴火でできた、原生林の中に大小三十あまりの。三つ四つは見たか、巨大岩魚いとうを養殖する池があった。青池はほんに青く、たしかに魚がいたんだと小林が云った。森の遊歩道を歩く。

白神の十二の玉と聞こえしは津軽乙女が命を碧き
吾妹子や青き水底に住まへりし伝へはぶなの空洞にも聞け

 夕陽で有名な温泉は人でいっぱい、止めたあといって、なんかあった五能線わきの、そう白神温泉という、名前だけは立派な、ー
 かあちゃんカラオケやってて出て来ない、
「なんだってね、泊まるってか、ああいいよ。」
 てなもんの、客はなく。食って飲んで、そいつがけっこうなご馳走で、三人うちの麻雀をやった。うわあ電車だって、五能線が軒先を通る。

白神の夕の下しろ吹き荒れて二十一世紀を我は知らずも
白神の夕の下しろ吹き荒れて湯舟にひたる蛸の八足

  追良瀬川は十三湖へ出る、長い流域をベテランのカヤック、カヌーというのかようも知らん、冒険家が挑戦して、助けてくれえと泣きわめいたとか。けわしい上 流と激しいその水。釣り人の夢は、釣り荒れてやまめが一匹。さけますの禁漁区があった。車が何台もいた、ずんと歩くらしい。

追良瀬に鱒を釣らむと夢に見え今うつせみの瀑のしぶきぞ

 殿様が難儀をした峠大間越えから、車力村へ入る。昼食は貝味噌定食という、よっぽどのご馳走かと思ったら、帆立てのでっかい貝殻の辺に、卵ご飯と煮干しが一本。ひえーといって、なんぼでも飯が食えるから不思議、

潮騒を荷ふてわたる平らには車力村なむ貝味噌の飯

 十三港の十三湖は、中世に大地震があって、一夜にして滅んだという日本のアトランティス、推定安藤氏館あとと立て札があって、発掘跡と思しきものがわずかに残る。
 しじみが取れる、でっかいしじみ。
「ちがうったら、ジパングのさあ黄金王国があって、世界中と取り引きして、逆転海流でもってこっちが中心、表日本だあ、ムー帝国と通じて、サブマリンがあってUFOがあって、美しいお姫さまが。」
 演説したって二人聞かず、

しじみ貝夢に見えむ波のものなほ黄金のよしやあし草

 小泊村竜泊温泉、日本海の夕陽の見えるという、残念ながら雨。島が見える、大小二つ、道路マップにはない。
「あいつら夜中に迫って来るぞ。」
 こわいといって、働きもんのかあちゃんに聞いたら、
「あれが大島と小島、天気よけりゃ青苗地区さ見える、こないだ津波あった、そう、ここらへんテレビも北海道。」
 と云った。
 珍味食べて一杯飲んで、トイレ行ったら、となりへ来たおっさん、
「定めし名のあるお坊さんでしょう。」
 と云った、へーえそういうもんすかね。
 翌る朝かあちゃんうっすら紅さして。

草枕旅をはてなむ大島の流れ寄せぬか夕陽が沈む

 雨は上がったが霧と風と、木や草っぱがぶっとんで、道は竜飛岬の展望台へ、ふわっと晴れてどえらい絶景、真下には北海道、
 何百という蛾が落ちていた、逃げもしない烏。

来てみればいにしへ竜の天飛ぶや人も草木もうちなびき見ゆ
見よや君凡百の蛾の散らへるは竜飛岬に生けるしるしぞ

 岬には青函トンネルの記念館や、自衛隊に測候所に民間ホテルに、すべて取っ払ったらすてきな岬。
 日本三大潮流という渦潮。
 豪勢な見ものだった。
 なでしこに似てそうではない、われもこうのような白いのや、エーデルワイスみたいのや、まつむしそうでもなくと、固有種かも知れないお花畑。
 それを引っこ抜くばあさ、
「そんなん植えたってさ、つかねえから。」
 よしなよって、日本人へんだしな。

珍しく咲ける花草いくへありし竜飛岬を渦潮巻ける
身のたけは丈の白髪になんなんに魚釣り暮らせ竜飛岬に

 味噌垂れのおでんを売っている、そいつをみんなで食いながら三厩町へ

味噌垂れのおでんを食らひ三厩の西部劇とぞうそぶき歩く

 津軽半島からのフェリーはだれも乗らんで廃止になったってさ。
 矢島はあと一日の、
「いいよおれ五能線で帰る。」
「どっか行きたいとこあっか。」
「酸ケ湯まだ行ったことねえ。」
 じゃ行こうとて、今別町から鉄道沿いに入る。雨が降って山深くなって、濁り水ではフライは効かない、矢島がみみずと竿と買った、どうやら使い道なし。
 でっかいとんび、いやあれはわしだなぞいって、しばらくは晴れる、蟹田というところへ。

しかすがに霧らひも行くか岬なむ舞ひけむものはこは大鷲の
いついつか雨は降りつつ大平の蟹の田んぼと横這ひ行かな

 左折して海へ、瀬辺地郷沢橋内真部と下って、いや上って行くのか、池田せいさんは青森の人、先年つれあいをなくした、
「みやこぞやよひのくもむらさきに。」
 と、北大寮歌を、主人の好きな歌だったといって、涙流す。

仰ぎ見し陸奥の国なむ二つ松池田せいさの家はもいずこ

 では人並みに観光しようといって、まずは八甲田山のロープウェイに乗る、1500円日本一値段も高いんとちがうか、紅葉と青森ひばとふーわり霧が。てっぺんはもう八甲田の七つ池。

鳴りとよみ飛天になりて染め出ずるぶなを廻らへさ霧らひにけり
七つ池月を呑まむは八郎の夕にしあらめ笹をも茂み

 有名な酸ケ湯へ入った、真ん中にあっち女湯こっち男湯と記すきりのでっかい木造風呂、かあちゃん若い娘けっこう入ってるぞ、ひーうわ絶景の、強烈おしり向こう向いてちらっと、
「オリンピックよりよっぽどいいや。」
 とか、もと本来のこれ清々。

哀しさは今する妹が奥の井の風呂にぞあらむ染め出でにけれ
悲しさは今する妹が奥の井の風呂にぞあらむ萌え出でにけれ

 酸ケ湯を出たら、指一本立ててヒッチハイクの子、
「きったねえ車だけどいいか。」
「ソーユーコトカマイマセン。」
 シニエちゃんというドイツ娘だった。
「酸ケ湯入って来たか。」
「ハイッテナイ。」
 十和田湖畔へ送って行った、そこでビバークするんだという、でっかいザック背負って、北海道の山を七つも上った、八甲田も登った、しまいは富士山へという、元気いっぱいの二十四歳、
「富士山で飛行機ヒッチハイクすっか。」
「ソレデキマセン。」

金髪のメーツヘンとぞ物語り十和田を廻りなんぞ雨降る
舞茸のメールヘンなむ美はし女やぶなに乾杯あひ別れなむ

 シニエちゃんはお寺へ寄って行く、帰ったと思ったらいっときして、玄関にお菓子がある、お礼に買って来たらしい、歩いて行ったんか、
「そんなかたいことしてお嫁に行けんぞ。」
 といって、しばらくメル友していた。
 その晩矢島は、抜糸の糸を引っこ抜く、
「あっちー。」
 パン一になって奮闘。
 流行らないユースホステルに泊まった。
「ようしおれ田沢湖案内する、岩手もさ、じきだぞ。」
 という、彼は秋田へ来て二年。
 翌日は晴れて、爽やかな風が吹いて、あっちこっちりんごのなる道を、大館鹿角のストーンサークル見学。
 相当大規模な同じようなのが二つあって、小屋が四つ五つ建って、
「UFOが出るとこへ作ったんだぞ。」
 なんてさ、がせねた。

鹿角にはタイムマシ-ンを荘厳のりんごは赤く秋風の早き
UFOのいにしへ今を恋わたり二十一世紀を縄文の世ぞ

 田沢湖を一周、矢島が伝説を話す、
「うんでもって、水飲んで竜になってお姫さま争ってさ、なんとかって坊主がやきもちやいて、あれおれ買った本忘れて来た。」
 ヌードの像どっか立ってるんだがなって、
「松があって、そんで。」
 通り過ぎたか。
 そこらへん松林できのこ取り、小林は名人だった、
「あいつきのこの親類だで。」
 少しは取った。
 矢島は買った竿とみみずで釣り出す、玉川の酸性水が入って魚はいない。

龍人のなんの伝へと田沢湖や松の影だに言問ひ忘れ

 角館の武家屋敷を見る、粋な黒塀見越しの松って、お古い歌いやさお富、現実は映画のセットよりもくすんでたけ低く、でもどっかシックな感じ。

吾妹子が小さ刀をしずやしずむかしを今につらつら椿

 もうわしらも帰ろう、村上の黒岩んとこでいっぱいやろうか、きのこも取ったし、じゃわしも行こう、帰り四時間、間に合うといって矢島、スーパーでねぎと牛肉買って。
「すきやきだあ。」
 土崎港へついたら、抜糸に脱いだずぼんを、ユースホステルに置き忘れ、車のキイもアパートの鍵もない、
「しょうがねえ。」
「うん。」
 管理人呼んでアパートを開けてもらい、ここでお別れ、
 ずぼんなど盗むやついねーからって。

萩代や名月ならむ出羽の郷と二人をのみと別れ来にけり

 四時間をぶっ飛ばした、国道七号線、むかしのように一00キロてわけにはいかんが、なんせ仲秋の名月だ、スーパーのスナックとコーヒーでもってさ、三面川はすすきさんさん。

満月やすすきなびかふ河のものたが住まへるか同行二人

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うたきこう

  温海温泉万国屋

 かあちゃんが温海温泉へ行こうと云う、去年も暮れに行った。年だで年末年始は億劫だ。せがれが嫁貰わん、朝のお経が 終わると、たたき起こされて飯ってやつで、でなくったってなんでもかあちゃん、少しはご機嫌を取っておいて、いやさ他にも多少の理屈あってと、葬式があっ て一日ずれた、金曜になる、優雅にカラオケ独占てわけにゃ行かぬか、あいにく雨も雪になりそうな。

浮き世さは早に終はんぬ笹小舟寄せあふ岸をしぐれうちつつ

 中条まで高速道路で行く、その向こうはだめか、村上まではつくと云ったのにさ。昼飯だ。去年は神林村の道の駅でカツライス食った。
「商売だなあ、ふっくらカツ。」
  と云ったら、うちへ帰って、そのとおりにかあちゃんこさえた、へえ。今晩はご馳走だで、軽いスナックといって、そんな店がある。ピザとコーヒーとにした。 おっさんが女連れで二組、いやさわしら入れて三組か。はてな年金じっさか。上林暁という手足しびれた作家まだ生きてんのかなと、だからトーマスマンなんて 不自然なの、止めとけっていうのにさ。

雪は降れ無無明亦無無明尽神林村のあかときの空

 村上には弟子がいた、坊主どもやえげつない檀家に、さんざんな目にあってさ、生き仏のような男だってのに、そりゃみんなわしのせいだ。朝日村にも弟子がいた、気のいい親切者がさ、おんぼろ寺建てなおさんといかん。

磐舟の君や舵棹取りて行けよしやあしだに流れ笹川。

  七号線はトンネルを幾つも抜けて山北町へ、寒村の代表みたいな、名勝笹川の流れから、海へ出る、雪はふらっと降って、また晴れて。何度か秋田へ行った。夜 中八0キロで走る、そいつを陸送運ちゃんが見ずてんに追い抜く。うわっはキーンてもんの格好いいだやら、この日も追い抜かれた。こりゃ高速道路いらんなー んてさ。 義経伝説のある鼠ケ関はもう温海町、冬荒れの恐ろしいような海。

年の瀬に我が妻とかもかひわけて山北村を荒海へ行く
三たびしやなんのえにしかねずケ関干物売るらむ夕波荒れる
義経のいにしへ辿り何なすと塩の花咲くうみねこ鳴くか

 温海温泉万国屋は客あしらい日本一という、知る人ぞ知る。ほんにすっきりした仲居さん、新人研修は三カ月。若い子がきしっと着物を着こなして、三つ指ついてまあかっこいいって云ったら、
「千と千尋みたいって思って。」
 と笑う。
 儀左衛門の湯といって江戸時代からあった、明治になってパリ万博の因に万国屋と改名。流行っていた。ひところは角栄嶽山会の客とか、テレビにも出てたな。水枯れどき来たが、先生や銀行の、
「はいそうです。」
 お金持ちの忘年会だってさ。
 窓の下には古い桜並木があって、手入れもだいぶしてある。川には鮭がのぼる、
「いえとっても食べられた代物では。」
 と、そりゃまそうだ。

花は老ひ人は千歳を故郷のあつみ川なむ海へさし入れ
湯の花のそは黄金の酒にしやもがり吹けるはたが物云ひぞ

 そりゃもうなんたってご馳走が出る、もったいないが年で残す。
 わしは神経痛を治し、かあちゃんは低血圧を冷え症を治し、温泉に二度入ったら、仲居さんがあんまを呼んだらと云った。夫婦してもって揉んで貰った、わしのあんまの方が上手なんだってさ。どうと風が吹いて、あしたは雪の予報。
 今年はなんせ中越地震。恐怖の大地震だった。繰り返し来て、そりゃまあひどいもんの、後始末もだいぶ残っている。

温泉やいつか老ひたり夫婦して地震に会へば風さへに揺れ

 温海温泉も被災者を受け入れたって、かあちゃんは朝湯。いっとき止んで雪になる。スノウタイヤを履いて来た。
 まあどこへ行くたってどうにも、映画館ないか、
「ハウルの動く城。」
 だって、見ようといったら、若い仲居が喜んで、田んぼ中に、三川ジャスコという大店舗が出来て、幾つも映画館がある、あたし調べて来ようといって、問い合わせる間に、かあちゃんの支度が出来たんで出発。
 酒田へ行った帰りにしよう。去年来て、
「本間さまには及びもないが、せめてなりたや殿様に。」
 という、本間屋敷を、折悪しく休館日で見損じた。
 海っぱたをふうわり塩の花。

山茶花やうしをに寄せむかもめ鳥早乙女にほへ酒田の郷へ
山がたへ風も舞ふらむうしを花しばし別れむうみなこ鳴くか

 鶴岡は通り過ぎて、

鶴岡に雪降りしきりますらをと思える我や過ぎがてにせむ
月の山湯殿の山と聞こえしはそれが形に雪降りしきる

  本間美術館を見学する。重文藤原惺窩の筆跡があって、さすがに上古の書は違う。江戸時代へうつり明治維新へ続く。いずれ大家大人の書が、なにかあんまり感 心せぬが。勝海州はめったらなんに上古の趣がある、さすがだ。西郷南州もさすがだ。ほとんど仏の書だとか、山岡鉄州の真物は初めて見た。なんという気品。
 そうかうーんといっては納得。
 大正天皇がお泊まりになるというので、建て直した、瀟洒な庭園を見下ろす別邸に行く。
 女の子が先だって説明してくれた。総欅の階段や、四方正の柱、巨大な杉の根っこからとった板張りや、大正時代のガラス窓がなつかしくぼやけ。
 押し花のしおりがあって、一枚300円10枚も買って来た。本間美術館の印。
 せっかく本間邸はまたお休みだった。

上古には人もありしを明治には志士もありしをつらつら椿
戦にもつつがなしやと思し召せ飯塚邸は地震に倒れ
松がへやせめてなりたや殿さまの本間屋敷は雪にしの降る
名にしおふる本間屋敷の別邸の花のしおりはたが為にする

 鵜川の飯塚邸は、終戦直後の御幸に陛下をお泊めした。半倒壊した地震から復活、たいへんであったなあれは。

 ジャスコだなあ、田んぼの中に出来立ての巨大店舗があって、そこで昼飯を食べ、宮崎駿雄映画、「ハウルの動く城」を見た。シニア三割引きだってさうっふ、なんともまあ。始まったとたん大画面がわしになって、向こうきりの無印象。
 帰ってからあれ見たよといったら、弟子のハイデッガー先生が、とくとくしてあれは駄作だ、思想の統一性がない、なんのかんのと云う。喝してもって届かず。 まったくに知るとは、せいぜいが、
「あいつはああゆうやつだ。」
 としか、云いようがないのだ。しょーがない男だ。
 最後の作品ハウルは、大作家駿雄のお礼のしるし。帰って来た、粟島に夕陽が沈む。

海は荒れ我れも客なむかもめ鳥陽炎ひ迎え粟が島山

 鯛の姿造りに米沢牛のしゃぶしゃぶにと、昨日とはまったく別の献立、板前変わらずば同じ味がってさすが。年に一度の贅沢。年金貰えるようになったしさ、かあちゃんと二人カラオケは、なんせ小学校唱歌日本の歌。
 去年は客もなく、せっかくママが取り持ってくれた。今年は混む、部屋で歌おうといって一人歌っていたら、仲居さんが料理運んで来て、うふっおしっこ漏らしたような顔した。
 パパゲーノのアリア。 ニュウイヤーコンサートに魔笛やるっていうから、メル友彼女と行こうって、かあちゃんにばれてちょっとその。
 かあちゃんは砂山でも小諸なる古城のほとりでも、ソルベイグの歌でも、なんでも歌える。わしは音痴でせぜいが埴生の宿ってとこ。
 せっかく部屋でといって、かあちゃんご馳走の食い過ぎでダウン。
 ぐっすりと寝た。

七十のパパゲ-ノに浮かれては酔ひて寝ねやれ雪降りしきる

 帰りは山沿いの道を発見して、冬期間通行止めを、まだ行けるさあと押し通って、温海町というけっこう広大な山林を、ぐるっと一廻り鼠ケ関へ出た。やまめの釣れそうな川。薪を山のように積む家。

夫婦して華やかなりし湯治場の廻らひ帰る煙立ち立つ

 お土産は、雲水どもに牛たんと中国産干しさくらんぼ。麩に飲み残しのワインに、えーとお菓子に。冬至も過ぎたしじきに忙しい正月。むかし大面の庄大字小滝。大面のおおもめ寺だってさ。雪が降っていた。

滝の門のどうめきあへる大杉の雪降りまがひ年立ち代はる

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どらいぶ

ドライブ3

 エッシャーは女流版画家で、ナチスの迫害を受け、しかも息子が戦死した、そうして終戦の春を迎え、ー
エッシャーと云ふらむドイツ女の戦をへにてその春の雪

 でっかい樫の木があって、盛大に葉っぱを落としどんぐりを落とし、貧乏屋敷だが借りはなくって貸しばっかりとか、
みんなみのいつかしの枝を折れ伏して年のへ雪は過ぎはつあらむ

 星が二つ雲の間に見え、たしかにそのむこうに月はあるはず、
雲間ゆも見裂けるものは二つ星月はいずこへ七十の初春

 久しぶりに魚を買いに寺泊へ、
初春の吹き降りすらむ寺泊僧なる我れや肴を買ひに

 雪降らぬ正月、あっちこっち落ち葉や杉の葉っぱ。
初春や古来希なる大空のなんに恋ほしや雪降り荒れて

 雪が降るといろんな鳥が来て、
天つ鳥つひばみ来寄せ我が門の残んの柿に雪はふりしく

 まだ地震でもって不通の道も、
淋しさは雪の田代を廻らひに真杉生ふなる小千谷を行けば

 ドライブコースの一つが、海へ出て出雲崎から柏崎、鵜川をさかのぼって、それから高柳、あるいは松代へ行きという大回り、
米山のぴっからしゃんからしかすがにしの降る雪を鯖石川波
佐渡が島いつかな消えてわたつみの柏崎なむ雪はしの降る
柏崎しのひ降れるは雪にして仰がむ天空をなんぞ恋ほしき

 くそったれーめがおじいちゃんの年寄りだとさ。
雪降るをなんにわぶしえ柳橋久しく酔ふてうたげすらくに
年寄ると我れは思はねしくしくの酔ひて寝ぬれば冷えわびもすれ

 それでも呑んだら意気投合して、待ってるからおいでってさ、今年だって雪下ろししたから、陽気な下田村の女ども。
降る雪は久しく妹が奥の井の下田村なむ初春を問ひ越せ

 吹き降りする街を若い子は歩かない、年寄りばっかり。
アーケード雁木にあらじ柏崎年寄りのみが吹雪わたらへ

 幻住というんだなお寺の住職は、幻住何十年と遺偈を作る。
犬もまた幻ならむ年は明けうっそりかんと雪は降り降る
いついつかおらあがんとぞ良寛の雪にしのへる年は明けぬれ
 
 毎年かあちゃん孝行のこれは温海温泉行き、朝日村の道の駅にむかしの玩具館がある、蒐集は三万点を超える、その美しさ愛らしさ、日本の文化というなんというすばらしい、でっかい姫達磨ののーんと笑う、どうにも忘れられず。
姫達磨のーんと笑まへ降る雪は朝日村とふ平和祈願ぞ

 交差点でうしろの車の人がパンクしてるって教えてくれた、よかった大事にならずにすんだ。
勝木にはタイヤをパンクし年寄りがしのふる雪を温海の宿へ
山北の勝木村なむ弟子もあれ降れるみ雪に尋ねても行く

 福島潟へ行くはずが瓢湖へ出た、白鳥より他のみずとりのほうが多い、そやつが人の足下で寝入っていたり、ひしめきよせておかしいったら哀れ。
瓢湖には餌付けしつらむ白鳥の羽交ひ寄せなむかもどち哀れ

 写真家なぞ大嫌いだ、なんでファインダー覗かなけりゃ人生じゃねえんだ、とか云ってさ。
福島の雪の芦辺を群らつ鳥人はなんにやファインダーを覗き

 万国屋へついたら支配人が挨拶にきて、実はという、コンパニオンを三十人呼べってんでぴーんと来たんですが、断れ切れなかったもので、お風呂も別にしてあります、どうか気をつけて下さいって、
冬枯れて潮鳴りすらむめでたくも襲名披露はくりからもんもん
 でも三人ばかりいたな、そろって見上げる、てやんでえ貫禄が違うわって、やべー太鼓腹叩いて出てきた、いい音した。
浸れるはくりからもんの男前はあてや坊主は太鼓腹にて

 電車に乗って鶴岡見学。
雪降ればかもめにあらむ羽越線海波荒れてトンネルを抜け

 鶴岡城十六万石の桜並木だってさ、なぜかそのむかし大宝寺と云ったんだって。
人みなの桜並木と行き通へ千代に八千代に十六万石

 藩校致道館は孔子を祀ってほんにお寺そっくり、
本尊は孔子さまなむ八方に松をわたらへ雪はふりつつ

 郡役所は木造西洋館がそっくり。
思へらくシンメトリーの郡役所急な階段をカイゼル髭が

 藤沢周平の海山藩のモデルは彼が生国鶴岡、映画のセットとかあって鳴り物入りを割愛。
耳だにあり海山藩の物語り見ずて通へぬ雪ふりしきり

 風間家という大屋敷がそっくり残って、屋根は杉を葺いて、十万箇の石を載せる。
風間家の万を数ふる石にしや仰ぎ見すれば雪は降りつつ

 名横綱柏戸の弟がやっているという鮨屋、やすくておいしい、たらのしらこが絶品。
恋ひつらく柏戸関に盃をさかなは鱈のしらこに候

 ぐんと胸もとまで緋袴を結いしめて、どっかいろっぽい神子さま、帽子かぶってたら若い神主に脱げって云われた、坊主だで遠慮してかぶってやったのに。
しくしくに雪は降りしけ出羽の郷羽黒の山の大杉の道

 アマゾン館というのがあった、南洋諸島もあわせて原住民の文化を展じ、そりゃもうやっぱり江戸の玩具、これは石器時代と変わらんというのか。
アマゾンのはだかに暮らす吹矢族人に見せばや雪の郷はに
 
 モーツアルトを聞きながらドライブして、柏崎モーツアルトも吹きさらし潮騒舞ふは烏か鳶か

 雪降らぬ田んぼにたむろして、
吹雪する我がみちのくや雪降らぬ田の辺にしや白鳥の群れ

 見れども飽かぬこれは十四日の月
玉の緒の絶えなば絶えね永らへば雲間に通ふ十四日の月

 小千谷と小国の間の迷路のような山道、
吹雪して廻らふいずこ小千谷なむ晴れ行けばかも大杉の道
鯖石川人にしあらば問ふてみよ越しの小国に雪は降らずて

 暖冬異変
冬眠も半ばにしてや池の鯉泳ぐも哀れ如何にせむとや
七十の伽藍堂なむかそけしやふきのとうなと取りてし食らへ

 梅はまだ咲かぬ
吹雪して田井の外れを我が辿るなんの館かつらつら椿
あしたには満つ満つあらむ月影の雲井辿りて見れども飽かぬ
珍しくきさらぎならむ枯れしきて雪の降れればさ庭を歩く
山を下りこは生涯の終りにぞ仰がむ杉に雪はしの降る

 信号ってけっこう美しい
赤ければ沈む夕陽か海の青しのふる雪に誰を問はむとや

海は荒れ
かもめら舞ふか
我が行くか
こは行きずりの女たち
はりせんぼんを拾ふ烏も

 妙高高原サンライトホテル
ゲレンデに雪はしのふり妙高や我れもかつては若人でありし
湯の宿のだけの樺に雪は降りはふり落ちつつ夕焼けわたる
プロにしや六子を置ひて願はくは丘をスキーの花にも咲きつ
この宿に老ひたるものぞ肩を組みいにしへ忍び云ふには云はじ

  なにしろ見渡すかぎりの田んぼ
消え去りし鎧潟とふ蒲原の我が尋ねしは鯉や鮒どち

  小千谷の山
しましくは雪も降らずて小千谷なるぶなの林を春はあけぼの

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2007年3月19日 (月)

どらいぶ

ドライブ2

 
 春はあけぼの、降ってばかりいたのがとつぜん晴れる、雪の表面が凍って田んぼから山から渡って行ける、
思ひやる春は野百瀬の村の井の凍み渡りせむ子らが賑はひ

 これは網の目のような道、中越の山中は地滑り地帯、くぐり水ならもしやきっといい水が、
花嫁は山野田を行き仙納を行きよろしくあらん松代清水
夏来ても岩魚を焼けばきのこ粥しるべはなほも松代の宿

 男ひでりじゃなくっておおむかしから嫁なし、
鬼やんま行き帰りつつ大島の芦辺田浦に妻問へるなく

 地滑りに人身御供を建てたんだってさ、そうそう行き倒れは見つからぬ、ふんどしの汚いやつから取っ捕まえてって、ほんとか。
大島の鳴りくらめひて月かかり夏の野分けは明け行きぬべく

 滅多に車の通らぬ道を兎があっちへ行きこっちへ行き、提灯ばかりぶら下がって、昼間のお社。
笛太鼓ぴーひゃらどんとあかねさす月に浮かれて松代うさぎ
笛太鼓ぴーひゃらどんと祭りには我れも人の子風立ちぬべく

 黒姫山は三つあってこれは中越、山を眺めながらに行く道があって、標高は低いが、登ってもみないのに大好きになる、
雲井にか面隠みおはせうばたまの黒姫吾子がよそほひ秋の
 
 上山温泉に行くついで、移って行った上杉の米沢へ、
夏野行く阿賀の川波たゆたひに遠いにしへを思ほゆるかも

 会津磐悌山を巻いて行く初秋
会津にはとよはたすすき穂に出でて去に行く雲が何ぞ恋しき

 上杉鷹山の草木の塚
上杉のさ庭に入らむ初秋や草木の塚し我れはもうでぬ

 道を間違えてせっかくの都を通り過ぎ
上杉の都大路をかしこみて群れ山鳥かわたらひも行け

 亀岡の文殊菩薩
年ふりて文殊の智慧にとぶらはめ夏草茂み十六羅漢

 受験や縁結びの願掛けに、若い人がお参りする
我が世さはつとに終わんぬ亀岡の文殊菩薩に願掛けまをせ

 蔵王は山形県と福島県に股がる、ケーブルにのってお釜へ行く、花畑の向こう、
両つ国蔵王に入らむケ−ブルの花の畑を越えてぞ我が行け

 お釜は真っ青な水をたたえ。
蔵王なるお釜を見しは七十の初秋にして霧らひこもせる

 残暑の厳しい山寺に涼を求めて、なんでか知らん大嫌いななんまんだぶつになった、
若き我が残んの夏もいにしへの南無阿弥陀仏蝉の声を聞く

 でもとにかく超満員の行列
いにしへの人を恋ふらむ風にしや草木も岩も南無阿弥陀仏

 寒河江の慈恩寺は奈良時代から江戸末期までの、諸尊仏像を所蔵する、これがまあ並の代物ではなく、
寒河江なるいにしへさびて広大の慈恩の寺ぞ我ももうでぬ

 慈恩寺という村があって、明治になるまで各戸みなお寺であった、坊というのか。
みちのくの人に我れありや広大の慈恩の郷に時はうつろへ

 上山温泉はなにがし上人というお方の開いた温泉という、
行脚人のおこせしと云ひし上の山幾代をへにて我もとぶらへ

 新潟という大字がある、
新潟の名をもしるさむ上山初秋ならむ湯煙のよき

 荒川峡谷はせっかく景勝の地を、とつぜん降った豪雨に濁流、
玉衣ねりや乙女が荒川のさやさや波の秋立ちぬべく

 このあたりの地名は上越辺と同じだったりする、坂上田村麻呂が屯田兵に村ごとごっそり引き連れたという、
彼をかも家郷あらむ関の川山を廻らへ二つ小国も
 
 彼岸花はとつぜんひゅーいと花序が出て、
曼珠沙華ごんしゃん雨を吾妹子や残んの蝉のうれたくもあれ

 軒下にしか咲かぬ秋海棠、なんで向こうへ伸びて行かない、雑草が生えてさ、
雨うてば人を恋らむ軒にしや秋海棠の花を長らへ

 池をこさえ蓮を植えた、
鬼やんま蓮すの花を清やけしや一二三四秋の風吹く

 草と競争は彼岸を過ぎて急に楽になる、
七十の日んがな廻る草むしり秋になりけり終わんぬはいつ

 錦織さんという人を帯織駅に迎え、
つくつくほうし名残り鳴くなへ帯織や錦織りなせ我が待つ妹は

 いっしょに鵜川上流の無形重要文化財綾子舞いを見に行く。
早稲を刈りいざいざ行かむいにしへの綾子舞ひなむ奉納の日ぞ

 佐渡の見える出雲崎を通って、
綾子舞さーやさやさや振り袖の佐渡は四十九里波枕

 中高生が一生懸命に習い覚えた綾子舞い。
米山のぴっからしゃんから見裂けるは綾子舞ひなむ長振り袖の

 市長だの教育委員だの演説が長すぎてとうとう雨。
いついつか暑さは過ぎて降る雨の米山さんさ稲を刈り干せ
はざかけて早く刈らむは米山のぴっからしゃんから雲まかり出で
 
 羽黒山の真っ黒けなでっかい銅像が立って、
二別れ中之口なむ早稲を刈るあれは何とぞ羽黒山とぞ

 なにしろ見渡すかぎり田圃という、はざ木もなけりゃまっすぐ用水路、
長雨のいつまで行くか河波のしや蒲原の雲井にも聞け

 かやつり草は夏の終わりに、
魂祭り十日を待たむ塚の辺の雨降りながら草生ひながら

 なんせ稲刈り時に長雨、はざの辺で芽が吹くってむかしは云ったが、
早稲を刈りしくしく降れる長雨の道はいずこへ米山薬師

 ちええ一人で温泉に行くんだって、
吾妹子は夕を泊てなむ松之山染め出ずはいつ湯のけむり立つ

 人面村に大面村に、はあて鬼面ってー
今日らもや夏もやひせむ鬼面の花のみずきを人知れずこそ
月かげに音をのみ泣くか鬼面の紅葉しげむを人知れずこそ

 山道は萩のトンネル、すすきの川原、
行く秋の雲い流らへ吾妹子が松之山なむ萩代すすき
群らつ鳥いずこ鳴きあへ吾妹子が松之山なむ萩代すすき
わたり鳥月読みがてに恋しきや松之山なむ萩代すすき

 なんせあっちもこっちも烏、神さまのお使いというよりも、うっふけっこう好きだけど。
いやひこのなんに舞ふらむ谷内烏沖つ辺田井に雲い立つ見ゆ

 みずとりの名前がよくわからない、せいぜい真鴨ときんくろはじろと、白鳥と鷺と。
守門なる山をかそけし郷別けの刈谷河面にわたらふ鳥も
 
 秋山郷は平家の落人部落、名にしおうさすがの紅葉
いざ子供紅葉狩りせむ十日町早にも問へな長雨ぞ降る

 十日町がふんどし町で行けども行けども、じきに清津川をわたり、中津川を遡って、
清津川早にわたらへ吾妹子が隠もせる山を初霜ぞ置く

 笹やぶから出たのは老猿であった、雪が何メートル降るのかこのあたり、
いついつか冬枯れすらむ奥志賀の何を食らはむ老ひたる猿は

 秋山郷は老人組合でごった返し、
切り明けの湯の煙なむしかすがに年は老ひたり紅葉狩りせむ

 奥志賀林道は十月二十六日に閉鎖。
切り明けの紅葉を見しや行き通ひ明日は閉ざさむ奥志賀の道
人はいさ今日を限りに紅葉だえて秋山郷を奥志賀へ行く
秋山の峰いかそけし奥志賀のぶなの平らに雪降るはいつ

 大徳寺に尼さん候補がいて尋ねてきた、弟子と三人で秋山郷へ行く、きのこを取った。
あかねさす紫野なむ大徳寺一休を慕ひに尼になるとふ

 松之山はまた遠い、
倒れ木はぶなの巨木ぞ松之山遠々問へるに舞ひたけとなむ

 末寺の和尚が点滴も外してなを頑張る、
即今を永らへも行け老和尚輸送船とふ生き残りにて

初しぐれ荒れ降り止めば我が行くさシベリアよりは舞へる白鳥

 雪降るはいつ
あは雪を久しく妹が松之山田井のわたりがなんぞ悲しき
下通ふはざうら田辺を吹き荒れて守門がなへを雪はふりしく

 美容師になるという働き者の娘が来て、
菊祭り弥彦神社のおみくじは大吉と出て舞ひ踊る子や

 名月や北国しぐれの季節、
流らふは昼間の月か井の上の紅葉過ぎぬれ荒れ降るばかり
しぐれつつ雲間を泳ぐ三日月や七十我れをさ寝もい寝やれ

 三十三で死んだまろという仇名の、
雷や残ん紅葉の紅にみまかりし弟子がともがら尋ね

 お寺の紅葉は今が一番、
金山の佐渡が島より吹き荒れてこの河なべを入り塩紅葉

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2007年3月18日 (日)

どらいぶ

  ドライブ

 田植えが終わって、月遅れの節句は六月、今町中之島の凧合戦がある、刈谷田川に凧を絡めて引き合って、その年の作を占う。凧の絵を描く名物男が檀家にいた、あいつも老けたな。
田を植えて早に舞ひ行くつばくろや郷別け中を大凧揚がる

 雨が降っても花盛り、
行きかへり日の道にして山王や葵咲くらむ雨降り止まじ

 橋桁をかっこうがねぐらにして鳴き渡る、ずいぶん大型の鳥だ、葦原にはおおよしきりがうるさく。
田を植えて問へるもなしや与板橋芦辺をわたりかっこうの鳴く

 あんにんごは桜の仲間で、房になった白い花を咲かせる、走り梅雨のころに咲く、やませみは大好きな鳥だ、いくらでもいたのに今は滅多に見ない。
あんにんご雨に照り冴え夏をかも破間の瀬をやませみわたる

 中之島は大口れんこんといって、蓮の名産地、れんこんでこさえた蓮ワインがある、五泉に雹が降って、大きな葉っぱの蓮は全滅、はあて知らん顔したとかどうとか、
中之島花は蓮すのい寝やらへ流らふ雲がなんぞ恋ほしき

 わが山門はほっておけば葦原にねむの花、さわさわ鳴る萱の大株、
日に舞へや月に踊れや山門の阿吽の獅子ぞ鳴る萱にして

 蛍の里というのがあっちこっち出来て、降るような蛍だと電話したら、涙ぐむ四児の母。埼玉のふりふる如き蛍なれ涙すなるは子の母にして

 きしょーめ護寺会費ぐらい払ってから文句を云えと云って、
よしえやしおのれ軒辺は何せむに空ろ鳴くかや大面の蛙

 中越の山あいには鷲鷹の類を見る、のすりと、中飛というんだろうかあれ、なにしろ名前がわからない、ちょうげんぼうがいたり、けっこう大きなのや、あれはたしかにとんびじゃないなと。
舞ひ行くは鷹にてあらむ越し人のま杉梢を雪はしの降る

 町軽井は信濃川の対岸にあって、舟を漕いで遊びに行ったという、鉄道もあって、しばらく駅だけ残っていた。
み雪降る与板の橋を過ぎがてに見ずて来にけり夕町軽井

 寺泊赤泊航路が高速船になった、車乗っけて二時間、よく行ったけど今は四0分で人だけ、いわつばめが十一も巣食っていたが。
人云ふと佐渡は四十九里波枕うみねこ鳴くか出船はまだか
人云ふと佐渡は四十九里波枕うみねこ舞ふか雪はしのふる

 米山さんが見えて柏崎、まぶしいようななんだか切ないような冬の旅、
雪霧らひけだしも思ほへ柏崎うしを舞ひ飛ぶうみねこにしや

 冬荒れの海を船が行く、
帰り船しましく荒れて廻らへば松浦ケ崎に夕波淡し

 柏の大きな葉っぱが枯れて、お地蔵さまがあって、誰が手向けたか花、
もがり吹く冬枯れすらむ柏樹の人を呼べるか積丹岬

 俺がぽっかり浮かんでいると、魚どもが寄って来るのさ、そこをどかっと突く、どうだ達人の域ってもんだろうと、空手馬鹿。
テトラポット空手の羽賀の云はむかない寝ても突かむ石鯛に蛸

米山さんは雪化粧、ぴっからしゃんから雷鳴っての歌がある、お寺にも米山薬師の塔が立ち。
きさらぎの新た衣に袖通し人を恋ふるか米山薬師
きさらぎのぬ白衣に袖通ししのび恋ふるか黒姫吾子は

