四十八、乾峰一路
乾峰和尚因みに僧問ふ、十方薄伽梵一路涅槃門。未審し路頭いずれの処にか在る。峰柱杖をねん(てへんに占)起し、画一画して云く、者浦に在り。後に僧雲門に請益す。門扇子をねん起して云く、扇子勃跳して三十三天に上って、帝釈の鼻孔を築著す。東海の鯉魚打つこと一棒すれば雨盆を傾くに似たり。
無門日く、一人は深深たる海底に向って行いて、簸土揚塵し、一人は高高たる山頂に立って、白浪とう(稲ののぎへんのかわりにさんずい)天す。把定放行、各一隻手を出して宗乗を扶竪す。大いに両箇の馳子、相ひ撞著するに似たり。世上応に直底の人無かるべし。正眼に観来れば二大老、惣に未だ路頭を識らざる在り。
じゅに日く、
未だ歩を挙せざる時先ずすでに到る、未だ舌を動かざる時先ず説き了る。
たとい著著機先に在るも、更に須らく向上のきょう(穴かんむりに敷)有ることを知るべし。
越州乾峰は洞山良かい(にんべんに介)に継ぐ。十方薄伽梵十方の諸仏は一路涅槃門です、ほかまったくなしなんにもなしは死に体じゃないんです、知らぬもっとも親切は大火聚の如しビッグバンの如くですか、もとなんにもなしは200%の現実です。いぶかし路頭いずれのところにかある、どこへ向って鉄砲を撃ったらいいんだという、どうもたいてい学人は先ずもってこれです、なんかしなくちゃいられない、飢えた虎に食われろってのは、ただもうでたらめむちゃくちゃです。ノウハウが欲しいいいことしいの虎になれ、天上天下唯我独尊は、どうあってもこっちからそうなろうとする、近似値は得られるような気がする、作り物は壊れものの積み木崩しをさんざくた繰り返す、ついにこれの役立たずを知る、自分が死ぬんです、するともとっからあるものが現前する、ことは単純なんですがあっはっはなかなかどうして。雲門も乾峰も未だ路頭を知らざるありと、路頭とは何、簸土揚塵しちったあ塵を舞い上げ、白浪とう天す、雨ぐらい降らせてやろうかという、能書き申し訳するには三十棒、一転語あったらどうぞ、なきゃぶっ殺されるよ、歩を出す前にすでに至るこれ、説く先に終わっているこれ、虚空というビッグバンの広大無辺は停滞なしですよ、故に以って向上の一路まるっきりあとかたなし。
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