 鯖石川の河口で釣ったら、釣れそうでいてさっぱり釣れやがらん。
米山のぴっからしゃんから晴れ行けば誰を呼ぶらむ鯖石の川も

 雪はまだ降らずに日の雫して
たが恋ふと風の松原廻らひに羽衣ならむ日の雫して

 鵜川神社の大けやきは、中ほどを手当して、ゲゲゲの鬼太郎のねぐらみたいな、
鵜川なむ夕しの宮の大けやき降り降る雪に我れももうでぬ

 鵜川上流綾子舞いの故郷、今に伝承する室町時代の踊りは、一説には、佐渡を追われた出雲の阿国が、ここに行き倒れになって助け起こされて、伝わったという。
あしびきの雪ふり袖の如くして出雲の阿国はいつ問ひ越せね

 女たちに伝承され、冬の間の出稼ぎとて今の今まで伝わる。
木沢なむ山沢ならむしるべ立ち女沢とふ雪振り袖の

 廃屋があったりする村の出外れ、すんでに雪崩に会う、危なかった、ほんの一塊に車など持って行かれる。
春さらば雪崩やうたむ高柳しましく行くか鯖石川波
いついつか春海なもへ差し入れて柏崎なむ雪降り荒らぶ

 昔は冬は陸の孤島だった、暖冬になって行ってみた。
しかすがに雪崩やうたむ大島の降り降る雪に会ひにけるかな
高柳押し別け行けるしるべにぞ仰がむ月に春立ちぬべく

 大河津分水にでっかい手網を抱えて、漁師が鮭を取る、かまえる後ろを上る、ほうそこへ行ったあ、叫んだとて聞こえるはずもなく。
漁師らが鮭を捕るらむ河岸に半日我れはつったちほうけ

 このあたりも山茶花が多くなった、もともと越後は雪は降るが、そうは寒くない、情熱的なその花の色、たとい坊主だとてもさ。
寒烏追ふていずこへ山茶花やつらつら思ふに雪降り荒らぶ

 小千谷に鉢の石仏というものがあって、未緒ちゃんと二人山を分け越えて訪ねて行った。八十キロある未緒ちゃんそっくりの、等身大の石仏が十三、杉の森の中にただずまう。お不動さんから始まるいわゆる十三仏さま、みんな同じお顔。むかしはきっとお寺があったんだ、江戸時代かなあ、お参りして帰って来たら、翌日中越大地震。
越し人の真杉生ふなれ万づ世にふりふる雪を鉢の御仏
あらがねの大地は揺れぬ不動明王守りておわせ十三御仏

 守門の山麓五十嵐川のほとりにある八木神社。神杉と湧き出ずる清水と。
守門なる八木の社の大杉のほどろ降りしく雪ならましを
神からか神さびおはす大杉のほどろ降りしく雪ならましを
守門なる八木の社の隠り水の万ず代かけて清やにあり越せ

 五十嵐川は五十嵐小文治のゆかりに、皇室よりも古いと云われ、那須の与一の親戚、彼は蒙古の弓を引いたという、
幾つ字廻らへも行け五十嵐のしのふる雪のことさへくあれ
氏の社舞ひわたらへや白鳥のしのふる雪のことさへくあれ

 牛の尾という牛ケ首という地名がある、なんのいわれか。
守門を右に廻らへ牛ケ首しのふる雪はいついつ止まね

 守門の山に遮られて毎年大雪、いい山なんだけどもさ。
守門なる八木の社に降り隠もせはざうら舞はむ鳥はも命
守門なる八木の社に降り隠もせ六十を越へて我れはも命
 
 新潟へ来たら雪だと云って、初雪降って喜ぶ子。
思ひがて越しみちのくを吾妹子が待つには待たむ初音雪降る

 きのとの乙法寺は新潟県で一番古いお寺だという、もう少し行くと荒川、
乙宝のきのと田浦を越え行けばしぐれは雪に荒川わたる

 鼠ケ関からは山形県、義経伝説がある。
根津が関手枕巻けるあしたにはうしを花咲く出羽の国さと
いにしへゆ旅を苦しえ根津が関うみねこ鳴かじ潮騒荒れぬ
今をかも旅を苦しえ根津が関かもめ鳴くなる潮騒荒れぬ

 笹川の流れは白砂青松の景勝地であったが、百も花をつけた山百合に泣き砂。
九十九神百合あへ咲けば一言のけだし清やけし流れ笹川

 海辺は塩の花が舞い、鶴岡の辺りは猛吹雪してホワイトアウト、新潟県とはまあだいぶ違う。
武士のこはいくばくか鶴岡のもがり吹ければほとほと死にき
武士のこはいくばくかもがり吹く道の駅なむうどんを食らひ

 最上川をわたって吹雪の酒田へ、先ずは山居倉庫を、
貧しさはおしんの里と聞こえつつ最上川なむ雪にしの降る
降る雪も酒田におはせ早乙女が京の手振りつらつら椿

 本間屋敷見学
ことうつりせめてなりたや殿様の本間屋敷が代々の松がへ
人みなの何をうそぶき求め草本間屋敷が花のしおりも

 帰りに磯っぱたの茶屋で飯を食う、
万ず人いずはたよりは押し寄せて流転三界出羽の花咲く
 
 野積のイタリア料理店バナナウインドでみんなよったくって、得度式のお祝い。
吹き荒れてうみねこ鳴くか野積なむ人の宴もたけなはに行く
波のもはうみねこ鳴くも清やけやしや闇夜暮れなばもがり吹けるに

 暖冬であったのがとつぜん吹き荒れて豪雪。
月影も年は老ひぬれもがり吹くしのふる雪は肩の辺に降る
かき下ろし酒を食らへる子らが辺も月はさぎらひもがり吹けるに

 鷲が止まっていた、雪の降る山門の電柱に、こりゃもう瑞兆だと云って見上げ。
山門は伏して仰がむ鷲なれやいずくわたらへ雪の田原を
 
 弟子と三人で東京へ行くのに、新幹線代端折って車で行く、さあて猛吹雪。
たれとしてうしを寄せなむ柏崎泊てなむいずこ雪はしの降る

 雪の壁のなんとなく見えるハイウェイ、大丈夫か、なこと云ったってしょーがねえ、うわ。
いずくにか舟泊てすらむ堀之内小出が辺りもがり吹けるに

 トンネルだあ助かった、帰りはどうなる、
六日町水無川に閉ざしては妹が言づて聞けずかもあらむ

 トンネルを抜けると嘘のような天気。
あかねさす月夜野過ぎて思ほえや越し国中に雪は降れども

 山茶花が真っ赤に咲いて、いやあれは花ではない、赤い葉っぱの並木道、平和日本のいつまでいったい平和をって、とつぜん思ったるする。
鬼やんま襲へるなしやあきづ島山茶花椿徒らに咲く

 新宿歌舞伎町の人間ほど面白い見物はない
と云って、突っ立って眺めていた、ほんにそいつが面白い、男も女も、こんな町ははて秋葉原しかないか、他には。
楽しみに男女の別もなし歌舞伎町なむ阿呆ぞ我れは

 いや渋谷もけっこう面白い、むかしの面影はたった一つというっより、古色騒然喫茶店ライオン。
尋ね行く百軒棚の吹き抜けにベ−ト−ベンなむライオンは禿げ

 インターネット仲間の新年宴会。
忠犬のはち公ならむ二十一世紀インタ−ネットの化物揃え

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しんめい

心若不生法無差互。知生無生現前常住。
智者方知非言詮悟。
(心若し不生なれば、法に差互無し。知生無生にして、現前常住なり。智者は方に知る、言詮に非ずして悟ることを。)
不生というんでしょう、これを理解するのに、言詮、言葉をもって詮じ尽くすこと能わず、というより無意味なんです。自分という、あるいはものみな不生です、わずかに自分をもって証する、思い当たる他はないんですよ。すなわち参禅という、仏というまさに至るよりない。知ろうとして泳ぎ出す、歩みを進むれば近遠にあらず、却って山河のこを隔つと。知ろうとする、たいていは知識の交通整理ですか、あれとこれを結びつけて、だからどうだで納得したつもり、まずもってこれを免れること第一歩。ノウハウを知ろうとする、知ろうとするものこれ。動中の禅をどうしたらいいかという、そんなものないんですよ、どうしたらいいという前後不覚。せいぜい目を開いてまっ平ら、まっすぐに見るんですか、なというと今度は目のやり場など工夫する、あっはっは笑っちまうです。もとこうあるこれっこっきり、ただ坐りゃいいという、そんな楽ちんがわからない、だってさ、他に何があるんですという、一つよくよく我れと我が身心に問い糾して下さい。身も蓋もないんですか、ついに現前常住は、もと始めっからなんです。父母未生前の消息、生まれて間もない赤ん坊の目を見てごらんなさい、宇宙の一欠片のようです、恐いほどです。はいこれ仏如来、大悟徹底人です、帰家穏座して下さい。赤ん坊は世の中も意味もわからんで、役に立たんですが、如何なるか言詮に渉らざる底の那一著、とおーつ。はーいまっ平ら、鳴り響むんです。

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しんめい

無爲無得依無自出。四等六度同一乘路。
(無為にして無得、無に依って自ずから出ず。四等六度同じゅう一乗路。)
六度というのは六波羅蜜、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智恵の六つ、四等というのはようもわからん、四苦や四恩四倒ほか、そりゃいっぱいある、三つにしたり七つにしたり、三方に載っけてご丁寧に差し出すのが、しきたりというか人間世の常。八正道など鬼の首でも取ったように云う坊主、すなわち偽物です。面と向かってやってみない人の云うこと、ひとたび向かえば、六度四生もなんの意味もなさなくなる、葛藤これ人生という、実智恵に区別も段階もない、そのときに当たって一00%常に本来です。でなきゃ成長もなんもないです、そうしてほんとう本来無為を知る、無得を悟るんです。これを知らずば生活指導の反省文です。同じことを反省のたんびに繰り返す、ちったあよくなるといっては、豚箱教育の二重人格、いびつを作るのが関の山。早く世間常識、お仕着せの無駄ことを免れて下さい、無心です。心を顧みるに心無し、無いとはものみな二00%です、ちらともあったらそれによって滞る、錆つき詰まった水道管です、いえ入るも出るも不都合です。無心無いものは傷つかない、いつもまっさらです、救いとはただこれ。神さまの免罪符じゃないんです、そんな要らん手続きしないんです、ものみな一乗路、自ずから知るんです、作り物は壊れもの、早く帰りついて下さい、春風至って百花開く。

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しんめい

不起法座安眠虚室。樂道恬然優遊眞實。
(法座を起たずして、虚室に安眠す。道を楽しんで恬然、優遊として真実たり。)
今の曹洞宗門はかっこうをつけて坐って見せる、悟りもなくノウハウもなく、無理矢理無事禅です。だれも楽しまない、他に見せるためのお布施稼ぎですか、達磨さんに毒を盛る連中、でもこれやりきれないんでしょう。座禅というのは、まさにかくの如く、法坐を起たずして虚室に安眠す、まさにその通りこの通りあるんです。坐という真空です、観音さまの日常、無自覚の覚として轉々して常住座臥です。歩々清風起こるという、そうですねえ一般しゃば人の、千倍の大きさで歩くといったら叱られますか、もと本来の姿生まれつきです、縮んで自閉症、あるいは失調騒々しいのと違います。エトルリアの楽園人やアアポルローン像にも似ますか。そりゃ人間です、自分という形骸、自縄自縛の縄から解き放れたら、それっこそ万倍。道を楽しみ恬然という、道という金縛りもないんです、まったく解き放たれて、優遊真実です。神もなく仏もなくもとこの通りこの通りに、はい雪月花ものみなあるんでしょう、あっはっはだったらその通り生きて下さい、過不足ないんです万々歳。

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しんめい

照無相苑朗涅槃城。諸縁忘畢詮神定質。
(照らすには相無うして、苑朗たりねはん城。諸縁を忘畢すれば、神詮はり質定まる。)
それ参禅は静室宜しく飲食節あり、諸縁を放捨し万事を休息し、善悪を思わず是非を管することなかれ、と普勧坐禅儀にあります。照らすに相無くは、是非善悪です、自分の都合勝手による取捨選択ですか、照らすんです、心意識の運転を停め、念想観の測量を止めとまたある、世間生活利害得失ですか、まずもってこれをやめる。万事を休息すると、自分というもって生まれた本来です、生まれる以前のものみなですか、箇のありよう、いつだって現前するんです。空気のようにただある、それに満足できない、気がつかないでいる、諸縁という有相という、あるいは自分という世間という架空事の故になんです。改めて思い当たって下さい、座禅があるんじゃないんです、ぶち抜いて悟りじゃない、仏教学者や坐禅何段じゃないんです。わずかに気がつかない、泳ぎ出して真相じゃない、余計ことです。もと神そなわり、精神といい神経という微妙円満を損なう、質定まりという、もと備わるものをいびつにする、手を付けるに従い齟齬です。はいこれを知って下さい、ただこれ苑朗ねはん城です、ニールバーナ無自覚の覚、無上楽。

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しんめい

所作無滯去住皆平。慧日寂寂定光明明。
(所作滞る無く、去住皆平らかなり。慧日寂寂として、定光明明たり。)
所作滞るなくとは、何をどうしたろうがそのもの自身なんです。所作として観察するものなし、却って所作の方がこっちを見るんですか。不思議なとは思議に預からない、影というものないんです。慧日寂寂という、ただ青空ありあけぼのありするんです、信じられぬほどに直截です。どんな絵描き詩人も及びが付かない、我れ無うしてものみなの実際です。百万語費やしたっておっつかぬ、わずかに自分をぶち抜きゃそれでいいです。どうかおやり下さい、真実不虚、この事他にはないです。去住皆平だの定光明明だの云ったって、お題目にもならんです。たといどこまで行こうが自我の網、なんというおれはと顧みる。けれどもこのありよう、始めっからしまいまで同じです。わずかに取り扱うものあって、空の空なるかなと行かない、空を持ってしまうのです。いらんことですよ、皮袋ぶち破って清々は、一生に一度必ずという、生まれ本来の姿に帰るという、すなわち自知する。ものまねではない、首を縦に振らん覚悟ですか、自分で自分が許せぬものを、どうして師家だのなんだのが許せるか、というんです。あるいは意識の退廃、心魂の根腐れあるんなら、その薄皮一枚剥ぎゃいいです。まあさぶん殴るっきゃないですか、あっはっは。

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しんめい

無處安心虚明自露。寂靜不生放曠縱横。
(無処に安心して、虚明自ずから露る。寂静不生にして、放曠縦横たり。)
処というこれ観念が決める、求めるんですか、水は方円の器に従うという、水は無処です、氷がぶつかって有処です。実際に大安心は無処による、確かめて下さい、無覚の覚ですよ。どうしてもこれを求めるのに、得たといい、解ったという、たしかに仏の云う通り、お釈迦さんの示す通りにという、そりゃ物まねです。云われた通りに布延する、じゃしょうがないんです、新たな自縛の縄をなうっきりです。寂静不生は、静かになった騒がしいとは無関係です、静においても騒においても、心という、自己というものまるっきり見えないんでしょう。不生の人と盤桂禅師の云う、実に一目瞭然なんです、どんなに何云おうが、本来人は妄想人とは別ですか、あっはっは顧みるには却って知らず。妄想まるけなんですか、廓然無聖なんですか、こうあるべき、だからどうのという物差しがないんです。人は自分で格子をこさえ、自分で中に入っている、そんなあほなっていうんでしょう、まったくどあほです。もと広大無辺、縦横無尽を知る、だってそのように生まれついている、というより不生、生まれも死にもしていないんです、ものみな。

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しんめい

此宗毫末沙界含容。一切莫顧安心無處。
(此の宗毫末なれども、沙界含容す。一切顧みる莫うして、無処に安心す。)
他の諸宗は教理り信条あり三位一体あり荒唐無稽ありするんですが、この宗ばかりはなんにもない。これがこれでいいという、一切顧みるのうして、無処に安心です。取り付く島もない、はい取り付く島もないのがあなたです、それを取り付こう、どうにかしようとするから迷妄起こり悩み喧嘩です。あっはっはすでにどっぷり漬け、というのも汚れですか、水の中にあって渇を求める七転八倒、悪足掻きを止めれば、元の木阿弥大安心です。坐っていてどうにも坐が坐にならないという、満足が得られないという、それみんな自分でやっている、自業自得自縄自縛するんですか、手を放すとほうっとおのれに帰る。おのれという架空の思い込みじゃないんです。従前のおのれという、それをもってしては自業自得です、なにしろ脱却せにゃ始まらぬ。忘我という元の木阿弥、自縄自縛しない世界を知る、でないとただの言い種我田引水なんです、これを厳に戒めて下さい。坐とは自分が自分に戻ることなんです。オウムやインドの聖人みたいな中途半端、絵に描いた餅じゃない、百害あって一利なし、マンガやってるんじゃないんです。毫末とはこれ、指さすにふっ消えているんです、宗教という悪戯ではない、本来これ。

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しんめい

正覺無覺眞空不空。三世諸佛皆乘此宗。
(正覚は無覚なり、真空は空にあらず。三世の諸仏、皆此の宗に乗ず。)
正覚は無覚によるということが、どうしても学者や声聞縁覚、あるいは他宗、外道には解らない、どうしようもないんです。坊主ども悟りといい、境地を云い、あるいはだれかれ光明だの清らかのいう、そういう有心をあげつらう間は遠くて遠いんです。あっはっは、持って回って必ずおれはとやる、俗人です。無自覚の覚これ仏の他に知れるなし。真空は空にあらず、空という一般必ず空というものがあるんです、ではそりゃ頑なです。水と氷のように、なんにも見えないがあっちゃ不都合、さあこれ根幹ですよ。無心を得て下さい、心が無いんですよ、理の当然唯一心です。一つきりはおのれを見ること不可能ってだけなんですが、これを本来に落着することは、生易しいことじゃないです、なぜかそうなんです。どこまで行ってもうだうだ能書き、坐は正直です。上には上があるような気がして、一心に勤しむ、ついには仏です。仏であるおのれにまったく気がつかない。すばらしいっちゃ歓喜っていえば、まさにものみなの自ずからです。たしかにお釈迦さんのいう、達磨さんのいうその通りです。でもまったくなんの自信もないです、ただ他が云えば、云う先に応答ですか、まるっきりかくの如くです。もって自分とは何か、知らないんです、自覚症状のない、すなわち健康です、自覚症状のないままに日々新たにです、仏向上事これ。

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しんめい

實無一物妙智獨存。本際虚沖非心所窮。
(実に一物無うして、妙智独り存す。本際虚に沖し、心所窮まらず。)
見聞覚知というんでしょう、実はそれだけで成り立っていて、見聞覚知というに囚われねばまさにそれ。見るもの聞くものありながらない、触れてもなく、打たれてもないという、一00%いや二00%実存を、あっはっは見聞覚知の人夢にだも見ず。ハイデッカーだのヴィトゲンシュタインだの云うことはなにやら云う、実際は夢にも知らんのです。配下100万出たとてただ迷妄。妙智独り存するという、哲学じゃないんです、そういうかすがなんにもないんです。妙智とは触れる能わず、触れる手もないんです。無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法の、生まれ本来なんです、生まれる以前です。これヨーロッパ流に一00万べん説いてもどうもならんです。おそらく今世紀中に仏教西へは無理かも知らん、たとい座禅も自我を助長です、どうしたってこうしたって、信ずるだか正しいという、いいことしいの頭なぜなぜ、本際虚に沖しないんです。はじめにわざありき、言葉ありきをまずもって返上せやならん、有力の大人出でて、思い切って西欧ぜんたいを捨てる、Ichを忘れ去ることだ。心所窮屈ですよ、なけりゃ窮りないんです、単純な理屈がなぜわからない、不思議な気がするたって、そりゃ始めの囚われを捨てないからです。心は一つ、すなわち見ること不可と、たったそれだけ。この心銘実に西欧精神の救いによく、早く自我を去って、あっはっは、十字軍以来の野蛮不細工を払拭して下さい。世界中ほおっと太息吐きますよ。

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しんめい

不入不出非靜非喧。聲聞縁覺智不能論。
(入らず出でず、静に非らあず喧に非らず。声聞縁覚智の論ずる能はず。)
出入なくとはもと一つことで、そりゃ出るも入るもないです。でもこれ至りえ帰り来たったといって、なをさらに参ずる。死んで死んで死に切っても、死に切るものさへなを残ると思って下さい。かすっともかすらずともなをおのれという。捨身施虎、虚空に食らわれ尽くすのは、あるいは生易しいこっちゃないです。捨てただけ入る勘定です、捨てなきゃ入らない、これを徹底して、そうですねえ入った分を味わう。楽しんで行って下さい。捨てる淋しいいない、おれはないの繰り返しから、得てもって行く、ついにはほんとうに死ぬるんです、この世に自分はいないんです、これをもって仏の仲間入り。あっはっは死人を仏と云うんでしょう、まったく正解。棺桶の中身はほんとうにいい顔をしてます、示寂と云います。世の静喧嘘八百を免れて、生まれ本来のほんとうです。死人と同じこれ我が宗旨なりと、至道無難禅師の日く。唯嫌選択ただ憎愛無ければ洞然として明白なりという、余は明白裏に非ず、却って護惜すやまた無しや、死ぬる以外にないんです、そりゃ声聞縁覚のまるっきり預かり知らぬところです。でもこれみな知ってます、仏にも死人にも手を合わせて、あっははっは厳粛ですよ、人の生活は死に事で成り立っている所あります、賛美歌や天上じゃなくただ、無心です。まあさ変な音楽しない、直面して下さい。

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しんめい

將心止動轉止轉奔。萬法無所唯有一門。
(心を将って動を止まば、轉止転奔す。万法の所無うして、唯一門有り。)
心をもって心の動きを止めようとする、坐りながらよくやっている、矛盾しているというか土台不可能です。心は一つただ一門ありです、なにをどうやったろうが、そのものぜんたいでしょう。どうのこうのするほどに煩瑣、轉とはめぐる、ころぶと訓む、いじくるはしからです。轉止轉奔あっはっは、あるとき妄想煩瑣、ようしなんとかしてくれようと、やりゃやるほどにめったら、もう真っ黒けになって接心四日もやってたです。体力の限界、えいどうともなれと抛った途端、ぱあっとなんにもなくなった。それっこそなーんにもない、脳死じゃない、ぽっと出ぽっと消える、念起念滅してるんですが、それをあげつらうものがない。手つかずですか、するとなんにもないんです。そうかこれかと思ったです、なるほど万法所無し、まったくの無責任ですか、そりゃ当たり前です、ものみなこっちの執着にゃよらんです。どうにもならんのを、では心というやっぱり手つかずです。ただ一門有りという、すなわちそれを知らんのです。ここにおいて只管打坐という、本来本法性です、ただが成立する。就中おいそれとは行かんです、得たといっては居座り、仏といっては作仏する。そうしてはどこか足らぬことを知る、生まれ変わり死に変わりと云ってみたって届かぬ、しばらく七転八倒しますか。あっはっは遂に落着の底を抜き、諸仏一切掌にありというか、しかも日々に新たなんです、そうすると楽しいこた楽しいですか、うっふう。

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しんめい

通達一切未嘗不  思惟轉昏汨亂精魂。
(通達一切未だ嘗て生ぜず、思惟すれば転た昏く、精魂を汨乱す。)
これ一字抜けているのは、パソコンの活字にないからで、原典が手元にないので、あっはっは適当に入れておく、通達一切未だかつて滞らずじゃ百歩遅い。目をやればたって目をやらずも全世界ある、他なしの七通発達です。光明も聖体もないんです、われらの全存在としてものみなある。わずかに皮袋を脱ぐ、ぶち破って脱却です、これなんとも云いようにないから、生ぜずとした。思惟すればうたた昏迷、だからもの本来を知らぬ一般、よってもって取り扱うに従い、どうにもこうにもなんです。詩と真実などいい、哲学思想という、ただの袋小路です。そうしてもって人を虜にして、なにしろ同じ羽根の鳥を増やす以外にない、宗教またこれ。井伏鱒二のさんしょううおみたいに、巨大なコロップの詮ですか、おまえももう駄目なようかと、お互い慰めあうのが関の山。でなかったらお布施稼ぎの狂信、あっはっはでなかったら共産党ですか金日成さん。さあさこんな愚を犯さぬことです、時代変わろうとて因果歴然、毫釐も違わずです。汨という水の流れ淀むありさま、いたずらに精魂を費やすんです。金日成も中国もブッシュもまあ気の毒=毒ですよ。ですから座禅はこれを解き放すんです、坐りながら汨乱精魂していませんか。得ようとしたら駄目なんです、不生です、もとはじめっから通達を、こちらから手を替え品を替えしないんです。そうする手を開く、放てば満つる、もとまったくなにひとつ余さずを知るんです。

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しんめい

對境不動有力大人。無人無見無見常現。
(境に対して動かずは有力の大人なり。人無く見無く、見無うして常に現ず。)
ですから境というと心というと不可分です、動くはあっはっはもろともです、心騒ぐという別ものじゃない。昨夜は雲間に満月が射す、どうですか、筆舌に尽くし難いというのは、境だけあるいは心だけだからです、何か云うにはぐわーとでも喚くですか。映画を見るに大画面が自分になる、まったくの無感動に終わる。つまらないんですか、これ感動200%なんですよ。だれか批評すると、何を下らんことをと云う、まったくわがものになっているのを知る。はいこれ有力の大人ですか、あっはっはそんなけちなもんじゃない。月を見て遠来の客を忘れる良寛さん、こりゃ大人なんてもんじゃないです、ただ、ただの阿呆とでも云っておきますか。人無く見無く、はいこれが人のありよう、ものごとの本質なんです。文芸批評だの政治だのなんだのいう、必ず人を見てどうのこうのいう、見は見解です、だからどうだのいう、云う間は届かないんです。夫婦親子隣近所は、たいていそんなこと云わない、あれはあーいうやつだぐらいなんです。見を持つなというのが、新郎新婦へのはなむけですか、見無うして常に現ずる、これが生活です。見解意見時と所によるっきりです。イデーフィックスはきちがいの証拠、世に歴史から学べというんでしょう、歴史から学ぶことはたった一つ、刧火の燃ゆるが如くですか、歴史というがらくたの堆積です、そんなものを当てにしちゃいかんていうこってす。

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しんめい

永日如夜永夜如日。外似頑愚内心虚眞。
(永日夜の如く、永夜日の如し。外は頑愚に似て、内心虚真なり。)
永日夜の如く永夜昼の如しというのは、こりゃ実感です、なにがどうしてと云ったってどうもならんです。だからといって真っ暗真っ昼間というと、まったくそうではないんです。たとい八九成をもって成ずという、意識と無意識とに拘らず、本来かくの如く、無一物中無尽蔵花あり月あり楼台ありという、如来無反省とでもいうべきですか。ものみなありながらない、ないながらあるという、100%いえさ200%の実感うっふオールマイティですよ。まったく他にはないんです、すると夢の如くという、現実であればあるほどに夢。三つまでの子供にほとんど記憶がないのは、あるいはこれです、暮らし尽くしてしまうんです。花は花と云わず月は月といわず、なにほどかこれ仏、これ人間。世の中というまた別ものあって、なんとか暮らし向き立てるんですか、するとどうも器用には行かんです。そりゃ世の中という嘘なんです、嘘の醜悪が如来の顔面になりますか、あっはっはあるいはたが外れてますか。でも類いない清々これ、歩歩涼風起こると、真実虚心が行く、お釣りもなくいい加減もないです、ただこれ。

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しんめい

寵辱不變不擇所居。諸縁頓息一切不憶。
(寵辱変らず、所居を択ばず。諸縁を頓息して、一切憶はず。)
寵辱という、まあ世の中その二つんですが、そりゃなんたって寵を思い辱を厭うんです、そうやって育てられ、あるい身心そのように出来上がっているんですか、でもだからといって出入り自由、免れることができるんです。誉められりゃ嬉しい、ないがしろにされりゃ切ない、はいそれを否定したって始まらんです。いじめや疎外の苦しさ、ではふっと免れる、一枚衣脱いで下さい、できますよ。人間という皮袋うっちゃる如くです。虚空そのものに成り終わる、納まる、帰りつくんです。所居をえらばずとは、もと択びようにないんです。無始劫来貪嗔癡の、失せ切って元の木阿弥です。せいぜいがまあ、尾を引かぬようにして下さい、あるときこうあって、次にはもうないんです、念起念滅の身心です、諸縁を頓息しとはこれ、十字街頭に大手を広げ、あっはっは他にゃないです、どうやったって十字架の桀刑ですか。そうねえいったん死ぬるとしか云えんですか、この世をおさらばして、うっふ無上楽で生きて下さい。まさに真実を知る。一切を憶わずたって、思わぬわけには行かんですが、なぜか過って行く、去来だけがある、あっはっは無責任この上なしですか、でもどうもこれが本当です。花草どんなことあっても花草であるほどに、そうそうまずは無心ですか、無いものは傷まない。

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しんめい

菩提影現心水常清。徳性如愚不立親疎。
(菩提の影現ず、心水常に清し。徳性愚の如く、親疎を立せず。)
菩提心とは何かというんでしょう、自分というこのものを隠さず、くらまさずまったく現わすことです。菩提といって求め趣くものじゃない、形にする狭き門じゃないんです。心して狭き門から入れという、あっはっは狭き門から入ったら狭いっきりですか。もと水の中にあって渇を求めるごとく、菩提本有です。衆生の心水清ければ、菩提の影中に現ずと、影という、うっふっふ浮き草に影というものありにけりですか。いいえ影なんてないです、だれか菩提心という、では菩提心と云うたです。濁りなき心の水に澄む月は波も砕けて光とぞなる、せっかく本来本法性でありながら、なお証せずんば露れず。これこのまんまを長長出させるには、そりゃ坐るよりないです。あるいは浮き世根無し草を免れ出る。如来仏とてこの世の夢をぶち破って下さい。いったんこうあって、愚の如く魯の如く。ただよく相続するを主中の主と名付くと、どうもあんまり世間人ってわけには行かんですか。得失利害に拠らないんです。いいやつ悪いやつという、得手勝手を知らない。そりゃだけどたいていものみな、地球宇宙の構成員は、来たる如しの如来の仲間なんですよ。食み出してかってに苦しんでいるのが人間ですか、あっはっは、もう一回食み出して寒山拾得の生活しますか、歓喜のこれに尽きたるはなし。

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しんめい

境隨心滅心隨境無。兩處不生寂靜虚明。
(境は心に随うて滅し、心は境に随うて無し。両処生ぜずんば、寂静にして虚明なり。)
境と心という、どういうことだと思いますか、心あり境あり、見るものと見られるもの、無眼耳鼻舌身意だからどうのと、うっふっふ解かる人間違いなんですよ、まあさわしにはまったく不明です。説こうたって弱っちまうです、こうあるといって両手を広げるぐらいが関の山、仏法を尋ねるには、どうか他へ行って下さいと云いたくなるです。わずかに日々に新たにということがあるっきりです、申し訳ない。境を求め心を究めようとする、求め究めようとするものこれ。無心というは無いによって金剛不壊。無いとはものみなです、どうしようがこうしようがそのものです。取捨選択に拠らない、取捨選択も大海の波ですか。不生とはこれ、寂静虚明の人、まるっきり手つかず。磐桂禅師は、中国から隠元禅師がやって来ると聞いて、ありがたいことだ、万里の波頭を超え、大法の為にと云って、江戸から博多まで出迎えに行く。タラップを下りて来た隠元さんを見て、くびすを返す。弟子がせっかく来たのになぜと問うたあ、あれは不生の人にあらずと云った。趣味の人、騒がしゅうことを起こす人だと云ったんです。単を示す禅者にはあらず、境あり心あり、無心という金剛不壊を知らず、一目瞭然事。

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歌冬

二連禅歌=冬


夕されば雪しの降るにこの鳥やうれたく鳴きて蒲原に過ぐ
 坊主姿して町をうろつくというのも抵抗があったが、お寺に雪が降ってじとっとしているのも存分。なんせもんもん、わっはっは、今は坊主頭も気にならんとさ、なあ烏。
いついつか雪はしの降れこの鳥や恋痛み鳴きて橋か越ゆらむ

八海に雪ふりしくと聞きしかど過ぎし軒辺は時雨あへたる
 湯沢へ行っていた弟子がいいとこへ案内するといって、六日町から水無川を遡る、上流は豊かな水の、本当にいいところ、すばらしい紅葉と雪の八海山と。
八海の奥の井紅葉閑けしや水無川に雪はふりしく
あしびきの奥の井紅葉清やけしや水無しの瀬に初音雪降る

八海の滝と雪とを見渡せば六十男なんに枯れさぶあらむ
 真っ青な淵にいわながぽっかり浮かぶ、シーズンオフの道を押しわたって絶景、紅葉まにまに雪が降る、そうして滝と。
水無しの奥の井紅葉かそけしやしが一握の初初雪と

米山の鳴る神起こししのひ降れ廻らふ月に追はれてぞ来し
米山のぴっからしゃんから降り荒らび半らふ月に追はれてぞ来し
 米山さんの半分は真っ黒けに曇って、雨がはらつく、半分は月が出てもって、直江津から一時間ハイウェイを通って帰る、海にはたこふねを見た日であった。
米山のぴっからしゃんから降り荒れて沖つ見えむ白波明かり
米山の鳴る神起こししのひ降れ雲いを裂きて沖つ白波

吾妹子や初音の雪はおくしがのぶなの平らに道ふたぎける
 奥志賀林道は十月二十六日には閉ざす、寸前に行ってみたら雪が降っていた、スノーを履かずともどうやら通れたが、枯れ落ちたぶなは深閑。
吾妹子や初音の雪はおくしがのぶなの平らに月は廻らへ

枯れあしに月さし出でてなにゆえか河を越ゆらむ雪は降りつつ
 獅子座流星雨を見よう、当日新潟県は時雨れる、ようし富士山五合目か、三保ノ松原へと云って、弟子どもと車をぶっ飛ばす、テントにシュラーフして一晩中を、ー
芦の辺に雪はしのふれ夕月の過ぎにし妹を忘らえぬかも

吾妹子が面隠みすなる雲間ゆも見裂ける月に追はれてぞ来し
 弟はアルツハイマーになって死んだ、最後の旅に戸隠を選んだ、とんでもない旅だった、わしは逃げ出した、二人少年の日の思い出は。
鵜の川の月に宿借る柳生のしじにも雪は降りしかむとす

戸隠の大杉なへに忘らえて思ひ起こさば一の鳥居も
 一の鳥居までが、歩いて蝶を採りに行く道程だった、きべりたてはやえるたてはや、すじぼそやまきちょうや、兄弟二人の一生を忘れえぬ。
若くしや過ぎにし夏をしのふるは大座ケ法師と夕月夜かも

夕月をしなのの河に言問はむなんに山越え群らつの鳥も
 草津温泉に行って、かあちゃんと二人人力車に乗って、うーん大サービス、でもって白根山から奥志賀へ抜け、ちえぐうすか寝ている、千曲川が信濃河になる。
おぼろ月千曲の川に言問はむ春はしだるる神代桜

松本のひったくさった舞へや鳶我が行くかたは駿河の海ぞ
 姥捨の駅にほうとうを食うか、止めとくといって食わなかった、親父が木曾の向こう、山口村出身で、がきのころ食わせられた、ほんにあずきとかぼちゃ、うどんだけならいいのにって思い。
伝へ聞く姥捨て山を谷内烏舞ふらむ方に吹雪かもとき

うつせみの命長らへ仰ぎ見むこれや忍野とめぐらひも行け
 三島は裾野市のとなりに、お寺を持った弟子が、どっかなおそうとすると、富士山噴火してからに、地震のあとにと云われ、あっはっは弱ったって。そういえば斜めの道斜めに歩いて。
うつせみの命を惜しみめぐらへば忍野見えむ沖つ白波

松原に流らふ星を迎へては二十一世紀を我れは知らずも
 明け方四時がピークだと云って、三保ノ松原にテントを張って寝た、四時に起き出すと、まわりじゅうびっしり人、うわあといってその割りにはさっぱりの流星。これは外れの年だった。
天人の舞ひ舞ひ帰る羽衣のよしや浮き世と忘らへ行かな

竹やぶのしましく夜半を目覚むれば満ち満つ月に廻らひ行かな
 年寄ったら夜中に目が覚める、きんたまに白髪も生える、どうしようかって、空元気の歌でもこさえてもって、はあて棺桶まっしぐら。
風吹けばいさよふ月と覚しきやこは竹林の賑やかにこそ

わたつみの夕かぎろへる見まく欲り和島が辺り雨にそほ降る
 寺泊赤泊間フェリーに、つばめが十一巣をかけていた、いわつばめだ、往復して子育てする、うっかり頭の辺にぴちゃ。新しい船になってからはどうなった。ありゃ高速舟だ。
出舟にはなんに鳴きあへかもめ鳥佐渡は四十九里波枕

柏崎夕波荒れてみずとりのかよりかくより雪降るはいつ
 わしは字がへたくそで、この歌を短冊に書いて、しくじって紙貼って書いて、また書いて、そうしたら貰って行った人がいた、変です剥げたといって、持って来る。
いやひこのおのれ神さひみこあいさ羽交ひ寄せあひ雪降るはいつ

今町も雪にしの降れ山茶花の人を恋ふらむ暮れあへ行かな
 ピアノ弾きの幸ちゃんが、山上進津軽三味線とミニセッションしたによってと、青森の民謡酒場まで会いに行った。すると有名になってもう出ないという。てやんでえと云って帰って来たら、彼はお寺のために作曲してくれた。音痴のわしじゃもったいなく。
あしたには雪になるとふ山茶花のじょんがら聞かめ津軽恋歌

田の末に生ふる柔草凍しみて降りにし雪に朝夕わたる
 田んぼの溝の辺り凍って、水が澄み切って流れる、どじょうやたにしのむかしの川、なつかしいっていうのかな、飲ん兵衛やわけのわからん親父や、なんせものすごいのや、ー
田の末に生ふる柔草凍しみて降りにし雪に夕かぎろへぬ

玉垂れの残んの柿に初々の雪はふりしく我が門とへに
 甘柿は甘百、渋柿は八珍、むかしはきっと宝物であったに違いない、葉は鮮やかな紅葉して、実に美しく、すっかり散りしくと、対照的な二本の、いいかっこうをして。
天つ鳥つひばみ来寄せわが門の残んの柿に雪降りまがふ

初初に降る雪なれば越し人の我れも門とに走り出でてむ
 いい文句だあ、これって歌でもねえしなんだって、檀家の親父が云った。歌ってのはこういうもんだって、御自作を示す人もいた、そういうんなら苦労しねえって、まあさ。
いにしへゆかく生ひなるや二もとの柿の木の辺に雪はふりしく

二十一世紀雪はしのふる谷内烏残んの柿をつひばみ食はせ
 生涯かけて二つのものを完成したぞ、法を継ぐことと、文芸復興だ。むかしばなしと歌をこさえた、どんなもんだいって、あっはっはみんなそっぽを向いてさ、親不孝傍迷惑。
半生をたはけ過ごして冬至なむ柚子の温湯に浸れる我れは

六十なむ芦辺を枯れて信濃河鳴き交はしつつ白鳥わたる
 数十羽鳴きわたると、あたりがぱあっと明るくなる。なんで白鳥だ、増えすぎだ鍋にする、食いであるぞうって、やまとたけるの魂をさ。
酔ひいたもしのふる雪を大面村残んの柿にわたらひ行かな

年のうちに降りにし雪の消え残り松の梢に白雲わたる
 万葉にそっくり同じようなのがあって、実景として強烈にこの通りに見えて、歌にした。年の瀬に正月が来たような。松とぽっかり雲。
今町は雪にしのふる年の瀬も地蔵の門に花を参らせ

吾妹子や五十嵐の背をかもしかの住まへる郷ぞ雪はふりしく
 平地なのにかもしかが四百頭からいて、天然記念物になっている。ひめさゆりは、笹の葉っぱみたいのへ淡いピンクの花が咲く、見たら忘れられない。大雪の五十嵐川の周りに咲く。
姫小百合ゆりあへすらむ笠掘の鳴る神わたり雪は降れども

シュ−ベルト冬の旅なむいやひこのもがり吹雪の舞ふらむ烏
 冬の旅としゃれてドライブ、半日回れば田んぼから磯っぱた、三条市をかすめて、五十嵐小文治の下田村、守門の辺りまで行く、いえさ順不同。
妹らがり通へる道は牛の尾のもがり吹雪の呼びあへも行け

ここもまた過ぎがてにせむ二尾松うしを寄せなむそのかきの殻
 積丹岬にも柏の木があった、どこか人なつかしい感じの、如何なるか祖師西来の意、云く庭前の柏樹子は、かしわではなく松の仲間というがようも知らぬ。
妹らがり通へる道は今もありしその冬枯れの柏樹がもと

三つ柳風にぬぐはれ一里塚しのびがてせむ春の如くに
 三つ柳の人からお地蔵さんの額を頼まれて、大苦労して書いて、うんまずまずと思ったら、彫る人がへたくそでてんで駄目、なんだこりゃあって目くそ鼻くそをののしる。
牛首がいにしへ雪を踏み分けて何を求めむ鹿熊川波

白鳥の忘れ隠もして梓弓春を廻らへ時過ぎにけり
 五十嵐神社はあるが、館跡はない、明暗寺という虚無僧寺が、明治維新とともに全焼して、その墓地が残っている、檀家であった人の過去帳を見た。風鈴の頌がある。
小文治の古き都は牛の尾のなんにおのれが時雨わびつつ

弓勢は幻にして蒲原のはざうら田井に雪は降りつつ
 牛の尾牛首という地名がある、どういういわれか知らない、この辺りだけではない、鹿熊というのも二つあった、山はなんといっても、守門と粟が岳。その向こうは魚沼。
五十嵐の落ち行く夕にあはケ岳呼び交しつつ白鳥わたる

神からか神さびおはす大杉のわたらふ雲の年たちかはる
 杉やけやきがあっちこっちに残っている、行ってみるとなかなかの代物、赤谷のけやきは坂上田村麻呂のお手植えだという、蓮華寺の大杉は樹齢八百年、小木の城に行く道は地震で陥没した、南北朝時代からの巨木。
滝の門のどうめきあへる大杉の流らふ雲の年たちかはる

どん底の左卜全と云はむかな他力本願雪降りしきり
 正月映画に黒沢明のどん底をやっていた、わしは初めて見た、むかしの作物はめりはりが利いて、そうかなあって納得、でもさ門徒って申し訳ばっかり、これ仏教って云えるのかと。
お社はなんじゃもんじゃの巨木なむ我れもまうでぬ雪降りしきり

七草の春のあしたを降る雪はほがら降りしけ弟が門も
 弟がアルツハイマーになって、どん底っちゃあんなどん底なかった、すべてはわしのせいだし、阿呆な嫁くっつけたのもわしで、いやさどうにもこうにも。
鬼木なる橋を越えてもしましくは雪にしの降る月読み木立

しましくは吹き止みぬるに大面村雪のしの路があり通ひける
 豪雪の記憶は鮮明に残る、そりゃまあ必死こいて生きた、去年はもうないってこった、へたな約束事は忘れるってのが雪国。明日は明日の雪
いやひこのおのれ神さび息だえて松のしのだふ物音もせで

山の井の松を裂けつつ降る雪の鳴る神起こしまたもしの降る
 松の張り裂ける音のほかには、なんにも聞こえない、雪はしの降る、恐ろしさはそりゃもうなんていうか、雪下ろしでなく雪掘り。
しましくに星は見裂けれ田の末の松の梢が雪わびさぶる

月影にわたらひ行くか大面村雪降り止まね松は裂けるに
 雪下ろしして振り返ると同じだけ積もっていたり、そりゃ新雪は嵩が張るけど、だってもうんざり、絶景は屋根の上からさ、わっはっは、笑うしかなかったり。
大面村松はも見えずしのひ降れ雲井の方にあかねさしこも

かつかつもおのれ軒辺はかき下ろし鳴る神わたりしのひ雪降る
 本堂は銅版にし、庫裡は屋込みがきつく、えらいしんどかったけど、ようやくに直した。雪下ろしには蜜柑がうまい。紅茶にウイスキー入れたのも、なにしろがんばったな長年。
暮れはてておのれ軒辺はかき下ろし酒を食らへば死にはてにけり

いついつか我れも越人鳴る神のしのふる雪は耐ゆるには耐え
 最近になってようやく、屋根の構造や、家の作りを豪雪に合わせる、何百年同じのなにしろ上って雪下ろし、馬鹿みたいってば馬鹿みたいって、なんかまあいわれでもあったんかな。
越人が代々を住まへれ鳴る神のしのふる雪は耐ゆるには耐え

田上なる松の尾上に降りこもせ雲井を裂きて月の押し照る
 昭和十二年竹の高地というところに、人がいるらしいと聞いて、役人が赴くと、おかしな格好したのが飛び出して、源氏は滅んだかと喚いたそうな、はあてほんとかな。
平家らがいにしへ人を吹き荒れて松の尾上を月押しわたる

磐の坂雪は降りつつ山茶花のにほへる如く君や訪のへ
 冬の間はだれも来なかった、氷柱が二メートルにもなってぶら下がり、そこらじゅう兎の運動会、堂屋根のてっぺんまでも足跡。月光に孕むという兎。
妹が家も押し照る月を見まく欲り松浦ケ崎に雪は降りつつ

夕ざればもがり吹くらむ山の端のなんの一枝か色めきいたる
 なんの木か春めいて見える、そういう色をしているんだって図鑑にあった、二月も三月も冬まっただ中、どうしようもなくさ。
いやひこの蒲原田井を吹き荒れていずこへ行かむこの迷ひ鳥

古寺の豪雪しのふ松がへも夕を見裂ける星のむたあれな
 松の辺にはずっしり雪が載って、その向こうに雲の切れ間、星が瞬く、いえたしかに春の星。
古寺の豪雪しのふ松がへも見裂ける星は春めくあらむ

田上行く一つ灯がみをつくし降り降る雪は春にしあらむ
 月のお経に来いという、さっぱり行かなかった、どうもわしは神経過敏というか、いらんこと云ったりするんだし、雲水が来て雲水任せ、雪降りゃなをさら。
河上の十軒田井に吹き荒れて何に淋しえ群らつの鳥は

広神のいにしへ人は万ず代にい行き通ひて春を祝ほげ
 雪の少ない年にトンネルを抜けて行ってみた、広神村から入広瀬。三十回も雪下ろしをするという、むかしは交通途絶、豪雪の中の別天地だった、雪が少なければわしらんとこと変りないか。
谷内烏舞ひ舞ひ行きて川を越え広神の背に雪は降りつつ
あぶるまの橋を過ぎればちはやぶる神の御代より雪は降りつつ

信濃河芦辺を枯れて白鳥のあひ別れつつしの降る雪ぞ
 冬期間通行止めという道があって、それはブルを出して除雪せにゃならんし、六軒部落のためにけっこうな道つけてってのも方々にある、ゼニ誰が払うかって、まあさ。
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白鳥の茂み日浦を過ぎがてに見ずて来にけり夕町軽井
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松之山雪をも月の押し分けてまふらまふらに遂道を抜け

たが子らかそにみまかりし冬枯れの柏樹が下地蔵菩薩も
たが子らかそにみまかりし冬枯れの柏樹が下雪はうちよせ
 佐渡の最高峰は金北山で、海を越えて真っ白に見えるのはどんでん山ではない、そう云われてでもどんでん山、お地蔵さまの真向かいにさ。
雪降れば何をし見なむかもめ鳥夕波荒れてどんでんの山

三界に身をも横たへ信濃河なほも残んの枯れ葦のむた
 雪の原野ーいえ田んぼなんだけど、雪降れば原野を、信濃河が蛇行して行く、絶句するばかり、似合うのは白鳥か、いえわしもよそ者。
枯れあしや流転三界雪は降り呼び交しつつ白鳥わたる
白鳥の列なり行くか信濃河夕の入り陽の触れあふ如く

角田なむ寄せあへすらむ波の辺もふりふる雪は春にぞあらむ
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 鷺が飛んで来る、雪消えに水たまりができていたり、ごいさぎがよたって、助けを求めたり、ぽこんと穴が開いて、何か顔を出したり、りすのつがいがぶら下がったり。
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五十嵐の遠のへ村に降る雪のしましく止めばあり通ひける
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代々をしも住みなしけむや春さらば雪崩やうたむ笠掘の郷
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きつつきの穿てるあたり降り降りてまふら淋しも軒伝ひ行く

人面はたれぞ刻まむ豪雪の久しく行くか月読み木立
 大面村に一本足りない人面村は、ひとづらと読む、そりゃもう豪雪地帯のど真ん中、冬を始めて通って見た、今はもうちゃんと除雪してある、しっくりといい感じの。
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 六十過ぎてやっと晩酌の味を覚えた、赤ワインが老人病にいいという、キリストさまの血だってさと云って飲んでたら、くせになった、2ちゃんねるの人が送ってくれたりする。
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 ヤフー掲示板で流行らかして、いっときは四位になった、2ちゃんねる荒らししたり、わっはっは年甲斐もなくにさ。出合系サイトやって、弟子どもに差し止め食らった。
蒲原のはざうら田辺の烏だに久しく春は告げなむものを

浜千鳥足掻くみぎはを寄せ返し恋ふらむ郷に雪は降りつつ
 海外旅行はニュージーランドへ行きオーストラリアへ行きタイへ行き、もうこれでおしまいかな、あとは棺桶へまっしぐら、でもなにしろいてもたってもいられない春。
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つひばむは浮き世の花をうその鳥たれぞ追ふらむ雪はしの降る
 うそという鳥が花のつぼみを啄む、雀も花の蜜を吸う、めじろと違って花までむしる、うそは赤い大きな鳥。
つひばむは浮き世の花をうその鳥風ぞ追ふらむ春や追ふらむ

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しんめい

將心滅境彼此由侵。心寂境如不遣不拘。
(心を将って境を滅すれば、彼此由り浸す。心寂にして境如たり、遣はず拘らず。)
境というたとい見えるものです、ほんとうは見えない、知らない無いんです。それを境地といい、悟った人の心境とか、光明とかなんとか云うんでしょう、あっはっはそんなこと云ってるうちは俗人迷悟中です。ちらともあればそれによって倒れる、よってもって境を求める。心を運んでこうあらねばならぬ、是非善悪です。まさに心境を得たという時に、彼此より侵す。造りもの壊れ物です。初心の人必ずやるんです、初心そのものでおっ放しゃいいんです、女人でまさにおっぱなし坐り放す人がいます、一度二度の接心に、古参がまったく敵わない、面白いです。どこまで行っても心を用いて境をなすには、思い切って手放して下さい。自分というものの死ぬのを覚える、すると七転八倒が消えます、心寂にして境地というまったく無いんです。イメージングのない現実だけです、ちらとも浸せば身心が不可という、背くんです、仏という大火聚の如しですか。遣わず拘らず、水は方円の器に従う、氷であったがつがつにもうはや帰ることができないんです、汝今これを得たり、よろしくよく保護すべし、銀碗に雪を盛り、明月に鷺を蔵す、あるいは混ずる時んば処を知ると、はい宝鏡三昧です。

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しんめい

開目見相、心隨境起。心處無境、境處無心。
(目を開いて相を見るに、心は境に随ひ起こる、心処に境無く、境処に心無し。)
どうもノウハウを問うのに、心のありようをという、こうしちゃいけないだからどうだという、総じて不可は、そうやっている、取り扱っているもの心なんです。すでに念起念滅しているものを、さあどうしたらいいという、是非を問う、そうじゃないんでしょう、目を開いて相を見る、真正面を向くんですか、するとないんです、心というたった一つです。境とはまあ外にあるもの相手ですか、従い起こるんです、たとい因果必然もぽっと出ぽっと消えるだけです。心起心滅するただそのようにあるだけです。心というゼロがあるっきりです、ゼロとはあらゆるものに瞬時に反応する100%です。心清らか心濁るとかに無縁です。正直とは目を開いて相を見る、すなわち全面開放です。心処に境なく、当然のこってす、なんのとらわれもなくです。境処に心無く、我執の身勝手が届かないんです、こんな当前がごっちゃになって混乱している、俗人という世間シャバこれですかあ、だったら元に戻して下さい。諸悪の根源、騒々しい淋しいっきりですよと、仏が示す。信じる者はがんじがらめ、道徳通念喧嘩のもと、思想という酔っ払いです、哲学という無駄、人間の救いとはわずかに心処を知る、ただこれ。

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歌春

 二連禅歌


こしみちや春あけぼのの天空をなんに譬えむ雪の軒にして
 明けても暮れても降って吹雪いて、氷柱が二メートルにもなってぶら下がる、半年もの冬はうんざり、もう苦痛だ、それがとつぜんぽっかりと晴れる、春はあけぼの、
いやひこのおのれ神さび白雲の夕うつろへばまふら悲しも

みどりなす夕うつろへば大面村雪の梢が春を待たまく
 一瞬太陽が黄緑に、彩なして棚引く雲、不思議な夕をそっくり覚えている、大面村はこのあたりきっての古村。かつては海沿いであった、大面村大字小滝がお寺の地。
白雲のうつろへ行けば大面村寄せあふ軒が春を待たまく

古人の杉のさ庭ゆしくしくの雪霧らひつつ春は立ちこも
 先住がなくなった夕、もうまっ黒に霧がかかる、雪霧というものだった、春になるよと世話人が云った、すざまじいほどの、何メートルもの雪がいっぺんに溶ける。でもこれは初春の挨拶に作る。
古寺の松のさ庭ゆしくしくの雪霧らひつつ春は立ちこも

遠々の村の川波いよるさへしくしく思ほゆ雪消えなばか
 雪折れの木を手入れしたり、屋根の破損があったり、なんせ大仕事が待っていたが、しばらくは豪雪地帯のー少し外れてはいるんだが、春を楽しむゆとり。
山を深み春は来たらしこの夕木末もしのに濡れあふ見れば

古寺のわたらふ月を松がへのしのへる雲の隠さふべしや
 豪雪のその雪消えの満月、霧や雲が過る。仙界を行くような、雑木と松の茂みと、お化けのような物陰や、孫悟空にでもなったような。
古寺のあは雪しのふ松がへも押し照る月を隠さふべしや

あけぼのの春にしあらむ大面村田ごとの松を見らくしよしも
 小滝村は十三軒とお寺、参道の松も松喰虫が流行ってみな枯れた。山を越えて行く、天狗が出てお寺を手伝ったという、むかしばなしにもある、その道はもうない。
雪霧らひくだしくあれば蒲原の灯どちが幾つ村の井

吾妹子が松之山なむいや遠のしの降る雪は今日もしの降る
 入広瀬や松之山などいうのは、冬は陸の孤島だった、五月を過ぎてやっと通う、なんせ三0回もの雪下ろし、こっちは三回で死ぬ思い、でも連中の冬はけっこうスマートだ、松之山は温泉もあるし。
吾妹子が松之山なむいや遠のしの降る雪ははだれ見えつつ

まんさくの花に咲けるをいつしばの待たまく春は日長くなりぬ
 まず咲くからまんさく、豊年満作を願う意もある、なにしろ春が待ち遠しい、雪の少ない年は春ながといって、いつまでもうら寒い風が吹く。
まんさくの花には咲けれいつしばの待たまく春は日長くなりぬ

まんさくの花の春辺をいつしばの待つには待たじ霧らひ立ちこも
まんさくの花の春辺をいつしばの山尋行けば霧らひ隠もせる
 まんさくの花を貰いに来て、神棚にお供えしていたじいさまは、九十幾つで死んだ、その後来る人はない。年の吉凶を占う、めでたいばかりの花ではなく。
まんさくの花に咲けるを知らでいて年のへ我は物をこそ思へ

椿だに浮かび廻らへ心字池月は雲井に隠らへ行けど
 先住がいまわの床に、いい庭がある池があってなと云った。いちめんの雪だ、おかしくなったんかと思ったら、春になると美しいお坪が現れる、心を象った心字池。
落ち椿いくつ廻らへ心字池ほどろほどろにその春の雪 

山川も海もはてなん万づ代にい行きかよひて死なましものを
 冬は兎の運動会、本堂の大屋根のてっぺんまでも足跡がつく、ほどろに雪が消えて、熊みたいにでっかくなった、その足跡。
兎らの足跡をたどりに背うら山天の雲いが浮かび行くらん

いちげなる早にも咲けば大杉のしただ田浦は足掻きも行かな
 菊咲き一華という、いちりんそうが咲く、杉の木の下の、雪の降り残すところから。門をかなとと詠んで、ー
いちげなる咲き行くあらむ大杉の下田がなへを荒れ吹くなゆめ

越し人の呼び名はなんとしょうじょうばかまながしくしくに雪の辺に咲く
 しょうじょうばかまは雪割り咲く、さまざまな色合いに山土手をいちめん、けっこう美人なのかな、
越し人の呼び名はなんとしょうじょうばかまながしくしくに恋ほしくもある

春蘭の香にや満つらむ衣辺に寄せあふものは雪のひたたか
 お寺の山から十五万の蘭が出たという、捜しに行ってみた、いくら捜したってただの春蘭、へりがすべすべってのもなく、痩せた蛇がとぐろを巻く、雪は未だ残り。
春蘭の香にや満つらむ衣辺に寄せあふものは痩せぬ蛇も

武士のいにしへ垣のいつしばもむらさきにほへ雪割り桜
 寺山にはなく、向かいの砦山にいちめんに咲く。砦は掘りの跡しかない。主は上杉影勝公下丸多伊豆守、即ちお寺の開基さんであった。
雪割りの花を愛ほしといつしばの忍ひ行きしはたが妻として

ふりつもる雪も消ぬがに大面村いつかな聞かむ蛙鳴くなる
 雪の消えぬまに鳴いて、ほんに蛙が多かった、蛇寺と云われるぐらい蛇もいた、田に水を張ると、さすが蒲原の蛙の大合唱。
ふりしのふ雪も消ぬがに山門の夕ざり聞かむ蛙鳴くなる

曳馬の曾地峠を越えて行け寄せぬうしをは花にしあらん
 このあたりでは柏崎の桜が一番早いといって、曽地峠を越えて行く、たいていは海沿い行くんだけれども、そうは早く咲かない。
しくしくの花には咲かね番神の寄せぬうしをは春にしあらめ

梓弓春をぎふてふマンモスの氷河の時代ゆ舞ひあれ越せし
 すみれさいしんを食草とする、かたくりの花に、梅に桜にと、訪ね訪ねて春は爛漫。異常気象でどうやら絶滅。でも日本のどこかではきっと、ー
梅桜咲くをぎふてふマンモスの氷河の時代ゆ舞ひ生れ越せし

今町の夕ざり椿つらつらにたれを待つらむ雪は降りつつ
 今町はむかし米の集散地で栄えた、芸者が何十人もいた、料亭はいくつか残っている、ガソリンスタンドで挨拶する子がいた、おやまあわしなんぞにと思ったら、料亭の若女将だった、いつかな雪は降り。
吉野屋の夕ざり椿つらつらに何を告げなむ鳴き行く鳥も

榛名なむ早にも行きてあかねさす月夜野村に雪は消残る
 年上の弟子であった人がなくなった。弁護士で大学教授でスピード狂でフェラーリを乗り回して、六十でスキーを覚えと、大変な人物であった。世話になった分何のお返しもできず、今はの際のお見舞いに行く。
新治の月夜野村にあひ別れわが初々の梅が枝ぞこれ

君に別れ越しの野末も春なれやしましく雪は降りさふあらん
 葬式に行った、有名人やタレントが来ていた、亡僧の習わしに拠った、弟子どもよったくって、遺族に迷惑をかけた。
送りては帰らひ来つるこの夜半の月はしましく雪を押し照る

みんなみの粟が守門にあかねさしいついつ郷は春をおほめく
 弥彦と差し向かい、守門に粟ケ岳、雪に真っ白に覆われて、五月になってもはだれが見える、夕焼けに桃色に染まって、美しいというよりも、苦しいような。
仰ぎせば粟が守門にあかねさし刈谷川辺に雪消ゆはいつ

降りこもせ雪のさ庭にあかねさし問へばや梅の花にしぞ咲く
 梅の老木があって毎年いい花を咲かせていたのが、寝てしまった、植木屋呼んで助け起こしたら、梅の古木は寝てからまた一世代とだれか云った、ふーん儲けられたか。
あしびきの雪の田うらに陽は射すと尋ねも行かめ老ひたる梅を

梅の咲く山はたのへに吹く風は今日はも吹かず暮れ入りにけれ
 梅が咲いてもうら寒い風が吹く、それがふっと止んで、人も通身に和む春、信濃川は雪代水を流して、いっそまた遅い春。
柳生の中なる夕日つれなくも信濃河の辺春なほ浅き

いにしへゆ我が言の葉はかたかごの紫にほふ春ならましを
 かたくり、かたかご、村ではかたこという、お墓の辺にいっぱい咲いて、あるいは雪折れする竹には、いちりんそうの花。
春さらば一華の花に開くらむか過ぎにし雪をいささむら竹

いにしへの人に我ありや白鳥の越しの田浦ゆ春の火を燃す
 白鳥は水原で餌付けしてから増えて、村の辺りにも、春先群れになって宿る。野火を燃すのは、とっくに帰ったあとだが、越しの田浦とひっかけた。
白鳥の廻らひ帰るしかすがに燃ゆらむ春か越しの田浦を

春さらば何をし問はむ村松や田井の社は行き過ぎにけれ 
 吹きさらしの田んぼを行くと、村松には花が満開、向こうは下越。公園があって、花見がてら待ち合わせしたら、すっぽかされ。
田の末の風をしのひに村松の花をし見むとたが思ひきや

五十嵐の雪しのふるに梓弓春立つ雁に会ひにけるかな
 五十嵐小文治は那須与一と親類で、扇を射落とした弓は、蒙古伝来のものという。支配の五十嵐川は清流で、しじみの取れる川であったが、いいものは失せて行く。
五十嵐の雪しのふるに梓弓春雁がねの幾重わたらふ

梅の咲く早にも降れる雪にしや初音鶯鳴くには鳴かじ
 梅が咲いても吹雪いたり、枝折れが雪の辺で花をつけたり、頑丈だ。冬越しの鳥が落ちて死ぬ、春ながという方言がある、いつまでも寒い。
鵯の墜ちて死ぬべき春なれやこれの深田に花咲くはいつ

山のはの初々梅に咲けるしを人にも告げで寝ぬる口惜しき
 お寺にはいい梅のなる白梅と、杏のような種も実も大きい紅梅とがある、三十年の間に二つの梅も年を取った、人が長生きになったということか。
春野辺にいつか咲きのふ梅なれや我も六十路に年老ひにけり

我やまた遊び呆けて鶯のしのひ鳴きつつ春野辺暮れぬ
 鶯と鳴き合わせをする、ほーほけきょけきょけきょ谷渡りだとやっていると、客が来て呆れ顔。入れ歯にしたら鳴けぬ、十五万出して入れ替えたら、鳴けるようになった。
野尻なる散りしく梅を他所に見て鳴くや鶯春をひねもす

漕ぎ別けて春をし行かむ阿賀野川寄せあふ波は花にぞあらむ
 カヌーを買って乗り込んで、弟子二人櫂を取るのに、穏やかな流れの底に逆流があったとかで、穏やかに沈没、人と舟は助かったが、荷物と櫂一本が消えた。
川上はなほなほ咲けれしだれては散りしくあらん馬越え大橋

しましくは吹き散らへれど真之代の竿を振るには水の冷たさ
 鮒釣りほどおもしろいものはなく、いとよも釣れ、たなごも釣れして、春の川は楽しかった、花が咲いて散るまでが乗っ込み、それが終わると本命の鯉。
竿を振り入り尋行かな信濃川せきの河面に花は散りしく

四方より花吹き入れて信濃河寄せあふ波の行方知らずも
 この二つが春の代表作だと云えば、誰彼あそうかと嘆ずる者もなく、他いい文句だけどなあ、歌でもなくってこれはなんだと聞く、どうもそうらしい。
三界の花のあしたをいやひこのおのれ神さひ雨もよひする

花にしや小夜は更けたり六十男や手振り歌はめ鳥刺しアリヤ
 一000回も魔笛を聞いて、歌詞も覚えらず音痴のまんま、ものすごい能無しが大好きなんだでしょうがない、一事が万事かあちゃんも苦労する。
年をへて妻とし行ける地蔵堂の花は暮れあひ咲き満ちてけり

田上越え二人して行けあしひきの山の端咲くは花にしあらん
 桜というのは大きな山桜から、そめいよしのから、目立たない、あれも花であったかと、何十年もして気がついたりする。芽吹き山の圧倒的な美しさと、うるしに負けるんだけど。
大面村春をしのはなあしひきの山の下ふは萌え立つあるに

桃に梅花は三春と恋ひしたひ尋ね会津に雪は降りしく 
 三春は郡山の向こう、高速道路ができてもまあ遠い、梅に桜に桃といっしょに咲くから三春と、テレビで見ておっ取り刀で行ったら、会津磐悌山は雪が降り、花はまだつぼみのまんま、
会津にはふりしく雪を今日越えて三春の花はいついつ咲かめ

いついつか花にふりあふものなれや雪をい寝ねやる会津遠国は
 会津磐悌山は吹雪、春いや遠しという会津は何万石であったか、なつかしいあったかい感じ、小学校の修学旅行はここ。お父さんお母さんという茶碗と木刀がお土産。
真杉生ふる遠郷さへやしかすがに霧らひ隠もせる二十万石 

嶺崎のまふらまふらに散りしけば田辺のわたりも常にはあらじ
 嶺崎はむかし三貫野と云った、五百刈とか千把野とか、猫興野とかいった地名は、栄町や夢見野などいうよりはずっと粋で、切ない汗まみれの、息だえて御先祖さまとしみじみ思う。
三貫野くたちも花は散りしくに天行く月はいずこわたらへ

阿賀野河おのれ入りあふ道の瀬の忘れはててはしのやまざくら
 阿賀野川にはむかし真っ黒になって鱒が遡ったという、ダムができてなんだか死んだようになった、でもいい川だ、水銀中毒があったり、だいぶ汚れても来て。むかしに戻したい川の一番。
阿賀野河入りあへ行けば咲く花の人を迎えむいくつ村字

越人が舟にもやへる河辺にかいにしへ春を忘れ菜の花
 川流れという菜の花、信濃河岸に咲いて、向こうを雪の山脈、けっこう絵になるか。下の田圃川でふな釣り、どじょうにざりがに、たにしもいた。
わくらばが鮒釣りすらむいにしへゆ四方の春辺を忘れ菜の花

蒲原のしげみ鶯しば鳴くに今日も昨日も日な曇りする
 黄砂現象というのはもろ黄砂現象であって、春霞とは云い難い、近頃悪いものはみんな中国から来るといって、中国人の犯罪もけっこう多い、でもまあ信濃河沿いはゆったりのんびり。
みすずかる信濃河波清やけくや春の小須戸をわたらひ過ぎき

雨降れば草の伸び行く春野なれ我も六十路に年老ひにけり 
 六十になって何かいいことあったかって、ありっこない、よくぞここまでくそ役にも立たぬ人生、あっはっはまあさ、どうしようもないものはどうしようもないとて。
塩入りの夕を仰がむ山桜帰るあしたは咲き満ちてけれ

花魁の賑はふ夕は過ぎぬれどいついつ河は花に散りしく
 分水は桜を植えて毎年花魁道中がある、子供が小さいころ連れて行った、とうもろこし八00円綿飴六00円次から買えといって、破産する、花見も草々に引き上げた、大河津分水も六十年たって大改修。
花魁の春たけなはに行き通ひ六十過ぎたるしが大河津

しましくに吹きしのへれば大河津荒き波もは満つ満つ花の
 信濃河が蛇行して氾濫を繰り返し、三年にいっぺんしか米が取れなかった、これを海へ切り通して流す分水工事は、大竹貫一が私財を抛って開始、三分の二を成就して、ようやく国が動く
大河津花はしましく咲きけむが年はも如何に吹く風寒し

散りしける花を尋ねに行く河の寄せあふ波の行きて帰らずは
 あっちこっち古墳があるぞ、なんで発掘しねえんだって云ったら、ぼた山だよって。樹木が生い茂って、良寛さんの五合庵のあたり。やっぱり古墳かな、朝鮮人労働者が埋まっているってさ。
万づ代の過ぎ行くものは河にしや両手の辺にも寄せあふ花ぞ

山を行き雪崩やうたむ笠掘のしのひ桜に会ひにけるかな
 笠掘には、そんな平地にかもしかが四00頭から棲んで、特別天然記念物になっている。集落があって、雪崩も起こるし、三四軒無人になって潰れる、折れ曲がって咲いているその花。
小千谷なる月は雲間もわたらへど散りしく花をこしの河波

いにしへの誰に恋ふらむ椿花降り降る如く群れあふ鳥も
 お寺の山菜は、ふきのとう、とりあし、たらのめ、うど、ぜんまい、しどけ、しょうねんぼう、やまおがら、わらび、ふきという順番、たっぷり食べられるけれど、そりゃ一度二度で堪能する。
生ひ伸びる種々にしてたげましや我が山門を春はたけなは

しくしくに春の雨降る信濃河みずく柳生によそひて行かな
 雪代といって山々の雪解けが終わるのは五月中旬、信濃河の水位は連休がピーク、分水は一五分で東京都一カ月分の使用量を放出、それは見もの。みんな車を寄せてぽかんと眺めている。
しくしくに春の雨降る蒲原の芽吹く柳生によそひて行かな

野積なる寄せあひすなる河波の佐渡は見えずも立ちつくしけむ
 分水河口は毎年形を変える、土砂とごみと流木と、だが野積はずんと古い、高知法印のミイラ、活仏は、親鸞さんもお参りしたという、弥彦のこっちから云うと向こう側。
野積なる寄せあひすらむ河波の花はなふして立ちつくしけむ

佐渡よりはうねり寄せたる田の浦の刺すらむ網に魚はかからず
 野積にははまぼうふうがあって、刺身のつまにいい、生物の先生に教えてもらって摘んで来た。二十年もたって行くと絶滅寸前、草摘み山菜取りなど、優雅ではなく、わしらハングリー世代がただもうむしり取る。
妻として草摘み行かな田の浦の松がへわたり風は吹けども

春の海の寄せては返すしぶき濡れ妻とし我はわたらふものぞ
 自動車道のできる前に、巻の庵主さま方と歩く。清いうえにも清い角田荒磯、良寛さんもきっと波に濡れてなど思い、毒消し売りの工場を見学。
雲井にか花に吹き入れいやひこやいついつ我れは荒磯わたらへ

牛ケ首はだれ見えむ粟ケ岳こぶしの花も咲き満つらむか
 牛ケ首牛の尾という地名はどういう意味があったのか、諸橋轍次の漢学の里はこぶしの花の満開、粟ケ岳のはだれはなんの印か。
水仙は牛之尾ならむ大門にか風の如くに問へるはたれぞ

大面村田に水引けばともしびの天地とほり鳴くなる蛙
 田に水を引いたとたん蛙の爆弾、さしも蒲原平野、紫外線が強くなって卵が死ぬという、今のところまずは安穏、雨降りゃそこらじゅうが蛙。
大面村田に水引けばともしびの夕を清やけく鳴くなる蛙

三条も花の散らふは水の辺のしましくありて行き過ぎにけれ
 大面村大字小滝から栄町になって、今度は三条市になった、お寺はいちばんはしっこの僻地、文化財保護だといって、三000円貰った、桁四つばかりちがうんじゃねえのけといって、書類のほうは十何行あった。
三条も日は忙しくに過ぬれど咲き満つあらん大やまざくら

ずくなしの花をくたちか降る雨の蒲原田井や冷えわびわたる
 ずくなし谷うつぎという、挿しても水を吸わないからずくなしと、薄桃色に咲く。この花の咲くころ、田植え冷えといって急に冷え込む。根付きがいいというが、むかしの田植えは四時起きの、燃し火を焚いて。
ずくなしの花をくたちか降る雨の昨日の今日を冷えわびわたる

ずくなしのくたち止まずは我がいをの山うら田井は植え終えずけむ
 二日植えて冷え込んだ体を半日休めと、大の男がこんなふうで。、産後の肥立ちの悪いかあちゃんが、田んぼわきに伸びていると、ほったらかしに帰っちまう、死にゃ代わりがあるとって、そりゃ婿どんも同じ。
いついつか我も越し人ずくなしの花咲く頃を思ひがてする

行く春のここはもいずこ妻問ひに鳴くや雉子の草をも深み
 お寺はやまどりはいるが雉はいない、それがあるとき一羽迷い込んで、鳴いて歩く、雉も鳴かずは撃たれまいって、悲しいような滑稽な。車の脇を歩いたり、でっかい鳩だと思ったらきじであったりする。
田上なる鳴くや雉子の妻問ひにほろとて散るかやへやまざくら

谷内烏いついつ花は散り失せて舞ふらむ田辺に吹く風強し
 烏が石をくわえて舞い上がり、落としては拾う、放れ烏の一人遊び。フロントガラスにぼかっと当たったのはくるみ、車に轢かせて割いて食べるらしい、ばかがらすとひょうきんからすと、だれかに似ているのと。
蒲原のはざうら田辺を新芽吹く烏鳴くだにおぼろなりけれ

片方は何処へ行きしおしどりの襲はれし辺をはだれ消え行く
 てんかいたちに食われたか、おしどりが雪の上に残骸、越後のはやや形が違う、でも雪消えの春をつがいで飛ぶ、お寺の池に来て、しばらく様子を見て行ってしまった。弁護士さんがなくなった年。
鶯の未だ馴れじも鳴きとよみけふの日長を君やありとて

山を越え来鳴きわたらへ時鳥両箇の月は心字池なる
 さつきはほとんど白で、自然とあんまり変わらないお坪、でっかい松と心字池、十五夜にほととぎすが鳴いて、でもって草むしりがたいへん。
こしみちの雪は消ゆれど心字池代々に伝へむ花と月影

時鳥さ鳴きわたらへ心字池雪月花せむ我が菖蒲草
 じゅんさいが採れたのに、先住と先先住の家族が喧嘩して、みんな引っこ抜いて後に鯉を入れた。太郎というひょうきんな大鯉がいて食いすぎで死んだ。どやつも池のまわりを食い荒らす、なんとかせにゃ。
春蝉の音をのみ鳴きて蒲原のこし国中をわれはいくとせ

あんにんご雨に照り冴え下田村二声聞くは山時鳥
 あんにんごは桜の種で白い房になって咲く、その実をあんにんご酒にする。ふじにずくなしにあんにんご山は若葉、蚊も虻もいないしと。
休耕の六郎田んぼは鋤き起こし烏に追はれこはなんの鳥

ま葛生ふる山のまにして春蝉の長鳴きつつに日はも過ぎぬれ
 五月半ばみーんみーんと蝉が鳴く、お寺にはしゃくやくの咲くころ。長い間鳴き声ばかり、ある年玄関の楓に二匹いた、透き通った、青い小型の美しい蝉、と思ったら地球温暖化で、ぎふちょうと同じにいなくなる。
いついつか耳鳴りすらむ春蝉の茂みみ山は冷へわびもすれ

モーツアルト越しの小国を芽吹かへばしくしく今を恋ひわたるらむ
 雪深い小国は別天地のような、坂上田村麻呂お手植えのけやきの赤谷へ抜け、松代へ抜け、小千谷へまた十日町へ。モーツアルトを聞いてドライブする。地震で長い間不通になった。わしたかの類の、見たこともないようなのが雪の辺を行く。
モーツアルト越しの小国に散る花のしくしく今を恋ひわたるらむ

いずくにか棹さし行かむ捨て小舟春は花にし咲きて散らふる
 弟子が岩船にお寺を持った、春になって尋ねて行く、むずかしい処だと聞くが、川は澄んで鱒が泳ぐ。それはもう美しい風景の、嫁に逃げられねえようにとさ、うっふっふ。
しくしくに棹さし行かむ梓弓春は満ち満つ萌え出にけれ

しましくは雨に降りあふ茂みへの蛙鳴く音とあり通ひつつ
 逃げられもせずに子供が二人になった。笹川の流れは景勝の地、嫁の友人が東京から来る、まいたけが出る、縄文時代の集落がすっぽりダムの底。婿どんはあっちこっち案内。
あかねさす朝日乙女が岩船の結ひし紐さへこれな忘れそ  

世紀末なほ物憂きはしくしくの雨に流らへ楓で若葉
 若かえるでのもみずまで寝もとわが思ふなはあどか思ふ。万葉にある歌だ。かえるでとは蛙の手か、葉うらが返るからか、とうとう二十一世紀まで生きた、はあてなどうなる。
二十一世紀しが物憂きはしくしくの雨に拭はれ楓で若葉

あれもまた花でありしか深山木の六十を過ぎて初に知れりとは
 塀にある雑木がやっぱり桜だったとは、伐らないでよかった。横浜の中華街で手相を見て貰った、もう人生終わったでなと云ったら、こんないい手相見たことがない、九十までは生きられますと云った、またよく見る、幸せを売る商売。
これもまた花でありしか深山木の六十を過ぎて初に知れりとは

田を植えて茂み鳴くかやふくろふの山屋軒辺を風さへに吹く
 ふくろうは氷柱のぶら下がる軒にふっと温むと鳴く、ほうほうが来たよ、春になったよといって喜ぶ、ずいぶんでっかいのがいる、まん丸い目玉が凄い、王様だ、また季節の変わり目に鳴く。
田を植えて烏鳴くさへいやひこのおのれ神さび雨降り荒らぶ

田を植えて鳴くは蛙か信濃河なにを神さび雪代わたる 
 なにかへんてこな季節、うら寒い風が吹いたり急に暑くなったり、信濃河は雪代水、守門はぶあつい霧の中、そりゃもうどうしようもないっていう。
郭公の鳴きわたらへば守門なるわれも神さび面隠みこやせ

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しんめい

不用証空、自然明徹。滅尽生死、冥心入理。
(空を証するを用いざれば、自然に明徹す、生死を滅尽して、冥心理に入る。)
虚空というと見える、ビジュアルなものに思えるんでしょう、これ心病です、そんなはずがないんです。空という、空観という学者が弄ばれる、すなわちおのれの空想にしてやられる。菩薩清涼の月畢竟空に遊ぶというとき、空という空しいものがあっては、そりゃ様にならんです。参禅の人まずこれがわからんのです。空を証するを用いざればということによって、始めて坐が坐になるんです。なんにもないがほんとうになんにもないになる、はいまずはこれです。無心に入るんですか、こんなやさしいことはないのに、これができない、どこまで行っても有心なんです。有心の七転八倒は、一に得た、どんなもんだと云っては他にひけらかす、一に自分納りがつかないんです。有心は有心という架空、不都合を知っています、ただで終わっているはずが、食み出し泳ぎだしする、さあこれをどうするか、自然に明徹すと。自ずからの方法しかないんです、どう説いたって手放し、対峙を双眠せしむるとほどしか云いえぬ、人人苦労する所以です。思い描くことを辞めればいいんです、すると自分ということがまったく見えない、赤貧洗うがごとくとはこれです。文無しには明日の予定がつかない、あっはっはホームレスでも青テントぐらい工夫するんですが、お先真っ暗冥心ですよ、そいつが逐一に理にかなうんです。奇妙なものです、元の木阿弥これ。

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しんめい

莫滅凡情、唯教息意。意無心滅、心無行絶。
(凡情を滅する莫れ、唯息意せしむ、意心を滅する無く、心行を絶する無し。)
どうしてもこれ参禅の始めに、煩悩妄想を滅しようとする、わいわい出て来るやつがうるさったい、あるいは考えとしてこれはいい、これは悪い、恥ずかしいだのだからおれはやる。ただこれ取扱による、妄想煩悩とて、もと自分のものじゃないんです。さまざまにある、たださまざまにあるっきりです。それを取り扱うから煩悩であり、うるさったいどうしようもないんです。取り扱わなければまったくないんです。ただ息意せしむ、ぽっと出ぽっと消えるに任せる、意というこっち側とすりゃ、心という向こう側ですか、すでにないものをとっつかまって、ではこれを滅しようとする、そりゃお笑いです。あっはっは七転八倒です。幽霊と格闘、勝ち目はないですか。心というつまりはこうあるからこうすべきという、行い清くしという、坊主とすりゃこうあらねばならぬ、二重人格だのバサラだのいう。なに赤ん坊のようにただ。まったくに顧みぬ、だってさどっち行こうが、人間それ以外にないんです。世の中世の中の通り、まずは落っこちないように生きて行く、はっはっは格好つけるよりは、仏が大事です、だってさここにおぎゃあと生まれたんです、他つまらんことは肩が凝るです、はい。

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しんめい

本無可取、今何用棄。謂有魔興、言空形備。(本と取るべき無し、今何の棄つる用あらん、有を謂えば魔興り、空を言えば形備わる。)
だからもとこのまんまなんです、自分をどうしようこうしよったって、本来人なんです、自分というたがを食み出しちまってるんです。自縄自縛のにいくら縛ってみても縛れない。虚空というと虚空のあるように思え、いいことあれば悪いことある、そりゃ世の中のしきたり、あるいは個人の便宜ですか。でも便宜そのものが底抜け、魔起こり形そなわりする、あっはっはアメ−バみたいですか、たとい捕らえどころがないんですか。いえそんなこっちゃまったく届かない、バーチュアルなゲーム機械の勝ち負けのように、いったん離れると夢、人生ゲームまさにそれですか、銭金に変えるというあっはあっは。難波のことは夢のまた夢、もうないはずの跡形を歴史というんですか。取るべきなく棄つるべきなし、ものみなどうしようもこうしようもないです。尊敬する愛着を持つ、見習うべきは、いったん自己という架空を離れる。我妄を抜け出して清々は、仏という真我という、有という邪魔もなし、空という形骸もなし、たとえようもない独立独歩です。もと与えられた個という、無限宇宙ですか、手つかずに得るこれを、どうか得て下さい。おれは悟った、お釈迦さんだろうがなんだろうがという人、わずかに自足を味わって下さい、他の何にも変えがたいのです、修行のみ。

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歌夏

 二連禅歌=夏


いにしへは飯を盛るとふ朴柏おほにし開けば人恋ほしかも
 田植えが終わって、山門は人気もなく、朴の花があっちやこっちに咲いて夏、大きな葉っぱは、お盆には刻んだ野菜を載せてお墓に供える、山門には天邪鬼を踏んずけて四天王。
朴柏おほにし開けばいにしへもつばくろ問へり四天王門

夏草は茂く生ふれどねじ花のしのにも愛はし過ぎがてにせむ
 山道の芝草の中にねじばなが咲く、美しい花だ、年によって数本咲いたり、群れになったりする、刈るなよというのを弟子が刈ってしまう。
ねじ花の美はしやなれを過ぎがての門の草を刈らしきはたれ

守門なる刈谷川辺に郭公の鳴きわたらへば時過ぎにけり
 これは万葉にあるのをそっくり真似た、鯉釣りに行ったらさっぱり釣れぬ、かっこうが鳴きわたる、ああそういうことかといってあてずっぽう。守門は南蒲原のどこからでも見える。
守門なる雪のはだれも消えぬらむ与板の橋をわたらへや君

加治川の恋痛み行きてなにせむに哀れや猿の物乞ひしつれ
 加治川は桜名所であったが、出家した翌年洪水で全滅、奥深い清流には猿が棲む、学者仏教を猿の月影を追うという、目つきのよくない猿がいた。なにかを掘った鉱山跡があった。
加治川の恋痛み行きてなにせむに悲しや猿の月を追ふなる

あしびきの山川なべに住まふ鳥鳴きわたらひて広神へ行く
 やまめを釣りに行くと、目の前に大物が現れて、悠然と向こうへ行く、でもって一尾も釣れず、入広瀬の葦原を夕方、みずとりの群れが立つ。
加茂ケ井の芦に宿仮る鳥だにもつがひ舞へるか夏の雲井を

年寄るはなんに淋しえ鳥越の椎い葉末に言問ひよさめ
 三島郡鳥越に法要博士がいた、悟ったりすると阿呆になるなと申し合わせて、葬式坊主どもに流行らかし、しまい宝筐寺の住持になった、仏教のぶの字もない宗門、一人淋しく死んだらしい。
夏来れば椎いをわたる風さへに袖吹き返し咲まへる子らは

山を越ゆ鳥にはあらね早乙女が袖吹き返し荒磯辺に行く
 鳥越はいいところだ、元気な女の子がいた、物部神社という大鳥居、深い山を越えて海へ行く、わがドライブコースは地震でずたずた、三年してようやく復旧。
物部の香椎の宮の乙女らが早苗取る手に言問ひ忘れ

実川の春なほ深みいにしへの五十嵐の家を言問ひ難し
 西会津へ入るところに実川と奥川という清流がある、実川は特に急峻で、中ほどに大杉の林があり、粗末な看板に、五十嵐の家と示す。人が住んでいる、何軒あるか、尋ねるには気が引ける。
代々をしも住みなしけんや実川の杉の門とを言問ひ難し

実川の春いや深み散りしける花の門とを言問ひがたし
 阿賀野川の支流、ともに飯豊の山中から馳せ下る、下界は花が散っても、まだ雪が残る、五十嵐の家の他に村はなく、奥川は弥平四郎という村が最後。
いついつか雪は消えても飯豊なむ代々に伝へむ花と月かげ

かもしかの雪の田代をあら萌えて別け入る右はいくつ村字
 秋山郷の六月、ようやく雪が消えて、沢にはまだ分厚く残って、ぜんまい取りが行く、かもしかが走る、山菜取りは評判が悪い、どこもかしこも入山禁止の赤札。
越し人の春にしあらむぜんまひや雪に問へるはしが木漏れ日も

つぎねふ嶺いの道と思しきや曲がりしだえて花にしぞ咲く
みちのくの嶺いの道と雪霧らひ曲がりしだえて花にしぞ咲く
 魚沼スカイラインという、すばらしいドライブコースがある、雪に圧されて、地を這うように咲く花、ぶなの林は残雪と新緑。
この沢の十年帰る夏なれやたれに会はなむ雪をけ荒き

田を植えて人に恋ふらむつばくろや粟が守門をはだれ見えつつ
 ともに金物の町燕と三条は仲が悪い、はたして合併は別になった、信濃河はこのあたり、中之口河と二流れになる、道は入り組んでようも覚えぬ。
田を植えて人に恋ふらむつばくろや信濃の河の二別れ行く

越し人のもやへる舟を芦のむた信濃大曲夏いやまさる
 与板橋の下流には幾つかの島があって、田んぼや畑を作って行き来する、その舟がつなぎっぱなしになって夏。町軽井には遊女もいて、夏の夕方はそのむかしー 。
夏宵の月さし出でて信濃河もやへる舟は誰を待つらむか

信濃河もやへる舟を芦辺にか野鯉は釣れじ夕風わたる
 舟があっちへ行きこっちへかしぎ、野鯉は釣れず、旧橋桁がそのまんま残って、格好の魚の巣、一メートル五0センチの大物を見たと弟子がいう、ほんとうかな。
束の間もよしやあしやの信濃河暮れ入るさへに行々子かも

くちなしの妹はも風邪に引籠もり雨の降れればそれがかそけさ
 くちなしを貰って来て植えたのに枯れてしまった、せっかく風情も面倒見が悪くってだめ、でもってやっぱり鯉釣りに行く、釣れずにみずとりの群れを眺め。
与板橋流らひわたる水鳥の行き帰りつつ夏いや茂み

ほととぎす月に逐はれてずくなしの茂み会津に八十里越え
 戊申の役に破れた河合継之介は、会津へ落ち延びる途中、鉄砲傷が悪化して死ぬ。この道であったかどうか、八十里越えと六十里越えという道が今も残る。ずくなしは卯の花の遠縁。
破間の月を迎へてずくなしの花の会津へ六十里越え

雪代のたぎつる瀬々と問ひ越せばこは破間をやませみの鳥
 破間(あぶるま)川には一メートルのいわなが棲んだという、豪雪の入広瀬を流れる、そう云えばちょっとした淵を竿が立たない、へえといって魂消た、なにしろやませみの颯爽たる姿。
行く行くは信濃の河にさしいれて橋を越ゆれば芹沢の村

葛飾の真間の手小奈がぬ白咲けこは龍人の何のえにしぞ
 新潟県でもっとも水質のいいのは龍ケ窪で、皇太子殿下が来られた折に、献上のお水を汲んだと、俳人で写真家の本多氏が云った、かずらの白い花と、ここにしかいない鱒と、十日町を過ぎてもう秋山郷の入り口。
橋のとのいずこわたらへ十日町夏咲く花と忘らへにけれ

真葛生ふる山のまにして春蝉の長鳴きつつに日はも過ぎぬれ
 みーんーんと眠ったげに鳴く、まさか今頃と思ったら春蝉という、透明な青い蝉。糸魚川へ行く岬には、ひめはるぜみという天然記念物が棲む。
春蝉の長鳴きつつに山を越え風の頼りもうらみ葛の葉

いやひこの何に鳴きあへ谷内烏一町田んぼは植え終えずけむ
 合併のでっかい田んぼ、日本は役人天国であって、烏天国であって、やひこさまのお使いかどうか、なんせ烏がよったくって、夏が来て秋になってというふう、烏はきらいじゃないんだが。
いやひこの何に群れあへ谷内烏五町田んぼに夏の風吹く

いやひこの蒲原田井を夏なれや朝な夕なにかなかなの鳴く
 山のとっつきはひぐらしが鳴く、朝に夕に鳴く、早朝四時というともう鳴いて、うら淋しいとよりはすざまじいほどに。
いやひこの蒲原田井を住み憂くや朝も明けぬをかなかなの鳴く

いやひこの蒲原田井を住み憂くや雨に降りあへかなかなの鳴く
 たいてい空梅雨が後半になって豪雨、お寺の水は前谷内という村の、田んぼを海にして、いや申し訳ないと云ったってどうしようば、
住み憂くてなんの夏なへ米山の蒲原田井をかなかなの鳴く

下田行く青葉嵐か吹きしのひ守門がなへにはだれ消ぬれば
 守門はいい山で、六月雪消えを待って、雲水や居士大姉らで登って行った、固有種と云はれる花が咲く、そりゃもう見たこともないような、いえそっちは登りやすいんだ、こっちが云々と、登山口は六つもある。
かんなびの柵の菖蒲は未だかも河辺をわたり郭公の鳴く

水無月の花に散りしきあがの河たが客人か舟に棹さす
 遊覧船なんかより川を復活させろって、日本人は川が命、がきのころから、泳いだり魚を取ったり、死んだのちにも灯籠流しをなーんてさ。
村の名を弥平四郎と飯豊なむしだるる花をなほ見まく欲り

熱塩の加納を行かずはしだり尾の群れ山鳥に会えずもなりな
 奥川の終点は弥平四郎という村で、飯豊の登山口になる、それを脇に見て行くと、熱塩加納という道、峠を越えて四軒部落がある、地滑りで不通になって、みやまからすあげはの数百の群れ、秋には山鳥が何十羽も。
百重にも群れあふ蝶の熱塩の加納の道はふたぎけるかな

ずくなしのくたちに山を深みかも会津恋ふるか伊南の川波
 へえ格好の川があったと、二人でやまめを釣っていると、そいつがさっぱり釣れぬ、相棒が人と話をしている、行ってみたら入漁料をよこせという、合わせ取られた。もりあおがえるのでっかいのがすっ飛んだり。
柳津ゆ阿賀の川へも入り行くに夏日暮れつつ宿借るに憂き

雨降れば蛙鳴くなる柳津の灯どちが明け行きにけれ
 不忍池の岸に休んでいたら、そこを退け早くという、なんと巨大などぶねずみ、変に臭い、どうもこれホームレスの便所らしく、でもやっぱり花は蓮。
鬼やんま蛙も鳴くかしのばずのホームレスなむ今をむかしに

板倉のしくしく雪を越え別けてこぶしの花も詠み人知らず
 六月になっても雪が残り、こぶしの花が咲く、信州との境板倉清里大島と、このあたりまた地滑り地帯。
清里へなんに通へるこぶし花万づ代かけて雪はふりつつ

妹が家も継ぎてみましを大島の茂み門を清やにあり越せ
 黒姫山は三つあって、妙高にあるのと姫川と、そうしてこれ。同じ伝説があり、各人気があって、雪ひだがまた美しい、松代大島清里と田んぼの村々。
田を植えていくつ村字うぐいすのしのひ鳴くかや大島に行く

ますらをと思へる我や竿を振り信濃河辺に鯉をしぞ釣る
 鯉釣りは情熱だった、一日一寸十日でやっと一尺、手を広げて何時何日おれはとやる、釣り上げて足ががくがく。指が震えて魚が外れない。
青柳の雨の降るさへ越し人の信濃河辺に投網暮らしつ

蒲原の沖つ興野にはざ木立つ雨降るさへがなんぞわぶしき
 はざ木はたまぎという木を並べ植え、竿を通して刈った稲を掛ける、雨ばっかり降ってはざのまんま芽が出たというのも今はむかし、田んぼ工場は一町〜五町で一枚。
夏の日は棗の花に咲き満ちて雨降り我はここに宿仮る

むくげ咲く夏のあしたをしのへ我が蒲原田井のま草刈りつつ
 道の辺の槿は馬に食はれたり、野ざらし紀行のなぜかこの句だけ覚えている。むくげの花は一日限りの、次から次へ無数の花をつけ。
むくげ咲く寺井さ庭にま草刈りいついつ我は息絶えなんに

掃き清め大般若会を待ついとまつばくろ問へり四天王門
 七月の第一日曜がお寺の大般若会、なんせ暑い真っ盛り、冷房のないころは涼しいお寺の筆頭だったし、山門にある四天王は蒲原平の五穀豊穣を見そなわす。
宋代のたれぞ写せし六祖像どくろ面なるそがなつかしき

いにしへの伝えを知るや姫川や寄せあふ波に能登の岬見ゆ
 こしはかしという玉の意がなまったものと、古代世界に知れ渡ったひすい、尺物のちぬを始めて釣って、スピード違反でとっつかまった、おれも釣りすんだ見せろと警官、ちえ頭来る。
空ろ木のもとないよらへ太夫浜すずきは釣れじ月さし上る

五月雨の降り残してや春日山杉のさ庭に舞ひ行くは鷹
 うちは上杉謙信の菩提寺、春日山のお寺とそっくりだっていう、行ってみたら似てない、閑散とした処だけそっくり。同じ曹洞宗で、弟子と同安居が跡を継いだなと。
五月雨の降り残してや春日山昼間の月に鳴くほととぎす

村の井の雨しの降るにほととぎす二声鳴きて蒲原に過ぐ
 うぐいすが鳴きほととぎすが鳴きちいぽおと色んな鳥が鳴く、へえと思ったら百舌鳥だった、さすが百舌。むかしはお寺でも聞こえたホッキョカケタカ、今は山奥へ行かぬと。
守門なる西川なべをほととぎす鳴きわたらへば雨にしの降る

うれたくも雨は降れるか群雀朝な夕なにさへずり止まね
 改装した新二階に住んでいたら、雀が来て出て行けという、たしかに雀の巣があった、うっさいここはおらあちだといったら、びいと糞ひって行く。跡が残り雀は鬼瓦に巣食っている。
雀らが縄張りすらん軒の辺に人も住まえばこは騒がしき

我れやまた老ひ行くものを蒲原の青葉に酔ふて鳴くなる烏
 野積にバナナウインドというイタリア料理店ができて、リーズナブルでけっこういける、ママは感じがいい、それ行けとかいってだれかれ連れて行く、ブランコがあってチャペルがあって結婚式ができる、いえひっかけスポットだそうの、色目を使う烏。
蒲原も降りうつろへば夏木立夕映えしのに鳴くなる蝉は

わくらばは如何にしあらむ酔ひ蛍雨に流れて二つ舞ひやる
 湧くように蛍が出たのに、水害地震あとの工事で二三年ほとんど出ない、待てば海路の日和か。舞い飛んでいた蛍が車のウインカーに寄ってくる、そうかとか客が云って、どうでも蚊に食われ。
我れやまた流れ舞ひやる蛍子しよしや浮き世を明けはつるまで

ここにしてなんの花ぞも咲くやらん降り降る雨をあげは舞ひ行く
 酒は越しの寒梅より雪中梅より、秋田の高清水だと云ったら、弟子が毎年送ってくれる、年寄りはせっかくいい酒も、酔うたらあと眠っちまうだけ。
わくらばが出羽よりよこす酒一升蝉の鳴くなる合歓の花辺に

帯織を山王へ行く字幾つ葵咲くらむ雨降りながら
 帯織は無人駅になって、山王は田んぼばかりだったのが、国道からトラックを乗り入れて運送会社の林立、雨が降っても空梅雨も葵の花盛り。
山王へ廻らひ行ける字幾つ葵咲くらむ空梅雨にして

見ずや君ふりふる雨に行き通ひ久しく街は花盛りする
 よたかを初めて見て、なんだこりゃ直角三角定規、ばかみたいなんて思った、鳴き声は鋭く、でもこのごろどこへ行ったかさっぱり。くいなもいなくなったし、本堂に迷い込んだあかひょーびんも。
年ふりて茂みへ寝れば冷えさひも今宵み山を夜鷹は鳴かじ

月詠みに棹さし行かむ岩船の寄せあふ波の行方知らずも
 三面川の辺りは縄文の大集落があった、ダムの底になるというので発掘して、廃校を借りて処狭しと並べ立てた、おばちゃんどもと立ち寄ったら、みんなそっぽを向く、南春男の方がいい、博物館構想も予算が付かず。
いにしへの月を知らじやよしえやし漕ぎ別け行かむ縄文人は

二人して棹さし行かむ岩船の重き舵さへ流れ笹川
 岩舟にお寺を持った弟子が、三人めの子をもうかる、そりゃそうだ他にすることねえからって、嫁さんに逃げられねえようにって、檀家は心配してたが。
二人して漕ぎ別け行かむ岩船や月の雫も流れ笹川

いにしへの長者屋敷ぞ掘を穿ち茂みまばゆう我れ他所に見つ
 小国の長谷川邸も、鵜川の飯塚邸も、地震で壊滅的な被害を受けた、飯塚邸は立ち直ったが、長谷川邸はまだ、あと三年はかかるという。
月読みのまかりの道も馴れにしや辿りも行かめ奥入瀬の川

松代の街と云ふらむなつかしき三十年代にありし如くに
 松代も松之山も松なんかない、いやあるという、そうしたら何本かあった、雪深く山ふところの、今は北々線の駅もできて、賑わうのか、ふんどし町の十日町も。
過ぎ行けば夏の夕を十日町賑はふ里を我れは知らずも

松代や渋海の川の百合あへに人に知られで住むよしもがな
 渋海川は信濃川に次いで長い、いつでも水が濁る、地滑り地帯を行く、小国から赤谷松代と山奥の、坂上田村麻呂お手植えのけやきというのがある。
松代や渋海の川の百合あへの人に忘らゆ名をこそ惜しも

田を植えて松之山なむ道の瀬に腹へり食らふ笹団子をし
 松之山温泉凌雲閣は木造三階建ての、大正期のシックな建物であったが、地震でどうなったか。六月にはようやく雪が消えて、ずくなしの花盛り、鷲が飛んで行く。
吾妹子が松の山なむ田を植えてしげみへ夏を君や問ひ越せ

吾妹子が松之山なむ汲む水のきよきに入らめ遠き越路を
 信州へ入ると水が澄む、いや差し向かい清津川も中津川も清流、箕作の村から奥志賀へ、壮大な山並みに、萱の原などいうところあって、冬スキー客はリフトで登る。
ここをかも姥も泣くかや月詠みの行けばやい行け萱の原まで

秋山の夏なほ霧らひしかすがに平家の郷は人知れずこそ
 秋山郷は平家の落人部落で、長野県と新潟県に股がる、けわしい道を辿る、秋山といわれるだけあって名にしおう紅葉、峰には雪が降って彩り染める、いやもう世界一。
わさび田を右にし行かむ平家らが霧らひ晴るれば今夕望月

杉原の仙見の川に橋かけて間なくし鳴くか山ほととぎす
 仙見川は早出川の支流、夢のような清流で、やまめがいっぱい、てんぐちょうの群れ、ほととぎすが何十となく鳴く、こんなん見たことないといって、三年たって行くと開発だ、もうただの川。
杉原の仙見の川に橋かけて鳴き止まずけむ山ほととぎす

六十我が尋ね行きたや海の底山のはてなむ雪豹の道
 弟子に達者なのがいて、シュノーケルをつけて潜って、ふうっと吹いて水を抜いて、と教えて貰って、ふうっと吹いたらまだ水の中、どばっと飲んでふりもがいて、貝で足を切った、せっかく海底散歩は諦め。終戦は小学校三年だったな。
人みなの早に忘れてカンナの花やそは敗戦の東久爾内閣

年のへはならぬ梅さへ代継ぎの母のつとめぞこは土用干し
 白梅はいい梅がなって、紅梅は花はいいんだけど、でっかい上に種もでっかく。梅を取るのは大嫌い、なんせ薔薇科のいばら、傷をつけたらもうだめだし、ぶうぶう云って毎年取らされ。
茂み井に廻らふ月をくまなしや土用干しせん梅があたりも

土用なむ朴の廻りを日照りあへなんにおのれが歯痛み暮らす
 朴の皮を煎じて飲むと虫歯にならぬ、茄子のへたの炭でみがくといいと云い、それすると歯医者が倒産するでとか、なーんか半分ほんとうのような。
炎天下立ちん棒せる厚化粧たしかに夕を見附の祭り

しかすがに霧らひも行くか米山の蒲原田井を見れど飽かぬかも
 村ごとに米山薬師があって、わしらが村のはお寺が引き取って祀った。大きなもみの木があって、春の大風に田んぼに倒れ込み、舟つなぎの木という、蒲原平野は弥彦のあたりまで湿地だった。
守門なる笹廻小百合のゆりあへの人の姿にあどもへにけり

平家らが落ち人となむ剃髪せりし汝がみまかりし夏
 わしんとこで立職第一号は秋山郷出身で、彼の結婚式をすっぽかした形になって、謝りに行こうと思っていたら、死んでしまった、一生悔いが残る。ノルディックの国体手だった。
我がゆえに会へずもなりてみまかりし渠に回向の槿花一輪

のさばるは夏の烏か傍所村悲鳴を上げたる五助のばあさ
 五十嵐小文治は皇室よりも古いと云われる、こっちが即ち表日本であった、下田三千坊はなんの遺物も跡形もない、鏡が一枚出たという、それを持って朝鮮に赴任した校長さんとも、行方不明。
のさばるは夏の烏か三千坊守門がなへに雲井わたらへ

夏の日はなんに苦しえいやひこの蒲原田井にかなかなの鳴く
 どこもかしこも嫁ひでり、かと思うと婿どんがじき出ちまったり、農家がいやだというより、人を受け入れる心が欠落、しばらくこりゃどうしようもないか。母子家庭にゼニやらんようにすりゃいいって、それもまあ一案。
夏の日はなんに淋しえ米山の蒲原田辺にかなかなの鳴く

塚野目の人にも会へず降る雨や蒲原田井に夕凪わたる
 空手馬鹿の国際人がいて、それは優秀な男なんだが、じきミリタリーになる、ニュージーランドとオーストラリアに連れて行って貰った、かっぽれを釣ったりすてきな冒険だったが、蒲原平野に帰ってしばらくぼんやり。
笹川の流れに浮かぶほんだはらか寄りかく寄り年はふりにき

みるめ刈るしいや荒磯の波のむた別かれい行きし君をかも思ほゆ
 空手の馬鹿が水中銃を手に泳ぐ、八方から魚がよって来るという、石鯛を持ってきた、でっかいのを抱えたらばかっと逃げられたといって、胸に傷。
番神の寄せあふ波に暮れはてて沖つ見えむ烏賊釣り明かり

凄まじきものとや思へ柏崎沖つ見えむ烏賊釣り明かり
 一定間隔に列なる烏賊釣り船の明かり、北海道まで続くらしい、風情なんてもんじゃなく、正に人類一種族の貪婪、食いつくす迄に滅びるかってやつ。
出船には鳴きあへすらむかもめ鳥沖つ見えむ烏賊釣り明かり

夏の日は暮れじといえど松ケ浜入り泊てすらむ川面恋ほしき
 まんぼうの一尺に満たぬ子供が港いちめんに浮かぶ、そういえば卵の数が一番多いらしい、ちぬしか釣らんとうそぶいたら、さびきにいくらでもかかって、かまぼこの材料になる、けっこう食えるという。
夏の日は暮れじといえど与板橋行く川波がなんぞ恋ほしき

与板なるいくつ水門を越えてもや和島の郷は芦原がなへ
 塩入峠には良寛さんの歌碑がある、なんて書いてあるかようも読めん、塩が入って来るからと思ったら、井戸水に塩が入って塩の入り。温泉もあってまったりするほどきつい。
塩入りの牛追ひ人に我あらんつばくろ追ふて蒲原の郷
塩入りの牛追ひ人に我れあらむ与板の橋に夕を暮れなば

この夜さは寝やらずあるに萩を越え一つ舞ひ行く残んの蛍
 八月になってもぽつんと飛んで行く蛍、年だと思うのは暑さ、いやもうたまらんと35度40度近く、仕方なく人なみにお寺もエアコンの部屋を。
くだしくに雨は降るかやこの夕万ず虫ども寄せあふ如く

いみじくも暑き夏なへあしかびの待たなむものは雨の涼しさ
 熱暑とひでり続きに、山も砂漠、朴や楓の葉の大きいのから枯れ始める、どうなるかと思ったら雨が降った、天道人を殺さずとばあさが云った、じきに通用しなくなる。
柏崎廻らひ行ける久しきに山尾の萩の風揺れわたる

名にしおふひすいの里と聞き越せどしの降る雨を青海川波
 ひすいを盗掘してとっつかまった中学の先生とか、セクハラよりは格好いいか、フォッサマグナミュージアムに何十人案内して、新鉱物が発見されてまた行った、どかんと転がったひすいを、持ち上がるどころではなく。
虹かかり金山掘りの橋立の久しき時ゆま葛生ひたる

こしみちの茂み田浦が百日紅四十路の夏も過ぎにけらしや
 さるすべりの木が、さして年もとらぬのに弱る、蟻が巣を作る、いや水はけが悪いからだといって、暑い夏が来たら花をつける、どか雪でめちゃんこになったのが盛り返した。
四十男が空ろ思ひを百日紅蝉の声のみあり通ひつつ

破間の八十氏川の川淀も浮かび寄せたるやませみの羽根
 浮きを流していわなを釣っていると、やませみがあっちへ行きこっちへ行き、夏の終わりをその尾羽根が漂う、どうしたのかな。
下関の十軒田井の外れにも木立どよもし蝉の鳴くなる

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しんめい

知心不心、無病無薬、迷時捨事、悟罷非異。(心を知る心なく、病無ければ薬無し、迷える時は捨てる事をし、悟ればすなわち非異を罷れる。)
心のありようをこれほどに確かに記すもの他になし、心理学だの宗教などいらんです、心はたった一つ。一つが一つを知ること不可能、だからなんにもない無心です。なんにもないと云って来た人に、担いで帰れと云った、そりゃなんにもないを見つめている心があるんです、一つが二分裂です、たいていみなこれです。虚空と云えば虚空があるように思う、なにをどうすりゃあとて、七転八倒。参ずるには自分の心をあげつらう、そりゃもと不可能なんです、糠に釘やってるだけです。病無くんば薬無し、自分という無いものにかかずらわる、すなわち病です。病をこさえといて、薬が欲しいという、あっはっは諸君の参禅まさにそれ、違いますか。ないはずの自分と格闘技、虚空と自分の格闘技、すんでに近いですか。ないはずの自分を見つめて無事禅を免れる、格闘本来そのものと気が付くのに、手間ひまいらんです、底をぶち抜いて下さい。迷う時は捨てようとする、捨てるはしからますます煩瑣です。対峙を双眠という、妄想をなすのも、捨てようとするのも同じ自分、たった一心なんです。これを悟るに従い手つかず、いいことはいい、だから悪いしたってらちあかんのです。らちあかん世の中、あっはっは世界宇宙、人類一般まさにこれに尽きるんです、他にはまったくないんです。世の人他のことばっかりなんでしょう、騒がしくって不幸です、まったく収拾がつかない、はい、たった一人でいいです、納まって下さい。

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しんめい

得失両辺、誰論好悪。一切有為、本無造作。
(得失は両辺なり、誰か好悪を論ぜん、一切為に有り、本と造作無し。)
得失是非という、世間問題にするのはこれです、生きて行かねばならぬから、ゼニ儲けなけりゃいかんからという、いったん生き死にをはなれ、ゼニ儲けを外れると、物のありようが見えて来ます、仏という我れそのものです。あっはっは人間一度はそこへ帰るべきです、救いも真実もそこにしかないです。一得一失一つ得るあれば一つ失う、天然原理ですか、ただこれ一得一失だけがある、人間の好悪好き勝手にゃよらん、好悪は論じて際限もなしってだけ。一切為に有りです、だれがなんの目的でという、そんなけちな話じゃないんでしょう、猫には猫現じ鼠には鼠現じ、まったい正解他にはなし。坐禅は坐禅の為にす、もと造作無しを知るにしたがい、本来のものになるんです。なんのことはない、もとあるがようの廓然無聖です、花のように知らないんです、月のように自ずからです、花は花と云わず月は月と云わず、世界宇宙まったく平和です、永しなえにこの中に行なわれることを、ようく見て下さい、他に云うことなし。初心の行を守る、空劫以前の出来事です、はいこれ。

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しんめい

無生順物、随所幽棲。覚由不覚、即覚無覚。
(無生は物に順うて、随所に幽棲す。覚は不覚による、即ち覚は無覚なり。)
それだから参ずるに当たってどうしようかという、妄想や空想をおくのか捨てるのか、出っぱなしの手つかずと云えば、妄想のまんまにぐらぐらやっている、追っかけ回すのと、そのまんまと区別がつかない、あっはっはどうしようもない。今の人とくにだらしないというんですか、なんとも不都合です。たしかに念起念滅、ぽっと出るぽっと消えるままにすると、まったくなんにもないんです。なんにもないを見なければ、それでおしまいです。でもそうならず、妄想煩瑣四の五の云っているには、もと自分に用なしです、なんでもいいまっしぐら、外に向かって坐るふう。初心見たとおり聞いたとおり、それそのまんま無生順物は、死んで三日たった世間ですか。あなたいないでものみなあるんでしょう、うっふ随所に幽霊ですよ、自分というどうのこうの取捨選択によらんのです。どこへ行こうがそこ、坐っていて、時間も知らず我れも知らずという、そういうことが必ず来る、すると近いんです。失せ切る無上楽があります、まさに覚は不覚によるを知る。無自覚の覚ですよ、意識のあるとなしとに関わらずです。仏如来が実現します。これを云うにただの人、元の木阿弥、なんとまあこんなにすてきなことはないんです。世の中ただでいられる、生まれ変わり死に変わりしようが、路傍の石ころになろうが、うっふう真実。

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これで最終かな

二連禅歌=秋


山門をとく夕立の降り止めばいついつ聞かむ虫の鳴くなる
 わが参道はすずむしの大合唱、夕立が過ぎるともう虫が鳴いている。そうさなあ、安定した季節感は終わったか、異常気象の洪水や地震や、むかしをなつかしむより、人間のほうが先におかしくなってさ。
大面村松の尾上を月詠みの雲井わたらひ小夜更けにけり

いやひこの何に鳴きあへ谷内烏早稲の田うらに日は照りまさる
 蒲原田んぼに烏が群れて、どこかゴッホの絵を見るような。托鉢して歩いていた雲水のころ、でもって住職三年火の車の、わけのわからん何年かをさ、うっふう蒲原田んぼ。
いやひこの何に群れあへ谷内烏早稲の田うらに雨もよひする
谷内烏鳴くも悲しえいやひこの早稲の田うらに長雨ぞ降る

今日もがも田んぼの烏かかと鳴け六郎屋敷に嫁は来ずとや
 空前の嫁ひでりになって、婿どんを貰うほうが早かったり、そいつがあっというまに別れて、じっさばっさ子育て、娘はどうした、いえそのう、とにかく檀家半減しそう。
夏草も刈らずてあれやかかと鳴く烏も外けて六郎屋敷

群らふ鷺茂み田浦が夕のへも風をしのひに秋長けにけり
 大河津分水の、水の出たあと取り残された魚がいて、子供と遊びに行って、ばけつを拾って来て何十も取った、六十センチの鮒がいたり、魚の数はまあものすごいものがあった、今はどうなってるんだろ、同じかな。
芦辺なし吹く風しのひ大河津舞ひ行く鷺の姿さへ見ず

郷別けの中なる川に橋かけてわたらふ月は清やにも照らせ
 郷別け中という地名があったが、なくなった、今は傍所という、これもどっか変わっている、鬼やんまがすーいと飛んで行って、池の島とか、牛が首とかいう、川向うの名前。
郷別けの中なる川に橋かけてわたらふ月は池島に行く

若栗はいついつ稔るあしびきの山押す風に問ふても聞かな
 おふくろが早稲と奥手の栗を二本ずつ植えた、わせは山栗よりも甘く、おいしかった、奥手はでかいんだが誰も食わず、おふくろが死んで二十年たつ、栗の木も伐られる。
若栗の稔らふ待ちにあしびきの山押す風がなんぞ恋ほしき

蒲原のはざうら田井もいついつか秋になりぬれ雨降りながら
 降り続く年があって、大河津分水は河川敷にも水が来て、ミニ揚子江だなぞ云ったが、本家本元の中国は、未曾有の大洪水、そりゃ?もうものすごい、河神の申し子だといって、かつがつ助かった子を、大事にするとか。
大河津別けても降れる長雨のまふらまふらに秋の風吹く

与板なる芦辺をさして行く鷺の泊てむとしてやまたも舞ひ行く
 頭からうなじのあたり黄色い、ときでも逃げて来たんかな、あんなのはじめて見たと思ったら、図鑑にあまさぎと出ていた、ごく普通の種だそうだ、新潟も水郷でいろんな鷺がいる。
与板なる橋を越えても長雨は降り止まずけむあれは米山

米山のぴっからしゃんから谷内烏早稲の田うらに夕焼けわたる
 米山さんからぴっからしゃんから雷鳴ったり雨が降ったり、蒲原郷いったいの百姓の神さま米山薬師、道の改修で村の米山さんは、お寺に合祇した。ここからは見えない。
米山のぴっからしゃんから群雀田うら田浦に穂向き寄りあへ
こんぺいとうに赤のまんま咲く門前は刈り終えてすでに久しき

つゆしのふ長者屋敷はこしみちの早稲の田浦を押し別け行かな
 伝兵衛さは大旦那であって、お寺のかかりの半分はまかなったという、農地開放と事業の失敗で、広大なお屋敷は人手にわたる、こじんまりした家に住んで、花がいっぱい。せがれが文部官僚になった。
つゆしのふ長者屋敷は月詠みの萩の門を押し別け行かな

山を越えここはもいずこ十日町植う杉しだえ人も老ひぬれ
 インドの民族画というのかな、ミチーラ美術館とか、新興宗教の教祖さまの故郷だったりして、十日町は織物の郷、山は深く雪も深く、折れ曲がった杉。
妹らがりい行くもあらんあしびきの山尾の萩の風揺れわたる
あしかびの十二社の寄りあへに人住む郷と我が問ひ越せね

余目の乙女が子ろを見まく欲り早稲の田浦に吹く風のよき
 ぽんこつに弟子どもと乗り込んでみちのくの旅に出る、九月は稲刈り坊主はひま。余目というのは、目だけ残す日除けのかぶりもの、いやれが地名になったかどうか、
鳥海のおのれ廻らふ久しきに遊佐の田浦に出羽の風吹く

おくのわが物思ひせむは大杉の太平山とぞただずまひけれ
 中学の時に秋田市に住んで、蝶を採集したり、喧嘩をしたり、秋田犬のそりに乗ったり、どう見ても青い目の女の子や、何十年振りに来て、木の内百貨店とお掘りが残っていた。
清やけきは出羽の郷なむ雄物川浮かべる瀬々に思ほゆるかも

行く春を思ひおこせや水の辺の碇ケ関とふおくの清やけさ
 碇ヶ関というのは、殿様がお忍びで来た温泉があったというだけの、関所はなかったと聞いた。弘前へ入ったら、どっとなつかしいりんごの郷、青荷温泉混浴の湯、電気は来ているのにランプの宿。
梓弓春を迎えむ大杉の出羽の田代とおくの清やけさ

僧我れや六十を過ぎて訪はむりんごの国の何を悲しと
 りんごは手の届くほどのは取ってもいいんだと、弘前大学の卒業生が云った。もったいないほどの見事なりんご。せっかくの川が排水に汚れて、でもやまめがいっぱいいた。
青荷なるランプの宿をま悲しみ問ひにし行けば川音清やけし

門付けて我も行かめやじょんがらの津軽の郷に雪降りしきり
 津軽三味線高橋竹山の写真があった、最後の人間というのかな、こりゃ国宝だと云って立ち尽くす。そうしてそりゃやっぱり十和田湖の絶景、奥入瀬川また風景の代表。
いにしへの月を知らじや行く秋の長けき思ひを奥入瀬の川

染め出でて何に恋しやけむり立つ酸ケ湯と云ふぞ舞ふらむ蝶も
 酸ケ湯は有名な混浴温泉、どうして年々杓子定規になるんだやら、別時間をもうけたり、きべりたては、くじゃくちょうが舞う。じきに三内丸山古墳の、集会場の復刻版が気に入って、修行道場に欲しいなど。
日は上り月は廻らへ三内の埴輪の眉の空しゅうもありて

下北は遠くにありと思ふれど秋風しのひ野辺地を過ぎぬ
 下北の野辺地という、久しぶりに旅に出たという感慨、八百比丘尼が運ぶ椿の花の北限、浅虫温泉というでっかいのはパスして、先へ行く。スクールバスが先導の形、いずこ変わらぬ女高生のまあ。
二人していずこ宿らむはまなすの茂み野辺地を吹く風わたる

行き行きて終ひの宿りを下北の松美はしき夕凪ぎにして
 下北温泉はなんでも屋を兼ねて、かあちゃん料理、たっぷりでまたおいしく、おめさま方恐れ山の大祭さ来た坊さまだけ、わかんねわかんねそったらこえーとこって、こっちも津軽弁で。
冬さびてもがりわたらへ下北の恐れの山と我れ他所に見つ

国民の鎮守と云ふぞつゆじもの忘れて思へや陸奥の稲群
 レーダーサイトがあって陸奥湾には艦隊が停泊、赤レンガの宿舎があったり。またこの辺りには田圃がある。仏が浦は奇岩絶壁、下りて行く道があったがしんどい、一カ所だけ見下ろせる所がある。
時にして荒れなむものをさひはての仏が浦とふ舟の寄りあへ

会津らはつとに長らへ下北の清き川内と笹鳴りすらむ
 戊申の役のあと会津藩士が移り住んだ、大変な暮らしの中に子弟の教育だけは忘れなかったという、川内川という美しい川の上流、やまめが泳ぐ。
初々に雪は降りしけもののふの清き川内と笹鳴りすらむ

出船にはなんに鳴きあへかもめ鳥大間が岬に夕を暮れなば
 大間岬から函館へ行くフェリーは四十五分、うるさくよったくって餌をねだるかもめ、腕がにょきっと伸びて、てぐす引いてマグロを釣るんだという、漫画のようなモニュメント。
手ぐす引き鮪釣るらむ波枕寝ねても渡れ津軽の海ぞ

背子楽子がアイヌ神威に入らむ日や舟のへさきに寄りあふものは
 これはでも新潟港からフェリーに乗って、小樽へは翌日の午後五時着、車は二万円一人ただ、あと二人は二千円という、のんびり貧乏旅、坊主頭を当時オウムと間違えられたりして。
大島や小島の沖にいよるさへくしくも思へ暮れあひ小樽

カザルスのバッハを聞くは神威かもしが大空にして涙流るる
 札幌には弟子が行っていて、くろまぐろの刺身だの青いほっきがいだの、ゼニもないのに大変なご馳走をする、彼の思う人と彼を思う人と、どうも物は二分裂、バッハのCDを貰って行く。
ウルップの北海沖をしましくは一つ木の葉に舞ふぞ悲しき

えぞ蕗の露にもしのへいにしへゆ見果てぬ夢は金山の郷
 十勝平野金山湖畔に宿を取る、ライダーはバイクで北海道を一周する、チャリラーは自転車、トホラーは歩いてという、ライダーの宿五百円など。キャンプ場は満員。
ライダーの宿とは云はむ過ぎ行けば夏を残んの芹の花ぞも

あけぼののオホーツクかも雪の辺に李咲くらむ知らじや吾妹
 丸瀬布温泉というところに泊まる、雪の原に花の咲く写真、すももの花だと客が云った、りんごしじみ、おおいちもんじ、蝶で有名なもうここはオホーツク。
りんごしじみおおいちもんじの丸瀬布タイムマシーンに乗れる如くに

行く秋をここに迎えむサロマ湖や寄せあふ波はオホーツクの海
 シーズンオフになって釣り具屋も店じまい、ラーメン屋もしまって閑散。サロマ湖の向こうには荒波が押し寄せ、岬には風が吹く。
岬には花を問はむにオホーツクの波風高し行くには行かじ

知床やウトロ岬のかもめ鳥何を告げなん行く手をよぎる
 北海道を一県と間違えてぶっ飛ばす、行けども行けども、網走刑務所跡を見過ごし、鮭の川を眺めてつったち、トホラーの女の子は残念反対方向へ行き、だれか荒海にルアーを投げ。
知床に海人のさし網差し入れて迎えむものは二十一世紀も

知床の花の岬を今日もがも神威こやさむ我れ他所に見つ
 知床半島に行ってみたかったが、昼も過ぎて、美しい羅臼岳の道を行く、ひぐまの出そうな堰でもって、おしょろこまを釣る、でっかいのを隠しもっていてがれに怒られ、だってハングリー世代はなと、ごみのぽい捨てはわしはしないんだって。
羅臼らは夏を清やけく舞へるらむ笹にかんばの衣つけながら

暮れ行きて宿を仮らむに白糠の鮭ののぼるを眺めやりつつ
 どういうわけか宿を断られ、一軒三軒、白糠というところで鮭の遡るのを眺めて突っ立つ、馬主来バシュクルと読むらしい、暮れ落ちてあっちへ行きこっちへ行き、野宿。
かき暮れて宿を借らむに馬主来の右に問へれば左へそける

音別の波をも知るや行く秋の神威廻らへ満天の星
 どろんこ車ガソリンスタンドに寄せると、釣りけと兄ちゃん、うん釣れねえや、そっかなラッコ川でもえり川でも、百二百釣れたがなあと云って、教えてくれた、釣れた。
ここにして神威こやさむ夏なほもラッコ川とふ吹き散る落ち葉

ひよどりに残んの酒を汲み交はしつとに終えなむ鱒釣りの旅
 風もないのにはらはらと落葉、もう秋が来るのか、競馬馬で有名な辺りを過ぎ、襟裳岬に夕暮れ、どっか遠くに雷鳴って、じきに雨がはらつく。
秋の陽を寄せあひすらむわたつみや襟裳岬を過ぎがてにせむ

門別に鳴る神わたり廻らへば過ぎし空知は如何にやあらむ
 雨が上がって札幌の夜景は見事、フェリーの時間を間違えて、最後の晩餐飲んで食ってやってて、ついにまた一泊、間抜けな話。
えぞ鹿の声だに聞かじ夕霧らひ行くにはい行け石狩の野を

遠々に帰り来つれば長雨の萩はしだれも咲き満ちてけれ
 せっかく萩が咲くと雨ばっかり降って、しだれ咲き満つ、風情と云えば風情なんだがさ。萩は便利で、冬には刈り取ってホウキにもして、春には勢いよく芽吹いて来る。
軒の辺のしだれも萩は咲き満つに雲井も出でな夕の月影

寝ねいては虫の鳴く音に行き通ひ今宵は月の出でずともよし
 萩が散って紅葉になるまではなんにもなし、虫の音もこおろぎになっておしまい、秋のお彼岸はまたほとんど人が来ない、稲刈りが終わったばかり。
長雨の小萩の花し散らふれば山の門とは誰をし待ため

山古志の水辺小萩の咲き乱れなんに舞ひ行くこは雲に鳥
 山古志村の萩の道は、地震でもってずたずた、逃げ出した鯉が泳ぐんだろうか、せっかくの池だ、牛ひっぱって来て、どうだってんで、ただもう観光専門にしろと云って、怒られた。
山古志の水辺小萩の咲き乱れなんに鳴き行くこは月に鳥

人はいさ老ひ行くものを備中の玉島ならむつらつら椿
 テレビで見た老い行く村の、あるいは廃村になる話、大面山にはお寺の開基さんである、丸太伊豆守のお城があった、掘り跡が残る、そうさなあ、人間もいつか詠み人知らず。
武士のいにしへ垣のいつしばも押し照る月を読み人知らず

吹き荒れて萩にしあらむ米山の雲井の月に追はれてぞ来し
 みずとりの名前がようもわからん、雁に鴨にきんくろはじろにええと、あいさというのは、そう云えばみこあいさという真っ白い鳥、とにかく歌にするには、いまだ。
守門なる茂み芦辺に月は出で何の群れかも鳴きわたらへる

もののふの破間川の瀬を速みしのふる恋もつり舟の花
 つりふねそうの実はほうせんかのように撥ね散る、あぶるま川へ入ったら、すずめばちの巣があって、弟子どもが刺された、なんとか大丈夫だった。
たぎつるは破間川をはやみかも恋ふらむあればつり舟の花

山古志のその奥の井に我が行くか初々萩の咲き満つるまで
 山古志は山のてっぺんまで田んぼで、曲がりくねった道が縦横について、うっかり入ったらいったいどこへ行くか、古志郡山古志村から、地震後長岡市になった。
山古志のその奥の井に我が行くか人を恋ふらむ道の如くに

聞こゆるはなんの音かも片貝の花火にあらむ初秋にして
 静岡へ行った弟子の初デイトが片貝の花火、四尺玉がこの年は成功して、長岡の三尺玉を越えたんだといって大威張り、風の向きでお寺まで音が聞こえて来たりする、九月初旬。
片貝の花火にあらん初秋やたれ見に行かむ汝とその妹と

棟上げの秋たけなはや野しおんの花の門にするめ一対
 戊申の役で焼けたあとに建てたという、お寺の接客を建て直す、あんまりひどかった、やっと人並みになるっていうんで、本当は鯛を奢って、銭に餅を撒いて棟上げ式。
野しおんの花にめぐらふ夫婦なれ新室祝ひするめ一対

勇名のかやつり草も茂しきや塚の辺には搭婆一本
 かやつりぐさ、きばなのあきぎり、ままこのしりぬぐい、えーともう忘れちまった、雑草の名は子供の遊びから来たりして、ずいぶん風情がある、もうだれも見向きもしない、一つの文化が滅び去る。勇名居士と。
勇名のかやつり草も茂しきや大居士ならむ雨にそほ降る

時を超え帰り行くとふヒマラヤの花の谷間の青きけしはも
 だからさ、そういう歌を詠んだらちっとは人も知ると云われて、勢い込んでフィレンツェのと作ったら、首かしげて、やっぱりおまえのは駄目なんだって、そうかなあ。
フィレンツェの手料理となむ君もしやポテッツェルリの春の如くに
見附路や夕べ死ぬるは酒にして火炎茸とふ食らへる男

四十にて議員になりし清一郎永眠せりしは夏の終はりに
 酒屋の息子がアル中になって死んだ。いい男で、ようまあ話に来た、イベントだの経済政策だのなんだの、一所懸命して市会議員になった、選挙の間にかあちゃんに逃げられ。
一箇だに打ちだしえぬとな思ひそね柿のたははに底無しの天

三兵衛の嫁取りならむ大面村田ごとの松に押し照る月も
 覚兵衛どんの結婚式に呼ばれて行った、一人もんのかあちゃんと二人、音痴声張り上げてなんか歌おうと思ったら、時間切れ、弟の方も翌年めでたくゴールイン。
長け行きてしましく夜半を目覚むれば雪のやふなる月にてあらん

常波の清やけくあらむよしえやし踏みし石ねも忘らえずあれ
 阿賀野川の支流常波川は美しい川で、わしらのほうの山を越えた、ほんにそこまで来ている。山を越えては行かれぬ。回って行くと老人ばっかりの一村。
月詠みのすみ故郷にこれありや山も草木も常波の河

我をまたつげ義晴のいにしへゆ花に問へりし津川の里は
 じゃりん子知恵もいいんだけど、つげ義晴がやっぱり最高だって、あいつどすけべだけどな、なんせえ津川の町は彼の漫画のような、夢のような、なつかしい感じを残していた。
我をまたつげ義晴のいにしへゆ月に問へりし津川の街は

二十世紀なほうつろはむ曼珠沙華年ふり人の思ひは行かじ
 曼珠沙華彼岸花はおもとみたいに緑であったのが、すっかりなくなって、ふーいと伸びて花だけが咲く、また別種の彼岸花がある。こっちは淡いピンクの花。
二十一世紀なほうつろへな曼珠沙華鮫ケ井の辺にたが声を聞く

エルニーニョ曇らひも行け曼珠沙華狂人北斎の筆になるとふ
 ごんしゃんごんしゃん雨が降るっていうのは、北原白秋か、なんせ不勉強だし、文才はないし、曼珠沙華だのほととぎすだ、てんでお呼びでなく、つまり現代子かな。
つくつくほうし名残り鳴くなへ曼珠沙華いついつ我れも狂人北斎

田の浦の入塩紅葉追分けていつか越ゆらむ牛の尾の里
 上塩下塩中塩入塩とあって、かみじょなかじょと云うんだそうだ、真人はまっと、牛の尾はうしのおだけど、牛ケ首というのもある、どういういわれなのか知らぬ。
良寛の杖を頼りに行く秋や思ひもかけぬこは梅もどき

魚沼のここはもいずこしの生ふる忘れ田代を見れば淋しも
 田んぼがなくなって葦っ原になる、たしかに田んぼ跡とわかる、棚田観光名物として、残るものもある、いや魚沼産こしひかりで、けっこう残っているのか、カメラ抱えた老人組合が押し寄せ。
魚沼の夕を押し分けしの生ふる忘れ田代を見れば悲しも

芦辺刈る人をしなけれ津南なる川辺の郷を忘れて思へや
 入広瀬に洞窟の湯というのができて、何故か湯船の浅いのがいま一ってふうで、長い洞窟裸で歩けば壮観とか、たしか中華料理もあったな、もう十何年も行ってない。
湯の煙見まく欲しけれ入広瀬破間川の紅葉いやます

田の浦の一つ屋敷をしぐれつつ荘厳せむは若き楓も
 松食い虫でいっせいに松が枯れて、するとたいていのきのこが全滅、秋はもうわしはすることがなくなった、晴れても時雨てもドライブ、今ごろはおくしめじが出たのにとか。
田の浦の郷分け中を一つ橋降りぬ時雨はひもすがら降る

鳴きあへる鴨の池はを夕霧らひ中野門とをもみじ一枝も
 せがれの先生が僻地教育で山古志村に赴任した、音楽の女先生、いいとこなんけど、どこにいても見られてるって感じ、ご飯余すと悪いから食べ過ぎて太っちゃったって、山古志ねえちゃんて呼んだら、目をこーんなにして。
山古志のかなやの郷に行き立たし天の雲いがなんぞ恋ほしき

早出川仙見の紅葉見まく欲り行くには行かじ道ふたぎける
 早出川の水系だけに山蛭がいて、そやつはどんなに支度したって必ず入り込む、これこれこうと云って、山好きの先生が話す、植物が専門で鳥にもくわしかった。
しましくは舞ひ立つ鳥の群にして早出川なむ秋長けにけり

隼の舞ひ行く見なむ八木鼻の松の尾上に風立ちぬべく
 笠掘へ行く途中の八木鼻にははやぶさが住む、ややオーバーハングの巌で、山岳部の人がと見こう見して、七時間はかかると云った、実際に登った人がいて、隼がいつかなくなったなと。
良寛のなんのえにしぞ出雲崎松の浦門に日は落ちきはむ

年のへも秋は長け行く何をなす焼酎柿を二人し食らふ
 村の忠助どんに警察が来た、どうしたんだと云ったら、鉄砲届けるの忘れたって、それっきり猟は止めた。車屋もおらクレーやって人撃たんようしてんだ、名人だといって、獲物持って来たりしてたが、そのうち仏心起こして止めた。
河の辺の夕荒れすらむしのを分け鴨打ち猟の支度せるらく

百代なし隠れ住まへる秋山の紅葉下照る言はむ方なし
 秋山郷は長野県と新潟県にまたがる、平家の落人部落で、秋山というだけあって紅葉の絶景、峰には雪が降って、次第に色染めて来るその美しさ、宝が埋まっているという伝説。
百代なし隠れ住まへる秋山の群れ山鳥かさ寝もい寝やれ

人はいさ心も知らね秋山の屋敷田浦に新穂刈り干せ
 屋敷という一村にだけ米が取れたという、そのまあ過酷な暮らしは、つぶさに書き記されて、何冊かの本になっている、こうまでして人間は生きなければならんのかと、そう云ったら実も蓋もないんだけど。
峰山も年をへぬれや新穂刈る屋敷田浦に雪はふりしく

広神の松の嶺いに月かかり帰り来つれば我が門とへに
 守門に雪が降ってしばらくは上天気、一月したら下界にやって来る、栃尾は見附の三倍、守門の裏の入広瀬は、そのまた何倍か、半年間の冬が来る。
守門にはなほも降らずて廻らへる刈谷田すすきおほにも思ほゆ

蒲原の天つみ空に舞ひ行かなそは満州の泥の木穂棉
 先先住のせがれが戦争で満州へ行って、苗木を持ち帰って植えた。どろのきの仲間という、晩秋に穂棉を飛ばす、くわがたがつくのでそのままにしておいたら、くわがたは消えて大木になった。こりゃ大弱り。
初々の雪は降れりと聞こえけむしが山古志のかなやの郷に

良寛のおらあがんとて木枯らしは昨日も今日も吹き荒れなむに
 良寛さんは他人のものでもなんでも、おらあがん=わしのもの、と書いた、なんせ良寛博士みたいな人が多く、どっちかっていうと、いえさ、木枯らしのほうがさっぱりしていて。
おらあがん吹き荒れなんに鬼木なる橋を越えたるこれの閑そけさ

鬼木なる橋を越えてもしましくは吹き荒れ舞はむ郷別け烏
 良寛さんの五合庵公園ができて、食いもの屋も土産物屋もできて、流行ることはけっこう流行っている、たこあしのフライ噛って、女の子案内して、上ったり下りたり。
いついつか松は枯れたり国上山おらあがんとぞさ霧らひも行け

津軽より帰り来たれるおのれをぞなほ木枯らしの吹くぞおかしき
 津軽出身の人がいて、津軽三味線山上進講演会があったり、ねぶた見に行く会があったり、ねぶた見たいと思うのに、お盆の真っ最中、真冬に何人かで行って来た。
木枯らしに狂へる夕を寝ねやればなほ故郷と思ひこそすれ

夕霧らふ浅間をかよひ嬬恋の村に入るべく小夜更けにけり
 おふくろを信州の故郷に分骨して、草津温泉に泊ろうかと、道に迷って延々行って、高速道路に乗ってただもう帰って来た。満月の夜だった。
雲いにも見裂ける月は嬬恋のおのれをのみと通ひ来にけり
嬬恋の雲井に月の隠らくはあしたをしじに雪はふりしく

山のまを出ては天降る月の影いくつ里辺を通ひ過ぎにき
 わしはどうしようもない親不孝罰当たりのせがれであって、葬式だけは商売柄出したということか、なんにもしてやれなかった、大法だけは伝えて行こうと。
月影を眩しみ我れは行く川のかそけきなへに入り泊てむとす

田子倉の深き水辺に時さひてしじにも雪は降りしかむとす
 田子倉ダムのぶなの原始林に雪が降る、道は閉ざされて、小出会津若松間の鉄道だけが通う、冬は失業保険貰って、かもしかだの撃って暮らす、いやそのう、口の軽いやつにはお裾分けできないって。
田子倉ゆ雪降りしけば笹がねの会津に入らむ春遠みかも

秋の陽を寄せあひすらむ河の辺やなんに袖振り会津の人も
 西会津のまたこんなところまで、きのこ取りに行って、それが寝てて取れるほど取れたり、山鳥の子が群れていたり、うはうは云って、翌年行ったらなーんにもなく。
熱塩ゆ加納に越ゆるしだり尾の山鶏の子が群らふよろしき 

これはこれ弥平四郎と飯豊なむ山は閉ざして舞ひ散る落ち葉
 奥川渓谷のとっつきの村を弥平四郎といって、飯豊山の登山口になっている、春にも行き、秋にも行ったが、山には登ってない、もうわしみたいぽんこつには無理か。
これはこれ弥平四郎と飯豊なむ山は閉ざしてしの降る雪も
阿賀野川山なみしるく見ゆるは研鎌の月ぞ入りあへ行かめ

北国に我も住まへれ初しぐれ一休猿のこはうずくまる
 北国しぐれというより、なにしろ降りだすと降って来る、毎日真っ暗けで、落ち葉をせいては水びたし、初しぐれは風情があるたって、いやもうこいつは。
北国に我も住まへれ初しぐれ田ごとの松に夕かぎろへる

北国の降りぬ時雨は止みもせで鳴る神起こし雪はうち降る
 降っているうちに雪うちまじりと、だがそれは本格の雪ではない、突然雨が止む、ふうっと晴れ渡って地面が乾く、するとどんがらがら雪起こし、あとはもう積もるばかり。
北国の降りぬ時雨の止みぬれば鳴る神わたり雪はうちしく

米山に雪は降れりと夕べには人にも告げな田の末紅葉
 焼山に降ったというのが、雪の知らせかな、どこに降っても私にはわかると、宮城道男が云った、そりゃそのとおりだと思う、紅葉の盛りにも降ったりする。
大面村田ごとの松に初々の降りしく雪は暮れ入りにけれ

あかねさし月は今夕もわたらへど雪を待つらく軒辺淋しも
 柿なんかだれも取って食わなくなって、ひよどりや烏の、たいてい年を越えて寄ったかる、いちめん雪になってからだ、雪には柿がよく似合う。
栄ゆると名をし代えたる大面村雪に残んのこは柿もみじ

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しんめい

一心無妄、万縁調直。心性本斉、同居不携。
(一心妄無ければ、万縁調直なり、心性本と斉うて、同居して携えず。)
一心妄なくんばとは、妄想にしてやられるんですか、すなわち乱れる、暗愚です。心という無心、もとなんにもないところに有を生じて、だからどうだとやる。アメリカは軍産複合体で、ブッシュの馬鹿はその傀儡でもって、十年にいっぺんは戦争して、要するに株が値上がりゃいいとか、一念起こって際限もなくやるんでしょう。すると万調直というわけには行かなくなる。一神教という、三つ巴の兄弟喧嘩ですか、万縁調直を逆なでするような、こっちの神さまに従えばという。お互い尊重しあうったって、あっはっはないに越したことはない。満ち足りて喧嘩せずなら、赤貧洗うがごとくあって、大満足です。大安心とは、心性本ひとしく、同居してたずさえずです。たれかれだからどうのとやらない、平和とは不生なんです、自ら事を運んでこうすべきしない。その心性本斉個々別々、廓然無聖知らんわいなんです。地球ものみなかくのごとくあって、それを人間さまだけがかき濁す。神だの仏だの云って、同居して不携ができない、牛や豚は食うためのもの、くじらはガイアの魂だからなど、勝手な理屈つけないんです。因果必然、天に唾すりゃてめえに跳ね返って来るだけなんですが、なんせ傍迷惑。信仰なくして、信仰一00%の帰依、清浄というさえ汚らわしいんです。無宗教は雑念です、さあこれを得て下さい。でないと宗教はなくならんです。

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しんめい

四徳不生、三身本有。六根対境、分別不識。
(四徳不生にして、三身本有たり、六根境に対して、分別して識らず。)
四徳仁義礼知ですか、まあ徳あるは誉むべし、徳なきは哀れむべし、世の中というあるいは生涯というめりはり、あっはっは潤滑剤ですか。今の世あんまりみっともないんですか、言葉使いがなきゃ言葉も不自由、四徳なければかえってがんじがらめ、でもこれもとないんです、どこにもそんなもの書いてないんです。よって出入り自由、知らぬまにこうあり、人を喜ばせ、あるいは身に徹するということあり。人本来厳粛です、荘厳なんです、別に四徳にもよらず四戒にもよらず、あっはっは四芸にもよらんですか。孔子の周礼は美しいですが、それによって国を興す、あるいは人倫も、なを過ぎたるは及ばざるが如し、一長一短です。よって老荘思想というんですが、同じ問題の裏腹というより、千変万化、すなわち自堕落。そうではないんです不生、こうだからこうあるべきと化けて出ない、仏の知慧これ、よくよく鑑みて下さい、ついに鑑みるおのれがないんです。六根清浄という、清浄とはないんです。無眼耳鼻舌身意無色声香味触法、たとい分別ありとももとないんです。触れることも見ることもできない、あっはっはなんとなれば目もなし、手足なし心もなし、六根境に対するという、そんなことまったく知らんです。ゆえにもってなんの捕われもなく、明日が来て毎日、まったく不染那、汚れを知らんのです。うっふっふ自殺したいんなら、はいどうぞ。

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しんめい

霊知自照、万法帰如。無帰無受、絶観忘守。
(霊知して自ずから照し、万法に帰如す、帰する無く受くる無く、観を絶し守を忘る。)
幽霊と云うんでしょう、幽も霊ももとこれがありよう、自分という邪まなしにものみなのある様、自分なければものみなもないんですが、すると死んでホワイトアウトの真っ白というんでそう、あっはっはそりゃ真っ白けがあるんです。雪舟の水墨画のようにものみな整然、太虚の洞然たるが如しと、ありながらない、ないながらある、幽かそかに霊おくぶかしですか、すなわち幽霊になって一人歩きしちまった。どうにも想像がつかないんです、すると想像をつけるものが幽霊になったんですか。すなわち自ずから照らす、中心が失せ切るんです、あっはっは皮袋がです。手足を持つあたわず、足だけ無いんじゃないです、これを万法に帰如という、坐って下さい、坐らずして名文句なぞないです。たしかにものみな失せる乃至は親しく虚空これが内容です。日々新たにですよ。帰るなく受けるなくただもう長長出です。生悟りも空前絶後も、だからどうのあっちゃ届かないんです。境なしどんな具合だと聞かれても答えようのない、なんにもねーじゃねえかと云われて、せいぜいがどあほと返す。観を絶し守を忘るることこれわが宗旨なり、他の諸宗の預かり知らぬ所です、はい月のように太陽のように。

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しんめい

菩提本有、不須用守。煩悩本無、不須用除。
(菩提本有、須からく守ることを用いざれ、煩悩本と無し、須からく除くことを用いざれ。)
菩提本有、菩提心とは何かと問う弟子がいた、もと菩提心、手つかず二00%、いらぬお節介、取り越し苦労を止めて、長長出せしむることこれ。要するにてめえに首突っ込んで歩くな、なんていうみっともない。どこにそんな鳥獣、あるいは花に月に空の雲に、木石山河みーんな丸出しの、てめえ不格好のてめえばっかりがいるかと。でもまた聞く、菩提心とは何かと。仏教らしいことをしたい、なにほどかいいことやってないと納りがつかぬ、この馬鹿ったれ、坊主止めちまえ、我利我利亡者が。すべからく守ることを用いざれ、まずそいつから手放すことだ。自分という取扱なければもと仏、地球ものみな手つかず。見れども飽かぬ、でなくってなんの存在。羽化したての美麗もおんぼろ蝶も、さなぎもいもむしもぜーんぶです。煩悩といってたとい忌避したとて、別口破れてわっはあ不始末。刑務所教育の二重人格こさえるが落ち、もとまるごともって、まったく不始末のない現実。共産主義のようにそっぽ向いて理想なと、目的のためには手段を選ばずといって、なんたる不始末、見ても聞いてもいられない。他の一神教等よくよく見れば、地球の病気、くじら捕るなのこれはまあいったい何。

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しんめい

見在無住、見在本心。本来不存、本来即今。
・見在住する無く、見在本心、本来存せず、本来即今。
自分という存在はと求める、ダザインだなどいうとき、うっふう求めるに不可得は、二二んが四の数学ですか、求めるものこれ。見在たった今です、たった今を無住、どこにどう住んでいたかわからない、これ実感です。能書き垂れてだからどうの、よってすなわちやると、住んでいるような、たった今あるような気になるんです。嘘なんです。六祖応無所住而生其心、乃至は風動かず幡動かず汝が心動くなり、真実はこれ。木の葉揺れずこっちがこう揺れ動く。本来存せず、本来即今をほんとうに手中にして下さい。もとこのようにある、万人あろうがたった一通り、実に違いようがないんです。仏と云い大法という他なしです、実際です、パーラミーターという人智なる、一切の智慧ここより生ず、不生の智慧。オールマイティあるがまんま。

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しんめい

非清非濁、非浅非深。本来非古、見在非今。
(清に非ず濁に非ず、浅に非ず深に非ず、本来古に非ず、見在今に非ず。)
世の中清濁合わせ飲むなんて云うでしょう、清とし濁とする標準がある、物差しをもって見る、すなわち濁ですか、醜悪です、虎の威を仮る狐。でもって風景を見るのに、取捨選択による、すなわち汚ですか、趣味をもってまったくすっきりしないんです。でも浅にあらず深にあらずというとき、人はいったん死なねばならんです。自分という固執がふわーっと外れる、かつて坐るについては、我がものにしようとする。なにほどか結果が欲しい、獲得が必要であったのが、根本に失せる。ものみな掴み所がない、意味なしです。自分というたった一点を失うんです。本来古にあらず、本来今にあらず。来し方行く末が見えぬ、すると歴史や社会や、ついの今までよってもって自分であったものがない。自分という生涯、たまたま、しばらく迷い出て、二十年あるいは五十年、なんのなにがしであったものが、雲散霧消して、さあ如来が現ずるんです。そうか夢を見ていたんだな、たった今覚めた所だ、長い間うっふう何をしていたんだ、さあ現実がある、生活が。本来古にあらず、今にあらず、なにさ五十年の夢も一瞬。

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しんめい

心無異心、不断貪淫。性空自離、任運浮沈。
(心に異心無く、貪淫を断ぜず、性空自ずから離れず、任運に浮沈す。)
自分とは何か、いいの悪いの云っている者なんです、云われている方も自分という、へんてこりん。自分とおさらばとは、この二つが一つになる、心に異心なく。いいですか一つになるとなんにもなくなっちゃう、無心です、心が無いんです、坐禅とはもとこれを実証するためのものです。心に異心なくとは、まるっきりなしで坐る醍醐味、これ筆舌に尽くすこと能わず、各々自分で確かめるしかないです、はーい確かめようにないものこれ。そうしてもって貪淫を断ぜずです。自縄自縛の縄のはしくれが、かつての自分だったとすると、その縄がどっかへ行っちまったです。時と所に従うだけです。世の道徳家宗教家のように、こうせにゃならぬ、神様だのだからの云わない、そういう縄で縛らない、新興宗教もそりゃ他諸宗も、縛りをもってなるたけ大勢らゼニを寄せる仕組みですか。すなわちもっとも真実に背く、でたらめ滅法界です。平和を云い幸福を云うは、まさにその反対を云うのと同じなんです、よくよく見て取って下さい。性空自ずから離れず、あるがまんまという手付かずです。いいですかあるがまんまというお仕着せじゃないんですよ、任運に浮沈す、まったくの糸の切れた凧。てめえこうあってそいつをうしろから糸で操る、うっふ諸悪の根源これ。是非善悪の徒輩もっとも不合理、不条理を知って下さい、思い切って手放す、任運に浮沈して下さい、大死一番これ。

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しんめい

無合無散、不遅不疾。明寂自然、不可言及。
(合無く散無く、遅からず疾からず、明寂自然にして、言の及ぶ可くにあらず。)
人を引き寄せるにはまず人の辺に乗っ取って、あっはっはあ頭なでなでして、おうおういい妄想だとやっといて、ふわーり浮き上がったところを急転直下。わしは短気で狭量だで、すぐこの馬鹿たれえめがとやってしまう、いやもう大いに反省しなくっちゃ。合なく散なく、遅からず疾からあず、のらりくらりのひょうたんなまずですか。意見主義主張によらぬ大器というよりは、単に器なんです。変なやつだなあと云われるゆえんです。仏がしゃばの皮かぶっている、となれば人々みなかくの如しなんです。生まれてからしばらく、自分というよこしまをもって七転八倒します。なにしたってろくなことない、傍迷惑地球のお荷物ですか。大統領になろうが聖人であろうが同じです。これに気がついて、われというその思い込みを返上する。すると仏だったんです、今までのことは反省しようが追いつかない、雲散霧消してあとかたも残らない。たとい余生も仏という現前する、ものみなと同死同生底です。明寂自然、言葉の及ぶべくにあらず。着た切り雀の、われという劣悪のお仕着せを脱ぐんですか、うわーっといったぐらいの仏の、宇宙風呂ですか、空前絶後事、でもさこれを得るには、まず自分とおさらばせにゃいかんです。

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しんめい

去来坐立、一切莫執。決定無方、誰為出入。
(去来坐立、一切執無く、決定無法、誰か為に出入す。)
去来坐立立ったり坐っり行ったり来たり、一切執なく、我々の日常は実にそのように行なわれているんですが、それを知らないんです。暗室移らずという、ものみなものみなの露われるまんまに行く。わずかに坐った人のみこれを知る。無内容という内容ですか、信ずる者は救われるという、5%ほど信ずると信じたというんでしょう、だからおれはと、100%信ずるとそんなもの失せ果てる、忘れるというだけがようやく筆舌です。これ生活そのもの。生活しながら生活をそけっぱなし、そけた分をああだのこうだのいう、淋しい淋しいで騒々しいんです。すると収まりがつかぬ、人類の歴史ないしは社会国家これです。苦集滅道よってもってすべては苦しみだという、苦の集大成これ認識、ではそれを滅する如何、道によるという。いらんこってす、無用の長物。決定無方、だからこうすべき、おれはもう決してこういうことはしないという、まさにそういうはしから破れるんです。この自分というまったくの無自覚を、200%そのまんま生きる道しか実はないんです。だれが為にか出入りす、これまったいらに知って下さい。端に為にすと、自受用三昧の是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪とある、幸福だの平和と人のいう、そやつの千万倍じゃなく、ただの完成体です、すなわちただの人、うっふうかすっともかすらない。

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しんめい

惺惺無妄、寂寂明瞭。万象常真、森羅一相。
(惺惺として妄無くんば、寂寂として明瞭、万象の常に真たり、森羅一相なり。)
一切合財が失せ切って、もって洞然として明白、虚空の中の虚空ですか、虚空というイメージングじゃないんです。境地や悠々自適などの絶しはてた世界です、あっはっは世界がないんですか、空前絶後の事。菩薩清涼の月畢竟空に遊ぶ、衆生の心水清ければ菩提の影中に現ずは、これ修行の尽きるところ、あるいはこれよりまったく修行、というより生活が治まるんですか。万象の常に真たり、森羅一相してこうあるんです。わがことまったく終わるということあって、実に日々に新たに行くんです。こうなったら転法輪です。たしかに曖昧未だし、どっかひっかかる感じのしている間は、どっかひっかかる転法輪しかできない。たしかに他なしと知り、まったく他なしに指示するとも、実にそうは行かんのです。自未得度先度他の心を起こすとは、まさにひっかかりとっかかりのおのれを明け渡すことなんです、大法のほかてんからなくなって、自分が得たいという、ちらっとも一点を明け渡すんです。他の能書き三百代言の預かり知らぬところです。今の世流布には及びもつかぬ、百人のうち九十九人までは、仏に出会うとも知らず信ぜず、あるいはそういう世の中かも知れぬ。では一箇半箇に確実に伝え残して行く、これのみを畢生の大事です。いつか必ず花開く、いえこの事無うしては、人類そのものの意味がないです。

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しんめい

惺惺了知、見網転弥。寂寂不見、暗室不移。
(惺惺として了知すれば、見網転たた弥まねし、寂寂として不見なれば、暗室移らず。)
そりゃどうしたって悟ろうとする、安心立命が欲しいんですか、約束手形がいるような気になっている、ただじゃあすまされんのです。初心もとこのまんま、はいおしまいってわけにはなぜかいかない、従いこうあらねばんらぬ、すべらくかくの如しやる。もと標準は自分、自受用三昧だというのに、他の標準を仮るんです、すると見網転たたあまねしです。世の中これをもって是とするんですか、見解の相違という、他の万物一切が同死同生底、手を携えて行くのに、人間だけが見識と弁解です。喧嘩をするには必ずおれはいいおまえが悪いやる、滑稽です。そうじゃないんです、ものみなあるがよう、一目瞭然です。長らくともに暮らすと、せいぜいがあれはああゆうやつだという、詮索したってなんにもならんことをよう知ってます。ハウルの動く城を見たときに、いきなり画面になってアッハッハ向こう合わせです。まったくの無感想で帰ってきたら、哲学出の弟子があれは失敗作でもってなにがどうでてという、浅薄です。このばかったれ、それでも坊主かと怒鳴って、はて糠に釘。寂寂として不見は暗室移らず、ものみなあるがようにある、意見によらない、そうねえ200%存在ですか。為にするには機縁による、熟さぬ人に何云ったって、こりゃどうもならん、自分の持ち物見解にいっぱいで、他入って行かないんです。以無所得の故に修菩薩行です、他にこんな教えはないんです。ようやく坐が坐になる、悟ったとか大自在とかいう、そういう腰掛を蹴倒すことからです、でないと不具者ですよ。うっふ、癡人に夢を説くなかれ、はい。

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しんめい

双眠対治、堪然明浄。不須功巧、守嬰児行。
(対治を双眠すれば、堪然として明浄なり、須べからく功巧を用いず、嬰児の行を守る。)
対治を双眠するこれが要決なんです、どうすべきこうすべきと云っている自分と、そう云われている自分と、あっはっはそんなこともとありえないのに、なぜかやっている。坐の工夫です、工夫がうまく行くとは、標準通りにするか否かではない、ただもう手放しなんです。捨てるとはこのこと。どうしても捨てられない、無所得の故にと云いながら、得ようとする、握り締めるんです。それを手放して行く、捨てるという、すなわち自分を捨てるんです。きまって対治を双眠します、堪然として明浄、ふうっとやって来ます、なにがなし気がつくことあります、向こうから来るんです。自分という特別じゃない、初心ただの風景ですよ。風景に自分が消えちゃうんです、消えるから帰依ですよ。仏という筆舌に尽くし難い、微妙幽玄です、あに巧功を用いんや。功巧の離れ切ったところに、とやこうない、嬰児の行を守るんです。坐ったことのない人は、必ず世界平和だの、みんなでもって偉業をだの、宗教同じなどやるんです、すると必ずその反対があります、騒々しくがさつです。自足を知らないんです。

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しんめい

分別凡聖、煩悩転盛。計校乖常、求真背正。
( 凡聖を分別すれば、煩悩転た盛んなり 計校すれば常を乖れ、真を求むれば正に背く。)
凡人聖人という、驚異あれば狸奴白虎下劣あれば宝貴珍御ですか、どうしてもこれをやる、迷悟中の人です。坐っても坐ってもなかなか抜けない、今に見ていろ僕だってです。いつかな悟れない、悟った人はこうあるべきという、煩悩うたた盛んです、是非善悪に終始する。他の標準を仮りダイアモンドと炭ですか、じつはそうしている、計校しているそのものなんですが、だって自分とは他にないです。いいわるいもない、ただの現実、事実です、それに背いたってどうもならん、めったらになるだけです。君見ずや絶学無為の閑道人、妄を除かず真を求めず、だって初心まっぱじめからこのまんま、どっぷり漬けなんです。答えが出てるのに答えを求めようとする、そりゃ煩悩うたた盛んです、正に背くんです。いやはやいくら云ったって始まらんですか、なにしろ知らんけりゃどうもならんです、知って下さい。知るには手放しです、たいてい大苦労の末に、もうどんずまり、手も足も出ないやってんで、あっはっは手放し、初心を呑却。

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しんめい

三世無物、無心無仏、衆生無心、依無心出。
(三世無物にして、無心なり無仏なり、衆生無心にして、無心依り出ず。)
三世は過去現在未来または前世現世来世です、あっはっはひっくるめて全部です、自分という思いつく限りですか、三世物無なく、どうですかこれ、まったくの自由でしょう、解き放たれる、以無所得故にボーディサットバ修菩薩行です、わかりますか。理論じゃない実際ですよ、仏というたがをはめない、心というこうあるべきじゃないんです、心は心を見ること不可能、仏は仏を知らないんです。たとい万能の神様がわれらものみなを作ったって、衆生はそれを知らないんです、知ったらおかしなことになる。あっはっはどうですか。ものみな無心より出で、無心によってこのとおりこのとおりするんです、キリスト教の牧師が、どうもたいてい複雑怪奇な面してますがね、ついには神さまを一00%信じることだと云った、100%信ずるとは忘れることです。わたしらの暮らしが、実に忘れることで成立っているのを見て下さい。箸を持つから歩くから用便から、パソコンをうつまでみーんなです、複雑怪奇じゃないんですよ、ものみな無心より出ず、はいこれ。

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しんめい

念起念滅、前後無別。後念不生、前然自滅。
(念起念滅、前後別無し、後念生ぜずんば、前念自ずから滅す。)
五W一Hなにがどうしてどうなったという、そりゃまそういうこってすが、たとい起承転結も、そういう訓練も、もとぽっと出ぽっと消えるきりの念起念滅です。神経シナップスの電気現象ですか。前後別なしです、思想の内容に関わらんのです。心というもののこれ本来です。心という器ですか、主人です、思想はお客さん、これは主人の問題なんです、ぽっと出ぽっと消えるところをそのまんまにする。なぜかなどわからない、ぽっと一念起る、するとそれにとっついてだからどうの、あるいは際限もない、その取っ付くところを止めればいい、後念生ぜざれば前念止むんです。自ずから滅、ぽっと消える神経シナップスそのまんま。妄想が出たらいけないんじゃないんです、この念起念滅なければ脳死です、発狂します。ただ後念不生ならばまったくないと同じ、心が一つになるんです、出っぱなし、取り扱わない、するとぱあっとなんにもない、それを見るなければ仏、はいこれ無心の実体です。

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しんめい

目前無物、無物宛然。不労智鑑、體自虚玄。
(目前物無く、物無うして宛然、智鑑を労せずして、體自ずから虚玄。)
物があるという、ないというのとまったく同じです。無心とはこれ、わずかに自分というこのものが失せると、目前物無く、物無うして宛然です。有象無象という我利我利というのと同じです、画像を描く妄想よこしまを描くんです。雪舟の水墨画のように、目前無物無宛然がほんとう本来なんです。自分で確かめるよりないです。すると智鑑を労せず、評論家、フェユトン時代がどっか行っちまうです。こうあるべきの物差しが失せる、もとこれ標準自受用三昧は、自分という皮袋が破れてまわりとおのれが同じ、内外なしは内外なしの意がないんです。これを体自ずから虚玄です。どういうものか百万べん云ったってせんないです、自ずから現ずると、あっはっはどうやら浮き世おさらば。たとい人類滅亡も、はいそうですかってなもんの、せせこましい地球宇宙だの、醜悪みっともないきりの平和だ幸福だのと、すっかり無縁になりますか。こーんなに楽しいことはないって、はじめて本来人、生まれたての赤ん坊ですか。

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しんめい

至理無詮、非解非纏。霊通応物、常在目前。
(至理詮無く、解くに非らず纏うに非らず、霊通物に応じて、常に目前に在り。)
先哲至理などいう、詮はせんなくなどいう、至りえ諦めるとは、もとこのとおりにあって納まるんです、哲学や科学の中途半端じゃない、記述するからに遠いんです。外れていることを知らない、それじゃどうにもならない、とくとくとして弁じながら、どうにもならないことをどっかで知っている、これが世間人です、騒がしいんです。そうではない、解くにあらず纏うにあらず、手を触れるに従い無いことをしる、これ坐の工夫です、触れる手のないのを知る、じきに霊通応物です、ものみな現前している、初心とはこれ、たしかに我れと有情と同時成仏事、別格であり歓喜これに尽きるはなし、ですが一体にものみな変わらんです、不生不滅不垢不浄付け足すところもさっ引くところもない、それゆえにまっただ中です、大海の中にあっての大海、虚空が虚空を坐禅します。とやこうの理屈能書き失せて、大般若です、もと初めからです、一切事に於て然り。

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しんめい

将心守静、猶未離病。生死忘懐、即是本性。
(心を将って静を守る、猶を未だ病を離れず、生死忘懐、即ち是れ本性。)
坐っていて静かになったというんでしょう、妄想が納まる、具合よく行っているという、なをこれ病を離れず。静かを見ているもう一つの自分があります、二分裂です、収まりつかないんです。坐る人だけこれを知って、さあどうしようかということです。坐らぬ人はいいことしいですか、だからおれはいいんだという悪、信仰という不都合、女の身勝手あり、男のヒステリーありですか。世の中騒然です、難病ですかな。わずかに坐して生死懐うを忘れる。なんでもありありをぶっつけるんです、たとい坐にすべての答えあれば、これを聞く、結果なければ坐と心中、ぶっ殺したるの勢いです。静かとは本性これ、どうしようもこうしようもなくぜんたいです、すなわち自覚症状なし。それを静かにしているという、犯罪人矯正ですか。お仕着せの道徳、こうあるべき、おまえは悪いことをした、だからという、刑務所人間を作るだけです、嘘なんです、せいぜいが二重人格、二度と真人間になれないんです。懺悔という宗教といい、たいていそういうこってす、どうです、免れて下さい。

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しんめい

縦横無照、最為微妙。知法無知、無知知要。
(縦横照らす無きを、最も微妙なりとす、法を知るに知る無く、知る無きをもって知の要となす。)
照とは他に標準を設けていいの悪いのする=知りたいんです、坐っていてどうしてもそれをやるんでしょう、すると自受用三昧に行かない。ものみなふっ消えて、龍の水を得る自ずからなるということがない。忘我底という微妙に入らぬ、入頭の辺領というて、どうにもこうにもとやこうのおのれが邪魔になる。かまわんからおくんです、投げ捨てる、法を知るが嘘なんです、まっただ中にあっては知ること不可能は、思い切ってもうどうにもなれ、おれは法も仏教もおれもいらんとやる、自然成です。知るなきをもって知るのかなめとなす、あっはっはこれ仏教の真髄です。如何なるか是れ真髄、真髄ではなく皮袋であろうと趙州和尚の応える、皮袋を破って下さい、取り付く島もないんです。まっぱじめっから自分という用無しです、外に参じて下さいというが如く、これ初心もってすべては終わり、わかりますか、まったくわかる必要がないんです。

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しんめい

生無生相、生照一同。欲得心浄、無心用功。
(生に生相無く、生照一に同じゆうす、心浄を得んと欲せば、無心の功を用いよ。)
生きているというんでしょう、ではそれで了畢おしまいです、だからゆえにと云ったって始まらんでしょう。生死また同じ、どうしようもこうしようもなくあるんです。あるいはないんですか。それを生如何と問うとき、問うそのもの生です、見ること不可能を生照一同と云った。心は一つゆえに無心という単純な理屈です。ですから、坐っていて心を浄くする、あるいは心という純粋無雑なものを欲する、あるいはこれが本来とする、まったく意味をなさないんです。にもかかわらずだれかれやっている、愚かなことです、糠に釘ですか。そうじゃない、手をつけない、只管打坐まるっきりただ坐ればもと心浄なんです。浄いとは無いんですよ、坐って無いを知る、前人未踏ですか、絶学無為というんですか。まったく預かり知らぬことなんです、坐らない人には予想も付かないんですが、坐る人もあっはっは予想の外なんです、半日坐しても一瞬、自覚症状がないんです、そうです、無心の功を用いて下さい。

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しんめい

一心有滞、諸方不通。去来自爾、胡假推窮。
(一心滞る有れば、諸法通ぜず、去来自ずから爾たり、胡暇推窮す。)
妄想煩瑣で困るというんでしょう、妄想を起こすものおのれは一箇です、妄想の種類によらない、たといいいこと悪いことも、神経しなっぷすの点滅、念起念滅です。おもむくところ、面と向かい合うところ一つ、なにか一つ滞るとぜんたい不通です、だから一つ通ずると、ぜんたい解けるんです。皆由無始貪嗔痴生生世世を尽くしてという、自分はもうどうにも救いようがないなど、思い込まぬことです。そう思い込むことしなっぷすの一揺れです、次にはもうないんです。あっはっははいこれ救い。去来自ずからです、手のつけようがないんです。爾たりとはかくのごとくといいまたあまねしという、それに文句をつけて胡仮推窮、胡とは漢に対して云う、本来味方と外敵ですか、脇見運転して四の五の云う、他の標準を仮りて、こうあらねばならぬなど物差しをあてがうんでしょう、推し量る他なしに窮する、自分という自受用三昧にいちゃもんつけて坐っているんでしょう、そりゃ諸法通ぜず、なんにもならんよというんです、真っ黒け。はーいふっと開けるとぜんたい。

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しんめい

前際如空、知処迷宗。分明照境、随照冥蒙。
(前際空の如く、知処宗に迷う、分明に境を照せば、照するに随い冥蒙。)
もとまったくこのとおり、初心というあなたが見るとおり聞くとおりのまっさらなんです、これを空と云うた、手つかずなんです。あなたが死んで三年たった後の風景、あっはっは同じ、あなたがいないだけ。空という消しゴムで消しさったんじゃないんです、だから空の如しと云うた。これを知ろうとする、人生いかに生くべきか、我らのありよう如何と問うときに迷妄、ただもうわかんなくなる。宗とは旨ですか、趣旨赴こうという、もとこのとおりまっただ中に生きている、自由自在なんでしょう、それをどうすべきこうすべき、是非善悪の縄に縛る、だれに頼まれもせずの自縄自縛です、その縄のはしくれを=自分だと思い違えるから、分明に境を照らせば、照らすにしたがい冥蒙、めったやたらのまっ暗がりです。これをそうだだからやってないで、坐ってよくよく見るんです。坐るとまずもって空です、取り付く島もない、じゃそれでおしまい完了なんですよ、淋しいなんの取り柄もない、はいそれがあなた。ところがすったもんだはじめる、どうしても取り柄が欲しい、悟りという自分がほしい。よくなったすばらしいとやる、境地というにしたがい迷妄、迷妄すったもんだあっはっはどこまで行っても、これを坐禅と思い違えている、さあどうですか。坐を知らない諸の宗教=随照冥蒙。

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しんめい

往返無端、追尋不見、一切莫作、明寂自現
(往返端無く、追尋すれば見えず、一切作す莫くんば、明寂自ずから現ず。)
ですからまず坐ってごらんなさい、坐らねば見えないんです、日常にまぎれていいのわるいの云っている分には、そりゃ縁なき衆生です、世の中先生だの宗教家だのばっかりですか、ではどうもこうもならんです。坐るに従い心に接す、ようやく面と向かいあう。すると見ている自分=心ですか、と見られている自分のの二分裂です、心=自分はたった一つなのに、どうしてもそういうことになる、嘘なんです。幽霊を取り扱う様子、往返端なくです、行き帰りするに従い、アンタッチャブルです。そりゃそうです、もとないものをどうこうしようとする、追尋するに従い見えず、追い求めるそのもの=心なんです、これはやるだけ無駄だ、めったやたらの真っ黒け。不甲斐ない、賽の河原に気がついて、手を引く、もうあかん、おらあの手にはおえん、なんとでもせえと投げ出すんです。するとふうっと来る、ふわあっとなんにもないんですか、明寂自ずから現ず、なんにもないを見ている自分=心がないんです。

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しんめい

心銘


心銘:牛頭山初祖法融禪師。
心性不生何須知見。本無一法誰論薫錬。
往返無端追尋不見。一切莫作明寂自現。
前際如空知處迷宗。分明照境隨照冥蒙。
一心有滯諸法不通。去來自爾胡假推窮。
生無生相生照一同。欲得心淨無心用功。
縱横無照最爲微妙。知法無知無知知要。
將心守靜猶未離病。生死忘懷即是本性。
至理無詮非解非纏。靈通應物常在目前。
目前無物無物宛然。不勞智鑒體自虚玄。
念起念滅前後無別。後念不生前念自絶。
三世無物無心無佛。衆生無心依無心出。
分別凡聖煩惱轉盛。計校乖常求眞背正。
雙泯對治湛然明淨。不須功巧守嬰兒行。
惺惺了知見網轉彌。寂寂無見暗室不移。
惺惺無妄寂寂明亮。萬象常眞森羅一相。
去來坐立一切莫執。決定無方誰爲出入。
無合無散不遲不疾。明寂自然不可言及。
心無異心不斷貪淫。性空自離任運浮沈。
非清非濁非淺非深。本來非古見在非今。
見在無住見在本心。本來不存本來即今。
菩提本有不須用守。煩惱本無不須用除。
靈知自照萬法歸如。無歸無受絶觀忘守。
四徳不生三身本有。六根對境分別非識。
一心無妄萬縁調直。心性本齊同居不攜。
無生順物隨處幽棲。覺由不覺即覺無覺。
得失兩邊誰論好惡。一切有爲本無造作。
知心不心無病無藥。迷時捨事悟罷非異。
本無可取今何用棄。謂有魔興言空象備。
莫滅凡情唯教息意。意無心滅心無行絶。
不用證空自然明徹。滅盡生死冥心入理。
開目見相心隨境起。心處無境境處無心。
將心滅境彼此由侵。心寂境如不遣不拘。
境隨心滅心隨境無。兩處不生寂靜虚明。
菩提影現心水常清。徳性如愚不立親疎。
寵辱不變不擇所居。諸縁頓息一切不憶。
永日如夜永夜如日。外似頑 内心虚眞。
對境不動有力大人。無人無見無見常現。
通達一切未嘗不 。思惟轉昏汨亂精魂。
將心止動轉止轉奔。萬法無所唯有一門。
不入不出非靜非喧。聲聞縁覺智不能論。
實無一物妙智獨存。本際虚沖非心所窮。
正覺無覺眞空不空。三世諸佛皆乘此宗。
此宗毫末沙界含容。一切莫顧安心無處。
無處安心虚明自露。寂靜不生放曠縱横。
所作無滯去住皆平。慧日寂寂定光明明。
照無相苑朗涅槃城。諸縁忘畢詮神定質。
不起法座安眠虚室。樂道恬然優遊眞實。
無爲無得依無自出。四等六度同一乘路。
心若不生法無差互。知生無生現前常住。
智者方知非言詮悟。

 牛頭の法融禅師は禅門の隆盛を見る六祖大鑑慧能禅師のそれ以前に当たります。問答往来活発地の花よりも仏の教えはこれをもってして足りるという、実にはっきりした心地と就中親切があります。対句一つをもって足りる、乱暴に云えばたてに読もうが横に読もうがいいんです。人間平らな平地です、聞いた風な禅問答や禅機横溢だのでなく、手つかずの我と我が身心の為に、この心銘はもっともふさわしいんです。初心の人には最善です。ついに参禅に倦む人には端的の品です。どうか一句通じて下さい。ほんとうにこのとおりにあるんです。詞を記憶してもなんにもならんです。心理学なぞ逆立ちしたって及びもない一三00年以前の心銘です。


心性不生、何須知見、本無一法、誰論薫錬。
(心性は不性なり、何ぞ須べからく知見を用いんや、本と一法無し、誰か薫錬を論ぜん。)

摩訶般若波羅蜜多心経ぱーらみーたー彼岸にわたる心の経、経すーとら実際を説くんです、心銘心のありようこれです、仏教すなわち足る、心を知る、救いとはこれです、よくよく看て取って下さい。心性こころというものは、心の姿ですか、もと不生、手つかずです、もとこうあるっきりで、作ったり失ったり、汚れたり払ったり、強くなったり、弱くなったり、立派にしたりできない。どうですか、これを知る、ほんとうの救いでしょう。心はどんなことがあっても損なわれない、生まれたまんま、生まれる以前のまっさらです、御命御辞ですよ、はいおしまい。宗教だの道徳思想主義など不要、だからゆえにいらない。何ぞすべからく知見を用いん、どうこうすることない、へたな反省文書いたって同じことの繰り返し。懺悔とは何か、オナニーの類ですか。知見とはだからどうのいっちゃ頭撫でくるだけ、氷を水といったろうが、溶けるときゃ溶ける。どう能書き垂れたって水とは何か=不明は科学者どもがよう知っている。心を求めるに不可得、われなんじを救い得たりと、本と一法なし。ピックアップしたって始まらぬ、乃至は鍛えようがないんです。これを無心という、心が無いんですよ、無いものはもうどうしようもないですあっはっは、はい仏教これ。

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べんどうわ

とふていはく、あるがいはく、仏法には即心是仏のむねを了達しぬるがごときは、くちに経典を誦せず、身に仏道を行ぜざれども、あへて仏法にかけたるところなし。ただ仏法はもとより自己にありとしる、これを得道の全円とす、このほかさらに佗人にむかひてもとむべきにあらず。いはんや坐禅弁道をわずらはしくせんや。」しめしていはく、このことばもともはかなし。もしなんじがいふごとくならば、こころあらんもの、たれかこのむねをしへんに、しることなからん。しるべし、仏法はまさに自他の見をやめて学するなり。もし自己即仏としるをもて得道とせば、釈尊むかし化道をわずらはじ。しばらく古徳の妙則をもてこれを証すべし。むかし則公監院といふ僧、法眼禅師の会中にありしに、法眼禅師問ひていはく、則監院なんじわが会にありていくばくのときぞ。則公がいはく、われ師の会にはんべりてすでに三年をへたり。禅師のいはく、なんじはこれ後生なろ、なんぞつねにわれに仏法を問はざる。則公がいはく、それがし和尚をあざむくべからず。かつて青峰禅師のところにありしとき、仏法におきて安楽のところを了達せり。禅師のいはく、なんじいかなることばによりてか、いることをえし。則公がいはく、それがしかつて青峰にとひき、いかなるかこれ学人の自己なる。青峰のいはく、丙丁童子来求火。法眼のいはく、よきことばなり、ただしおそらくはなんじ会せざることを。則公がいはく、丙丁は火に属す、火をもてさらに火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたりと会せり。禅師のいはく、まことにしりぬ、なんじ会せざりけり、仏法もしかくのごとくならば、けふまでつたはれじ。ここに則公躁悶してすなはちたちぬ。中路にいたりておもひき、禅師はこれ天下の善知識、又五百人の大導師なり、わが非をいさむる、さだめて長所あらん。禅師のみもとにかへりて、懺悔礼謝してとふていはく、いかなるかこれ学人の自己なる。禅師のいはく、丙丁童子来求火と。則公このことばのしたに、おほきに仏法をさとりき。あきらかにしりぬ、自己即仏の領解をもて、仏法をしれりといふにはあらずといふことを。もし自己即仏の領解を仏法とせば、禅師さきのことばをもてみちびかじ、又しかのごとくいましむべからず。ただまさに、はじめ善知識をみんより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禅弁道して、一知半解を心にとどむることなかれ。仏法の妙術、それむかしならじ。

 老師が日泰寺覚王山の名目だけの師家を真に受けて、わしらを連れて乗り込んだ。そりゃ老師の悟ったのは覚王山であった。声涙ともに下る提唱はこの弁道話であった。以前からの師家が動かない、禅堂を御祈祷場にし、寺院子弟の学生下宿をする、どうしようもないらごらども。つきあいで坐っていた。丙丁童子来求火、終いの一声に、求道心のかけらもないのが、一尺単から飛び上がる。おじいちゃん泣いてらあと雪溪老漢、うんとわしら。愛知学院大学の教授どもが見学して、なんのかのいうのを、わしどもはそういう児戯に類することはやっとらんと云った。うひゃおじいちゃんといって、またさんざめく。なんせ宗門というところは、達磨さんに毒を盛る、御開山禅師をないがしろにする、ごくみっともない集団だ。はじめ善知識を見んより、修行のありようをよく知って、ひたすら坐禅して、一知半解を心にとどむるなかれ、仏法の妙術それむかしならじ、今もまったく同じです。この弁道話、正法眼蔵多少の古語を知れば、まったくに解説などいらんです、今の仏法諸禅入門など月とすっぽんです、今のありようまさにこれ。

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べんどうわ

とふていはく、あるがいく、生死をなげくことなかれ、生死を出離するに、いとすみやなるみちあり、いはゆる心性の常住なることはりをしるなり。そのむねたらく、この身体はすでに生あれば、かならず滅にうつされてゆくことありとも、この心性はあへて滅することなし。よく生滅にうつされぬ心性、わが身にあることをしりぬれば、これを本来の性とするがゆえに、身はこれかりのすがたなり、死此生彼さだまりなし。心はこれ常住あり、去来現在はるべからず。かくのごとくしるを、生死をはなれたりといふなり。このむねをしるものは、従来の生死ながくたえて、この身おはるとく性海にいる。性海に朝宗するとき、諸仏如来のごとく妙徳まさにそんはる。いまはたとひしるといへども、前世の妄業になされたる身体なるがゆえに、諸聖とひとしからず。いまこのむねをしらざるものは、ひさしく生死にめぐるべし。しかればすなはち、ただいそぎて心性の常住なるむねを了知すべし。いたずらに閑坐して一生をすぐさん、なにのまつところかあらん。かくのごとくいふむね、これことの諸仏諸祖の道にかなへりやいかん。」しめしていはく、いまいふところの見、またく仏法にあらず、先尼外道が見なり。いはく、かの外道の見、わが身、うちにひとつの霊知あり。かの知すなはち縁にあふところに、よく好悪をわきまへ、是非をわきまふ、痛痒をしり苦楽をしる、みなかの霊知のちからなり。しかあるにかの霊性は、この身の滅するとき、もぬけてかしこにうまるるうえに、ここに滅すとみゆれどもかしこの生あれば、ながく滅せずして常住なりといふなり。かの外道が見かくのごとし。しかあるを、この見をならふて仏法とせん、瓦礫をにぎりて金宝とおもはんよりもおろかなり、癡迷のはずべき、たとふるにものなし。大唐国の慧忠国師、ふかくいましめたり。いま心常相滅の邪険を計して諸仏の妙法にひとしめ、生死の本因をおこして、生死をはなれたとおもはん、おろかなるにあらずや、もともあはれむべし。ただこれ邪見なりとしれ、みみにふるべからず。ことやむことをえず、いまあはれみをたれて、なんじが邪見をすくはば、しるべし、仏法にはもとより身心一如にして、性相不二ありと談ずる、西天東地おなじくしれるところ、あへてたがふべからず。いはんや常住を談ずる門には、万法みな常住なり、身と心とをわくことなし。寂滅を談ずる門には、諸法みな寂滅なり、性と相とをわくことなし。しかあるを、なんぞ身滅心常といはん、正理にそむかざらんや。しかのみならず、生死はすなはちねはんと覚了すべし、いまだ生死のほかにねはんを談ずることなし、いはんや心は身をはなれて常住なりと領解するをもて、生死をはなれたる仏智に妄計すといふとも、この領解知覚の心は、すなはち生滅して、またく常住ならず、これはかあなきにあらずや、嘗観すべし。身心一如のむねは、仏法のつねの談ずるところなり。しかあるになんぞ、この身の生滅せんとき、心ひとり身をはなれて生滅せざらん。もし一如なるときあり、一如ならぬときあらば、仏説おのずから虚妄にありぬべし。又生死はのぞくべき法ぞとおもへるは、仏法をいとふつみとなる、つつしまざらんや。しるべし、仏法に心性大総相の法門といふは、一大法界をこめて、性相をわかず、生滅をいふことなし。菩提ねはんにおよぶまで、心性にあらざあるなし。一切諸法、万象森羅、ともにただこれ一心にして、こめずかねざることなし。このもろもろの法門、みな平等一心なあり、あへて異違なしと談ずる、これすなはち仏家の心性をしれる様子なり。しかあるを、この一法に身と心とを分別し、生死とねはんとをわくことあらんや。すでに仏子なり、外道の見をかたる狂人のしたのひびきを、みみにふることなあかれ。

 あっはっは他に云うことなし、たいてい狂人の舌の響きにふれることなかれです。見という実ではない見解、こうあるべきと予想する、すると必ず間違うんです。その間違いの一人歩き、仏の周辺にはかくの如きの外道、はかないとか生まれ変わりとか、なむあみだぶつとか、ありがたやとかうわさの色餓鬼ですか、見をもって左右振り回す、キリスト教だの共産主義だのする、百人百様のいいことしい、信ずれば救われる底、みなまた理想のためには手段を選ばずという無理無体です、必ず弊害です、わずかに坐して世界まったく納まる、真です、ものみなのありよう、他にはないんでしょう。見解やこうあるべきは同じ羽根の鳥を集める、多いほど安心できる、うるさったい淋しい集団です、これを外道という、ないほうがいいからです。実に唯一無二のこの法、たった一人大自在大安心、もとからそのようにできあがっているからです、宇宙一切ものみな、はい帰家穏坐。

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べんどうわ

とふていはく、この坐禅の行は、いまだ仏法を証会せざらんものは、坐禅弁道してその証をとるべし。すでに仏正法をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん。」しめしていはく、痴人のまへにゆめをとかず、山子の手には舟棹をあたへがたしといへども、さらに訓をたるべし。それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。仏法には修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆえに、初心の弁道すなはち本証の全体なり。かるがゆえに、修行の用心をさずくるにも、修のほかに証をまつおもひなかれとおしふ。直指の本証なるがゆえなるべし。すでに修の証なれば証にきはなく、証に修なれば修にはじめなし。ここをもて釈迦如来・迦葉尊者、ともに証上の修に引転せらる。仏法住持のあとみなかくのごとし。すでに証をはなれぬ修あり、われらさひはひに一分の妙修を単伝せる初心の弁道、すなはち一分の本証を無為の地にうるなり。しるべし、修をはなれぬ証を染汚せざらしめんがために、仏祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ。妙修を放下すれば本証手の中にみてり、本証を出身すれば妙修通身におこなはる。

 このとふていはく、今の人も参禅弁道またこの類です、悟ったらどうなる、境地のよしあしなど、大切な心を物としか見ない、だからその証をとるべし、悟ったらあともう坐禅なぞいらないという、すなわちこれ外道です。外道とは本来をそっちのけにする、思い描くばかりですか、ラジニーシとかクリシュナムルティというインドの聖者どもがこれです、有心というんですか、痴人にゆめをとかず、山人に舟の棹をあずけるなという、彼の徒輩に法を説くのはまあさ、ほんに疲れるばかり。物としか見ていないということに、一切気がつかないんですか。いはく修証一如の法があります、初心すべて。一分の本証を無為の地にうる、人間の完成、ぜんたいだの、行ない清ましだんだんよくなる式じゃないんです、どうか心して参禅して下さい。この項まさに坐の工夫です、あなたが死んで三日たったら、いえ三年たったらどうなる、さあという。なに風景世間まったく今の目の当たりこのとおり、あなただけがあっはっは、たいてい人の記憶にも残らんです、はいこれがあなたの悟りですと。わかりますか、あなたに用事ないんです、たとい内外あるんなら、外に向かって参禅しなさいと。これをえたえないという、そんなものも残らない全体これ、初心というまったくの未知です。わしほど坐ってる者ないですよ、朝に夕にひまさえあればです、えーと飲むときあるんでいかんですがさ。妙修を放下すれば本証手の中にみてり、本証を出身すれば妙修通身におこる、悟後の修行と云うんでしょう、仏向上事と、すなわちこれです、初心の他なくして昨日の吾はまったく今日の吾にあらず、すなわち生活とはこれ。

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べんどうわ

とふていはく、いまわが朝につたはれるところの法華宗、華厳宗、ともに大乗の究竟なり。いはんや真言宗のごときは、毘廬遮那如来したしく金剛薩垂につたへて、師資みだりならず。その談ずるむね即心是仏、是心作仏といふて、多劫の修行をふることなく、一座に五仏の正覚をとなふ、仏法の極妙といふべし。しかあるに、いまいふところの修行、なにのすぐれたることあれば、かれらをさしおきて、ひとへにこれをすすむるや。」しめしていはく、しるべし、仏家には教の殊劣を対論することなく、法の深浅をえらばず、ただし修行の真偽をしるべし。草花山水にひかれて、仏道に流入することありき。土石砂礫をにぎりて、仏印を稟持することあり。いはんや広大の文字は、万象にあまりてなほゆたかなり、転大法輪また一塵にをさまれり。しかあればすなはち、即心即仏のことば、なほこれ水中の月なり、即坐成仏のむね、さらにまた鏡のうちの影なり、言葉のたくみにかかはるべからず。いま直証菩提の修行をすすむるに、仏祖単伝の妙道をしめして、真実の道人とならしめんとなり。又仏法を伝授することは、かならず証契の人をその宗師とすべし。文字をかぞふる学者をもて、導師とするにたらず、一盲の衆盲をひかんがごとし。いまこの仏祖正伝の門下には、みな得道証契の哲匠をうやまひて、仏法を住持せしむ。かるがゆえに、冥陽の神道もきたり帰依し、証果の羅漢もきたり問法するに、おのおの心地を開明する手をさずけずといふことなし。余門にいまだきかざることなり。ただ仏弟子は仏法をならふべし。又しるべし、われらはもとより無上菩提かけたるにあらず。とこしなへに受用すといへども、承当することをえざるがゆえに、みだりに知見をおこすをならひとして、これを物とおふによりて、大道いたずらに蹉過す。この知見によりて、空華まちまちなり。あるひは十二輪転、二十五有の境界とおもひ、三乗・五乗・有仏・無仏の見つくることなし。この知見をならふて、仏法修行の正道とおもふべからず。しかあるを、いまはまさしく仏印によりて、万事を放下し、一向に坐禅するとき、迷悟情量のほとりをこえて、凡聖のみちにかかはらず、すみやかに格外に逍遙し、大菩提を受用するなり、かの文字の筌睇にかかはるものの、かたをならぶるにおよばんや。


 はいこのとおりです、こっちの云いたいこと逐一する親切、まことにかゆいところに手が届くふう、正法眼蔵さえ見ていれば、もういらない、涙を落とす良寛さんの俤が浮かびますか。たとい即心即仏を云う、なを水中の月のごとく、鏡のうちの影のごとく、自分のことだとは夢思わない、淋しく騒々しい輩、あるいは詩歌管弦の道ですか、草花山水にひかれする。風景と一如を思いたがえて、樹林に坐し、耳をそぐほどが明恵上人も、もしくは土石沙礫を握りて仏印となす。未だこれを知らず、生まれ本来の仏を見ず、なにゆえにいたずらに身心を弄し、ついに得ず焦燥のうちに死ぬか。われらもとより無上菩提、とこしなえにこの中にありといえども、なを証せずんば現れず。これを物と思うて追い求め、空華まちまちにして、だからといい得たといい思想百般、これたとい禅宗無門関といいながら、物として追う、室内を透過した無字をとおった、だからという、こっちの岸です。迷悟情量のうちに、俗物凡聖です、曖昧模糊として、世界中がみんな平和になればなぞ、時流におもねる以外になく、なんというみっともなさ。

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べんどうわ

とふていはく、あるひは如来の妙術を正伝し、または祖師のあとをたずぬるによらん、まことに凡慮のおよぶにあらず。しかはあれども読経念仏は、おのずからさとりの因縁となりぬべし、ただむなしく坐してなすところなからん、なにによりてかさとりをうるたよりとならん。」しめしていはく、なんじいま諸仏の三昧無上の大法を、むなしく坐してなすところなしとおもはん、これを大乗を謗する人とす。まどひのいとふかき、大海のなかにいながら、水なしといはんがごとし。すでにかたじけなく諸仏自受用三昧に安坐せり、これ広大の功徳をなすにあらずや。あはれむべし、まなこいまだひらけず、こころなほえひにあることを。おほよそ諸仏の境界は不可思議なり、心識のおよぶべきにあらず。いはんや不信劣智のしることをえんや、ただ正信の大機のみよくいることをうるなり。不信の人は、たとひおしふともうくべきことかたし、霊山になほ退亦佳矣のたぐひあり。おほよそ心に正信おこらば、修行し参学すべし。しかあらずばしばらくやむべし、むかしより法のうるほひなきことをうらみよ。又読経念仏等のつとめにうるところの功徳を、なんじしるやいなや。ただしたをうごかし、こえをあぐるを、仏事功徳とおもへる、いとはかなし。仏法に擬するに、うたたとほく、いよいよはるかなり。又経書をひらくことは、ほとけ頓漸修行の儀則ををしへおけるを、あきらめしり、教のごとく修行すれば、かならず証をとらしめんとなり。いたずらに思量念度をつひやして、菩提をうる功徳に擬せんとにはあらぬなり。おろかに千万誦の口業をしきりにして、仏道にいたらんとするは、なほこれながえをきたにして、越にむはんとおもはんがごとし。

 とふていはく、しめしていはくの項以下このとおりに続きます、解説不要むかしも今もこのとおり、まったく他なしです、もし意ある人は読んでみて下さい、法華宗真言宗浄土真宗他ある中に、仏教と呼べるものはほとんどないんです、直示単伝の法まさにこれのみを知って、実に直示単伝して行って下さい、世の中を明るくする方法は他にはないです、よろしくよく正信の大機たること、こいねがいます。

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べんどうわ

ここをもて、わずかに一人一時の坐禅なりといへども、諸法とあひ冥し、諸時とまどかに通ずるがゆえに、無尽法界のなかに、古来現に、常恒の仏化道事をなすなり。彼彼ともに一等の同修なり、同証なり。ただ坐上の修のみにあらず、空をうちてひびきをなすこと、橦の前後に妙声綿々たるものなり。このきはみにかぎらんや、百頭みな本面目に本修行をそなへて、はかりはかるべきにあらず。しるべし、たとひ十方無量恒河沙数の諸仏、ともにちからをげまして、仏知慧をもて、一人坐禅の功徳をはかり、知りきはめんとするといふとも、あへてほとりをうることなし。

 大光明という時に、光明を発するものこれを見ず、これを知らず、ましてや坐の境地のきらきらしい悟りのなど、もっての他、つまりのみのきんたまですか。葦の髄から天井を覗く、至りえ帰り来たるということがない、駒沢の教授などいう不細工の言です。そうじゃい、かくのごとくに無尽法界古来現、常恒の仏化道です。いったいだれかれの違いじゃない、別なしにまったくの同死同生底です。すなわちこうあるべき、定まりだの、どうあらねばならぬ、だからゆえになどないんです、ものみな解き放たれて、実に大自在はもとこのとおりだからこそ、存在というもおろか命というもけちくさいんです。百頭みな本面目に本修行をそなえ、はかりはかるべからずは、これ坐禅人の工夫そのものです。よろしくよく見て取って下さい、何か他のことやってはいませんか。たとい十方無量恒河沙の諸仏、力を励まして、あなたの坐禅の功徳をはかり、知り極めんとしても、敢えてほとりを得ることなしと、いいですかつまらんてめえという、辺りをどうこうしないんですよ、まずこれがまっさき、そうしてね、豈に坐臥にかかわらんや、この節によく出ております、なんというたって坐をもっぱらにしろということです。空をうちてひびきをなすこと、橦の前後に妙声綿々たるものあり、仏とは何か、無自覚の覚比類なしを知って下さい。

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べんどうわ

しかあれども、このもろもろの当人の知覚に昏せざらしむることは、静中の無造作にして、直証なるをもてなり。若し凡流のおもひのごとく、修証を両段にあらせば、おのおのあひ覚知すべきなり。もし覚知にまじはるは、証則にあらず。証則には迷情およばざるがゆえに。また、心境ともに静中の証入悟出あれども、自受用の境界なるをもて、一塵をうごかさず、一相を破らず、広大の仏事、甚深微妙の仏化をなす。

 坐禅というまさに単純を示すのは、単純を見ていては単純にならんのです。そりゃ複雑です、静中の無造作とはこれです、忘我というに直証です。これを知覚に昏ますこと、凡流のなせるわざ、悟りといい仏という、もとあるものをこうあるべき、かくのごとくの心境と、ああでもないこうでもないして、それを有り難がる、よこしまです。修証を両段にする、まったくよくないんです、相当に行く人でもこれをやる、なにかしら取り柄がほしいんです。おれはこうあったから云々ですか、すると彼岸ではなく此岸です。門徒の言い訳弁解仏教なんです、行ったっきりでいいんです。覚知にまじわるは実際にあらず、迷情及ばずの工夫は、なかなか奥が深いと云ったら怒られるんですか、行っても行ってもと思って下さい、ついには本当に本来、なんという、昨日のおのれはぜんぜん駄目だったんだなと云うが如くです。なにしろ坐って下さい。坐の荘厳これが法楽なんに替え難いことは、静中の証入悟出たといあろうが、それらをすべてです、たとい妄想という観念露出だろうが、あまねく仏事なんです。まったくの肯定です、そんな幸せは他にないんです。断然たる自受用三昧、一塵を動かさず、一相を破らず、はいどうか広大仏事深微妙に相続して行って下さい、待ってますよ。

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べんどうわ

この単伝正直の仏法は、最上のなかに最上なり。参見知識のはじめより、さらに焼香・礼拝・念仏・修懺・看経をもちいず、ただし打坐して身心脱落することをえよ。もし人一時なりといふとも、三業に仏印を標し、三昧に端坐するとき、遍法界みな仏印となり、尽虚空ことごとくさとりとなる。ゆえに諸仏如来をしては、本地の法楽をまし、覚道の荘厳をあらたにす、および十方法界、三途六道の群類、みなともに一時に身心明浄にして、大解脱地を証し、本来の面目を現ず。

 三業は身口意または三毒の貪嗔痴による、三途は地獄餓鬼修羅道、六道はそれに畜生人間天上を加える、あっはっはわしはこういうのじき忘れちゃうで辞書を引いた。焼香礼拝念仏など仏教らしいことの習慣ですか、修懺看経という、坊主にお経問答猿芝居みたい、あるいは門徒の言い訳懺悔ですか、まったくお座成りです。たいていなんにもなりはしない、いい気分になるかかたくなになるか、お釣りが来るんですか、人本来そのものというには、却って不都合。単伝正直の法は最上のなかに最上なりと、ただし打坐して身心脱落することを得よと。たとい一時なりとも、遍法界みな仏印となり、尽虚空みな悟りとなると。答えそのものなんです。如来来たる如しです。では他のものは邪魔にこそなれ、なんの役にも立たぬです、まずこれを知りこれを証拠して下さい。三昧に端坐して、一切ものみな仏印を、尽虚空ことごとく悟るを知って下さい、でなきゃなんの意味もないです。見性して仏を得る、仏向上事という。日々新たにという、ゆえに諸仏如来、本地の法楽を増し、覚道の荘厳を新たにす、法楽を見、荘厳をもってする、まさにこれを知って下さい、生活とはこれ。および十方法界一時を同じく、身心明浄にして大解脱地です。そうですねえ、今様曖昧もこから脱し去って、はるかに一箇たることは、小人が巨人になる如く、あるいは思いも及ばぬ清々です、生まれたまんまとは、まずもって萎縮の殻をぶち破って下さい、能書き説明文学を止めるんですか、本当の用なしになって下さい、はじめて呼吸するほどに、あっはっはまあそういうこったですか。

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べんどうわ

ただしおのずから名利にかかはらず、道念をさきとせん真実の参学あらんか、いたずらに邪師にまどはされて、みだりに正解をおほひ、むなしく自狂にゑふて、ひさしく迷郷にしずまん、なにによりてか般若の正種を長じ、得道の時を得ん。貧道はいま雲遊萍寄をこととすれば、いずれの山川をかとぶらはん。これをあはれむゆえに、まのあたり大宋国にして禅林の風規を見聞し、知識の玄旨を稟持せしを、しるしあつめいて、参学閑道の人にのこして、仏家の正法をしらしめんとす、これ真訣ならんかも。

 雲遊萍寄、萍はうきぐさ、大法を得て帰って弘法救生を思いとするのに、重い荷物を背負ったようだ、まずは弘通の心を放下して、しばらく雲遊萍寄して、激揚の時を待ち、先哲の風を聞こえんとす、跡をとぶらうわけです、これが正法眼蔵の謂れですか。ただし自ずから名利に属せずと、道念とはこれ、真の参学は他にはないんです。雑念あったら雑念にもって行かれる、なんとしても純粋無雑の心です。自分という思い込み、不当に所持する身心というよこしまを去るんです。ただこれ一大事因縁、ちらともあればそれでおしまいなんです。いたずらに邪師にまどわされと、そりゃもうさんざんな目に会うんです。入宋沙門道元禅師については、いえまさに渠をおいて他に正師たるはなかった、今も同じです。一盲群盲を引く、勝手に解釈して我田引水、正師は奪い去る、邪師は付け足すんです、真正面に向き合ってごらんなさい。正師はこれと示し、邪師はあれというんです。至りえ帰り来ること人本来知る、未だしならどうあがいたって未だしです、繕う先に漏れるんです。まずもってそれを見てとって下さい。みだりに正解を覆いは正解を思うに同じ、正解のまっただなかにおいては正解を知らず、ものみな一切この中にあって、自受用三味です、よくよく保護して下さい。花は花のように咲き、雲は雲のように流れ、雲は雲と云わず花は花と云わず。むなしく自狂に酔うてもの淋しい、騒がしいもの、ひさしく迷郷に沈む、こんなふうであっては断じてならんです、厳に謹んで下さい。貧道とは自分のことです、どこまで行っても貧道なんですよ、かくあってこそ始めて得道の者、一日働かざれば一日食らうべからず、一杓の水を半杓返すという、ただの人の日送りこれ。いずれの山川をとぶらはんと、一所不定なんです、幻住という、そうですよおらあがんとものみな良寛さん、ものみな仏事をなすをもって、一生不離叢林は、これはじめて我国に禅師がもたらしたんです。片隅を照らすものは国宝という、いえ優等生の指図じゃないんです。人々みなです、人にあらざるものみんなです、もと入らざるはなし、ここをもって真訣です。

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べんどうわ

諸仏のこの中に住持たる、各々の方面に知覚を残さず、群生の長しなえに此中に使用する、各々の知覚に方面露れず、是時十方法界の土地草木牆壁瓦礫皆仏事を作すを以て、其の起こす所の風水の利益に預る輩、皆甚妙不可思議の仏化に冥資せられて親き悟を顯はす、是れを無為の功徳とす、是れを無作の功徳とす、是れ発菩提心なり。

 これは修証義第三章のおしまいにあります、住職という昨今坊主どものまったく与り知らぬ処ですが、弁道話の冒頭とまずはそっくりそのまんまです、弁道ということが世襲坊主どもにははなっかない、では仏教じゃない、らしくと猿芝居、信者とお布施という、新興宗教にもまして集団自閉症です。道元禅師を食いものにし、達磨さんに毒を盛る連中ですか、まあどうしようもないです。各々の方面に知覚を残さずという、出家ということであったです、我欲を断つということ根本です、どうしても色を付ける、無心というまっさらにはならない、取捨選択好き勝手の世界です。たとい絵を描くと現れる、ごまかしようがないです。至道無難唯嫌揀択ただ憎愛なければ洞然として明白なりとある、絵を描く人ならば、いったんは風景が失せる、絵筆を折るんですか、向こう消えればこっちも消える、死ぬとはこれです。死んで死んで死にきって思いのままにするわざぞよき。死にきってはじめて彼岸にわたる、ぱーらみーたー般若の智慧なんです。各々の知覚に方面露はれず、円相です、ものみなまったくです。土地草木牆壁瓦礫皆仏事をなす、無自覚の覚まずもって痛烈にこれを知る、これなくては仏教じゃない。瀬戸内寂聴他お茶を濁す、うわさ話の右往左往です、信者といううそばっかりを生産します。害悪です。利益とは何か、いいことすりゃいい報いがある等銭儲かる以前を思う、実は世の中という自分を捨てないと手に入らない。風と水になって下さい、風と水の利益がわかります、甚妙不可思議の仏化、これを悟りというんです、悟ったとはもののありようを知る。見た目平らとちがう。菩提心とは何か、人々自ずからに答えを出して下さい、それ以外に方法はないです。

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べんどうわ

弁道話

諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提を証するに、最上無為の妙術あり。これただ、ほとけ仏にさづけてよこしまなることなきは、すなはち自受用三昧、その標準なり。この三昧に遊化するに、端坐参禅を正門とせり。この法は、人々の分上にゆたかにそなわれりといへども、いまだ修せざるにはあらはれず、証せざるにはうることなし、はなてばてにみてり、一多のきはならんや、かたればくちにみつ、縦横きはまありなし。諸仏のつねにこのなかに住持たる、各々の方面に知覚をのこさず、群生のとこしなへにこのなかに使用する、各々の知覚に方面あらはれず。いまおしふる工夫弁道は、証上に万法あらしめ、出路に一如を行ずるなり、その超関脱落のとき、この節目にかかはらんや。

まさにこのとおりです、他まったく云うことなし、よく見聞して、これを得てよくまた保護して下さい、ほとけ仏に単伝する他なく、虎の威を借りる狐、人の物差しをあてがうんでなく、ただこれ自受用三昧これが標準です。他にこんな教えはないです。いいことはいいことだからという、みっともなさ独善を免れる、いえ他の諸々も結局は自受用三昧です、ただそれを知らないんです。個性だの独自などいうてお茶を濁す、醜悪です。それゆえに端坐参禅を正門とす、坐って下さい、坐るしかこれを修し証拠する方法はないんです、かたればくちにみつと、なにをどうかたろうが道本円通、ただこれ真っ只中です、でなきゃなんの意味もない。道徳家宗教家の騒々しさ、淋しさを免れて下さい。赤ん坊のたたわわ百花開くんです。そのありさまを、各々の方面に知覚を残さず、各々の知覚に方面露はれずというたです。住持して下さい、ちらとも気がついたなら、まさにそれより始まるんです。見性といい得るという、証上に万法あらしめ、万法がわれを証するんです、出身の活路これ、超関脱落とやこうべきだのだからに拠らない、生まれたて生まれる以前ですよ、なんという歓喜大満足、まさにこれをおいてないことを痛烈に知るんです。はいどうぞ眼蔵を見るに、まずもって襟元を糾して下さい、至心帰依、拝し終わってこれを受く。

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むもんかん

四十八、乾峰一路

乾峰和尚因みに僧問う、十方薄伽梵一路ねはん門。未審し路頭甚麼の処にか在る。峰柱杖を拈起し、画一画して云く、者裏に在り。後に僧雲門に請益す。門扇子を拈起して云く、扇子勃跳して三十三天に上って、帝釈の鼻孔を築著す。東海の鯉魚、打つこと一棒すれば雨盆を傾くに似たり。

無門日く、一人は深々たる海底に向かって行いて、簸土揚塵し、一人は高高たる山頂に立って、白浪滔天す。把定放行、各一隻手を出して宗乗を扶竪す。大いに両箇の駄子、相い撞著するに似たり。世上応に直底の人無るべし。正眼に観来れば二大老、総に未だ路頭を識らざるなり。

 越州乾峰は洞山良价の嗣、十方薄伽梵、ばぎゃぼんは世尊、これは十方仏ということ、十方の仏は一路ねはんに入る。ニールバーナはものみな本来の姿です、妄想百般とらわれのあっちへ向かい、こっちへ向かいするのが納まったんです、しばらくかかりますか、坐ってはだれしも行き着くんです。生まれ本来、あるいは生まれる以前ですか、まずもってこれを得る、無上正等菩提これ仏。でなきゃ他はただの言い種です、騒々しく必ず間違うんです。いかにもそれらしい三百代言は、一路ではなく、迷って山河の箇を隔つんです。この関、なにしろこれを心して下さい。
 一路ねはん門、まさにこれっきゃない、ではどうしたらいいかと、どこにノウハウがあるかと聞く。面白いんです、百人が百人同様の質問です。水の中にあって渇を求める譬え、もとどっぷり漬けをどうしたらと聞く。
 画一画してこれと示す。
 雲門に至っては、扇子を投げて、三十三天、天のいちばんてっぺん帝釈天の鼻の孔にぴったあ(天の中央に帝釈がいて、四方に各八人の天人がいて三十三天ですとさ)、東海の鯉魚のけつひっぱたくと盆をくつがえしたような雨が降るというのです。ねはん寂定といって、世の人想定するのは死んだふりです。たいてい坐禅だの見性だのいうのも、その類ですか、雲門の目くそ半かけぐらいのことは見て取って下さい。想像と実際はまったく別です。想像を絶した自在底です。
 指一本で天地を動かすという、深海の底に砂塵を巻き起こし、ヒマラヤのてっぺんに白浪滔天ですか、まあちったあ眼晴ありってとこ。うっふこりゃなにどう云ったって、まずいってなふうの、どうもまっぱじめから、総に未だ路頭を知らざるって、はっはあ思っちまうですか。いや失礼。

頌に日く、

未だ歩を挙せざる時先ず已に到る。未だ舌を動かさざる時先ず説き了る。
直饒い著著機先に在るも、更に須らく向上の竅有ることを知るべし。

 竅は穴、碁の要訣、大いに両箇の駄子あい撞着するに似たり、もっとスマートにやったらというんで、この頌があるわけです。機峰著著ピッタリですか、ないからあるものを一目瞭然です、禅の働きだのおまえよりおれがとか云ってるやつは、そりゃ問題外、ただの有心です、なにさしょーがないのはほっとけ仏、歩くさきにすでに至り、舌を動かす先に、説得し終わる、これ万物の常套手段。

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むもんかん

四十七、兜率三関

兜率悦和尚、三関を設けて学者に問う、撥草参玄は只だ見性を図る。即今上人の性、甚れの処にか在る。自性を識得すれば方に生死を脱す。眼光落つる時作麼生。生死を脱得すれば便ち去処を知る。四大分離して甚れの処に向かってか去る。

無門日く、若し能く此の三転語を下し得ば、便ち以て随所に主と作り、縁に偶うては即ち宗なるべし。其れ或いは未だ然らずんば、麁餐は飽き易く、細嚼は飢え難し。

 兜率従悦(一0四四ー一0九一臨済下二世宝峰克文の嗣、撥草参玄、撥草膽風という、草の根を分けても正師を探してこの事を極める、すなわち仏教として他になく、うわさでお茶を濁す、ろくでもないらしいことに現つを抜かしたって、百害あって一利なしです。瀬戸内晴美が文化勲章の世の中だ、仏教地に落ちてあっちこっちとんでもないことになっている、モラルの低下などいうんじゃすまされないこと。だがこれをなんとかしようには、一箇半箇まさに撥草参玄以外にはないんです、こうすべきだの、批判してみたって騒がしいだけ。
 一はただ見性をはかる、まさにそれ以外に入門はない、学者という卑しい根性を去って、ただもう驀直去です。これなくんば平和はない、真はないと知って、得られずんば死のうという。でなきゃ求められないし、そう思い立つときすでに何ほどか得ているんです。
 二は見性すりゃ生死を脱す、身心脱落です、自分という自縄自縛を免れる。はじめて本来の姿。眼光落つるという、理想だの目的が消える、だってさ理想目的に叶ったらもうない、目が失せるんです。そういうものを見ている自分が失せる。
 三、即ち去処を知るという、さあどうしたらいいんです、四大分離してもはや自分という来し方行く末ないんですよ、如来来たる如し、花のようにぽっかり咲いて、はて何を。
 さあさ、よろしくよく参じて下さい。
 自分で自分の辺に答えを出すよりないんです、公案などいくら解いてみたって二束三文、はい仏となる、二束三文の値すらないんです。

頌に日く、

一念普ねく観ず無量劫、無量劫の事即ち如今。
如今箇の一念を覩破すれば、如今覩る底の人を覩破す。

 はいこのように参じて下さい、うっふわしもさ云うこといつだって同じ、進歩ないなってはーいまったく進歩なし、麁さん粗食いですか、飽きやすく、細嚼ようく噛んで反芻すりゃ飢え難しです、一生死ぬまでって、なあにさ無量劫です。

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歌夏

 二連禅歌=夏


いにしへは飯を盛るとふ朴柏おほにし咲けば人恋ほしかも
 田植えが終わって、山門は人気もなく、朴の花があっちやこっちに咲いて夏、大きな葉っぱは、お盆には刻んだ野菜を載せて、お墓に供える、山門には、天邪鬼を踏んずけて四天王。 
朴柏おほにし咲けばいにしへゆつばくろ問へり四天王門

夏草は茂くし生ふれねじ花の汝をも愛ほし過がてにせむ
 山道の芝草の中にねじばなが咲く、美しい花だ、年によって数本咲いたり、群れになったりする、刈るなよというのを弟子が刈ってしまう。
ねじ花の汝をも愛ほし過ぎがての門の草を刈らしきはたれ

守門なる刈谷川辺に郭公の鳴きわたらへば時過ぎにけり
 これは万葉にあるのをそっくり真似た、鯉釣りに行ったらさっぱり釣れぬ、かっこうが鳴きわたる、ああそういうことかといってあてずっぽう。守門は南蒲原のどこからでも見える。
守門なるはだれの雪も消えぬらむ与板の橋をわたらへや君

恋痛み加治川橋と行き通ひ哀れや猿の物乞ひしつれ
 加治川は桜名所であったが、出家した翌年洪水で全滅、奥深い清流には猿が棲む、学者仏教を猿の月影を追うという、目つきのよくない猿がいた。なにかを掘った鉱山跡があった。
恋痛み加治川橋と行き通ひ哀れや猿の月影を追ふ

あしびきの山川なべに住まふ鳥鳴きわたらひて広神へ行く
 やまめを釣りに行くと、目の前に大物が現れて、悠然と向こうへ行く、でもって一尾も釣れず、入広瀬の葦原を夕方、みずとりの群れが立つ。
加茂川の芦辺に宿る鳥だにもつがひに舞へや夏の雲井を

年寄るはなんに淋しえ鳥越の椎い葉末に言問ひよさめ
 三島郡鳥越に法要博士がいた、悟ったりすると阿呆になるなと申し合わせて、葬式坊主どもに流行らかし、しまい宝筐寺の住持になった、仏教のぶの字もない宗門、一人淋しく死んだらしい。
夏来れば椎いをわたる風さへに袖吹き返し咲まへる子らは

山を越ゆ鳥にはあらね乙女らが袖吹き返し荒磯辺に行く
 鳥越はいいところだ、元気な女の子がいた、物部神社という大鳥居、深い山を越えて海へ行く、わがドライブコースは地震でずたずた、三年してようやく復旧。
物部の香椎の宮の乙女らが早苗取る手に言問ひ忘れ

実川の春を深みかいにしへの五十嵐の家を言問ひ難し
 西会津へ入るところに実川と奥川という清流がある、実川は特に急峻で、中ほどに大杉の林があり、粗末な看板に、五十嵐の家と示す。人が住んでいる、何軒あるか、尋ねるには気が引ける。
代々をしも住みなしけんや実川の春の門を言問ひ難し

実川の春いや深み散りしける花の門を言問ひがたし
 阿賀野川の支流、ともに飯豊の山中から馳せ下る、下界は花が散っても、まだ雪が残る、五十嵐の家の他に村はなく、奥川は弥平四郎という村が最後。
飯豊なむ雪し消ぬれば実川の代々に伝へむ花と月かげ

かもしかの足掻かふほどが雪代もなほ萌え出ずるいくつ村字
 秋山郷の六月、ようやく雪が消えて、沢にはまだ分厚く残って、ぜんまい取りが行く、かもしかが走る、山菜取りは評判が悪い、どこもかしこも入山禁止の赤札。
こしみちはぜんまひ取りの夏ならむ雪に問へるはしが木漏れ日も

つぎねふ嶺いの道と思しきや曲がりしだえて花にしぞ咲く
 魚沼スカイラインという、すばらしいドライブコースがある、雪に圧されて、地を這うように咲く花、ぶなの林は残雪と新緑。
椿沢三年に帰る夏なれや人に会はなむ雪をけ荒き

田を植えて人に恋ふらむつばくろや粟が守門にはだれ消えつつ
 ともに金物の町燕と三条は仲が悪い、はたして合併は別になった、信濃河はこのあたり、中之口河と二流れになる、道は入り組んでようも覚えぬ。
田を植えて早に渡らへつばくろや二た別れ行く信濃河波

田人らが舟をもやへる大曲のしげみ芦辺に夏いやまさる
 与板橋の下流には幾つかの島があって、田んぼや畑を作って行き来する、その舟がつなぎっぱなしになって夏。町軽井には遊女もいて、夏の夕方はそのむかしー 。
あかねさし月さし出でて与板橋もやへる舟は誰を待つらむか

与板橋もやへる舟を芦辺にか野鯉は釣れじ夕風わたる
 舟があっちへ行きこっちへかしぎ、野鯉は釣れず、旧橋桁がそのまんま残って、格好の魚の巣、一メートル五0センチの大物を見たと弟子がいう、ほんとうかな。
束の間もよしやあしやの信濃河暮れ入るさへに行々子かも

くちなしの妹はも風邪に引籠もり雨の降れればそれのかそけさ
 くちなしを貰って来て植えたのに枯れてしまった、せっかく風情も面倒見が悪くってだめ、でもってやっぱり鯉釣りに行く、釣れずにみずとりの群れを眺め。
与板橋流らひわたる水鳥の舞ひ舞ひ戻り夏いや茂み

ほととぎす月に逐はれてずくなしの茂み会津へ八十里越え
 戊申の役に破れた河合継之介は、会津へ落ち延びる途中、鉄砲傷が悪化して死ぬ。この道であったかどうか、八十里越えと六十里越えという道が今も残る。ずくなしは卯の花の遠縁。
破間の月を迎へて卯の花の茂み会津へ六十里越え

雪代のたぎつる瀬々と思しきやこは破間をやませみの鳥
 破間(あぶるま)川には一メートルのいわなが棲んだという、豪雪の入広瀬を流れる、そう云えばちょっとした淵を竿が立たない、へえといって魂消た、なにしろやませみの颯爽たる姿。
行く行くは信濃の河にさしいれて橋を越ゆれば芹沢の郷

葛飾の手小奈にあらむ問ひ深みそは龍人の淵とぞ云はめ
 新潟県でもっとも水質のいいのは龍ケ窪で、皇太子殿下が来られた折に、献上のお水を汲んだと、俳人で写真家の本多氏が云った、かずらの白い花と、ここにしかいない鱒と、十日町を過ぎてもう秋山郷の入り口。
橋のとのいずくへ行かめ十日町夏咲く花と忘らへにけり

真葛生ふる山のまにして春蝉の長鳴きつつに日はも過ぎぬれ
 みーんーんと眠ったげに鳴く、まさか今頃と思ったら春蝉という、透明な青い蝉。糸魚川へ行く岬には、ひめはるぜみという天然記念物が棲む。
春蝉の長鳴きつつに山を越え風の頼りもうらみ葛の葉

いやひこの何に鳴きあへ谷内烏六兵衛田んぼは植え終えずけむ
 日本は役人天国であって、烏天国であって、やひこさまのお使いかどうか、なんせ烏がよったくって、夏が来て秋になってというふう、烏はきらいじゃないんだが。
いやひこの何に群れあへ谷内烏六兵衛田んぼを夏の風吹く

いやひこの蒲原田井を夏なれや朝な夕なにかなかなの鳴く
 山のとっつきはひぐらしが鳴く、朝に夕に鳴く、早朝四時というともう鳴いて、うら淋しいとよりはすざまじいほどに。
いやひこの蒲原田井を住み憂くや朝も明けぬにかなかなの鳴く

いやひこの蒲原田井を住み憂くや雨に降りあへかなかなの鳴く
 たいてい空梅雨が後半になって豪雨、お寺の水は前谷内という村の、田んぼを海にして、いや申し訳ないと云ったってどうしようば、
住み憂くてなんの夏なへ米山の蒲原田井にかなかなの鳴く

田上行く青葉嵐か吹きしのひ守門がなへにはだれ消ぬれば
 守門はいい山で、六月雪消えを待って、雲水や居士大姉らで登って行った、固有種と云はれる花が咲く、そりゃもう見たこともないような、いえそっちは登りやすいんだ、こっちが云々と、登山口は六つもある。
安兵衛の花の菖蒲は咲かずかも河辺をわたり郭公の鳴く

水無月の花に吹き入れあがの川たが客人か舟に棹さす
 遊覧船なんかより川を復活させろって、日本人は川が命、がきのころから、泳いだり魚を取ったり、死んだのちにも灯籠流しをなーんてさ。
この村を弥平四郎と飯豊なむなほ奥川の花に散りあふ

熱塩の加納を行かずはしだり尾の群れ山鳥に会えずもなりな
 奥川の終点は弥平四郎という村で、飯豊の登山口になる、それを脇に見て行くと、熱塩加納という道、峠を越えて四軒部落がある、地滑りで不通になって、みやまからすあげはの数百の群れ、秋には山鳥が何十羽も。
百重にし群れあふ蝶の熱塩の加納の道はふたぎけるかな

ずくなしのくたちに山を深みかも右は会津へ伊南川波
 へえ格好の川があったと、二人でやまめを釣っていると、そいつがさっぱり釣れぬ、相棒が人と話をしている、行ってみたら入漁料をよこせという、合わせ取られた。もりあおがえるのでっかいのがすっ飛んだり。
柳津ゆ阿賀の川へも入り行くに夏日暮れつつ宿借るに憂き

雨降れば蛙鳴くなる柳津の灯どちが明け行きにけれ
 不忍池の岸に休んでいたら、そこを退け早くという、なんと巨大などぶねずみ、変に臭い、どうもこれホームレスの便所らしく、でもやっぱり花は蓮。
鬼やんま蛙も鳴くかしのばずやむかしを今に柳津の川

板倉の雪の伝へを越え別けてこぶしの花も詠み人知らず
 六月になっても雪が残り、こぶしの花が咲く、信州との境板倉清里大島と、このあたりまた地滑り地帯。
妻問ひに清里行かめこぶし花万ず代かけて雪はふりつつ

妹が家も継ぎてみましを大島の茂み門は清やにあり越せ
 黒姫山は三つあって、妙高にあるのと姫川と、そうしてこれ。同じ伝説があり、各人気があって、雪ひだがまた美しい、松代大島清里と田んぼの村々。
田を植えていくつ村字うぐいすのしのひ鳴くかや大島に行く

ますらをと思へる我や竿を振り信濃河辺の鯉をしぞ釣る
 鯉釣りは情熱だった、一日一寸十日でやっと一尺、手を広げて何時何日おれはとやる、釣り上げて足ががくがく。指が震えて魚が外れない。
青柳の雨の降るさへ越し人の信濃河辺に投網暮らしつ

蒲原の沖つ興野にはざ木立つ雨降るさへがなんぞわぶしき
 はざ木はたまぎという木を並べ植え、竿を通して刈った稲を掛ける、雨ばっかり降ってはざのまんま芽が出たというのも今はむかし、田んぼ工場は一町〜五町で一枚。
夏の日は棗の花に満ち咲きて雨降り我はここに宿仮る

むくげ咲く夏のあしたをしのへ我が蒲原田井のま草刈りつつ
 道の辺の槿は馬に食はれたり、野ざらし紀行のなぜかこの句だけ覚えている。むくげの花は一日限りの、次から次へ無数の花をつけ。
むくげ咲く寺井さ庭にま草刈りいついつ我は息絶えなんに

掃き清め大般若会を待ついとまつばくろ問へり四天王門
 七月の第一日曜がお寺の大般若会、なんせ暑い真っ盛り、冷房のないころは涼しいお寺の筆頭だったし、山門にある四天王は蒲原平の五穀豊穣を見そなわす。
宋代のたれぞ写せし六祖像どくろ面なるそがなつかしき

奴奈川のこしの伝へゆ問ひ越せば寄せあふ波に能登の島見ゆ
 こしはかしという玉の意がなまったものと、古代世界に知れ渡ったひすい、尺物のちぬを始めて釣って、スピード違反でとっつかまった、おれも釣りすんだ見せろと警官、ちえ頭来る。
空ろ木のもとないよらへ太夫浜すずきは釣れじ月さし上る

五月雨の降り残してや春日山杉のさ庭に舞ひ行くは鷹
 うちは上杉謙信の菩提寺、春日山のお寺とそっくりだっていう、行ってみたら似てない、閑散とした処だけそっくり。同じ曹洞宗で、弟子と同安居が跡を継いだなと。
五月雨の降り残してや春日山さ霧らふ月に鳴くほととぎす

大面村雨しの降るにほととぎす二声鳴きて蒲原に過ぐ
 うぐいすが鳴きほととぎすが鳴きちいぽおと色んな鳥が鳴く、へえと思ったら百舌鳥だった、さすが百舌。むかしはお寺でも聞こえたホッキョカケタカ、今は山奥へ行かぬと。
守門なる西川なべをほととぎす鳴きわたらへば雨にしの降る

うれたくも降れる雨かやむら雀朝な夕なをさへずり止まね
 改装した新二階に住んでいたら、雀が来て出て行けという、たしかに雀の巣があった、うっさいここはおらあちだといったら、びいと糞ひって行く。跡が残り雀は鬼瓦に巣食っている。
雀らが縄張りすらん軒の辺に人も住まえばこは騒がしき

我れもなほ老ひ行くものを蒲原の青葉に酔ふて鳴くなる烏
 野積にバナナウインドというイタリア料理店ができて、リーズナブルでけっこういける、ママは感じがいい、それ行けとかいってだれかれ連れて行く、ブランコがあってチャペルがあって結婚式ができる、いえひっかけスポットだそうの、色目を使う烏。
蒲原も降りうつろへば夏木立夕映えしのに鳴くなる蝉は

吾子らがり如何にしあらむ酔ひ蛍雨に流れて二つ舞ひやる
 湧くように蛍が出たのに、水害地震あとの工事で二三年ほとんど出ない、待てば海路の日和か。舞い飛んでいた蛍が車のウインカーに寄ってくる、そうかとか客が云って、どうでも蚊に食われ。
一二三流れ舞ひやる酔ひ蛍よしや浮き世の明けはつるまで

ここにしてなんの花ぞも咲くやらん降り降る雨をあげは舞ひ行く
 酒は越しの寒梅より雪中梅より、秋田の高清水だと云ったら、弟子が毎年送ってくれる、年寄りはせっかくいい酒も、酔うたらあと眠っちまうだけ。
若子らが出羽よりよこす酒一升蝉の鳴くなる合歓の花辺に

帯織を山王へ行く幾つ字葵咲くらむ雨降りながら
 帯織は無人駅になって、山王は田んぼばかりだったのが、国道からトラックを乗り入れて運送会社の林立、雨が降っても空梅雨も葵の花盛り。
山王へ廻らひ行ける幾つ字葵咲くらむ空梅雨にして

見ずや君降り降る雨に行き通ひ久しく野辺は花盛りする
 よたかを初めて見て、なんだこりゃ直角三角定規、ばかみたいなんて思った、鳴き声は鋭く、でもこのごろどこへ行ったかさっぱり。くいなもいなくなったし、本堂に迷い込んだあかひょーびんも。
年ふりて茂みへ寝れば冷えさひも今宵み山を夜鷹は鳴かじ

あかねさし月に棹させ岩船や寄せあふ波の行方知らずも
 三面川の辺りは縄文の大集落があった、ダムの底になるというので発掘して、廃校を借りて処狭しと並べ立てた、おばちゃんどもと立ち寄ったら、みんなそっぽを向く、南春男の方がいい、博物館構想も予算が付かず。
いにしへの月を知らじやよしえやし漕ぎ別け行かむ縄文人は

二人して棹さし行かむ岩船の重き舵さへ流れ笹川
 岩舟にお寺を持った弟子が、三人めの子をもうかる、そりゃそうだ他にすることねえからって、嫁さんに逃げられねえようにって、檀家は心配してたが。
よしえやし二人舵棹取りて行け月の雫も流れ笹川

問ひ行けば長者屋敷は掘を穿ち茂みまばゆう我れ他所に見つ
 小国の長谷川邸も、鵜川の飯塚邸も、地震で壊滅的な被害を受けた、飯塚邸は立ち直ったが、長谷川邸はまだ、あと三年はかかるという。
月読みのまかりの道も馴れにしや辿りも行かめ渋海川波

松代の街と云ふらむなつかしき三十年代にありし如くに
 松代も松之山も松なんかない、いやあるという、そうしたら何本かあった、雪深く山ふところの、今は北々線の駅もできて、賑わうのか、ふんどし町の十日町も。
十日町夏なほ夕の過ぎ行けば賑はふ里は何処にあらん

松代の渋海の川の百合あへの人に知られで住むよしもがな
 渋海川は信濃川に次いで長い、いつでも水が濁る、地滑り地帯を行く、小国から赤谷松代と山奥の、坂上田村麻呂お手植えのけやきというのがある。
松代の渋海の川の百合あへの人に忘らゆ名をこそ惜しも

田を植えて松之山なむ道の瀬に腹へり食らふ笹団子をし
 松之山温泉凌雲閣は木造三階建ての、大正期のシックな建物であったが、地震でどうなったか。六月にはようやく雪が消えて、ずくなしの花盛り、鷲が飛んで行く。
田を植えて松の山なむずくなしのしげみ門に君や問ひ越せ

吾妹子が松之山なむ廻り水の清きに入らむ遠き越路を
 信州へ入ると水が澄む、いや差し向かい清津川も中津川も清流、箕作の村から奥志賀へ、壮大な山並みに、萱の原などいうところあって、冬スキー客はリフトで登る。
しなの路は姥も泣くなる月詠みの行けばやい行け萱の原まで

秋山の夏なほ霧らひしかすがに平家の郷は人知れずこそ
 秋山郷は平家の落人部落で、長野県と新潟県に股がる、けわしい道を辿る、秋山といわれるだけあって名にしおう紅葉、峰には雪が降って彩り染める、いやもう世界一。
わさび田を越え別け行かむ屋敷なむ霧らひ晴るれば今夕望月

杉原の仙見の川に橋かけて間なくし鳴くか山ほととぎす
 仙見川は早出川の支流、夢のような清流で、やまめがいっぱい、てんぐちょうの群れ、ほととぎすが何十となく鳴く、こんなん見たことないといって、三年たって行くと開発だ、もうただの川。
杉原の仙見の川に橋かけて鳴き止まずけむ山ほととぎす

六十我が尋ね行きたや海の底山のはてなむ雪豹の道
 弟子に達者なのがいて、シュノーケルをつけて潜って、ふうっと吹いて水を抜いて、と教えて貰って、ふうっと吹いたらまだ水の中、どばっと飲んでふりもがいて、貝で足を切った、せっかく海底散歩は諦め。終戦は小学校三年だったな。
人みなの早に忘れてカンナの花やこは敗戦の東久爾内閣

この年はならぬ梅さへ代つぎの母がつとめと土用干しせむ
 白梅はいい梅がなって、紅梅は花はいいんだけど、でっかい上に種もでっかく。梅を取るのは大嫌い、なんせ薔薇科のいばら、傷をつけたらもうだめだし、ぶうぶう云って毎年取らされ。
茂み井に廻らふ月をくまなしや土用干しせん梅があたりも

土用なむ朴の辺りに照りきはみなんにおのれが歯痛み暮らす
 朴の皮を煎じて飲むと虫歯にならぬ、茄子のへたの炭でみがくといいと云い、それすると歯医者が倒産するでとか、なーんか半分ほんとうのような。
炎天下立ちん棒せる厚化粧たしかに夕を見附の祭り

しかすがに霧らひも行くか米山の沖つへ田井を見れど飽かぬかも
 村ごとに米山薬師があって、わしらが村のはお寺が引き取って祀った。大きなもみの木があって、春の大風に田んぼに倒れ込み、舟つなぎの木という、蒲原平野は弥彦のあたりまで湿地だった。
守門なる笹廻小百合のゆりあへのなこそ忘れそ人の姿を

平家らが落ち人となむ剃髪せりし汝がみまかりし夏
 わしんとこで立職第一号は秋山郷出身で、彼の結婚式をすっぽかした形になって、謝りに行こうと思っていたら、死んでしまった、一生悔いが残る。ノルディックの国体手だった。
しましくはなどて会へずやみまかりし渠に回向の槿花一輪

のさばるは夏の烏か五十嵐の悲鳴を上げたる五助のばあさ
 五十嵐小文治は皇室よりも古いと云われる、こっちが即ち表日本であった、下田三千坊はなんの遺物も跡形もない、鏡が一枚出たという、それを持って朝鮮に赴任した校長さんとも、行方不明。
のさばるは夏の烏か坊守が守門の山へ雲井流らへ

夏の日はなんに苦しえ米山の蒲原田井をかなかなの鳴く
 どこもかしこも嫁ひでり、かと思うと婿どんがじき出ちまったり、農家がいやだというより、人を受け入れる心が欠落、しばらくこりゃどうしようもないか。母子家庭にゼニやらんようにすりゃいいって、それもまあ一案。
夏の日はなんに淋しえいやひこの蒲原田辺をかなかなの鳴く

塚野目の人にも会へず降る雨や蒲原田井に夕凪わたる
 空手馬鹿の国際人がいて、それは優秀な男なんだが、じきミリタリーになる、ニュージーランドとオーストラリアに連れて行って貰った、かっぽれを釣ったりすてきな冒険だったが、蒲原平野に帰ってしばらくぼんやり。
笹川の流れに浮かぶほんだはらか寄りかく寄り年はふりにき

みるめ刈るしいや荒磯の波のむた別かれい行きし汝をし思ほゆ
 空手の馬鹿が水中銃を手に泳ぐ、八方から魚がよって来るという、石鯛を持ってきた、でっかいのを抱えたらばかっと逃げられたといって、胸に傷。
柏崎寄せあふ波に暮れはてて沖つ見えむ烏賊釣り明かり

凄まじきものとや思へ番神の沖つ見えむ烏賊釣り明かり
 一定間隔に列なる烏賊釣り船の明かり、北海道まで続くらしい、風情なんてもんじゃなく、正に人類一種族の貪婪、食いつくす迄に滅びるかってやつ。
出船にはなんに鳴きあへかもめ鳥沖つ見えむ烏賊釣り明かり

青夏は暮れじといえど松ケ崎入り泊てすらむ川面恋ほしき
 まんぼうの一尺に満たぬ子供が港いちめんに浮かぶ、そういえば卵の数が一番多いらしい、ちぬしか釣らんとうそぶいたら、さびきにいくらでもかかって、かまぼこの材料になる、けっこう食えるという。
夏の日は暮れじといえど与板橋行く川波がなんぞ恋ほしき

与板なるいくつ水門を越えてもや和島の郷は芦原がなへ
 塩入峠には良寛さんの歌碑がある、なんて書いてあるかようも読めん、塩が入って来るからと思ったら、井戸水に塩が入って塩の入り。温泉もあってまったりするほどきつい。
塩入りの牛追ひ人に我あらんつばくろ追ふて蒲原の郷
塩入りの牛追ひ人に我れあらむ与板の橋に夕を暮れなば

この夜さは寝やらずあるに萩を越え一つ舞ひ行く残んの蛍
 八月になってもぽつんと飛んで行く蛍、年だと思うのは暑さ、いやもうたまらんと35度40度近く、仕方なく人なみにお寺もエアコンの部屋を。
くだしくに雨は降るかやこの夕万ず虫ども寄せあふ如く

いみじくも暑き夏なへあしかびの待たなむものは雨の涼しさ
 熱暑とひでり続きに、山も砂漠、朴や楓の葉の大きいのから枯れ始める、どうなるかと思ったら雨が降った、天道人を殺さずとばあさが云った、じきに通用しなくなる。
大面村廻らひ行ける久しきに山尾の萩の風揺れわたる

名にしおふひすいの里と聞き越せどしの降る雨を青海川波
 ひすいを盗掘してとっつかまった中学の先生とか、セクハラよりは格好いいか、フォッサマグナミュージアムに何十人案内して、新鉱物が発見されてまた行った、どかんと転がったひすいを、持ち上がるどころではなく。
夢見るは金山掘りの橋立の久しき時ゆま葛生ひたる

こしのわが茂み田浦が百日紅四十路の夏も過ぎにけらしや
 さるすべりの木が、さして年もとらぬのに弱る、蟻が巣を作る、いや水はけが悪いからだといって、暑い夏が来たら花をつける、どか雪でめちゃんこになったのが盛り返した。
四十男が空ろ思ひを百日紅蝉の声のみあり通ひつつ

破間の八十氏川の川淀も浮かび寄せたるやませみの羽根
 浮きを流していわなを釣っていると、やませみがあっちへ行きこっちへ行き、夏の終わりをその尾羽根が漂う、どうしたのかな。
下関の十軒田井の外れにも木立どよもし蝉の鳴くなる

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むもんかん

四十六、竿頭進歩

石霜和尚云く、百尺竿頭如何が歩を進めん。また古徳云く、百尺竿頭に坐する底の人、得入すと雖も未だ真と為さず。百尺竿頭、須らく歩を進めて、十方世界に全身を現ずべし。

無門日く、歩を進め得、身を翻し得ば、更に何れの処を嫌ってか尊と称せざる。是くの如くなりと雖も、且らく道え、百尺竿頭如何が歩を進めん、嗄。

 石霜楚円(九七七ー一0四0臨済下七世)、古徳は長沙景岑ということ、古徳とそりゃだれそれってこと不要です。仏祖師方を敬愛して名を覚えるんですが、別にだれじゃなくっちゃならんてことないです。これが他の諸宗また伎芸哲学等と違う処です。百尺竿頭は、たといお釈迦さま捨身施虎のむかしから、言い習わして、すなわち定番ですか。はい公案という定番ならざるはなし、みなこれを透過せなけりゃ、すなわち仏とは云われぬ。
 たしかに仏教として、道として学んで、仏道を習うというは自己を習うなり、自己を習うというは自己を忘れるなりと知って、忘我の辺の百尺竿頭ですか。実際の思想、ものみなのありようまさにこれを於て無く、究極の信念とて、わっはっは百尺竿頭ですか。
 するとただおのれのことを示す、直指人身見性成仏、知るに従いすべてが消えて元の木阿弥です。
 しがみつくものがない、百尺の竿ふっ消える。
 一歩を進めるとはこれ。聖人だの云ってるひまがないんです、取捨選択によらない、十字街頭ならざるはなし。どうしようもなくこうあるっきり。
 嗄はにいとかとつとか、一言でなんにもないただのおのれを表わす、すなわち声だけあって世界全体です。やってごらんなさい。人を救うとはまったく他にないんです。
 蛇足です、なんにもないただのおのれがあるとは、そりゃうじ虫です。雪舟の慧可断臂図をそっくりなんとかいうのが格好つける、反吐の出るやつ、今様人というたって、そんな真似しちゃいかんです。

頌に日く、

頂門の眼を豁却して、あやまって定盤星を認む。
身を捨て能く命を捨て、一盲衆盲を引く。

 一盲群盲を引くという、そっくり反対に使うから面白い、他の諸宗主義主張は無明のものです。たといキリスト教のような大いに流行った宗教でも、一盲群盲です。どこへ行くかわからない、独善ついに地球を滅ぼすんです。共産主義というカリカチチュアに見る、まあ成れの果てですか。一方にこの連中みな光明を求めるんです、理想とかすばらしい、唯一の神という、つまり見えている、盲じゃない。はっは、ではわしらが宗教はなんにも見えない、個々別々のただ、うふうどこへ行くあてもないんです。
 だからといって頂門むだ目盛りやっちゃ、そりゃ他の諸宗と同じです、信者と聖人というぶっきらぼうになっちまう、百人禅門いりゃたいてい百人こんなんです、厳に謹んで下さい。
 百尺竿頭如何が歩を進めん。

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歌秋

二連禅歌=秋


山門をとく夕立の降り止めばいつかな聞かむ虫の鳴くなる
 わが参道はすずむしの大合唱、夕立が過ぎるともう虫が鳴いている。そうさなあ、安定した季節感は終わったか、異常気象の洪水や地震や、むかしをなつかしむより、人間のほうが先に変になって。
大面村田ごとの松に照る月のわたらふ雲の小夜更けにけり

いやひこの何に鳴きあへ谷内烏早稲の田うらに日は照りまさる
 蒲原田んぼに烏が群れて、どこかゴッホの絵を見るような。托鉢して歩いていた雲水のころ、でもって住職三年火の車の、わけのわからん何年かを、うっふう蒲原田んぼ。
いやひこの何に群れあへ谷内烏早稲の田うらに雨もよひする
谷内烏鳴くも悲しえいやひこの早稲の田うらに長雨ぞ降る

今日もがも田んぼの烏かかと鳴け六郎屋敷に嫁は来ずとや
 空前の嫁ひでりになって、婿どんを貰うほうが早かったり、そいつがあっというまに別れて、じっさばっさ子育て、娘はどうした、いえそのう、とにかく檀家半減しそう。
田末さへ刈らずてあればかかと鳴く烏も外けて六郎屋敷

人もまた月に棹さす笹川の流らふ雲を見れど飽かぬかも
 岩舟に弟子が二人いて、今度は三人めが寺を持った、そりゃわしら出家坊主の持てる寺なぞ、食うや食わずのさ、いや景勝の地であり海も山もいい、蛭がいるって云っていたが。どうだろ。
老ひにしや見飽かぬ松を岩船の押し照る月に棹さすはたそ

群らふ鷺茂み田浦が夕のへも吹く風しのひ秋長けにけり
 大河津分水の、水の出たあと取り残された魚がいて、子供と遊びに行って、ばけつを拾って来て何十も取った、六十センチの鮒がいたり、魚の数はまあものすごいものがあった、今はどうなってるんだろ、同じかな。
芦辺なし吹く風しのひ大河津舞ひ行く鷺の姿さへ見ず

郷別けの中なる川に橋かけてわたらふ月は清やにも照らせ
 郷別け中という地名があったが、なくなった、今は傍所という、これもどっか変わっている、鬼やんまがすーいと飛んで行って、池の島とか、牛首とかいう、川向うの名前。
郷別けの中なる川に橋かけてわたらふ月は池島に行く

若栗はいついつ稔るあしびきの山おす風に問ふても聞かな
 おふくろが早稲と奥手の栗を二本ずつ植えた、わせは山栗よりも甘く、おいしかった、奥手はでかいんだが誰も食わず、おふくろが死んで二十年たつ、栗の木も伐られる。
若栗の稔らふ待ちにあしびきの山おす雲がなんぞ恋ほしき

蒲原のはざうら田井もいついつか秋になりぬれ雨降りながら
 降り続く年があって、大河津分水は河川敷にも水が来て、ミニ揚子江だなぞ云ったが、本家本元の中国は、未曾有の大洪水、そりゃもうものすごい、河神の申し子だといって、かつがつ助かった子を、大事にするとか。
大河津別けても降れる長雨のまふらまふらに秋の風吹く

与板なる芦辺をさして行く鷺の泊てむとしてやまたも舞ひ行く
 頭からうなじのあたり黄色い、ときでも逃げて来たんかな、あんなのはじめて見たと思ったら、図鑑にあまさぎと出ていた、ごく普通の種だそうだ、新潟も水郷でいろんな鷺がいる。
田の尻の橋を越えても長雨は降り止まずけむあれは米山

米山のぴっからしゃんから谷内烏早稲の田うらを夕焼けわたる
 米山さんからぴっからしゃんから雷鳴ったり雨が降ったり、蒲原郷いったいの百姓の神さま米山薬師、道の改修で村の米山さんは、お寺に合祇した。ここからは見えない。
米山のぴっからしゃんから群雀田うら田浦に穂向き寄りあへ
君見ずやこんぺいとうに赤のまんま田は刈り終えてすでに久しき

伝兵衛が長者屋敷はつゆしのふ早稲々群を押し分け行かな
 伝兵衛さは大旦那であって、お寺のかかりの半分はまかなったという、農地開放と事業の失敗で、広大なお屋敷は人手にわたる、こじんまりした家に住んで、花がいっぱい。せがれが文部官僚になった。
月詠みの長者屋敷はつゆしのふ萩の大門を押し別け行かな

山を越え住まふはいずこ十日町植う杉しだえ人も老ひぬれ
 インドの民族画というのかな、ミチーラ美術館とか、新興宗教の教祖さまの故郷だったりして、十日町は織物の郷、山は深く雪も深く、折れ曲がった杉。
妹らがりい行くもあらんあしびきの山尾の萩の風揺れわたる
あしかびの十二社の寄りあへに人住む郷と我が問ひ越せね

余目の美し乙女を見まく欲り早稲の田浦に吹く風のよき
 ぽんこつに弟子どもと乗り込んでみちのくの旅に出る、九月は稲刈り坊主はひま。余目というのは、目だけ残す日除けのかぶりもの、いやれが地名になったかどうか、
鳥海の廻らひ行ける久しきに遊佐の田浦を出羽の風吹く

みちのくの我が物思ふは大杉の太平山とぞただずまひけれ
 中学の時に秋田市に住んで、蝶を採集したり、喧嘩をしたり、秋田犬のそりに乗ったり、どう見ても青い目の女の子や、何十年振りに来て、木の内百貨店とお掘りが残っていた。
清やけしは出羽の郷なむ雄物川浮かべる瀬々に思ほゆるかも

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 酸ケ湯は有名な混浴温泉、どうして年々杓子定規になるんだやら、別時間をもうけたり、きべりたては、くじゃくちょうが舞う。じきに三内丸山古墳の、集会場の復刻版が気に入って、修行道場に欲しいなど。
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 十勝平野金山湖畔に宿を取る、ライダーはバイクで北海道を一周する、チャリラーは自転車、トホラーは歩いてという、ライダーの宿五百円など。キャンプ場は満員。
ライダーの宿とは云はむ過ぎ行けば残んの夏を芹の花ぞも

あけぼののオホーツクかも雪の辺に李咲くらむ知らじや吾妹
 丸瀬布温泉というところに泊まる、雪の原に花の咲く写真、すももの花だと客が云った、りんごしじみ、おおいちもんじ、蝶で有名なもうここはオホーツク。
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行く秋をここに迎えむサロマ湖や寄せあふ波はオホーツクの海
 シーズンオフになって釣り具屋も店じまい、ラーメン屋もしまって閑散。サロマ湖の向こうには荒波が押し寄せ、岬には風が吹く。
岬には花を問はむにオホーツクの波風高し行くには行かじ

知床やウトロ岬のかもめ鳥何を告げなん行く手をよぎる
 北海道を一県と間違えてぶっ飛ばす、行けども行けども、網走刑務所跡を見過ごし、鮭の川を眺めてつったち、トホラーの女の子は残念反対方向へ行き、だれか荒海にルアーを投げ。
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知床の花の岬を今日もがも神威こやさむ我れ他所に見つ
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暮れ行きて宿を仮らむに白糠の鮭ののぼるを眺めやりつつ
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音別の怒濤を知るや行く秋の神威廻らへあれはさそりか
 どろんこ車ガソリンスタンドに寄せると、釣りけと兄ちゃん、うん釣れねえや、そっかなラッコ川でもえり川でも、百二百釣れたがなあと云って、教えてくれた、釣れた。
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 風もないのにはらはらと落葉、もう秋が来るのか、競馬馬で有名な辺りを過ぎ、襟裳岬に夕暮れ、どっか遠くに雷鳴って、じきに雨がはらつく。
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門別に鳴る神わたり廻らへば過ぎし空知は如何にやあらむ
 雨が上がって札幌の夜景は見事、フェリーの時間を間違えて、最後の晩餐飲んで食ってやってて、ついにまた一泊、間抜けな話。
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遠々に帰り来つれば長雨の萩はしだれも咲き満ちてけれ
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我が宿のしだれも萩は咲き満つに雲井も出でな十六夜の月

寝ねいては虫の鳴く音に行き通ひ今宵は月の出でずともよし
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長雨の小萩の花し散らふれば山の門とは誰をし待ため

山古志の水辺萩花咲き乱りなんに舞ひ行くこは雲に鳥
 山古志村の萩の道は、地震でもってずたずた、逃げ出した鯉が泳ぐんだろうか、せっかくの池だ、牛ひっぱって来て、どうだってんで、ただもう観光専門にしろと云って、怒られた。
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備中の我があひ見しはテレビなむ晩春村をつらつら椿
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山古志のその奥の井に我が行くか初々萩の咲き満つるまで
 山古志は山のてっぺんまで田んぼで、曲がりくねった道が縦横について、うっかり入ったらいったいどこへ行くか、古志郡山古志村から、地震後長岡市になった。
山古志のその奥の井に我が行くか人を恋ふらむ道の如くに

初秋やなんの音かも片貝の花火にあらむ雨は上がりて
 静岡へ行った弟子の初デイトが片貝の花火、四尺玉がこの年は成功して、長岡の三尺玉を越えたんだといって大威張り、風の向きでお寺まで音が聞こえて来たりする、九月初旬。
片貝の花火にあらん初秋のたれ見に行かむ汝とその妹と

野しおんの秋たけなはや棟上げの花の門はするめ一対
 戊申の役で焼けたあとに建てたという、お寺の接客を建て直す、あんまりひどかった、やっと人並みになるっていうんで、本当は鯛を奢って、銭に餅を撒いて棟上げ式。
野しおんの花を巡らひ夫婦して祝はむものはするめ一対

塚の辺はかやつり草も茂しきに勇名居士なむ搭婆一本
 かやつりぐさ、きばなのあきぎり、ままこのしりぬぐい、えーともう忘れちまった、雑草の名は子供の遊びから来たりして、ずいぶん風情がある、もうだれも見向きもしない、一つの文化が滅び去る。
塚の辺のかやつり草も茂しきに勇名居士なむ雨にそほ降る

時を超え帰り行くとふヒマラヤの花の谷間の青きけしはも
 だからさ、そういう歌を詠んだらちっとは人も知ると云われて、勢い込んでフィレンツェのと作ったら、首かしげて、やっぱりおまえのは駄目なんだって、そうかなあ。
フィレンツェの手料理となむ君もしやポテッツェルリの春の如くに
見附路や夕べ死ぬるは酒にして火炎茸とふ食らへる男

四十にて議員になりし清一郎永眠せりしは夏の終はりに
 酒屋の息子がアル中になって死んだ。いい男で、ようまあ話に来た、イベントだの経済政策だのなんだの、一所懸命して市会議員になった、選挙の間にかあちゃんに逃げられ。
一箇だに打ちだしえぬとな思ひそね柿のたははに底無しの天

覚兵衛の嫁取りならむ小栗山田ごとの松に押し照る月も
 覚兵衛どんの結婚式に呼ばれて行った、一人もんのかあちゃんと二人、音痴声張り上げてなんか歌おうと思ったら、時間切れ、弟の方も翌年めでたくゴールイン。
長け行きてしましく夜半の目覚むれば雪のやふなる月にしあらん

常波の川を清やけしよしえやし踏みし石根も忘らえずあれ
 阿賀野川の支流常波川は美しい川で、わしらのほうの山を越えた、ほんにそこまで来ている。山を越えては行かれぬ。回って行くと老人ばっかりの一村。
夕月のすみ故郷にこれありや山も草木も常波の川

我やまたつげ義晴のいにしへゆ花に問へりし津川の里は
 じゃりん子知恵もいいんだけど、つげ義晴がやっぱり最高だって、あいつどすけべだけどな、なんせえ津川の町は彼の漫画のような、夢のような、なつかしい感じを残していた。
我やまたつげ義晴のいにしへゆ月に問へりし津川の街は

二十世紀うつろひ行かな曼珠沙華年ふり人の思ひも行かず
 曼珠沙華彼岸花はおもとみたいに緑であったのが、すっかりなくなって、ふーいと伸びて花だけが咲く、また別種の彼岸花がある。こっちは淡いピンクの花。
二十一世紀うつろひ行かな曼珠沙華鮫ケ井の辺に人の声を聞く

エルニーニョ曇らひも行け曼珠沙華狂人北斎の筆になるとふ
 ごんしゃんごんしゃん雨が降るっていうのは、北原白秋か、なんせ不勉強だし、文才はないし、曼珠沙華だのほととぎすだ、てんでお呼びでなく、つまり現代子かな。
つくつくほうし名残り鳴くなへ曼珠沙華いついつ我れも狂人北斎

あしびきの入塩紅葉追分けていつか越ゆらむ牛の尾の郷
 上塩下塩中塩入塩とあって、かみじょなかじょと云うんだそうだ、真人はまっと、牛の尾はうしのおだけど、牛ケ首というのもある、どういういわれなのか知らぬ。
年老ひて杖を頼りに行く秋の思ひもうけぬそは梅もどき

真葛生ふるここはもいずこ六日町忘れ田代を見れば淋しも
 田んぼがなくなって葦っ原になる、たしかに田んぼ跡とわかる、棚田観光名物として、残るものもある、いや魚沼産こしひかりで、けっこう残っているのか、カメラ抱えた老人組合が押し寄せ。
六日町夕を押し分けしの生ふる忘れ田代を見れば悲しも

芦辺刈る人をもなけれ津南なる川辺の郷を忘れて思へや
 入広瀬に洞窟の湯というのができて、何故か湯船の浅いのがいま一ってふうで、長い洞窟裸で歩けば壮観とか、たしか中華料理もあったな、もう十何年も行ってない。
湯煙を見まく欲しけれ入広瀬あぶるま川に紅葉いやます

田の浦の二つ屋敷をしぐれつつ荘厳せむは若き楓も
 松食い虫でいっせいに松が枯れて、するとたいていのきのこが全滅、秋はもうわしはすることがなくなった、晴れても時雨てもドライブ、今ごろはおくしめじが出たのにとか。
見附路を郷分け中の一つ橋降りぬ時雨はひもすがら降る

鳴きあへる鴨の池はを夕霧らひ門の辺にもみじ一枝も
 せがれの先生が僻地教育で山古志村に赴任した、音楽の女先生、いいとこなんけど、どこにいても見られてるって感じ、ご飯余すと悪いから食べ過ぎて太っちゃったって、山古志ねえちゃんて呼んだら、目をこーんなにして。
山古志のかなやの郷に行き立たしなびく雲いがなんぞ恋ほしき

早出川紅葉下照る奥の井の行くには行かじ道ふたぎける
 早出川の水系だけに山蛭がいて、そやつはどんなに支度したって必ず入り込む、これこれこうと云って、山好きの先生が話す、植物が専門で鳥にもくわしかった。
ここをかも舞ひ立つ鳥の群にして早出川なむ秋長けにけり

隼の舞ひ行くあらむ八木鼻の松の梢に風立ちぬべし
 笠掘へ行く途中の八木鼻にははやぶさが住む、ややオーバーハングの巌で、山岳部の人がと見こう見して、七時間はかかると云った、実際に登った人がいて、隼がいつかなくなったなと。
良寛のえにしもあらむ出雲崎浦門の松に日は落ちきはむ

年のへも秋は長け行く何をなす焼酎柿を二人し食らふ
 村の忠助どんに警察が来た、どうしたんだと云ったら、鉄砲届けるの忘れたって、それっきり猟は止めた。車屋もおらクレーやって人撃たんようしてんだ、名人だといって、獲物持って来たりしてたが、そのうち仏心起こして止めた。
信濃河夕荒れすらむしのを分け鴨打ち猟の囲ひせるらく

百代なし隠れ住まへる秋山の紅葉下照る言はむ方なし
 秋山郷は長野県と新潟県にまたがる、平家の落人部落で、秋山というだけあって紅葉の絶景、峰には雪が降って、次第に色染めて来るその美しさ、宝が埋まっているという伝説。
百代なし隠れ住まへる秋山の群れ山鳥かさ寝もい寝やれ

人はいさ心も知らね紅葉はの屋敷が浦に新穂刈り干せ
 屋敷という一村にだけ米が取れたという、そのまあ過酷な暮らしは、つぶさに書き記されて、何冊かの本になっている、こうまでして人間は生きなければならんのかと、そう云ったら実も蓋もないんだけど。
峰山も年をへぬれや新穂刈る屋敷が浦に雪はふりしく

広神の嶺いの辺に月かかり帰り来つれば我が松がへに
 守門に雪が降ってしばらくは上天気、一月したら下界にやって来る、栃尾は見附の三倍、守門の裏の入広瀬は、そのまた何倍か、半年間の冬が来る。
守門には未だ降らずて廻らへる刈谷田すすきおほにも思ほゆ

いやひこの蒲原田辺に舞ひ行かなこは満州の泥の木穂棉
 先先住のせがれが戦争で満州へ行って、苗木を持ち帰って植えた。どろのきの仲間という、晩秋に穂棉を飛ばす、くわがたがつくのでそのままにしておいたら、くわがたは消えて大木になった。こりゃ大弱り。
初々の雪は降れりと聞こえけむその山古志のかなやの郷に

良寛のおらあがんとて木枯らしは昨日も今日も吹き荒れけむに
 良寛さんは他人のものでもなんでも、おらあがん=わしのもの、と書いた、なんせ良寛博士みたいな人が多く、どっちかっていうと、いえさ、木枯らしのほうがさっぱりしていて。
木枯らしは吹き荒れけんに鬼木なる橋を越えたるこれの閑そけさ

鬼木なる橋を越えてもしましくは吹き荒れけんに郷別け烏
 良寛さんの五合庵公園ができて、食いもの屋も土産物屋もできて、流行ることはけっこう流行っている、たこあしのフライ噛って、女の子案内して、上ったり下りたり。
松食ひの松は枯れたり国上山おらあがんとぞさ霧らひ行くに

津軽より帰り来たれる汝が故になほ木枯らしの吹くぞおかしき
 津軽出身の人がいて、津軽三味線山上進講演会があったり、ねぶた見に行く会があったり、ねぶた見たいと思うのに、お盆の真っ最中、真冬に何人かで行って来た。
木枯らしに荒れ行く夕を寝ねやればわが故郷を思ひこそすれ

夕霧らふ浅間を過ぎて嬬恋の里に入るらく小夜更けにけり
 おふくろを信州の故郷に分骨して、草津温泉に泊ろうかと、道に迷って延々行って、高速道路に乗ってただもう帰って来た。満月の夜だった。
雲居にか月は見裂けれ嬬恋の我れをのみとて通ひ来にけり
嬬恋の雲井に月の隠らへばあしたをしじに雪はふりしく

山のまを出ては天降る月の影いくつ里辺を通ひ過ぎにき
 わしはどうしようもない親不孝罰当たりのせがれであって、葬式だけは商売柄出したということか、なんにもしてやれなかった、大法だけは伝えて行こうと。
月影を眩しみ我れは行く川のかそけきなへに入り泊てむとす

え深しや田子倉の辺に時さひてあしたを雪は降りしかむとす
 田子倉ダムのぶなの原始林に雪が降る、道は閉ざされて、小出会津若松間の鉄道だけが通う、冬は失業保険貰って、かもしかだの撃って暮らす、いやそのう、口の軽いっやつにはお裾分けできないって。
水の辺に雪降りしけば笹がねの会津に入らむ春遠みかも

夕の陽を寄せあひすらむ河の辺やなんに袖振り会津の人も
 西会津のまたこんなところまで、きのこ取りに行って、それが寝てて取れるほど取れたり、山鳥の子が群れていたり、うはうは云って、翌年行ったらなーんにもなく。
熱塩ゆ加納に越ゆるしだり尾の山鶏の子が群らふよろしき 

村の名は弥平四郎と飯豊なむ山を閉ざして舞ひ散る落ち葉
 奥川渓谷のとっつきの村を弥平四郎といって、飯豊山の登山口になっている、春にも行き、秋にも行ったが、山には登ってない、もうわしみたいぽんこつには無理か。
村の名は弥平四郎と飯豊なむ山を閉ざして雪は降り降る
阿賀野川山なみしるく見ゆるは研鎌の月ぞ入りあへ行かめ

北国に我も住まへれ初しぐれしが夕月に追はれてぞ来し
 北国しぐれというより、なにしろ降りだすと降って来る、毎日真っ暗けで、落ち葉をせいては水びたし、初しぐれは風情があるたって、いやもうこいつは。
北国に我も住まへれ初しぐれ軒の小草に夕かぎろへる

北国のしの降る雨は止みもあらで鳴る神起こし雪まじりする
 降っているうちに雪うちまじりと、だがそれは本格の雪ではない、突然雨が止む、ふうっと晴れ渡って地面が乾く、するとどんがらがら雪起こし、あとはもう積もるばかり。
北国のしの降る雨の止みぬれば鳴る神わたし雪はうちしく

焼山に雪は降れりとあしたには人にも告げな田の裏紅葉
 焼山に降ったというのが、雪の知らせかな、どこに降っても私にはわかると、宮城道男が云った、そりゃそのとおりだと思う、紅葉の盛りにも降ったりする。
古寺の幾つ松がへ初々の降りしく雪は暮れ入りにけれ

あかねさし月は今夕もわたらへど雪を待つらく軒辺淋しも
 柿なんかだれも取って食わなくなって、ひよどりや烏の、たいてい年を越えて寄ったかる、いちめん雪になってからだ、雪には柿がよく似合う。
栄ゆると名をし代えたる大面村雪に残んのこは柿もみじ

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歌春

 二連禅歌


こしみちや春あけぼのの天空をなんに譬えむ雪の軒にして
 明けても暮れても降って吹雪いて、氷柱が二メートルにもなってぶら下がる、半年もの冬はうんざり、もう苦痛だ、それがとつぜんぽっかりと晴れる、春はあけぼの、
いやひこのおのれ神さび白雲の夕うつろへばまふら悲しも

みどりなす夕うつろへば大面村雪の梢が春を待たまく
 一瞬太陽が黄緑に、彩なして棚引く雲、不思議な夕をそっくり覚えている、大面村はこのあたりきっての古村。かつては海沿いであった、大面村大字小滝がお寺の地。
白雲のうつろへ行けば大面村寄せあふ軒が春を待たまく

古人の杉のさ庭ゆしくしくの雪霧らひつつ春は立ちこも
 先住がなくなった夕、もうまっ黒に霧がかかる、雪霧というものだった、春になるよと世話人が云った、すざまじいほどの、何メートルもの雪がいっぺんに溶ける。でもこれは初春の挨拶に作る。
古寺の松のさ庭ゆしくしくの雪霧らひつつ春は立ちこも

尾崎行く田辺の川波寄るさへやしくしく思ほゆ雪消えなばか
 雪折れの木を手入れしたり、屋根の破損があったり、なんせ大仕事が待っていたが、しばらくは豪雪地帯のー少し外れてはいるんだが、春を楽しむゆとり。
背うら山春は来たらしこの夕木末もしのに濡れあふ見れば

背の山の押し照る月を松がへのしのへる雲の隠さふべしや
 豪雪のその雪消えの満月、霧や雲が過る。仙界を行くような、雑木と松の茂みと、お化けのような物陰や、孫悟空にでもなったような。
背うら山あは雪しのふ松がへも押し照る月を隠さふべしや

あけぼのの春は来ぬべく大面村田ごとの松を見らくしよしも
 小滝村は十三軒とお寺、参道の松も松喰虫が流行ってみな枯れた。山を越えて行く、天狗が出てお寺を手伝ったという、むかしばなしにもある、その道はもうない。
雪霧らひしくしくあれば大面村灯どちが幾つ村の井

吾妹子が松之山なむいや遠のしの降る雪は今日もしの降る
 入広瀬や松之山などいうのは、冬は陸の孤島だった、五月を過ぎてやっと通う、なんせ三0回もの雪下ろし、こっちは三回で死ぬ思い、でも連中の冬はけっこうスマートだ、松之山は温泉もあるし。
吾妹子が松之山なむいや遠のしの降る雪ははだれ見えつつ

まんさくの花にし咲くをいつしばの待たまく春は日長くなりぬ
 まず咲くからまんさく、豊年満作を願う意もある、なにしろ春が待ち遠しい、雪の少ない年は春ながといって、いつまでもうら寒い風が吹く。
まんさくの花には咲けどいつしばの待たまく春は日長くなりぬ

まんさくの花の春辺をいつしばの待つには待たじ霧らひ立ちこも
まんさくの花の春辺をいつしばの山尋行けば霧らひ隠もせる
 まんさくの花を貰いに来て、神棚にお供えしていたじいさまは、九十幾つで死んだ、その後来る人はない。年の吉凶を占う、めでたいばかりの花ではなく。
まんさくの花に咲けるを知らでいて年のへ我は物をこそ思へ

椿だに浮かび廻らへ心字池月は雲間に隠らへ行けど
 先住がいまわの床に、いい庭がある池があってなと云った。いちめんの雪だ、おかしくなったんかと思ったら、春になると美しいお坪が現れる、心を象った心字池。
落ち椿いくつ廻らへ心字池ほどろほどろにその春の雪 

山川も海もはてなん万づ代にい行きかよひて死なば死なまし
 冬は兎の運動会、本堂の大屋根のてっぺんまでも足跡がつく、ほどろに雪が消えて、熊みたいにでっかくなった、その足跡。
兎らの足跡をたどりに背うら山天の雲いが浮かび行くらん

いちりんそう咲き立つ見れば古寺のま杉門は足掻きも行かな
 菊咲き一華という、いちりんそうが咲く、杉の木の下の、雪の降り残すところから。門をかなとと詠んで、ー
いちりんそう咲き立つ見れば降りしける杉の門は荒れ吹くなゆめ

越し人の呼び名はなんとしょうじょうばかましくしくに雪の辺に咲く
 しょうじょうばかまは雪割り咲く、さまざまな色合いに山土手をいちめん、けっこう美人なのかな、
越し人の呼び名はなんとしょうじょうばかましくしくに一人恋ほしき

春蘭の香にや満つらむ衣辺に寄せあふものは雪のひたたか
 お寺の山から十五万の蘭が出たという、捜しに行ってみた、いくら捜したってただの春蘭、へりがすべすべってのもなく、痩せた蛇がとぐろを巻く、雪は未だ残り。
春蘭の香にや満つらむ衣辺に寄せあふものは痩せぬ蛇も

武士のいにしへ垣のいつしばもむらさきにほへ雪割り桜
 寺山にはなく、向かいの砦山にいちめんに咲く。砦は掘りの跡しかない。主は上杉影勝公下丸多伊豆守、即ちお寺の開基さんであった。
雪割りの花を愛ほしといつしばの忍ひ行きしはたが妻として

夕ざれば雪も消ぬがに大面村いつかな聞かむ蛙鳴くなる
 雪の消えぬまに鳴いて、ほんに蛙が多かった、蛇寺と云われるぐらい蛇もいた、田に水を張ると、さすが蒲原の蛙の大合唱。
夕ざれば雪も消ぬがに山門のいついつ聞かむ蛙鳴くなる

曳馬の曾地峠を越えて行け寄せあふ波は花にしあらん
 このあたりでは柏崎の桜が一番早いといって、曽地峠を越えて行く、たいていは海沿い行くんだけれども、そうは早く咲かない。
しくしくの花には咲かね番神の寄せあふ波は春にしあらめ

梓弓春をぎふてふマンモスの氷河の時代ゆ舞ひあれ越せし
 すみれさいしんを食草とする、かたくりの花に、梅に桜にと、訪ね訪ねて春は爛漫。異常気象でどうやら絶滅。でも日本のどこかではきっと、ー
梅桜咲くをぎふてふマンモスの氷河の時代ゆ舞ひ生れ越せし

吉野屋の夕ざり椿つらつらにたれを待つらむ雪はしの降る
 今町はむかし米の集散地で栄えた、芸者が何十人もいた、料亭はいくつか残っている、ガソリンスタンドで挨拶する子がいた、おやまあわしなんぞにと思ったら、料亭の若女将だった、いつかな雪は降り。
今町の夕ざり椿つらつらに何を告げなむ鳴き行く鳥も

榛名なむ早にも聞こえ過ぎ行けば月夜野村に雪は消残る
 年上の弟子であった人がなくなった。弁護士で大学教授でスピード狂でフェラーリを乗り回して、六十でスキーを覚えと、大変な人物であった。世話になった分何のお返しもできず、今はの際のお見舞いに行く。
新治の月夜野過ぎてあひ別れ汝が初に見む梅が枝ぞこれ

君に別れ越しの野末も春なれやしましく雪は降りさふあらん
 葬式に行った、有名人やタレントが来ていた、亡僧の習わしに拠った、弟子どもよったくって、遺族に迷惑をかけた。
送りては帰らひ来つるこの夜半の月はしましく雪を押し照る

夕されば粟が守門にあかねさしいついつ郷は春をおほめく
 弥彦と差し向かい、守門に粟ケ岳、雪に真っ白に覆われて、五月になってもはだれが見える、夕焼けに桃色に染まって、美しいというよりも、苦しいような。
夕されば粟が守門にあかねさし刈谷河辺に雪消ゆはいつ

ふりしきる雪のさ庭にあかねさし行けばや梅の花にしぞ咲く
 梅の老木があって毎年いい花を咲かせていたのが、寝てしまった、植木屋呼んで助け起こしたら、梅の古木は寝てからまた一世代とだれか云った、ふーん儲けられたか。
あしびきの山のさ庭に日の射すと尋ねも行かな老ひたる梅を

梅の咲く山はたのへに吹く風は今日はも吹かず暮れ入りにけれ
 梅が咲いてもうら寒い風が吹く、それがふっと止んで、人も通身に和む春、信濃川は雪代水を流して、いっそまた遅い春。
柳生の中なる夕日つれなくも信濃河の辺春なほ浅き

いにしへゆ我が言の葉をかたかごの紫にほふ春ならましや
 かたくり、かたかご、村ではかたこという、お墓の辺にいっぱい咲いて、あるいは雪折れする竹には、いちりんそうの花。
花なればこれは一華ぞ春さらば過ぎにし雪をいささむら竹

いにしへの人に我ありや白鳥の越しの田浦に春の火を燃す
 白鳥は水原で餌付けしてから増えて、村の辺りにも、春先群れになって宿る。野火を燃すのは、とっくに帰ったあとだが、越しの田浦とひっかけた。
白鳥の廻らひ帰るしかすがに燃ゆらむ春か越しの田浦を

春さらば村松田辺の宮社の何をし問はむ行き過ぎにけれ 
 吹きさらしの田んぼを行くと、村松には花が満開、向こうは下越。公園があって、花見がてら待ち合わせしたら、すっぽかされ。
田の末の風に吹かれて村松の花に会はむとたが思ひきや

五十嵐の雪は降れるに梓弓春立つ雁に会ひにけるかな
 五十嵐小文治は那須与一と親類で、扇を射落とした弓は、蒙古伝来のものという。支配の五十嵐川は清流で、しじみの取れる川であったが、いいものは失せて行く。
五十嵐の雪は降れるに梓弓春雁がねの幾重